ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーです

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ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーアベログ

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ほしい情報がすぐに手に入る時代。
何か一つ買うにしても、どこで買うのがお得か、
いつ買うのがお得か、
ネットで調べるとすぐにわかってしまいます。

でも、簡単に情報が入手できるからこそ、困ることも。
それは、調べても、調べても、
「もっと調べれば、もっとお得な情報に
巡り合うのではないか」と思ってしまうこと。
私は、面倒なので、ほとんど下調べせずに、
ささっと買ってしまうことが多いのですが、
私のその行動が、じっくり調べてから買い物をする
友人にはあり得ないらしく、
「もっとリサーチしたら、もっと安く買えたと思う」
とよく言われます。

では、その友人がいつも大満足の買い物をしているか
というとそうでもないのです。
というのは、買ってからも
「もっと探す時間があったら、ベターな選択があったかも」
と思ってしまうから。

もっと探せば、ベターな選択があるかも。
そりゃ、そうだと思う一方、
いや、もっと選択肢があったら、
決められないのでは?とも思います。

そのとき思い出したのは、以前雑誌で目にした
女性タレントのインタビュー。
クローゼットに入りきらないくらいの服や靴を
持っているにもかかわらず、買っても、買っても
「今日着る服がない」
「今日のコーディネートに合う靴がない」
と毎日思う、と書いてありました。

選択肢を増やせば増やすほど、
どの選択肢も選べなくなってしまい、
選択した後も、満足しないという現象を
行動経済学では「選択のパラドックス」と言うそうです。

通常、選択肢が多いのは、選択の自由度が高い
ということなので、幸福度が上がると考えられますが、
選択肢が多すぎるのは逆に不満足につながってしまう
ということなんですね。
それはなぜかというと、選択肢が多いと、
自分が選んだ選択肢以外の選択肢にベストなものが
あったのではないかと後悔してしまうから。
そして、それほどたくさんの中から選んだのだから、
自分が選択したものはすばらしいものに違いないと、
期待値を必要以上に高めてしまうからだそうです。

人気ブロガーのミニマリストしぶさんは、
服も靴もバッグも3種類に絞っているそうです。
色も3種類に決めているので、
古くなって、新たに購入するときも、
その3色から選ぶのだとか。
さらに、休日のアクティビティーも、たとえば
「片付ける」「読書をする」「岩盤浴」をするなどの
3種類に決めているそうです。

そうか。私、ミニマリストの方々は、
選択にかける時間を節約しているのだと
思っていたのですが、それだけではなくて、
選択肢が多いことから生まれる不幸から
逃れていたのか、と気づきました。

選択のパラドックスは、
相手に何かを提案するときや、
相手に選択してもらいたいときにも
意識すべきことですね。

「なんでも思いついたことを言ってください」
と言われた人はおそらく困るけれど、
「~について、なんでもすきなことを言ってください」
と選択肢を狭めると発言しやすいでしょうし、
「20種類の中から選んでください」
だと、相手は迷ってしまいますが、
「3種類の中から選んでください」
は満足度を高められるのではないでしょうか。

私のこのメルマガも、「何を書こうか」と
ネタジャーニーを始めてしまうと、
延々と情報収集を続けてしまいがち。
しかも、情報を入手すればするほどピンと来ず、
もっといいネタはないかとさらに探すことに。
そもそも最初にメッセージを思いついていないときは、
ネタを探してもピンとくるわけはないのですが、
それを忘れて延々とネットの記事を読んだりしてしまい、
エンドレスジャーニーになります。
選択のパラドックス、意識しようと思います。

早いものでもう10月。寒くなってきましたので、
体調に気をつけてまいりましょう。

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先日、東名高速を車で走っていたら、
神奈川県大和市に差し掛かったあたりで、
大きな横断幕が目に入りました。

「70歳を高齢者と言わない街、大和市」

その頃、ちょうど大きな案件を抱えていて
「私は20代か!」とツッコミを入れたくなるような
働き方をしていた私は、これを見た瞬間、

「うー、 まだまだ働くのかー」と
泣きそうになりました。

あとから冷静になって、
大和市のサイトをのぞいてみると、

「人生100年時代」を迎える超高齢社会では、
一般に65歳以上を高齢者とする
固定観念を変えていくことが必要。
一人ひとりが大和のかけがえのない存在。
支えを必要とする方には手を差し伸べながら、
この世代の方々が、個々の意欲や能力に応じて、
いつまでも生き生きと活躍していただきたいと考え、
「70歳代を高齢者と言わない」ことを宣言。

