ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

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先週の私は、ある出来事をきっかけに怒りの感情と向き合うことになりました。
怒りというのは、二次感情と言われ、悲しみ、悔しさ、虚しさ、辛さ等の
一次感情の次に起きると言われます。
また、状況が自分の「べき」論と一致せず、それが許容できない時に起きる
とも言われています。


実際に今回の体験を振り返っても、それが当てはまりました。
自分が被害を被ったことに対し、悔しさや虚しさを感じ、
相手は倫理的に対応すべきである、という気持ちから怒りが湧いてきた
と思うからです。


日本アンガーマネジメント協会によると、
人の怒りには6つのタイプがあるのだとか。


「公明正大」タイプ
「博学多才」タイプ
「威風堂々」タイプ
「外柔内剛」タイプ
「用心堅固」タイプ
「天真爛漫」タイプ


多分私の場合は「公明正大」と「天真爛漫」のミックスではないかと思います。
道徳観を大切にするので、それに反することに出くわすと
正義感を振りかざしたくなる、、、
という傾向と、
気持ちを正直に伝えるのは良いこと、という思い込みがあり、
「腹に一物」はストレスになる、
という傾向があるからです。


ご自分の怒りの特性にご興味があったら検索してみてください。


ただし、日本アンガーマネジメント協会によると、
怒りを抑え込むのではなく、上手に付き合うことが大切のようです。


人はコントロールできないことに囚われると、ストレスを感じます。
自分がコントロールできるのは自分の思考と行動だけですから、
コントロール不能なことだらけの日常生活はストレスでいっぱいです。
だとしたら、それに怒りを抱くのは、バカらしいことでもあります。
そう思うと、怒りは冷めていきますね。


人の感情をキャラクター化して描いた
ピクサーの映画「インサイド・ヘッド」が物語るように、
人間が抱く感情にいけない感情はありません。
でも、ネガティブ感情と健康的に付き合うのは簡単ではありませんよね。
自分は今、怒っていると自覚する。
それだけで、少しは客観視できるような気がします。


今週は10月に突入。
素敵な1週間でありますように!

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「働き方改革」。。。
みんなどう思っているのかな?
最近、お客様との間でよく上るキーワード、
それが「働き方改革」です。
経営的には、残業が減らない、生産性が上がらない、
有給取得が進まない等が問題視されていますが、
そうだとしたら、なんだか後ろ向きな印象しかありません。


では、働く人たちはどう思っているのでしょうか?
ここからは、あくまで想像です。


国が言っているから、うちの会社もやらないわけにいかない、
ということなんだろうな...とか。
残業代をカットしたいだけなんじゃないの...とか。
生産性を上げるというのは、企業の論理なんじゃないの...とか。
会社は時流として取り組んでいるだけで、本気ではないんじゃないの...とか。
なんで、今のままではダメなの? 自分はこのままで問題ないと思う...とか。
なんか、絵に描いたモチに見えるなぁ...とか。
働き方を縛らないで、好きなように働かせてくれよ...とか。
もう十分努力しているし、これ以上生産性上げるなんてムリ...とか。
仕事を減らしてもらわない限り、できるわけないじゃないか...とか。


「働き方改革」を巡っては、百人百色の思いがきっとあることでしょうね。


だけど、案外ちゃんと説明も受けていないし、
そこまで真剣に考えたことはない...という人が多いような気もします。


私自身はネットで情報を集めて、働き方改革を理解しようとしていますが、
その結果感じるのは、どうも説明の仕方に魅力がないな、ということです。


ーーーーー
日本は人口減少が進んでいて、深刻な労働人口不足という問題がある。
だから、多様な人々が、多様かつ生産的な働き方ができるようにすることで
労働力不足を補う必要があり、
そのためには、長時間労働の是正、非正規雇用の格差是正、多様な働き方の実現を
推進しなくてはならない。
目指すは、一億総活躍社会である。
ーーーーー


ちょっと乱暴ですが、ざっとこんな文脈の説明が多いようです。
国の説明がそうなっているから、自ずとそれが広まっているのでしょうね。


この説明、別に悪い内容とは言えません。
実際「65歳を超えても働きたい」人は6割以上に上るそうなので、
多様な人が働ける社会を目指すというのは良いことです。


でも、なぜでしょう?
労働人口不足への対処という説明だからなのか、
ハッピーな結果につながるという印象に乏しいのですよね。
そう、どんな説明でも、「対処」という説明をして、
人をワクワクさせることは不可能です。
未来志向でないからです。


私が希望する説明は、
これは、個人、企業、日本の成長戦略だ、というような説明です。
ーーーーー
個人が、作業的なことに忙殺され、疲れてエネルギーがない状況にあっては、
個人はハッピーではなく、人として成長もできない。
当然、個性も発揮されず、創造的なことにも取り組めない。
すると、企業も国も成長できない。
だから、個人が成長でき、創造性を発揮でき、
働きがいや幸福を感じられる社会に変えていくことが必要で、
それが働き方改革だ...。
ーーーーー
こんな感じの説明です。


実際、「創造的な社会への転換」が、働き方改革の重要なテーマなのだと
私は思うのですが、あなたはどう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように。

