ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーです

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ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーアベログ

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「やばい」という言葉で表現するのは
どんな感情?

2018年に小学館集英社プロダクションが
小学生を持つ保護者を対象に行った
「言葉の使い方についての意識調査」に
そんな問いがありました。

調査の結果によると、
「やばい」で表現される感情や状況は、

1位 あやしい
2位 びっくりしている状態
3位 おもしろい
4位 楽しい
   おいしい
6位 感動している状態

でした。

まあ、そんなところですよね。
うちの息子たちも

「あの曲はマジでやばい」(かっこいい)
「あいつはやばい」(あやしい)
「今日はやばかった」(びっくりした)
「あのラーメンはやばい」(とんでなく量が多い・・・とか)

みたいな感じで使っているように思います。

「やばい」は用途が広いですね・・・
言い方次第でいくつもの感情を表せてしまいます。

一方、同じ調査に
「語彙力に自信があるか?」という問いもありました。

これについては、

「ある」が8.5%
「ややある」が18.3%
「どちらとも言えない」31.2%
「あまりない」30.4%
「まったくない」11.6%

という結果。

「ある」「ややある」の合計は26.8%。
「どちらともいえない」「あまりない」
「まったくない」の合計が73.2%です。

そうですよね、という感想を持ちました。
私も「語彙力に自信があるか?」聞かれたら
「あまりない」と答えるだろうなと思います。
「ある」とは言えないし、
「ややある」って言うほどでもないか、と思うからです。
実際、1日どのくらいの言葉を使って過ごしているか、きちんとカウントしたら、多くないだろうなあ、と思います。

さて、『感情の正体』という本で、
著者である法政大学の渡辺弥生教授は、
人は感情を言葉にすることで、
自分の気持ちをうまく理解できるようになり、
周囲の人もまたその人に共感しやすくなると言っています。

たとえば、
「なんだか気分がすっきりしない。こう、なんというか・・・」
と言われても、言われた方も、言っている本人もどんな感情なのか理解するのが難しいですが、
「八方ふさがり」
という言葉にしたとたん、
感情や状態を理解できるようになる、と。

日本語には、
難しい表現を使わなくても、
感覚や感情を表すことができるオノマトペが多くあって

「どきどき」
「おどおど」
「ひやひや」
「いらいら」
「うきうき」
「くよくよ」

などで、抱えている感情を相手に伝えることもできますよね。

さらに、日本語には、四肢や内臓など
身体的変化に基づいた感情表現も豊富にあるので、

「腸が煮えくり返る」

というだけで、どれだけ怒っているかを示すこともできます。

ちなみに私の手元に
「感情ことば選び辞典」というハンディサイズの辞典がありますが、
ここには、感情に関するキーワードが
200ほどピックアップされていて、
それぞれのキーワードに関連する熟語が書かれています。

たとえば、
「愛する」というキーワードでは
「愛玩」から始まって「純愛」「鍾愛(しょうあい)」「盲愛(もうあい)」など
33の熟語が書かれています。

使ったことない言葉、まだまだどっさりありますね。

ある調査では、
男性が1日に発する言葉数は7,000語
女性が20,000語なのだそうです。
仮に1万語話すとして80歳まで生きると、
約3億語という計算になります。

その中に「やばい」は何回入っているのかな・・・

自分が発したり、書いたりする言葉をもっと意識しないと、自分の感情はもちろん、相手の感情も細かく汲むことができなくなりそう。
それこそ「やばい」と思った次第です。

GWも終わりました。
体調に気をつけてまいりましょう。

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最近、YouTubeで透明水彩の描き方の
動画を視聴しています。
柴崎さんという70代の日本人男性が
講師を務めているチャンネルで、
とても見応えがあります。

何といってもプログラムが良くできています。

たとえば、
超初心者用にわかりやすく解説するコーナー、
視聴者から募った作品に先生がコメントし、
お直しするとしたらココを示すコーナー、
新しい画材を試してみるコーナーなど、
いくつかのコーナーが用意されていて、
視聴者を飽きさせません。

中でも私のお気に入りは、
視聴者から募った作品を
先生がお直しするコーナーです。

ちなみに私は、絵は描いておりません。
なので、自分の作品づくりに生かすとか、
そういう目的はないのですが、
それでもこのコーナーを見てしまうのは、
絵を描くためだけでなく、
ものづくりに共通する学びがあるからです。

先生のもとに届く作品のレベルは
さまざまですが、
比較的上級者レベルのものが多く、
もう直すところないんじゃない?
と思うほどの出来栄えのものもあります。

でも、よく見ると、全面にわたって
同じ調子で描き込まれている作品が
多いことに気づきます。
とても上手なのですが、写真でいうと、
全面にピントが合っている状態です。