というようなことが書いてありました。

うむ、なるほど。
「人生100年時代」「生涯現役」という言葉を
よく耳にするようにはなりましたが、
確かに昔の70歳と今の70歳は全然違います。
今の70歳はおじいちゃん、おばあちゃんではないですね。

サザエさんでは、波平さんは54歳という設定です。
びっくりしますよね。65歳くらいかと思っていました。
マンガとはいえ、昔の54歳はあのくらいの
おじいちゃん度だったのかもしれません。

さて、一方でこんな調査もあります。
アクサ生命が20~60代の男女1,000名を対象に
行った、人生100年時代に関する意識調査です。

人生100年時代をどう捉えているか?という
問いでは、ポジティブとネガティブが同じくらい。
若干ポジティブが多いくらいでした。

老後生活をどう捉えているか?という
問いでは、楽観的が4割弱、
悲観的が6割を超えています。

ネガティブ、悲観的な理由の多くは
金銭的なこと、身体的なことでした。

人生100年時代がポジティブに捉えられ、
実際に高齢者がいきいきと活躍し続けるためには
社会のしくみや医療のしくみ含め、
様々なことが一緒に変わっていかなくては
ならないのだなと思いました。

そして、働く側で考えてみると、
このコロナ禍は
働く人にとっての仕事観、人生観に
大きな影響を及ぼしたと思っています。

アデコの調査では、
20代、30代の約4割が、
コロナ禍で仕事観が変わったと回答しており、
若い世代のほうが影響を
受けていることがわかっています。

今後は、キャリア教育も急速に
変わるのかもしれません。
自分はどういう仕事をして、
どう生きていくのか。
そういうことを早い段階で
考えていくようになるのかもしれないですね。

あ、「70歳を高齢者と呼ばない街」から
いろんなことを考えてしまいました。

とりあえず私は、早急に
ワークライフバランスを整えたいと思います 笑

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用事があって家を2日ほど空けたら、
ちょうどプラごみを捨てる曜日とかぶってしまい、
捨てられませんでした。

1週間分のプラごみ、すごい量です。
我が家は今、子どもたちが夏休み中。
消費する食材も多いし、スナックやアイスなども
いつもよりも多く買っています。
とにかく食べ物の包装容器の量が多いのです。

この原稿を書くために、ごみ袋の中を
ゴソゴソ調べてみましたが、
うーん、こんなに大量のプラ包装・プラ容器がないと
暮らしていけない生活だったのか、と驚いてしまいました。
普段そんなに気にしていない自分が恐ろしい。

たとえば、
10個入りのクッキーだと、
外側の大袋が1枚、個包装されているからプラス10袋。
個包装されているので清潔だし、
袋を開けても一度に食べなくてもいいし、
品質も保たれるのでしょうね。
6個入りのロールパンも、
外側の大袋が1枚、なぜか中にプラスチックの
トレーが入っていたりして、それでプラス1枚。
このトレーは、形崩れを防ぐためなのか、
それとも輸送するときに、積みやすくしているのか、
いずれにしても丁寧に個包装されているものが
多いことに改めて気づきますね。

国連環境計画(UNEP)の報告書によると、
日本人1人当たりのプラスチックごみ廃棄量は年間32kg。
米国に次いで世界第2位です。
Reduce=ゴミを減らす、をやろうと思うと、
この暮らし方を変えなくてはならないわけで、
「こりゃ、大変だ」と今さらながら思いました。

そんな中、京都に本格的な量り売りの
スーパーができたという記事を目にしました。

この店は、容器包装ごみと食品ロスを無くすことを
目指していて、利用客は必要な食材を
必要な分だけ量り、持参した容器か、
店が貸してくれる返却式の容器に入れて購入。
ナッツやドライフルーツだけではなく、
生鮮品も扱っているらしく、
米、味噌、油、豆腐、卵など、
すべて必要な分だけ買えるといいます。
サザエさんがお鍋を持って
お豆腐を買いに行っていましたが、あれですよね

