ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーです

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『育成・成長』カテゴリの記事

 

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日ハムの新庄監督、連日大注目ですね。

「新庄監督が新しい風を吹き込んでくれる!」
「とても期待している!」
といったポジティブな意見が大半ですが、
就任会見での派手な服装や
メディアへの露出の高さ、自由奔放な発言から、
「ちゃらちゃらしすぎ」
「ゆるすぎる」
というような意見もあるようです。

私、あまり野球に詳しくはないのですが、
新庄監督の発言を
いろいろなところで見聞きしていると、
監督が日ハムの選手に求めていることは、
ゆるいどころか、超厳しいと思っています。
選手の皆さん、
だいぶぴりっとしているんじゃないかと
想像します。

新庄監督は、
プロ野球はファンあってのものだから、
球団はファンに喜んでもらう仕掛けを
工夫しなくてはいけないと考えています。

選手一人ひとりに、
ファッショナブルでいること、
メディアにもどんどん出て
自分の話をすることを求めているのは、そのため。
多くの人に日ハム選手の
ファンになってもらいたい、
今まで野球に興味がなかった人にも
野球を見てもらいたいという思いからです。

しかーし、選手がルックスなどに
こだわればこだわるほど、
野球そのものの結果に対する世間の目は
厳しくなりますよね、当然。

成績不振に陥れば、
「おしゃれなんかしているからだ」
と言われるのは目に見えています。

でもそんなこと、
新庄監督は最初からわかっています。
だから、白い歯を輝かせながら笑顔で言うのです。
「もちろん結果出しますよ。当然ですよ。
当たり前じゃないですか。
選手には努力を努力と思わないで楽しんでほしい。
たのしんじょう!」と。
選手は、えらいことになった、と思っているに
違いありません。

私の勝手な印象ですが、
野球は、スポーツの中でも、
古い慣習が根強く残っている
種目なのではないかなと思います。

先輩後輩間の規律の厳しさはもちろん、
髪型、練習の仕方など、
昔ながらのやり方がそのまま引き継がれているところが
多いのではないでしょうか。

たとえば、丸刈りルール。
日本高野連と朝日新聞社が行っている調査では、
野球部に「丸刈り」ルールがある学校は、
2018年時点で77%だそう。
やっぱりまだまだ丸刈りルールがあるんですね。

興味深いのは、1993年では51%、
98年は31%と減っているのに、
その後増えて2013年には8割に達していること。

なんでしょう、これは。
丸刈りをやめたら、チームの規律が乱れたのか、
それによって成績が悪くなったのか。
それは書かれていなかったのですが、
多くの学校が「やっぱり、丸刈りがよかった」と
思ったってことですよね。
もしかしたら、一つの学校が
丸刈りルールに戻したら、
うちも、うちも、と
増えていったのかもしれませんね。うーむ。

そういえば、こんなことも思い出しました。

以前、子どもがリトルリーグに所属している
ママ友が、
「うちのチームは監督が年配の人で
すごく厳しくて、選手のルールも厳しいけど、
観戦する保護者にも厳しいルールがあるよ」
と言うので、どんなルールが聞いてみたら、
「肌を見せてはいけない。ノースリーブは禁止。
半袖はいいけどなるべく肌を露出しないもの。
襟元もしまっているもの。
足首も見せてはいけないので、
長いパンツしか履けない」と説明してくれました。

なんじゃ、そりゃ! と驚きました。
選手にとって悪影響はないですよね。
だって、若い女の子じゃないですよ、
観戦しているのは。なんて思っていたのですが、
しばらく理由を考えてみて、
これは他チームへのアピールだなと思いました。
うちはこんなに規律正しいチームです!
統率とれています! ということかなあ、と。
でも、統率とれている=強いチーム なのかな...。

とまあ、ちょっと逸れましたが、
野球は、まだまだ古い慣習が残っている
スポーツだと感じているわけです。

先ほどの丸刈りもそうですが、
選手は「こうしなさい」「これは禁止」を
ちびっこの頃から言われ続けてきて、
それは極端に言うと、自分で「考えるな」と
言われてきたようなものだなあと思います。

そう考えると、
いろいろ自分で判断しなくちゃいけなくなった
日ハム選手たち、やはり大変だと思うのです。

プロなんだから当然でしょ、と思う反面、
選手にとっては、「長髪禁止」「ひげ禁止」
「トレーニングはこれとこれを必ずやる!」
のように、やってはいけないこと・やることが
きっちり明示されているほうが
楽なんだろうなと思うからです。

一見、「自由」ですが、
実は「自律」が要求されている新庄日ハム。
選手は考え方を大きく変えないといけないですよね。
頑張れ、日ハム選手!(保護者目線)

さて、気がつくと、今年もあと少し。
一段と寒くなりましたが、
体調に気をつけてまいりましょう!

