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『組織・経営・リーダー論』カテゴリの記事

 

2020年、最後のブログになります。
今年も1年間、おつきあいいただき、ありがとうございました。

さて、コロナに明け暮れた2020年ですが、
あなたはそこにどんな意味づけをしましたか?

私は、企業も個人も、
サバイバルできるか、できないかが問われるようになった1年、
そんな捉え方をしています。


1番の変化は、リモートワークが日常になったことですよね。
これによって、「自律」がキーワードになりました。
自律の定義、ここでは「自ら考え、行動する」こと、としてみます。


で、「自律」を巡っては、2つの問題が生じています。


1つ目は、入社してまもない若年層の育成について。
これまで、企業は、ある程度、学校のような役割を果たしてきました。
日本の学校教育では、「考える」ことをなかなか教わらないので、
学校に代わって、教えてきたという一面があります。
しかし、リモートワークになって、
それ自体難しくなってきているのではないでしょうか?
わかりやすいところでいえば、OJTが以前のように機能しなくなっています。
かつては、営業現場でも生産現場でも、
先輩は、こういう時に「こう考え、こう行動する」を知ることができましたが、
今はどうでしょう?
そのためか、辞めていく若者が増えていて、人事部はそこに悩んでいると聞きます。
そこを埋めるための方法論を築かないと、明るい未来はありません。


2つ目は、では、ジュニアではない30歳以降の人たちが
自ら考えて行動しているか、ということです。
もちろん、私もその中に入ります。


私は、しばしば耳にする「自ら考えて行動する」ということについて、
実はどんなことを意味するのか、
社会、あるいは企業の中で、共通認識がないのではないかと思います。


なぜなら、人は誰しも行動はしているし、
行動している以上、多少なりとも考えた上でのものです。
そんな自分の行動が「自ら考えた行動」と言えるのか、と聞かれたら、
「一応、そのつもり」と思うだけなのではないでしょうか?
つまり、その判断基準が曖昧だからです。


これは、私の解釈ですが、「自ら考えて行動する」というのは、
言い換えれば、「対処でない仕事をすること」だと思います。
対処とは、発生したことに対応すること。
「誰かに言われたから」とか、「こんなことが起きたから」などが動機となって、
行動することが、典型的な「対処型」の仕事です。


一方の対処型でない仕事とは、
誰からも頼まれていないけれど、
やるべきだと自分で判断し、すること。
あるいは、必要なことだと自分が信じているからやること。
ここではそれを「創造型」と呼ぶことにします。


ここで、自分の行動を時間という観点から分析してみたら、どうでしょう?
1日8時間のうち、何時間を対処に当て、何時間を創造に当てているか。
おそらく多くの人は対処に時間を費やしている。


かくいう私自身もそうです。
部下からこれをチェックしてほしいと言われて、
チェックしフィードバックするのは、100%対処。
お客様から打診されたことを検討し、回答する、
様々な相手先からいただいたメールに返信する、
部下から参加してほしいと言われてミーティングに参加する、
これらは、どれも100%対処です。
こういうことが必要だと考えて行動している時間は、
もしかしたら1日の中で5割ぐらいかもしれません。
いや、日によっては1割もない日があると思います。
(もちろん、メールもミーティングも、その中でできる創造型はありますが)


これらの中には「私が対処しなければ」という思い込みから
行なっていることも多々あるとは思いますが、
そういう思い込みをなくしたとしても、おそらく対処仕事は永久になくなりません。
でも、仮に毎日の時間の100%が対処仕事、
という状況が3年5年と続いたら、
相当にひどいパフォーマンスになってしまうのではないでしょうか?
自分の成長も止まってしまいます。


パスカルは随想録「パンセ」の中で、人間を「考える葦」と表現しました。
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。
だが、それは考える葦である」


私たち人間は、唯一考える力を与えられています。
コロナ禍という状況をどう見るかも、各人各様で当然だと思います。
私には、コロナ禍が人間に提示しているものは、
「考える葦になれ」ということのように見えます。
ただ立っていて、風にさらされている葦にはなるな、と。


今年もありがとうございました!
来年はどんな年になるのでしょうか?
あなたにとって、来年が素晴らしい1年でありますように。

あなたの会社では、社長や経営層からのメッセージは
どのように発信されていますか?
そのメッセージは、あなたの心にちゃんと届いていますか?


メッセージの話をする前に、まずはこんな話から。
11月6日にトヨタの中間決算が発表されました。
前年を下回るものの、コロナ禍でも5199億円の営業利益を確保したことは
周知の通りです。
豊田章男さんは私が尊敬する経営者の一人なので、
しばしばトヨタイムズをチェックしてしまいます。


この成果が出された裏で、豊田さんが最初に示したのは
「自動車が日本経済のけん引役になろう」ということだけだったそうです。
半年前、5月の決算説明会でも、多くの日系自動車メーカーが
コロナ禍で今期の見通しを発表しなかったのに対し、
トヨタだけが期末見通しを公表し、
「全世界販売800万台、今期の営業利益5000億円」としました。
結果的には半期で達成してしまったわけですが、
豊田さんは、5月の時点で敢えて数字を公表したことについて、
「トヨタの見通しが自動車産業に関わる方々にとって、
1つの道しるべになるのではないかと考えた」と理由を述べました。
業界のリーダーとしての自覚が伝わってきて、感動すらしました。


