ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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『コミュニケーション』カテゴリの記事

 

メルマガもブログも、いつも今回は何を書こうかなと立ち止まる瞬間があります。
その答えがスッと出てくるときもあれば、七転八倒するときもあります。
今回は、どちらかというと、どれを切り捨てるかで悩みました。
最近読んだ、あの本にインスパイアされたことを書こうかなとか、
今、グラスルーツが開発に取り組んでいるDNAのサービスに絡めて、
私が感じている企業経営の問題意識を書こうかなとか...。
まあ、毎回、いろいろ思うわけですね。


でも、今回はそれらはやめにして、意見の本質って何だろう?ということについて、
皆さんと一緒に、考えていきたいと思います。
きっかけは、当社のDNAサービスを開発するプロセスで、
ありたい社会について考え、ありたい自社像について考えたからです。
誰もが自分の意見をフランクに言える社会がいいなーと。


さてさて、「考えることは大事...」。
これは、ビジネスパーソンなら多かれ少なかれ教えられ、認識していると思います。
でも、多くの人は、いつもいつも考える必要に迫られているわけではありません。
そんなに考えなくても、過ぎてしまう日常もある。


「考える」ことについて、必要に迫られる具体的なシーンとしては、
やっぱり意見を求められるときではないでしょうか。


なのですが、この「意見を言う」は結構くせ者で、
何を言うことが意見を言うことなのかを説明できる人は
あまり多くないような気がします。


いえ、もちろんこの問いに対して、
唯一無二の正解があるわけではなく、
各自各様の答えがあってしかるべきですし、
私も今回、この問いと向き合って、初めて自分の考えを整理しました。


昔から、「意見を述べよ」ということは、
イコール「自分の考えを述べよ」というくらいに理解していて、
それで対処できないわけではありませんが、
もっと明瞭に「意見を述べるとは何を述べることなのか」について
この機会に答えを見つけておきたいとそんなふうに思いました。


で、あーだこーだ考えてみて、あえてフレームワーク的に整理してみたのですが、
こんな形、どうでしょう? 


ーーー意見を述べるフレームワークーーー
私は、(①ほにゃらら)には、(②ほにゃらら)が大切だと思う。
なぜならば、(③ほにゃらら)だからだ。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
分解すると、
①は視点
②は主張
③は理由


つまり、意見の発信者は物事をどのアングルから見て、どう思っている、
その理由は何かってことを言えれば、明快な意見になるわけです。
私は意見としてはこの程度で十分だと思っていて、
それを是とするなら、意見の構造って、結構シンプルですね。
難しいと思うのは、案外①番なんですけど。


え? そんなの当たり前じゃん、今さら何言っちゃってんの?と
思われた方もいるかもしれませんし、
全く違う別の視点からそれでは不十分だというご意見をお持ちの方も
いるかもしれません。
それは、それでいいですよね。むしろシェアしていただきたい。


意見の本質、
自分の考えをどうやって整理するか、
あなたは、どう思いますか?
私は、みんながいろんなことで、
いろんな意見を発せられる社会が健康だと思います。
だからこそ、各自が意見を持つということを大切にしたいですね。


2020年もまもなく半年が終わります。
毎日を大切に、毎日をいい時間にするぞ!と思って過ごしたいですね。
今週も、素敵な1週間でありますように!

先週7日に政府が緊急事態宣言をしてから、今日が最初のブログになります。
今日は、社会に向けて出されている「新型コロナウイルス」に絡んだメッセージから、
「わかりやすさ」の共通点について考えたいと思います。


今、政治や業界のリーダー、スポーツ選手など、
いろいろな方がメッセージを出され、人々を励まし、道しるべを示しています。
特に、政界や業界のリーダーたちのメッセージは重要性を増し、
それがわかりやすいかどうかもポイントになってきていますよね。


私が共感した例を3つほど紹介します。


わかりやすさでダントツに光っているのは、小池百合子東京都知事です。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2020/04/10.html
わかりやすさの直接的な理由は「言葉」にありますが、
それ以上に大きいのが、都民が求めていることを話してくれることではないでしょうか。


また、言葉の源にある「考え方」もわかりやすいです。
たとえば、国は、状況に応じて段階的に制限を拡大する方針だったようですが、
小池さんは「最初に早く大きく制限をかけて、徐々に緩和していくのが、
危機管理の要諦(キッパリ!)」と言って、
自分の意思とその理由を示していました。


「大義」を明確にするのも、小池さんの特長です。
考え方がわかりやすく、伝える言葉がわかりやすい。
まあ、政治家ですから当然と思うかもしれませんが、
話がわかりにく政治家も大勢いますよね。


