ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

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先週金曜日、11月29日は当社の誕生日、創立記念日でした。
グラスルーツはこれで満35歳になりました。
「これもひとえに皆さまのお陰です」という決まり文句がありますが、
この決まり文句、「ただひたすらに、他に考える余地もなく、皆さんのおかげ」という意味です。
理屈で考えたら、自らの努力もしないで、他力で会社が存続するなんていうことはないわけですが、
それでも、本当に神妙な気持ちになり、心底そう思います。
「皆さま」が誰かというと、私以外のすべての人たちです。
お客様はもちろん、今の社員、元の社員、グループ会社の皆さま、役員、パートナーの皆さま、
友達、恩師、家族など、言葉にしきれませんが、「皆さま」に入ります。
いろいろな意味で私を支えてくださった皆さんに、心からお礼を申し上げたいです。
ありがとうございました!


さて。。。創立記念日の夜、私は一人で、自然溢れるある場所に行き、
その翌日は本当に何もしないで1日を過ごしました。
正確にいうと、2泊3日、そのまんなかの日のこと。
何もしない...、普段なかなかできないことです。
行く前に思っていたのは、考える旅でした。
こんなこと、あんなことを考えて、答えを得たいと思っていたのですが、
上っ面でいくら考えてもうまく答えは出ないんですよねー
邪念、邪念、邪念...になるので。
で、結局自分を空っぽにしようって割り切って、過ごしました。
まあ、まどろみの時間も多々あったけど、
それはそれで、空っぽにすることにつながったかもしれない。
具体的に「これ!」と何かを得たわけではありませんが、
こんなに何もしなかったのは何十年ぶりで、
何かしらチャージできたと思います。
それがコレ!とうまく言語化はできないんだけど。


冬の寒空でしたが、とてつもなく星が綺麗でした。
オリオン座、
カシオペア、
北斗七星、、、
教科書でならった星座がそのままに見える!
それどころか、細かな星の島まで見えてしまう。
奥ゆきをもって、宇宙が見えました。
星空に触れるって、本当にいいですね。


過ぎてしまえばあっという間でしたが、
2泊3日、いい時間でした。
ほんと、なにもしなかったな。。。。

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あなたは、どんな時に「書く」という行動を取っていますか?
パッと頭に浮かぶのは、メールや報告書、パワポ資料などでしょうか。
手書きに限った場合は「打ち合わせでメモを取る」かもしれません。
では、それ以外ではどんな時にどんな目的で書いていますか?
今日は、仕事でメモを取る以外のシーンでの「書く」について考えます。


人はどんな目的で書いているか、リストアップしてみました。
・しなくてはならないことを忘れないため
・したことを記録するため
・思いついたアイデアなどを忘れないため
・アイデアを出すため
・なるほどと思った知識を読み返せるようにするため
・感情を鎮めるため
・自分を振り返るため
・計画するため
・自分の考えを整理するため etc.


まだまだあるかもしれません。
また最近は紙に書くというより、
スマホに打つという人が多いような気がします。


人が、どんな時に書くのかをリスト化すると、
上の例のようにいろいろあることがわかりますが、
実は書いている人はそれほど多くない気がします。
さらに、「アイデアを出す」「考えを整理する」という目的で書いている人は、
なおさら少ないのではないでしょうか。
いや、すみません、根拠はありません。
実際、あなたやあなたの周りの方はどうですか?


さて、アイデアを出すことと、考えを整理すること。
前者は思考を発散し、後者は思考を収束させていくので、
ある意味、180度反対の行為です。
それなのに、いずれも「書く」ことでスムーズに出来たりします。


まず、「アイデア」を出すことと「書く」ことはどう関わっているのか、
考えてみましょう。
アイデアを出すための代表的なアプローチとして、
ソクラテスの時代から使われているのが「連想」です。
一つの事柄から、切り口を変えてたくさん連想した言葉を出します。
似たもの、対照的なもの、共通性のあるもの、因果関係にあるもの...
よくマインドマップが使われたりしますよね。
また1つの質問から複数の答えを出す
マンダラートというツールも使われたりします。
最近はアプリを使う人もいますね。