さらに、レストランを併設していて、
生鮮品は悪くなる前にレストランで調理するシステム。

この仕組みがうまくいったら、フランチャイズにして、
全国に量り売りを広め、日本の容器包装ゴミと
食品ロスをゼロに近づけていきたいと言います。
すばらしいなあ、と思いました。

記事の中にこんなことが書いてありました。

量り売りはどうしても面倒くさいという印象があって
敬遠されがち。
でも、その「面倒くさい」を「楽しい」に変えれば、
利用してもらいやすい。
量り売りという体験自体が楽しいと思ってもらえるよう、
たとえば買ったピーナッツをその場でセルフで
ピーナッツバターにできる機械も用意している。

そうですよね。
棚にある商品をサッと手に取って
レジでピッとやる暮らしに慣れていると、
家から容器を持ち出して自分で量って入れるなんて、
面倒くさいに違いない。
でも、今までの買い物の仕方と比較せずに、
楽しい体験をして、しかも地球に優しいことをしている
と思えば、わくわくしてくるから不思議です。

そしてこの店、写真で見ただけですが、
とってもおしゃれ。
量り売りは楽しいし、おしゃれだし、
地球にいいことしてるってかっこいいよね!
という捉え方が若い世代にどんどん広がれば、
浸透していくんだろうなと思いました。

そんなことを考えていたら、
リモートワークやオンライン会議なんかも
同じなのかもしれない、と思いました。
今までのように、オフィスで対面で仕事をする、
ということを前提にして、それと比較すると、
やはり不便さばかりが目につきますが、
新しいことと捉えれば、プラスに見えてくる。
暮らし方や何かのスタイルが大きく変わるときは、
捉え方が変わることとセットなのかもな、
と思いました。

それで思い出しました!
先日、見切り品コーナーと書かれたワゴンが
スーパーのフロアの端っこに置かれているのを発見。
置いてある場所自体、もう見切りました、のようで
雰囲気も良くない。明らかに人気がありません。
そりゃ、そうですよね。
見切り品なんて書かれたワゴンの前に
多くの人は、あまり立ちたくないのではないでしょうか。

そこで、「見切り品コーナー」と呼ぶのをやめて、
「SDGsコーナー」と呼ぶのはどうだろうと思ったんです。
「フードロスを防ぎませんか?」みたいにして、
デザインが良い、おしゃれなコーナーにする。
これを買うことが「かっこいい」「地球にいい」ことと
捉えられるようにすると売れると思います。
どなたかぜひ採用をー。

8月も終わりに近づいてきました。
まだまだ暑いですが、元気にまいりましょう。

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暑いですね...。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか...。

というふうに、「三点リーダー」、
ついつい多用してしまっていませんか?

三点リーダーとは文末につける「...」のこと。
少し前に、「三点リーダー症候群」という言葉が
話題になったりもしました。

友人間、家族間なら
気にならないかもしれませんが、
ビジネスの場で使われていると、
相手の心境を探らなくてはならず、
困ることもありますね。

三点リーダーに込められた意味、
思いつくままに挙げてみました。

1 言い切る自信がないです
例: ~だと思いました...。

2 微妙に抗議しています
例: 以前のご指示で進めておりますが...。

3 普通に 。で終わると、
言い方が強すぎる気がするので
あなたを怒らせてしまうのではと心配です
例:よろしくお願いいたします...。

4 これでいいのでしょうか。ご指示ください
例: 資料をまとめておきました...。

5 などなど、ほかにもいろいろあるんです
例: ~にご連絡したり、スケジュールを調整したり...

6 ごめんなさい
例: 返信を忘れておりました...。

7 単なるつぶやきです。あまり気にしないでください
例: お腹がすきました...。
疲れました...。

ほかにもあるかもしれませんが、
大体こんなところでしょうか。

そして書きながら、気づきました。

これは危険ですね。

というのは、書いている人が
三点リーダーに込めたメッセージが
そのままの意味で受け取られるとは
限らないからです。

たとえば、上記の 1 の場合、
書く側が、なんとなく自信がなく、

~だと思いました...。

と書いたとしても、
受け取る側は、

「この人、なんか言いたいことあるのかな。
怒ってるのかな。それなら、こうしてほしいと
言えばいいのに」

と思うかもしれません。

3 で挙げた例も、そう。
言い方が強すぎて、
相手を怒らせたくないという理由で、
三点リーダーをつけたのに、

「何かほかにも言いたいことが
ありそうなのに、
この人ははっきり言わない」

と、結果として
怒らせてしまうことにもなりかねません。

そう考えてみると、三点リーダー、
使う人の「甘え」の現れかもしれません。
はっきりは言わないけど、
それに近いことは言いたい、ってことですもんね。

そんなことを思いながら、過去に
自分が書いたメルマガを読み返すと、
まあ、使ってる、使ってる、三点リーダー!
甘えがいっぱい。言いたいことは、
しっかり言い切らなくちゃなと反省しました。