さて、社長就任以来、リーマン・ショックでの赤字転落、
大規模リコール問題、東日本大震災、タイでの洪水など、
数々の危機に見舞われながらも、窮地を乗り越えてきた豊田さん。
着実にトヨタを強くして来られたわけですが、
私はそのことと、豊田さんの言葉に強さがあることとは、
無関係ではないと思っています。


豊田さんのスピーチや話には特徴があります。


第1の特徴は、自分の言葉で本音で話していること、です。
たとえば、富士山麓に建設が計画されている「Woven City」の着工日ついて、
「広報からは特定の日は言うなと言われています」と言いながら、自分の思いは
「2月23日である。223は富士山と読めるから」と語ったのもその一例。
また、ロバと老夫婦の寓話を使い、何でも批判するマスコミの姿勢に異を唱えました。
損得で物を考えたら、多くの経営者はしないであろう発言です。
信念に基づいて、率直に話す。それが豊田さんの魅力かもしれません。


第2の特徴は、「意味」を伝えながら「意思」を伝えている、ということです。
比喩や例えが多いのもそのためではないでしょうか。
2014年5月には投資を控え、組織固めをする...という内容を伝えるために、
「意志ある踊り場」という言葉を使っています。
そう言われると、登れますが、登りません、と言っているように感じられ、
単なる守りではなく、むしろ攻めている姿勢に見えてきます。


翌年5月には「トヨタらしさを取り戻すというのは、過去に時間を使うこと」として、
「過去に時間を使うのは自分で終わりにしたい」と語りました。
ここでも意味を伝えています。


今月の中間決算でも、トヨタのひとり勝ちと言われることについて聞かれ、
「一人も勝たなかったら、この国はどうなるのか?」と意味を語り、
「トヨタは確実に強くなった。その強さを自分以外の誰かのために使いたい」
「私は暗い世の中はイヤなんです」として、
世の中の元気の源になるよう存在でありたいと、ご自分の意思を伝えています。


このような豊田さんのスピーチの特徴はどこから来るのでしょか。
もちろん、生まれ持ったセンスというのもあるかもしれません。
でも、それ以上に、信念と経営哲学からメッセージを出すことが
いかに重要か、身を以てご存知だからなのではないかと想像します。
アメリカで学ばれた影響もあるかもしれませんね。


アメリカで学ばれた...といえば、2019年5月、豊田さんは、
母校のバブソン・カレッジの卒業式でもスピーチをし、絶賛されました。
「ドーナツ」というものを巧みに例え話に使っているほか、
ユーモラスな内容で大ウケしていますので、もしお時間があったらオススメです。
https://youtu.be/xDtK6wr-d_Q


さて、メッセージを出す時のあなたの理想はどのようなものですか?
あなたは、経営者かもしれませんし、チームのリーダーかもしれません。
あるいは、社長のスピーチライティングを担当する広報担当者かもしれません。
本音で信念を持って意思を伝えることが1番だとして、2番、3番は何でしょう?
自分の意思を伝えようとしているけれど、自分の言葉ではない、が2番。
前例踏襲でこなしていて、自分の意思を伝えていない、が3番、でしょうか?
思わず我が身を振り返り、2番3番にならないようにしたいと思いました。


「わかり合う」ために不可欠な言葉。強い言葉を持つ人になりたいものですね。
11月も残すところわずかです。素敵な1週間をお過ごしください。

先月末、初代「007」の主役、ショーン・コネリーが亡くなりました。
彼は、今に続く、息の長いスパイ映画「007」の初代ボンド役として、
その名を確固たるものにしましたが、
ボンド役を卒業して以降も、年を経るごとに味わいのある演技で、
記憶に残る俳優になっていったのではないでしょうか。
「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」とか、「ザ・ロック」とか。
私自身、彼が「007」として活躍する時代をリアルタイムでは知りませんが、
テレビやビデオでショーン・コネリー扮するボンドを見たことはあります。
今見ても驚くほどに「華麗」。それが、ショーン・コネリーのボンドでした。


さて、スパイ映画はお好きですか?
私は、大好きです!
「007」「ミッション・インポッシブル」「ジェイソン・ボーン」...
その魅力は、もちろん物語のハラハラ、ドキドキにもありますが、
主人公である彼らの粘り強さとその知性、
そんなところにもあるのではないでしょうか。
絶対絶命だと思っても、ギリギリまで脳をフル回転させて、絶対諦めない彼ら。
しかも、彼らは決して焦りません。
そんな主人公が、最大の山場を切り抜けた瞬間に、
私たちは感動し、その精神力と能力に脱帽します。


諦めない。
焦らない。
...はスパイ映画の主人公たちの共通点。
そこが多分、スパイ映画のカッコ良さの本質だと思います。


さて、「焦り」について、先日、社内でこんなことがありました。
ある人が「焦り」についてみんなに質問したのです。
「仕事で焦りそうなとき、どんな工夫をしているか?」と。
この意味は、決まった時までにやらなければいけないことがあって、
でも、同時並行でいろんなことがあり、間に合うかどうか不安になって焦る...
そいういう意味のようでした。
そうすると、「『ヤバイ』『ヤバそう』と発する」「計画を練り直す」など
いろいろな声が周りから出てきます。
人は、焦らないためにいろいろな工夫をしているものですね。
それが聞けること自体、有意義でした。