いずれも、思考を「発散」させるために、
たくさん書くのがポイントです。
アイデアというのは異なる要素の組み合わせから生まれるので、
要素が多い方が出てくるアイデアに幅が出ます。
それなのに、もし書かなかったらどうなるでしょう?
たくさんの要素が出てきたとしても、次から次へと忘れてしまいますよね。
脳はそんなにたくさんのことを一度に覚えられないからです。
第一、頭の中だけでやろうとすると、
「たくさん出すぞ!」というスイッチが入りません。
また要素を組み合わせるという段階で、
視覚的に見えている方が組み合わせもしやすいですよね。
だから、アイデアを出す時に、たくさん書くことが有効なのだと思います。


では、「考えを整理する」ことと、「書く」ことは
どう関係しているのでしょうか。
まず、考えを整理するためには、何を書くと良いのでしょうか?
これは、人にもよるかもしれませんね。
私の場合は、考え出す前に、まず「問い」を書きます。
考えるべきことは何かを先に考えるということです。
そして、考えられる答えは1つでない場合もありますが、
それらもまた書きます。
テーマによって、「問い」は違ってきますが、
よく出てくる「問い」もあります。
「ここで言う○○とは何か?」と
「どうなったらうれしいか?」です。


「考えを整理する」ために「書く」ことが有効なのは、
「問い」が見えるようになるからかもしれません。
人間は気まぐれなので、考えはあっちに行ったり、
こっちに行ったりしがちです。
「問い」を書いておくと、戻り地点があるので、
自分が何を考えていたのかが迷子になりません。


スマホ、ノート、白い紙...
ボールペン、シャーペン、フリクション...
ツールはいろいろありますが、
私が一番好きなのはホワイトボードです。
ディスカッションの時はもちろんですが、
一人で考える時も、なぜかホワイトボードを使うのが好きです。


あなたは、どんな時にどんなことを書きますか?
書くようにしていることはありますか?


11月最終週です。
素敵な1週間をお過ごしください。

NHKでは、今、複数の番組で
「発達障害」を取り上げるプロジェクトが行われています。
「発達障害」への理解を広め、
偏見をなくそうという取り組みのようです。
社会に対し、問題提起しようとするNHKの試みは拍手に値しますね。


一方で、私は、ちょっとした違和感のようなものも感じます。
それは、NHKに対してというよりも、社会の動きに対してでしょうか。
そのザラつき感、どんなことなのか、胸に手を当てて考えてみました。


思ったのは、こういうことです。
「発達障害」という概念で人を一括りにすることに対して、
私は微妙に抵抗感を抱きます。


それに加えて、「障害」という言葉のイメージからか、
「病気」だと受け止めがちですが、
厚生省のホームページには、こう書かれています。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー
生まれつきの特性で、「病気」とは異なります。
発達障害はいくつかのタイプに分類されており、
自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、
学習障害、チック障害、吃音(症)などが含まれます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー


とはいえ、ネットで検索すると、
「病気」だとする専門家もいれば、
「特性」だとする専門家もいます。


どっちだったとしても、
言葉の選び方がイマイチな気がするんですけど...。


ところで、NHKの番組の中で、
「発達障害だとわかってむしろ安心した」という親御さんの声や、
「自分が人に馴染めない理由がそこにあると知って、
もっと早く知っていたなら、気持ちが楽だった」との声を聞きました。


彼らは、人と違うがために、
「努力が足りない」「なぜできないのか」と
人からも責められ、結果自分のことも責めてしまうようです。
そんな状況を知ると、
「発達障害」と名付けることも必要かもしれない
と思えてくるのですが...。


でも、、、
誰でも多かれ少なかれ「人と違う変わったところ」がある。
それが人間だと思います。


私自身は発達障害だと言われたことはありませんが、
他の人から見ると、結構「変わったところ」があると自覚しています。


具体的には、、、
集中するがあまり、他の人は気づけることに、
私だけ気づかないとか、
目から入る情報に弱いのか、
なかなか人の顔が覚えられないとか。
「小野さんほどデコボコの激しい人はいない」
と部下からも言われて来ました(笑)
それでも、生きるのに困るほどではない。


一方で、世の中には、自分の特徴によって
生きるのが苦しいと感じている人たちがいるんですよね。
人との「違い」を社会が
ポジティブに認められるようにするには、
「発達障害」という呼称を変えてはどうかと思います。


たとえば、「ユニーク(unique)」という言葉を生かして、
「UC(unique capability)」「UB(unique brain)」
「US(unique sense)」なんてどうでしょう?
イマイチかしら?
あなたは言葉の問題、どう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように!