190916_natui.pngTV番組「プレバト!!」の影響か、夏井いつき先生人気の賜物か、
俳句はブームを超えて、かなり定着してきているようですね。
私も、既にこのメルマガで触れていますが、
今年の7月頃から俳句を始めました。
そこで、今日は俳句を入り口にして、
仕事に役立ちそうな私の気づきをシェアします。


さて、私の場合、俳句を始めたといっても、先生について習っているわけではなく、
高校時代の友人たちとメンバーを募ってネット句会を始めたというだけです。
参考書は、世界文化社から出されている「夏井いつきの超カンタン!俳句塾」だけ。
毎月1回、ネットを通じて、投句と選句を行うというもので、
初心者ばかりの会ですし、最初は人が集まるかと心配されましたが、口コミで人が増えていき、現在は15名が参加しています。


わずか2カ月半の間にも、
俳句が教えてくれたことは、実にたくさんありました。
ここでは4点ほど紹介します。


第一に、当然ですが、わずか17字なので、
伝えたいことを「潔く絞り込む」必要があります。
ついつい欲張って2つのことを盛り込みたくなってしまうのですが、
17字であるために、否が応でも絞らざるを得ません。
これをプレゼンテーションや文章作成などに応用し、
17字とは言わないまでも20字で自分が伝えたいことを先にまとめる。
伝えるのではなく、伝わることにこだわるなら、
そんなやり方も有効だと思いました。


第二に、日常の中で目にしたちょっとした物から
何かを感じ取らないと作句できないためか、
観察したり感じ取るセンサーの感度が上がった気がします。
そして、以前からずっとそこにあったありふれたものに着目しただけなのに、
思わぬ記憶や連想が湧き起こってきて、その体験に小さな興奮を覚えます。


実際、脳科学者の茂木健一郎さんによると、
脳にとって発見や気づきは最大の喜びだそうで、
新たに何かに気づくと、前頭葉にドーパミンが放出されて、
その気づきの回路が強化されるのだそう。


思えば、カラーバス効果というのも、そういったカラクリなのかもしれません。
カラーバス効果というのは、ある一つのことを意識することで、
それに関する情報が無意識に集まってくる現象のことです。
たとえば、今日は黄色に注目して通勤しようと決めると、
いつも以上に黄色が目に入ってきます。
子供たちの帽子、カレーショップのサイン、銀杏の葉、クレーン車...。
その結果、黄色を入り口に様々な情報を得ることができるというわけです。
元々は「color(色)」を「bath(浴びる)」が語源ですが、
一つのことに意識を集中させると同じ効果が得られるため、
集中させる対象は色とは限りません。
俳句もカラーバスも「観察」が入り口にありますね。
それだけアウトプットには「観察」が重要、ということなのかもしれません。


第三は、自分が渾身の出来栄えだと思ったものほど評価されない、というもの。
ネット句会とはいえ、お互いに選句を行うため、
どの句が誰に評価されたか(誰にも評価されなかったことも)、最後にわかります。
熱い気持ちで作句したのに、誰も選んでくれなかった体験をした人たちは、
気合が入りすぎると、近視眼的で客観性のないものになり、
結局は独りよがりの句になってしまうと結論づけていました。
こう気づけるのも、複数で選考する効力だと思います。
仕事でも大切ですよね、客観視。
俳句の選句システムになぞらえると、
誰かの評価に納得ができない時は、2ndオピニオンや3rdオピニオンを
もらうことも有効かもしれませんね。


第四は、誰もがフィードバックを気にしている、ということ。
誰もが、褒められたいし、反応されたい。いい点も取りたいのだと痛感。
もちろん私も気にはなりますが、気にしない自分でいたいです。
というのは、夏井いつきさんによると、小学生の間で句会をすると、
変な句やわかりやすい句に点が入るそうですから、
選ばれないからといって、一概に質が低いとは言えないはずです。
でも、そんな夏井さんも誰も自分の句を選んでくれないとしんどい、
と書いています。
でも、こういった心理の本質は、別に持ち上げられたいわけではなく、
振り向いてもらえないと寂しい...ということですよね。
仕事でも心得ておくべきだと思いました。


俳句を勧めますと書くつもりはありませんが、
未経験のことをやってみるとたくさんの発見がありますね。
日常に変化をもたらしたい方にはオススメです!


今週も素敵な1週間をお過ごしください。

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最近ドラムを始めたことは、このブログでも紹介しましたが、
実はもう一つこの週末から始めたことがあります。
それは、2度の挫折を経て今回が3度目になるゴルフ。もちろんまずは練習から。
土曜日はゴルフレッスン、日曜日はドラムレッスンと、練習三昧の週末でした(笑


昔は、練習があまり好きではなかったような気がします。
でも、最近は楽しくて楽しくて。
これ、多分大人の特権ですね。
大人になると、自分のできない状態や、そこからできるようになるプロセスを
客観的に理解することができます。
子どもの頃や若い頃は、自分の状態を客観視しようと思っても、
「できた」「できなかった」の2種類しかないので、あまり楽しくない。
でも、大人になると、もう少し細かく自分を観察し、理解できるため、
その分、ちょっとだけ上手くできるようになっただけでも、
それに気づいて、「やった〜!」と浸れるわけです。
それはもう楽しい以外の何者でもありません。
自分を客観視できるようになるってことは、そんな楽しさに繋がるわけで、
いいなーと思います。
あ、大人になるとって書きましたが、
年齢が上がればできるようになるという単純な話ではなく、
ぶっちゃけ普段から自己観察してない人はムリかもです。
そのぐらい自己観察って重要だと思います。