本来は、「...」は
驚きや悲しみで言葉にならない状態や、
何かに言葉を遮られた状態、
沈黙、
言葉を飲み込んだ状態などを表すものですよね。

本棚にあった本をパラパラめくってみました。
(小説の会話に使用されている場合は、
三点じゃないんですね)

「出来るものなら三毛の代わりに......」
(夏目漱石『吾輩は猫である』)
この状況は、
「三毛の代わりに、この野良猫が亡くなればよかったのに」
を飲み込んでいます。

「......かわいそう......だね。お父さん。」
(平野啓一郎『ある男』)
この状況は、動揺しながらも言葉を絞り出している状態。

小説の三点リーダー探し、延々に続きそうなので、
このへんでやめておきます。

今日の学びです。
ビジネスの場ではもちろん、プライベートでも
こちらの意図を伝えなくてはならない場では、
三点リーダーではなく、
しっかり言葉で伝えましょう。

暑い日が続きます。
健康第一でまいりましょう。

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今年の初め、SNSである貼り紙が
話題になりました。

「STOP! 教え魔」と書かれたポスター。
そこには、
「全国のボウリング場の悩みランキング
ナンバー1は、お客様がお客様に
ボウリングのコーチングをする
教え魔がいることです」と書かれています。

このポスター、
教えられて困っているという
利用客からの苦情を受け、
あるボウリング場が場内に貼り出したもの。
SNSにアップしたのは、
このボウリング場をよく訪ねていた利用客で、
日頃から困っている人を見かけていたので、
よく貼り出してくれた!という
思いだったそうです。

これをきっかけに、SNSでは、
「うちにも教え魔がいます!」という声が
相次ぎました。

「うちのボウリング場にもいます」
という声のほか、
「うちのゴルフ場にもいます」
「うちのゲームセンターにもいます」
「うちのジムにもいます」
「うちの将棋教室にもいます」

こうなると、日本全国教え魔だらけ。
なぜ、人はこんなに教えたくなって
しまうのでしょうか。

心理学的に言うと、その理由は、

1 教えるものを愛しているから
2 教えることで気持ちが良くなるから

だそうです。

例えば、
ゴルフが大好きで、ゴルフ歴も長い。
テクニックも身についている。
気をつけなくてはならないことが何かわかっている。
始めたばかりの人に何とかこれを教えてあげたい。
喜ばれるはずだし、自分と同じように、
ゴルフが大好きになってくれるはずだ。
で、初心者を見つけると、ついつい教えてしまい、
それを続けているうちに、指導者気分になって、
気持ち良くなってきた。

そんなところでしょうか。

本人としては親切心なのかもしれません。
そこが厄介ですね。

新潟青陵大学の碓井教授によると、
「ゴルフ場やボウリング場に多いということから、
教え魔には中高年の男性が多いという印象がありますが、
年齢・性別関係なく、
だれでも教え魔になる可能性があります」
とのこと。

心理学の研究でこんな実験があるそうです。

ある集団を、ランダムに先生役と生徒役の
2つのグループに分けます。
先生役には問題と解答と解説を事前に渡し、
生徒役に教えてもらいます。

こうして先生役と生徒役の心理を調べたところ、
先生役になった人のほうが、
「頭が良く、賢く、人格的にも優れている」
と感じやすい傾向が見られたそうです。

教えていると優越感を感じてしまうのか・・・。
考えてみると、
確かに教え魔は男性だけじゃないですね。
職場にもいたし、
PTAのお母さんたちにもいたなあ。

さてさて、
教えることができる人が大勢いるということは、
本来はいいことだと思うのですが、
教え「魔」にならないためには
どうすればいいのでしょう。

コーチングでは、
相手に「学びたい」という意志があることが
大前提だそうです。
「教えてほしい」と相手が思っていないのに、
あれこれアドバイスするのはNG。
それは、相手の学びにならないからです。

