ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


2020年という新しい年を迎え、あなたはどんな願いを持ちましたか?
初詣での私の願いはささやかで、私と私の周りの人、縁のある人たちが
健康かつ平穏な1年を送れますようにというものでした。
ささやかと書きましたが、健康と平穏はそれだけで素晴らしいことですからね!


加えて、なぜか2019年から2020年、私にまとわりつくキーワード笑は
「命」「絆」「継」で、私の中にそんな願いもあります。
しかも、そのキーワードとつながるようなドラマや映画、歌に
なぜか最近よく出会います。
いえ、反対かな。そういう気持ちでいるから、
何かを眺めるときに、そういう目で見てしまうんでしょうね。


たとえば、、、
NHK紅白で、竹内まりやさんが歌った「いのちの歌」、聞きましたか?
与えられた命をどう使い切ろうかと思っていた私には、響きまくりました。


「いつかは誰でも この星にさよならを
 する時が来るけれど 命は継がれていく
 生まれてきたこと 育ててもらえたこと
 出会ったこと 笑ったこと
 そのすべてにありがとう
 この命にありがとう」


ってね、そんなエンディングの曲です。
竹内まりやさんは私より少しお姉さんですが、
でも、ほぼ同世代だから、きっと私にこの詞はぐっとくるんですね。
だけど、20代だろうと、30代だろうと、何十代だろうと、思いませんか?
自分の命はなぜ与えられたのか、と。不思議ですよね?
自分の命をどう使い切るか、
言い換えると、自分の時間をどう使い、
何を願い、何を託し繋いでいきたいのか、
考えさせられます。


そして、私のこの「命」への感覚は最近いろんな時に出て来て、
自分の心の動きなのに、ウザイと言えば、ウザイ(笑)
でも、きっと今、自分が大切にしたいことなのだと思います。


昨年の大河ドラマ「いだてん」を観ていてもそうでした。
視聴率は低かったようですが、
あれほど感動したドラマはありませんでした。
いろいろな人が一生懸命に自分の人生を生きて、
いろんな願いが繋がって、繋がって、繋がって、
1964年の東京オリンピックがあったんだと知りました。
そして、そこから半世紀以上の間、
また、いろんな願いが繋がって、東京2020があるわけですよね。
人の願いが繋がっていくってすごいと思いませんか?
願いのリレーって、言わば命のリレーだなと思いました。
東京2020では、純粋に応援し、楽しむのはもちろん、
過去を作って来た人たちの気持ちにも思いを馳せたいものです。


人の願いが繋がっていくといえば、
12月に公開された映画「スターウォーズ〜スカイウォーカーの夜明け」、
ご覧になりましたか?
ついに9部作が完結しました。
人によって、「スターウォーズ」はお子ちゃま的なSF映画、
そういうイメージで捉えている人もいるようですが、
私にとっては、これは「哲学」以外の何物でもなく、
と、同時に壮絶な「ファミリーストーリー」でもあります。
また「スターウォーズ」という映画は、観るたびに、
みんなで心を一つにすることの素晴らしさを思い出させてくれます。
だけど......、今回一番思ったのは、
やっぱり「命」「絆」「継」。
願いを受け継いでいく物語でした。


歴史って何だろう? 時代って何だろう?
ちょっと大げさなのですが、そんな自問も湧いてきました。
そしたら、偉大なヒーローが一人で歴史を作っているわけじゃないと気づきます。
たくさんの人がいたから現在があるし、
これから作られていく未来には、草の根の私たちも確実に関わっています。
そこに命の偉大さを感じます。
銘々が与えられた自分の命を生かして、
みんなで一緒に未来を作る。
そんなふうにできたらいいなと思った年の初めです。


今年もどうぞよろしくお願いします。
まずは今日が、そして今週が素敵な1週間でありますように!