さて、ゴルフレッスンとドラムレッスンを連続して受けてみて、
なぜか偶然にも同じような指導がありました。
それは、グリップの大切さについてでした。
ゴルフの先生が、「グリップとアドレスで7割が決まる」と言ったその翌日、
ドラムの先生が、「最初の数回はまずは楽しんでもらうことを優先したかったので、
言いませんでしたが、スティックの握り方と座り方が実はとても重要です」と。
で、クラブの握り方とスティックの握り方はとても似ていました。
自然に逆らわず、力を入れ過ぎず...とでもいうのでしょうか。


うーむ。
このメッセージを連続して聞いた私は、
何かここから物事の本質を学べと言われたような感覚に落ち入りました。
まず、単純に言えば「構え」が大事ってことですよね。
けれど、そりゃスポーツは何でもそうだろうさ。
これを仕事に置き換えて考えたくなっちゃうのが、私のクセです。


スポーツで「構え」が大事なのは、それをおろそかにすると、
最大のパフォーマンスが発揮できないからです。
では、仕事で「これをおろそかにするとパフォーマンスが発揮できない」となるものは何か?


ここまで考えて気づきました。
これは人それぞれであり、会社によっても違うなと。
そもそもパフォーマンスの定義が人によって、企業によって違うからです。
パフォーマンスを売り上げで考える企業、
見込み客を含めた顧客数で考える企業、
顧客満足度で考える企業、
各種KPIの達成率で考える企業など、まちまちです。


たとえば、当社。売り上げなどの数字よりも、信頼関係や満足度を重んじています。
信頼され、満足していただけたら、大抵数字はついてくると考えているからです。
その信頼関係のバロメータの一つは、相談の量と質です。
相談されることが少なく、ルーティーンで仕事をしてしまうと、
信頼や満足が生まれているとは考えにくいわけです。


では、信頼されたいとして、信頼される存在であるためには何を重んじるべきか。
ここからが、今回、話の入り口にあった「構え」と近い話になります。
この判断も各社各様でしょうね。
当社の「構え」は、次の2つです。
・お客様にとって、本当に必要なことは何かという観点から、
 お客様の思いとは違う意見でも言う。
・とはいえ、正論に終始するのではなく、お客様の状況に寄り添う姿勢を忘れない。
つまり意見を述べても、柔軟性を持って対応するということです。
もう一つ、ドラムとゴルフの握り方(自然に逆らわず、力を入れない)に通じる話でいえば、
自然体のコミュニケーションというのも信頼につながるかもしれません。
要は、カッコつけずに自分らしくいるということ。
それも、私は信頼と関係しているように思います。


ところが、もしかしたらある会社では、お客様の思いを叶えることこそ
信頼を得るには不可欠だと思っていたら、意見は言わないでしょうね。


あなたの仕事で「パフォーマンス」を上げるとは何を果たすことですか?
「グリップ」と同等に重要な基本の構えは何ですか?
人生の「グリップ」は何ですか?


台風の影響が気になります。
皆様のご無事を祈りつつ、今週が良い1週間でありますように!

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部下の才能を伸ばしたり、スキルが身につくように支援したり、
人として成長できるようにサポートしたり...。
リーダーの多くは、日々、そういった役割と向き合っているのではないでしょうか。
私も、部下の成長に日々関心を持ち、人を育てる自分のスキルと向き合っています。

私が目下、関心があるのは、人の成長は何によるのか、です。
最初にグーっと伸びて、そこからの成長はなだらかになる人もいれば、
しばらくは低空飛行だったのに、ある時急激に成長する人もいます。
さらに、何歳になっても、着実に日々成長を続ける人もいます。
とても不思議。
私自身、たとえ何歳になっても成長できる人でいられたらな...と思うので、
とても関心のあるテーマです。

先日も、ある人とのメールでの対話でこんな話が出ました。
その人は「『素直さ』と「『伸びたいという熱意』に加えて、
最近は『メタ認知』が重要だと思う」という意見でした。
ある意味、私も同意見です。

ですが、今日は、それとは違う切り口で、
つまり「インプットとアウトプット」というテーマで人の成長について考えます。
あまり論理的意見とは言えませんが、ただ自分の体験や部下の成長を見守る中で、
成長が進む場合の共通点はあるなー、と思ったことをまとめました。


まず、なんだかんだ言っても、アウトプットなくして、成長はありませんよね。
「え?」と思った方もいるかもしれませんが、
私は、人が自分の成長を感じる一つのパターンに、
過去のアウトプットと今のアウトプットを比較して進歩が感じられる時があると思います。


しかも、良いアウトプットは、インプットなくしてできません。
ところが、意外とそこに自覚的である人が少ない気がします。
というか、頭ではわかっていても、こんなふうに思ってしまうのかもしれません。
 インプットって面倒。時間もかかるし、なるべくなら端折りたい。
 インプットしないで、なんとか済ませたい...。
そんな悪魔の囁き、私も聞くことがあります(笑)
でも、、、そう考えてしまったら、まずもって成長機会を逃します。
成長=アウトプットのレベルを上げる=インプットのレベルを上げる、だからです。
友人を含め、成長している人を見ているとインプットを怠っていません。
インプット&共有を個人の成長の糧にも、
ビジネスの成長の糧にもしている。そんな人はみんな元気がいいです。


