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『組織・経営・リーダー論』カテゴリの記事

 

先日も書きましたが、11月29日にグラスルーツは創立35周年を迎えました。
満35歳です。
ここまで当社をお引き立ていただき、本当にありがとうございます。
今日は、遅ればせながらそんな感謝をお伝えしたかったのと、
ちょっと恥ずかしい過去の思い出や、
存続できた理由の分析、披露させていただきます。


グラスルーツは私が26歳の時に誕生しています。
今でこそ理念やビジョン、価値観の大切さを社会に伝え、
それらの策定支援などにも関わっていますが、
恥ずかしながら、当時、当社自体はそれらがないまま、
この世に産声を上げました。


しかも、私は、当時、そういうことが大切だという認識も持てていませんでした。
その後、どうやらそういうことが大切であるらしいと認識できてからも、
理念を定めるとは、どんなことを定めることなのか、
ビジョンを定めるというのは、何を明らかにすることなのか、
ずーっと手探りでした。


そんなわけで、社内ではいろんなことが起きました。
たとえば、、、、
私としては社員に理念やビジョンを説明したつもりでも、
それを聞いた社員から、
「会社をどうしたいのか、全然わからない」
「グラスルーツは何のために存在しているのかわからない」
そんな反応が返ってくる。
数え切れないほど「ア、イタタタ〜」という経験をしてきました。


それに対し、当時の私は若かったので、自分が悪いのではなく、
私の話をわからない社員の方が悪い...ぐらいに思ったり(笑)


まったくもってダメ社長でしたが、
強いて良かった点を挙げるなら、社員が思ったことを言ってくれたこと、です。
そういう関係は意図して作ってきたので、結果的にそれがとても良かった。
で、私も根が真面目だからか、「ア、イタタタ〜」と感じるような出来事があれば、
それなりにちゃんと逃げずに考えました。
社員の気持ちと自分の気持ちとの間にあるギャップが何か、と。
おかげさまで、今では理念やビジョンというときに、
一般的には社員がどんなことを求めているのか、わかります。


さ、私の恥ずかしい話はこのくらいにして、
なぜグラスルーツは、35年間も生きながらえることができたのか。
実は今回分析してみたのですよー!
そして、冊子にまとめておこうと決めました。


会社が存続したその根底に何があったのか。
あったのは「フェアであること」という価値観でした。
美意識と言い換えてもいいかもしれません。


「フェア」という価値観は現在の当社WEBサイトにも記載されているように、
ある程度以前から大切なものとして掲げていたのですが、
一緒にメルマガを書いている阿部がさらに私の真意を引き出し、
今、原稿にまとめてくれているところです。
本当は社内向けのものですが、チラ見せで披露します(笑
ーーー
(一部抜粋)
グラスルーツは「フェアであること」を大切にしてきました。
フェアであることで本当の信頼関係が生まれ、
それが会社の絶対的な価値になっていきました。


なぜそこまでフェアにこだわったのかを振り返ってみると、
そもそも、私、小野真由美が「欺瞞」が嫌いだから、ということに気づきました。
自分の中に偽りの気持ちを感じると、とても心地悪くなるので、
自分に対しても、仲間に対しても、お客様に対してもフェアであろうと努めました。
すると不思議なもので、同じ考え方の仲間が集まりました。
それがグラスルーツの大切な価値観、DNAとなり、受け継がれてきたように思います。
徹底的にフェアであり続けたことで生まれた信頼関係は、
単なる信頼関係ではありません。
お互い、調子がいいときも、悪いときも、頼り頼られる特別な信頼関係、
言ってみれば「超・信頼関係」です。
つまり、グラスルーツは「フェア」であることで「超・信頼関係」を築き、
価値を高め、存在してきたと私は思っています。
ーーー
上記は前文の一部です。


さらに、たとえば、、、
「上から見ない。卑下しない」とか
「損得を一番に考えない」とか
「気づいたことは言う。思っていないことは言わない」など。
いろんな言葉で「フェアである」とはどういうことなのかをまとめています。


ちなみに、この整理をやってみて、私自身がとてもすっきりしたので、
当社のサービスに加えるつもりです!


さて、価値観を言語化することには2つの意味があります。
1つは、言葉を共有することで、意識を同じにするという意味。
もう1つは、言葉通り体現できているか、確認しやすくするという意味。


2つ目の「確認」するという目で当社社内を見てみると、
必ずしも今、全体として体現できているとは言えないかも。
35周年を機に、もう一度価値観の再確認をし、
気持ちを合わせて再出発したいものだと思います。


これからも末長く、グラスルーツをよろしくお願いします。

心をいじられた感じの週末でしたね。
台風19号にそわそわしました。
映画でも観ながら、
家で過ごそう思っていたのですが、
スーパーの商品はなくなるし、
自分の生活圏への不安と、
TVで映し出されていく被害の状況。
いろんな人のことが気になって、
映画を観るような気分になりませんでした。


でも、台風の翌日は、
ラグビーW杯日本代表が大活躍。
様々なテンションが交錯したせいで、
少々疲れた感があるのは否めません。
でも、こんなことを言えるのは、
被災を免れたからです。
大したことができないにしても、
被災した方たちに
思いを馳せたいものです。


