ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

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実は最近、本当は別の調べものをしていたのに、あちこちのサイトを巡るうち、
「メモの取り方」に関し、二人の人物が同じような意見を発しているのを目にしました。
それは、「メモを取る目的」についてです。
私自身あまり深く考えたことはなかったので、
シェアさせてください。


私が注目した二人というのは、
メンタリストDaiGoさんと、SHOWROOMの社長である前田裕二さんです。
前田さんは、2018年に「メモの魔力」(幻冬舎)という本を、
DaiGoさんは、2019年に「人生を変える記録の力」(実務教育出版)という
本を執筆しています。


私は、これらの書籍を読んでいませんが、
本の内容に関するインタビュー記事やYoutubeを見てみると、
前田さんは、「知的生産を目的にしたメモ」
DaiGoさんは、「創造につながるノート」
というような表現で、メモを取ることの目的を語っています。


メモの語源は「memorandum」(備忘録)であるように、
情報を記録するという目的でメモを取る人が多いのではないでしょうか。
ですから、多くの人がメモと聞いて思い浮かべるのは、
話を聞いたり、何かをインプットするシーン...なのかもしれません。
でも、二人のメモの捉え方はそうではありません。
何かを生み出すためには考えることが必要で、
そのためにメモをする...と捉えています。


私自身は、記録するという意味でのメモの活用はもちろんしていますが、
記録という視点でのメモ取りは、決して上手ではありません。
一方で、何かを生み出し、何かについて考えを深めるために、
自分たちの思考を言語化したり、
概念を図解化したりすることは日常的に行っています。
私の感覚では、メモしているというよりも、
書きながら整理しているという感覚なのですが、
これ、偶然にも前田さんのやっていることと、とても似ていました。


前田さんがメモを取る上で重視している思考フローは、
3つの段階に分かれています。
1. ファクトを正しく知る
2. 抽象化する
3. アクションに転用する


それによってファクト(事実)がアイデアに変わるといいます。
「アクションに転用する」という表現は前田さん特有のものですが、
私流の表現で言えば、ほかのことにも「応用できるようにする」ということです。


ですが、今日、取り上げたい1番のポイントはそこではなく、
「抽象化」というアプローチについてです。
抽象化とは、ある一つの体験を通して、そこから何が言えるのか、
自分なりの教訓を導き出すことと言い換えてもいいかもしれません。


ところが、この「抽象化」というアプローチ、
ひと手間あるので、結構面倒でもあります。
似たような結果と原因の例を洗い出してみて、
それらの共通点を探り出し、パターンを見つけ出す。
こんなことを根気よく考え続けるわけです。


この作業を興味があるからという理由で続けられるというのは、
言ってみれば、かなりのオタクです。
何オタクかといえば、「思考整理オタク」。
かくいう私も、その一翼を担っているのかも(笑)


しかも、自分一人の頭の中が整理できたからといって、
そこに価値はなく、関係者の頭の中を、
合意形成しながら一緒に整理できて初めて価値になります。
なので、私の中で最も有効なメモ帳は「ホワイトボード」です。


さて、前田さんやDaiGoさんの、創造的であるためのメモという話、
どう思いましたか?
何かを創造しようとしたら、その前段階として、
インプット内容を書いて整理するということは不可欠だといえそうですが、
無駄な作業に思えて必要ないと考えてしまう人や、
抽象的な概念で話されることが苦手という人もいます。
そのような相手にメモする大切さをどう伝えるかは、工夫が必要ですね。


考えを整理し、創造するためにメモを作る。
このプロセスをあなたはどう考えましたか?


9月に入ったと思ったら、もう後半。
やりたいことをやり切ったと思える秋にしたいですねー
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

あなたは、誰かが自分を待っていると感じることはありますか?


若い頃、実家の両親は私の訪問をいつも待っていたと思いますが、
親の言いなりになるのが嫌だったのか、
期待に添うような行動を取りませんでした。
当時、実家は30分ほどで行ける場所にあり、
帰ろうと思えばいつでも帰れたはずなのに、若気の至りです。
待ってくれる人がいる幸せに気づかなかったんですね。


別の例で、最近、こんなこともありました。
青山で30年以上にわたって、こだわり系の飲み屋さんをやっている人から、
「コロナで営業が大変だから、来てほしい」と電話がありました。
偶然にも同じ世代。口が悪く、個性的なオーナーです。
どうしようか?...と一瞬思ったけれど、結局行きましたよ(笑)
相手が待っているのは、私ではなく、お金を落とすことなのかもしれませんが、
やっぱり、そこには人間関係があります。


「待つ」は「期待」だと理解するようになって、
「待つ」にもいろいろな意味があることを知りました。


ある人の元気な姿を見たくて待っている人。
自分の気持ちや行動に気づいてほしいなと思って、待っている人。
与えた課題を部下がクリアしてくれることを待っている上司側の人。
提出した課題にOKが出るのを待っている部下側の人。


あなたは、誰を待っていますか?
誰が、あなたを待っていますか?