私個人としては、「焦り」の本質は、「できなかったらどうしよう?」という
心理にあると思うので、
「絶対に何とかなる」という自己暗示は結構重要だと思っています。
で、実際、私は、これまで「どうにもならなかったこと」はないので、
「これまでも何とかなったのだから、今回も何とかなる」と言い聞かせます。
加えて、いざとなったらゴールのレベルも変えていいというマイルールがあります。
自分の理想が100だったとして、
時間内に100ができないと判断したら、90に変える。80に変える。
その選択は自分がすれば良い、と。
そんな私の考えも披露しました。


偉そうに話しましたが、かくいう私、苦い「焦り体験」があります。
学生時代のことです。
私はハンドボール部のキャプテンでした。
最後のリーグ戦、想定よりも戦績が悪化して迎えた相手。
互角のつもりだったのに、劣勢に。
試合の終盤、主将の自分が焦ったために負けました。
リーダーの焦る気持ちは、驚くほど場に伝染してしまうんですね。
自分の焦りが、メンバーにも伝播しているということは
試合の途中でも察知できましたが、ではどうすればいいかがわからぬまま、
立て直すことができませんでした。
その悔しさがあったからこそ、それがその後の人生に教訓を与えてくれたようで、
そこから、スパイ映画の主人公のようにとまではいかないまでも、
動じないって大切だなと思って、修業してきた感じです。


というわけで、時として私たちを悩ませる「焦り」。
それを、自分一人でコントロールできて、焦らないで済むなら、
それに越したことはありません。
でも、お互いみんな弱い人間で、時として焦るのは当然です。
そういうことを仲間と共有できて、
「今、自分は焦っているんだ」と言えたら、どれだけラクなことでしょう。
「落ち着こう」と言ってくれる人がいたら、気持ちを切り替えられるかも。
そういう言葉の発し方、
ひとつの健康的な組織のあり方ではないでしょうか。


素敵な1週間をお過ごしください。

200727_NakedKing2.png

コロナで自宅就業の最中、当社では5月にXさんという若手社員を迎え入れ、
ずっと歓迎会ができていなかったのですが、
先週、ようやく歓迎会ランチを開くことができました。
オープンエアのテラスのあるレストランで、です。


幹事のYさんは、同じく若手ですが、段取りも進行も軽やかに〜♪
会の中盤でXさんに話題を振りました。
「グラスルーツに入って、おもしろいとか、へぇーと思ったことは?」と。
Xさんは、あれこれと話しましたが、その中に、こんな話しもありました。
私が書くと、ちょっと自慢みたいに聞こえるかもしれませんが、
(あ、ちょっとは自慢なんですが笑)
書く目的は自慢ではありません。


その発言、正確には覚えていませんが、
「グラスルーツは社長のオノさんと距離が近くて、
話を聞いてもらえるのが新鮮です」みたいなこと。
で、私が言ったのは「小さな会社だから、当然だよ」みたいなこと。
そしたら、それを聞いていたZさんが、
「小さい会社でも、そうでない会社はたくさんありますよ」と。


まあ、そんなことがあって、確かに当たり前ではないのかもしれないなーと思って、
自分がどこから、なぜそうなったのかをちょっと振り返ってみました。
その原点、子どもの頃の少し恥ずかしい話を自分語りする...という形で、
恥ずかしい三昧ですが、メルマガのネタがない時の苦し紛れにやってみます(笑
お時間許せば読んでください。


私が人の話を聞くようになったその原点は、
多分「小学校3年生の学芸会」にあります。
びっくりですよね。
三つ子の魂百までもとはいいますが、小三魂百までもなのですから。


その年の学芸会で、私はアンデルセンの有名な童話「裸の王様」の劇に出ました。
出たといっても、その役は侍女8番、、、だったかどうかはわかりませんが、
要は大勢の侍女の一人でした。
台詞もなければ、ちょっとしたダンスを大勢でして、すぐに終わる、そんな役です。
ぶっちゃけ、子ども心に「ふん、なんで私がこんな役? おもしろくない!」
と思いました。


その当時の私は、男子以上に野球やスポーツができて、
それなりに勉強もできる活発な女子。
そのせいか、学級委員の投票では大勢が入れてくれるなど、
ちょっとした人気者だったのです。
その私が「侍女」の役です。
プライドがへし折られたような気持ちでした。


ところが、その役を巡って、先生が私にこう言いました。
「小野さんは活発だし目立つが、クラスには目立たない人もいる。
そういう人たちの気持ちをわかる人になってほしいと思って、
この役を与えた」


その時の私の気持ち、わかりますか?
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。
自分はまさに劇の通り「裸の王様」への道をまっしぐらに歩いている
と気づいたからです。
他の人のことなんてまったく考えない裸の王様。
その時、「超かっこ悪い、私」と初めて自覚しました。
なので、「裸の王様」は私にとって「かっこ悪い」の象徴であり、
ほかの人の話を聞くようになった原点です。