さて、今日は私たちにとって
「なぜ」を知ることの意義について
考えたいと思います。
きっかけは、今月の初めに私が受けた健康診断でした。


これまでは、健保組合の健診施設で
一通り受けていたのですが、
もういい歳だし、社長が突然余命宣告を受けたら、
周りに迷惑をかけるし、
いつもよりちょっと高度なオプション健診も受けようと思い、
病院での健診を受けました。
健保組合の提携先は東京高輪病院。
結論から言うと、
全般的にスタッフ教育が行き届いている印象で、
とてもいい病院だなと感じました。
さて、ここからが本題です。


胃のレントゲンで、素晴らしい技師の方に出会いました。
検査が終わって、部屋を出るとき、
「私のこれまでの人生で最高の検査でした。ありがとう」と言ったほどです。


胃のレントゲン、
いつもは健保組合の健診施設で撮ってもらっていて、
それが私にとって、ある意味標準でした。
別に特別な不満もなかったし、
これで当たり前だろうと思っていたのです。
ところが、今回の技師は本当に素晴らしく、感動ものでした!
私が感動したのは、次の4点です。


1)今からすることを説明してくれました。
「はい、では食道の写真を撮ります。
バリウムをごくりと飲んでください」
「今度は十二指腸の写真を撮ります」
目的意識が持てると、がんばろうと思えます。


2)しかも、都度都度状況説明をしてくれます。
「はい、いい写真が撮れました」
「きれいな写真が撮れました」
こう言われると、変な写真にならないように
さらにがんばろうと思えます。


3)なぜ、それをするかを説明してくれました。
「今から、胃を膨らませるために発泡剤を飲んでいただきますが、
ゲップをがまんしてください」
↑これは大抵言ってくれますよね。
でも、↓これはないのでは?
「今から、バリュームが胃の中で混ざるようにするために、3回回っていただきます」
こう言われると、「おお、そうか、
うまく混ざるように体を動かさないと」という気持ちになります。


4)進捗&現在地を教えてくれる。
「はい、あと2回です。申し訳ありませんが、がんばってください」とか
「あと2枚撮ったら終わりです」とか。
がんばって検査は受けているものの、
でもやっぱり終わりが見えないのは不安。
その絶妙なタイミングでこの声がけ。
出口が見えると、最後までしっかりやろう!そんな気分で続けられました。


この技師がしてくれたことを通じて、
私とその技師との間に協働関係が生まれたような
そんな気持ちさえ抱きました。
胃のレントゲンを撮る、ただそれだけのことなのに。


この体験、いろいろ素晴らしかったですが、中でも1番と3番。「なぜ」の説明。
私はこの大切さを痛感しました。
モチベーションや仕事観に影響を与えるなーと。


今さらな例ですが、
レンガを積む男の話を思い出します。
「ここで何をしているのですか?」と聞かれ、
「レンガを積んでいる」でもなく、
「壁を作っている」でもなく、
「人々が祈りを捧げる偉大な教会を作っている」と語るには、
この「なぜ」抜きではありえないでしょうね。


また、こんな話も思い出しました。
メルマガを共に書いている阿部、
前々職でこんな体験をしたそうです。
間違えの多いアルバイト学生に、
あなたの仕事の意味を伝え、
間違えるとどんな影響が出るかを伝え、
だから、とても重要な仕事なのだと伝えたら、
間違えなくなった、と。


人はみんな無駄なことより、
意義のあることに関わりたい。
だからこそ、
意義を伝えることは重要ですね。
社内コミュニケーションにおいて
重要なことが伝わっていない場合、
「なぜの説明が足りていない」
ということが一因の場合も少なくありません。
伝わっていないと感じたら、
「『なぜ』が伝わっているか」
という視点で検証してみるのも一考です。


今週も素敵な1週間でありますように。
ラグビー日本代表が力を出し切れますように。
では、また〜!

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「働き方改革」。。。
みんなどう思っているのかな?
最近、お客様との間でよく上るキーワード、
それが「働き方改革」です。
経営的には、残業が減らない、生産性が上がらない、
有給取得が進まない等が問題視されていますが、
そうだとしたら、なんだか後ろ向きな印象しかありません。


では、働く人たちはどう思っているのでしょうか?
ここからは、あくまで想像です。


国が言っているから、うちの会社もやらないわけにいかない、
ということなんだろうな...とか。
残業代をカットしたいだけなんじゃないの...とか。
生産性を上げるというのは、企業の論理なんじゃないの...とか。
会社は時流として取り組んでいるだけで、本気ではないんじゃないの...とか。
なんで、今のままではダメなの? 自分はこのままで問題ないと思う...とか。
なんか、絵に描いたモチに見えるなぁ...とか。
働き方を縛らないで、好きなように働かせてくれよ...とか。
もう十分努力しているし、これ以上生産性上げるなんてムリ...とか。
仕事を減らしてもらわない限り、できるわけないじゃないか...とか。


「働き方改革」を巡っては、百人百色の思いがきっとあることでしょうね。


だけど、案外ちゃんと説明も受けていないし、
そこまで真剣に考えたことはない...という人が多いような気もします。


私自身はネットで情報を集めて、働き方改革を理解しようとしていますが、
その結果感じるのは、どうも説明の仕方に魅力がないな、ということです。


ーーーーー
日本は人口減少が進んでいて、深刻な労働人口不足という問題がある。
だから、多様な人々が、多様かつ生産的な働き方ができるようにすることで
労働力不足を補う必要があり、
そのためには、長時間労働の是正、非正規雇用の格差是正、多様な働き方の実現を
推進しなくてはならない。
目指すは、一億総活躍社会である。
ーーーーー