PS:
こんな情報をお寄せいただきました。
「脳の個性を才能にかえる 子供の発達障害との向き合い方」(NHK出版、トーマス・アームストロング著、中尾ゆかり訳)は私が発した内容と合致するように感じたので、参考までに紹介したい、と。ありがとうございます! 参考情報として、紹介します(まだ読んでいませんが)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4140816082/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ZZcZDbV7W8E1M

ラグビーワールドカップ 、
日本は敗れてしまいましたが、
日本を破った南アフリカが決勝に
進出しましたね。
決勝戦も目が離せません。


さて、ラグビーW杯で日本が
快進撃をしたのはとても
うれしかったのですが、
選手たちが発した言葉の中に、
ちょっとだけしっくりこない
言葉がありました。


「すべてを犠牲にしてきた」
という言葉です。


私は、言葉に過敏すぎるきらいがあるので、
今日の内容は賛同できない!と
叱られるかもしれません。


もちろん選手の皆さんが、そこまで
言葉を吟味していないのは承知の上。
決して批判するつもりがないことを
ご理解いただいた上で
今日は「犠牲」という言葉について
考えたいと思います。


実は「犠牲にした」という表現は
スポーツ選手が成果を出した際の
インタビューでよく出てきます。


その意味は、家族との時間がない、
自分の時間もない、
勝利のため、
ファンの期待に応えるためだけに、
時間を過ごしてきた...
という意味だと思います。


その努力は疑いようもないこと。
でも、、、犠牲という言葉の意味は:


「ある目的のために損失となることを
いとわず、大切なものをささげること」
「自分を顧みず他者を優先させること」


私が、スポーツ選手の発言で
この言葉に違和感を覚えるのは、
自分を殺しての結果だと言っている
感じがするからです。


忍耐し乗り越えたのは本当だとして、
損失だと思いながら努力するって?
自分のためにならないのに
忍耐するって?
...と。


自分のために、
自分が意志を持って選択したなら、
犠牲にしたという言葉を使う必要は
あるでしょうか。


あ、いえ、 選手たちはそこまで言葉を吟味して
話していないですよね。
でも、その言葉をもし変えたら
どうなるだろう?と思ったりします。
同じ忍耐でも、少しは
辛さが減るのではないかな、と。


大阪なおみ選手が、今年の初めに
コーチとの契約を解消した際に、
こういう発言をしています。


「サーシャには感謝しているが、
幸せを犠牲にしてまで
成功を収めたくないんです」


私はその通りだと思います。
人は自分の幸せのために、
何かを犠牲にする必要はない、と。


忍耐を選ぶのであれば、
それは自ら選択しただけ。
選択したと思ったら、
犠牲にしたとは思いません。


為末大さんがtwitterで
こんな発言をしています。


「会社から給与をもらっているのは
犠牲を払っているからだ
と思っている人は案外と多い。
(中略)
犠牲で対価をもらうという
考えの根底には、辛さや苦しさと
成果は比例するという思い込みがある。
でも、価値を生む事は
実は辛さとは関係がない」


私たちの人生観は
使う言葉に現れます。
またどんな言葉を使うかで、
私たちの人生も変わります。
あなたは「犠牲」という言葉を
どう受け止めますか?


今回のラグビーW杯で決勝に進んだ
南アフリカ。
ネルソン・マンデラ大統領と
ラグビーW杯での南アの優勝を描いた
映画「インビクタス」では、
決して自分は「犠牲者」にはならない、
自分の人生は自分が握っている...
そんなマンデラ氏の生き様が描かれ、
とても感動したのを覚えています。


まもなく11月突入です。
今週も素敵な1週間を!