先生は、
「これはタイトルがこうだから、
たぶんこの方はこの建物を描きたかったのでしょうね」
というふうに、まず伝えたいものを決め、
構図や明暗、強弱を工夫して、
強めるべきところを強く、
逆に弱くするところを弱めていきます。

建物と同じくらいの面積で描き込まれた空や
地面を大胆にカットした構図にしたり、
明るいところと暗いところ、
細かく描き込むところと省略するところの
差をつけたりといった具合です。

そうして出来上がった絵は、絵全体ではなく、
強くしたところにまず目が行くので、
作品の印象ががらりと変わります。
絵のタイトルの印象も強くなるので、
感情にうったえるものも大きくなります。
なるほどなあと毎回感心してしまいます。

これ、原稿作成も同じなのだと思います。

たとえば、「何を伝えたいか」が
あやふやな状態だと、
いくら小慣れた表現を多用して仕上げても、
「つまり何?」と読んだ人が疑問に思う
原稿になってしまう。

あるいは、インタビューをしたとして、
聞いたことをどんどん入れ込んで仕上げるのも、
一見盛りだくさんではありますが、
メッセージの強い原稿にはなりません。

「何を伝えたいか」をしっかり決めて、
強めるところを強め、
弱めるところは弱める。

絵でも写真でも音楽でも、そして原稿でも、
だれかに伝えることを目的としたものづくりに
重要なことは共通しているんだなと
改めて感じました。

さて、4月も半分終わりました。
気温差が激しい季節ですが、
体調に気をつけてまいりましょう!

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子どもの頃、私にピアノを
教えてくださっていた先生が
ある日、母にこんなことを言ったそうです。

「ちゃんと弾けてるんだけど、
いつもすごく難しい顔をしているの。
弾けてるよと言っても、
しかめっつらで楽譜を見ているの」

小学校の中学年くらいのことだと思いますが、
何やらさっぱり覚えていません。
さぞかし難しい曲を弾いていたんだろうなと
思われるかもしれませんが、
ごくごく普通の練習曲しか弾いていません。
イメージ通りに弾けないとか、
そんなレベルでもありませんでした。
もしかしたら、「この曲、好きじゃない」とか
そういうことだったのかもしれませんが、
たぶん、何かがすっきりしていなかったんでしょう(笑)。

今、私は自分が「モヤモヤ嫌い」だと自覚しており、
「モヤモヤ」を感じると、全力で解消に向かうわけですが、 その頃から、すっきりしない状態に敏感だったのかもしれません。
でも、何にすっきりしないのか、
を見つけるところまで当時は行けなかったようです。

そう考えると「すっきりする」「わかる」ということは
大変なことだなあと思います。

まず、すっきりしていないことを自覚する。
次に、なぜ、すっきりしていないのか
原因を探り、問題を見つける。
調べたり、人に聞いたりして、問題解決する。
自分の中で感覚的にわかるようになるまで試行錯誤。
ようやく「わかる」
みたいなことなのかなと思います。

もっと知りたくなったので、
『「わかる」とはどういうことか
−認識の脳科学』という本を読んでみました。

著者の山鳥重氏は、神経内科の医師で
高次機能障害学を主として研究しています。

山鳥氏によると、「わかる」には種類があって、
以下のどれか、もしくは組み合わせで
「わかる」にたどり着いているといいます。

<全体像がわかる>
ものごとを遠い距離から眺め、
ほかの問題とのかかわりがどうなっているかを知ることで、 それまで見えていなかったことが見え、「わかる」

<整理するとわかる>
ある基準に沿ってものごとを分類することで、
今まで整理がつかなかったものが、ある見方で整理され
「わかる」

<筋が通るとわかる>
それだけではわからない現象が因果関係によって
説明されたときや、仮説によってものごとの説明がついたとき 「わかる」

<空間関係がわかる>
さまざまなものの位置関係が「わかる」、
頭の中で三次元のもののイメージが「わかる」、
一枚の紙に描かれた立方体が立方体だと「わかる」
(視空間的能力)

