ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーです

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ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーアベログ

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ドカンこと宮藤官九郎氏が脚本を担当しているドラマ『不適切にもほどがある!』を楽しんで視聴しています。


昭和の中学の体育教師がふとしたことで令和時代にタイムスリップしてしまったら価値観がまったく違って・・・というような話ですが、
社会課題をおもしろおかしく、クドカンならではのトーンで風刺していて、笑いながらも、いろいろと考えてしまう内容です。

我が家の次男が何かと「これだから昭和は」と言ってくることは、このメルマガでも何度か書いているのですが、彼らにとって昭和はどうやらかなり大昔の印象らしいのです。
家の電話しかない、パソコンがない、もちろんインターネットもない。どうやって暮らしていたの?と。

そんな感覚なので、トトロに出てくるようなハンドルをぐるぐる回して通話する電話を私が子ども時代に使っていたと思っていて、 あれはどうやって話すの?と聞いてきたので、さすがにあれほど昔じゃないから使ったことがないと伝えても、ピンときていない。

彼らにとって昭和は昭和。昭和は大昔。まったく違う世界。そこで生きてきた人たちは考え方が全然違う。わからん。大袈裟に言うと、そういう感覚なのかもしれません。

冒頭でふれたクドカンのドラマにこんなシーンがありました。

令和時代にタイムスリップした体育教師が居酒屋に入り、デジタル注文にてこずって炙りシメサバを大量注文。ロボットによって続々とテーブルに届けられ、途方に暮れる彼の横で、真剣な表情でハラスメントの話をしているビジネスマンたち。後輩にハラスメントを訴えられたという男性が、上司たちに何があったのか、何を言ったのかをヒアリングされています。

男性「頑張れと言いました」
上司「それがハラスメントなんです」
男性「頑張れ、も言っちゃいけないんですか?」
話に加わってきた体育教師「じゃ、なんて言えばいいの?」
上司「何も言わない。見守るんです」

正確なセリフではありませんが、そんな展開。
その後、それはおかしいだろうと会話が続くわけですが、私が確かにそうだなあと納得したのは、

「話し合いをしよう。たとえわかり合えなくても、話し合いをしたという履歴は残る」というセリフでした。

昭和と令和の価値観が違い過ぎる。昭和から見ると令和は「うそでしょ?」だし、令和から見ると昭和は「冗談でしょ?漫画?」くらい違う。

そんなに違うんだから、わかり合えるはずがないと思っていたら、お互いがどう感じているか、いつまでたってもまったくわからないということになります。わかり合うというところまで到達しなくても、お互いが自分の考えを言うのはやはり大事だなと思いました。

そんなふうに思って世の中を見渡すと、昭和と令和という構図に限らず、「どうせ、わからんでしょ」と放置していることはたくさんあるのかもしれません。一方的に思い込んでいることがないか、あらためて考えてみようと思いました。

2月もどんどん過ぎていきます。花粉の季節・・・。体調に気をつけてまいりましょう。

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少し前のことですが、
新潟のある公立小学校の全校集会で、
校長がその場でChatGPTに質問し、その回答を
スクリーン上の自身のアバターに読み上げさせる
という演出をした、
という記事を読みました。

校長がChatGPTにした質問は
「AIが活躍していく世の中で、人間は何をすればいいでしょうか」
ChatGPTが出した答えは
「人間は人と協働していくことが大切です」
でした。

この斬新な演出、スクリーンを見ていた生徒からは
「すごい!」「気持ち悪い」など、
さまざまな声が出たようですが、

こんなことができる世の中で君たちは生きていきます、
そのために大切なことは何かをちゃんと考えましょう

と伝えることが校長の意図だったと想像するので、
生徒が驚くくらいの演出が
ちょうどよかったと思いますし、
私は、うちの子どもたちが
もう一度小学生になるなら(笑)、
こんな校長の学校に通わせたいと羨ましく思いました。

さて、この校長は、
ChatGPTを教育に積極的に取り入れていきたいと
考えているようですが、
教育現場でのChatGPT利用には
否定的な意見が多いようです。

とくに保護者からは不安視する声が大きく、
小学校3年生から高3までの子どもを持つ
保護者を対象にしたある調査では、
約6割が「子どものChatGPTの利用に不安がある」 と回答。 特に
「思考力の低下」や「誤った情報を信じてしまうこと」 を懸念する声が大きいようです。

我が家の子どもたちはデジタルネイティブと言われる世代。 ネットとともに生きてきました。
何でもググり、ずっとYouTubeをみています
(同じ世代だからといって、世の中の子がそんな子ばかりではありませんが)。

「思考力の低下」や「誤った情報を信じてしまうこと」は 確かに保護者として心配なことですが、

私的には、もうとっくにそうなってるのでは という感覚。

真実もそうでないことも
おもしろいこともそうでないことも
雑多な情報が流れているネットと
ともに生きているということは、 それに対して何もしなければ、思考力が低下し、 誤った情報を信じてしまうということ。