ちょっと乱暴ですが、ざっとこんな文脈の説明が多いようです。
国の説明がそうなっているから、自ずとそれが広まっているのでしょうね。


この説明、別に悪い内容とは言えません。
実際「65歳を超えても働きたい」人は6割以上に上るそうなので、
多様な人が働ける社会を目指すというのは良いことです。


でも、なぜでしょう?
労働人口不足への対処という説明だからなのか、
ハッピーな結果につながるという印象に乏しいのですよね。
そう、どんな説明でも、「対処」という説明をして、
人をワクワクさせることは不可能です。
未来志向でないからです。


私が希望する説明は、
これは、個人、企業、日本の成長戦略だ、というような説明です。
ーーーーー
個人が、作業的なことに忙殺され、疲れてエネルギーがない状況にあっては、
個人はハッピーではなく、人として成長もできない。
当然、個性も発揮されず、創造的なことにも取り組めない。
すると、企業も国も成長できない。
だから、個人が成長でき、創造性を発揮でき、
働きがいや幸福を感じられる社会に変えていくことが必要で、
それが働き方改革だ...。
ーーーーー
こんな感じの説明です。


実際、「創造的な社会への転換」が、働き方改革の重要なテーマなのだと
私は思うのですが、あなたはどう思いますか?


今週も素敵な1週間でありますように。

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最近ドラムを始めたことは、このブログでも紹介しましたが、
実はもう一つこの週末から始めたことがあります。
それは、2度の挫折を経て今回が3度目になるゴルフ。もちろんまずは練習から。
土曜日はゴルフレッスン、日曜日はドラムレッスンと、練習三昧の週末でした(笑


昔は、練習があまり好きではなかったような気がします。
でも、最近は楽しくて楽しくて。
これ、多分大人の特権ですね。
大人になると、自分のできない状態や、そこからできるようになるプロセスを
客観的に理解することができます。
子どもの頃や若い頃は、自分の状態を客観視しようと思っても、
「できた」「できなかった」の2種類しかないので、あまり楽しくない。
でも、大人になると、もう少し細かく自分を観察し、理解できるため、
その分、ちょっとだけ上手くできるようになっただけでも、
それに気づいて、「やった〜!」と浸れるわけです。
それはもう楽しい以外の何者でもありません。
自分を客観視できるようになるってことは、そんな楽しさに繋がるわけで、
いいなーと思います。
あ、大人になるとって書きましたが、
年齢が上がればできるようになるという単純な話ではなく、
ぶっちゃけ普段から自己観察してない人はムリかもです。
そのぐらい自己観察って重要だと思います。


さて、ゴルフレッスンとドラムレッスンを連続して受けてみて、
なぜか偶然にも同じような指導がありました。
それは、グリップの大切さについてでした。
ゴルフの先生が、「グリップとアドレスで7割が決まる」と言ったその翌日、
ドラムの先生が、「最初の数回はまずは楽しんでもらうことを優先したかったので、
言いませんでしたが、スティックの握り方と座り方が実はとても重要です」と。
で、クラブの握り方とスティックの握り方はとても似ていました。
自然に逆らわず、力を入れ過ぎず...とでもいうのでしょうか。


うーむ。
このメッセージを連続して聞いた私は、
何かここから物事の本質を学べと言われたような感覚に落ち入りました。
まず、単純に言えば「構え」が大事ってことですよね。
けれど、そりゃスポーツは何でもそうだろうさ。
これを仕事に置き換えて考えたくなっちゃうのが、私のクセです。


スポーツで「構え」が大事なのは、それをおろそかにすると、
最大のパフォーマンスが発揮できないからです。
では、仕事で「これをおろそかにするとパフォーマンスが発揮できない」となるものは何か?


ここまで考えて気づきました。
これは人それぞれであり、会社によっても違うなと。
そもそもパフォーマンスの定義が人によって、企業によって違うからです。
パフォーマンスを売り上げで考える企業、
見込み客を含めた顧客数で考える企業、
顧客満足度で考える企業、
各種KPIの達成率で考える企業など、まちまちです。


たとえば、当社。売り上げなどの数字よりも、信頼関係や満足度を重んじています。
信頼され、満足していただけたら、大抵数字はついてくると考えているからです。
その信頼関係のバロメータの一つは、相談の量と質です。
相談されることが少なく、ルーティーンで仕事をしてしまうと、
信頼や満足が生まれているとは考えにくいわけです。


では、信頼されたいとして、信頼される存在であるためには何を重んじるべきか。
ここからが、今回、話の入り口にあった「構え」と近い話になります。
この判断も各社各様でしょうね。
当社の「構え」は、次の2つです。
・お客様にとって、本当に必要なことは何かという観点から、
 お客様の思いとは違う意見でも言う。
・とはいえ、正論に終始するのではなく、お客様の状況に寄り添う姿勢を忘れない。
つまり意見を述べても、柔軟性を持って対応するということです。
もう一つ、ドラムとゴルフの握り方(自然に逆らわず、力を入れない)に通じる話でいえば、
自然体のコミュニケーションというのも信頼につながるかもしれません。
要は、カッコつけずに自分らしくいるということ。
それも、私は信頼と関係しているように思います。


ところが、もしかしたらある会社では、お客様の思いを叶えることこそ
信頼を得るには不可欠だと思っていたら、意見は言わないでしょうね。


あなたの仕事で「パフォーマンス」を上げるとは何を果たすことですか?
「グリップ」と同等に重要な基本の構えは何ですか?
人生の「グリップ」は何ですか?