待つ=期待。
そう思うと、その人との関係も見え方が変わってきますよね。


ところで、世の中には「指示待ちはダメ」という考え方があります。
指示待ちが起きる主な要因は、2つあるのではないでしょうか。
1つは、その人の思考行動特性のような、内的要因。
もう1つは、その人と指示を出す側の人との間にある、関係的要因です。
今日のテーマで取り上げたいのは、後者です。


その昔、PR会社に転職した私の若い頃の経験を例に考えてみました。
ある時、制作部からマスコミ対応や取材誘致を行うPR部へと異動になりました。
上司は私が右も左もわからないだろうからと、
「自分の人脈を紹介するので、待ってて」と言いました。
知り合いの記者にアポを取って、連れて行くという意味です。
ところが、その後、何週間かして「記者さんの紹介の件ですが...」と聞いても、
「わかっているから、ちょっと待ってて」と。


私の異動と同じ頃、ある日、経験者が入って来ました。
彼女は、入社の翌日に「プレスを回りたいので、名刺をください」と。
それを聞いた上司の反応は、大絶賛でした。
「え? そういうこと?」
上司の「待ってて」は何だったのだろうと思いながら、
それをきっかけに、私は目的から考えればわかることを一人で始めました。


このことから何がわかるでしょうか?
この時の私の指示待ちの責任は上司にある、と言うつもりはありません。
私と上司との関係や私の認識から生まれたのだと思います。
その認識とは、次のようなものでした。


・自分は上司に心配されている。
・勝手に動いて、変なことをされては困ると思われている。
・上司は、部下の面倒を見るのが自分の仕事だと思っている。


概ね正しいと思いますが、でも、こう申し出ることもできたはずです。
「紹介していただけるのはありがたいので、ぜひお願いします。
でも、自分としては、わからないなりにやってみたいので、
注意事項があれば教えてください」。
そう言われた上司が私を止めたとは思えません。
それなのに、私がそう言わなかったのは、上司を不安にさせないようにとか、
上司を立てないと悪いなど、そんな遠慮があったからでした。


つまり、指示待ちにならないための前提として必要なことは、
あなたはきっとできると信頼され、期待されていると思える関係があること。
そんなふうに考えますが、いかがでしょうか。
自分の体験ばかり書いてしまいました。
読んでくださってありがとうございます。


「待つ」という行為から、あなたと周りの人との関係を考えたら、
何が見えてくるでしょう?
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

あなたは「自分にとって、〜とは?」と考えることはありますか?
私は、何かについて立ち止まって考えるとき、よくこう自問します。
今日この話を書こうと思ったのは、最近2つの出来事があったからです。


一つは、私が参加している俳句の会での出来事です。
昨年開催された高校の同期会をきっかけとして、
いくつかの大人の部活動が始まりました。
その一つが「一句会」なる俳句の会です。
師といえば、夏井いつき先生の本やYouTube、プレバト。
歳時記や植物検索アプリ片手に、ゆるいルールで作句しています。
毎月1回、投句、選句、句会があり、すべてネットで完結しています。


一昨日の土曜、一周年記念のzoom句会(兼飲み会)がありました。
司会当番だった私は、いつものコメント交換に加えて、
「自分にとって、俳句とは?」
を考えてきてもらうよう参加者にお願いしました。


するといろんな声が集まりました。俳句とは...
「記録して、記憶するためのもの」
「心地よいエクササイズ」
「心の写真」
「気持ちとシーンを重ねて切り取ったもの」
「感性に刺激を与えるもの(喜び)」
「遊び」
「日記」
「自分が感じたことを人と共有できるように表現したもの」etc.


同じ俳句に対して、人によってこんなに違うっておもしろいですよね。
それは、俳句へのその人の意味づけであり、
見方や価値観のようなものにもつながっています。


私自身は、割と気軽な気持ちで取り組んでいるので、
俳句とは「記録して、記憶するためのもの」と捉えていました。
「日記」と言った人に近い感覚です。
でも、人の俳句観を聞くうちに、
自分の俳句に対する見方「俳句とは?」を変えると、
作り方も変わり、出来上がる俳句も変わるだろうと思いました。


「自分にとって、〜とは?」という質問は、
結構パワフルだと思いませんか?
ものの見方をリセットでき、アウトプットを変えてしまうのですから。


もう一つの出来事は、先週木曜日のこと。
ある企業からの依頼で、インナーコミュニケーションをテーマとする
オンライン勉強会でレクチャーしました。


冒頭、私は自己紹介でこんなことを話しました。
考えを言葉で整理する役割
「コンセプトオーガナイザー」を自認していて、
「もやもやを放置しないこと」を大切にしています、と。
すると、勉強会の終盤の質疑応答の時間に、こんな質問がありました。


「もやもやをクリアにするために、どんな心がけが大切でしょう?」


私が答えたのは「〜とは?と考えて、言葉の定義を明確にすること」
「自分一人でするのではなく、周りの人と定義を考えること」でした。


どうでしょう?
実は、こういうことって、あまり行われていないと思いませんか?


たとえば、ある調査によれば、社内コミュニケーション活動の三大目的は、
•コミュニケーションの活性化
•経営理念やビジョンの浸透
•社内(グループ内)の一体感の醸成
...だそうです。


でも、、、、
「活性化とは?」
「浸透とは?」
「一体感とは?