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先日、YouTubeで何気なく観た、
お笑いコンビ、ティモンディ 高岸さんの
ヤクルト始球式の動画で感動してしまいました。

昨年10月、神宮球場で行われた
ヤクルト-広島戦。
この日は、ヤクルトのキャンプ地である
松山市と交流を深める「松山DAY」で、
松山市の野球強豪校、済美高校の
野球部出身であるティモンディ高岸さんが
始球式のマウンドに立ちました。
キャッチャーはコンビの相方であり、
同じく済美高校野球部出身の前田さんです。

高岸さんは、芸能界最速と言われる
147kmの豪速球を投げることで知られています。
どれだけ速い、いい球を投げるのか。
観客の視線が高岸さんに注がれます。

しかし、高岸さんは一向に
投球モーションに入れません。

涙を流しているのです。
涙を拭いて、帽子をかぶりなおして、
モーションに入ろうとするのですが、
また涙が流れてくるから、まったく投球できない。

何度も、何度も涙を拭いて、
ようやく振りかぶって投げた球を
しっかりとキャッチした前田さん。
マスクを上げて、やっぱり涙を拭いて、
マウンドに駆け寄り、笑顔で高岸さんと
抱き合います。
球場全体から温かい拍手が巻き起こりました。


彼らは高校の野球部時代、
甲子園優勝を目指し、
その後はプロになることを夢見ていたと
雑誌の記事で知りました。
野球部のモットーは「心技体」ならぬ「体心技」。
まずは体を作ることから、というトレーニングは
相当キツかったと言います。

ところが、甲子園に出場できたのは
高1の一度きり。しかも応援席。
卒業後、高岸さんは大学で野球を続けましたが、
怪我でプロの道を断念。
前田さんもまた大学で野球をやることは
ありませんでした。
その後、高岸さんの誘いでお笑いの道に。
結成時、「始球式に出る」ということを
一つの目標にしていたそうなのです。

マウンドに立ったとたん、
野球に打ち込んだ高校時代の熱い思い、
そして怪我をしたときの絶望感、
お笑いの誘いを受けてくれた前田さんへの感謝、
いろいろが一気に押し寄せてきたのかも
しれません。

一生懸命打ち込んだ経験があるから、
感情が溢れ出してしまうのだと思いました。
そして、頑張っている人、頑張った人、
新たな夢を叶えた人の姿はやはり感動的だなあ、
ともらい泣きしながら感じました。


さて、ここ数年で「グリット GRIT」という
ワードを耳にするようになりました。
アメリカの心理学者、
アンジェラ・ダックワース氏の著書
「GRIT やり抜く力
人生のあらゆる成功を決める
『究極の能力』を身につける」
は、日本では2016年に発売され、
ベストセラーになりました。

GRITとは、
G Guts(闘志)
R Resilience(粘り強さ)
I Initiative(自発)
T Tenacity(執念)
の頭文字をとったもの。

GRIT、やり抜く力がある人は、
芯があり、それでいて変化への適応力が高いと
言われています。
グーグルではGRITがある人を
積極的に採用し始めており、
ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなど
多くのビジネスリーダーがこの力を
重視しているのだそうです。

書籍の中で、ダックワース氏は
成功した人の多くは「天才」だから、
また「才能」があったからと
言われることが多いが、そうではなく、
共通してあるのはGRITだと言っています。

「ガッツがない」とか「粘り強く」なんて
今の子どもたちに言うと、
「出た! 昭和!」とか言われがち。
うちの次男なんかは、必ずそう返してきますが、
でも、やはり、何かに打ち込んでいくためには、
こうした力が必要なんだなと改めて感じます。

ところで、GRIT、
大人になってからも伸ばせるそうなのです。

そのために必要なことは、
・興味があることに打ち込む
・失敗を恐れずにチャレンジし続ける
・小さな成功体験を積み重ねる
・GRITがある人たちの中に入る
 もしくは近くにいく

どうでしょう。
最初の3つは、いやいやそれが難しいんですよと、
怠け癖がある私は思ってしまう感じですが(笑)、
4つ目はいいかもしれないと感じました。

GRITがある人たちの輪に入ると、
周りの価値観が自分のスタンダードに
なっていくからです。
ランニングのアプリで周りの人たちとつながり、
一緒に目標を達成していくというのは
まさにこれですよね。

秋も深まってまいりました。
運動するにも、芸術活動をするにもいい季節。
GRITを伸ばすためにはベストなシーズンかもしれません!
(しかし食べるにもいい季節なんですよね...)