今後も、どんどん便利なツールが出てくることを考えると、 これはもう、ツールを制限するという対処ではなくて、
人の思考力をがっつり鍛えていくしかないのではないかと思います

何度かメルマガでも書いているのですが、
私は「自分ツッコミ」が必要だと思っています。

自分で、ある情報や考えに行き着いたとして、
「はい、オッケー」ではなく、
「いやいや、そんなわけないでしょ!」
「いいんですか?それで?」
とツッコミを入れる。
一度疑問視するということです。
すると、「あ、そんなわけないか・・」と気づき、
また調べたり、考えたりすることにつながります。

ツッコミ担当の人がそばにいればいいですが、
今の時代、周囲の人はいろいろ言ってくれません。
だから自分で自分を疑う力をつけていくしかない。

先日、これはいわゆるクリティカル・シンキング
というやつだと気づきました。

クリティカル・シンキングの和訳は
「批判的思考」
どうやら、この和訳が、
なかなかクリティカル・シンキングが
浸透しない原因なのではと言われているようです。

その理由は、日本人にとって
「批判」や「否定」はネガティブなことだから。
相手を攻撃するようなニュアンスが
前面に出ているので、
積極的に取り入れる動きにならない。

『世界のエリートが学んできた 「自分で考える力」の授業』
の著者、狩野みきさんによると、
「critical」という原語には、
「事の是非を判断するために、注意深く考え、分析する」
という意味があるそう。
なので、批判的という和訳では、
その部分が十分に伝わりづらいと指摘しています。

スマートニュース メディア研究所長の山脇岳志さんは、
編者として携わった書籍で
クリティカル・シンキングを
「吟味思考」と訳していたりします。

言葉による影響は大きいですね。
その言葉に出会ったときも、本当は、
「いや、批判的思考ってなんやねん!」
くらいで受け取れれば、
もう少し意味を考えたりすることにつなげられるのか・・・

そんなことをつらつら考えると、
やっぱり、時間的・精神的な余裕が必要なのかなあ、
と思えてきます。
たまに一歩下がって、ひいて見ること、
目の前のことでいっぱいいっぱいにならないことが
大切なのかもしれません。

1月ももう半ば。
体調に気をつけてまいりましょう。

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メルマガを書いていることもあり、
日常的に情報を拾いにいく習慣があります。

先日、あるWebメディアの記事を読んでいたら、
お笑い芸人の千原ジュニア氏が、
「ブレイクする人の特徴」について、
「実ってもいないのに頭を垂れないやつ」
とコメントしていました。

今の若いお笑い芸人たちは、優秀だし、礼儀正しい。
そしてみんな仲がいい。
でも、自分は「実ってもないのに頭(こうべ)垂れるな」
とどこかで思ってしまう、と。
あの「実るほど~」の言葉には、
「頭垂れるなんて後でなんぼでもできるから、
実るまでは何を言われようがムチャクチャやったれ」
という教えがあるのではないか。
実る前から頭を垂れていたら、伸びるものも伸びない、と。

これは私も感じます。破茶滅茶な人が少ない。
いるところにはいると思いますが、日常生活の中にいない。
でも、そういう人が生まれにくい時代だというのもわかります。
飛び出ることが難しい。
飛び出るとすぐにSNSなどで非難される。
悪目立ちしたくない、そう思ってしまうのも無理はない。

私が新卒で入った会社は、時代もあって、
破茶滅茶な人がたくさんいました。
単にみんな破茶滅茶なのではなく、
一生懸命、楽しんで仕事をしていました。
毎日いろいろな事件が起こりましたが、
まったくストレスにはならず、むしろ、おもしろかった。

私も20代の頃は、全然社会がわかっていなかったので、
わりと破茶滅茶でした。

意見はストレートに直球で言う。オブラートには包まない。
ザッツマイウェイのような、若気の至り満載な思想があり、
ハンドルを切らず、ブレーキ踏まず、
時速70キロくらいで相手めがけて突っ込んでいくこと度々。
周囲にそういう感じの人が少なくなかったので、
クールウェイだと思ってたんですねえ。

そんな時、
「おいブレーキを踏め」と言ってくれたり、
「そのまま来るな、包め」などと
ユーモラスに注意してくれる人もいましたが、
真面目に怒る人もいました(笑)。そりゃそうだ。
「何様なんじゃ!」と、あの頃の私に
大声で突っ込みたいところです。

自分がそうだったからということでもないのですが、
私も、やはり、若いときは破茶滅茶な時期があるほうが
いいと思うんですよね、少しは。
なぜなら、そうすることで気づきがたくさんあるし、
時には盛大に怒られたりして、学びがあるからです。キリリ。

と書いておいて、ここで思い出したのが、イチロー氏の言葉。
ある野球チームに指導に行ったイチロー氏が、
君たちは大変だ。怒ってくれる人が周囲にいない時代だ。
周囲に言われないということは、
自分で気づいていかなくちゃいけない。
自分で気づいて、成長していかなくちゃいけない
大変な時代に生きている。
というようなことを言っているのをどこかで読みました。