しかも、人は「インプットせねば」という気持ちでインプットしても、
結局は意識の中に定着しません。
だから興味を持ってインプットすることが重要ですよね。
で、興味が持てるかどうかは使命感とか、仕事の意義の理解とか、
そういうことと関係してきます。


また、本当は興味があるのに、知識欲に従って行動することをセーブしてしまう人もいます。
そんなことに時間を使っていたら、やるべきことができなくなりそうで大変だ...
そんな強迫観念があるからでしょう。
でも、「興味」というのは一種のエネルギーですから、
自分が思う以上に力が湧いて、案外なんとかなるものです。
「興味を満たしながら、やるべきこともする」は
その気になればできるものだと私は思いますが、どう思いますか?
そんなわけで、興味を持ってインプットする。
それが、自分を成長させる1つの大きなポイントだと思います。


さて、、、、
興味を持ってインプットすることが重要と分かっていても、
なかなかできない...。これ、よくあることです。
私がオススメしたいのは、アウトプットの場を先に決めてしまうことです。
プレゼンでも、twitterでもメルマガでも、何でもいいので、
発信する場を決め、やるぞと決意すること。
たとえば、私の場合、新しいセミナーを作りたい時に、
コンテンツ(スライド等)を作ってからリリースしようと思っていると、
まず進みません。
先に、日程と会場を押さえて、ここで出すと決めると、なぜか前に進みます。
必然的にインプットが必要になり、
その結果、そのインプットを得たアウトプットをすることになります。


インプットし続けて、アウトプットにつなげる。
それが、成長のキーなのかな。。。そんなことを感じる今日この頃です。
あなたは、成長にとって何が必要だと思いますか?
9月第1週です。今週も素敵な1週間をお過ごしください。

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あなたは本腰を入れてスポーツをしたこと、ありますか?
別に学生時代の部活動などに限らず、たとえばゴルフでもいいです。
うまくなるために真剣に取り組んだ体験、ありますか?


この週末に父と話していたら、
「お前さん、学生の時はどんなスポーツをやったんだっけ?」と聞かれました。
(家族を呼びかける時、なぜか父は「お前さん」です笑)
私が学生時代に「ハンドボール」をやっていたことは既に何度も話しているのですが、
もう一度、何人で行う、どんなスポーツなのか、厭わずに話したところ、
「結構、頭を使いそうなスポーツだな」と一言。
そこで、すかさず私が言い返した言葉は、


「頭を使わないスポーツなんてない」(キッパリ!)でした。


本当にそうです。
スポーツで勝つためには、頭を使わないなんてありえません。
でも、いまだに「スポーツ」=「がむしゃらに汗をかく体育会的な世界」。
そんなイメージが世の中には残っているような気がします。
実際に、いまだにそういう昔ながらの「がむしゃら型」の、
もっといえば「パワハラ型」のスポーツコミュニティが
まだまだたくさんあるのでしょうね。くわばらくわばら。。。


スポーツに本腰を入れたことのない人に知っていただきたいのは、
スポーツほど知性が問われるものはない、ということです。
私が本気でスポーツをしていたのは、もう何十年も前のことですが、
そんな昔でさえ、私の周囲には「知性」で勝つという意識が
当たり前のようにありました。
まあ、練習量の多い「がむしゃら型」には、「知性」というアプローチで
勝つしかないと考えられていたのかもしれません。


では「知性」で勝とうとするって、実際にどういうことでしょうか?
単純に「やってみる」「考える」を繰り返すということです。
何を考えるかというと、なぜうまくいかなかったか、どうすればうまくいくか。
当然話し合いも必要になります。


私が取り組んでいた「ハンドボール」はチームプレーなので、
考えるべきことは、自分のプレーとチームプレーの両方になります。
けれど、当時の自分が頭の中で考えていた内容を振り返って見ると、
その比率は自分8:チーム2だったような気がします。
それだけ、まず自分がうまくなりたいという思いが強かったのでしょうが、
もし、今、私がキャプテンであるなら、
チームと個人の両面から考えることをメンバーに促すと思います。


あら! 前置きのつもりが、とても長くなってしまいました!


今日の本題です。
そんなことから、ふと思ったこと。。。それは、新しい仕事に就いたなら、
スポーツトレーニングの感覚で、仕事をマスターしたらいいのではないか...
ということでした。


スポーツトレーニングでは、こんなPDCAが大切です。
・理想の形を描いた上で、そのために何が必要で、
・それに対し、自分が今、何ができて、何ができていないのかをはっきりさせて、
・できない原因も仮説を立てて、明らかにし、
・それを修正するための練習をする。
・練習とチェックを重ねて、少しづつ修正をかけていくわけです。


まさにPDCAです。
だから、本当はこのアプローチはあらゆる世界で人の成長を促すのに有効なはずで、
もちろん仕事でも生かせるはずですが、残念ながらそうなっていませんね。