心をいじられた感じの週末でしたね。
台風19号にそわそわしました。
映画でも観ながら、
家で過ごそう思っていたのですが、
スーパーの商品はなくなるし、
自分の生活圏への不安と、
TVで映し出されていく被害の状況。
いろんな人のことが気になって、
映画を観るような気分になりませんでした。


でも、台風の翌日は、
ラグビーW杯日本代表が大活躍。
様々なテンションが交錯したせいで、
少々疲れた感があるのは否めません。
でも、こんなことを言えるのは、
被災を免れたからです。
大したことができないにしても、
被災した方たちに
思いを馳せたいものです。


さて、今日は私たちにとって
「なぜ」を知ることの意義について
考えたいと思います。
きっかけは、今月の初めに私が受けた健康診断でした。


これまでは、健保組合の健診施設で
一通り受けていたのですが、
もういい歳だし、社長が突然余命宣告を受けたら、
周りに迷惑をかけるし、
いつもよりちょっと高度なオプション健診も受けようと思い、
病院での健診を受けました。
健保組合の提携先は東京高輪病院。
結論から言うと、
全般的にスタッフ教育が行き届いている印象で、
とてもいい病院だなと感じました。
さて、ここからが本題です。


胃のレントゲンで、素晴らしい技師の方に出会いました。
検査が終わって、部屋を出るとき、
「私のこれまでの人生で最高の検査でした。ありがとう」と言ったほどです。


胃のレントゲン、
いつもは健保組合の健診施設で撮ってもらっていて、
それが私にとって、ある意味標準でした。
別に特別な不満もなかったし、
これで当たり前だろうと思っていたのです。
ところが、今回の技師は本当に素晴らしく、感動ものでした!
私が感動したのは、次の4点です。


1)今からすることを説明してくれました。
「はい、では食道の写真を撮ります。
バリウムをごくりと飲んでください」
「今度は十二指腸の写真を撮ります」
目的意識が持てると、がんばろうと思えます。


2)しかも、都度都度状況説明をしてくれます。
「はい、いい写真が撮れました」
「きれいな写真が撮れました」
こう言われると、変な写真にならないように
さらにがんばろうと思えます。


3)なぜ、それをするかを説明してくれました。
「今から、胃を膨らませるために発泡剤を飲んでいただきますが、
ゲップをがまんしてください」
↑これは大抵言ってくれますよね。
でも、↓これはないのでは?
「今から、バリュームが胃の中で混ざるようにするために、3回回っていただきます」
こう言われると、「おお、そうか、
うまく混ざるように体を動かさないと」という気持ちになります。


4)進捗&現在地を教えてくれる。
「はい、あと2回です。申し訳ありませんが、がんばってください」とか
「あと2枚撮ったら終わりです」とか。
がんばって検査は受けているものの、
でもやっぱり終わりが見えないのは不安。
その絶妙なタイミングでこの声がけ。
出口が見えると、最後までしっかりやろう!そんな気分で続けられました。


この技師がしてくれたことを通じて、
私とその技師との間に協働関係が生まれたような
そんな気持ちさえ抱きました。
胃のレントゲンを撮る、ただそれだけのことなのに。


この体験、いろいろ素晴らしかったですが、中でも1番と3番。「なぜ」の説明。
私はこの大切さを痛感しました。
モチベーションや仕事観に影響を与えるなーと。


今さらな例ですが、
レンガを積む男の話を思い出します。
「ここで何をしているのですか?」と聞かれ、
「レンガを積んでいる」でもなく、
「壁を作っている」でもなく、
「人々が祈りを捧げる偉大な教会を作っている」と語るには、
この「なぜ」抜きではありえないでしょうね。


また、こんな話も思い出しました。
メルマガを共に書いている阿部、
前々職でこんな体験をしたそうです。
間違えの多いアルバイト学生に、
あなたの仕事の意味を伝え、
間違えるとどんな影響が出るかを伝え、
だから、とても重要な仕事なのだと伝えたら、
間違えなくなった、と。


人はみんな無駄なことより、
意義のあることに関わりたい。
だからこそ、
意義を伝えることは重要ですね。
社内コミュニケーションにおいて
重要なことが伝わっていない場合、
「なぜの説明が足りていない」
ということが一因の場合も少なくありません。
伝わっていないと感じたら、
「『なぜ』が伝わっているか」
という視点で検証してみるのも一考です。


今週も素敵な1週間でありますように。
ラグビー日本代表が力を出し切れますように。
では、また〜!