さて、「かっこ悪い」という感覚は、自己否定感に繋がったりして、
一般的にはあまり良い感覚ではないと思います。
でも、私は、この感覚は意識すべき大切な感覚だと思います。
「かっこいい」ことをしたいと思うよりも、
「かっこ悪い」ことをしたくないと思う方が、健全な気がします。



数年前に「"かっこわるい"が"美しい!"に変わるティーパーティー」という名の
ワークショップに出たことがあります。
人は、誰しも自分の取った態度に対して「なんで、こんな行動をしちゃったのか、
かっこ悪いな、自分」と自己嫌悪に陥ることがありますが、
そこで自己否定する必要はない、なぜなら、
かっこ悪いと感じている裏には、「こうありたい」という願いがあるからで、
その願いは実はとても美しいものだ、自分の美意識に気づこう...
そんな内容のとても素敵なワークショップでした。


つまり、「かっこ悪い」に自覚的になること、
それは自分の美意識を知ることなんですよね。

あなたは、どんなことを「かっこ悪い」と思いますか?


8月の足音が聞こえてくる7月最終週。
素敵な1週間を!

私の友人に畑中景子さんという人がいます。
昨年まで政府系金融機関で世界を股に掛けて仕事をしていた人で、
今はコーチであり、コーチを育てるコーチでもある。
名門INSEADでMBAも取っちゃうほど、グローバル感覚に溢れた人物です。
私より一回り以上若いですが、話すと楽しいのが魅力。
「スターウォーズ」や「ボヘミアンラプソディ」を一緒に見に行って盛り上がる間柄です。
そんな彼女が、「TOEICではなく、TOEFLを強くススメる理由」と題して、
自分のブログに記事を書いていました。

https://note.cocomichi.club/entry/2020/05/29


彼女の調べによれば「TOEICの受験者数は、世界150ヵ国で年間約700万人、
うち日本が年間266万人(2018年度)。4割弱が日本」だそうです。
ところが、畑中さんのTOEICに対する評価は厳しいものです。以下3行引用。

けれども、関係者の方々には大変失礼ながら、
私の勝手な超個人的経験で言えば、TOEIC対策をしていても、
本当の意味でグローバルに通用する英語は身につかないだろうと思っています。


そして、記事を読みながら、私が特に共感した1行は、
「本当のビジネスは、業務を遂行することではない」です。


つまり、TOEICは、業務時間中に業務を遂行するためのコミュニケーションには
役立つかもしれないが、
それだけではビジネスのパートナーとして一目置かれたり、
ビジネスを創り出すことはできない...というのが彼女の見方です。


彼女の主張の詳細はブログを読んでいただく方がいいと思いますが、
ビジネスでは説明能力も大切だけれど、
それ以上に「あなたはどんな人なのか」が感じられる「雑談」が大事、
なぜなら、誰だって面白い人と仕事をしたいからだ...
という意見に、私は大きく共感しました。


畑中さんの記事の本旨は、それにはTOEFLの方が有効というものですが、
私の本旨はそこにはないので、語学学習に興味のある方は、そちらをご覧ください。


雑談が大事とありましたが、畑中さんの言わんとすることは、
「楽しい会話」とそれに基づく「仲良し関係」が大切...
ということではありません。
一人の人間として、自分の考えを持ち、お互いに伝え合える関係こそが
本当の創造的な仕事を生み出す、ということだと思います。
考えてみれば、これは日本人同士でも同じですね。


私が、人材育成や採用の際に大切だと考えていることと、
畑中さんのグローバルコミュニケーションに関する意見には、共通点がありました。
それは、真に創造的な仕事をするには、
人としてのあり方や関係のあり方が大切だということ。


ところが、若い時にはこんなことを考えがちかもしれません。
早く一人前になりたい。そのためには、スキルを身につけなくては、と。
いえ、もちろんそれが間違っているわけではありません。
でも、本当に強い人、伸びる人は、自分で伸びていく力のある人です。
畑中さんの言葉を借りるなら、ビジネスを創造できる人です。


スキルというのは、経験や知識を通じて獲得した技能です。
が、いくらスキルがあっても、それでカバーできるのは、業務の遂行や対処まで。
それで何がいけないのか?と思われるかもしれませんが、
業務を遂行するのは給料をもらっていれば当たり前であって、
残念ながら大きな価値を生み出しているとは言えません。


スキルがDoingであるとしたら、
仕事の創造/創造的な仕事のために、それ以上に重要なのはBeingです。
というのは、「創造」に向かって自分で伸びていける人は、
自分自身との付き合い方や、他者との関係の築き方がどこか違います。
つまり、人としての「あり方」、「あろうとする考え方」がどこか違う。


波風立てない無難な関係であろうという志向や
防衛的な志向でないためか、会話も表面的で終わりません。
また、自分の未熟さをオープンに受け入れたり、自分の考えをオープンに出すので、
結果的に、入ってくる情報や知識、フィードバックの量が増えますよね。
そうすると、自分を成長させるいい循環が生まれてきます。


しかも、Beingは青天井ですから、どこまでも伸ばせます。
私だってまだまだ発展途上ですからね!! いえ、ホント!