台風の影響が気になります。
皆様のご無事を祈りつつ、今週が良い1週間でありますように!

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部下の才能を伸ばしたり、スキルが身につくように支援したり、
人として成長できるようにサポートしたり...。
リーダーの多くは、日々、そういった役割と向き合っているのではないでしょうか。
私も、部下の成長に日々関心を持ち、人を育てる自分のスキルと向き合っています。

私が目下、関心があるのは、人の成長は何によるのか、です。
最初にグーっと伸びて、そこからの成長はなだらかになる人もいれば、
しばらくは低空飛行だったのに、ある時急激に成長する人もいます。
さらに、何歳になっても、着実に日々成長を続ける人もいます。
とても不思議。
私自身、たとえ何歳になっても成長できる人でいられたらな...と思うので、
とても関心のあるテーマです。

先日も、ある人とのメールでの対話でこんな話が出ました。
その人は「『素直さ』と「『伸びたいという熱意』に加えて、
最近は『メタ認知』が重要だと思う」という意見でした。
ある意味、私も同意見です。

ですが、今日は、それとは違う切り口で、
つまり「インプットとアウトプット」というテーマで人の成長について考えます。
あまり論理的意見とは言えませんが、ただ自分の体験や部下の成長を見守る中で、
成長が進む場合の共通点はあるなー、と思ったことをまとめました。


まず、なんだかんだ言っても、アウトプットなくして、成長はありませんよね。
「え?」と思った方もいるかもしれませんが、
私は、人が自分の成長を感じる一つのパターンに、
過去のアウトプットと今のアウトプットを比較して進歩が感じられる時があると思います。


しかも、良いアウトプットは、インプットなくしてできません。
ところが、意外とそこに自覚的である人が少ない気がします。
というか、頭ではわかっていても、こんなふうに思ってしまうのかもしれません。
 インプットって面倒。時間もかかるし、なるべくなら端折りたい。
 インプットしないで、なんとか済ませたい...。
そんな悪魔の囁き、私も聞くことがあります(笑)
でも、、、そう考えてしまったら、まずもって成長機会を逃します。
成長=アウトプットのレベルを上げる=インプットのレベルを上げる、だからです。
友人を含め、成長している人を見ているとインプットを怠っていません。
インプット&共有を個人の成長の糧にも、
ビジネスの成長の糧にもしている。そんな人はみんな元気がいいです。


しかも、人は「インプットせねば」という気持ちでインプットしても、
結局は意識の中に定着しません。
だから興味を持ってインプットすることが重要ですよね。
で、興味が持てるかどうかは使命感とか、仕事の意義の理解とか、
そういうことと関係してきます。


また、本当は興味があるのに、知識欲に従って行動することをセーブしてしまう人もいます。
そんなことに時間を使っていたら、やるべきことができなくなりそうで大変だ...
そんな強迫観念があるからでしょう。
でも、「興味」というのは一種のエネルギーですから、
自分が思う以上に力が湧いて、案外なんとかなるものです。
「興味を満たしながら、やるべきこともする」は
その気になればできるものだと私は思いますが、どう思いますか?
そんなわけで、興味を持ってインプットする。
それが、自分を成長させる1つの大きなポイントだと思います。


さて、、、、
興味を持ってインプットすることが重要と分かっていても、
なかなかできない...。これ、よくあることです。
私がオススメしたいのは、アウトプットの場を先に決めてしまうことです。
プレゼンでも、twitterでもメルマガでも、何でもいいので、
発信する場を決め、やるぞと決意すること。
たとえば、私の場合、新しいセミナーを作りたい時に、
コンテンツ(スライド等)を作ってからリリースしようと思っていると、
まず進みません。
先に、日程と会場を押さえて、ここで出すと決めると、なぜか前に進みます。
必然的にインプットが必要になり、
その結果、そのインプットを得たアウトプットをすることになります。


インプットし続けて、アウトプットにつなげる。
それが、成長のキーなのかな。。。そんなことを感じる今日この頃です。
あなたは、成長にとって何が必要だと思いますか?
9月第1週です。今週も素敵な1週間をお過ごしください。

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あなたは本腰を入れてスポーツをしたこと、ありますか?
別に学生時代の部活動などに限らず、たとえばゴルフでもいいです。
うまくなるために真剣に取り組んだ体験、ありますか?