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先週の私は、ある出来事をきっかけに怒りの感情と向き合うことになりました。
怒りというのは、二次感情と言われ、悲しみ、悔しさ、虚しさ、辛さ等の
一次感情の次に起きると言われます。
また、状況が自分の「べき」論と一致せず、それが許容できない時に起きる
とも言われています。


実際に今回の体験を振り返っても、それが当てはまりました。
自分が被害を被ったことに対し、悔しさや虚しさを感じ、
相手は倫理的に対応すべきである、という気持ちから怒りが湧いてきた
と思うからです。


日本アンガーマネジメント協会によると、
人の怒りには6つのタイプがあるのだとか。


「公明正大」タイプ
「博学多才」タイプ
「威風堂々」タイプ
「外柔内剛」タイプ
「用心堅固」タイプ
「天真爛漫」タイプ


多分私の場合は「公明正大」と「天真爛漫」のミックスではないかと思います。
道徳観を大切にするので、それに反することに出くわすと
正義感を振りかざしたくなる、、、
という傾向と、
気持ちを正直に伝えるのは良いこと、という思い込みがあり、
「腹に一物」はストレスになる、
という傾向があるからです。


ご自分の怒りの特性にご興味があったら検索してみてください。


ただし、日本アンガーマネジメント協会によると、
怒りを抑え込むのではなく、上手に付き合うことが大切のようです。


人はコントロールできないことに囚われると、ストレスを感じます。
自分がコントロールできるのは自分の思考と行動だけですから、
コントロール不能なことだらけの日常生活はストレスでいっぱいです。
だとしたら、それに怒りを抱くのは、バカらしいことでもあります。
そう思うと、怒りは冷めていきますね。


人の感情をキャラクター化して描いた
ピクサーの映画「インサイド・ヘッド」が物語るように、
人間が抱く感情にいけない感情はありません。
でも、ネガティブ感情と健康的に付き合うのは簡単ではありませんよね。
自分は今、怒っていると自覚する。
それだけで、少しは客観視できるような気がします。


今週は10月に突入。
素敵な1週間でありますように!

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「働き方改革」。。。
みんなどう思っているのかな?
最近、お客様との間でよく上るキーワード、
それが「働き方改革」です。
経営的には、残業が減らない、生産性が上がらない、
有給取得が進まない等が問題視されていますが、
そうだとしたら、なんだか後ろ向きな印象しかありません。


では、働く人たちはどう思っているのでしょうか?
ここからは、あくまで想像です。


国が言っているから、うちの会社もやらないわけにいかない、
ということなんだろうな...とか。
残業代をカットしたいだけなんじゃないの...とか。
生産性を上げるというのは、企業の論理なんじゃないの...とか。
会社は時流として取り組んでいるだけで、本気ではないんじゃないの...とか。
なんで、今のままではダメなの? 自分はこのままで問題ないと思う...とか。
なんか、絵に描いたモチに見えるなぁ...とか。
働き方を縛らないで、好きなように働かせてくれよ...とか。
もう十分努力しているし、これ以上生産性上げるなんてムリ...とか。
仕事を減らしてもらわない限り、できるわけないじゃないか...とか。


「働き方改革」を巡っては、百人百色の思いがきっとあることでしょうね。


だけど、案外ちゃんと説明も受けていないし、
そこまで真剣に考えたことはない...という人が多いような気もします。


私自身はネットで情報を集めて、働き方改革を理解しようとしていますが、
その結果感じるのは、どうも説明の仕方に魅力がないな、ということです。


ーーーーー
日本は人口減少が進んでいて、深刻な労働人口不足という問題がある。
だから、多様な人々が、多様かつ生産的な働き方ができるようにすることで
労働力不足を補う必要があり、
そのためには、長時間労働の是正、非正規雇用の格差是正、多様な働き方の実現を
推進しなくてはならない。
目指すは、一億総活躍社会である。
ーーーーー


ちょっと乱暴ですが、ざっとこんな文脈の説明が多いようです。
国の説明がそうなっているから、自ずとそれが広まっているのでしょうね。


この説明、別に悪い内容とは言えません。
実際「65歳を超えても働きたい」人は6割以上に上るそうなので、
多様な人が働ける社会を目指すというのは良いことです。


でも、なぜでしょう?
労働人口不足への対処という説明だからなのか、
ハッピーな結果につながるという印象に乏しいのですよね。
そう、どんな説明でも、「対処」という説明をして、
人をワクワクさせることは不可能です。
未来志向でないからです。


私が希望する説明は、
これは、個人、企業、日本の成長戦略だ、というような説明です。
ーーーーー
個人が、作業的なことに忙殺され、疲れてエネルギーがない状況にあっては、
個人はハッピーではなく、人として成長もできない。
当然、個性も発揮されず、創造的なことにも取り組めない。
すると、企業も国も成長できない。
だから、個人が成長でき、創造性を発揮でき、
働きがいや幸福を感じられる社会に変えていくことが必要で、
それが働き方改革だ...。
ーーーーー
こんな感じの説明です。


