ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

我が家の年末年始の大半は、IoT家電やAI家電を買い込んで、実験にいそしむ...
というものになりました。
中心にあったのはアマゾンのALEXA、お掃除ロボットのルンバとブラーバです。
いつか映画「Back to the future」のような未来がやってくるんだろうなと、
そんな気持ちになりました。
そんな時代にあって人間はどうあると幸せなのか、
反対にどうあると幸せにならないのか、
AIの時代だからこそ、人間はクリエイティブに楽しまなくてどうするんだ、など、
漠然とそんなことを考えていました。


そして、ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが、最初に降りてきた一つの考えは、
今の時代のキーワードはメンタル面での「タフネス」ではないかというものでした。
「ストレス耐性」と表現してもいいかと思います。

今、世の中はストレスが生み出す負のスパイラル状況にあって、
それが幸せの妨げになっているように見えます。
もっと言えば、ストレスのために仕事を楽しむ人が少なく、
それが創造性を発揮する妨げにもなっていて、だから革新も起こらない。
今の時代、どんなに能力があっても、スキルや経験、知識があっても、
タフネスでなければ幸せを味わいにくい、そんな時代に見えます。
本来、仕事は楽しいものなのに、そんな状況はもったいないことです。
だから今日は「タフネス」をキーワードに、幸せについて考えていこうと思います。


ストレスの原因にはいろいろあるのでしょうが、
中でも「仕事量」と「人間関係」によるものがダントツではないかと想像します。
そう思って調査結果などがないかと調べたところ、いろいろありました。
紹介するのは、厚生労働省の2017年「労働安全衛生調査」です。
強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は 58.3%。
その原因は「仕事の質・量」が 62.6%と最も多く、
「仕事 の失敗、責任の発生等」が 34.8%、
「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」が 30.6%と続きます。
民間企業で行なっている調査でも、数値に違いこそあれ、
6~7割の人がストレスを感じ、
その原因の上位には必ず仕事量と人間関係が入っているようです。

ちなみに先ほど「タフネス」が時代のキーワードではないかと書きましたが、
かくいう私自身のメンタルのタフネス度は結構高いと思います。
これ、我田引水のように聞こえるかもしれませんが、
私に限らず、長く社長業をやっていれば、自然にそうなります(笑
だから、逆に言えば、タフネス度は高められるということでもある。
なぜなら、20代の頃の私はメンタル面でタフだったとは言えませんから。


さて、ここで、あなたにストレスへの対処法について質問です。
次の2つのアプローチ方法のうち、
あなたが日頃するのは、どちらのアプローチですか?
1)ストレスをどうやって発散するか、発散方法を工夫する
2)同じ状況に直面しても、ストレスと捉えなくてすむように、発想方法を工夫する

もちろん両方とも大切ですが、一般的には1番系の話が多いのではないでしょうか。
ストレスはあるものという前提で、ストレスとどう付き合うかを考えるやり方。
でも、多分、社長の人に多いのは2番目ではないかと思います。
事後対応するようなやり方では、降りかかるストレス量に対処できないからです。


しかし、これまた想像ですが、同じ社長同士だったとしても、
発想法自体は違うような気がします。他の人の意見を聞いてみたいものですね。
僭越ながら、私の方法を紹介します。
ポイントは《「多少のいい加減」で「程よい加減」に》という発想で、
手順はこんな感じです。

1)自分にコントロール可能なことと、そうでないことを区別する
2)前者への「さじ加減」を明確にイメージする

実は1番が意外と大切で、コントロール可能であると思えたことは、
自分次第の問題となり、第三者のせいにする問題ではなくなります。
それによってストレスがなくなるわけではありませんが、質感が変わり、
2番の対策ができるようになります。
反対にコントロール不能なことについては、
悩んでもしょうがないと割り切れるようになります。
注意すべき点があるとしたら、
コントロール不能と思い込んでいるだけの場合があるということです。

2番目の「さじ加減」を明確にイメージするというのは、
自分の目の前にあって対処すべき事柄に対し、どんなふうに対処するのか、
力を入れるところと抜くところのイメージを持つ、ということです。
それは言い換えると、多少いい加減であっても「是とする基準」と、
絶対「譲れない基準」を持つことでもあります。
「譲れない基準」さえ持っていれば、
あとは多少乱暴に言えば、いい加減だってなんとかなるというものです。
《「多少のいい加減」で「程よい加減」に》というのは、そんな意味です。


余談ですが、語感がイマイチの「いい加減」という言葉ですが、
もともとは「よい程度、適度」という意味がありました。
真面目ないい加減さというものが存在するということですね。
新年早々、不謹慎に聞こえるかもしれませんが、
2019年は多少のいい加減さをもって自分を解放し、タフネスになる。
試してみてください、責任は持ちませんが(笑


さて、ここまでの話は私の抱負とは無関係なので、私の今年の抱負を少しだけ。
「ピッチャーなら直球勝負が格好いいでしょ」という思い込みを捨てて、1年後には
「カーブもフォークも投げられるピッチャーが格好いいよね」と思っていること。
がんばります!

2019年が実り多い年でありますように!
今週も素敵な1週間を!

今年も残るは今日を含めて7日間。
来年を良い年にするためにも、今年1年を振り返るのは重要かもしれません。
あなたの2018年はどんな1年でしたか?
たとえば漢字一文字で表すと、どんな字になりますか?