育てる側にもいろいろ原因はあると思いますが、
どんなに育てる方法を改善したとしても、絶対にどうにもならないことがあります。
それは、選手自身の意識、つまり私たち個人個人の意識です。
自分ができないことを直視する気持ちがあるか?
(本当は、できないことというのは、伸びしろなんですけどねー)
本当に金メダルを取りたいと思っているか?
(仕事の場合、人との競争よりも、昨日の自分を超えることだと思いますが)
第三者からのフィードバックを真剣に聞く気があるか?
(聞く耳が作れていないと、フィードバックは意味をなしません)


先週、スポーツクライミングの世界選手権において日本代表を決定づけた
楢﨑智亜選手は、なにかのインタビューでこんなことを話していました。
「これまでは、日本で一番なんだから、世界で一番でなくても、
ま、いいかという気持ちがどこかにあった」


楢﨑智亜選手をメンタル面でサポートするスポーツメンタルコーチの東篤志さんは、
「やはり『〜しなきゃ』ではなく『〜したい』という状態になることが大切です。
『登らなきゃ』『勝たなきゃ』『代表権を取らなきゃ』という状態になると
メンタル的に追い込まれてしまいます。」と語ります。
https://climbing-au.jp/post000124.html)。


そんな東さんがコーチングで最初に行うのは「自分会議」という名の自分との対話。
具体的には「価値観」「感情」「潜在意識」を3つのステップで表に引き出すそうです。
東さんの言う3つのステップとは:
1)「今、何が起きている?」を俯瞰目線で感じよう
2)「本当はどうなりたい?」という理想の未来を感じよう
3)「今、どんな心で何をする?」。未来の自分から今の自分にアドバイス


この3つのステップは、多分やる気スイッチを探るプロセスなんだろうなと、
この記事を読みながら思いました。


あれ? 話が広がり過ぎてしまったかもしれません (^^;)
ここまで書きながら思うことは、
私たちの中に「仕事でもっと成長したい」という気持ちがある時、
スポーツトレーニングの発想でやってみるのは有効かもしれない、、ということ。
さらに、やる気スイッチがどこにあるのかを考えたいなら、
東さんの問いを自問してみるのもいいかもしれませんね。


さて、、、8月最後の週になってしましました。
夏を思う存分楽しんだら、2019年の総括に入る時期ですね。
焦らずに、一歩。そんな気持ちを大切にしたい季節です。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

今日のテーマは先日(7/22)に続き「ネガティブ・ケイパビリティ」です。


この言葉を知ったのは最近ですが、私の意識の中にずっとモヤモヤあり、
初めてこの言葉に触れた時、「なるほど、そういうことか!」とスッキリしました。
「ネガティブ・ケイパビリティ」という能力は、
もしかしたら問題解決力より重要かもしれないと思う今日この頃です。


私の中に、どんなモヤモヤがあったかというと、、、、
たとえば、何か結論を出す必要があることに直面した場合、
当然、答えを出そうと思いますよね。
特に仕事では、早く結論を出せる人/早く解決できる人が優秀、と見なされがちです。
それは、ある面では正しいし、異論はありません。
私自身、どちらかというと決断は早い方だと自負しています。
それでも、こんな視点から違和感がありました。
それを端的に言うと、みんな「答えを得ることを急ぎすぎではないか?」です。


あるいは、こういう言い方もできるかもしれません。
みんな、答えを出すまでの時間に対して、忍耐がなさすぎるのではないか?
早く答えがほしいから、みんな、急いで答えを出そうとする。
そして、忍耐できないでいる自分に気づかず、
早く答えを出すことが良いことだという理由の元に、
急いで答えを出しているのではないか?
そんなふうに思うことがあり、モヤモヤや違和感を感じていました。


なぜそう思うのかと聞かれても、ただの直感としか言えません。
いろいろなシーンで、「この答えを出すのは、そんなに簡単なことではないな...」
と私は直感的に感じるのですが、
簡単に答えを出そうとするアプローチによく出くわします。


おやおや、、、すみません!
今日のテーマに対する問題意識、事前説明が長すぎました。
話を今日のキーワード「ネガティブ・ケイパビリティ」に戻しますね。


「ネガティブ・ケイパビリティ」とは何か?
私は、この言葉とどこで出会ったのか?
まずはそんな話をさせてください。


出会ったのは、こちらの書籍です。最近読みました。
「ネガティブ・ケイパビリティ〜答えの出ない事態に耐える力」
(著:帚木蓬生、刊:朝日選書)
著者は小説家であり、精神科医です。
(ペンネームの読み方が難しいですが、ははきぎ ほうせいと読むようです)
https://www.amazon.co.jp/dp/4022630582/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_AIewDb01XAGYQ


「ネガティブ・ケイパビリティとは?」については、
たくさんの説明が成り立ちますが、著者による端的な表現が、
本書の本文1行目に出てきます。
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」あるいは
「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、
懐疑の中にいることができる能力」です。
「ネガティブ・ケイパビリティ」で検索すると、
「ネガティブ思考」を肯定するような説明に出会いますが、
私の理解では、そういうことではないと思います。


私がこの言葉の概念に「ほぉー」と思うのは、
一般常識とはちょっと違ったことを言っているからです。
一般的に問題を解決する能力は高い方がいい...という常識があります。
でも、この「ネガティブ・ケイパビリティ」はそうではありません。
即座に解決するよりも、その訳のわからない状況に身を置いて、
佇むことの必要性を言っています。