言葉の定義次第で、何を達成しなくてはいけないのか、
ゴールも変わってきます。
なのに、「定義」が話し合われない。
これは日本語だからなんでしょうね。
みんな辞書的な意味はわかっているので、
わかっている「つもり」になってしまいます。
言葉の粒度が細かいと、コミュニケーション密度も高まるんですが。。。


8月になりました。
「自分にとって、〜とは?」という自問をし、あれこれとリセットしようかな?
どうぞ素敵な1週間をお送りください。

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コロナで自宅就業の最中、当社では5月にXさんという若手社員を迎え入れ、
ずっと歓迎会ができていなかったのですが、
先週、ようやく歓迎会ランチを開くことができました。
オープンエアのテラスのあるレストランで、です。


幹事のYさんは、同じく若手ですが、段取りも進行も軽やかに〜♪
会の中盤でXさんに話題を振りました。
「グラスルーツに入って、おもしろいとか、へぇーと思ったことは?」と。
Xさんは、あれこれと話しましたが、その中に、こんな話しもありました。
私が書くと、ちょっと自慢みたいに聞こえるかもしれませんが、
(あ、ちょっとは自慢なんですが笑)
書く目的は自慢ではありません。


その発言、正確には覚えていませんが、
「グラスルーツは社長のオノさんと距離が近くて、
話を聞いてもらえるのが新鮮です」みたいなこと。
で、私が言ったのは「小さな会社だから、当然だよ」みたいなこと。
そしたら、それを聞いていたZさんが、
「小さい会社でも、そうでない会社はたくさんありますよ」と。


まあ、そんなことがあって、確かに当たり前ではないのかもしれないなーと思って、
自分がどこから、なぜそうなったのかをちょっと振り返ってみました。
その原点、子どもの頃の少し恥ずかしい話を自分語りする...という形で、
恥ずかしい三昧ですが、メルマガのネタがない時の苦し紛れにやってみます(笑
お時間許せば読んでください。


私が人の話を聞くようになったその原点は、
多分「小学校3年生の学芸会」にあります。
びっくりですよね。
三つ子の魂百までもとはいいますが、小三魂百までもなのですから。


その年の学芸会で、私はアンデルセンの有名な童話「裸の王様」の劇に出ました。
出たといっても、その役は侍女8番、、、だったかどうかはわかりませんが、
要は大勢の侍女の一人でした。
台詞もなければ、ちょっとしたダンスを大勢でして、すぐに終わる、そんな役です。
ぶっちゃけ、子ども心に「ふん、なんで私がこんな役? おもしろくない!」
と思いました。


その当時の私は、男子以上に野球やスポーツができて、
それなりに勉強もできる活発な女子。
そのせいか、学級委員の投票では大勢が入れてくれるなど、
ちょっとした人気者だったのです。
その私が「侍女」の役です。
プライドがへし折られたような気持ちでした。


ところが、その役を巡って、先生が私にこう言いました。
「小野さんは活発だし目立つが、クラスには目立たない人もいる。
そういう人たちの気持ちをわかる人になってほしいと思って、
この役を与えた」


その時の私の気持ち、わかりますか?
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。
自分はまさに劇の通り「裸の王様」への道をまっしぐらに歩いている
と気づいたからです。
他の人のことなんてまったく考えない裸の王様。
その時、「超かっこ悪い、私」と初めて自覚しました。
なので、「裸の王様」は私にとって「かっこ悪い」の象徴であり、
ほかの人の話を聞くようになった原点です。


さて、「かっこ悪い」という感覚は、自己否定感に繋がったりして、
一般的にはあまり良い感覚ではないと思います。
でも、私は、この感覚は意識すべき大切な感覚だと思います。
「かっこいい」ことをしたいと思うよりも、
「かっこ悪い」ことをしたくないと思う方が、健全な気がします。



数年前に「"かっこわるい"が"美しい!"に変わるティーパーティー」という名の
ワークショップに出たことがあります。
人は、誰しも自分の取った態度に対して「なんで、こんな行動をしちゃったのか、
かっこ悪いな、自分」と自己嫌悪に陥ることがありますが、
そこで自己否定する必要はない、なぜなら、
かっこ悪いと感じている裏には、「こうありたい」という願いがあるからで、
その願いは実はとても美しいものだ、自分の美意識に気づこう...
そんな内容のとても素敵なワークショップでした。


つまり、「かっこ悪い」に自覚的になること、
それは自分の美意識を知ることなんですよね。

あなたは、どんなことを「かっこ悪い」と思いますか?


8月の足音が聞こえてくる7月最終週。
素敵な1週間を!

私は、仕事柄か、人や自分の頭と心の動きに対し、いつも興味を持っています。
仕事柄と書いたのは、一つにはクライアントの組織に何かを伝える仕事、
もう一つは自社の社員に何かを伝える仕事、という2つの視点からです。
どちらも相手に「わかってもらう」ことが重要なので、
人の心理や認知、わかるということについて、好奇心を持って眺めてきました。


特に、社員に何かを伝えるケースでは、反応を見ながら、いろいろと考えます。
当社は小さな会社なので、私が直接スタッフに教える機会も少なくありません。
そして、その過程で、ただ教えるだけなら簡単ですが、
「わかってもらう」をゴールにすると、途端に難しくなります。
まだまだ自分の技量が乏しいなーと思います。