<仕組みがわかる>
見かけの理解だけでなく、見かけをつくり出している
からくりを理解することで、ものごとの本質が「わかる」

<規則に合えば、わかる>
すでにある決まりごと(ルールや公式)の
手順に当てはめて、ものごとを整理していくことで、
複雑なことが「わかる」

どうでしょうか。
例を説明されないと、なるほどー、とはなりませんが、
わかるということが簡単ではないということは
わかります(本当?)。

山鳥氏は、
「わかるの第一歩は言語」と言っています。

ある音韻パターンと一定の記憶心像が結びついていれば、 その音韻パターンを受け取ったとき、
心にその記憶心像が喚起されるのだそうです。

たとえば、だれかと話していて、
言葉が耳から入ってくると、
その言葉と自分の記憶心像(内容イメージ)が結びつく、
そうして「わかる」に至る、ということです。

なので、毎回、言葉に触れたときに、
「記憶心像(イメージ)」を形作っておかないと
いけないと山鳥氏は言います。
「記憶心像(イメージ)」を形作るには、
意味がわからないといけない。
意味がわからないままにしておくと、
言葉は単なる記号音のまま。
記号音のままスルーすることが続くと、
頭がそれに慣れてきて、聞き慣れない言葉を聞いても
「それ、何?」と問いかけなくなるそうなのです。

つまり、一つひとつの言葉を丁寧に扱い、
意味を正確に理解し、自分の中にイメージを
形成することを怠ると、
「もやもやする」「すっきりしない」「よくわからない」 ということにも気づかなくなるということ。
「わからない」ことがわからないわけですから、
「わかる」に向かっていけないということになります。

これは耳からだけでなく、目から言葉が入ったときも
同じだと解釈しました。
意味を正確に理解して、心像を形成しておかないと、
文字はただの形のままスルーされるということですよね。

いやあ、大変です、これは。

カタカナ言葉を中心に、日々新しい言葉に触れている私たち。 言葉の扱いを疎かにしてはいけない。改めてそう感じます。

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先日、長男の高校の卒業式に参列しました。

高校生活の2/3がコロナ禍だった長男。
修学旅行や学園祭、体育祭など
ほとんどの行事が中止になりましたが、
卒業式は短縮プログラムとはいえ、
保護者参加で開催され、ホッとしました。

親からみると、子どもたちの中高6年間は
本当にあっという間なので、
入学式と卒業式は参加したい!というのが
願いなのです(次男の場合は小学校の卒業式も、
中学校の入学式も保護者の参加は許可されず...)。

さて、卒業式。
胸にコサージュをつけた卒業生が
先生と一緒に入場してくるところ、
名前を呼ばれて立ち上がるところ、
そして晴れやかに会場を後にするところは
やはりジーンときますね。
ヘアスタイルとマスクが同じ子が多く、
途中、長男を見失いましたが、
「みんな、すてきな人生をー!」と胸の中で
叫んでしまいました。

そして、校長先生が良いことをおっしゃった。
要約するとこんなことをお話しになりました。

君たちは、これからいろいろな人たちと
力を合わせていくことになる。
その人たちは、気が合う、
仲が良い友だちとは限らない。
考え方が違う人たちもたくさんいる。
ぶつかることもたくさんあるだろう。
でも、ぶつかったときこそ、
相手の話を聞いてみよう。
すぐに腹を立てたり、こちらの意見を押し通す前に、
相手がどんな考えで言っているのか、
しっかり聞いて、そこから会話してみよう。
いろんな解決方法が考えられるはずだ。

「新しいメッセージだなあ」と思いました。

はっきりは覚えていませんが、
今まで参加してきた卒業式で耳にした挨拶では、
「人とぶつかることもあるだろう」ということには
触れられていたとは思うのですが、
ぶつかったときの対処法に
「相手の話を聞く」とか「会話」は
なかったように思うのです。

ぶつかったときは、
「自分の意見を押し通さない
「社会では思うようにいかないことのほうが
多いのだから」という文脈で、
結局は「忍耐」とか
「我慢強さ」ということのほうが
大切だと言われてきたような気がしています。

なので、ぶつかったときは、
「相手の話を聞こう」という内容は
すごく新しく感じました。
そういう時代なんだなあ。

長男はいわゆるZ世代です。
彼らの特徴は、
「デジタルネイティブ」であること、
そして、「共感力」や
「多様性を受け入れる力」が強いこと
とされています。

LinkedInのグローバル調査によると、
Z世代にあたる入社2年以内の社員の
41%、実習生および学生の60%が
リーダーにもっと共感力を持ってほしいと
感じているそう。

リクルートマネジメントソリューション社が
Z世代の日本の新入社員を対象に行った調査では、
彼らが職場に求めることが
「お互いに個性を尊重しあうこと」
「お互いに助け合うこと」
そして、上司に求めることは
「一人ひとりに丁寧に指導すること」のほか
「相手の意見や考え方に耳を傾けること」
であることが明らかになっています。

彼らが、お互いの話を聞き、
助け合うことが当たり前と思っている
世代なんだなと改めて認識すると、
「なんじゃ、そりゃ」と思った
我が家の子どもたちの過去の言動も
理解できる気がしてきました。

さて、校長先生の話を聞いて、
時代の変化を感じたものの、
広く世界を見渡してみると、争いは尽きません。

相手の話を聞いたり、
会話するということとは程遠い状況に
言葉を失ってしまいます。

偉そうなことは言えませんし、
私も大人として責任はあると思うのですが、
集団と集団になっても、相手の話に耳を傾け、
会話で解決できるような成熟した世界に
早くなってほしいと思いました。

共感力が強く、対話力のある若い世代に
大いに期待したいと思います!