尋ねておきながら、自分の文字を考えると、意外に難しいですね(笑)


私の場合は、方向を定め直す年でもあったという意味では「舵」、
自分の考え方や美意識を再発見したり、
心を自由に泳がせたりした1年だったという意味では「解」、
成るように成ると開き直った1年であり、
なおかつ次の道を開こうとした年だったという意味では「開」。
こんな3つの文字が浮かんできました。
なぜか、どれも音は「か」で始まります。


2018年の心に刻まれる出来事としては、5月に母が亡くなったり、
ウン十代の大台に乗ったり、自由をテーマに個展を開いたり、
ビジョンを浸透させる新しいワークショップを開発したり、そんな1年でした。


毎年、年の境にはまた歳を取るのか...と、時の早さにため息が漏れますが、
最近は、歳を取るのも悪くないと思うことが増えてきました。


どういうことかというと。。。。。
私の感じる三大利点をまとめてみました。


その1:
年齢が上がれば上がるほど、人生には限りがあるということを実感するので、
迷っている暇はないという気持ちが生まれて、
いろんなことを潔くどんどん即決できるようになりました。
即決できるようになったのは、迷っている暇がないという理由以外にも、
自分の価値観や美意識がよくわかるようになったということもあります。
そうやって決断がすぐにできるのは、結構気持ちのいいものです。
いえ、その決断が間違っていることももちろんあるのですが、
迷わない自分に若い時以上のパワーを感じたりします。


その2:
人生には限りがあるという自覚が強くなると、
人生は誰の人生でもなく、自分の人生なのだという自覚もまた強くなります。
だから、自分の満足や幸福を堂々と大切にしようと考えるようになりました。
というのは、自分がもし我慢ばかりして幸福を追求しなかったら、
そんな人間に他の人の幸福を考えられるわけがないからです。
みんなが貪欲に幸せを追求できる社会でありたいなら、
まず自分が率先してそれをやろうと思うようになりました。


その3:
そうなってくると、人からどう思われるかは気にならなくなります。
自分の心が何を求めているかを一番大切にするからです。
もちろん、自分がそれほど求めていないことをすることもありますが、
自分の心に自覚的であるので、
我慢ではなく、意思をもって選択した気持ちになれます。


歳の重ね方は、人それぞれ違います。
だから、誰もが私と同じように感じるとは限りません。
でも、歳を重ねるのには、いいこともあるとわかっている方が、
肯定的な気持ちで向かっていけますよね。
私は、87歳にして美しいファッションモデル、
カルメン・デロリフィチェさんを見ていると勇気をもらいます。


さて、今年の正月休みは9連休という方も少なくないのではないでしょうか。
どう過ごしますか? 私の見たい映画は「カメラを止めるな!」「日々是好日」、
読みたい本は「自意識と作り出す思考」とブッダ、法然、親鸞に関する新書3冊。
年内できなかった大掃除を年明け早々にする...ということにもなりそうです。


今日が今年最後のブログになります。
今年もお世話になりました。
どうぞ良いお年をお迎えください。

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伝説のロックバンド「Queen」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーを
主人公とする映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒットを続けています。
11月9日に公開されましたが、
週を重ねるごとに右肩上がりで観客が増え続けるという異例の状況だそうです。


この人気はどこから来ているのでしょうか?
まるで本物のQueenを観ているかのような再現力の凄さもあるでしょうが、
今日は、改めてフレディの何が私たちを魅了するのか、考えてみました。
私は本気で謝罪したフレディの魅力を先週のブログに書きましたが、
それ以外にも私たちが魅了される理由は、大きく言って4つほどあると思います。
(これから映画を観る方は、この先を読むべきかどうかを判断してくださいね)


・信念を貫いていること
・エネルギーを出し切っていること
・一人の力を超えようとしていること
・劣等感も含めて自分を受け入れていること


信念を貫いていること
信念を貫く姿は、まず単純にカッコいいものですね。
「キラー・クィーン」が大ヒットした後、
プロデューサーは二匹目のドジョウを取りに行くことを方針にしようとしますが、
フレディも他のメンバーも「同じことはやらない」と断固として拒否し、
常識破りの6分間の曲「ボヘミアン・ラプソディ」をリリースすると主張します。
このシーンは、信じたことに向かって突き進んで行く彼の生き方を象徴しています。
でも、彼はただ強い人だったのではなく、弱い面も持っていました。
だからこそ、私たちは彼が信念を持って行動する一面に惹かれるのだと思います。


エネルギーを出し切っていること
フレディはエネルギー全開で生き、死んでいった人でした。
明日のために、今日出すエネルギーをセーブすることはありません。
そういう意味では、まるでスポーツ選手のようでさえありました。


また、この映画では、フレディのエネルギーもさることながら、
キャストたちのエネルギーの強さにも感動します。
楽器を弾いたことがない、歌を歌ったこともない俳優たちが、
全員で死に物狂いで楽器を習得し、演奏の手元シーンも自分たちで演じたそう。
キャストのエネルギーとフレディのエネルギーがダブって見えるから、
キャストの精神にロックを感じて、
観客はキャストに対しても尊敬の念を抱いたのですね。