あなたにとって恐怖であるのはどんなことですか?
私にとって、第一の恐怖は「自由を奪われること」、
第二の恐怖は「成長が止まってしまうこと」です。


具体的な統計などを調べたわけではありませんが、
第一の恐怖になるのは、生存やアイデンティティなど
本能に関わることではないでしょうか。
それに対し、第二の恐怖にはその人特有の価値観や体験が現れる気がします。


そう、今日考えたいのは「成長が止まってしまう恐怖」についてです。


私がここで思い描く「成長が止まってしまった状態」とは、たとえば
・学ぶ意欲がなくなる
・美しいものを見ても何も感じなくなる
・観察したり発見することに関心がなくなる
・新しいことをやってみようと思わなくなる


せっかく人間に生まれてきたのに、
感じたり、考えたり、トライしない人になってしまうことです。
待っているのは、食べて寝て、食べて寝てを繰り返すだけの日々。
きゃー 考えただけでも恐怖。。。


私のこの話を聞いて
「確かにそういうのはイヤだ」と思ってくださった方、
少なくないかもしれません。


それなのに、それなのに!
私たち人間は結構な怠け者でもあります(笑
言葉には出さなくても、心の中ではたくさん自分に言い訳しています。
でも、それは決して怠けたいからではないんですよね。


成長が止まることも間違いなく恐怖なのに、
立ち止まって自分の本心を見つめたり、
新たな一歩を踏み出してみることに対して、
小さな恐怖感を抱いているのではないでしょうか。


話は横道にそれますが、
今月14日で最終回を迎えたテレビドラマ「俺の話は長い」、
ご覧になっていましたか?
ニートとして描かれている主人公の岸辺満(生田斗真)は、
コーヒーに情熱を持ち、若くしてカフェ経営に乗り出したものの、経営破綻。
それ以降、「働きたくないわけじゃないが、
やりたいことが見つからない」を理由に、ニート歴6年に。
どう見ても、プライドが邪魔をして、現実逃避しているようにしか見えません。


このドラマが話題になっていたのは、
自分を巧みな屁理屈で正当化する主人公の表の顔と
変わりたいけど、変われない自分であることを知っている裏の顔
そのギャップに魅力があったからだと思います。
そして、多くの人が、自分の中にもそんなところがあると思ったから
共感されたのではないでしょうか。


だけど、不安や恐怖というのは、
自分の頭の中で作られるイメージから生まれるものなので、
そこから逃れるには、動いてみて、
その不安は自分の頭が作り出したただのイメージだったと知るしかありません。
ドラマの最終回、ついに満はスーツを着て面接に行きました。。。。


大人になると、自分を育てることができる唯一無二の存在は自分ですよね。
反対に、自分を邪魔するのも自分です。
満が最後に見せた勇気に、目をうるうるさせながら、
そんなことを考えました。いいドラマでした。


今回が年内最後のブログです。
今週が終わると正月休みという方も、
年末ギリギリまで仕事という方も、
どうぞ良いお年をお迎えください。

先日も書きましたが、11月29日にグラスルーツは創立35周年を迎えました。
満35歳です。
ここまで当社をお引き立ていただき、本当にありがとうございます。
今日は、遅ればせながらそんな感謝をお伝えしたかったのと、
ちょっと恥ずかしい過去の思い出や、
存続できた理由の分析、披露させていただきます。


グラスルーツは私が26歳の時に誕生しています。
今でこそ理念やビジョン、価値観の大切さを社会に伝え、
それらの策定支援などにも関わっていますが、
恥ずかしながら、当時、当社自体はそれらがないまま、
この世に産声を上げました。


しかも、私は、当時、そういうことが大切だという認識も持てていませんでした。
その後、どうやらそういうことが大切であるらしいと認識できてからも、
理念を定めるとは、どんなことを定めることなのか、
ビジョンを定めるというのは、何を明らかにすることなのか、
ずーっと手探りでした。


そんなわけで、社内ではいろんなことが起きました。
たとえば、、、、
私としては社員に理念やビジョンを説明したつもりでも、
それを聞いた社員から、
「会社をどうしたいのか、全然わからない」
「グラスルーツは何のために存在しているのかわからない」
そんな反応が返ってくる。
数え切れないほど「ア、イタタタ〜」という経験をしてきました。


それに対し、当時の私は若かったので、自分が悪いのではなく、
私の話をわからない社員の方が悪い...ぐらいに思ったり(笑)