実際、「創造的な社会への転換」が、働き方改革の重要なテーマなのだと
私は思うのですが、あなたはどう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように。

190916_natui.pngTV番組「プレバト!!」の影響か、夏井いつき先生人気の賜物か、
俳句はブームを超えて、かなり定着してきているようですね。
私も、既にこのメルマガで触れていますが、
今年の7月頃から俳句を始めました。
そこで、今日は俳句を入り口にして、
仕事に役立ちそうな私の気づきをシェアします。


さて、私の場合、俳句を始めたといっても、先生について習っているわけではなく、
高校時代の友人たちとメンバーを募ってネット句会を始めたというだけです。
参考書は、世界文化社から出されている「夏井いつきの超カンタン!俳句塾」だけ。
毎月1回、ネットを通じて、投句と選句を行うというもので、
初心者ばかりの会ですし、最初は人が集まるかと心配されましたが、口コミで人が増えていき、現在は15名が参加しています。


わずか2カ月半の間にも、
俳句が教えてくれたことは、実にたくさんありました。
ここでは4点ほど紹介します。


第一に、当然ですが、わずか17字なので、
伝えたいことを「潔く絞り込む」必要があります。
ついつい欲張って2つのことを盛り込みたくなってしまうのですが、
17字であるために、否が応でも絞らざるを得ません。
これをプレゼンテーションや文章作成などに応用し、
17字とは言わないまでも20字で自分が伝えたいことを先にまとめる。
伝えるのではなく、伝わることにこだわるなら、
そんなやり方も有効だと思いました。


第二に、日常の中で目にしたちょっとした物から
何かを感じ取らないと作句できないためか、
観察したり感じ取るセンサーの感度が上がった気がします。
そして、以前からずっとそこにあったありふれたものに着目しただけなのに、
思わぬ記憶や連想が湧き起こってきて、その体験に小さな興奮を覚えます。


実際、脳科学者の茂木健一郎さんによると、
脳にとって発見や気づきは最大の喜びだそうで、
新たに何かに気づくと、前頭葉にドーパミンが放出されて、
その気づきの回路が強化されるのだそう。


思えば、カラーバス効果というのも、そういったカラクリなのかもしれません。
カラーバス効果というのは、ある一つのことを意識することで、
それに関する情報が無意識に集まってくる現象のことです。
たとえば、今日は黄色に注目して通勤しようと決めると、
いつも以上に黄色が目に入ってきます。
子供たちの帽子、カレーショップのサイン、銀杏の葉、クレーン車...。
その結果、黄色を入り口に様々な情報を得ることができるというわけです。
元々は「color(色)」を「bath(浴びる)」が語源ですが、
一つのことに意識を集中させると同じ効果が得られるため、
集中させる対象は色とは限りません。
俳句もカラーバスも「観察」が入り口にありますね。
それだけアウトプットには「観察」が重要、ということなのかもしれません。


第三は、自分が渾身の出来栄えだと思ったものほど評価されない、というもの。
ネット句会とはいえ、お互いに選句を行うため、
どの句が誰に評価されたか(誰にも評価されなかったことも)、最後にわかります。
熱い気持ちで作句したのに、誰も選んでくれなかった体験をした人たちは、
気合が入りすぎると、近視眼的で客観性のないものになり、
結局は独りよがりの句になってしまうと結論づけていました。
こう気づけるのも、複数で選考する効力だと思います。
仕事でも大切ですよね、客観視。
俳句の選句システムになぞらえると、
誰かの評価に納得ができない時は、2ndオピニオンや3rdオピニオンを
もらうことも有効かもしれませんね。


第四は、誰もがフィードバックを気にしている、ということ。
誰もが、褒められたいし、反応されたい。いい点も取りたいのだと痛感。
もちろん私も気にはなりますが、気にしない自分でいたいです。
というのは、夏井いつきさんによると、小学生の間で句会をすると、
変な句やわかりやすい句に点が入るそうですから、
選ばれないからといって、一概に質が低いとは言えないはずです。
でも、そんな夏井さんも誰も自分の句を選んでくれないとしんどい、
と書いています。
でも、こういった心理の本質は、別に持ち上げられたいわけではなく、
振り向いてもらえないと寂しい...ということですよね。
仕事でも心得ておくべきだと思いました。


俳句を勧めますと書くつもりはありませんが、
未経験のことをやってみるとたくさんの発見がありますね。
日常に変化をもたらしたい方にはオススメです!