一人の力を超えようとしていること
この映画、Queenのメンバーの多様な個性も魅力の一つでした。
フレディはバンド活動を休止し、ソロで活動を始めますが、うまく行きません。
恐らく彼は、自分一人の方が自分の才能はもっと出せると思ったのでしょうが、
スタジオミュージシャンたちが、言われた通りにしかやろうとしないのを見て、
Queenのメンバーの創造性がいかに作品作りに欠かせないか、痛感します。
プライドの高いフレディが真剣に謝り、バンドは復活。
1+1+1+1=4以上の成果を出すQueenの姿が感動を呼びます。
私も、こういう姿が自分の会社の理想だな...と感じました。
きっと組織で働いている人なら、そう感じた人も多かった気がします。


劣等感も含めて自分を受け入れていること
フレディはタンザニアで生まれたペルシャ系インド人で、
ゾロアスター教徒、同性愛者であるなど、いろいろな意味でマイノリティでした。
しかも、前の歯が出ているという容姿的な特徴などもあって、
それらに対するコンプレックスや孤独感が強かった人だと言われています。
一説によれば、楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞にある
「Mama, just killed a man」(ママ、たった今、僕は人を殺めてしまった)は
ゲイであることで悩んでいる自分自身を殺したという意味だという解釈もあります。
葛藤しながらも、自分の葛藤を受け入れて、自分のままでいようとする様子に、
私たちは、自分は自分のままであっていいというメッセージを受け取ります。
2013年公開のディズニー映画「アナと雪の女王」の辺りから、
自分らしく生きることに、人は魅了され続けているのではないでしょうか。


さて、「ロックに生きる」という言葉があります。
他人に迎合せずに、リスクに怯えずに、
自分らしく自分を信じる生き方を意味すると思います。
フレディ・マーキュリーという人はまさにロックに生きた人でした。
私も、良くも悪くも、ロック度は高いと自負しています(笑
あなたのロック度はどのくらいですか? どのくらいでありたいですか?
今週もボヘミアンな(心自由な)1週間になりますように。


週末、伝説のロックバンドQueenとそのリードボーカル/フレディ・マーキュリーの
実話に基づく映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきました。
ここに書くことは、ネタバレ(というよりもある程度知られている実話バレ)を含みますので、
これから観る予定がある方でストーリーを知りたくない方は読まない方がいいかもしれません。


私がQueenの存在を知ったのは、確か中学生の頃でした。
まだCDさえなく、お年玉でレコードを買い、友達と貸し借りするのが楽しみだった時代です。
音楽情報は雑誌「rockin'on」などからしか入手できませんでしたが、
「ボヘミアン・ラプソディ」のプロモーションビデオ(上の動画)が
テレビで取り上げられていたことは覚えています。
曲は6分と異例の長さ。オペラ的なロックと当時話題になりました。
Queenとフレディに敬意を評し、映画のプロモではなく、原曲のプロモを掲載します。
当時、プロモーションビデオ自体が珍しかったんんじゃないかしら?


この映画のすごさは、本物を見ているようなど迫力です。
姿、動作、歌声、演奏...。
どの演奏にもすべてに魂が込められていて、
それがモノマネとは違う本物感を漂わせたのだと思います。
特にフレディ・マーキュリーがまるで目の前にいるかのように、
このクオリティで再現されたとは! ラミ・マレッタの演技力と歌唱力は圧巻です。
あまりの迫力に、Queenを知らない若い世代も感嘆しているに違いありません。


さて、ここからが本題です。
そういうシーンの一つ一つに感動しましたが、
もう一つ感動もし、考えさせられもしたシーンがありました。
それは、人気絶頂の頃、フレディはソロで活動することを宣言し、
バンドのメンバーと仲違いをしてしまいます。
お互いがお互いを家族のような存在だと思っていただけに、
メンバーにとってそれは一種裏切り行為でした。


でも、フレディにとっては、
自分の力だけで新しいチャレンジをしたくなっただけだったかもしれません。
でも、結論からいうと、それはうまく行きませんでした。
ソロとはいえ、音楽づくりにはミュージシャンと組む必要があります。
でも、言われたことを言われた通りにしかやらないミュージシャンたちを見て、
フレディはいかにQueenの他のメンバーの存在が大きかったか、悟ります。
そして、彼は「謝る」機会をもらい、復帰するのですが、


その時、彼は「自分は、傲慢で、自分勝手で、最低のクズだった」と自ら言います。
フレディは、人生で大切なもの、失いたくないものがわかったから、本気で謝った。
あれだけプライドの高い人が、こうやって本気で謝る姿を見て、私は感動しました。
本気ってすごいパワフルです。
そして、本気の人、真摯に心から謝っている人を、人は見捨てないんですね。


私たちは過ちや失敗を犯した時、ついつい自分を正当化します。
これは自分のせいではなく、○○が原因だ、
自分が最後までやりきれなかったのは、○○がこう言ったからだ、
○○が起きなければ、自分はこう行動しなかった。。。
そして、自分を正当化している間は、
いくら謝っても、大抵は形式的なものにしかなりません。


最近私はある友人との関係を自分から壊してしまったのですが、
最初の1週間は自分を正当化しました。
でも、今は本気で謝ろうと思っています。
そう思ったのは、この映画を観たからではありませんが、
映画の中で響いたところには、私らしい価値観が現れている気がします。
本気で謝るとき、どう受け止められるかを気にしていてはダメですね。
ただただ本気で謝るだけ。
それを今月中にするつもりです。←決意!


いよいよ12月に突入しました。
慌ただしい季節ですが、素敵な1週間をお過ごしください!