なぜこの力が必要だと著者は言うのでしょうか。
著者によると、ヒトの脳には「分かろう」とする特性が備わっているので、
分からないものや不可思議なものが放置されていると、
脳は落ち着かなくなり、なんとか分かろうとするのだそうです。
ところが、そこに落とし穴があり、
〈「分かった」つもりの理解が、ごく低い次元にとどまってしまい、
より高次元まで発展しないのです〉と著者は言います。
なるほど! これだと私は思いました。


今日、これを取り上げたかったのは、
この力は、「考えを深める」という行為において、
必要不可欠だと思ったからです。


なので、私なりに、
「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」
というものを、別の言葉で、言い換えてみました。


その1:たとえ不安にかられたとしても、決して焦らずに時間をかけて問題を見極め、
最後の最後にじっくりと答えを出す、そんな能力。
その2:考えるべきことに向き合いながら、頭がパンパンになったとしても、
「もうムリ!」と諦めず、他の答えの可能性がないか、追求し続ける能力。


そんな力と言い換えられます。
簡単にわかったつもりにならずに、考え続ける。
「ネガティブ・ケイパビリティ」という視点で自分を育てていく。
この本はそんな視座を与えてくれました。


お盆明けで今日が初日という方もいらっしゃるかと思います。
今週も素敵な1週間でありますように!

190813_drum.JPG今日のタイトルを読んで、多くの人は疑問を感じたのではないでしょうか?
「考える」を「運動」の一つと言われたら、誰だって疑問に思いますよね。
でも、こう思ったのには理由があります。
多少無謀な説明にはなりますが、聞いてやってください。
「考える」ことに役立ちそうな原理原則、まとめてみましたので!


さて、発端。最近、私はドラムを始めました。(写真はレッスンスタジオ)
きっかけは、6月の誕生日に社員のみんなからもらった体験ギフトです。
マッサージ、ヨガ、エステ、いろいろな体験メニューがあります。
でも、私は、どうせなら今までやったことがないことで、
やりたかったことを選ぼうと決めて、それが楽器の「ドラム」だったのです。
初めは、「一生に一度やってみたかっただけ」だったのに、
体験したら、楽しくて楽しくて、ハマってしまい、
この週末に3度目のレッスンを受けてきました。


ドラムというのは、右手右足、左手左足と、異なることをやります。
考えながらでは追いつかないですし、
スポーツに似ていて、アクロバティックでもあります。
そして、生まれた初めて体験した初日、何かひらめきました!
私は、この体験から何かしら人生に役立つ原理のようなものを得られそうだ、と。
体が。あるいは脳が。


オーバーに言えば、ここに生きる知恵、生きるコツがありそうな気がする!と。


最初の体験の日の私は、こんな感じでした。。。
取り組むべきリズムフレーズがわかる。
頭ではわかっても、簡単に体がついていかないことがわかる。
わかると、できるの違いがわかる。
叩きたいリズムフレーズを分解して、体ができそうなことをやってみる。
すぐにはできないが、まもなく「これならできる」の手がかりをつかむ。
一つ上の複雑さをやってみて、前の体験とつなぎ合わせていく。
これも、徐々にできるようになる。


最初の体験を言葉にすると、そんな感じです。
しかも、心がワクワクしているときは、難しいことに取り組んでいても、
難しいって思わないんですね。ただただ、やりたい、できたいと思います。
人のやる気スイッチの本質は、ここにあるんですね〜


そうやって私は体験初日に、何かグッとくることを体験できました。
それは「感覚の扉を開けることができた」ということです。
では「感覚の扉」とは何か? 
それは「コツを体得する入り口に立つ」ということ。
「コツとは、脳の使い方、体の使い方の要点が感覚的にわかる」ということです。
こういうときには、こういうふうに脳みそを使う、
こういうふうに体を使う...ということが、感覚的にわかる。


しかし、問題は「コツ」はどうやったら体得できるか、です。


ドラムを例に言うと、「叩きたいリズムフレーズを分解して、
体ができそうなことをやってみる」もその一つですが、
先生から勧められたことがあります。
それは、「クチドラム」と呼ばれるもので、
叩きたいドラムのフレーズを声にして歌います。
私がこの週末に学んだのは、8ビートの「ドチタチ、ドドタチ」というリズムで、
「ド」はバスドラム ...というように、太鼓別にカタカナを当ててあります。
それをイメージして声に出すわけです。


え、そんなことが有効なの?と思いますよね。
私も最初はそう思ったのですが、、、
おそらくたくさんの太鼓を叩くのにも順番があり、しかもリズムがあります。
それがイメージできないと叩けません。
クチドラムはそのイメージを脳に覚えさせるのに有効。私はそう理解しました。
そして、脳に染み込むと、無意識にスムーズにその運動ができるようになります。
これは、スポーツを行なった体験がある人なら、
感覚としてわかるのではないでしょうか。
自転車を乗る感覚です。


さて、今日の本題。「考える」ことは「運動」のひとつなのか。
どう思いますか?
私は、今回の運動を習得するコツ、イメージを脳に定着させる方法は、
「考える」コツの習得に生かせるかもしれないと思い、
その仮説を今から披露します! ちょい、恥かし!