たとえば、先日社内で「プロット」の本質について、話をしました。
プロットというのは、原稿を書いたり、コンテンツを立案する時に考える、
いわば話の筋道であり、構成のことです。
あなたもパワポでプレゼン資料を作ることがあると思いますが、
何かを伝える姿勢として、いきなり作り出すのではなく、
構成を先にすることはとても重要です。
でも、、、意外と世の中ではないがしろにされているような気もします。


プロット、すなわち話の流れというのは、
そのコンテンツでどんなメッセージを伝えたいかによって変わります。
ですが、今度はメッセージとは何かというその本質がわかっていないと、
プロットもわからないし、上手く組み立てることができません。
プロットもメッセージも抽象概念なので、
だからこそ教えたり、理解するのは、簡単ではありません。
そういうことを社員に伝えようとするたびに、「わかる」とは何か、
どうすると「わかる」のか?を考えます。


話は飛ぶようですが、最近養老孟司さんが書いた「バカの壁」を読みました。
平成のベストセラーであり、ロングセラーでもありますが、
私はずっとこのタイトルにある「バカ」という言葉が嫌いで、
読まずにきました。
でも、先日、TUTAYAに行ったら、帯にあった文字、
「445万部突破! 120刷超 驚異のロングセラー」が目に飛び込んできて、
いったいなぜこんなに売れたのかを知りたくなって、今更ながらに読んだ次第です。


編集者が聞き書きしているためか、1冊の本としては散漫な印象で、
良質な読み物とは言い難いと感じましたが、
それでも、その中に人の「わかる」が方程式として表されていて興味深かったです。
「わかる」の方程式と書きましたが、それは私の意訳で、正確には、
脳が入力された情報をアウトプットするまでの間を表した方程式です。
その式は、こうです。


ーーーーー
y=ax
ーーーーー
「y」は出力。情報を得てからの脳の反応。
私はこれを「わかる」の到達レベルと捉えました。
「x」は入力。人が得た情報です。
「a」はその人にとって、その事柄の重みや関心度。
当然ですが、「y」は「x」と「a」の乗算ですから、
「a」がゼロだと、「y」もゼロになって、「わかる」に到達しません。


「a」は、その人の経験や知識、志向などによって個々に差があります。
つまり、教える人は、相手の「a」(経験、知識、志向)に添って教えること
が大切だということですね。
ま、当たり前といえば、当たり前ですが。。。。
それができれば、「わかる」に近づけるということです。
だから、教えたい相手が、今、何をどこまでどう理解していて、
そう理解しているベースには何があるのかを聞き出すことは、
わかるために結構重要だってことになりますよね。


また、この式を見ていると、こんなことも言えるのではないでしょうか。
どんな方法で「x」(インプット情報)を得るかによって、
「わかる」「わからない」が変わるということです。


「認知特性」とか「優位感覚」と言う言葉を聞いたことがありますか?
人は、物事を理解する際に、五感を使っています。
どの五感が強いのかは人それぞれで異なり、それに合った教え方をされると、
スッと入ってくるけれど、合わない教え方をされると、迷子になる、、、
そんなことが認知心理学では言われています。
たとえば、親切心で図解して説明したら、
相手は図が苦手だった...というようなことは避けたいですよね。


どんなタイプがあるのか、その分類は学説によって若干異なりますが、
3つから6つのタイプがあるとされています。本質は一緒です。
(「認知特性」「優位感覚」で検索すると、出てきます)


1つのわかりやすい分類例としては、、、、
視覚優位、言語優位、聴覚優位という大分類と、
さらにそれぞれを二分し、合計6分類にしているものです。
ニコこどもクリニック院長の本田真美医師はテストなども公開しているので、
自分の優位感覚を知りたければやってみるといいかもしれません。


さて、、、「わかる」は教える側以上に、教わる側の意識のありようも重要です。
「わかる」に早く到達する人は、どんなことをしているのでしょうか。
私が見る限り、最低3つの点で共通しています。


①自分がわかっているのかどうか、アンテナを立てて、自己チェックしている。
②わからないときは、何がわからないのか、問いを立てながら、思考を深めている。
③インプット内容やアウトプット内容(考えたこと)をまとめ的に整理している。
つまり、「わかりたい」という欲求が根底に強くあります。


反対に「わかる」に到達しにくい人の特徴は、
①わかろうとせず、覚えようとする。
②まずは処理が大切で、処理したら完了とする(わかろうとしない)。


実は、「わかる」と「覚える」は別のことなのに、
その違いはあまり理解されていないような気がします。
「わかる」の最大のメリットは、次に応用が利くようになることです。
簡単だとは思いませんが、教える人も教わる人も「わかる」を大切にして、
そのメリットを享受したいものですね〜
今週も素敵な1週間でありますように!