この週末に父と話していたら、
「お前さん、学生の時はどんなスポーツをやったんだっけ?」と聞かれました。
(家族を呼びかける時、なぜか父は「お前さん」です笑)
私が学生時代に「ハンドボール」をやっていたことは既に何度も話しているのですが、
もう一度、何人で行う、どんなスポーツなのか、厭わずに話したところ、
「結構、頭を使いそうなスポーツだな」と一言。
そこで、すかさず私が言い返した言葉は、


「頭を使わないスポーツなんてない」(キッパリ!)でした。


本当にそうです。
スポーツで勝つためには、頭を使わないなんてありえません。
でも、いまだに「スポーツ」=「がむしゃらに汗をかく体育会的な世界」。
そんなイメージが世の中には残っているような気がします。
実際に、いまだにそういう昔ながらの「がむしゃら型」の、
もっといえば「パワハラ型」のスポーツコミュニティが
まだまだたくさんあるのでしょうね。くわばらくわばら。。。


スポーツに本腰を入れたことのない人に知っていただきたいのは、
スポーツほど知性が問われるものはない、ということです。
私が本気でスポーツをしていたのは、もう何十年も前のことですが、
そんな昔でさえ、私の周囲には「知性」で勝つという意識が
当たり前のようにありました。
まあ、練習量の多い「がむしゃら型」には、「知性」というアプローチで
勝つしかないと考えられていたのかもしれません。


では「知性」で勝とうとするって、実際にどういうことでしょうか?
単純に「やってみる」「考える」を繰り返すということです。
何を考えるかというと、なぜうまくいかなかったか、どうすればうまくいくか。
当然話し合いも必要になります。


私が取り組んでいた「ハンドボール」はチームプレーなので、
考えるべきことは、自分のプレーとチームプレーの両方になります。
けれど、当時の自分が頭の中で考えていた内容を振り返って見ると、
その比率は自分8:チーム2だったような気がします。
それだけ、まず自分がうまくなりたいという思いが強かったのでしょうが、
もし、今、私がキャプテンであるなら、
チームと個人の両面から考えることをメンバーに促すと思います。


あら! 前置きのつもりが、とても長くなってしまいました!


今日の本題です。
そんなことから、ふと思ったこと。。。それは、新しい仕事に就いたなら、
スポーツトレーニングの感覚で、仕事をマスターしたらいいのではないか...
ということでした。


スポーツトレーニングでは、こんなPDCAが大切です。
・理想の形を描いた上で、そのために何が必要で、
・それに対し、自分が今、何ができて、何ができていないのかをはっきりさせて、
・できない原因も仮説を立てて、明らかにし、
・それを修正するための練習をする。
・練習とチェックを重ねて、少しづつ修正をかけていくわけです。


まさにPDCAです。
だから、本当はこのアプローチはあらゆる世界で人の成長を促すのに有効なはずで、
もちろん仕事でも生かせるはずですが、残念ながらそうなっていませんね。


育てる側にもいろいろ原因はあると思いますが、
どんなに育てる方法を改善したとしても、絶対にどうにもならないことがあります。
それは、選手自身の意識、つまり私たち個人個人の意識です。
自分ができないことを直視する気持ちがあるか?
(本当は、できないことというのは、伸びしろなんですけどねー)
本当に金メダルを取りたいと思っているか?
(仕事の場合、人との競争よりも、昨日の自分を超えることだと思いますが)
第三者からのフィードバックを真剣に聞く気があるか?
(聞く耳が作れていないと、フィードバックは意味をなしません)


先週、スポーツクライミングの世界選手権において日本代表を決定づけた
楢﨑智亜選手は、なにかのインタビューでこんなことを話していました。
「これまでは、日本で一番なんだから、世界で一番でなくても、
ま、いいかという気持ちがどこかにあった」


楢﨑智亜選手をメンタル面でサポートするスポーツメンタルコーチの東篤志さんは、
「やはり『〜しなきゃ』ではなく『〜したい』という状態になることが大切です。
『登らなきゃ』『勝たなきゃ』『代表権を取らなきゃ』という状態になると
メンタル的に追い込まれてしまいます。」と語ります。
https://climbing-au.jp/post000124.html)。


そんな東さんがコーチングで最初に行うのは「自分会議」という名の自分との対話。
具体的には「価値観」「感情」「潜在意識」を3つのステップで表に引き出すそうです。
東さんの言う3つのステップとは:
1)「今、何が起きている?」を俯瞰目線で感じよう
2)「本当はどうなりたい?」という理想の未来を感じよう
3)「今、どんな心で何をする?」。未来の自分から今の自分にアドバイス


この3つのステップは、多分やる気スイッチを探るプロセスなんだろうなと、
この記事を読みながら思いました。


あれ? 話が広がり過ぎてしまったかもしれません (^^;)
ここまで書きながら思うことは、
私たちの中に「仕事でもっと成長したい」という気持ちがある時、
スポーツトレーニングの発想でやってみるのは有効かもしれない、、ということ。
さらに、やる気スイッチがどこにあるのかを考えたいなら、
東さんの問いを自問してみるのもいいかもしれませんね。


さて、、、8月最後の週になってしましました。
夏を思う存分楽しんだら、2019年の総括に入る時期ですね。
焦らずに、一歩。そんな気持ちを大切にしたい季節です。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

オリンピックのチケット、あなたは申し込みましたか?
私は、当初、申し込むのを忘れていて、
最初の締め切りだった5月28日23時59分を過ぎてしまい、
締め切りが29日午前11時59分まで延長されたからこそ、
申し込みができ、なおかつ当選することができました!!


当選したのは、「女子サッカー」ばかり、なんと3日間!
・7/28 1次ラウンド
・7/31 準々決勝
・8/03 準決勝
周りからは「3つも当たったの?」と驚かれ、
妹からは「もう一生分の運を使い切っちゃったね」と言われました。


確かに当たらないだろうなと思って、開会式、パラリンピック、テニス、、、
ざと20万円分ぐらい申し込みました。
でも、同じように20万円ぐらい購入しても、全ハズレの人はいたようなので、
やっぱり「一生分の運」で当ててしまったのかもしれません。
結果としては、3種6枚のチケットで36,000円。
「女子サッカー祭り」になりました!