まったくもってダメ社長でしたが、
強いて良かった点を挙げるなら、社員が思ったことを言ってくれたこと、です。
そういう関係は意図して作ってきたので、結果的にそれがとても良かった。
で、私も根が真面目だからか、「ア、イタタタ〜」と感じるような出来事があれば、
それなりにちゃんと逃げずに考えました。
社員の気持ちと自分の気持ちとの間にあるギャップが何か、と。
おかげさまで、今では理念やビジョンというときに、
一般的には社員がどんなことを求めているのか、わかります。


さ、私の恥ずかしい話はこのくらいにして、
なぜグラスルーツは、35年間も生きながらえることができたのか。
実は今回分析してみたのですよー!
そして、冊子にまとめておこうと決めました。


会社が存続したその根底に何があったのか。
あったのは「フェアであること」という価値観でした。
美意識と言い換えてもいいかもしれません。


「フェア」という価値観は現在の当社WEBサイトにも記載されているように、
ある程度以前から大切なものとして掲げていたのですが、
一緒にメルマガを書いている阿部がさらに私の真意を引き出し、
今、原稿にまとめてくれているところです。
本当は社内向けのものですが、チラ見せで披露します(笑
ーーー
(一部抜粋)
グラスルーツは「フェアであること」を大切にしてきました。
フェアであることで本当の信頼関係が生まれ、
それが会社の絶対的な価値になっていきました。


なぜそこまでフェアにこだわったのかを振り返ってみると、
そもそも、私、小野真由美が「欺瞞」が嫌いだから、ということに気づきました。
自分の中に偽りの気持ちを感じると、とても心地悪くなるので、
自分に対しても、仲間に対しても、お客様に対してもフェアであろうと努めました。
すると不思議なもので、同じ考え方の仲間が集まりました。
それがグラスルーツの大切な価値観、DNAとなり、受け継がれてきたように思います。
徹底的にフェアであり続けたことで生まれた信頼関係は、
単なる信頼関係ではありません。
お互い、調子がいいときも、悪いときも、頼り頼られる特別な信頼関係、
言ってみれば「超・信頼関係」です。
つまり、グラスルーツは「フェア」であることで「超・信頼関係」を築き、
価値を高め、存在してきたと私は思っています。
ーーー
上記は前文の一部です。


さらに、たとえば、、、
「上から見ない。卑下しない」とか
「損得を一番に考えない」とか
「気づいたことは言う。思っていないことは言わない」など。
いろんな言葉で「フェアである」とはどういうことなのかをまとめています。


ちなみに、この整理をやってみて、私自身がとてもすっきりしたので、
当社のサービスに加えるつもりです!


さて、価値観を言語化することには2つの意味があります。
1つは、言葉を共有することで、意識を同じにするという意味。
もう1つは、言葉通り体現できているか、確認しやすくするという意味。


2つ目の「確認」するという目で当社社内を見てみると、
必ずしも今、全体として体現できているとは言えないかも。
35周年を機に、もう一度価値観の再確認をし、
気持ちを合わせて再出発したいものだと思います。


これからも末長く、グラスルーツをよろしくお願いします。

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先週金曜日、11月29日は当社の誕生日、創立記念日でした。
グラスルーツはこれで満35歳になりました。
「これもひとえに皆さまのお陰です」という決まり文句がありますが、
この決まり文句、「ただひたすらに、他に考える余地もなく、皆さんのおかげ」という意味です。
理屈で考えたら、自らの努力もしないで、他力で会社が存続するなんていうことはないわけですが、
それでも、本当に神妙な気持ちになり、心底そう思います。
「皆さま」が誰かというと、私以外のすべての人たちです。
お客様はもちろん、今の社員、元の社員、グループ会社の皆さま、役員、パートナーの皆さま、
友達、恩師、家族など、言葉にしきれませんが、「皆さま」に入ります。
いろいろな意味で私を支えてくださった皆さんに、心からお礼を申し上げたいです。
ありがとうございました!