考える際に、「ドチタチ、ドドタチ」のように機能することは何だろう?
考えを進める方法をイメージ的につかむには何が重要なのだろう?
そう考えてみたのです。


最初に思ったことは、「8ビート」の動作をクチで表現したように、
「考える」の動作を言葉にし直したらどうなるか? そう考えました。


考える = 「トコトコ、トコトコ」です。
問い→答え→問い→答え→問い→答え→問い→答え


もちろん、答えは1つではないかもしれませんし、
直列的につながらない場合もありますが、


「考える」の動作を分解すると、「問いを持つ」+「答えを出す」です。
私が感じるのは、考えることに慣れていない人の場合、
漠然と考えることに向かって行って、
「問い→答え」をしていないように見えます。
どうなっているかというと、
「トコトコ、トコトコ」ではなく、「ココココ、ココココ」です。
問いがないのに、答えがある(不思議)。
きっと本当は心の中に問いがあったのだと思いますが、
その部分を言葉にしていないので、答えがなんの答えなのか、
ふんわりしてしまいます。


次に、クチドラムの「歌う」に代わることは何でしょうか?
それは、きっと「書く」です。
振り返ってみたら、私自身、考えるときにこれをやっていました。
「問い」を書き、「答え」を書くということをです。
そう、書くことは「見える化」する意味でとても重要なのに、
書かずに、頭の中だけで考える人、多いように感じます。
また心によぎったことは、何でも書けばいいのに、
考えがまとまるまで書かない人もいます。
でも! もし考えたいなら、むしろ何でも書いた方がいいと思います。


さて、、、、考えることに慣れていないと、「問い」が出せません。
でも、ここにもコツがあります。
クチドラム的に言うと、「トナドホ」です(笑  ←笑ってますが、マジです。


細かいことを言うと、もっといろいろな「問い」がありますが、
基本パターンは4つです。
 (1)〜はナニ?
 (2)ぜ〜?
 (3)うすると〜?
 (4)ント?


1番2番は目前の状況を理解したり、目的を明確にする上で有効です。
3番は対策を考える上で有効です。
4番は、自分の考えの浅さを暴くための、自分ツッコミ質問です。


「トナドホ」よりも、英単語の方が覚えやすいなら、What? Why? How? Really? 。


世の中にはたくさんのフレームワークが存在していますが、
考えてみると、それらはクチドラムと同じです。


「考える」という行為も、結局は動作の一つだと見ると、
トレーニング方法も浮かんできます。
あ〜 もっと話したいこと、あるんですけど〜 すでに長すぎ!


8月も半ばに入って、私は冷房にやられて、コンディションがイマイチです。
みなさんも、体調管理を万全に夏を乗り切ってください!

このブログは、2007年7月に始めたので、もう12年以上続けています。
メルマガを継続的に開始したのは、2013年7月。こちらも6年が経ちました。
メルマガの平均開封率は25%強と驚異的。もしよろしければ、登録してみてください!


この二つは、ある程度、覚悟をもって始めたので、
だから続いているのだと思います。
覚悟といっても、そのニュアンスはとても微妙です。
・原則「毎週」更新する。
・でもどうしても無理な時はパスもあり。
何が微妙かというと、どういう時にパスしていいか、
その線引きについては文言化していないからです。
結局は自分次第ということになります。


で、いったい私は何を基準に判断してきたのかを振り返ってみたのですが、
それはおそらく「継続性の担保」を基準にしてきたような気がします。
たとえば、毎週1回が原則なのに、2週に1回「今回は無理!」と判断してしまったら、
実質的には「毎週1回が達成できていない状況」になります。
でも、ほぼほぼ毎週1回書いていて、ああ、でも今週はどうしても無理...という場合、
毎週1回という継続性は担保されていると見なせます。


「継続性の担保」に明快なルールはありません。
結局、自分に対して何をOKするか、何をNGとするかに尽きます。
あ、でも今、これを書きながら、もう一つ重んじてきたことがあると気づきました。
「継続性の担保」の別の側面。
読者から見てではなく、自分が継続性を保とうという意識を持ち続けられるようにすること。
つまり、できているという感覚を保つための頻度はどの程度か、です。
それはやっぱり、「たまに休む」はOK、「時々休む」はナシ、と
本能的に思っている。
なぜなら、時々休むが定着すると、まず継続できないからです。
一方で、休むのは「罪悪」であると感じたら、これも苦しくて続かない。
その意識のバランスが継続に繋がってきたと思います。


さて、継続は力なりというように、継続はある面でとても重要です。
でも、それが好奇心のブレーキになってはいけませんよね。
先ほど、私は、ブログとメルマガについて、
「この二つは、ある程度、覚悟をもって始めた」と書きましたが、
何かを始める時に、いつもいつも同じようなスタンスかと言われると、
そんなことはありません。


たとえば、この半年の間に、人から見たら、
アレコレちょっと手を出しすぎでは?と思われるくらい、
いろんなことに手を出しています。
仕事のことは脇に置いておくとして、具体的には...