グローバル社会だからこそ、Doing(スキル)よりBeing。
そんなことを考えた週末でした。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください。

コロナ問題はなんとか収束に向かう兆しが見えてきましたね。
テレワークを中心とした当社のコロナシフトも、すでに2カ月半が経ちます。
ビデオ会議ツールを使って、ミーティングをしている企業は多いと思いますが、
当社も例外に漏れず、1日1回、定例のミーティングを行っています。


目的はいろいろありますが、なんといっても、まずは次の2つが1番の目的です。
・心身の健康状態の共有
・仕事の状況の共有と相談


が、実は第3の目的(のようなもの)もあります。
それは、話しやすい関係を作る、ということ。
当社の場合、どちらかといえば従来から話しやすく、意見をいいやすい社風です。


でも、テレワーク環境で何も工夫をしなければ、雑談はゼロになり、
一歩間違えると事務的な関係になってしまう懸念があります。


そんなことを回避するために、今、役立っている気がするのが、
定例ミーティングでの「チェックイン」です。


「チェックイン」はもともと研修やワークショップなどで
アイスブレイク的に取り入れられてきたという一面があります。
場に対してリラックスして臨んだり、その場に気持ちを集中させる...
どちらかといえば、そんな目的で使われることが多いようです。
どんなことをするかというと、一番多いパターンは、
今感じていること、気になっていることを短く話すというものです。


「電車が遅れて、焦りました。まだソワソワしてます」
「新聞に出ていたあの記事がどう影響するのか、不安です」
「昨日、久しぶりに走って、気持ちよく朝を迎えました」など、
なんでもOKがルールです。


本当は、順番を決めず、話したくなった人から話すことが
チェックインでは重要とされていますが、
会議が研修仕立てになりすぎるのも、どうなんだろうと思います。
そして、実際に「会議にチェックインは合わない」と感じ人が多いからか、
取り入れている企業もあまり多くはないのではないでしょうか。


さて、ここまで書いたことは、一般論です。
当社の場合、司会進行役は日替わり交代で行なっているのですが、
自然発生的に、その人がいろんなお題を出すようになりました。


「今の気分を色でいうと? それはなぜ?」
「今の気分を漢字1文字で表すと?」
「今の気分を料理に例えると?」
「週末は何をしていた?」
「最近感じた小さな幸せは?」


出題を聞くのも楽しいですし、
回答を聞くのも、個性があってこれまた楽しい。
みんなが、この人は何と答えるだろうかと興味を持って聞く、
その雰囲気も素敵だなと思います。


ちなみに前回、私の番が回ってきた時は、
「今の気分はどんな曲? ラララで歌うと? で、わかった人は曲名を当てる」
にしたのですが、
私が歌ったディープパープルの「ハイウェイ・スター」は
なんと誰もわかりませんでした(泣)


ここまでの話を聞いて、そんなことに意味があるのか?
生産性を低めるだけではないか、と思う方もいるかと思います。


でも、私は組織にとって意外に「雑談」は重要だと考えています。
実は、この考え自体、私が本能的に思っていたことであって、
「なぜ重要?」を考えてみたことはありませんでした。


この機会に改めて考えてみたのですが、
結局、「雑談」の先には、「関係性の質」というものがある、
そう考えているからだと思いました。
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱している
組織の「成功の循環」モデルで言われている、
「関係性の質」が「結果の質」を変えるという、アレです。


あなたは、職場での「雑談」、必要だと思いますか?


今週は雨続きの1週間になりそうですが、心には太陽を! ←くさっ笑 
素敵な1週間でありますように!

最近いくつかの番組で、テレワークが進み、
働きぶりの"見える化"が広がっているという報道を見ました。
私が番組で目にしたのは、
社員に自分の行動、たとえば「着席」「退席」などを
細かくボタンを押して報告させるしくみや、
社員がPCの前に着席しているかどうかをモニターで監視するといったものでした。


人事用語で言えば、「勤怠管理」の一環なのでしょうけれど、
悪く言えば、いかに社員を「監視」するかです。


そこで、今、世の中ではどんな「監視」が存在しているのか調べてみました。
上の例のほかにも、PCの表示画面を録画してモニターしたり、
PCの操作内容を記録したり、GPSでどこにいるかを監視したりと、
様々な技術によって監視サービスが提供され、
それを導入している企業があるのだと知りました。


私自身は、そうした流れに疑問を感じますが、
日本の労働基準法への防衛対策だったり、
過去のネガティブな経験からの対策かもしれません。
各社の事情がわからないだけに、ここではその賛否を論じようとは思いません。


しかし、今、働き方への価値観をリセットする時期にあるのも確かです。
「監視」をしようとする動きの根底にあるのは、
「性悪説」なのではないでしょうか。
人は放っておけばサボる、
人は自分に都合よくウソをつく、
という考え方に立っているから、
「監視」によって抑止したいという発想になるのでしょう。


では、「性悪説」の観点で見た場合、
いったいどのように働いている人が「是」とされているのでしょうか。
それは、決められた時間に決められた場所で、
コツコツとマジメに就業する人...です。


マジメな勤務態度であるかどうかが、
長い間、人の評価に大きく関わってきました。
ここで言うマジメの意味は、まさに上に書いた
「決められた時間に決められた場所で働くこと」です。
所定労働時間が8時間なのに、
7時間しか働いていないのは「非」という考え方です。