さて。。。創立記念日の夜、私は一人で、自然溢れるある場所に行き、
その翌日は本当に何もしないで1日を過ごしました。
正確にいうと、2泊3日、そのまんなかの日のこと。
何もしない...、普段なかなかできないことです。
行く前に思っていたのは、考える旅でした。
こんなこと、あんなことを考えて、答えを得たいと思っていたのですが、
上っ面でいくら考えてもうまく答えは出ないんですよねー
邪念、邪念、邪念...になるので。
で、結局自分を空っぽにしようって割り切って、過ごしました。
まあ、まどろみの時間も多々あったけど、
それはそれで、空っぽにすることにつながったかもしれない。
具体的に「これ!」と何かを得たわけではありませんが、
こんなに何もしなかったのは何十年ぶりで、
何かしらチャージできたと思います。
それがコレ!とうまく言語化はできないんだけど。


冬の寒空でしたが、とてつもなく星が綺麗でした。
オリオン座、
カシオペア、
北斗七星、、、
教科書でならった星座がそのままに見える!
それどころか、細かな星の島まで見えてしまう。
奥ゆきをもって、宇宙が見えました。
星空に触れるって、本当にいいですね。


過ぎてしまえばあっという間でしたが、
2泊3日、いい時間でした。
ほんと、なにもしなかったな。。。。

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あなたは、どんな時に「書く」という行動を取っていますか?
パッと頭に浮かぶのは、メールや報告書、パワポ資料などでしょうか。
手書きに限った場合は「打ち合わせでメモを取る」かもしれません。
では、それ以外ではどんな時にどんな目的で書いていますか?
今日は、仕事でメモを取る以外のシーンでの「書く」について考えます。


人はどんな目的で書いているか、リストアップしてみました。
・しなくてはならないことを忘れないため
・したことを記録するため
・思いついたアイデアなどを忘れないため
・アイデアを出すため
・なるほどと思った知識を読み返せるようにするため
・感情を鎮めるため
・自分を振り返るため
・計画するため
・自分の考えを整理するため etc.


まだまだあるかもしれません。
また最近は紙に書くというより、
スマホに打つという人が多いような気がします。


人が、どんな時に書くのかをリスト化すると、
上の例のようにいろいろあることがわかりますが、
実は書いている人はそれほど多くない気がします。
さらに、「アイデアを出す」「考えを整理する」という目的で書いている人は、
なおさら少ないのではないでしょうか。
いや、すみません、根拠はありません。
実際、あなたやあなたの周りの方はどうですか?


さて、アイデアを出すことと、考えを整理すること。
前者は思考を発散し、後者は思考を収束させていくので、
ある意味、180度反対の行為です。
それなのに、いずれも「書く」ことでスムーズに出来たりします。


まず、「アイデア」を出すことと「書く」ことはどう関わっているのか、
考えてみましょう。
アイデアを出すための代表的なアプローチとして、
ソクラテスの時代から使われているのが「連想」です。
一つの事柄から、切り口を変えてたくさん連想した言葉を出します。
似たもの、対照的なもの、共通性のあるもの、因果関係にあるもの...
よくマインドマップが使われたりしますよね。
また1つの質問から複数の答えを出す
マンダラートというツールも使われたりします。
最近はアプリを使う人もいますね。


いずれも、思考を「発散」させるために、
たくさん書くのがポイントです。
アイデアというのは異なる要素の組み合わせから生まれるので、
要素が多い方が出てくるアイデアに幅が出ます。
それなのに、もし書かなかったらどうなるでしょう?
たくさんの要素が出てきたとしても、次から次へと忘れてしまいますよね。
脳はそんなにたくさんのことを一度に覚えられないからです。
第一、頭の中だけでやろうとすると、
「たくさん出すぞ!」というスイッチが入りません。
また要素を組み合わせるという段階で、
視覚的に見えている方が組み合わせもしやすいですよね。
だから、アイデアを出す時に、たくさん書くことが有効なのだと思います。


では、「考えを整理する」ことと、「書く」ことは
どう関係しているのでしょうか。
まず、考えを整理するためには、何を書くと良いのでしょうか?
これは、人にもよるかもしれませんね。
私の場合は、考え出す前に、まず「問い」を書きます。
考えるべきことは何かを先に考えるということです。
そして、考えられる答えは1つでない場合もありますが、
それらもまた書きます。
テーマによって、「問い」は違ってきますが、
よく出てくる「問い」もあります。
「ここで言う○○とは何か?」と
「どうなったらうれしいか?」です。