今週もあと少し、がんばってまいりましょう!

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今年の初め、SNSである貼り紙が
話題になりました。

「STOP! 教え魔」と書かれたポスター。
そこには、
「全国のボウリング場の悩みランキング
ナンバー1は、お客様がお客様に
ボウリングのコーチングをする
教え魔がいることです」と書かれています。

このポスター、
教えられて困っているという
利用客からの苦情を受け、
あるボウリング場が場内に貼り出したもの。
SNSにアップしたのは、
このボウリング場をよく訪ねていた利用客で、
日頃から困っている人を見かけていたので、
よく貼り出してくれた!という
思いだったそうです。

これをきっかけに、SNSでは、
「うちにも教え魔がいます!」という声が
相次ぎました。

「うちのボウリング場にもいます」
という声のほか、
「うちのゴルフ場にもいます」
「うちのゲームセンターにもいます」
「うちのジムにもいます」
「うちの将棋教室にもいます」

こうなると、日本全国教え魔だらけ。
なぜ、人はこんなに教えたくなって
しまうのでしょうか。

心理学的に言うと、その理由は、

1 教えるものを愛しているから
2 教えることで気持ちが良くなるから

だそうです。

例えば、
ゴルフが大好きで、ゴルフ歴も長い。
テクニックも身についている。
気をつけなくてはならないことが何かわかっている。
始めたばかりの人に何とかこれを教えてあげたい。
喜ばれるはずだし、自分と同じように、
ゴルフが大好きになってくれるはずだ。
で、初心者を見つけると、ついつい教えてしまい、
それを続けているうちに、指導者気分になって、
気持ち良くなってきた。

そんなところでしょうか。

本人としては親切心なのかもしれません。
そこが厄介ですね。

新潟青陵大学の碓井教授によると、
「ゴルフ場やボウリング場に多いということから、
教え魔には中高年の男性が多いという印象がありますが、
年齢・性別関係なく、
だれでも教え魔になる可能性があります」
とのこと。

心理学の研究でこんな実験があるそうです。

ある集団を、ランダムに先生役と生徒役の
2つのグループに分けます。
先生役には問題と解答と解説を事前に渡し、
生徒役に教えてもらいます。

こうして先生役と生徒役の心理を調べたところ、
先生役になった人のほうが、
「頭が良く、賢く、人格的にも優れている」
と感じやすい傾向が見られたそうです。

教えていると優越感を感じてしまうのか・・・。
考えてみると、
確かに教え魔は男性だけじゃないですね。
職場にもいたし、
PTAのお母さんたちにもいたなあ。

さてさて、
教えることができる人が大勢いるということは、
本来はいいことだと思うのですが、
教え「魔」にならないためには
どうすればいいのでしょう。

コーチングでは、
相手に「学びたい」という意志があることが
大前提だそうです。
「教えてほしい」と相手が思っていないのに、
あれこれアドバイスするのはNG。
それは、相手の学びにならないからです。

教え「魔」と言われてしまうのは、
「勝手に」「教えてやろう」を始めてしまうから。
この方法では、相手のためではなく、
自己満足のためになってしまうんですね。

あああ、思い返すと、私、
子どもが小学校のときは教え魔だったかも。
ものすごい勢いで鉄棒を教えた記憶が
蘇ってきました(汗)。

皆さんは教え魔になっていないでしょうか。
過去になったことはないでしょうか。

暑くなりました。
連休前、体調に気をつけてまいりましょう。

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少し前に、テレビで
『羽生善治~天才棋士 50歳の苦闘~』
という番組を観ました。


番組中、羽生さんは何度も
「負けました」という言葉をつぶやき、
対戦相手に深々と礼をして
対局の会場を去っていきました。


私は、全く将棋に明るくないのですが、
羽生さんが天才だ、という認識は
ミーハー程度に持っています。


羽生さんの著書『決断力』も読みました。
勝機は誰にでも必ず訪れることや、
勝つためには周りからの信頼が
大事だということなどを知り、
当時、小学生で地元のサッカーチームに
所属していた次男に、
「いい? だれにでも勝つチャンスは
訪れるよ!」
と、わかったようなことを言って、
嫌がられたりしていました。