しかし、果たしてテレワークを推進しようとしたら、
そのような価値観が通用するのでしょうか?
私は、もはやその価値観を捨てて、
何を「是」とするのかを変えないことには
テレワークは機能しないと思います。


具体的には、期待通りの、あるいは期待以上の
パフォーマンスを発揮した人を「是」とするという考え方です。
でも、これ、別に新しい考え方でも何でもありませんよね。
これまでもパフォーマンスは求められていますから。


けれど、その前提には、時間と空間の約束が守られていることがありました。
その約束を守った上でのパフォーマンスだったわけです。
なぜなら日本の労働基準法がそういう考え方だからです。
テレワークを導入しながら、「監視」をしたくなってしまうのも、
ひとつには法的な背景があるのだと思います。


たとえば、企業防衛的にはこんな発想になるのでしょうね。
悪用する人が出たらどうしよう?
悪用して、本当は実体がないのに、自分は月100時間残業をさせられた...
と主張する従業員が出たら、どうしたらいいんだろう?
それも、一人や二人ではなく、みんなが水増し申告をしたら、どうしよう...。
だから、ちゃんと何らかの形でエビデンスを残すべきだ...。
こんな発想になってしまうのかもしれません。
実際、湘南にドライブに行っちゃう人が大勢いたり(笑)
「テレワーク」「サボり方」で検索すると、いろんなコンテンツが...。
だから、防衛的になるのも、わからないではありませんが、
真っ当な人にとって、不信が不信を招く悪循環が起きるのは目に見えています。


だから、今大切なのは、ある程度、
時間と空間の制約を是非の判断基準の脇に置き、
会社は、何を個々の社員に期待しているかを明らかにすると同時に、
社員がパフォーマンスを上げられるような
コミュニケーション支援をすることだと思います。


スケジュールが遅れてしまいそうな状況にないか、
質が低下しそうな状況にないか、
相談しやすい状況をつくったり、
相談されたときに「なぜ」と詰め寄らないコミュニケーションを取ること。
物理的に離れていても、それができる状況をどう作るかが大切なんだろうな、と
そんなことを感じます。


これは「監視」というアプローチでは決して生まれないもので、
「性善説」に立たないと成立しません。


でも、もちろん、簡単だとは思いません。
当社も社員に対し、成長を支援する、創造的な活動を促す、
気分を察知してサポートすることができないなどの面で、
どうしたらいいのか悩みはあります。
期待するパフォーマンスを明らかにするというのは、どういうことなのか、とかも。
また、私自身、仕事に没頭していて、相談メールへの返信が3時間後になるみたいな。
私の生産性は上がりますが、
その間、社員の生産性は下がっているのかもしれません。


テレワークには良い面も悪い面もあります。
でも、理想の働き方を考えるいいチャンスでもありますよね。
私はテレワークは「信頼」を前提とした働き方だと思います。
これは、とっても素敵なことです。


いよいよGW。Stay Homeで参りましょう!

おはようございます!
このメルマガ読者の環境はそれぞれ違うと思いますが、
首都圏に勤務されている人に限って言えば、
新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、
テレワークへの移行が随分進んだと実感されているのではないでしょうか。
当社も4週間前から原則テレワークによる自宅就業としています。
これは、新型コロナウイルスがもたらした、ある意味良いことだと思います。
そして、テレワークを導入してみて、解決すべき課題も見えてきました。
あくまで当社の場合ですが、、、


大別すると、
・技術的なことや費用的なこと
・コミュニケーションやモチベーション的なこと
に分かれると思います。


「技術的なことや費用的なこと」としては、主に3つあります。
自宅環境によっては動画通話に耐えられない場合もある、
自宅から社内サーバにはアクセスできない、
個人のケータイ電話を使った仕事での通話料はどうしたらいいか、
などが今のところ大きなポイントです。
携帯通話料は実費清算とすることで解決できますが、
(個人の番号を仕事相手に公開することについては本来否として)
社内サーバにアクセスする環境構築はもう少し大変です。
現在、VPNの導入などを検討していますが、
このタイミングで、きっと多くの企業が同じように考えているはず。
なので、問い合わせが殺到していて、
サーバイス提供事業者はパンクしていそうな気がします。
それを承知で、まずは今週問い合わせてみるつもりです。


さて、、、
それでも技術的なことは対策すれば解決します。
むしろ、難しいのはコミュニケーションやモチベーション的な面で、
どうあるべきかですね。


私自身は、テレワークをやってみて、いくつか問題を感じていますが、
まだこうすればいいという解決策はわかりません。


具体的にいうと、、、、
まずルーティンワークであれば、
たとえテレワークであったとしても問題なく進んでいきます。
でも、ひっかかるのは、問題なく進めばそれでいいのか?ってことです。


この4週間、あきらかにコミュニケーションが希薄になりました。
その結果、空気を読んでサポートすることはできないですし、
もっと突っ込んだ教育的視点からの助言もできなくなりました。
恐らく気軽に助けを求めることも減っていると思います。
私自身も、あ、今、これ誰かに助けてほしいと思っても、
気軽にそれを発することができないなと感じています。
つまり「場」からつくることができないのが、
テレワークの最大のデメリットです。