今週11月29日、グラスルーツは満34歳、35周年目に突入します。
月並みな表現で恐縮ですが、皆様に支えられて今日があります。
本当にありがとうございます。


だからというわけではありませんが、今日は、「信頼」の話です。
仕事での信頼というよりも、人間関係における信頼です。
あなたは、人との信頼関係を大切にしていますか?
こう聞かれて「していない」と答える人はいないと思います。
では、あなたにとって、信頼関係を大切にするために、
自分が大切にしていることは何ですか?と聞かれたら、
あれ、何だろう?と少し考えてしまいますよね。
では、これまでを振り返って、信頼が損なわれたと感じた経験、
誰でも多少なりともあると思うのですが、それはどんな時でしたか?


こうやって考えてみると、言葉にするとわずか二文字の「信頼」ですが、
信頼を生んだり、失くしたりする原因となる要素は、
とても多岐にわたっていることに気づきます。


信頼に影響を与える要素にはいろいろなものがありますが、
今日は「言行一致」「言行不一致」と信頼関係について考えたいと思います。


人付き合いにおいて意思表示をするときのパターンは、
こんなふうに4つに分類できます。


1.「する」と言って、する
2.「する」と言っておきながら、しない
3.「する」と言わずに、する
4.「する」と言わないし、しない


「する」中身にもいろいろあります。
「〜を引き受けます」「行きます」「また連絡します」
「今度お誘いします」「今度差し上げます」などなど。


以前から人の言行パターンはいろいろあるなと思っていたのですが、
自分が展覧会を開くようになってから、
意思表示系の言行パターンは結局この4つしかないことに気づきました。


展覧会では「行く」と予告して実際に来てくださる方もいますし、
「行く」と言っていても毎回来ない人は来ないですし、
何も言わないけれど、予告なく現れる人も大勢います。


ですが、行くと言っておきながら来ない2番の行動を
一概に悪いと決めつけるつもりはありません。
つまりその裏には当日の事情もあるでしょうし、
そもそも社交辞令ってこともあるでしょうから、
それ自体について何ら咎めようとは思いません。
私自身、どうしても必要があるときは、
土壇場でリスケをお願いすることだってあります。
でも、同じパターンを繰り返す人に対しては、
やがて「それがこの人の行動パターンなのだ」と思い、
そのうちに「あの人はどうせ来ない」と思うようになります。


行く行かない以外にもいろいろありますよね。
クラス会幹事をやると引き受けたのに、やらない、
その人に何かを任せると、大抵話が進まない等。
まあ、そんなことで誰も目くじらは立てませんが、
その人への信頼感は暗黙の中で下がっていきます。


クラス会幹事というような役割が明白なことは別として、
もっと小さなことでも、人は相手の言行が一致しているかどうか、
無意識に感じ取っているのではないでしょうか。


たとえば、別れ際にいう言葉も意外と重要ですよね。
「また機会があったら会いたいですね」はいいとして、
「連絡します」を使う人もいますが、
連絡がないままで終わるということもしばしばあります。
だから私は「連絡します」を軽々しく言いませんし、
言った場合は必ず連絡することを心がけています。


似たような言葉で「近メシ」という言葉もありますね。
「近いうちにメシでも食おう」と言いながら、決して実現しないというアレ。
社交辞令としてしばしば使われる決まり文句です。
こんなことを考えるのは少数派だと思いますが、そんな社交辞令、私はいらないな〜
もし言うのなら本当に実現させたいと思って行動する時だけ言ってほしい(笑
だから、変にサービス精神を発揮するよりも、
するつもりのないことは言わない方が、信頼を損ないませんね。


では、3番の行動に対して、私たちは言行不一致だと思うでしょうか?
3番目は「言わずに、行動する」です。
ある意味、言行不一致なのですが、がっかりさせる要素がないため、
それを言行不一致と思ったり、信頼できないとは思いませんね。
むしろ、言葉がなくても、行動が伴っているので、信頼感は絶大です。


4番の「言わないし、行動しない」に対してはどうですか?
別にこの行動に対しても、何の期待も持たないからか、
信頼感が下がるとは感じませんよね。


だから、結局、信頼に影響があるのは、2番の行動、
「言っておきながら、しない」を繰り返すことです。
おそらく悪気はなく、根っこにあるのはサービス精神。
ですが、周りは期待させられるがゆえに、結局がっかりさせられる。
そうこうするうちに、信頼せず、期待しない関係へとシフトしていきます。
それはもったいないことです。


人のことはわかるのに、自分のことは気づきにくいものです。
私も、していないつもりで2番行動を取っているかも。
そんな戒めで始まる11月最終週です。


どうぞ素敵な1週間でありますように!