教え「魔」と言われてしまうのは、
「勝手に」「教えてやろう」を始めてしまうから。
この方法では、相手のためではなく、
自己満足のためになってしまうんですね。

あああ、思い返すと、私、
子どもが小学校のときは教え魔だったかも。
ものすごい勢いで鉄棒を教えた記憶が
蘇ってきました(汗)。

皆さんは教え魔になっていないでしょうか。
過去になったことはないでしょうか。

暑くなりました。
連休前、体調に気をつけてまいりましょう。

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気がつくともう7月。
耳を澄ますと、蝉の声も。
今年も夏がやってきました。

とはいえ、この夏も、
まだまだコロナの影響で
「夏を満喫!」というわけにはいかなそう。
ゆっくり旅行でもしたいところなんですけどね。
なんて思っていたら、こんな調査を見つけました。

旅行予約サイトのエクスペディアが、
世界12地域15,000人を対象に実施した
「旅に関する調査」です。

「休暇を取ることで解放されたらうれしいことは何か」
という問いに対し、日本人の回答で多かったのは以下でした。

1位 「家で料理をすること」(46%)
2位 「食事の片付けをすること」(45%)
3位 「洗濯をすること」(33%)

ちなみに、同じ質問でのフランス人の1位の回答は
「同じ道を歩くこと」(70%)
(日本人は9%)

イタリア人の1位は
「毎日同じ人に会うこと」(38%)
(日本人は9%)

調査対象の15,000人の男女比が定かではないのですが、
日本人の回答者に女性が多いのかもしれませんし、
リモートワークの影響で、男性の家事参加も
増えているのかもしれません。
いずれにしても、日本人は単純に家事に疲れているようです。

で、私が注目したのは、この調査を取り上げた記事に
書き込みされたコメントです。

「多分料理そのものより、献立を考えることに始まり、
在庫チェック、食材買い足しなどの一連の作業が
煩わしいからだと思う」

これに対し、同意のコメントが多数あって、
その中には、

「私も、食材が全て揃っていて、
頭の中で献立を組み立て終えたときは、
もうできたと言っても過言ではないくらいの
気持ちになります。
調理の部分って最終段階なんですよね」

というものもありました。
いや、私も本当にそう思います。
そして、これは原稿を書くことに
本当に似ているのです(ここが本題!)

まずは、どんなメッセージを伝えるのか、
そのためにどんな素材が必要なのかを考え、
素材を調達する。
ここができればもうできたようなもので、
パソコンに向かって原稿を書くのは最終段階です。

しかし、伝えたいメッセージがない場合が
あるわけです。
忙しくてインプットが少ないときなど、
日々の気づきがあまりないときです。
その状態のまま、なんとなく、
このネタをきっかけに書けるかな?と思って
書き始めても、メッセージがないので、
ただ文字が埋まっているだけの状態。
「で、何が言いたいの?」と
なってしまいます。

これは、献立が決まらずに、
なんとなく食材をそろえて、
なんとなく料理を始めた場合と似ています。
ゴールが見えていないから、
途中で味つけを迷ったりして、
塩コショーしたかと思ったら、
醤油を入れてみたり、
途中でいろいろ追加してみたり。
すると、「まあ、食べられるけど、これ、何?」
と聞かれるようなものができあがるわけです。

考えてみると、料理はもちろん
その他の家事においても、
前段階が大変なんじゃないかと思えてきます。
いくら掃除機や洗濯機の性能が良くなっても、
準備段階の負担が減らない限り、
劇的に家事時間が縮小されたり
しないのかもしれません。
将来的にそこはAIが担ったりするんですかね。

家事から解放されるための休暇ではなく、
旅先で非日常を楽しむための休暇がとれる社会に
早くなるといいのですが。

そんなわけで今回は、
家事も原稿も準備段階が大事だし大変、
というお話をしながら、
遠回しに、この原稿が遅れた言い訳をしてみました・・・

暑くなってきました。
体調に気をつけてまいりましょう。

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思春期の息子と話をするのは大変です。
会話の8割が省略されているからです。

学校の友だちと話をする分には
2割で通じるのでしょうが、
大人の私たちには通じません。
そもそも、本人に親にわかりやすく
何かを伝えようというつもりがありません。
というより、話したくないのです、極力。
(我が家の場合ですが・・・)