私にとって羽生さんは、
天才で、勝つ人、でした。


なので、先日の番組内の羽生さんの姿は
衝撃的でした。
会場を後にする後ろ姿を
ずっとカメラが追っているのも、
何だか嫌でした。


考えてみると、自ら「負け」を
宣言しなくてはならない勝負というのは
残酷です。屈辱的だと思います。
スポーツの勝負で考えたら、ありえない。
何度も少年サッカーを出して恐縮ですが、
そんなことしなくちゃいけないルールに
なったら、みんな泣き喚くと思います。


しかも、将棋には「感想戦」があるのですね。
負けた後、対戦相手と一局を振り返って、
自分がどうやって負けたのかを検証する。
これでもかと「負け」を突きつけられます。


さて、日本将棋連盟のサイトを見ていたら、
こんなことが書いてありました。


「負けを宣言することで、自分の弱さを認め、
その自分に打ち勝ち、努力して成長していく」


将棋を始めたばかりの子どもは、
悔しさのあまり、泣いてしまって
負けを宣言できないそうです。
そういうとき、周りの大人は
「負けることは恥じゃないよ。
負ければ負けるほど、強くなるよ」と
声をかけるのだそうです。


実際、負けを宣言することで、
負けた自分を受け入れ、
なぜ負けたのかを検証して弱点を見つけ、
努力しなければ、次に勝つことができない。
それを身をもって体験するのだと
書いてありました。


そうかあ。
これは、すべてのことに通じますね。
仕事でも勉強でも、うまくいかなかったとき、
自分の現在地を認めて、分析できないと、
どこに向かって努力すればいいのかわからない。
闇雲に頑張っても、成長につながらない。
思考が切り替わるきっかけが
「負けました」の宣言なのかもしれないですね。


そういう目で番組を振り返ると、
負けた羽生さんの後ろ姿を見るのも、
そんなにつらくないような気がしてきました。
むしろ、次!次!と思っていらっしゃるかも。
(いや、ご本人はめちゃくちゃ悔しくて、
そんなことはないでしょうが)


羽生さん、番組内で、こう言っていました。


「将棋は、手付かずのところがたくさんある。
未開拓の部分、未知の部分がある。
そこに何があるのか、知りたい」


そして、あの藤井聡太さんについてこんなことも。


「藤井さんの将棋から多くを学んでいきたい」


いやあ、かっこいい! そう思いました。
感動したので、また、次男に言っちゃいそう・・・


5月もあと少しで終わり。
頑張ってまいりましょう。

作家の辻仁成氏のブログが好きで、よく読んでいます。


息子さんが我が家の長男と同学年であり、
パリでの子育ての話、教育の話、料理の話がすごく興味深いのです。


辻氏は小説家やミュージシャン、映画監督など、
いくつもの顔を持っていますが、
ここ数年注目されているのは、やはり料理人としての顔。
今では高校生になった息子さんのために
辻氏が作り続けてきた料理の数々は、
『パリのムスコめし』という料理本にもなりました。


しかし、辻氏、
昔から料理が得意だったわけではありませんでした。
7年前、突然息子さんと2人家族に
なってしまったときは、
毎日ハンバーガーを食べていたとか。
パリでどうやって2人で生きていくのか、
途方に暮れていましたが、
ある日、なんとか家の中を明るくしなくてはいけない、
という思いで、食卓から元気にすることを決意。
キッチンに立つようになったのだそうです。


辻氏のブログには、その日作った料理が
紹介されていることが多いのですが、これがすごいレベル。
簡単なフランス料理、和食はもちろん、
デザートまで軽々作っています。
フルーツタルトやショートケーキ、
バケットまで焼いてしまう。
オリジナルのレシピも多く、
料理歴7~8年でこんなに自由自在に
料理ができるなんて、びっくりです。


これは私の勝手な推測ですが、
辻氏のように料理がどんどん上手くなる人、
しかもオリジナルレシピを考案できる人は、
料理中、見えていないところで
自分が何をしているのかをつかむ力があるのだと思うのです。


どういうことかというと、
たとえば、レシピをただ追っているだけだと、
酒大さじ2、みりん大さじ2、しょうゆ大さじ1.5を
単純に計って入れているだけなのですが、
何をしているのかをつかむのが早い人は、
ここですでに割合の法則を理解している。
さらに、それぞれの調味料がどんな役目を
果たしているのかも、おそらく理解している。
そこがわかると、たぶん別の料理にも
応用できるようになると思うのです。


辻氏は、たぶん、そんな要領で、
フランス料理も、デザートも、
調味料のだいたいの割合や役目、
それらを使うとどんなできあがりになるのかを
感覚的に把握されたのではないでしょうか。