さて、、、
私は、当選したら誰と行くかを決めずに申し込んだわけですが、
今回のオリンピック、ダフ屋排除という目的からでしょうか、
購入手続きをする際に、行く相手の名前を入力させられます。(途中変更は可能)
ですので購入手続きで、私も誰と行くのかを検討し調整しました。


誰を誘うかを考えるにあたって、
私は「熱量の高い人」と行きたいと思い、それを基準にお誘いした感じです。
なぜかというと、熱の低い人と行くより、高い人と行く方が、
思う存分楽しめそうな気がするからです。
で、熱量の高い人を探し求めていくと、
結局は発信とリンクしているのだと感じました。
「発信=熱量」。今日はそれをお伝えしたくて書いています。


「当たったんだけど、行かない?」。
女子サッカー準決勝について、最初に誘った相手は、
当社で一緒にメルマガを書いている阿部貢己です。
彼女は、大のサッカー好き。
なので、熱量の高さから迷わずに誘いました。
しかし、もし彼女が職場でそんな個人的な話は言わない方がいい、
と思っていて、サッカーファンと表明していなければ、
誘いようがありません。
でも、自分の興味を他者に発していると、
やっぱり、その文脈での存在感は高まりますよね。


次に、お誘いしたのは、
facebookでの私の「当たった!」という書き込みを見て、
「羨ましすぎるー 私は全滅でした。」というコメントをくれた
小学校の同級生と、
「私、お供しまーす!」と書いてくれた20年来の友人。
私から見ると、それらの反応から、熱の高さを感じ取りました。
自らチケットを申し込んで、はずれて残念がっているほど行きたかった人、
ダメ元を承知で一緒に行きたいという意思表示をしてきた人、、、
二人とも普段、そんなに発信していない人です。
なのに、コメントがあっただけに、熱を感じました。


今回、チケット当選から人の「熱量」について考えさせられたのですが、
意外と熱を出さない人(出さないのか、ないのかはわかりませんが)が、
多いような気がします。
別に出したくないなら、出す必要もないのですが、、、


ですが、先日、あるセミナーでこういう話をしました。
それは社内広報を担う方たちが集まったセミナーだったのですが、
多くの人に共通する悩みが「なかなか取材を受けてもらえない」とか
「なかなか情報提供で協力してもらえない」というものでした。


そのとき私が尋ねたことは、
「もしかして、遠慮しいしい、お願いしていませんか?」でした。
お願いする際に、
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんが」とか言ってませんか、と。
というのは、協力を得られない人は、そんなアプローチをしている気がしたのです。
いえ、忙しい相手を立てること自体は正しいのですが、
「遠慮している人」というのは、相手から見ると熱量が低く見えます。
相手は、遠慮しているなと思った時点で、
あまり面白いことに巻き込まれているとは思わず、
むしろ規定演技を義務的にすることが求められていると感じます。
その時点で断りたくなる。。。相手の気持ちを想像するとわかりますよね。


でも!
仮にその話が「おもしろそうな話」に思えたとしたらどうでしょう?
あるいは、「とても有意義なこと」と思えたとしたらどうでしょう?
誇りを持って参加したくなりますよね。


頼みにくく、遠慮が働く気持ちはわかります。
でも、相手はむしろ「いかに重要なことか」を
聞かせてほしいと思っているかもしれませんよ。
だから、まずは自分がその意義を語れる熱量を持っているか、ですかね。
アツけりゃいいというわけではありませんが、
自分が持っている本当の「熱量」と依頼などの振る舞い方での「熱量」、
比較してみると客観視できるかもしれませんね。


素敵な1週間を!

なんと3ヶ月ぶりぐらいに休みらしい週末でした。
友だちが遊びにきたり、ドラマや映画を観てダラダラと家で過ごしました笑


観た映画は2018年公開の
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』です。
簡単にあらすじを紹介しますと(つまり、ネタバレ気味で書きますよ)、
ヒットラー率いるドイツがヨーロッパ各国に侵攻していた時代、
政権交代したばかりのチャーチルに刻一刻とたくさんの重い決断が迫られます。


ヒットラーとの和平交渉に臨むべきだという意見と、
取引はしない、断固戦うべきだという意見が対立する中、
チャーチルは断じてイギリスは屈してはならないと主張しますが、
意見は平行線のまま対立状況が続きます。
不利な形勢の中で戦いを続けても無駄な命が失われるだけだという主張は
一見すると理にかなっている感じがしますが、
和平交渉は事実上の屈服である、
自分たちの尊厳を守らなければならないという意見もあるわけで。


私も映画を観ながら、いや、やっぱり生きてこそなんぼでしょ、という心の声と、
やっぱり屈してはダメでしょ、という心の声が戦いながら観てしまいました。
どっちもイヤだけど、人権って大事ですからね、
血を流しあうことはイヤだけど、なにしろ相手はヒットラー。
うーん、究極の問いですなー


さて、でも1番の感想はそこではありませんでした。


歴史に名を残したチャーチル、「言葉の力で世界を救った」「言葉の魔術師」
「信念&伝える力のある人物」と表されているんですね。
言葉の会社を経営している私としては、興味を持たずにはいられません。