確かに。大人は大人で大変。教育の考え方が変わっているし、
さまざまなハラスメントも存在し、
注意したくても、なんとなく口をつぐんでしまう
ということも多いでしょう。
ということは、70キロでぶつかっていっても、
相手は困った笑みを浮かべて黙るか、無視するか。
または、その人ではない上司から
後日柔らかく注意されるかもしれません。
注意されるならまだいいですが、
何も反応がないとこちらの学びになりませんね。

なのでこれからの時代は、盛大な自分ツッコミが必要。
自分で「そんなわけないだろ!」って
突っ込まなくちゃいけません。
イチロー氏の言う通り、大変な時代ですが、
だからと言って、周囲の反応を伺って
20代を過ごすのはもったいない。
70キロとは言わず、50キロくらいで、
ちょっとだけブレーキ踏んで突っ込んで、
「ちゃんとブレーキ踏めよ、ですよね?」
と相手に言うくらいでちょうどいいかもしれません。

今年も終わりますね。
風邪が流行っていますので、体調に気をつけて
どうぞ良いお年をお迎えください。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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しつこい人。

どういう人でしょうか。

ネットでは、しつこい人の行動として、
こんなものが出てきます。

何度も同じことを聞いてくる。
こちらの温度感を考えない頻度で連絡してくる。
LINEの文章が長い。
とにかく細かい。
おせっかい。
心配性。
自分勝手。
思い込みが強い。

うーん、通常、嫌われてしまう行動ですよね。
エスカレートしてしまうこともありますし。
心理カウンセラーによる
しつこい人の対処法、なんかもあったりして、
しつこくされる人、困っている人が少なくないんだな
と思います。

では、しつこい人はなぜしつこくしちゃうのかを考えてみました。
心配性で気になると確認せずにいられない、とか、
私がやってあげなければという思い込み、なんかもあるでしょうが、
熱量が大きい、ということもありますね。おそらく。
がっと熱が入って、集中してしまう。
で、その熱をわりとずっと保って行動できる、
という人たちなのかと想像します。

しつこいと嫌われるけど、そんなしつこさを
持っていないといけない人たちもいますね。
それが、新しいものをつくりだす人、
大きな物を動かす人、推進していく人たち。

こういう人たちはあっさりするわけにはいきません。
たとえば、イーロン・マスク。
周囲がひいてしまうほどのしつこさでしょうね。
スティーブ・ジョブズもそうだったのではと思います。

『結局、「しつこい人」がすべてを手に入れる』
の著者、伊庭正康氏は、
「しつこさ」はスキルの一つだ、と言っています。

「しつこさというと、具体的な方法論が見えづらく、
根性だの気合いだのといった話になりがちですが、
そうではなくて、しつこさに必要なのは、
ちょっとしたコツを加えること、
いろいろと妄想を膨らませることです。

そして、いいしつこさを発揮するには、
最上位の目標を考えること。
ゴールをぶらさず、いろいろ試してみること。
一つ失敗して終わりではなく、新しいやり方を試して、
諦めずに最上位の目標に向かうこと」

TKKの法則。
これ、伊庭氏による、しつこさを身につける法則です。

T たのしくする
K かんたんにする
K こうかを確認する

確かに。何かを動かしていく人たちの共通点は
簡単に諦めないこと。楽しんで、楽に、
そして、とにかくやり続けることかもしれません。

ビジネスに限らず、ダイエットでも何でも
何かに取り掛かってうまくいかないとき、
足りていないのは「しつこさ」だなあと思いますね。
しつこさにはエネルギーが必要なので、そのエネルギーは
楽しくないと生まれないってことか、と納得しました。

最後に、
しつこい人が、しつこく思われないために、
伊庭氏は「自分軸で勢いよく話す前に、相手の話を聞くこと」
と言っています(笑)。
当たり前ですが、熱が高いと忘れがちなのかもしれませんね。

さあ、12月。今年も残り少ないです。
しつこさをうまくコントロールして行きましょう!



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急に寒くなってきましたね。

寒くなると増すのが食欲。
秋は何もかもおいしい。
あれもこれも食べたい。
好きなだけ食べても太らなかった
あの頃に戻りたい。
そう願っても戻れるわけはないので、
あれこれ食べたいなら、その分、
運動するしかありません。

そんなわけで、自宅でも無理なく続けられそうな
筋トレメニューをネットで眺めていたのですが、
そうこうしているうちに、気づきました。

この「無理なく」というのが、いかんのだと。

無理のない、ちっともつらくないエクササイズを
無理のない回数こなしたところで、
筋トレにはならないと知ったのです。

フィジカルトレーナーの
中野ジェームズ修一氏はこう言っています。

「筋肉は、同じ負荷を与え続けると
そのレベルに慣れてしまい、
それ以上成長しなくなるという特性があります。
常に、ややきついと感じる運動レベルが
筋力アップにつながるのです」