小池さんは、若者に人気のユーチューバーHIKAKINとも対談するなど、
できることは何でもするという意気込みが行動に現れていて、
それ自体もメッセージとして機能させている印象です。


イギリスではジョンソン首相が感染し、入院中ですが、
今、小池さんが入院することになったら、本当にたいへん!
ご自身の身を守りながら、指揮を取っていただきたいと思います。


2つ目は、東京都医師会の尾崎治夫会長と、そのメッセージです。
4月5日には「もしも6週間みんなで頑張れたら」というメッセージを、
4月8日には「専門家を大事にしよう。」というメッセージを
facebookに出されています。
前者は東京都医師会のHPにも掲載されています。
https://www.tokyo.med.or.jp/17934
こちら↓はFBにログインしていないと見られません。
https://www.facebook.com/haruo.ozaki


抜粋になりますが、たとえば5日のメッセージでは、
こんなふうに語りかけています。
「皆さん想像してみて下さい。
新型コロナウイルス感染症に、もしも今この瞬間から、
東京で誰一人も新しく感染しなかったら、
2週間後には、ほとんど新しい患者さんは増えなくなり、
その2週間後には、ほとんどの患者さんが治っていて、
その2週間後には、街にウイルスを持った患者さんがいなくなります。」


これを読んで私が思ったのは、緊急事態宣言で示された1カ月ではなく、
6週間なのだということ。
ただ感染拡大防止のために1カ月自宅で、と言われるよりも、
ゴールへの道筋がイメージできました。


実は、私、恥ずかしながら、医師会の会長というのは、もっと保守的で
長いものに巻かれるような人物ではないかという先入観を持っていました。
ところが尾崎さん、まったく違います。
リーダーとして明確な意思を示しています。
ちなみに、写真は会長室で飼っているアイボが撮ったものだそうです。


また「専門家を大事にしよう。」では、
西村経済再生相と思しき人物を名指しせずに批判しています。
その主張がもっともだと思うのは私だけではないでしょう。
でも、批判することが目的なのではなく、
専門家の意見にもっと耳を傾けてほしいというメッセージを
伝えたいのだということがよくわかります。
そして、そのメッセージを届けたい相手はおそらく安倍さんです(笑


3つ目は、自動車工業4団体によるメッセージ。
話されたのは自工会の豊田章男会長でした。
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/32286491.html


冒頭で、こんな語りがあります。
「世の中にはコントロールできる話とコントロールできない話がある。
コントロールできないことに深刻になればネガティブになる。
自分がコントロールできることをしっかりやっていこう。
コントロールできないことを誰かがやってくれていたら感謝しよう」。
ニュースなどから不安な情報にどっぷり浸かっている私たちにとって、
自分がすべきことが何なのか、わかりやすくイメージできますよね。
安心感を与えてくれる始まりの言葉でした。


会見では、決定事項のみを発表するのが慣例だそうですが、
中盤では、これから考えていくことも紹介したり、
国内でのモノづくりにこだわってきて本当に良かったという思いを述べたり、
「我々の産業には、生き残るための粘り強いDNAがあるはずです。
なんとしても踏ん張って、生き残っていきましょう!」と
業界関係者を勇気付ける言葉もありました。
18分におよぶスピーチは内容が盛りだくさんでしたが、
4団体の意思と熱い思いの伝わる、素晴らしいメッセージだと思います。


3者に共通するのは、次の2点。意外にシンプルです。
1)聞く人・読む人の今の思いや疑問に添っていること。
2)「大義」を伝え、「意思」を伝え、「思い」も織り込んでいるということ。
それによって、相手の頭と心の両方にメッセージを届けることができ、
結果として共感を生み出しているのではないでしょうか。


さて、「わかりやすさ重視」という観点で、官邸広報にも変化があることを
ジャーナリスト江川紹子さんの執筆記事を読んで知りました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20200408-00172156/


7日に発表された緊急経済対策の会見で、質問に立った江川さんに対し、
翌日の8日に菅官房長官から電話があり、追加説明があったそうです。
「昨日の記者会見で、よくご理解いただけてなかったようなので」と。
発表の晩のラジオ番組で「よくわからなかった」と発言したことが
漏れ伝わったのではないかと江川さんは推測していますが、
これは相当に珍しいことのようです。
そのほかの変化についても紹介されているので、
ご興味があったら読んでみてください。


ニュースや会見、SNSでのコメントを
「わかりやすさ」という視点からチェックしてみると、
いろいろ学びがありますし、気も紛れます。
ありゃ、とても長文になってしまった!!! 
今回のブログ、長いだけでわかりにくかったら、ごめんなさ〜い。

不自由な毎日ですが、くじけずに一緒にがんばりましょう!