これは料理に限ったことではありません。
たとえば、スポーツでも同じことが言えます。
スポーツの上達が速い人も、
直接、見えていないところで
自分が何をしているか、気づいているのだと思います。
見えているところではラケットに
ボールを当てているだけなのですが、
実は重心の移動がポイントだと気づいている、とか。


何年か前、雑誌のインタビューで
当時のレノボの社長、留目氏が、
「物事の本質をつかむには、因果関係を見極めて、
何をどうすればどんな結果が出るのかを
理解することが必要だ」と言っていました。
料理もスポーツも、ほかのことも、
たぶん、上達が速いということは
本質をつかんでいるということなんだろうなと思います。


なんて書きながら、いろいろ考えてみると、
毎日取り組んでいる様々な物事の中にも、
見えていないことがたくさんあるような気がしてきます。
そこを見ようとしたら、
今まで「作業」と思って淡々とこなしていたことが、
突然そうじゃなくなり、飛躍的に上達したりして・・・
ちょっと楽しくなってきたので、
身の回りの「見えていないこと」、見つけてみたいと思います。

「自分で考えて動いてごらん」


小学生スポーツの現場でよく聞かれる声かけです。
我が家の次男が所属するサッカーチームでも、
コーチがよくこの言葉を口にしています。


言われたことだけをやることに慣れると、
言われないと何もできなくなる。
だから、「自分で考える」。
大事なことです。


ところが、次男のチームを見ていると、
「自分で考えろ」と言われても、動けない子が多いように思います。
それは、指示に慣れてしまったから、
という理由もあるかもしれませんが、
考えろと言われても何を考えるのかわからないからなんだろうな、
と私は思います。


考えるためには、少なくとも考えるベースになる、
基本情報がないといけないのだと思います。
サッカーで言えば、
サッカーの基本的なプレーの仕方です。
それがないのではないかなと思うのです。


そんな基本的なこと、教えるものじゃない。
テレビでサッカー観ていればわかるでしょ!
と、コーチたちは思っているかもしれません。
確かに、強豪チームに所属する選手たちや、
サッカーが大好きで向上心がある子たちは
言われなくても試合を分析したりしているかもしれませんが、
残念ながら、サッカーチームに所属していても、
普段から自主的にサッカーを観ていない子も
多いのではないかと思います。


つまり観察不足なのではないかと思うのです。
観察しないから、情報が不足する。
そこから知識を身につけられない。
そんな状態なのに、
自分で考えて動けと言われるから、ただ焦る。
そんなところなのかな、と思います。


そう考えてみると、子どもたちだけでなく、
大人も同じような問題を抱えているのかもしれません。


ミュージシャンの細野晴臣氏は、
一人で答えを出す前に、周りに目を向けることを促しています。


「今の時代は、あなたはどう考えるか、
あなたは何を選ぶか、といった自分の意思を
絶え間なく問われている。
でも、それはなかなか息苦しい。
個人だけで答えを出すことは、
地域や家族といった社会的な価値観から
切り離され、個人が点としてしか存在できなくなるから」


「すでにある伝統は、
みんなが長い年月を掛けて作り上げてきたもの。
だから、あらゆる英知が蓄えられている。
それを学び把握してから、自分のありようを
決めてもいいんじゃないですか」


うーん、確かにそうですねえ。
職場でも家庭でも、
個人の考え、個人の発想を急いで求めない。
求められる方も、焦って答えを出さず、
まず周りを観察することから始める。
そんな余裕を持つことも必要だなと思いました。

日々、目にしたり、耳にしたりする事がらについて、
「あ、これはこういうことなのかも」
と気づいたり、それがヒントになって、
アイデアを思いつくことがあります。


私の場合は、思いつくと言っても、
とても小さなことだったりするのですが、
これが起こると、とにかく誰かに言いたくて
たまらなくなります。


たいてい仕事以外の作業をしている時間、
つまり料理中だったり、掃除中だったり、
に思いつくので、話す相手は家族です。
ああ、また始まったか、という顔をしますが、
聞いてくれて、質問してくれたりします。
ありがたい。


どうして自分はすぐに人に話したくなるのか、
先日、改めて考えてみました。


考えてみてわかったことは、
私が考えたことを相手にもおもしろいと思ってもらいたい、
という欲求はあまりないこと。
どちらかというと、話しながら自分の考えを整理したり、
違う視点から何かを言ってもらって、
理解を深めようとしていることに気づきました。
と書いていると、なんとも自分勝手だということに
気づいたりもするわけです。


こうしてメルマガを書く作業も実は
考えを整理することにとても役立っています。
書きながら、「なるほど」とか
「それは違うなあ」などと呟き、
飼い猫にじっと見つめられることもしばしば。
自分の中の新たな視点に気づくこともあります。