極端に言うと、楽ちんエクササイズを
100回やるよりも、きついと感じるメニューを
10回やるほうが筋トレにつながる。
つまり、負荷が必要だということです。

負荷・・・。
ですよね。そりゃ、そうだ。
きつさなくして成長なし。
これは筋トレに限った話じゃないですね。

ゲームでも、仕事でも、何でもそうですが、
最初は難しい、つらいと感じるレベルに
挑戦しているうちに、スキルが上がって、
クリアできるようになる。
自分にとって無理のない、
楽ちんと感じることを長く続けても、
成長にはつながらないんですよね・・・。
No pain, no gainってよく言いますしね。

と、こういうことを言うと、
「昭和の教育か!」
というツッコミをうちの次男なんかはしてきます。
苦労っぽいニュアンスが出てくると、
とたんに「はいはい、昭和」で片付けたがる。
まあ、おそらく、成長に負荷が必要なことは
本人もわかっているのだと思いますが、
直視したくないので、そういうリアクションに
なっているのだろうと思って、見ています(笑)。

さて、日本能率協会マネジメントセンターが行った
「イマドキ若手社員の仕事に対する意識調査2020」
(2019~2020年の新入社員、
その育成にかかわった上司、計1502人が対象)
を見ると、
若手社員の特徴は以下のようにまとめられています。

「自分のことを認めてくれる環境で、
無理なく、無駄なく成長したい」

なるほど。成長意欲はあるし、認められたい。
しかし無理や無駄はNGなんですね。

無理を避けるのは、慣れないことをして
失敗したくないからですよね。
無駄も、一見、失敗と関係ないようですが、
効率的にやりたいというのは
正解とわかっていることをやりたいということで、
やはり失敗するのがいやなのかなと思います。

失敗を避けるのは、他人からの評価が
気になるからでしょうか。
同調査では「他人からの評価が気になる」人が
8割に達しています。
ここが高いのは、彼らがSNS世代だからですね、
おそらく。
「いいね」がつくか、つかないか。
無意識かもしれませんが、
どこかでそんなことを気にするのかもしれません。

でも、やはり、誰からも何にも言われない、なんて
非現実的。
みんながみんないいことしか言わないのは
むしろ嘘っぽいですね。

漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、
荒木飛呂彦氏は、著書『荒木飛呂彦の漫画術』で
こんなことを言っています。

ぼくがデビューした頃は厳しい編集者が大勢いて、
彼らは、漫画を持ち込む新人に対して
「プライドを傷つけないようにしよう」とか
「気持ちを思いやる」なんてことは全く考えず、
プロに徹する仕事人として、厳しいことを
ズケズケ言ってきました。でも、好きというだけで
漫画を描いていたぼくが王道に目覚めたのは
彼らのおかげです。

編集者の厳しいフィードバックがあるから、
クリアしようと挑戦して、レベルアップする。
あのジョジョだって
そうして生まれてきているんですね。

そういえば、漫画の話ばかりで恐縮ですが、
『進撃の巨人』の作者、諫山創氏も、
最初は編集者から「線が汚い」と言われ、
デビューが決まってからも練習し続けた
という記事を読みました。
諫山氏は、売れっ子になってからも、
ポジティブなコメントはうれしいが、
参考にならないと言って、
自ら進んで否定的なコメントを
探しにいっているとか。ストイックですね・・・。

いずれにしても、負荷がかかり、
乗り越えるというプロセスがないと、
こうした大作は生まれないのだなということを
改めて感じますよね。

成長には負荷が必要。
筋肉の成長にも負荷が必要。

最近はエスカレーターではなく階段を使っていますよ!
(小さな負荷から始めております)

11月もあっという間に過ぎていきます。
健康に気をつけてまいりましょう。

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言葉で確認し合っていたのに、
お互いが思い描いていることが違った
という経験はないでしょうか。
実は、制作の世界ではよく起こることです。

「クールなイメージにしたい」
というリクエストがあったとします。
でも、この「クール」、
人によって捉え方が違います。

ごちゃごちゃしていない、すっきりした
デザインを指している人もいれば、
寒色系のカラーリングのことだけを
指している人もいる。

同じものを見ても、
「それは私の中ではクールではなく
洗練されているというワードが近い」とか、
「クールというより、
すっきりしたという表現のほうが
合ってますよね」とか。

もっと怪しいのは「かわいい」。
さまざまなシーンで「かわいい」を使う日本人。
「かわいいデザイン」で思い浮かぶイメージは、
「クール」よりも一致していないのではないでしょうか。
ピンクや薄いブルーなどの
パステルカラーを思い浮かべる人もいれば、
かわいいキャラクターを想像する人もいる。
人によっては「え? それ、かわいい?」
というものを想像する人も。