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最近、脳に関する本を2冊読みました。
1冊目は遅ればせながら脳科学者・池谷裕二さんと糸井重里さんの対談本
「海馬―脳は疲れない 」(新潮文庫)です。
よく物忘れは老化現象だと言われますが、
記憶や空間学習能力に関わる脳の器官である海馬は
何歳になっても成長を続けることができると知り、心強く思いました。
ただし、もちろん海馬の神経細胞は減ってもいくので、
細胞の減るスピードより増やすスピードが勝ればの話です。


もしかしたら、人の成長とは海馬の神経細胞を増やし、海馬を育てることだと
言い換えることができるかもしれません。
たとえば、新しい仕事や未経験の状況に直面した時、
それをストレスと感じるかどうかも、海馬が発達しているかどうかによるそうです。
海馬には「新しい環境はストレスではないんだよ」と自分に伝える役割があり、
海馬が発達しているとその機能が働くそうです。
海馬を意識的に育てることができれば、
新しいことへの挑戦もしやすくなるのではないかと思いました。


続いての2冊目は、山鳥重さんの著書
「『わかる』とはどういうことかー認識脳脳科学」(ちくま新書)です。
こちらの本を読んで、1冊目の本の感想を膨らませる形で想像したことがあります。
それは、海馬の神経細胞は
「わかろうとするエネルギー量」に比例して増えていくのではないか、
深くわかろうとすることで、海馬を育てることができるのではないか、
ということでした。


ところが、この「わかろうとするエネルギー量」は
人によって大きく異なっているというのが私の印象です。
いったい何によって違いが起きるのか、疑問に思い、考えてみました。
あくまで素人の私の推論というか、想像です。


さきほど書いたように、新しい仕事や未経験の状況に直面した時、
その際に何をどこまでわかる必要があるのか、その判断は人それぞれ異なります。
人によっては、何をわかる必要があるのか、そもそもわからない場合もあります。


山鳥さんも言っていますが、
わかるためにには、わからないことがあることに気づくことが先なんですよね。
わからないことに気づける状態というのは、
疑問が湧いて来る状態と言い換えられます。
でも、本当にわからない時、つまり頭が真っ白なとき、
もしくは頭が真っ白だとも自覚できない時には、
疑問さえ湧きませんね。


さて、そもそもわからないことがわからないという状態は脇に置いておくとして、
ある程度は見当がついた時に、何をどこまでわかる必要があるのかについて、
人は何を考えて判断しているのでしょうか。


私の仮説は、次のようなものです。
・人は生存本能に基づき、生存にとって重要なことを「わかるべき範囲」と考える。
・生存本能に基づく判断基準も、これもまた人それぞれですが、
 大別すると2つのタイプに分かれるのではないか?
.多いのは、「対処しなくては自分の生存意義が示せない」という判断基準。
 次は「創造してこそ自分の生存意義を周囲に示せる」という判断基準です。


つまり、目の前の事柄に「対処する」ためにわかろうとする、
多くの人がやっていることはそういうことではないか、これが私の仮説です。
この発想の場合、対処できればいいのであって、
彼らのわかった/わからないの基準は、
その範囲の内容で目前の課題に対処できるか、です。


一方で、「創造する」ためにわかろうとする人たちは、
湧いてきた疑問に対し、一過性の答えでは満足せず、
むしろ今後の応用に役立つような、本質を理解するための答えを知ろうとします。
彼らのわかった/わからないの基準は、今後に応用できるか、です。


さて、この仮説が正しいかどうかはわかりません。
ただ、新しいことに直面した際に、
たくさんのことを調べる人もいれば、
最低限のことで済ませようとする人もいる、
それは一般的傾向として事実なのではないでしょうか。


さて、、、
対処自体が悪いわけではありません。
対処することは必要なことです。
でも、自分の能力や可能性を考えた時、
もっといえば、自分の海馬を成長させようと思った時、
対処という発想で止まっていては、限界がありそうです。
海馬は何歳になっても成長させることができるそうです。
自分の脳をどうやって育てるか、
最低限、どうやって退化させないか、
できることはありそうな気がします。


いい人生を送るために、今日がどうあるべきか、
脳科学的な視点からも知恵を出したいものですね。
今週も素敵な1週間でありますように!

あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

先日、ある会社の方とフィードバックを切り口に部下指導が話題になりました。
その方曰く、「フィードバックしやすい人と、しにくい人がいる。
しにくい人というのは、最初からバリヤーを張っていて、
フィードバックを歓迎していないことがすぐにわかる。
でも、本人はそういうオーラを自分が出していることに気づいていない」
そんな話でした。
要するに、プライドが高い人へのフィードバックは難しい、という話です。

私も、過去30年以上、部下を見ていて、
フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いるので
(というか、多くの人はフィードバックに困惑気味...と思っているので)、
この話を聞いて、そうだろうなと思いました。

で、フィードバックの種類にもいろいろありますよね。
長期的な課題を伝えることもフィードバックですし、
今提出されたドキュメントに対しコメントすることもフィードバックです。
イメージをクリアにして話したいので、
ここでは提出されたドキュメントへのフィードバックを前提に書くことにします。

提出されたドキュメントへのフィードバックが歓迎されない場合、
相手の心の中でこんな反応が起きているような気がします。

「なんでこれでダメなの?」OK水準がわかっていないからくる反発
「それは小野さんの意見ですよね?」上司と違う意見は否定されるという思いからの反発
「そんなに出来が悪いでしょうか...?」自分の力量が否定されて不快
「え、もう時間がないんですけど...」時間が取られ、工程が乱されて不快


こうしたことが起きるのは、
多分、フィードバックは自分のためにあると思えていない上に、
自分一人では気づけないことがあると思えていないからです。
さらに、品質についても、自分ひとりのアウトプットに対して、
上の上のそのまた上があると思えていないからです。

だから、まず「小野さんは自分の成長のために言ってくれている」
思ってもらえる信頼関係を作ることが最初の仕事かもしれません。
そうしないと、フィードバックはまず機能しませんね。
それと高いレベルのアウトプットを要求するなら、
そういう合意を先に作る方が大切で、
私たちは三流ではなく、一流を目指すと合意できていれば、
「なんでこれでダメなの?」という疑問も消えていくような気がします。