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社外のパートナーさんと、
あるプロジェクトの打ち合わせを
オンラインで行っていたときのこと。

本題が終わり、雑談しながら、
オンライン会議ツールの
バーチャル背景をいじっていたら、
宇宙船の操縦席に自分が座っているような
背景になりました。
窓の外は宇宙。惑星も見えます。

「いいですね、これ!」と言いながら、
3人の参加者全員が同じ背景をセットしたところ、
一気に、連帯感がアップ!

設定が宇宙なだけに、壮大なミッションを
遂行しているような気持ちになり、
「地球のために、一緒に戦いましょう!」などと
お互いを励まし合いながら、会議を終えました。
背景を一緒にしただけであれほど
モチベーションが上がるとは!
新しい発見でした。


企業がオンライン会議のバーチャル背景を
自社のロゴカラーで統一したり、
自社商品の画像を組み込むなどの
取り組みをよく目にします。

私は今まで、それは主に社外への宣伝が
目的なのだと思っていました。
もちろんそれもあるのでしょうが、
今回の体験で、
メンバー間の連帯感を強める
役割もあるのだと気づきました。

改めて考えてみると、
ユニフォームの役割ってそれですよね。
「私たちはOne Teamである」ということを
見える形にしている。
つながりを見せているんだなと感じました。

中学校や高校の部活時代を思い返してみると、
同じ色・形のユニフォームや
ウィンドブレーカーに袖を通すことで、
確かに「私たち、同じ仲間だよね」を
感じていたような気がします。

ドレス効果という心理学用語があるそうです。
身にまとった服装に人格を合わせることだそうで、
たとえば警官のユニフォームを着ると、
とたんに正義感のある言動や行動が
増えるなどの現象を指すようです。

会社のロゴ入りのユニフォームを着ると、
会社の一員としての意識が高まるというのは、
こういう心理的な効果の結果なのですね。
そしてそこから、連帯感や一体感が
生まれてくるのかもしれませんね。


あれ? ということは、「おそろい」の
ファッションって、一体感がほしい!とか、
一体感を演出したい! という
深層心理の表れなのでしょうか。

いまだかつて「おそろい」の服を着たいと
思ったことがないですが、
それは私が一体感を欲していなかった
ということなのかな...(苦笑)。
まじめに分析したことはありませんが、
実に興味深いと思いました。

ちなみに、おそろいのファッションは、
今はリンクコーデと呼ぶそうで、
20代の男子が読む雑誌の調査では、
リンクコーデをしたことがある人は
男女とも約5割。
リンクコーデに興味がある人は
男女とも約9割に達しています。
(FINE BOYS調査)

9割!

時代は連帯感や一体感を求めているのかな。
これもまた実に興味深い!

早いもので2月もあと少し。
まだまだ寒いですが、
体調に気をつけてまいりましょう。

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先日、家事をしながらテレビのトーク番組を見ていたら、
企業のまじめな会議にギャルを送り込む
「ギャル式ブレスト」というサービスを
提供しているという女性が登場しました。

なに、なに、それは!
強く興味を引かれ、完全に手を止めて
じっくり見てしまいました。

自身もギャルだったと語るその女性は大学生。
中学生までは優等生で、
高校は、ほとんどの生徒が東大を目指すような
地元の進学校に入学したらしいのですが、
突如、何のために勉強するのかわからなくなり、中退。
ふらふらしていたときに、
たまたま遭遇したギャル同士の闘争(笑)を見て、
エネルギーの強さと素直さに圧倒され、
憧れてギャルになったのだとか。

その後、少し落ち着き、ギャルから離れて
大学に進学するも、やはりギャルのパワーが忘れられず、
ギャルが持つ、まっすぐで熱いエネルギーが
今の日本に求められていると考え、
ギャル式ブレストというアイデアに
たどり着いたのだそうです。

番組では、老舗文具メーカーで実際に行われた
オンラインでのギャル式ブレストの様子も
取り上げられていました。

会議に参加する先方社員のニックネームを
ギャルが決めるところからスタート。
忖度一切なし。もちろんタメ口。
最初は戸惑っていた男性社員たち(実は社長も出席)も
リラックスして発言し、
最後は全員笑顔で終了していました。