・ゴルフ
・俳句
・ドラム
・アウトドア
・寺社巡り


でも、これ、どれも興味があるから首を突っ込みたくなっただけです。
好奇心の赴くままにいたら、そうなった、という。
で、始めたらからといって、何かを極めなくたっていいし、
途中で飽きたらやめればいいと思っています。
始めるにあたって、継続できるかどうかなどまったく考えていません。


ここ、重要だと思うのです。
なんとなくですが、私たちの心の中に、何かを始めたら、やり抜かねばならん!とか、
軽い気持ちで始めてはいけないという思い込み、ありませんか? 
私自身、10年前はそう思っていたかもしれません。
でも、年齢が上がって、人生は一度切りなんだから、そんな必要はないなと思いました。
継続はもちろんいいことだし、重要なことですが、
「継続できるかな?」という気持ちが起きて、
それを理由にセーブしてしまうのはもったいないですよね。


セーブしないとこんなことが起きます。
実は、私、つい数カ月前まで、「山登り」に憧れていました。
そして、実際に山に詳しい友人に連れられて、初心者コースに登ってみたのですが、
やってみて、自分はこれをやりたいわけではなかった...。
そうわかったのです。すごく重要な気づきでした。


一方、俳句はまだ初めてから2カ月ですが、
これは一生やっていきたいなと思い始めています。
なぜなら単純に楽しいし、いつでもどこでもできるからです。


さて、、、
では、あなたは「気軽に」始めること、
「覚悟して」始めること、区別していますか?
仕事でない限り、覚悟して始める必要なんてないと思います。
人生は短いのだし、興味が湧いたら、気軽に始める心意気! 
いいのではないでしょうか!?


8月になりました!
暑くてイヤだなという気持ちもありますが、
同じ夏でも2019年の夏は1回だけ。楽しみましょう!

週末は、父や妹と3人で箱根に行ってきました。
1泊とはいえ、荷造りをしたり、着ていくものを考えていたら、
私は、自分が黒のTシャツを10枚以上持っていること、
同じ黒のTシャツでも、無印良品のものが肌触りが良くて好きだと
感じていることに気づきました。
「これも『メタ認知』の一種?」と思ったりしながら、
このメルマガを書いています(笑)


実は、先週、まったく違う場面なのに、2人の方との会話で
『メタ認知』という言葉が出てきました。
1週間に2回も。ちょっとびっくりです!
もしかして『メタ認知』という言葉、今、世間で流行ってるのでしょうか?
いや、私が誘導しちゃったのかもしれないので(つもりはないですが)、
流行っている?は取り消します。
社会的にこの『メタ認知』という言葉がどう捉えられているか、
正直わかりません。
でも、人の成長に関わる重要なキーワードだと私は理解しています。


そうです。
今日は、人の成長とこのワード『メタ認知』について考えていこうと思います。


この『メタ認知』という言葉、しばしば耳にするけど、
「メタ認知とは?」と問われると、答えにくい言葉の一つですよね。
往々にして、メタ認知=メタ認知能力という意味で使われているようです。
ネットで調べても、端的にわかりやすい紹介がなかなか見つかりませんでした。
なので、勇気を出して、私なりの理解に基づき、説明したいと思います。
(間違っていたらごめんなさい)、
『メタ認知』を「メタ」×「認知」という形に分解して考えてみましょう。
メタ=高次元、超
認知=自己認識について客観的に分析する能力
です。


ですが、そんなことを言われても、わかりませんよね。
懲りずに、敢えて端的な言葉でメタ認知能力を表現してみます。
それは「自分が自分をどう見ているか、客観視する能力」です。
「超」なんていう言葉をつける必要もなく、
ただ単に、「自分や自分が絡んだ出来事を、一生懸命に観察した上で、
振り返ってより良くしていく能力」だとも言えるかと思います。
それが、私の翻訳です。


だからこそ、自分が黒のTシャツを10枚以上持っていると気づき、なおかつ、
同じ黒のTシャツでも、無印良品のものが肌触りが良くて好きだ、
と思っていることに気づく、
そこからさらに、自分というものを考えていく、
そんな自己観察も『メタ認知』の一種だと思った次第です。


『メタ認知』で自分の何を観察するかというと、
知覚、記憶、学習、言語、思考、行動などです。
自己観察というのは、イメージ的には、もう一人の自分がいて、
自分のことを自分の外から俯瞰的に観察するという感じでしょうか。
その時に、特に「クセ」を把握するのは結構重要です。
私は、『メタ認知』ではこの「自己観察」が一番大切なキーワードだと思っています。
難しい言葉で言う必要もなく、ただ自分を見つめるというだけですが。


私はこれまで、『メタ認知』能力について、独自の表現をしていて、
「自分伸びる力」(ジブンノビルリョク)という言葉で社員に伝えてきました。
自分で自分を伸ばせる人が強い、そういうメッセージです。
でも、自分を知らないと自分を伸ばせません。
自分を知ることが、自分で自分を伸ばす力を持つ第一歩です。
だからこそ、自分を客観視したり、振り返ってみたり、
自分のいいところ、悪いところ、思考のクセや行動のクセ、
大切にしたいこと、自分の心踊ること、他にもたくさん、、、
まずは自分が自分を知る必要があるのではないかな、と思います。


『メタ認知』において、自己観察はすべてではありませんが、
入り口にそれがあることは間違いありません。
では、そのためにどんなことが有効なのでしょうか。
観察結果を文章や図などにして言語化する、
気づきを人に話すことによって整理する、
人からたくさんフィードバックをもらう、、、
ほかにもあるかもしれませんが、そんなことが浮かんできます。


『メタ認知』という能力開発に自ら取り組むかどうかは別としても、
まずは押さえておきたいですよね。
7月も最終週です。素敵な1週間をお過ごしください!

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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