それくらい、言葉からイメージするものは
案外異なっています。
なので、「かわいい」なら
何的なかわいいなのか、言葉を補いつつ、
イメージを細分化していくことが必要。
「たとえば、こういうこと」と
お互いのイメージを一致させておかないと、
「求めていたのはそれじゃない」
ということが起こってしまいます。

そしてこれは、制作現場に限らず、
さまざまなシーンで起こること。
採用活動などでもありがちですね。

先日、ある人事系のサイトで、
人材コンサルタントの曽和利光氏が
「コミュニケーション能力」
について解説している記事を目にしました。

採用の場でよく耳にする
「コミュニケーション能力」。
昨年、帝国データバンクが行った
「企業が求める人材像アンケート」でも
1位でした。
しかし、この「コミュニケーション能力」
というワードもまた、捉え方がいろいろ。
さまざまな立場の人と会話する力?
相手の気持ちを察する力?
傾聴力? 説明力?など、
いろいろ思い浮かびますよね。

記事中で、曽和氏は
企業の人事部や経営者が求める
「コミュニケーション能力」とは、
次の4つを指すことが多いと言っています。

一つは「読み取り力」。
曖昧な情報を受け取った際に、
それを概念化できる力。

二つ目は「表現力」。
ある概念を具体的に表現して
相手にイメージさせる力。
たとえば比喩などを交えて、
わかりやすく説明できる力など。

三つ目が「論理的思考力」。
自分が思っていることをわかりやすく、
筋道を立てて話せる力。また、
人の話を筋道立てて聞き、理解する力。

最後が「発想力」。
一見すると違うもの同士に共通点を見つけたり、
AとBを組み合わせればCが生み出せる
ことに気づく力。

どうでしょう。
思っていた中身と違う・・・となりませんか?
コミュニケーション能力とは
「コミュニケーション」というワードから、
さまざまな立場の人と会話することができ、
意思疎通できる能力
さらに言うと、そうすることで
物事を前に進められるようにする能力
とざっくり捉えがちですが、
それをするために必要なことは何かを考えると、
結局、上記の4つになるということが多い
ということなんだろうなと思いました。

コミュニケーション能力がある人を採用したい
などと言って、解釈がふわっとしたままだと、
明るく、活発で、スムーズに受け答えする人、
みたいな人を採用しそうですよね・・・。
それでいい場合ももちろんあるでしょうが、
よく話し合ってみたら、そうじゃなかった
ということも起こりそうです。
コミュニケーション能力に限らず、
そのワードが具体的に何を指すのか、
細分化して把握することが必要だなと
改めて思いました。

さあ、11月です。
今年もあと2カ月(えーっ!!!)。
いきなり寒くなりましたが、
体調に気をつけてまいりましょう。

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先週末、近所の高校の文化祭に行ってきました。

軽音部に所属する次男の演奏を
こっそり聴くため
(来なくていいと言われましたが)、
そして、近所の子どもたちの
成長ぶりを見るためです(親戚目線)。

さて、文化祭で半日くらい過ごして、
改めて気づいたことがあります。
それは、「魅せるって簡単にできることじゃない」
ということです。

たとえば、軽音部のライブ。

次男のバンドもそうでしたが、1年生のライブは、
とりあえず一生懸命やってみます、という感じ。
一人ひとりは頑張って演奏しているのですが、
バンドとしてはイマイチまとまっていない印象。
観客が入れ替わっていないのに、
突然演奏を始めてみたり、
変なタイミングで突然曲名を叫んでしまい、
観客が「あ・・イ、イエーイ」となったり。
とにかく自分の演奏のことで頭がいっぱいの様子で、
それが何とも微笑ましく、見守っていました。

ところが、これが2、3年生になると、
出てくるんですねえ、魅せるボーカルがいる、
カリスマバンドが。

ライブのとりを務めていたので、
3年生の、それも一番うまいバンドなんでしょう。

そのバンドの演奏を聴くために
教室に集まったのはほぼ男子生徒。

ボーカルの男子がマイクの前に立ち、
「こんにちは。きょうは・・・曲、変更します」

ザワザワ。

「リクエスト多かった・・・あれ、やります」

おおおー(ザワザワがエスカレート)。

「○○○○(曲名)!」

ヴォォォォォォォォォーー!
(会場熱狂。とともに演奏始まる)

パンク調の曲だったので、
観客の男子生徒、総ジャンプ。
カリスマ発見!と思いました。

後から振り返ってみると、
もちろんボーカルの声も良かったし、
バンドもうまかったのですが、何より、
彼は魅せ方を知っていたなあと思いました。
立ち方、歌い方、そして絶妙にタメをつくるMC。
あれは、自分視点だけではなく、観客視点が
ないとできないことだと気づきました。
どう見せると、観客が盛り上がるか、
観客目線で自分を見ることができている。

私たちは、普段の仕事の中で、
お客様、エンドユーザー、社内のメンバー、
協力会社など、さまざまな他者の視点に
立つ必要があります。
相手によって求めていることが異なりますから、
相手視点に立って、どうすれば伝わるか、
コミュニケーションの方法を
変えていかなくてはなりません。
そうした他者を意識する土台みたいなものが、
高校生の終わりくらいから
築かれていくのかもしれないと思いました。