会社員とギャルのブレスト、機能するの?
と思っちゃいますが、
参加した社員からは
「とにかく自己肯定感が上がった」
「商品の機能ばかりにフォーカスしていたが、
文房具はエモいという発言が多く、
ユーザーの感情や思いも大切だと思った」
という感想が。
いやあ、とてもおもしろいと思いました。


世の中、自分の意見が言えない会議、
少なくないと思います。
言ったらばかにされるんじゃないか、
おまえが言うなと思われるんじゃないか、
いやな思いをするなら黙っていよう。
そんなメンバーが集まって会議をしても
いいアイデアが出るわけがありません。

会議で発言できないということは、
たぶん日頃もそんなに自由に発言できる
雰囲気ではないのだと思います。
そういう社風だと、会議のメンバーが
数名変わったくらいでは、雰囲気は変わらない。
ギャルがとんでもない角度から、
本音をズドーンとぶつけるくらいの
インパクトがないと、
チェンジできないのかもしれません。

番組を見終わって、ちょっと感動してしまった私は
このサービスについてさらに調べました。

ギャル式ブレストのバリューは次の2点だそうです。
(サイトから引用)

1― ギャルがぶっちゃけた意見をくれます。
彼女たちの先入観のなさから新しい発想が生まれます。
また忖度なく彼女たちの感性で感じたことを
そのままフィードバックしてくれます。

2― ぶっちゃけられる環境を作ります。
ギャルの空気感に飲み込まれることで、
ギャルだけでなく、
周囲もぶっちゃけられるようになり、
アイデアを出せる環境を作ります。

社内のメンバーじゃない、
コンサルタントなど企業の人でもない、
ギャルという完全に別世界の
立ち位置にいるからこそ、
その場をフラットにできる。
企業側の参加者も、スーツを着た人に言われると
カチンとくるようなことでも、
ギャルに言われると「仕方ないな」と
感じるでしょうから、
一見、ふざけたサービスのようですが、
このサービス、機能するだろうなと思います。


ところで、ここ数年で「心理的安全性」というワードを
よく耳にするようになりました。
1999年にこの概念を提唱したハーバード大学の
エイミー・C・エドモンドソン教授によると、
チームの心理的安全性とは、
「チームの中で対人関係におけるリスクをとっても
大丈夫だという、チームメンバーに共有される信念のこと」。
つまり、
「このチームは、恐怖や不安を感じることなく
発言し合える、とメンバーが思える状態のこと」です。
心理的安全性が高いチームは、
メンバー同士がコミュニケーションをとって助け合い、
高いパフォーマンスを発揮すると言われます。

エン・ジャパンが実施した
職場でのコミュニケーションに関する調査によると、
職場でのコミュニケーションが取れているか
という問いに、
「どちらかといえば取れていない」と回答した人が27%
「取れていない」とした人が9%いました。
そして「どちらかといえば取れていない」と
回答した人の8割、「取れていない」とした人の9割が
「職場に心理的安全性がない」と答えています。

企業が元気になり、日本が元気になるためには、
場の心理的安全性が高いことが必須。
未来の明るい日本のために、
ギャル式ブレストのギャルたちには
ますますがんばってもらいたいと思いました。

今週もあと少し。
元気にまいりましょう。

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「人間の行う仕事の約半分が機械に奪われる」

英オックスフォード大学のオズボーン准教授が
そんな内容の論文を発表して
世の中を騒がせたのが8年前。
AI時代を生き抜くために必要な力として
「創造力」が挙げられるようになりました。

アドビが2020年に日本の高校生1200人を対象に
行った調査によると、「自分には創造力がある」と
答えた生徒は55%。「創造力がない」(45%)を
少し上回っています。

創造力をどう捉えているかという問いでは、
「自分らしい個性を自由に表現する力」(63%)
「芸術性の高いものを生み出す力」(46%)
「何もないところから新しいものを生み出す力」(46%)
「育った環境や努力によって培われるもの」(45%)
という回答でした。

SNSで写真や動画を日常的にアップしている
彼らなので、自分には創造力があると
感じている人はもっと多いのかと思ったのですが、
それほどでもなく、
「自分には創造力がない」が45%かあ。
うーむ、「ある」と答えた人が半数を超えたとはいえ、
半数近くの高校生が「創造力がない」と
感じているとは、なんとも残念だなあと思います。
だって、まだ高校生ですよ。