今週も素敵な1週間をお過ごしください。

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最近ドラムを始めたことは、このブログでも紹介しましたが、
実はもう一つこの週末から始めたことがあります。
それは、2度の挫折を経て今回が3度目になるゴルフ。もちろんまずは練習から。
土曜日はゴルフレッスン、日曜日はドラムレッスンと、練習三昧の週末でした(笑


昔は、練習があまり好きではなかったような気がします。
でも、最近は楽しくて楽しくて。
これ、多分大人の特権ですね。
大人になると、自分のできない状態や、そこからできるようになるプロセスを
客観的に理解することができます。
子どもの頃や若い頃は、自分の状態を客観視しようと思っても、
「できた」「できなかった」の2種類しかないので、あまり楽しくない。
でも、大人になると、もう少し細かく自分を観察し、理解できるため、
その分、ちょっとだけ上手くできるようになっただけでも、
それに気づいて、「やった〜!」と浸れるわけです。
それはもう楽しい以外の何者でもありません。
自分を客観視できるようになるってことは、そんな楽しさに繋がるわけで、
いいなーと思います。
あ、大人になるとって書きましたが、
年齢が上がればできるようになるという単純な話ではなく、
ぶっちゃけ普段から自己観察してない人はムリかもです。
そのぐらい自己観察って重要だと思います。


さて、ゴルフレッスンとドラムレッスンを連続して受けてみて、
なぜか偶然にも同じような指導がありました。
それは、グリップの大切さについてでした。
ゴルフの先生が、「グリップとアドレスで7割が決まる」と言ったその翌日、
ドラムの先生が、「最初の数回はまずは楽しんでもらうことを優先したかったので、
言いませんでしたが、スティックの握り方と座り方が実はとても重要です」と。
で、クラブの握り方とスティックの握り方はとても似ていました。
自然に逆らわず、力を入れ過ぎず...とでもいうのでしょうか。


うーむ。
このメッセージを連続して聞いた私は、
何かここから物事の本質を学べと言われたような感覚に落ち入りました。
まず、単純に言えば「構え」が大事ってことですよね。
けれど、そりゃスポーツは何でもそうだろうさ。
これを仕事に置き換えて考えたくなっちゃうのが、私のクセです。


スポーツで「構え」が大事なのは、それをおろそかにすると、
最大のパフォーマンスが発揮できないからです。
では、仕事で「これをおろそかにするとパフォーマンスが発揮できない」となるものは何か?


ここまで考えて気づきました。
これは人それぞれであり、会社によっても違うなと。
そもそもパフォーマンスの定義が人によって、企業によって違うからです。
パフォーマンスを売り上げで考える企業、
見込み客を含めた顧客数で考える企業、
顧客満足度で考える企業、
各種KPIの達成率で考える企業など、まちまちです。


たとえば、当社。売り上げなどの数字よりも、信頼関係や満足度を重んじています。
信頼され、満足していただけたら、大抵数字はついてくると考えているからです。
その信頼関係のバロメータの一つは、相談の量と質です。
相談されることが少なく、ルーティーンで仕事をしてしまうと、
信頼や満足が生まれているとは考えにくいわけです。


では、信頼されたいとして、信頼される存在であるためには何を重んじるべきか。
ここからが、今回、話の入り口にあった「構え」と近い話になります。
この判断も各社各様でしょうね。
当社の「構え」は、次の2つです。
・お客様にとって、本当に必要なことは何かという観点から、
 お客様の思いとは違う意見でも言う。
・とはいえ、正論に終始するのではなく、お客様の状況に寄り添う姿勢を忘れない。
つまり意見を述べても、柔軟性を持って対応するということです。
もう一つ、ドラムとゴルフの握り方(自然に逆らわず、力を入れない)に通じる話でいえば、
自然体のコミュニケーションというのも信頼につながるかもしれません。
要は、カッコつけずに自分らしくいるということ。
それも、私は信頼と関係しているように思います。


ところが、もしかしたらある会社では、お客様の思いを叶えることこそ
信頼を得るには不可欠だと思っていたら、意見は言わないでしょうね。


あなたの仕事で「パフォーマンス」を上げるとは何を果たすことですか?
「グリップ」と同等に重要な基本の構えは何ですか?
人生の「グリップ」は何ですか?