そんな合意があってもなお、人は誰でもフィードバックされること、
否定されることがイヤなのだと思います。


で、ここで新たな問いが生まれてきました。
人は、どうしてフィードバックを否定と捉えてしまうのでしょうか?
そもそも、そこに問題があります。

というのは、先に「フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いる」と
書きましたが、実はフィードバックを喜ぶ社員も一定割合います。
彼らに確認したわけではありませんが、
おそらくフィードバックを「否定」とは捉えていません。
あくまで「材料」と捉えています。
「否定」と捉える人は、フィードバックについて
「否」を「是」に変えるための「指摘」と捉えています。
でも、「材料」と捉えている人はそうは捉えず、
もっとより良いアウトプットをするための材料、
もっとより良い考え方を身につけるための材料、
もっと自分が成長するための材料、と捉えています。
そこから自分がどう咀嚼するかは自分次第と受け止めているように思います。


さて、かくいう私がフィードバックとどう付き合っているかというと、
私は社長なので、放っておくと、フィードバックされない運命にあります(笑
フィードバックされない社長がどうなるかというと、
みんなが知っているアンデルセンの童話「裸の王様」のようになります。
なので、私はそうならないために、
フィードバックを得られるように努めてきたと思います。
それでもきっと100のうち50ぐらいしか得られていないんだろうな~
そうやって得た貴重なフィードバックからまた思考を深め、行動して、、、と
そんなことをやってきたような気がします。
で、ここで気づいたのですが、裸の王様になる懸念、
社長でなくても誰しもありますね。


最後に、最初の質問と同じ質問です。
あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

私は先週風邪で3日間お休みしました。
今週は元気に過ごしたいものです。
風邪、流行っているようなのでお気をつけください。
どうぞ素敵な1週間でありますように!

今日は私が経験した不愉快な体験から、相手に対する想像力がいかに重要かという話をさせてください。


ですが、本題の前に、私の友人のワークショップの宣伝です。
土曜日ですが、私も一参加者として参加するので、ご興味があればぜひ!
12月1日(土)13:15〜17:00
コーチングのプロがお伝えする「人間関係がよくなるコーアクティブ会話術」
https://www.facebook.com/events/348402899300107/
主催者の村山英之さん、とてもライブ感のある人で、
彼のワークショップならおもしろくないはずがないと思って、私は参加します。


さて、、、本題。
残念なことに、またブランドに疑問を感じる体験をしました。
具体的に言うと、1ヶ月ほど前にあるメーカーのドラム式洗濯乾燥機が壊れたので、
同じメーカーのものを選んで買い換えました。
それなのに、わずか1ヶ月にしてまたしても、故障!
症状としては、前回と同じようにまたまた水が噴き出して来たんです。
30万円以上したのに。。。
まだ、ほんの1ヶ月、5〜6回しか使っていないのに。。。。
有名メーカーの製品でした。
前回壊れた時もそうでしたが、床はあっというまに水浸し。
下階に影響がでないか、心配しました。


洗濯機の故障にもいろいろなタイプがあると思います。
たとえば、動かない、とか
乾燥のレベルが低くて生渇きである、とか。
けれど、それらは機能が低いという話であって、
損害はそれほど大きくないですよね。
というか、不便ではあるけど、損害はその程度です。
でも、水が噴き出して来て、床がびしょぬれになるというのは、
相当ひどい損害です。
まったくもってあってはいけない故障の類だと思います。
列車でいったら、脱線。
飛行機でいったら、墜落級の故障だと思います。


洗濯機って、セットしたら出かけちゃったりしませんか?
私も、まさにあと数分で出かけるつもりでした。
出かけていたら、どうなっていたんでしょう?


で、まあ、とにかくそういうことが起きて、
誰でも同じことをすると思います。
顧客窓口に電話して、メーカーに修理を申し込む。


で、今日のテーマはこの時の対応についてです。
私はとても疑問を感じました。
なぜ1ヶ月で壊れたことへの謝罪は
「ご不便をおかけして申し訳ありません」の一言で終わり、
無料保証は1年なので購入日がわかるレシートを用意しろの説明は長いのか、
1ヶ月で壊れたと言っているのに、まるで感情を逆なでするように、
「今回はご購入から1年以内ですので」と繰り返し言うのか。
しかも、顧客が知りたいのは、洗えなかった濡れた洗濯物を前に、
解決までに時間がかかるケースと
かからないケースの想定なのに、
「技術者が見てみないとわからない」の一点張り。
目の前の洗濯物をどうしたらいいのよ。。。と思いました。
実はこれ、3月に書いた買ったばかりの財布の破損とほぼ同じような体験でした。
あの財布、修理して戻って来たのですが、やっぱりまたダメになりました。
YKKではないからかな(笑)ブランド品を疑います。
https://www.grassroots.co.jp/blog/monolog/2018/03/180312.html


単純に文句を言うなら「もっと顧客の気持ちになってよ」って話なのですが、
この大手電機メーカーに限らず、
私たちは誰しも「相手の気持ちを想像する」ということに慣れていないのかもしれません。


私たちの心の中心にあるのは自分の気持ちです。
その気持ちを相手にわかってほしくて、
ああでもない、こうでもないと考えることはあります。
でも、その相手の気持ちをどれだけ考えているかと言うと、
実はあまり考えていなかったりするのではないでしょうか。