チャーチルは、連立内閣には反対派が大勢いるにも関わらず、
「イギリスはナチスに屈しない」という演説によって
イギリス議会、イギリス国民の気持ちを一つにします。
ヒットラーに首を垂れ、懇願する...それはありえないだろ!ということを
わかりやすく、心を動かす言葉で主張し、
結果的に他国のようにヒトラーによる侵攻されることなく、イギリスを守りました。


失われたたくさんの命もありますし、
実際にどう判断することが正しかったのかは誰にもわかりませんが、
チャーチルは今でもイギリスで歴史的な英雄であるようです。
国内での形勢が悪かったにも関わらず、言葉の力で大逆転したすごい例ですね。


私が、言葉のスゴさを痛感した日本の政治家といえば、
やっぱり小泉さんでしょうか。郵政解散演説。
あれも形勢逆転劇。スゴかったですね。


ほかにも、人心をつかんだスピーチ例って多々あります。
キング牧師、オバマ大統領、
ゴールデングローブ賞でスピーチしたオプラ・ウィンフリー、
小室淑恵さんの長時間労働をやめるためのTEDでのスピーチなどなど。
例を挙げればきりがないほど、国内外に素晴らしいスピーチがありますね。


さて、、、、
私はもちろん言葉の力を信じている人間です。


でも、、、、
「何を」発言したかも重要ではありますが、
「誰が」発言したかも重要な時代だと、とそんな気がします。
あ、いや、チャーチルがある意味では嫌われ者だったことも承知しています。
でも、人物としてはきっと何かを持っていたのでしょうね。


どんなにいいことを言っても、信頼の基盤がないと共感されませんよね。
信頼の基盤というのは、その発言者のブレない生き方だったり、
その発言者のブレたならブレたなりのそこから逃げない姿勢だったり、
チャーチルは多分逃げない人だったんではないかな。
そんなふうに思います。


そもそも自分を出さない人は、信頼したくてもできませんから。
(信頼しないわけではなくても、信頼できようがない)
だから、「会社では自分を出さない方がいい」なんて思っていると、
とんでもないしっぺ返しが返ってきたりします。
私は、自分を出すのはリスクだという考え方、違うんじゃないかなーと思います。
だって、自分を出さないと、本当のところでは信頼されませんからね。


もうすぐ桜が咲きますね!
今週も素敵な1週間を〜

190225_jaxa20190222a_01.jpg

1月21日の配信以降、久しぶりの投稿になります。
目下、採用活動などがあり、私自身が多忙を極めていて。。。。←言い訳ですね〜
もし、当社にご興味のありそうな方がいたら、情報を拡散してくださいね!


さて、はやぶさ2、やってくれましたね!
私は、この手のニュースは大好きで、ニュースを見ながら、泣いちゃったり。
特にJAXAメンバーの喜びの姿を見ると、、、感情移入してしまいます。
画像:http://www.jaxa.jp


JAXAのコメントの中で、私が印象深かったのは「チームワーク」という言葉です。
津田雄一プロジェクトマネージャは
「『はやぶさ2』のチーム力を強調したい。
我々は仲良しというより、お互いに磨きあったり、
たたき合ったりして成長していくという形を取ってきた。
だからこそ、今回の着陸を実現できたと思っている」と話しました。
(NHK NEWS WEB 2/22)


お、これは学習する組織を言っている。私はそう感じました。
仲良しチームでは一流のチームにはなれないですからね。

さて、仕事柄か、チームワークとは何だろうと考えてみました。
一般的には、チームとグループの違いというような観点から
チームを定義しグループと区別しますが、でも、名刺交換すると
「〜グループ」「〜グループリーダー」という立場にある方も多いので、
チームとグループという名称によって
大きく意味が変わるわけではないというように私は眺めています。


ある時、ある企業の幹部会議でファシリテーションをしたことがあります。
その時にメンバーの多くから出たのが「当社の強みはチームワークである」でした。
ところが「チームワーク」の定義を確認し合ったら、各自各様でした。
協調、結束、方向感の一致、各自が責任を果たすこと、etc...


一般にはどう受け止められているのかと思って、
ネットで調べてみたところ、まず概ね共通する定義は、
------------------------------
集団に属するメンバーが、お互いの弱点を補完して、強みを高め合うことで
組織としてのパワーを生み出し、組織の目標を達成すること...というもの。
------------------------------


ふむふむ。。。。でも、まだわかったような、わからないような感じ。
そこで、今度は私なりに考えてみました。
私が考えたポイントは、
チーム力というのは構成員の個々の力と
構成員の間に築かれる力から成っている、という点です。
両方を高めないとチーム力は高まりません。


まずは、私が考えたチームワークとは、
------------------------------
各自が100%の力を発揮し、チームとして個人の総和以上の力を発揮するために、
組織としての学習をシステマティックに行うこと
------------------------------
...としてみました。敢えて手段として考えてみたのです。
なぜなら、個人も組織も学習が大事だからです!


