ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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先週金曜日、宣伝会議様からご依頼いただいた
「企業のための定期勉強会 広報コース」全10回のうちの第3回「インナー広報」で
講師登壇させていただきました。
https://www.sendenkaigi.com/class/detail/publicrelations_workshop.php


外部からのご依頼で多いのは「◯◯セミナー」や「◯◯講座」です。
でも、今回は「勉強会」です。
講師として、どう臨むかを考えるにあたり、
まず「セミナー」「講座」と「勉強会」はどう異なるのか、異なるべきなのか、
そこから考えました。


「セミナー」「講座」「勉強会」の本来の意味は別として、
それらの言葉が、今現在、世の中でどう受け止められているかというと、
「セミナー」「講座」はどちらかというと講師が教えるスタイルで、
「勉強会」になると、講師はいるとしても、一方的に教えるというよりも、
参加者同士の意見交換が入るイメージ。そんなところではないでしょうか。
(私はセミナーや講座であっても、ワークショップを取り入れていますが)
宣伝会議様も、そのようなイメージでおられ、机は班で組みたいとお考えでした。


一般的イメージとしては、そんな感じだと思いますが、
そもそもに立ち返って、人が「勉強」するというのは何を意味するのでしょう?


私は、勉強の「勉」の文字は「努める」。
つまり、勉強というのは、強く努めること、と受け止めました。
では、何に向かって、努力するのか?
私の答えは、「自分が求めるありたい自分に向かって」です。
だから、根源的に自分の欲求があってこそ、勉強はいい形で成立します。


でも、「ありたい自分」を描けていないまま、
「あらねばならない自分」のために勉強しようとしたら、
それは、もうやらされ感に支配されているのであって、いい勉強にはなりませんね。


今回の勉強会の冒頭でこんな話をしました。


こういった学びの場では、
・たくさん勉強する人
・少し勉強する人
・資料は持ち帰るけれど、ほとんど勉強しない人
がいる。どう違うのか。


「ありたい自分」が描けていると、やらされ感がない。
自然に好奇心が湧いてきて、この場に居て知識を吸収することができる。
でも、「あらねばならない」というマインドセットの場合、
いい結果になりにくい。
だから、自分の欲求に自覚的であることは良い勉強する上で不可欠。
けれど、、、、
好奇心を持って聞くことは重要だけれど、それだけでは不十分で、
何が必要かというと、「考えること」。
情報をインプットしても、考えないことには、人は翌日には忘れてしまう。
情報や知識を聞いたままにしていると、それは、ただ「点」としてあるにすぎない。
その情報を自分の体験と結びつけて、気づきが生まれると、
入ってきた情報が「点」ではなく「面」になる。
そうやって「考える」ことが「たくさん勉強する」ために不可欠です、と。


そして、このセッションにどう臨むかも自由。
たくさん勉強したいと思うのもヨシ、
少し学べればいいと思うのもヨシ、
すべては自分の選択。
でも、「少し学ぶ」を選びたいなら、それでもいいので、
けれど、そこに自覚的であってほしい。


...冒頭で話したのは、そんな話です。


こんな話をしながら、私が思ったことは、
結局人生は「選択」であり、選択していることにどれだけ自覚的であるかが、
人生の質を左右するな、ということでした。


「選択」の本質は「自己責任」です。
自分の行動の結果を人のせいにするのはNGだと思います。
人生、うまく行くこともあれば、行かないこともありますが、
自分が選択したと思えたら、文句も出ません。
文句が出るのは、誰かのせいにしたいからですよね。


すべては選択、人生は選択。
そんな考えに改めて思い至った感じです。
「選択」ということについて、あなたは何を考えていますか?


どうぞ素敵な1週間を!

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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