メルマガもブログも、いつも今回は何を書こうかなと立ち止まる瞬間があります。
その答えがスッと出てくるときもあれば、七転八倒するときもあります。
今回は、どちらかというと、どれを切り捨てるかで悩みました。
最近読んだ、あの本にインスパイアされたことを書こうかなとか、
今、グラスルーツが開発に取り組んでいるDNAのサービスに絡めて、
私が感じている企業経営の問題意識を書こうかなとか...。
まあ、毎回、いろいろ思うわけですね。


でも、今回はそれらはやめにして、意見の本質って何だろう?ということについて、
皆さんと一緒に、考えていきたいと思います。
きっかけは、当社のDNAサービスを開発するプロセスで、
ありたい社会について考え、ありたい自社像について考えたからです。
誰もが自分の意見をフランクに言える社会がいいなーと。


さてさて、「考えることは大事...」。
これは、ビジネスパーソンなら多かれ少なかれ教えられ、認識していると思います。
でも、多くの人は、いつもいつも考える必要に迫られているわけではありません。
そんなに考えなくても、過ぎてしまう日常もある。


「考える」ことについて、必要に迫られる具体的なシーンとしては、
やっぱり意見を求められるときではないでしょうか。


なのですが、この「意見を言う」は結構くせ者で、
何を言うことが意見を言うことなのかを説明できる人は
あまり多くないような気がします。


いえ、もちろんこの問いに対して、
唯一無二の正解があるわけではなく、
各自各様の答えがあってしかるべきですし、
私も今回、この問いと向き合って、初めて自分の考えを整理しました。


昔から、「意見を述べよ」ということは、
イコール「自分の考えを述べよ」というくらいに理解していて、
それで対処できないわけではありませんが、
もっと明瞭に「意見を述べるとは何を述べることなのか」について
この機会に答えを見つけておきたいとそんなふうに思いました。


で、あーだこーだ考えてみて、あえてフレームワーク的に整理してみたのですが、
こんな形、どうでしょう? 


ーーー意見を述べるフレームワークーーー
私は、(①ほにゃらら)には、(②ほにゃらら)が大切だと思う。
なぜならば、(③ほにゃらら)だからだ。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
分解すると、
①は視点
②は主張
③は理由


つまり、意見の発信者は物事をどのアングルから見て、どう思っている、
その理由は何かってことを言えれば、明快な意見になるわけです。
私は意見としてはこの程度で十分だと思っていて、
それを是とするなら、意見の構造って、結構シンプルですね。
難しいと思うのは、案外①番なんですけど。


え? そんなの当たり前じゃん、今さら何言っちゃってんの?と
思われた方もいるかもしれませんし、
全く違う別の視点からそれでは不十分だというご意見をお持ちの方も
いるかもしれません。
それは、それでいいですよね。むしろシェアしていただきたい。


意見の本質、
自分の考えをどうやって整理するか、
あなたは、どう思いますか?
私は、みんながいろんなことで、
いろんな意見を発せられる社会が健康だと思います。
だからこそ、各自が意見を持つということを大切にしたいですね。


2020年もまもなく半年が終わります。
毎日を大切に、毎日をいい時間にするぞ!と思って過ごしたいですね。
今週も、素敵な1週間でありますように!

私の友人に畑中景子さんという人がいます。
昨年まで政府系金融機関で世界を股に掛けて仕事をしていた人で、
今はコーチであり、コーチを育てるコーチでもある。
名門INSEADでMBAも取っちゃうほど、グローバル感覚に溢れた人物です。
私より一回り以上若いですが、話すと楽しいのが魅力。
「スターウォーズ」や「ボヘミアンラプソディ」を一緒に見に行って盛り上がる間柄です。
そんな彼女が、「TOEICではなく、TOEFLを強くススメる理由」と題して、
自分のブログに記事を書いていました。

https://note.cocomichi.club/entry/2020/05/29


彼女の調べによれば「TOEICの受験者数は、世界150ヵ国で年間約700万人、
うち日本が年間266万人(2018年度)。4割弱が日本」だそうです。
ところが、畑中さんのTOEICに対する評価は厳しいものです。以下3行引用。

けれども、関係者の方々には大変失礼ながら、
私の勝手な超個人的経験で言えば、TOEIC対策をしていても、
本当の意味でグローバルに通用する英語は身につかないだろうと思っています。


そして、記事を読みながら、私が特に共感した1行は、
「本当のビジネスは、業務を遂行することではない」です。


つまり、TOEICは、業務時間中に業務を遂行するためのコミュニケーションには
役立つかもしれないが、
それだけではビジネスのパートナーとして一目置かれたり、
ビジネスを創り出すことはできない...というのが彼女の見方です。


彼女の主張の詳細はブログを読んでいただく方がいいと思いますが、
ビジネスでは説明能力も大切だけれど、
それ以上に「あなたはどんな人なのか」が感じられる「雑談」が大事、
なぜなら、誰だって面白い人と仕事をしたいからだ...
という意見に、私は大きく共感しました。


畑中さんの記事の本旨は、それにはTOEFLの方が有効というものですが、
私の本旨はそこにはないので、語学学習に興味のある方は、そちらをご覧ください。


雑談が大事とありましたが、畑中さんの言わんとすることは、
「楽しい会話」とそれに基づく「仲良し関係」が大切...
ということではありません。
一人の人間として、自分の考えを持ち、お互いに伝え合える関係こそが
本当の創造的な仕事を生み出す、ということだと思います。
考えてみれば、これは日本人同士でも同じですね。


私が、人材育成や採用の際に大切だと考えていることと、
畑中さんのグローバルコミュニケーションに関する意見には、共通点がありました。
それは、真に創造的な仕事をするには、
人としてのあり方や関係のあり方が大切だということ。