なので、息子と会話をするときは、
自ずと私からの質問が多くなります。

「だれが?」
「どこで?」
「何に?」
「そもそも、どうして?」

と、一から聞いていかないと全体像が掴めません。
いつもだいたい3問目くらいで、
返事が返ってこなくなります。
なので、私はいつまでたっても
よくわからないままです。
(我が家の場合です・・・)


さて、「ハーマンモデル」という、
人の「利き脳」を知るための手法があります。
最新の大脳生理学の研究成果をもとに
GEの能力開発センター所長であったネッド・ハーマンが、
ビジネス環境のために開発したタイプ分けのことで、
世界中の多くの企業が組織内のコミュニケーション形成や
能力開発に使用しています。

ハーマンモデルによると、人が考えるときに使う脳は、
大脳新皮質の左脳と右脳、辺縁系の左と右の
4箇所あるとされています。
そして、どこを優位に使用するのかにより、
浮かびやすい疑問符が異なり、
それがコミュニケーションの構築に
影響しているといいます。

浮かびやすい疑問符と優位脳の関係は
以下のようになっています。

「WHY」が浮かびやすい人は優位脳が
大脳新皮質の左脳で、論理型。
事実と分析が好き。なぜそうなるのかを
ポイントを絞って深く追求していく人です。

「HOW」が浮かびやすい人は優位脳が辺縁系の左で
管理型。計画と秩序を重視します。過去の事例や
ルールから、どうやるかを考え、安全策をとる人です。

「WHO」が浮かびやすい人は優位脳が辺縁系の右。
感情型の人です。話好きで社交的。
人物に興味があるため、人の言葉や姿勢に
共感していく人です。

「WHAT」が浮かびやすい人は優位脳が
大脳新皮質の右脳。独創型。好奇心旺盛で、
自由奔放。直感が鋭く、アイデア豊富です。

皆さんは、どこに当てはまりましたか?

ハーマンモデルでは、
同じ効き脳の人同士は価値観が似ているので、
コミュニケーションが取りやすいとしています。
逆に、なかなかコミュニケーションが取りづらいと
感じる相手の場合、相手がどんな疑問符を
使いがちなのかをヒントにすれば、
何を補うといいのかがわかりますね。
たとえば、「WHY」の人には曖昧な説明をせず、
最初にしっかりロジックを示すとか、
「HOW」の人には最初にスケジュールを
提示してから説明する、とか。

あれ? ちょっと待ってください。
うちの息子は完全な「WHAT」タイプ。
私も「WHAT」の傾向が強い気がするので、
もしかして私たちは価値観が合っているのか・・・

もうちょっと大人になったら
おもしろい会話になるんですかねえ。

あっという間に6月も下旬。
もうすぐ夏がやってきますね。
体調に気をつけて、まいりましょう。

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少し前に、テレビで
『羽生善治~天才棋士 50歳の苦闘~』
という番組を観ました。


番組中、羽生さんは何度も
「負けました」という言葉をつぶやき、
対戦相手に深々と礼をして
対局の会場を去っていきました。


私は、全く将棋に明るくないのですが、
羽生さんが天才だ、という認識は
ミーハー程度に持っています。


羽生さんの著書『決断力』も読みました。
勝機は誰にでも必ず訪れることや、
勝つためには周りからの信頼が
大事だということなどを知り、
当時、小学生で地元のサッカーチームに
所属していた次男に、
「いい? だれにでも勝つチャンスは
訪れるよ!」
と、わかったようなことを言って、
嫌がられたりしていました。


私にとって羽生さんは、
天才で、勝つ人、でした。


なので、先日の番組内の羽生さんの姿は
衝撃的でした。
会場を後にする後ろ姿を
ずっとカメラが追っているのも、
何だか嫌でした。


考えてみると、自ら「負け」を
宣言しなくてはならない勝負というのは
残酷です。屈辱的だと思います。
スポーツの勝負で考えたら、ありえない。
何度も少年サッカーを出して恐縮ですが、
そんなことしなくちゃいけないルールに
なったら、みんな泣き喚くと思います。


しかも、将棋には「感想戦」があるのですね。
負けた後、対戦相手と一局を振り返って、
自分がどうやって負けたのかを検証する。
これでもかと「負け」を突きつけられます。