心をいじられた感じの週末でしたね。
台風19号にそわそわしました。
映画でも観ながら、
家で過ごそう思っていたのですが、
スーパーの商品はなくなるし、
自分の生活圏への不安と、
TVで映し出されていく被害の状況。
いろんな人のことが気になって、
映画を観るような気分になりませんでした。


でも、台風の翌日は、
ラグビーW杯日本代表が大活躍。
様々なテンションが交錯したせいで、
少々疲れた感があるのは否めません。
でも、こんなことを言えるのは、
被災を免れたからです。
大したことができないにしても、
被災した方たちに
思いを馳せたいものです。


さて、今日は私たちにとって
「なぜ」を知ることの意義について
考えたいと思います。
きっかけは、今月の初めに私が受けた健康診断でした。


これまでは、健保組合の健診施設で
一通り受けていたのですが、
もういい歳だし、社長が突然余命宣告を受けたら、
周りに迷惑をかけるし、
いつもよりちょっと高度なオプション健診も受けようと思い、
病院での健診を受けました。
健保組合の提携先は東京高輪病院。
結論から言うと、
全般的にスタッフ教育が行き届いている印象で、
とてもいい病院だなと感じました。
さて、ここからが本題です。


胃のレントゲンで、素晴らしい技師の方に出会いました。
検査が終わって、部屋を出るとき、
「私のこれまでの人生で最高の検査でした。ありがとう」と言ったほどです。


胃のレントゲン、
いつもは健保組合の健診施設で撮ってもらっていて、
それが私にとって、ある意味標準でした。
別に特別な不満もなかったし、
これで当たり前だろうと思っていたのです。
ところが、今回の技師は本当に素晴らしく、感動ものでした!
私が感動したのは、次の4点です。


1)今からすることを説明してくれました。
「はい、では食道の写真を撮ります。
バリウムをごくりと飲んでください」
「今度は十二指腸の写真を撮ります」
目的意識が持てると、がんばろうと思えます。


2)しかも、都度都度状況説明をしてくれます。
「はい、いい写真が撮れました」
「きれいな写真が撮れました」
こう言われると、変な写真にならないように
さらにがんばろうと思えます。


3)なぜ、それをするかを説明してくれました。
「今から、胃を膨らませるために発泡剤を飲んでいただきますが、
ゲップをがまんしてください」
↑これは大抵言ってくれますよね。
でも、↓これはないのでは?
「今から、バリュームが胃の中で混ざるようにするために、3回回っていただきます」
こう言われると、「おお、そうか、
うまく混ざるように体を動かさないと」という気持ちになります。


4)進捗&現在地を教えてくれる。
「はい、あと2回です。申し訳ありませんが、がんばってください」とか
「あと2枚撮ったら終わりです」とか。
がんばって検査は受けているものの、
でもやっぱり終わりが見えないのは不安。
その絶妙なタイミングでこの声がけ。
出口が見えると、最後までしっかりやろう!そんな気分で続けられました。


この技師がしてくれたことを通じて、
私とその技師との間に協働関係が生まれたような
そんな気持ちさえ抱きました。
胃のレントゲンを撮る、ただそれだけのことなのに。


この体験、いろいろ素晴らしかったですが、中でも1番と3番。「なぜ」の説明。
私はこの大切さを痛感しました。
モチベーションや仕事観に影響を与えるなーと。


今さらな例ですが、
レンガを積む男の話を思い出します。
「ここで何をしているのですか?」と聞かれ、
「レンガを積んでいる」でもなく、
「壁を作っている」でもなく、
「人々が祈りを捧げる偉大な教会を作っている」と語るには、
この「なぜ」抜きではありえないでしょうね。


また、こんな話も思い出しました。
メルマガを共に書いている阿部、
前々職でこんな体験をしたそうです。
間違えの多いアルバイト学生に、
あなたの仕事の意味を伝え、
間違えるとどんな影響が出るかを伝え、
だから、とても重要な仕事なのだと伝えたら、
間違えなくなった、と。


人はみんな無駄なことより、
意義のあることに関わりたい。
だからこそ、
意義を伝えることは重要ですね。
社内コミュニケーションにおいて
重要なことが伝わっていない場合、
「なぜの説明が足りていない」
ということが一因の場合も少なくありません。
伝わっていないと感じたら、
「『なぜ』が伝わっているか」
という視点で検証してみるのも一考です。


今週も素敵な1週間でありますように。
ラグビー日本代表が力を出し切れますように。
では、また〜!