パリで暮らす、作家の辻仁成氏は、
フランスの大学でよく講義をするそうです。
何を話すかは前もって決めず、
当日その場の雰囲気を感じてから
話し始めるというからすごい。
最近は、イナルコ大学という外国語大学で
日本語を専攻する学性に、
小説とは何かという話をしたそうですが、
小説をどう捉えているかを話しながら、
自分はこんなことを考えているんだと
気づいて苦笑したと言っています。


『アウトプット大全』の著者で精神科医の
樺沢紫苑氏がこんなことを言っています。


インプットは自己満足、
アウトプットは自己成長。


インプットとアウトプットの黄金比は3:7で、
インプットの後、いかに多くアウトプットするかが
記憶や知識を定着させるために大事なのだそうです。


アウトプットとは、「話す」「書く」「行動する」。
これらは運動神経と筋肉を使った「運動」で、
運動で得られた情報は小脳、海馬を経て、
大脳連合野という場所に蓄積されます。
このプロセスが知識を定着させることに
つながると樺沢氏は言っています。


なるほど。アウトプットは運動。
インプットとの違いがよくわかりました。


アウトプットのうち、
すぐにできそうなのは、「書く」ですね。
読んだ本や観た映画、聞いた話、
考えたことなどをすぐにメモしたり、
SNSで呟くのもいいかもしれません。


ただ、知識を深めるという意味では、
やはり「話す」もして、意見交換をしたい。
身近にすぐに話せる人がいない場合は、
話せる人に会いに行ってもいいですね。
それが「行動」というアウトプットにも
つながると樺沢氏も言っています。


さて、4月。東京は桜も満開になりました。
今週もすてきな1週間を。

こんな記事を見つけました。


自分は褒められて伸びるタイプだと思うか?
という調査に72.8%が「はい」と回答。
その理由は、
「褒められるとテンションが上がるから」
「褒められるとやる気が出るから」
「へこみやすく、立ち直りが遅いから」
「プレッシャーに弱いから」など


一方、「いいえ」と答えた27.2%の理由は、
「叱られて多少プレッシャーを
感じたほうがいいから」
「褒められると気が緩むから」
「気付かない部分を指摘してほしいから」
「あまり人の評価は気にしないから」など


これ、私は回答するのが難しいと思いました。
私の答えは、褒められても叱られても、
伸びないときは伸びないし、
伸びるときは伸びる。
なぜなら、結局は自分の力だから。
こういう考えの場合は、
「いいえ」にするんでしょうか。。。


今は「褒めて伸ばす」子育てや
育成の仕方が一般的ですね。
で、こういった記事の多くは、
「褒める」か「叱る」か、
の比較で書かれていることが多いです。
どうしてこの2種類なのかな。


私は、先ほども書きましたが、
人が成長するときは結局は自分の力で伸びていくと思うので、
褒めて伸ばそうとか叱って伸ばそうとか、
あまり思いたくないです、個人的に。
そして、そうされたくもないです。
褒められるのが嫌いとか、叱られたくないというわけでは全くなくて、
「伸ばそう」部分がしっくりこないのかもしれません。
面倒臭いタイプですね。


とくに、「褒める」は、考える前に言ってしまった、
ということであってほしいと思います。
思わず出てしまう「すごいね!」のように。
なので、相手が不自然に褒めようと
していたり、お世辞を言っていたりすると、
ムムム?と警戒してしまいます。


そんなことを考えていたら、
アドラーのこんな言葉を見つけました。
「ごほうびやほめ言葉につられて、
私たちの言う通りの行動を取る人が
いたとしたら、
その人は自分の意思で行動しているのではありません」


アドラー心理学では、人を育てるのは、
「褒める」ことでも「叱る」ことでもなく、
「勇気づける」ことだと言っています。
上からの評価である「褒める」ではなく、
横からの「勇気づけ」。
それは「感謝」である、と。


「感謝」、なるほどなあと思いました。
やはりコントロールが見え隠れしない
純粋な気持ち、それが背中を押すんですね。


私は個人的に「応援」も
勇気づけだなと思いました。
見返りを求めない、素直な「がんばれ」。
相手の調子が悪くても、
それを責めたりしない、
変わらない「応援」です。


以前、みうらじゅん氏がインタビュー記事で、
娘の大ファンであると語っていました。
娘さんが生まれたときから大ファンだそうで、
ファンだから「好きです」を繰り返し、
応援し続けているのだそうです。
娘はぼくにとってのスター。
スターはファンに対して、気軽に、
私も大好きです、などとは言わないので、
娘が何も返してこないのは当然。
そんなことは求めていない、と。
いい親だなあと思いました。