さて、日本将棋連盟のサイトを見ていたら、
こんなことが書いてありました。


「負けを宣言することで、自分の弱さを認め、
その自分に打ち勝ち、努力して成長していく」


将棋を始めたばかりの子どもは、
悔しさのあまり、泣いてしまって
負けを宣言できないそうです。
そういうとき、周りの大人は
「負けることは恥じゃないよ。
負ければ負けるほど、強くなるよ」と
声をかけるのだそうです。


実際、負けを宣言することで、
負けた自分を受け入れ、
なぜ負けたのかを検証して弱点を見つけ、
努力しなければ、次に勝つことができない。
それを身をもって体験するのだと
書いてありました。


そうかあ。
これは、すべてのことに通じますね。
仕事でも勉強でも、うまくいかなかったとき、
自分の現在地を認めて、分析できないと、
どこに向かって努力すればいいのかわからない。
闇雲に頑張っても、成長につながらない。
思考が切り替わるきっかけが
「負けました」の宣言なのかもしれないですね。


そういう目で番組を振り返ると、
負けた羽生さんの後ろ姿を見るのも、
そんなにつらくないような気がしてきました。
むしろ、次!次!と思っていらっしゃるかも。
(いや、ご本人はめちゃくちゃ悔しくて、
そんなことはないでしょうが)


羽生さん、番組内で、こう言っていました。


「将棋は、手付かずのところがたくさんある。
未開拓の部分、未知の部分がある。
そこに何があるのか、知りたい」


そして、あの藤井聡太さんについてこんなことも。


「藤井さんの将棋から多くを学んでいきたい」


いやあ、かっこいい! そう思いました。
感動したので、また、次男に言っちゃいそう・・・


5月もあと少しで終わり。
頑張ってまいりましょう。

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子どもの頃、実家ではいたるところに
布のカバーがかけられていました。
電話カバー。
ティッシュカバー。
トースターカバー。
炊飯器カバー。
ドアノブカバー。


汚れ防止のためだろうなと子どもながらに
想像していましたが、
私は、カバーがかけられていることよりも、
家中の柄の多さが気になっていました。
我が家は、リビングの壁は基本白でしたが、
1面だけがなぜかエジプトっぽい柄、
カーテンはうっすら花柄、
ソファは細かいドット、
カバー類はだいたい小花柄、
もしくはチェックでした。
昭和の家庭では、よくある
ごちゃごちゃ感だったと思います。


あれは高校生のときだったか、
母に、なぜいろんな柄を
チョイスしているのか
聞いてみたことがあります。
(どんな質問の仕方をしたのかは
忘れたのですが)。
すると母は、
「すてきだと思うものがいろいろあるから」と
言ったように記憶しています。
「いろいろあって楽しいじゃない?」的な。


なぜ、こんな話をしているのかというと、
先日、伝わる文章にするためには
捨てることが必要、という記事を読んで、
考えてみると、文章もファッションもインテリアも、
一緒だなあと思ったのです。
あれもこれも盛り込みたいと思うと、
全体としてゴチャっとしてしまい、
何を伝えたいの? 何がしたいの? 
ということになってしまう。


実家のインテリアは、母が楽しんでいるし、
だれかに何かを伝えたいと
思っているわけではないので、よいのですが、
対象者に何かを伝えたいというときは、
やはりモリモリだと問題があるかもしれません。


なぜ要素モリモリになってしまうかというと、
盛り込む作業は楽しいからだな、と思いました。
あれも入れて、これも入れてと
追加していくのは、旅行バッグに
持っていきたいものを入れる感覚に
近いのではないでしょうか
これを着ることもあるかもしれないし、
この靴を履くこともあるかもしれないし、と。
ですが、入らないとわかったとき、
そこから抜くという作業は楽しくない。


文章や企画、デザインでも、
こういうことが起こりますね。
AもBもCも、できればDも入れたい。
でも今回はメッセージを絞るために
Aにフォーカスしたほうがいいとなった。
いやでも、やはりBもCも
少しでいいので入れたい。
Dもほんのちょっとでいいので・・・
などと言いたくなってしまいますよね。
捨てるには勇気がいるのです。