加えて感じるのは、家族と同居しているか、一人暮らしかによっても、
テレワークに対する感想は異なるような気がします。
家族と暮らしていれば、会話量が減るという実感はないかもしれませんが、
単身者は圧倒的に会話量に変化が伴います。
当社の場合は、状況によって出勤しても良いという意味での推奨自宅就業でした。
現在4週間経過という状況ですが、
仮に今後、出勤禁止=外出禁止となったら、
特に単身者の閉塞感や孤立感は半端ないかもしれません。
往往にして管理職には家族がいるので、
単身者の状況への想像力が必要だと思います


この4週間、当社は毎日1回、zoomを使って、ミーティングしてきました。
この間は、主に、業務の進捗と業務的に困っていることはないかのシェアでしたが、
この状況が長期化すると想定すると、
それだけではダメだろうなと思います。
なぜなら、ルーティンワークがつつがなく進行しているからといって、
それだけでハッピーなわけではないので。


何かもう少し楽しいこと、エキサイティングなこと、
そういうことを志向して、具現化していくようなことをしたいものです。
コロナ撲滅Tシャツを作るとか、何でもいいと思います。
こういう危機的な状況にあって、受け身なだけになるのが、一番よくない。


あと2日で3月が終わります。
あなたは、今、この状況に対して、どんなスタンスで臨みたいですか?
厳しい状況ですが、今週が素敵な1週間になりますように!

先日も書きましたが、11月29日にグラスルーツは創立35周年を迎えました。
満35歳です。
ここまで当社をお引き立ていただき、本当にありがとうございます。
今日は、遅ればせながらそんな感謝をお伝えしたかったのと、
ちょっと恥ずかしい過去の思い出や、
存続できた理由の分析、披露させていただきます。


グラスルーツは私が26歳の時に誕生しています。
今でこそ理念やビジョン、価値観の大切さを社会に伝え、
それらの策定支援などにも関わっていますが、
恥ずかしながら、当時、当社自体はそれらがないまま、
この世に産声を上げました。


しかも、私は、当時、そういうことが大切だという認識も持てていませんでした。
その後、どうやらそういうことが大切であるらしいと認識できてからも、
理念を定めるとは、どんなことを定めることなのか、
ビジョンを定めるというのは、何を明らかにすることなのか、
ずーっと手探りでした。


そんなわけで、社内ではいろんなことが起きました。
たとえば、、、、
私としては社員に理念やビジョンを説明したつもりでも、
それを聞いた社員から、
「会社をどうしたいのか、全然わからない」
「グラスルーツは何のために存在しているのかわからない」
そんな反応が返ってくる。
数え切れないほど「ア、イタタタ〜」という経験をしてきました。


それに対し、当時の私は若かったので、自分が悪いのではなく、
私の話をわからない社員の方が悪い...ぐらいに思ったり(笑)


まったくもってダメ社長でしたが、
強いて良かった点を挙げるなら、社員が思ったことを言ってくれたこと、です。
そういう関係は意図して作ってきたので、結果的にそれがとても良かった。
で、私も根が真面目だからか、「ア、イタタタ〜」と感じるような出来事があれば、
それなりにちゃんと逃げずに考えました。
社員の気持ちと自分の気持ちとの間にあるギャップが何か、と。
おかげさまで、今では理念やビジョンというときに、
一般的には社員がどんなことを求めているのか、わかります。


さ、私の恥ずかしい話はこのくらいにして、
なぜグラスルーツは、35年間も生きながらえることができたのか。
実は今回分析してみたのですよー!
そして、冊子にまとめておこうと決めました。


会社が存続したその根底に何があったのか。
あったのは「フェアであること」という価値観でした。
美意識と言い換えてもいいかもしれません。


「フェア」という価値観は現在の当社WEBサイトにも記載されているように、
ある程度以前から大切なものとして掲げていたのですが、
一緒にメルマガを書いている阿部がさらに私の真意を引き出し、
今、原稿にまとめてくれているところです。
本当は社内向けのものですが、チラ見せで披露します(笑
ーーー
(一部抜粋)
グラスルーツは「フェアであること」を大切にしてきました。
フェアであることで本当の信頼関係が生まれ、
それが会社の絶対的な価値になっていきました。


なぜそこまでフェアにこだわったのかを振り返ってみると、
そもそも、私、小野真由美が「欺瞞」が嫌いだから、ということに気づきました。
自分の中に偽りの気持ちを感じると、とても心地悪くなるので、
自分に対しても、仲間に対しても、お客様に対してもフェアであろうと努めました。
すると不思議なもので、同じ考え方の仲間が集まりました。
それがグラスルーツの大切な価値観、DNAとなり、受け継がれてきたように思います。
徹底的にフェアであり続けたことで生まれた信頼関係は、
単なる信頼関係ではありません。
お互い、調子がいいときも、悪いときも、頼り頼られる特別な信頼関係、
言ってみれば「超・信頼関係」です。
つまり、グラスルーツは「フェア」であることで「超・信頼関係」を築き、
価値を高め、存在してきたと私は思っています。
ーーー
上記は前文の一部です。


さらに、たとえば、、、
「上から見ない。卑下しない」とか
「損得を一番に考えない」とか
「気づいたことは言う。思っていないことは言わない」など。
いろんな言葉で「フェアである」とはどういうことなのかをまとめています。


ちなみに、この整理をやってみて、私自身がとてもすっきりしたので、
当社のサービスに加えるつもりです!