さらに残念だと思ったのは、「ない」と答えた人が
創造力に対する自信を失ったきっかけが
小学校高学年の図画工作の時間や
中学校の美術の時間にあると答えていること。
とくに中学校の美術の時間に自信を失ったと
回答した人が多く、そう感じた理由として
「成績が悪かった」
「周りの人より下手だった」
「アイデアが浮かばなかった」
との声があがっています。

生徒の創造力を伸ばすべき美術の授業が
逆に創造力を失わせてしまっているのは、
悲しいなあと思います。


これは私の想像ですが、
小学校のとくに低学年くらいまでは、
どんな絵を描いても、先生が褒めてくれると思うのです。
「わあ、大胆でいいね」とか「個性的でいいね」とか。

でも、中学校になると内申点というものがあるので、
学校側がおおらかに成績をつけなくなります。
生徒も、おかしな絵を描いて成績を落としたくないから
自由に描かない。
お手本のように、すごくきれいに描ける人、
テストの点数が高い人が良い成績をとるので、
それができない人は自信を失うことに
なるのではないでしょうか。

さらに厄介なのは、
ここでいったん苦手意識が芽生えると、
それ以降もずっと苦手と思い込んでしまうこと。
芸術系のものはとくに苦手意識が
刷り込まれやすいように思います。

創造力は、単に絵をうまく描く力ではなく、
ビジネスのあらゆるところで
必要になってくる力。
創造力がないと思い込んでしまうのは
とてももったいないと思います。

なんて書きながら思ったことは、
小・中学校で感じた苦手は
実は苦手じゃないのかも?ということ。
成績や評価を気にして苦手と思い込んだり、
嫌いになったもの、案外あるのかもしれません。

伸び伸びと自由にやってみたら、
苦手と思っていたことでも案外楽しめたり、
むしろ好きと思える可能性もありますね。

2022年、スタートしたばかりです。
皆さんは今年、どんなことにトライしますか?

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日ハムの新庄監督、連日大注目ですね。

「新庄監督が新しい風を吹き込んでくれる!」
「とても期待している!」
といったポジティブな意見が大半ですが、
就任会見での派手な服装や
メディアへの露出の高さ、自由奔放な発言から、
「ちゃらちゃらしすぎ」
「ゆるすぎる」
というような意見もあるようです。

私、あまり野球に詳しくはないのですが、
新庄監督の発言を
いろいろなところで見聞きしていると、
監督が日ハムの選手に求めていることは、
ゆるいどころか、超厳しいと思っています。
選手の皆さん、
だいぶぴりっとしているんじゃないかと
想像します。

新庄監督は、
プロ野球はファンあってのものだから、
球団はファンに喜んでもらう仕掛けを
工夫しなくてはいけないと考えています。

選手一人ひとりに、
ファッショナブルでいること、
メディアにもどんどん出て
自分の話をすることを求めているのは、そのため。
多くの人に日ハム選手の
ファンになってもらいたい、
今まで野球に興味がなかった人にも
野球を見てもらいたいという思いからです。

しかーし、選手がルックスなどに
こだわればこだわるほど、
野球そのものの結果に対する世間の目は
厳しくなりますよね、当然。

成績不振に陥れば、
「おしゃれなんかしているからだ」
と言われるのは目に見えています。

でもそんなこと、
新庄監督は最初からわかっています。
だから、白い歯を輝かせながら笑顔で言うのです。
「もちろん結果出しますよ。当然ですよ。
当たり前じゃないですか。
選手には努力を努力と思わないで楽しんでほしい。
たのしんじょう!」と。
選手は、えらいことになった、と思っているに
違いありません。

私の勝手な印象ですが、
野球は、スポーツの中でも、
古い慣習が根強く残っている
種目なのではないかなと思います。

先輩後輩間の規律の厳しさはもちろん、
髪型、練習の仕方など、
昔ながらのやり方がそのまま引き継がれているところが
多いのではないでしょうか。

たとえば、丸刈りルール。
日本高野連と朝日新聞社が行っている調査では、
野球部に「丸刈り」ルールがある学校は、
2018年時点で77%だそう。
やっぱりまだまだ丸刈りルールがあるんですね。

興味深いのは、1993年では51%、
98年は31%と減っているのに、
その後増えて2013年には8割に達していること。

なんでしょう、これは。
丸刈りをやめたら、チームの規律が乱れたのか、
それによって成績が悪くなったのか。
それは書かれていなかったのですが、
多くの学校が「やっぱり、丸刈りがよかった」と
思ったってことですよね。
もしかしたら、一つの学校が
丸刈りルールに戻したら、
うちも、うちも、と
増えていったのかもしれませんね。うーむ。