断捨離の提唱者、やましたひでこ氏によると、
捨てられない理由は、「現実逃避」、
「過去への執着」と「未来への不安」
なのだそうです。


文章で言うと、現実逃避は、
「ああ、盛り込みすぎちゃったなあ。
削らなくちゃいけないみたいだけど、
判断するのも難しいから、
まあ、いいか、このままで」
というところでしょうか。


過去への執着は、
「こんなに頑張って書いたのになあ」
「こんなにたくさん取材したのに」
みたいなこと。


未来への不安は、
「今回のターゲットではないけど、
もしかしたらこういう立場の人が読んだときに
必要な情報かも」
「後で足りないって言われるよりは、
入れておいたほうがいいかな。
読む人がいるかもしれないし」
というようなことでしょう。


問題は、いずれも
「今の現実にしっかりフォーカスしていないこと」。
過去や未来ではなく、今どうしたいか、
今何が必要かを考えることが必要なんですね。


ああ、そうか。
結局これ、何かを決断するときの
クセの話ですね。
そう思うと、いろいろ思い当たることが・・・


今にフォーカス。今、何をしたいか。
大事かもしれません。

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早いものでもうすぐ4月。
新しいことを始めるには、いいタイミングですね。


「実は、年初に始めたことがあるのですが、
続いていないんです」
とか
「最初の数日はがんばったのですが、
面倒になってきて」
など、年明けに何か始めてみたものの続かなかった、
という人にとっても、4月はリトライするいい機会。


と、常にいいタイミングを探してしまうこと、
続けられない人あるあるなのかも、と
最近気づきました。
続けられないということは、
ほかに原因があるはずなのに・・・。


そうです。私も数年前の年初、
「今年は、毎朝、近所をランニングする!」と決めて
しばらく走っていたのですが、
1ヶ月ほどで続かなくなってしまいました。


敵は花粉でした(と当時は思っていました)。
1月はわりと順調に走っていたのですが、
2月が近づいたあたりから、
くしゃみと目のかゆみで、走っているよりも、
立ち止まっているほうが長くなってしまい、


「なぜ私は外に出て、わざわざ花粉を
吸い込んでおるんだ?」


という気持ちになって、
花粉シーズンが終わるまでお休みすることに。
しかし、いざ花粉シーズンが終わったと思ったら、
今度はじわじわ暑くなり、


「なぜ私は朝からわざわざこんなに
汗だくになっておるんだ?」


という気持ちになって・・・


ということを、「走る走ると言って、なぜ走らない?」と
聞いてきた次男に、先日説明していたら、
完全に呆れられました。


さて、数年前に『小さな習慣』という本が
全米でベストセラーになりました。
自己啓発ストラテジーの調査と執筆を行う
スティーブン・ガイズ氏によって書かれた本です。
ガイズ氏が本の中で言っていることはいたってシンプル。


習慣化するためには、
目標をばかばかしいくらい小さくする


ということです。


ガイズ氏は、30分の運動を日課にしたくても
まったくできなかったという経験の持ち主。
ところが、当時読んでいた本からヒントを得て、
ばかばかしいと思いながらも、
「毎日腕立て伏せを1回する」ということに
チャレンジした結果、それが最終的に30分の運動に
つながったのだそうです。
ちなみに、この「腕立て伏せ1回チャレンジ」は、
筆者のブログの中で一番反響があった
投稿だったといいます。


そもそも、多くの人は、
自身の管理能力を過信しているのだそうで、
たとえば「毎日腕立て伏せ30回、腹筋30回する」
は無理な目標だと思わず、
十分可能だと思ってしまうのだそうです。
でも、始めてみると、なかなかハードだと気づき、
ストレスになり、続けられなくなる。
確かになあ、と思いました。
欲張っちゃうんですよね、なぜか。


調査によると、人間の行動の45%は習慣として
自動的に行われているといいます。
というのも、脳は省エネを好むから。
えいやと気合を入れないといけないような行動には
たくさんのエネルギーを必要とし、
脳にとってストレスが大きい。
でも、小さな行動は、脳にとって
「新しくて大変な行動がやってきた!」というほど、
ストレスをかけないので、
自動化しやすいということなんです。


そうか、確かに私の走る目標はハードル高めでした。
まず「朝」がハードルが高い、
「外」も高い。
そもそも「走る」も高かったのかも?
ひいい、ちょっと考え直してみます。


まだまだ花粉が舞う季節ですが、
今週もすてきな1週間をお過ごしください。

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