会社で、「応援する」というワードは
あまり使わないですし、
「ファンです」は確実に怪しまれますが、
純粋な気持ちから出る言葉や行動は
やはり勇気を与えるなと改めて感じました。

今年の4月に社会人になった世代は、「フルゆとり世代」と呼ばれています。
唯一、小学校入学から高校卒業まで「ゆとり教育」を受けた若者たちです。
青年期にはスマホがあった世代のため、スマホネイティブとも呼ばれています。


私が、「フルゆとり」という言葉から受ける印象は、
「かなりマイペースでガツガツしていない、
どちらかというと消極的で、ゆったりした人たち」というところですが、
実際のところはどうなのでしょうか。
新入社員研修を手がける株式会社ファーストキャリアが行った
「新卒・若手層育成研究所」調査レポートを見てみました。


調査結果によると、今年の新入社員は、
「積極的で活発な社員」なのだそうです。
過去5年のアンケートでは、新入社員の行動特性として、
「まじめ・素直」「周囲との関係性を築くことが早い」「集団では出過ぎない」という
「おとなしくて同調性重視」の傾向が多く見受けられましたが、
今年は「自分の考えを持ち、積極的で発言力がある」
「自分の考えに合致しないことに関しては、時に排他的になる」との回答が増加。
新たに「積極的で自分基準重視」の傾向が加わったことで、
これまでの「おとなしくて同調性重視」の傾向を持つ新入社員との
二極化が進んでいると捉えられる、とまとめられています。


回答をもう少し詳しく見てみました。
注目したのは、本人たちが意識しているプラス面の項目です。
1位「コミュニケーション能力が高い」(60%)
2位「向上心、積極性が高い」(42%)


一方で、マイナス面の項目は、
1位「主体性がない、積極性にかける」(46%)
2位「控え目でおとなしい、内向的、周りに流される」(33%)


むむ? プラス面の裏返しのような項目です。
これはどういうことなのか。私なりに考えてみました。そして、
これは「自分で考えることに慣れていない」ということなのかも、と思い至りました。


気づいたときにはスマホがあった世代ですから、
SNSの影響もあって、外に向かって積極的に自分をアピールするのは得意。
だから、コミュニケーション能力が高いにはイエスだし、
向上心、積極性もイエス。ノリがいいとも言えますね。
でも、いざ職場でのリアルなコミュニケーションとなると、
ノリでは行けないので、どうしていいかわからなくなる。
考えることに慣れておらず、自分の考えがまとまっていないので、
控えめで内向的になってしまう、というところなのかもしれません。


と、偉そうに言ってみましたが、
この世代は「フルゆとり」なんて言われているので、興味深く語られるだけで、
新入社員が「考えることに慣れていない」のは当然では?
と、これを書きながら思ってきました。


私は、バブル崩壊直後に社会に出ましたが、
まだまだバブル世代の若者だったことと、
入社した会社が自由な社風だったこともあり、
今考えるとゾッとするほど生意気な新入社員でした。
勢いだけで、考えなんて全然なかったと思います。
考えている風には振る舞っていましたが(汗)。


では、「考える」とはどういうことなのでしょう。


『ぐんぐん伸びる子は何が違うのか』の著者であり、
現在は子育てをする保護者向けだけでなく、社会人向けの研修も行う石田勝紀氏によると、
「考える」状況になるのは、以下のいずれかのことをしているときだと言います。


「自分の言葉で語れること(What)」
「疑問に思うこと(Why)」
「手段や方法を思いつくこと(How)」


職場よりの言葉に置き換えると、
「課題は何か?(What)」
「なぜそうなのか?(Why)」
「ではどうすればいいのか?(How)」


どうでしょうか? 
そう言われてみると考えているとはいえないかも、なんてこともありそうです。
さて、指導する立場に立ったとき、注意すべきことがあると石田氏は言っています。
それは、「アウトプットの質を問うと台無しになる」ということ。
「質問をして、相手が答えられなくてもいい」ということを知っておくことだそうです。


確かに、「考える」と「考えたことをまとめて説明する」は、別のスキルです。
考えることを始めたばかりの人に、
「説明できないのは、考えていない証拠だ!」などと言うと、
うまく説明することに意識が向いてしまい、考えることをやめてしまいます。
これは、子どもにも、大人にも言えることですね。