「考えを整理する」ために「書く」ことが有効なのは、
「問い」が見えるようになるからかもしれません。
人間は気まぐれなので、考えはあっちに行ったり、
こっちに行ったりしがちです。
「問い」を書いておくと、戻り地点があるので、
自分が何を考えていたのかが迷子になりません。


スマホ、ノート、白い紙...
ボールペン、シャーペン、フリクション...
ツールはいろいろありますが、
私が一番好きなのはホワイトボードです。
ディスカッションの時はもちろんですが、
一人で考える時も、なぜかホワイトボードを使うのが好きです。


あなたは、どんな時にどんなことを書きますか?
書くようにしていることはありますか?


11月最終週です。
素敵な1週間をお過ごしください。

NHKでは、今、複数の番組で
「発達障害」を取り上げるプロジェクトが行われています。
「発達障害」への理解を広め、
偏見をなくそうという取り組みのようです。
社会に対し、問題提起しようとするNHKの試みは拍手に値しますね。


一方で、私は、ちょっとした違和感のようなものも感じます。
それは、NHKに対してというよりも、社会の動きに対してでしょうか。
そのザラつき感、どんなことなのか、胸に手を当てて考えてみました。


思ったのは、こういうことです。
「発達障害」という概念で人を一括りにすることに対して、
私は微妙に抵抗感を抱きます。


それに加えて、「障害」という言葉のイメージからか、
「病気」だと受け止めがちですが、
厚生省のホームページには、こう書かれています。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー
生まれつきの特性で、「病気」とは異なります。
発達障害はいくつかのタイプに分類されており、
自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、
学習障害、チック障害、吃音(症)などが含まれます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー


とはいえ、ネットで検索すると、
「病気」だとする専門家もいれば、
「特性」だとする専門家もいます。


どっちだったとしても、
言葉の選び方がイマイチな気がするんですけど...。


ところで、NHKの番組の中で、
「発達障害だとわかってむしろ安心した」という親御さんの声や、
「自分が人に馴染めない理由がそこにあると知って、
もっと早く知っていたなら、気持ちが楽だった」との声を聞きました。


彼らは、人と違うがために、
「努力が足りない」「なぜできないのか」と
人からも責められ、結果自分のことも責めてしまうようです。
そんな状況を知ると、
「発達障害」と名付けることも必要かもしれない
と思えてくるのですが...。


でも、、、
誰でも多かれ少なかれ「人と違う変わったところ」がある。
それが人間だと思います。


私自身は発達障害だと言われたことはありませんが、
他の人から見ると、結構「変わったところ」があると自覚しています。


具体的には、、、
集中するがあまり、他の人は気づけることに、
私だけ気づかないとか、
目から入る情報に弱いのか、
なかなか人の顔が覚えられないとか。
「小野さんほどデコボコの激しい人はいない」
と部下からも言われて来ました(笑)
それでも、生きるのに困るほどではない。


一方で、世の中には、自分の特徴によって
生きるのが苦しいと感じている人たちがいるんですよね。
人との「違い」を社会が
ポジティブに認められるようにするには、
「発達障害」という呼称を変えてはどうかと思います。


たとえば、「ユニーク(unique)」という言葉を生かして、
「UC(unique capability)」「UB(unique brain)」
「US(unique sense)」なんてどうでしょう?
イマイチかしら?
あなたは言葉の問題、どう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように!


PS:
こんな情報をお寄せいただきました。
「脳の個性を才能にかえる 子供の発達障害との向き合い方」(NHK出版、トーマス・アームストロング著、中尾ゆかり訳)は私が発した内容と合致するように感じたので、参考までに紹介したい、と。ありがとうございます! 参考情報として、紹介します(まだ読んでいませんが)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4140816082/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_ZZcZDbV7W8E1M

ラグビーワールドカップ 、
日本は敗れてしまいましたが、
日本を破った南アフリカが決勝に
進出しましたね。
決勝戦も目が離せません。


さて、ラグビーW杯で日本が
快進撃をしたのはとても
うれしかったのですが、
選手たちが発した言葉の中に、
ちょっとだけしっくりこない
言葉がありました。


「すべてを犠牲にしてきた」
という言葉です。


私は、言葉に過敏すぎるきらいがあるので、
今日の内容は賛同できない!と
叱られるかもしれません。


もちろん選手の皆さんが、そこまで
言葉を吟味していないのは承知の上。
決して批判するつもりがないことを
ご理解いただいた上で
今日は「犠牲」という言葉について
考えたいと思います。