そういえば、こんなことも思い出しました。

以前、子どもがリトルリーグに所属している
ママ友が、
「うちのチームは監督が年配の人で
すごく厳しくて、選手のルールも厳しいけど、
観戦する保護者にも厳しいルールがあるよ」
と言うので、どんなルールが聞いてみたら、
「肌を見せてはいけない。ノースリーブは禁止。
半袖はいいけどなるべく肌を露出しないもの。
襟元もしまっているもの。
足首も見せてはいけないので、
長いパンツしか履けない」と説明してくれました。

なんじゃ、そりゃ! と驚きました。
選手にとって悪影響はないですよね。
だって、若い女の子じゃないですよ、
観戦しているのは。なんて思っていたのですが、
しばらく理由を考えてみて、
これは他チームへのアピールだなと思いました。
うちはこんなに規律正しいチームです!
統率とれています! ということかなあ、と。
でも、統率とれている=強いチーム なのかな...。

とまあ、ちょっと逸れましたが、
野球は、まだまだ古い慣習が残っている
スポーツだと感じているわけです。

先ほどの丸刈りもそうですが、
選手は「こうしなさい」「これは禁止」を
ちびっこの頃から言われ続けてきて、
それは極端に言うと、自分で「考えるな」と
言われてきたようなものだなあと思います。

そう考えると、
いろいろ自分で判断しなくちゃいけなくなった
日ハム選手たち、やはり大変だと思うのです。

プロなんだから当然でしょ、と思う反面、
選手にとっては、「長髪禁止」「ひげ禁止」
「トレーニングはこれとこれを必ずやる!」
のように、やってはいけないこと・やることが
きっちり明示されているほうが
楽なんだろうなと思うからです。

一見、「自由」ですが、
実は「自律」が要求されている新庄日ハム。
選手は考え方を大きく変えないといけないですよね。
頑張れ、日ハム選手!(保護者目線)

さて、気がつくと、今年もあと少し。
一段と寒くなりましたが、
体調に気をつけてまいりましょう!

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先日、ミッツ・マングローブさんのコラムを読んで、
あることにすごく納得しました。

それは、安易に「共感」するのは怖いことだ
ということです。

ミッツさんは、
「共感って人を麻痺させることがあると思う。
たとえば、海や山に行って癒されるとみんなが言うが、
私にとって自然は怖い。本当に癒されているのか。
ただ言っているだけじゃないのかな。
とりあえず言っているのだとしたら、
それは怖いことだと思う」と言っていました。

実はこれ、私もたまに思っていることです。
共感ってなんだ? それ、同意じゃない? とか、
それはむしろ、同調かもと感じることがあるのです。

周囲がそう言っているので、
私も共感する(ことにしておく)、ということを
みんながやっていたら、それはよろしくないなあ、と。

「共感」を辞書で調べると、
「他人と同じような感情(考え)になること」
とあります。感情の動きが前提のワードだけに、
使うシーンによっては「共感する」が
胡散臭くうつるのだと思います。

ちなみに、「同意」を調べると、
「相手と同じ意見(だということを言動や態度に現すこと)」。

そして「同調」は、「(自分の意見を出さず)他の意見・
態度に賛成すること」とあります。


見渡してみると、今の世の中
「共感」というワードがいっぱい。
映画や本、ドラマの宣伝文句でも「共感の嵐」なんて、
よく使われています。
いや、いいんです、本当に共感しているなら。
でも、同意くらいなのに、もしかしたら
同調かもしれないのに、
共感の嵐には巻き込まれたくないなあと思うのです。

あ、これを書きながら気づきました。
なぜ、「共感」に人が強く反応するのか。
これ、私たちの「つながりたい欲」かもしれないですね。
コロナで人とのつながりが希薄になったことが
背景にあるかもしれません。
だれかとつながって、安心したいという思いがあり、
「共感」することで、より強くつながっていると
思える。そういうことのような気がしてきました。


そんなことをあれこれ考えていて感じたことは、
やはり、自分が発する言葉について、よく考え、
責任を持たなくてはいけないなということです。
会話の中で「わかる、わかる」と安易に言ったり
していないか、考えないといけないと思いました。

さらに、「共感」を強要しないという意識を持つこと。

意識的に強要している人は少ないかもしれませんが、
「~にほんと共感するよね」というと、
相手は「うん」しか言えなくなる。
そういう、相手に同調を求めるような言い方を
しないよう気をつけなくてはと思います。

同じ物を見ても、視点が違えば、感じることは違う。
たとえ共感していなくても、
安心してつながることのできる世の中がいいなあと感じます。

気付いたら、まもなく11月も終わります。
今年もあと1カ月ちょい。
体に気をつけてまいりましょう!