うちの会社の企画力セミナーで、
あるテーマに対して社員の皆さんの気持ちを書き出すというワークがあります。
その時にたくさん書き出せる人もいますが、行き詰まる人も目にします。
「自分が社員の気持ちを想像できていないと実感しました」という感想を述べ、
相手の気持ちに立つことの重要性を認識してくださる方が多々あります。
まずは書き出してみる。
頭の中でぼんやり考えるのではなく、
書き出すということを通じて、自分の想像を形にすることはとても重要です。


今回私が連絡したコールセンターのスタッフの皆さんは、
マニュアルに沿って対応していたのではないでしょうか。
想像ですが、おそらく
「顧客の気持ちに立て」とは言われず、
「マニュアル通りに対応せよ」と言われている。
だとしたら、本質的な問題はコールセンタースタッフにあるのではなく、
企業の姿勢にあることになります。まあ、想像でものを言ってはいけないのですが。


私は、「相手の気持ちに立つとこと」を徹底した会社は、
それだけで個性が際立ち、
生き残れるのではないかと、そんなふうに思います。
さて、我が社を振り返りました。
当社はどのくらいそれができているか。
答えは65点。こういうと社員に叱られる。でもね、まだまだ精進せにゃあかんのよ〜 

がんばろう、グラスルーツ!

先日、深夜の「ためしてガッテン」再放送で、
アイコンタクトが認知症の改善に役立つ...というのを観て、すごく納得しました。
認知症の方は視界がとても狭くなるらしく、
普通なら視界に入るであろうと思える場所にいる相手も
実は見えていないことが多いのだそうです。
だから、正面からアイコンタクトをせずに話しかけると、
相手がどこにいるかわからないという不安があって拒絶されたりするそうです。
真正面から目を合わせて話すことで、信頼感や安心感が生まれ、
関係は劇的に変わる、そんな事例が紹介されていました。

興味深かったのは、赤ちゃんの実験。
同じぬいぐるみを2つ見せながら、赤ちゃんがどちらを選ぶかというものでしたが、
手渡す相手が目くばせするだけで、赤ちゃんはその意図通りにぬいぐるみを選びました。
目は口ほどにものをいうと言いますが、
人の動物的な感受性はまだまだ生きているんですね。
私たちは、この言葉以外のノンバーバルコミュニケーションの影響に対し、
もう少し自覚的であるべきかもしれません。


目を合わせることは、ビジネス社会でもとても重要です。
耳だけ向けて「聞いてるよ」という反応をしてしまったり、
ポーズは聞いているようで、実は「今じゃなきゃダメ?」という態度であったり。
心から目を合わせているのといないのとでは、伝わることに雲泥の差が出ます。


さて、前置きが長くなりましたが、
私たちが注目すべきは、「目を合わせる」ことだけではなく、
ボディランゲージの重要性についてではないか、というのが今日のテーマです。

これは、若かりし頃の私の体験からも思うことです。
私が新卒で入社した某上場企業で、私は専務の秘書を務めていました。
その専務は、社内でも一番怖いと評判の方でした。
課長クラスの多くの方は専務室に入るというだけでも、
私から見てもビビっているのがわかりました。
そういう方に対して、専務はよけいにイライラしていたようです。
けれど、そんな専務でも一目置く方が二人いました。
経理部長と財務部長。お二人はまったく臆することなく、専務と接していたのです。
振る舞いも堂々としていて、むしろそんなお作法で大丈夫なの?と思うほどに、
よく言えば自然体で振舞っていました。

そんなことをきっかけに、私は感じ取りました。
話している内容以上に、振る舞い方(ボディランゲージ)によって
人は認められたり、相手をいらだたせたり、
あるいは、周りを不安にさせたり、本音を言いにくくさせているのだ、と。
と同時に、自分自身もボディの構え方によってマインドが変わると気づきました。


世界最高峰ハーバード・ビジネス・スクールの注目教授であり、
著書「〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る」で知られる
エイミー・カディがプレゼン番組「TED」で
人が自分に自信を思って力に溢れている時と、
反対に無力だと感じた時とではポーズが違うと話しています。
力に溢れている時は、体を伸ばし広げるが、
無力感を味わっている時は体を縮めている、と。
オリンピックなどでの勝者と敗者のポーズを思い浮かべると、
彼女の言わんとすることがわかります。
彼女は、体を伸ばし広げることを力強いポーズと呼び、
反対に、体を縮めているポーズを力の弱いポーズと呼んでいます。
そして、フリでもいいから力強いポーズを取ることで人生が変わると語っています。
自分はできるという自己暗示が重要なように、
ポーズ(立ち姿勢)という形から入ることによって、
マインドも変化する、だからこそポーズが重要だということのようです。


これらの話から思うことは、
人に自分の力を周囲に認めてもらうためのボディランゲージと、
人に自分に対して安心感や信頼感を持ってもらうためのボディランゲージは、
まったく違う方向性にあるということです。
でも、人間関係をより良くするには、実はどちらも大切ですよね。
それは左右対極にあるのではなく、縦軸と横軸のような関係にあります。


私自身も、どちらも少しはできていて、まだまだ突っ込みどころは満載。
でも、そうやって理想を持ったり、自己チェックの尺度を持ったりしていると、
少しづつ理想に近づいて行くのではないでしょうか。そうありたいなー
今週は11月に突入。今年もあと2カ月です。
私は先週のブログに、自分が今年何ができて、
何をしたいのにまだしていないかと書きました。
お互いに残る2カ月を満喫して、2018年を終えましょう!
まずは今週が素敵な1週間でありますように!