エリクソンという心理学者が提唱した
「ライフサイクル論」という理論があります。
発達段階を8つに分け、それぞれの段階での
発達課題とそれに相対する葛藤「心理社会的危機」を示したものです。
(参照:https://39mag.benesse.ne.jp/kosodate/learning/content/?id=113347

これによると、13~22歳頃は青年期にあたり、
発達課題は「アイデンティティの確立」、
心理社会的危機は「役割の混乱」です。

「自分は何者?」「存在意義は?」
といった疑問を持ち、さまざまな体験から
「これが私なんだ」というアイデンティティを
確立する時期。これがうまくいかないと、
「自分の役割」がわからなくなり、
混乱してしまうのだそうです。

ちなみに、同理論によると、青年期の次は
22~40歳頃の成人期。
ここでの課題は「親密性」、危機は「孤独」。
友だちや同僚、人生のパートナーなど、
他者と関係を構築するステージです。

つまり、他者を意識して関係を構築するのは、
発達理論的には成人期に入ってから。
高校生が自分視点でいっぱいなのは
考えてみれば当然か。
むしろ、あのカリスマボーカルは高3にしては
珍しいのだなあ(ますますカリスマだ)と
改めて感じました。

と同時に、こんなことも思いました。
アイデンティティの確立ができていないと、
他者視点を得ることも、他者との関係構築も
難しいのだ、と。

アイデンティティの確立ってどういう状態?
と思いますが、「自分はこういう人。これでいい」
と思えることというのが私の解釈。
自分で自分を認めるということでしょうか。

そのためには、これまた個人的解釈ですが、
とにかくやりたいと思ったことをどんどん
やってみることが必要なのではないでしょうか。
ベクトルを100%自分に向ける時期を過ごす。
どっぷり浸かることが重要だと感じます。
自分のことがわからないまま、
他者の視点に立ったり、関係を構築するのは、
かなり難しいことですから。

朝晩、少し涼しくなりましたね。
今週も残り、体調に気をつけてまいりましょう。

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先週末、地域の夏祭りの手伝いをしました。

自治会のイベント担当が力を合わせ、
生ビールと焼きそばを提供した2日間。
私は、ひたすら焼きそばをパック詰めしました。
だんだんとリズム良く、うまく詰められるように
なるのが楽しくて、一緒にパック詰めしていた
同じマンションの人たちと掛け声をかけながら、
暑い中でもノリノリで作業できました。

地域の行事に参加する一番の楽しみは、
やはり住人との雑談です。

私が住むマンションは、周囲に自然が多いこと、
小中学校が近いことから子育て世代が多く、
我が家の子どもたちが小学生だった頃は、
マンション中、子どもだらけと言っていいほどでした。
今は子どもが独立した世帯が多くなりましたが、
それでも新たに入居してきた子育て世代もいて、
学校の登下校時には子どもたちの
元気な声が響いています。
なので、自治会の行事に参加すると、
20代と思われる人から70代、80代くらいまで、
全世代が集合します。

お祭りの準備をしながら雑談をすると、
いろいろな情報が飛び交います。

このあたりで初夏にカブトムシが見つけられる場所、
学校のPTA事情、街の拓ストーリー、
迷い猫情報、タヌキ出現情報、さらに、
働く人たちのリモートワーク事情など。

保護者としては、子育てや学校の情報を入手する
チャンスですし、働く立場で考えると、
ある意味、異業種交流会のような場でもありますから、
役立つ情報が入手できます。

Shirabeeが2020年に、
全国の10代から60代の男女1789人に行った
インターネット調査によると、
「雑談が苦手」とした人は44.4%でした。

年代別にみると、苦手度が一番高かったのは、
20代男性。「友だちとはいくらでも雑談できるが、
初対面や目上の人には何を話していいか
わからない」という声が紹介されていました。

友だちと延々と話せるのは、
話題に共通項があることと、
すでにノリが共有できているからだと思うのですが、
雑談のパターンがその一つだけだから
困るのでしょうね、おそらく。
共通項がない場合の雑談の機会が
単純に少ないのかなと想像します。

その点、地域行事へ参加すると
世代をこえて会話ができますし、なんといっても、
独特なジョークも含めた、いろいろなパターンの
会話にふれることができます。

昔は、お正月に親戚が大勢集まる場所に行って、
酔っ払ったおじさんのあまりおもしろくない(笑)
ジョークを聞いたり、おばさんたちのおしゃべり
を聞いたりする機会があったので、
自然と、いろいろな人との会話のパターンが
身についたのだと思うのですが、
今はそんなチャンス、滅多にありません。

地域行事、とくに夏祭りのような行事は
オープンな雰囲気の中、
明るく、適度に酔った人たちと会話できる場。
ああ、こうやって話しかけるんだなとか、
こんな冗談が飛び交うんだな、
ということを知ったり、
その冗談を他の人がどうあしらうのかを
見たりできる大変いい機会です。