で、まず力のイメージ。最初に構成員の力と組織の力を分けてイメージすると...
たとえば、構成員の力だけで考えると、一人が20の力を持っていて、
5人構成員がいたとします。
構成員の力の総和は、20×5=100です。
関係の力(チームの力)はどうなるかというと、
チーム力が高い場合、構成員の20の力をベースに、
メンバー同士の間で関係を築き、
20の力のAさんと20の力のBさんの間で30の力が出るとします。
そうすると、関係の数は5×4÷2=10通り。
それぞれの関係で30の力が出るとなると、30×10=300になります。

190225_team.png

これは、構成員の間に築かれる関係の力を30とした場合の例ですが、
各人が20の力を出していることがその前提になります。
私が上の定義で、「各自が100%の力を発揮し、」としたのは、
お互いが自分の力の100%出し切っているからこそ、
信頼関係が生まれると思うからです。
仮に、あなたはもっとできるのに100%力を出していない...
と思う関係であったらどうなるでしょうか?
本来20出せる個人の力が15だったら?
メンバー間の信頼が損なわれ、関係の力は10になってしまうでしょう。
構成員の力の総和で   15×5=75
メンバー間の力の総和で 10×10=100
ちょっと乱暴なたとえかもしれませんが、そんなカラクリではないかと思います。


だから、チームワークを発揮するには、
まず各自が100%の力を出そうとすることが絶対条件ですね。

そのうえで、学習するための組織の理想はこんな感じです。
各自が
・自分を成長させたいという強い意志を持ち、
・ボス?(育成役)と成長課題を共有し、
・課題から逃げずに立ち向かえたなら100%自分を出し切ったとし、
・自分でPDCAを回しながら、
・フィードバックを受けて、さらに次の課題に向かっていく
組織として
・誰もがヘルプが必要な時にそれを言える組織であり、
・チームとして問題を直視し、課題化し、実行時の弊害をクリアすることを目指し、
・組織でPDCAを回し、オープンな対話を通じて、組織として学習する

難易度高いな。ウチもまだまだやな。。。でも理想、大事ですね!

今週も素敵な1週間をお過ごしください!

あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

先日、ある会社の方とフィードバックを切り口に部下指導が話題になりました。
その方曰く、「フィードバックしやすい人と、しにくい人がいる。
しにくい人というのは、最初からバリヤーを張っていて、
フィードバックを歓迎していないことがすぐにわかる。
でも、本人はそういうオーラを自分が出していることに気づいていない」
そんな話でした。
要するに、プライドが高い人へのフィードバックは難しい、という話です。

私も、過去30年以上、部下を見ていて、
フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いるので
(というか、多くの人はフィードバックに困惑気味...と思っているので)、
この話を聞いて、そうだろうなと思いました。

で、フィードバックの種類にもいろいろありますよね。
長期的な課題を伝えることもフィードバックですし、
今提出されたドキュメントに対しコメントすることもフィードバックです。
イメージをクリアにして話したいので、
ここでは提出されたドキュメントへのフィードバックを前提に書くことにします。

提出されたドキュメントへのフィードバックが歓迎されない場合、
相手の心の中でこんな反応が起きているような気がします。

「なんでこれでダメなの?」OK水準がわかっていないからくる反発
「それは小野さんの意見ですよね?」上司と違う意見は否定されるという思いからの反発
「そんなに出来が悪いでしょうか...?」自分の力量が否定されて不快
「え、もう時間がないんですけど...」時間が取られ、工程が乱されて不快


こうしたことが起きるのは、
多分、フィードバックは自分のためにあると思えていない上に、
自分一人では気づけないことがあると思えていないからです。
さらに、品質についても、自分ひとりのアウトプットに対して、
上の上のそのまた上があると思えていないからです。

だから、まず「小野さんは自分の成長のために言ってくれている」
思ってもらえる信頼関係を作ることが最初の仕事かもしれません。
そうしないと、フィードバックはまず機能しませんね。
それと高いレベルのアウトプットを要求するなら、
そういう合意を先に作る方が大切で、
私たちは三流ではなく、一流を目指すと合意できていれば、
「なんでこれでダメなの?」という疑問も消えていくような気がします。

そんな合意があってもなお、人は誰でもフィードバックされること、
否定されることがイヤなのだと思います。


で、ここで新たな問いが生まれてきました。
人は、どうしてフィードバックを否定と捉えてしまうのでしょうか?
そもそも、そこに問題があります。

というのは、先に「フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いる」と
書きましたが、実はフィードバックを喜ぶ社員も一定割合います。
彼らに確認したわけではありませんが、
おそらくフィードバックを「否定」とは捉えていません。
あくまで「材料」と捉えています。
「否定」と捉える人は、フィードバックについて
「否」を「是」に変えるための「指摘」と捉えています。
でも、「材料」と捉えている人はそうは捉えず、
もっとより良いアウトプットをするための材料、
もっとより良い考え方を身につけるための材料、
もっと自分が成長するための材料、と捉えています。
そこから自分がどう咀嚼するかは自分次第と受け止めているように思います。


さて、かくいう私がフィードバックとどう付き合っているかというと、
私は社長なので、放っておくと、フィードバックされない運命にあります(笑
フィードバックされない社長がどうなるかというと、
みんなが知っているアンデルセンの童話「裸の王様」のようになります。
なので、私はそうならないために、
フィードバックを得られるように努めてきたと思います。
それでもきっと100のうち50ぐらいしか得られていないんだろうな~
そうやって得た貴重なフィードバックからまた思考を深め、行動して、、、と
そんなことをやってきたような気がします。
で、ここで気づいたのですが、裸の王様になる懸念、
社長でなくても誰しもありますね。


最後に、最初の質問と同じ質問です。
あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

私は先週風邪で3日間お休みしました。
今週は元気に過ごしたいものです。
風邪、流行っているようなのでお気をつけください。
どうぞ素敵な1週間でありますように!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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