ところが、若い時にはこんなことを考えがちかもしれません。
早く一人前になりたい。そのためには、スキルを身につけなくては、と。
いえ、もちろんそれが間違っているわけではありません。
でも、本当に強い人、伸びる人は、自分で伸びていく力のある人です。
畑中さんの言葉を借りるなら、ビジネスを創造できる人です。


スキルというのは、経験や知識を通じて獲得した技能です。
が、いくらスキルがあっても、それでカバーできるのは、業務の遂行や対処まで。
それで何がいけないのか?と思われるかもしれませんが、
業務を遂行するのは給料をもらっていれば当たり前であって、
残念ながら大きな価値を生み出しているとは言えません。


スキルがDoingであるとしたら、
仕事の創造/創造的な仕事のために、それ以上に重要なのはBeingです。
というのは、「創造」に向かって自分で伸びていける人は、
自分自身との付き合い方や、他者との関係の築き方がどこか違います。
つまり、人としての「あり方」、「あろうとする考え方」がどこか違う。


波風立てない無難な関係であろうという志向や
防衛的な志向でないためか、会話も表面的で終わりません。
また、自分の未熟さをオープンに受け入れたり、自分の考えをオープンに出すので、
結果的に、入ってくる情報や知識、フィードバックの量が増えますよね。
そうすると、自分を成長させるいい循環が生まれてきます。


しかも、Beingは青天井ですから、どこまでも伸ばせます。
私だってまだまだ発展途上ですからね!! いえ、ホント!


グローバル社会だからこそ、Doing(スキル)よりBeing。
そんなことを考えた週末でした。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください。

コロナ問題はなんとか収束に向かう兆しが見えてきましたね。
テレワークを中心とした当社のコロナシフトも、すでに2カ月半が経ちます。
ビデオ会議ツールを使って、ミーティングをしている企業は多いと思いますが、
当社も例外に漏れず、1日1回、定例のミーティングを行っています。


目的はいろいろありますが、なんといっても、まずは次の2つが1番の目的です。
・心身の健康状態の共有
・仕事の状況の共有と相談


が、実は第3の目的(のようなもの)もあります。
それは、話しやすい関係を作る、ということ。
当社の場合、どちらかといえば従来から話しやすく、意見をいいやすい社風です。


でも、テレワーク環境で何も工夫をしなければ、雑談はゼロになり、
一歩間違えると事務的な関係になってしまう懸念があります。


そんなことを回避するために、今、役立っている気がするのが、
定例ミーティングでの「チェックイン」です。


「チェックイン」はもともと研修やワークショップなどで
アイスブレイク的に取り入れられてきたという一面があります。
場に対してリラックスして臨んだり、その場に気持ちを集中させる...
どちらかといえば、そんな目的で使われることが多いようです。
どんなことをするかというと、一番多いパターンは、
今感じていること、気になっていることを短く話すというものです。


「電車が遅れて、焦りました。まだソワソワしてます」
「新聞に出ていたあの記事がどう影響するのか、不安です」
「昨日、久しぶりに走って、気持ちよく朝を迎えました」など、
なんでもOKがルールです。


本当は、順番を決めず、話したくなった人から話すことが
チェックインでは重要とされていますが、
会議が研修仕立てになりすぎるのも、どうなんだろうと思います。
そして、実際に「会議にチェックインは合わない」と感じ人が多いからか、
取り入れている企業もあまり多くはないのではないでしょうか。


さて、ここまで書いたことは、一般論です。
当社の場合、司会進行役は日替わり交代で行なっているのですが、
自然発生的に、その人がいろんなお題を出すようになりました。


「今の気分を色でいうと? それはなぜ?」
「今の気分を漢字1文字で表すと?」
「今の気分を料理に例えると?」
「週末は何をしていた?」
「最近感じた小さな幸せは?」


出題を聞くのも楽しいですし、
回答を聞くのも、個性があってこれまた楽しい。
みんなが、この人は何と答えるだろうかと興味を持って聞く、
その雰囲気も素敵だなと思います。


ちなみに前回、私の番が回ってきた時は、
「今の気分はどんな曲? ラララで歌うと? で、わかった人は曲名を当てる」
にしたのですが、
私が歌ったディープパープルの「ハイウェイ・スター」は
なんと誰もわかりませんでした(泣)


ここまでの話を聞いて、そんなことに意味があるのか?
生産性を低めるだけではないか、と思う方もいるかと思います。


でも、私は組織にとって意外に「雑談」は重要だと考えています。
実は、この考え自体、私が本能的に思っていたことであって、
「なぜ重要?」を考えてみたことはありませんでした。


この機会に改めて考えてみたのですが、
結局、「雑談」の先には、「関係性の質」というものがある、
そう考えているからだと思いました。
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱している
組織の「成功の循環」モデルで言われている、
「関係性の質」が「結果の質」を変えるという、アレです。


あなたは、職場での「雑談」、必要だと思いますか?


今週は雨続きの1週間になりそうですが、心には太陽を! ←くさっ笑 
素敵な1週間でありますように!