ちなみに、前述した調査で、「フルゆとり」世代が職場に望むことの上位が
「実践の機会を与えてほしい」(52%)と
「自ら考える機会を提供してほしい」(50%)でした。
考えさせようと思っていたのに、どんどん考えなくなってきた、
なんてことのないように注意したいものです。

映画『グレイテスト・ショーマン』の挿入歌
『This Is Me』を歌って話題になった歌手の
キアラ・セトルさんが来日していました。


『This Is Me』は2018年ゴールデングローブ賞ベストオリジナルソング部門を受賞し、
さらにアカデミー賞のベストオリジナルソング部門にもノミネートされた曲。
来日中に出演したいくつかのテレビ番組では、
キアラさんの圧巻のパフォーマンスが観られました。


『グレイテスト・ショーマン』は、
19世紀に実在したP・T・バーナムという興行師の半生を描いた映画です。


彼は、さまざまな個性を持ちながら、
目立たない場所で暮らしていた人たちにスポットを当て、
誰も見たことがないショーを創り上げます。
『This Is Me』は、ショーに抜擢された彼らが
「これが、私」と訴える曲です。


キアラさんが、映画の出演者の前で初めてこの曲を歌ったときの映像が
「ビハインドストーリー」として残っています。


心の誇りは失わない
居場所はきっとあるはず
輝く私たちのために
言葉の刃で傷つけるなら
洪水を起こして溺れさせる
私には勇気がある
傷もあるけれど
ありのままでいる
これが私


『This Is Me』の歌詞の重さに押し潰されそうになり、
みんなの前で歌うのが怖かったというキアラさん。
自信を持って歌い上げているように見えますが、
実は歌いながらも震えが止まりません。


そんな彼女が思わず差し出した手を、
主演のヒュー・ジャックマンが涙を浮かべながら握り返し、
会場全体のボルテージが一気に上がる様子はとても感動的で、
何度観ても涙が出てきます。


さて先日、長男の中学校の先生がこう言いました。
「この学校の子どもたちは、自己肯定感の数値がとても低い。
なので、彼らが自信を持てるような声かけをお願いします」


あー、もったいない。情けない。 
そんな複雑な感情になりました。


これから未来を作っていく子どもたちが
自信をなくしてしまっているなんて、もったいない。
そして、彼らがそうなってしまうのは、
大人の接し方や社会の受け入れ方が影響しているだろうと思うから、
情けない、、、。


2014年に内閣府が実施した、意識調査があります。
対象は、日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者です。
(ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、スウェーデン、韓国)
これによると、「自己肯定感」の観点では、
「自分自身に満足しているか?」の質問に対して、
「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と回答した者は、
日本以外の6か国は70~80%だったのに対して、
日本は4割強で最も低い結果でした。


この結果は若者に限ったことではありません。
世論調査や人材コンサルティングを手掛ける米ギャラップ社が、
2017年に実施した従業員のエンゲージメント調査では、
日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことがわかりました。
米国の32%と比べて、大幅に低く、
調査した139カ国中132位と最下位クラスでした。


ベストセラー『最強の働き方』『一流の育て方』の著者
ムーギー・キム氏がトークイベントで
自己肯定感の基本についてこう語っています。


「自己肯定感が高いビジネスリーダーたちの話を聞いていくと、
ある共通する項目があることに気づきました。
それは、
『自分軸で生きている』『自分の価値観で生きている』ということです」


何ができるかではなく、何がしたいか。
自分の価値観で、自分で選ばなくては、
モチベーションは上がらず、
自己肯定感は高まらない。
モチベーションに必要なことはオーナーシップだとキム氏は言います。


なるほど、そうだなと思いました。
「できそうだからやる」「言われたからやる」
「与えられたからやる」には限界があるなあと。
うまくいっているときはいいですが、
困難にぶつかったとき、
自分以外の何かのせいにしてしまうだろうな、と思います。
一方、「自分で選んだ」「自分の意思でやっている」と思えている、
自分軸で生きている人はやはり強い。
スポーツのチームや、企業レベルで考えると、
とんでもないパワーの違いです。


では、自分軸で生きるためには何をすればいいか。
そんなことを考えていたら、普段何気なく口にしてしまいそうな言葉に、
自分軸で考えることを否定するような発言が結構あることに気付きました。
たとえば、「いいから、とにかく言われた通りにやる」とか
「そんなこと無理。できるわけないよ」とか、、、。


他者に対しても、自分に対しても、そんな発言をしていたら、
自己肯定感は上がらない。
This Is Meなんて言えるはずがないと思います。
なので、まずは日々の言葉や行動の一つひとつを
もっと意識しなくてはなと思いました。

 

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