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先日、YouTubeで何気なく観た、
お笑いコンビ、ティモンディ 高岸さんの
ヤクルト始球式の動画で感動してしまいました。

昨年10月、神宮球場で行われた
ヤクルト-広島戦。
この日は、ヤクルトのキャンプ地である
松山市と交流を深める「松山DAY」で、
松山市の野球強豪校、済美高校の
野球部出身であるティモンディ高岸さんが
始球式のマウンドに立ちました。
キャッチャーはコンビの相方であり、
同じく済美高校野球部出身の前田さんです。

高岸さんは、芸能界最速と言われる
147kmの豪速球を投げることで知られています。
どれだけ速い、いい球を投げるのか。
観客の視線が高岸さんに注がれます。

しかし、高岸さんは一向に
投球モーションに入れません。

涙を流しているのです。
涙を拭いて、帽子をかぶりなおして、
モーションに入ろうとするのですが、
また涙が流れてくるから、まったく投球できない。

何度も、何度も涙を拭いて、
ようやく振りかぶって投げた球を
しっかりとキャッチした前田さん。
マスクを上げて、やっぱり涙を拭いて、
マウンドに駆け寄り、笑顔で高岸さんと
抱き合います。
球場全体から温かい拍手が巻き起こりました。


彼らは高校の野球部時代、
甲子園優勝を目指し、
その後はプロになることを夢見ていたと
雑誌の記事で知りました。
野球部のモットーは「心技体」ならぬ「体心技」。
まずは体を作ることから、というトレーニングは
相当キツかったと言います。

ところが、甲子園に出場できたのは
高1の一度きり。しかも応援席。
卒業後、高岸さんは大学で野球を続けましたが、
怪我でプロの道を断念。
前田さんもまた大学で野球をやることは
ありませんでした。
その後、高岸さんの誘いでお笑いの道に。
結成時、「始球式に出る」ということを
一つの目標にしていたそうなのです。

マウンドに立ったとたん、
野球に打ち込んだ高校時代の熱い思い、
そして怪我をしたときの絶望感、
お笑いの誘いを受けてくれた前田さんへの感謝、
いろいろが一気に押し寄せてきたのかも
しれません。

一生懸命打ち込んだ経験があるから、
感情が溢れ出してしまうのだと思いました。
そして、頑張っている人、頑張った人、
新たな夢を叶えた人の姿はやはり感動的だなあ、
ともらい泣きしながら感じました。


さて、ここ数年で「グリット GRIT」という
ワードを耳にするようになりました。
アメリカの心理学者、
アンジェラ・ダックワース氏の著書
「GRIT やり抜く力
人生のあらゆる成功を決める
『究極の能力』を身につける」
は、日本では2016年に発売され、
ベストセラーになりました。

GRITとは、
G Guts(闘志)
R Resilience(粘り強さ)
I Initiative(自発)
T Tenacity(執念)
の頭文字をとったもの。

GRIT、やり抜く力がある人は、
芯があり、それでいて変化への適応力が高いと
言われています。
グーグルではGRITがある人を
積極的に採用し始めており、
ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなど
多くのビジネスリーダーがこの力を
重視しているのだそうです。

書籍の中で、ダックワース氏は
成功した人の多くは「天才」だから、
また「才能」があったからと
言われることが多いが、そうではなく、
共通してあるのはGRITだと言っています。

「ガッツがない」とか「粘り強く」なんて
今の子どもたちに言うと、
「出た! 昭和!」とか言われがち。
うちの次男なんかは、必ずそう返してきますが、
でも、やはり、何かに打ち込んでいくためには、
こうした力が必要なんだなと改めて感じます。

ところで、GRIT、
大人になってからも伸ばせるそうなのです。

そのために必要なことは、
・興味があることに打ち込む
・失敗を恐れずにチャレンジし続ける
・小さな成功体験を積み重ねる
・GRITがある人たちの中に入る
 もしくは近くにいく

どうでしょう。
最初の3つは、いやいやそれが難しいんですよと、
怠け癖がある私は思ってしまう感じですが(笑)、
4つ目はいいかもしれないと感じました。

GRITがある人たちの輪に入ると、
周りの価値観が自分のスタンダードに
なっていくからです。
ランニングのアプリで周りの人たちとつながり、
一緒に目標を達成していくというのは
まさにこれですよね。

秋も深まってまいりました。
運動するにも、芸術活動をするにもいい季節。
GRITを伸ばすためにはベストなシーズンかもしれません!
(しかし食べるにもいい季節なんですよね...)

今週もあと少し、がんばってまいりましょう!

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