こんにちは。


まずは御礼から。
先週の私の個展、個人的な活動ですが、
元気が出たなどの感想を多数いただき、おかげさまで無事に終了しました。
中には、メルマガを読んで来てくださった方もいました。
ありがとうございました。


さて、そんなこと、あんなことをしながらも、
気がつけばもう10月もあとわずか。今年も2カ月少々しかありません。
そこで、今日は今年したこと、したいのにできていないことという視点から、
私のこの1年を紹介したいと思います。
ちょっとダラダラと自分への備忘録として軽い気持ちで書かせていただきます。


したこと(意図した・しないに関わらず)

・「自由」というものをテーマに感じたり考えたりしてもらう場を作れた。
 これは、先日の個展のことです。
 終わった日は、踊り狂いたいくらいの達成感がありました。
 私は人を元気にさせたいと思ってこれを開いたわけではなく、
 ただ自分の満足のために開いたのに、結果的に多くの人から「元気をもらった」と
 言われて、こんなにうれしいことはありませんでした。


・本を作った。
 母の自分史を聞き書きでまとめたり、
 父がお世話になっている老人ホームのスタッフの仕事観集を作りました。
 仕事で磨いたスキルを自分のやりたいことに使った格好です。
 人の物語を聞き書きでまとめるのは楽しい作業でした。


・当社の理念についてスタッフと膝詰めで話せた。
 当社理念「『言葉』で未来をつくる」の奥にある、生み出したい社会像の話を
 スタッフとディスカッションできました。
 この理念は、人と人は分かり合えないからこそ、
 分かり合う努力をし続けることに意味があり、そういう社会を作りたいからこそ、
 言葉に価値があるのだという考え方が根底にあります。
 そこをゼロから伝え、ディスカッションできました。
 やりたかったのに、できなかったことです。
 創業者としては、まだまだ社内で続ける必要のあることだと思います。
 私が現役でいる間はね。


・新しいサービスのプロトタイプの開発ができた。
 お客様企業の中で、発表されたビジョンや中計などについて
 社員のひとりひとりが考えるきっかけになるような
 そんなワークショップのプロトタイプをつくりました。
 これからリリースします。
 果たして、ニーズがあるか!?


したいのに、していないこと

・読みたい本
 読みたいのに、積んでいる本、実はいつもあります(笑
 「海馬」(糸井重里、池谷裕二)
 「『わかる』とはどういうことか」(山鳥重)
 どちらも脳科学系の話です。人の理解や認識はどんなふうに成り立っているのか、
 もっともっと知りたいですね。
 「シニカル・ヒステリー・アワー」(玖保キリコ)
 玖保キリコさん、おもしろい漫画家ですよね。私と年代も近い。
 私が読んだことがあって、おもしろかったのは、「いまどきのこども」です。
 先日の個展で、ある方から「自由つながりで思い出したから...」と
 いただきました。早く読みたい。。。
 他にも多々あるなあ。数年前から読みたいのに、読んでいない本も含め、
 「僕は数式で宇宙の美しさを伝えたい」「ソース」など。


・ちょっと興味のあること:仏教
 仏教の「自由」「差別」といった言葉の世界観に興味を持ちました。
 今は手っ取り早くメルマガを読むなどから始めていますが、
 書籍「ブッダのことば―スッタニパータ」(中村 元)や
 映画「親鸞」(監督 田坂具隆)、
 書籍「なぜ生きる」(監修 高森顕徹、共著 明橋 大二/伊藤 健太郎)などに
 触れてみたいですね。
 仏教も宗派がいろいるあるので、どこから始めるのがいいのか、
 ちょっとわかりかねますが、入門書的な本を幅広く読んでみたいです。


・家の大掃除
 楽しく心踊ることに時間を使いすぎると、大抵どこかでバランスが崩れます。
 その一つが家の維持。引っ越して来てまだ4年ですが、
 実家の処分や個展の開催に伴って、置きっ放しになっているもの(一時的の
 つもりだったのに...)がたまってきました。
 断捨離系の大掃除と、磨き上げ系の大掃除、今年中にどちらもやりたいものです。
 ま、これを年内にやろうとしたら、他の項目は諦めるしかありませんが、
 空間的なことはストレスを生むので、先送りしないほうが身のためです(笑


・ゆっくり家で映画三昧
 映画館に映画を観に行くということも最近少なくなっていますが、
 今したいのは家でどっぷり映画三昧することでしょうか。
 何を観るか、選ぶこと自体を楽しみたいですね。


・衣替え
 実はまだ衣替えができていません。毎日、着ていく服に困っています(泣


・KANREKIの曲づくり
 同じく暦が回った友人たちと、曲を作ろうという話が決まっていて、
 すでにトライ&エラーが進んできています。
 で、方向性が決まったところで、止まっています。
 曲の音を作る担当が私で、第2案への一歩が滞っているからです。がんばります!


...ざっとこんなところでしょうか。
他にもありますが、書けば書くほど、自己否定的に作用しかねないので、
やめておきます(笑


人生を100%楽しむために、時々こうやって
セルフチェックをかけるのも悪くありませんね。
...と、もっともらしく、まとめてみました笑


今週も素敵な1週間でありますように!

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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