実は「犠牲にした」という表現は
スポーツ選手が成果を出した際の
インタビューでよく出てきます。


その意味は、家族との時間がない、
自分の時間もない、
勝利のため、
ファンの期待に応えるためだけに、
時間を過ごしてきた...
という意味だと思います。


その努力は疑いようもないこと。
でも、、、犠牲という言葉の意味は:


「ある目的のために損失となることを
いとわず、大切なものをささげること」
「自分を顧みず他者を優先させること」


私が、スポーツ選手の発言で
この言葉に違和感を覚えるのは、
自分を殺しての結果だと言っている
感じがするからです。


忍耐し乗り越えたのは本当だとして、
損失だと思いながら努力するって?
自分のためにならないのに
忍耐するって?
...と。


自分のために、
自分が意志を持って選択したなら、
犠牲にしたという言葉を使う必要は
あるでしょうか。


あ、いえ、 選手たちはそこまで言葉を吟味して
話していないですよね。
でも、その言葉をもし変えたら
どうなるだろう?と思ったりします。
同じ忍耐でも、少しは
辛さが減るのではないかな、と。


大阪なおみ選手が、今年の初めに
コーチとの契約を解消した際に、
こういう発言をしています。


「サーシャには感謝しているが、
幸せを犠牲にしてまで
成功を収めたくないんです」


私はその通りだと思います。
人は自分の幸せのために、
何かを犠牲にする必要はない、と。


忍耐を選ぶのであれば、
それは自ら選択しただけ。
選択したと思ったら、
犠牲にしたとは思いません。


為末大さんがtwitterで
こんな発言をしています。


「会社から給与をもらっているのは
犠牲を払っているからだ
と思っている人は案外と多い。
(中略)
犠牲で対価をもらうという
考えの根底には、辛さや苦しさと
成果は比例するという思い込みがある。
でも、価値を生む事は
実は辛さとは関係がない」


私たちの人生観は
使う言葉に現れます。
またどんな言葉を使うかで、
私たちの人生も変わります。
あなたは「犠牲」という言葉を
どう受け止めますか?


今回のラグビーW杯で決勝に進んだ
南アフリカ。
ネルソン・マンデラ大統領と
ラグビーW杯での南アの優勝を描いた
映画「インビクタス」では、
決して自分は「犠牲者」にはならない、
自分の人生は自分が握っている...
そんなマンデラ氏の生き様が描かれ、
とても感動したのを覚えています。


まもなく11月突入です。
今週も素敵な1週間を!

心をいじられた感じの週末でしたね。
台風19号にそわそわしました。
映画でも観ながら、
家で過ごそう思っていたのですが、
スーパーの商品はなくなるし、
自分の生活圏への不安と、
TVで映し出されていく被害の状況。
いろんな人のことが気になって、
映画を観るような気分になりませんでした。


でも、台風の翌日は、
ラグビーW杯日本代表が大活躍。
様々なテンションが交錯したせいで、
少々疲れた感があるのは否めません。
でも、こんなことを言えるのは、
被災を免れたからです。
大したことができないにしても、
被災した方たちに
思いを馳せたいものです。


さて、今日は私たちにとって
「なぜ」を知ることの意義について
考えたいと思います。
きっかけは、今月の初めに私が受けた健康診断でした。


これまでは、健保組合の健診施設で
一通り受けていたのですが、
もういい歳だし、社長が突然余命宣告を受けたら、
周りに迷惑をかけるし、
いつもよりちょっと高度なオプション健診も受けようと思い、
病院での健診を受けました。
健保組合の提携先は東京高輪病院。
結論から言うと、
全般的にスタッフ教育が行き届いている印象で、
とてもいい病院だなと感じました。
さて、ここからが本題です。