台風の影響が気になります。
皆様のご無事を祈りつつ、今週が良い1週間でありますように!

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部下の才能を伸ばしたり、スキルが身につくように支援したり、
人として成長できるようにサポートしたり...。
リーダーの多くは、日々、そういった役割と向き合っているのではないでしょうか。
私も、部下の成長に日々関心を持ち、人を育てる自分のスキルと向き合っています。

私が目下、関心があるのは、人の成長は何によるのか、です。
最初にグーっと伸びて、そこからの成長はなだらかになる人もいれば、
しばらくは低空飛行だったのに、ある時急激に成長する人もいます。
さらに、何歳になっても、着実に日々成長を続ける人もいます。
とても不思議。
私自身、たとえ何歳になっても成長できる人でいられたらな...と思うので、
とても関心のあるテーマです。

先日も、ある人とのメールでの対話でこんな話が出ました。
その人は「『素直さ』と「『伸びたいという熱意』に加えて、
最近は『メタ認知』が重要だと思う」という意見でした。
ある意味、私も同意見です。

ですが、今日は、それとは違う切り口で、
つまり「インプットとアウトプット」というテーマで人の成長について考えます。
あまり論理的意見とは言えませんが、ただ自分の体験や部下の成長を見守る中で、
成長が進む場合の共通点はあるなー、と思ったことをまとめました。


まず、なんだかんだ言っても、アウトプットなくして、成長はありませんよね。
「え?」と思った方もいるかもしれませんが、
私は、人が自分の成長を感じる一つのパターンに、
過去のアウトプットと今のアウトプットを比較して進歩が感じられる時があると思います。


しかも、良いアウトプットは、インプットなくしてできません。
ところが、意外とそこに自覚的である人が少ない気がします。
というか、頭ではわかっていても、こんなふうに思ってしまうのかもしれません。
 インプットって面倒。時間もかかるし、なるべくなら端折りたい。
 インプットしないで、なんとか済ませたい...。
そんな悪魔の囁き、私も聞くことがあります(笑)
でも、、、そう考えてしまったら、まずもって成長機会を逃します。
成長=アウトプットのレベルを上げる=インプットのレベルを上げる、だからです。
友人を含め、成長している人を見ているとインプットを怠っていません。
インプット&共有を個人の成長の糧にも、
ビジネスの成長の糧にもしている。そんな人はみんな元気がいいです。


しかも、人は「インプットせねば」という気持ちでインプットしても、
結局は意識の中に定着しません。
だから興味を持ってインプットすることが重要ですよね。
で、興味が持てるかどうかは使命感とか、仕事の意義の理解とか、
そういうことと関係してきます。


また、本当は興味があるのに、知識欲に従って行動することをセーブしてしまう人もいます。
そんなことに時間を使っていたら、やるべきことができなくなりそうで大変だ...
そんな強迫観念があるからでしょう。
でも、「興味」というのは一種のエネルギーですから、
自分が思う以上に力が湧いて、案外なんとかなるものです。
「興味を満たしながら、やるべきこともする」は
その気になればできるものだと私は思いますが、どう思いますか?
そんなわけで、興味を持ってインプットする。
それが、自分を成長させる1つの大きなポイントだと思います。


さて、、、、
興味を持ってインプットすることが重要と分かっていても、
なかなかできない...。これ、よくあることです。
私がオススメしたいのは、アウトプットの場を先に決めてしまうことです。
プレゼンでも、twitterでもメルマガでも、何でもいいので、
発信する場を決め、やるぞと決意すること。
たとえば、私の場合、新しいセミナーを作りたい時に、
コンテンツ(スライド等)を作ってからリリースしようと思っていると、
まず進みません。
先に、日程と会場を押さえて、ここで出すと決めると、なぜか前に進みます。
必然的にインプットが必要になり、
その結果、そのインプットを得たアウトプットをすることになります。


インプットし続けて、アウトプットにつなげる。
それが、成長のキーなのかな。。。そんなことを感じる今日この頃です。
あなたは、成長にとって何が必要だと思いますか?
9月第1週です。今週も素敵な1週間をお過ごしください。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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