最近いくつかの番組で、テレワークが進み、
働きぶりの"見える化"が広がっているという報道を見ました。
私が番組で目にしたのは、
社員に自分の行動、たとえば「着席」「退席」などを
細かくボタンを押して報告させるしくみや、
社員がPCの前に着席しているかどうかをモニターで監視するといったものでした。


人事用語で言えば、「勤怠管理」の一環なのでしょうけれど、
悪く言えば、いかに社員を「監視」するかです。


そこで、今、世の中ではどんな「監視」が存在しているのか調べてみました。
上の例のほかにも、PCの表示画面を録画してモニターしたり、
PCの操作内容を記録したり、GPSでどこにいるかを監視したりと、
様々な技術によって監視サービスが提供され、
それを導入している企業があるのだと知りました。


私自身は、そうした流れに疑問を感じますが、
日本の労働基準法への防衛対策だったり、
過去のネガティブな経験からの対策かもしれません。
各社の事情がわからないだけに、ここではその賛否を論じようとは思いません。


しかし、今、働き方への価値観をリセットする時期にあるのも確かです。
「監視」をしようとする動きの根底にあるのは、
「性悪説」なのではないでしょうか。
人は放っておけばサボる、
人は自分に都合よくウソをつく、
という考え方に立っているから、
「監視」によって抑止したいという発想になるのでしょう。


では、「性悪説」の観点で見た場合、
いったいどのように働いている人が「是」とされているのでしょうか。
それは、決められた時間に決められた場所で、
コツコツとマジメに就業する人...です。


マジメな勤務態度であるかどうかが、
長い間、人の評価に大きく関わってきました。
ここで言うマジメの意味は、まさに上に書いた
「決められた時間に決められた場所で働くこと」です。
所定労働時間が8時間なのに、
7時間しか働いていないのは「非」という考え方です。


しかし、果たしてテレワークを推進しようとしたら、
そのような価値観が通用するのでしょうか?
私は、もはやその価値観を捨てて、
何を「是」とするのかを変えないことには
テレワークは機能しないと思います。


具体的には、期待通りの、あるいは期待以上の
パフォーマンスを発揮した人を「是」とするという考え方です。
でも、これ、別に新しい考え方でも何でもありませんよね。
これまでもパフォーマンスは求められていますから。


けれど、その前提には、時間と空間の約束が守られていることがありました。
その約束を守った上でのパフォーマンスだったわけです。
なぜなら日本の労働基準法がそういう考え方だからです。
テレワークを導入しながら、「監視」をしたくなってしまうのも、
ひとつには法的な背景があるのだと思います。


たとえば、企業防衛的にはこんな発想になるのでしょうね。
悪用する人が出たらどうしよう?
悪用して、本当は実体がないのに、自分は月100時間残業をさせられた...
と主張する従業員が出たら、どうしたらいいんだろう?
それも、一人や二人ではなく、みんなが水増し申告をしたら、どうしよう...。
だから、ちゃんと何らかの形でエビデンスを残すべきだ...。
こんな発想になってしまうのかもしれません。
実際、湘南にドライブに行っちゃう人が大勢いたり(笑)
「テレワーク」「サボり方」で検索すると、いろんなコンテンツが...。
だから、防衛的になるのも、わからないではありませんが、
真っ当な人にとって、不信が不信を招く悪循環が起きるのは目に見えています。


だから、今大切なのは、ある程度、
時間と空間の制約を是非の判断基準の脇に置き、
会社は、何を個々の社員に期待しているかを明らかにすると同時に、
社員がパフォーマンスを上げられるような
コミュニケーション支援をすることだと思います。


スケジュールが遅れてしまいそうな状況にないか、
質が低下しそうな状況にないか、
相談しやすい状況をつくったり、
相談されたときに「なぜ」と詰め寄らないコミュニケーションを取ること。
物理的に離れていても、それができる状況をどう作るかが大切なんだろうな、と
そんなことを感じます。


これは「監視」というアプローチでは決して生まれないもので、
「性善説」に立たないと成立しません。


でも、もちろん、簡単だとは思いません。
当社も社員に対し、成長を支援する、創造的な活動を促す、
気分を察知してサポートすることができないなどの面で、
どうしたらいいのか悩みはあります。
期待するパフォーマンスを明らかにするというのは、どういうことなのか、とかも。
また、私自身、仕事に没頭していて、相談メールへの返信が3時間後になるみたいな。
私の生産性は上がりますが、
その間、社員の生産性は下がっているのかもしれません。


テレワークには良い面も悪い面もあります。
でも、理想の働き方を考えるいいチャンスでもありますよね。
私はテレワークは「信頼」を前提とした働き方だと思います。
これは、とっても素敵なことです。


いよいよGW。Stay Homeで参りましょう!