胃のレントゲンで、素晴らしい技師の方に出会いました。
検査が終わって、部屋を出るとき、
「私のこれまでの人生で最高の検査でした。ありがとう」と言ったほどです。


胃のレントゲン、
いつもは健保組合の健診施設で撮ってもらっていて、
それが私にとって、ある意味標準でした。
別に特別な不満もなかったし、
これで当たり前だろうと思っていたのです。
ところが、今回の技師は本当に素晴らしく、感動ものでした!
私が感動したのは、次の4点です。


1)今からすることを説明してくれました。
「はい、では食道の写真を撮ります。
バリウムをごくりと飲んでください」
「今度は十二指腸の写真を撮ります」
目的意識が持てると、がんばろうと思えます。


2)しかも、都度都度状況説明をしてくれます。
「はい、いい写真が撮れました」
「きれいな写真が撮れました」
こう言われると、変な写真にならないように
さらにがんばろうと思えます。


3)なぜ、それをするかを説明してくれました。
「今から、胃を膨らませるために発泡剤を飲んでいただきますが、
ゲップをがまんしてください」
↑これは大抵言ってくれますよね。
でも、↓これはないのでは?
「今から、バリュームが胃の中で混ざるようにするために、3回回っていただきます」
こう言われると、「おお、そうか、
うまく混ざるように体を動かさないと」という気持ちになります。


4)進捗&現在地を教えてくれる。
「はい、あと2回です。申し訳ありませんが、がんばってください」とか
「あと2枚撮ったら終わりです」とか。
がんばって検査は受けているものの、
でもやっぱり終わりが見えないのは不安。
その絶妙なタイミングでこの声がけ。
出口が見えると、最後までしっかりやろう!そんな気分で続けられました。


この技師がしてくれたことを通じて、
私とその技師との間に協働関係が生まれたような
そんな気持ちさえ抱きました。
胃のレントゲンを撮る、ただそれだけのことなのに。


この体験、いろいろ素晴らしかったですが、中でも1番と3番。「なぜ」の説明。
私はこの大切さを痛感しました。
モチベーションや仕事観に影響を与えるなーと。


今さらな例ですが、
レンガを積む男の話を思い出します。
「ここで何をしているのですか?」と聞かれ、
「レンガを積んでいる」でもなく、
「壁を作っている」でもなく、
「人々が祈りを捧げる偉大な教会を作っている」と語るには、
この「なぜ」抜きではありえないでしょうね。


また、こんな話も思い出しました。
メルマガを共に書いている阿部、
前々職でこんな体験をしたそうです。
間違えの多いアルバイト学生に、
あなたの仕事の意味を伝え、
間違えるとどんな影響が出るかを伝え、
だから、とても重要な仕事なのだと伝えたら、
間違えなくなった、と。


人はみんな無駄なことより、
意義のあることに関わりたい。
だからこそ、
意義を伝えることは重要ですね。
社内コミュニケーションにおいて
重要なことが伝わっていない場合、
「なぜの説明が足りていない」
ということが一因の場合も少なくありません。
伝わっていないと感じたら、
「『なぜ』が伝わっているか」
という視点で検証してみるのも一考です。


今週も素敵な1週間でありますように。
ラグビー日本代表が力を出し切れますように。
では、また〜!

190930_anger.png

先週の私は、ある出来事をきっかけに怒りの感情と向き合うことになりました。
怒りというのは、二次感情と言われ、悲しみ、悔しさ、虚しさ、辛さ等の
一次感情の次に起きると言われます。
また、状況が自分の「べき」論と一致せず、それが許容できない時に起きる
とも言われています。


実際に今回の体験を振り返っても、それが当てはまりました。
自分が被害を被ったことに対し、悔しさや虚しさを感じ、
相手は倫理的に対応すべきである、という気持ちから怒りが湧いてきた
と思うからです。


日本アンガーマネジメント協会によると、
人の怒りには6つのタイプがあるのだとか。


「公明正大」タイプ
「博学多才」タイプ
「威風堂々」タイプ
「外柔内剛」タイプ
「用心堅固」タイプ
「天真爛漫」タイプ


多分私の場合は「公明正大」と「天真爛漫」のミックスではないかと思います。
道徳観を大切にするので、それに反することに出くわすと
正義感を振りかざしたくなる、、、
という傾向と、
気持ちを正直に伝えるのは良いこと、という思い込みがあり、
「腹に一物」はストレスになる、
という傾向があるからです。