そういえば、我が地域の夏祭りは
現金ではなく金券での販売だったのですが、
焼きそばの販売を手伝っていた
20代と思われる住人女性が、
買いに来たおそらく70代の男性の
「金券はないかもしれないけど、
銀券は持っているかもなあ」のジョークに対応できず、
「銀券ですか・・・。あの・・・金券を
買ってきていただけますか?」と言い、
「金券が金色だともっとわかりやすいけどねえ」
にさらに混乱し、
とうとう男性が「ぼく、冗談を言っています」と
打ち明けるシーンを目撃しました。

その後、「冗談だったんですね」と笑い合って
ハッピーに終わったようでしたが、
来年以降も引き続き行事に参加すれば、そのうち
「銀券ならあります」
「じゃ、銀券でいっちゃいましょうか!」
くらいのやりとりになるのかもしれません。
場数って大事ですね。

こうして考えてみると、
リモートワークが多くなって、雑談が減った今、
何気ない、なんでもない会話をする機会が
すごく少なくなっているように思います。
地域行事は、運営側の負担がありますので
催は簡単ではないですが、
住民同士が協力し合って、さまざまな世代が参加し、
会話する機会を増やせればいいなと思いました。

まだまだ暑いですが、
日が暮れるのが早くなりました。
秋がそこまで来ていますね。
体調に気をつけてまいりましょう。

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先日、テレビをつけたら、ニュース番組で
安住紳一郎アナと脚本家の三谷幸喜さんが
会話していました。

いつも思いますが、安住アナの
対応力・反応力はすばらしい。
「うまいなあ」と呟いてしまいます。

この日は、「夏休みに入ると
アウトドアで過ごすことが多くなるから
危険生物に注意しよう」
というテーマで展されていて、
安住アナはフリップを見せながら
「クラゲに刺されるとPGAという物質が
体内に入る。納豆にはPGAが多く含まれるから、
クラゲに刺された人は納豆アレルギーに
なりやすい。そして納豆アレルギーを持つ
サーファーが多いというデータがある」
ということを説明していました。

すると、すかさず
「ぼくはどちらかというと
サーファーアレルギーです」と三谷氏。
安住アナは落ち着いてフリップを置き、
三谷氏に体を向けてこう言いました。
「ほお、おもしろそうな話ですね」。

いや、この切り返し。やっぱり、うまい。

三谷氏のポジションは、以前はたけし氏でした。
たけし氏との生放送でのやりとりは
アナウンサーにとって相当ハードルが高そう。
しかし何かのインタビューで安住アナは、
「台本があって予定通りに進む番組が多い中、
たけしさんとのやりとりは予定通りに行かない。
それが刺激になっている。
視聴者も楽しんでいるのではないか」
と語っていました。

むしろ何が起きるのか楽しみ、という姿勢。
変化球をどこから投げ込まれるのか
ワクワクというところでしょうか。

安住アナの会話のコツ、
どこかに書かれてないのかな。
気になってネットを検索していたら、本を発見。
齋藤孝氏と安住アナの共著『話すチカラ』。
早速、読んでみました。

この本、安住アナが相当勉強していることが
わかる内容でした。当然ですが、プロだなあと。
アナウンサーという仕事に誇りを持って、
話し方、情報のインプット・アウトプットの仕方、
声の調整など、基本をしっかり行い、
日々自分に厳しいダメ出しをしながら
対応力を磨いていることがわかりました。

アスリートでも音楽家でも、
トップにいる人たちは基礎をおろそかにしない。
当たり前のように基本を繰り返し、
その上で、プラスのトレーニングをする。
そういうことだよなあ。

さて、コツの話でした。
変化球に対するズバリのコツは
書かれていませんでしたが、紹介されていた
大事な基本の話し方からいくつかお伝えします。

一つは、「15秒以内で話す」。
人の集中力は15秒も持たないらしく、
15秒以上同じ話をしないのが鉄則なのだとか。

もし30秒あったら、15秒が2セットあると
考えて話題を展するのだそうです。
45秒であれば「序破急」の3分割。
60秒だと「起承転結」の4分割で組み立てる。

これはびっくり。初めて聞きました。
15秒なんてあっという間なのに思いましたが、
よく考えてみると、15秒ってそんなに短くない。
だから15秒以上同じ話をするということは、
「えー、そうですね、あれは昨日でしたか、
あれ、一昨日だったかな、車で出かけたんですけど・・・」
みたいな、まどろっこしいことになります。
なるほど、15秒を意識すると、
何か説明するときもいいテンポになりそうです。

もう一つ。「語尾に曖昧な言葉を使わない」
「~と思います」と話を曖昧にする語尾に
要注意とのこと。

たとえば、リポーターが食べるロケで
「では~を食べてみたいと思います」
と言うシーン、よく見ます。
でも「思います」はその人の心の動きであって、
あなたの心の動きはいいから、
さっさとリポートして思うと安住アナ。
さらに、責任の所在も曖昧になると。