さて、価値観を言語化することには2つの意味があります。
1つは、言葉を共有することで、意識を同じにするという意味。
もう1つは、言葉通り体現できているか、確認しやすくするという意味。


2つ目の「確認」するという目で当社社内を見てみると、
必ずしも今、全体として体現できているとは言えないかも。
35周年を機に、もう一度価値観の再確認をし、
気持ちを合わせて再出発したいものだと思います。


これからも末長く、グラスルーツをよろしくお願いします。

心をいじられた感じの週末でしたね。
台風19号にそわそわしました。
映画でも観ながら、
家で過ごそう思っていたのですが、
スーパーの商品はなくなるし、
自分の生活圏への不安と、
TVで映し出されていく被害の状況。
いろんな人のことが気になって、
映画を観るような気分になりませんでした。


でも、台風の翌日は、
ラグビーW杯日本代表が大活躍。
様々なテンションが交錯したせいで、
少々疲れた感があるのは否めません。
でも、こんなことを言えるのは、
被災を免れたからです。
大したことができないにしても、
被災した方たちに
思いを馳せたいものです。


さて、今日は私たちにとって
「なぜ」を知ることの意義について
考えたいと思います。
きっかけは、今月の初めに私が受けた健康診断でした。


これまでは、健保組合の健診施設で
一通り受けていたのですが、
もういい歳だし、社長が突然余命宣告を受けたら、
周りに迷惑をかけるし、
いつもよりちょっと高度なオプション健診も受けようと思い、
病院での健診を受けました。
健保組合の提携先は東京高輪病院。
結論から言うと、
全般的にスタッフ教育が行き届いている印象で、
とてもいい病院だなと感じました。
さて、ここからが本題です。


胃のレントゲンで、素晴らしい技師の方に出会いました。
検査が終わって、部屋を出るとき、
「私のこれまでの人生で最高の検査でした。ありがとう」と言ったほどです。


胃のレントゲン、
いつもは健保組合の健診施設で撮ってもらっていて、
それが私にとって、ある意味標準でした。
別に特別な不満もなかったし、
これで当たり前だろうと思っていたのです。
ところが、今回の技師は本当に素晴らしく、感動ものでした!
私が感動したのは、次の4点です。


1)今からすることを説明してくれました。
「はい、では食道の写真を撮ります。
バリウムをごくりと飲んでください」
「今度は十二指腸の写真を撮ります」
目的意識が持てると、がんばろうと思えます。


2)しかも、都度都度状況説明をしてくれます。
「はい、いい写真が撮れました」
「きれいな写真が撮れました」
こう言われると、変な写真にならないように
さらにがんばろうと思えます。


3)なぜ、それをするかを説明してくれました。
「今から、胃を膨らませるために発泡剤を飲んでいただきますが、
ゲップをがまんしてください」
↑これは大抵言ってくれますよね。
でも、↓これはないのでは?
「今から、バリュームが胃の中で混ざるようにするために、3回回っていただきます」
こう言われると、「おお、そうか、
うまく混ざるように体を動かさないと」という気持ちになります。


4)進捗&現在地を教えてくれる。
「はい、あと2回です。申し訳ありませんが、がんばってください」とか
「あと2枚撮ったら終わりです」とか。
がんばって検査は受けているものの、
でもやっぱり終わりが見えないのは不安。
その絶妙なタイミングでこの声がけ。
出口が見えると、最後までしっかりやろう!そんな気分で続けられました。


この技師がしてくれたことを通じて、
私とその技師との間に協働関係が生まれたような
そんな気持ちさえ抱きました。
胃のレントゲンを撮る、ただそれだけのことなのに。


この体験、いろいろ素晴らしかったですが、中でも1番と3番。「なぜ」の説明。
私はこの大切さを痛感しました。
モチベーションや仕事観に影響を与えるなーと。


今さらな例ですが、
レンガを積む男の話を思い出します。
「ここで何をしているのですか?」と聞かれ、
「レンガを積んでいる」でもなく、
「壁を作っている」でもなく、
「人々が祈りを捧げる偉大な教会を作っている」と語るには、
この「なぜ」抜きではありえないでしょうね。


また、こんな話も思い出しました。
メルマガを共に書いている阿部、
前々職でこんな体験をしたそうです。
間違えの多いアルバイト学生に、
あなたの仕事の意味を伝え、
間違えるとどんな影響が出るかを伝え、
だから、とても重要な仕事なのだと伝えたら、
間違えなくなった、と。


人はみんな無駄なことより、
意義のあることに関わりたい。
だからこそ、
意義を伝えることは重要ですね。
社内コミュニケーションにおいて
重要なことが伝わっていない場合、
「なぜの説明が足りていない」
ということが一因の場合も少なくありません。
伝わっていないと感じたら、
「『なぜ』が伝わっているか」
という視点で検証してみるのも一考です。


今週も素敵な1週間でありますように。
ラグビー日本代表が力を出し切れますように。
では、また〜!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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