先週7日に政府が緊急事態宣言をしてから、今日が最初のブログになります。
今日は、社会に向けて出されている「新型コロナウイルス」に絡んだメッセージから、
「わかりやすさ」の共通点について考えたいと思います。


今、政治や業界のリーダー、スポーツ選手など、
いろいろな方がメッセージを出され、人々を励まし、道しるべを示しています。
特に、政界や業界のリーダーたちのメッセージは重要性を増し、
それがわかりやすいかどうかもポイントになってきていますよね。


私が共感した例を3つほど紹介します。


わかりやすさでダントツに光っているのは、小池百合子東京都知事です。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2020/04/10.html
わかりやすさの直接的な理由は「言葉」にありますが、
それ以上に大きいのが、都民が求めていることを話してくれることではないでしょうか。


また、言葉の源にある「考え方」もわかりやすいです。
たとえば、国は、状況に応じて段階的に制限を拡大する方針だったようですが、
小池さんは「最初に早く大きく制限をかけて、徐々に緩和していくのが、
危機管理の要諦(キッパリ!)」と言って、
自分の意思とその理由を示していました。


「大義」を明確にするのも、小池さんの特長です。
考え方がわかりやすく、伝える言葉がわかりやすい。
まあ、政治家ですから当然と思うかもしれませんが、
話がわかりにく政治家も大勢いますよね。


小池さんは、若者に人気のユーチューバーHIKAKINとも対談するなど、
できることは何でもするという意気込みが行動に現れていて、
それ自体もメッセージとして機能させている印象です。


イギリスではジョンソン首相が感染し、入院中ですが、
今、小池さんが入院することになったら、本当にたいへん!
ご自身の身を守りながら、指揮を取っていただきたいと思います。


2つ目は、東京都医師会の尾崎治夫会長と、そのメッセージです。
4月5日には「もしも6週間みんなで頑張れたら」というメッセージを、
4月8日には「専門家を大事にしよう。」というメッセージを
facebookに出されています。
前者は東京都医師会のHPにも掲載されています。
https://www.tokyo.med.or.jp/17934
こちら↓はFBにログインしていないと見られません。
https://www.facebook.com/haruo.ozaki


抜粋になりますが、たとえば5日のメッセージでは、
こんなふうに語りかけています。
「皆さん想像してみて下さい。
新型コロナウイルス感染症に、もしも今この瞬間から、
東京で誰一人も新しく感染しなかったら、
2週間後には、ほとんど新しい患者さんは増えなくなり、
その2週間後には、ほとんどの患者さんが治っていて、
その2週間後には、街にウイルスを持った患者さんがいなくなります。」


これを読んで私が思ったのは、緊急事態宣言で示された1カ月ではなく、
6週間なのだということ。
ただ感染拡大防止のために1カ月自宅で、と言われるよりも、
ゴールへの道筋がイメージできました。


実は、私、恥ずかしながら、医師会の会長というのは、もっと保守的で
長いものに巻かれるような人物ではないかという先入観を持っていました。
ところが尾崎さん、まったく違います。
リーダーとして明確な意思を示しています。
ちなみに、写真は会長室で飼っているアイボが撮ったものだそうです。


また「専門家を大事にしよう。」では、
西村経済再生相と思しき人物を名指しせずに批判しています。
その主張がもっともだと思うのは私だけではないでしょう。
でも、批判することが目的なのではなく、
専門家の意見にもっと耳を傾けてほしいというメッセージを
伝えたいのだということがよくわかります。
そして、そのメッセージを届けたい相手はおそらく安倍さんです(笑


3つ目は、自動車工業4団体によるメッセージ。
話されたのは自工会の豊田章男会長でした。
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/32286491.html


冒頭で、こんな語りがあります。
「世の中にはコントロールできる話とコントロールできない話がある。
コントロールできないことに深刻になればネガティブになる。
自分がコントロールできることをしっかりやっていこう。
コントロールできないことを誰かがやってくれていたら感謝しよう」。
ニュースなどから不安な情報にどっぷり浸かっている私たちにとって、
自分がすべきことが何なのか、わかりやすくイメージできますよね。
安心感を与えてくれる始まりの言葉でした。


会見では、決定事項のみを発表するのが慣例だそうですが、
中盤では、これから考えていくことも紹介したり、
国内でのモノづくりにこだわってきて本当に良かったという思いを述べたり、
「我々の産業には、生き残るための粘り強いDNAがあるはずです。
なんとしても踏ん張って、生き残っていきましょう!」と
業界関係者を勇気付ける言葉もありました。
18分におよぶスピーチは内容が盛りだくさんでしたが、
4団体の意思と熱い思いの伝わる、素晴らしいメッセージだと思います。


3者に共通するのは、次の2点。意外にシンプルです。
1)聞く人・読む人の今の思いや疑問に添っていること。
2)「大義」を伝え、「意思」を伝え、「思い」も織り込んでいるということ。
それによって、相手の頭と心の両方にメッセージを届けることができ、
結果として共感を生み出しているのではないでしょうか。


さて、「わかりやすさ重視」という観点で、官邸広報にも変化があることを
ジャーナリスト江川紹子さんの執筆記事を読んで知りました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20200408-00172156/


7日に発表された緊急経済対策の会見で、質問に立った江川さんに対し、
翌日の8日に菅官房長官から電話があり、追加説明があったそうです。
「昨日の記者会見で、よくご理解いただけてなかったようなので」と。
発表の晩のラジオ番組で「よくわからなかった」と発言したことが
漏れ伝わったのではないかと江川さんは推測していますが、
これは相当に珍しいことのようです。
そのほかの変化についても紹介されているので、
ご興味があったら読んでみてください。


ニュースや会見、SNSでのコメントを
「わかりやすさ」という視点からチェックしてみると、
いろいろ学びがありますし、気も紛れます。
ありゃ、とても長文になってしまった!!! 
今回のブログ、長いだけでわかりにくかったら、ごめんなさ〜い。

不自由な毎日ですが、くじけずに一緒にがんばりましょう!

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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