ご自分の怒りの特性にご興味があったら検索してみてください。


ただし、日本アンガーマネジメント協会によると、
怒りを抑え込むのではなく、上手に付き合うことが大切のようです。


人はコントロールできないことに囚われると、ストレスを感じます。
自分がコントロールできるのは自分の思考と行動だけですから、
コントロール不能なことだらけの日常生活はストレスでいっぱいです。
だとしたら、それに怒りを抱くのは、バカらしいことでもあります。
そう思うと、怒りは冷めていきますね。


人の感情をキャラクター化して描いた
ピクサーの映画「インサイド・ヘッド」が物語るように、
人間が抱く感情にいけない感情はありません。
でも、ネガティブ感情と健康的に付き合うのは簡単ではありませんよね。
自分は今、怒っていると自覚する。
それだけで、少しは客観視できるような気がします。


今週は10月に突入。
素敵な1週間でありますように!

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「働き方改革」。。。
みんなどう思っているのかな?
最近、お客様との間でよく上るキーワード、
それが「働き方改革」です。
経営的には、残業が減らない、生産性が上がらない、
有給取得が進まない等が問題視されていますが、
そうだとしたら、なんだか後ろ向きな印象しかありません。


では、働く人たちはどう思っているのでしょうか?
ここからは、あくまで想像です。


国が言っているから、うちの会社もやらないわけにいかない、
ということなんだろうな...とか。
残業代をカットしたいだけなんじゃないの...とか。
生産性を上げるというのは、企業の論理なんじゃないの...とか。
会社は時流として取り組んでいるだけで、本気ではないんじゃないの...とか。
なんで、今のままではダメなの? 自分はこのままで問題ないと思う...とか。
なんか、絵に描いたモチに見えるなぁ...とか。
働き方を縛らないで、好きなように働かせてくれよ...とか。
もう十分努力しているし、これ以上生産性上げるなんてムリ...とか。
仕事を減らしてもらわない限り、できるわけないじゃないか...とか。


「働き方改革」を巡っては、百人百色の思いがきっとあることでしょうね。


だけど、案外ちゃんと説明も受けていないし、
そこまで真剣に考えたことはない...という人が多いような気もします。


私自身はネットで情報を集めて、働き方改革を理解しようとしていますが、
その結果感じるのは、どうも説明の仕方に魅力がないな、ということです。


ーーーーー
日本は人口減少が進んでいて、深刻な労働人口不足という問題がある。
だから、多様な人々が、多様かつ生産的な働き方ができるようにすることで
労働力不足を補う必要があり、
そのためには、長時間労働の是正、非正規雇用の格差是正、多様な働き方の実現を
推進しなくてはならない。
目指すは、一億総活躍社会である。
ーーーーー


ちょっと乱暴ですが、ざっとこんな文脈の説明が多いようです。
国の説明がそうなっているから、自ずとそれが広まっているのでしょうね。


この説明、別に悪い内容とは言えません。
実際「65歳を超えても働きたい」人は6割以上に上るそうなので、
多様な人が働ける社会を目指すというのは良いことです。


でも、なぜでしょう?
労働人口不足への対処という説明だからなのか、
ハッピーな結果につながるという印象に乏しいのですよね。
そう、どんな説明でも、「対処」という説明をして、
人をワクワクさせることは不可能です。
未来志向でないからです。


私が希望する説明は、
これは、個人、企業、日本の成長戦略だ、というような説明です。
ーーーーー
個人が、作業的なことに忙殺され、疲れてエネルギーがない状況にあっては、
個人はハッピーではなく、人として成長もできない。
当然、個性も発揮されず、創造的なことにも取り組めない。
すると、企業も国も成長できない。
だから、個人が成長でき、創造性を発揮でき、
働きがいや幸福を感じられる社会に変えていくことが必要で、
それが働き方改革だ...。
ーーーーー
こんな感じの説明です。


実際、「創造的な社会への転換」が、働き方改革の重要なテーマなのだと
私は思うのですが、あなたはどう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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