電車のホームでは「ドアが閉まります」という
アナウンスが流れるのが通常ですが、
独自の哲学がある京急電鉄は
「ドアを閉めます」と言うのだそうで、
そこには、「私の責任でドアを閉めます。
はさまれないように注意してください」という
責任のニュアンスがあると言っています。

ああ、これ。ありますね、あります。
言い切ることに慣れていないのと、
なんとなく柔らかくしたいという意識が
働いてしまう。
相手に何か指摘する際に、配慮から
敢えて使うこともありますね。
ただ、「~と思います」表現は多用していると、
慣れてしまう。そのうち、意識もしなくなる。
普段から、場の状況をしっかり把握し、
自分が使う言葉にもっと意識を向けなくては
と感じました。

最後にもう一つ、
「抽象・具体、ワイド・ナローを意識」。

話をするときには、ときに具体的に、ナローに
寄って表現すると、伝わりやすいとのこと。
たとえば、「飛行機で羽田から鹿児島に飛んだ」
よりも、
「羽田空港の13番搭乗口から飛行機で~」
と言えば、具体的なイメージを伝えやすいと。

なるほど。だれかと話していて、
ぐんと引き込まれるときは、
頭の中でシーンをイメージができるからですね。
これは書くときも同じです。
ただ、ずっと詳しい描写を続けるのもしつこい。
使い分けが重要ということでしょう。

長くなってきました。
同書、ほかにもためになるコツが
安住アナ、斎藤先生それぞれの視点で
書かれています。興味のある方はぜひどうぞ。

さあ、来週は8月。暑すぎますね。
体調整えてまいりましょう。

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自分がハンドルを握って車を運転しているときは、
道をしっかり覚えるのに
助手席に乗っていると覚えていないということ、
ないでしょうか。

私はあります。よく、あります。

「こんな道、通ったことある?」
「え? いつも通ってるよ」

自分が運転しないとなると、
途端にお客さま気分になり、全然見ていない(笑)。
なので、助手席に乗っていることが多いルートだと、
道がまったく頭に入っていない。
その後、運転しろと言われても、
どこをどう通ってきた? となります。

これと同じことが起こるのが駐車場。
自分が運転したときは、
「2階のAの23。写真も撮っておこう」
くらい覚える気があるのですが、
家族が運転しているときはちっとも見ていない。
意識してそうしているわけではないんですよ。
ですが、さっさと車から降りて、
買い物に行ってしまう(笑)。
こういうときに家族が駐車位置を忘れると悲惨です。

という話を先日友人にしたら、
「いや、私は心配なので助手席に乗っていても
しっかり見る」
と言っていたので、私の「突然お客さま感覚」は
極端なのかもしれませんが、たぶんこれは、
役割分担意識なのだろうと思います。
リーダーはだれなんだ、っていう。

こう書いていると、
全然協力体制ない人じゃん、私
と思えてきますが(笑)、
ここまで極端ではないとしても、
こういうことは仕事でもあると思うんです。
自分事として主体性を持って取り組んだときは、
視野が広がってさまざまなことを学べたのに、
やらされていると感じるときは学びが少なくて
成長実感がなかった、という経験。
皆さんにもあるのではないでしょうか。

ハーバード・ビジネスレビューの記事に
こんなことが書かれていました。

ビジネスでは、個人、組織の成長のために
「オーナーシップ(当事者意識・自分ごと化)」が
重要だと言われているが、その第一歩は
社員の心理的オーナーシップを高めることだ、と。

心理的オーナーシップというのは、
"アイデアやチームメンバーや製品が
「自分のもの・こと」だという感覚を抱くこと"
だと言います。
それを感じるためには、例えばアイデアを出したり、
何かの名前を決めたり、
オフィスのあるコーナーを
自分の考えで整えたりすることが必要だと。
わかりやすく言うと、
「自分がやった」「自分で決めた」
という感覚を抱くことなのだと思います。

記事には、心理的オーナーシップを強く感じると、
他者に対して協力的になるということが
いくつかの研究でわかった、ともありました。

なるほど、確かにそうですね。
これは自分とは関係がないと思っていると、
自分から動かず、指示を待つ。
でも、少しでも自分と関わりがあることだと感じれば、
主体的に関わるので、協力体制を築こうとする、
ということかもしれません。

ここからわかるのは、
いくら相手に「主体性」や「自律」を求めても、
その相手にとっては、
自分で何も決めていない状態、
つまり心理的オーナーシップがない状態では、
心理的には動きづらいということ。

なるほどなあ、といろいろなことを
振り返ってしまいました。
車の運転も含めて・・・
皆さんはどうでしょうか。
思い当たること、ありますか?

さて、5月が終わります。
早い・・・
気温の変化が激しいですが、
体調を崩さずにまいりましょう。

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