個人的な話で恐縮ですが、私は去年から今年にかけて、
自分のマンションの管理組合の理事として、
2カ月に1度ぐらいの頻度で開催される理事会に出席しています。
マンションに住んだことのない方には、
そのしくみがイメージできないかもしれませんので、
簡単に紹介しますね。
基本、マンション(集合住宅)は住民の自治で成り立っています。
実際には、管理会社がかなりの面でサポートしてくれているので、
住民がゼロから考えるシーンは多くありませんが、
それでも「自治」という原則に基づいて、管理会社が出してくれた情報を判断し、
決断するのは住民...という構図です。


最高決定機関は、全住民が出席する「総会」で、
「理事会」は住民代表の執行機関のようなもの。
その人数はマンションの規模によって異なりますが、
私の住む今のマンションは73世帯あり、
6人が役員(理事5名、監事1名)として選出されるしくみになっています。
そして、理事5名の中から、理事長1名、副理事長1名、理事3名を選びます。
役員は立候補が優先されますが、
一般に多くのマンションでは輪番制で
みんなで交代交代で役割を担うというパターンが多いのではないでしょうか。


この週末、新旧交代の場、つまり現在の役員と
次の役員が集う場が設けられました。
本来は次の役員の役割を決める場、という意味もありました。


新しく輪番制で回ってきた6名のメンバーのうち、
参加は4名、欠席は2名です。
参加4名のうち、女性3名はマンション自治の原則について理解しており、
男性1名はこのようなことが初めてのようでした。


さて、このような状況で、役員を決めるということについて、
人がどう動くのか、私は興味深く観察しました。
その過程で感じることは多々あったのですが、中でも一番、
「ああ、人それぞれ違うものだなー」と思ったエピソードを
1つ紹介します。


それは、欠席している人を巡っての反応です。
いない場で、役割を決めてしまっていいかどうか。
仮にもし全員がここにいたら、なんらかの方法、すなわち
・話し合い
・じゃんけん/あみだくじ等
のいずれかによって、役割を決めただろうと思います。


しかし、欠席している人がいるという事態に直面し、
見方は別れました。
「いない場で決めるのはどうか」
「欠席裁判のようになるのは感じが悪いであろう」
これらの意見は、役割を決めるなら全員同席した上で決めるべきだ、
という考え方です。


ですが、、、私がどう感じたかというと、
出席していない人がいるからといって、決めないのではなく、
「理事会に一任」という委任状が形骸化されないためにも、
出席していない人の分も含めてアミダくじで決めるのもアリだと思いました。


...というのは、、、、
実は昨年、私自身が理事になる年、同様の会があったとき、
私も都合が悪くて欠席しました。
その際に、「理事会の選任の重要な時期に欠席してすみません、
結論はお任せします」というようなことを委任状に記して、
欠席表明した記憶があります。
これを書いた時、一応それなりに覚悟をしています。
どんな役割が回ってきても、受け入れよう、と。
で、そう書いたのに、欠席者がいたからもう一度会を設けると言われたら、
「二度手間にならないために、委任状を出したのに...
私が欠席したからまた場が設けられたのかな、申し訳ないな...」
と私は思うからです。


そもそも輪番制のメンバーは、全員がなにがしかの役割になります。
「私が理事長をやりますよ」という人が現れない限り、理事長は決まりません。
反対に理事長をやりたい人は、おそらくこの日に欠席しないでしょう。
だから、私の意見では、適任かどうかは別として、アミダくじで決めて、
万が一、適任に見えない、頼りなさそうな人が理事長になってしまったとしても、
それを周りが支える...それが現実的にあるべき姿なのではないか、
私はそんなふうに考えていました。


ですが、今回は「いない場で決めるのはどうか」が判断基準となり、
結論は持ち越されました。
私の考え方とは違うなーと感じましたが、
そのほかの無言の意見や、声ある意見にも、
謙虚に耳を傾けることの大切さを痛感しました。
そして、自分とは違ういろいろな考え方があること、
認識すべきですね。

先日、宣伝会議様主催の「企業のための定期勉強会 広報コース」で
「インナー広報」をテーマに約3時間、レクチャーとワークを提供してきました。
「他部門からの協力が得にくい」という共通の悩みがあることを、
事前に伺っていたので、
冒頭で、自分の部門や自分自身の意義を自分が理解せず、
プレゼンスが低いと、協力も得にくい...
と、ちょっと耳障りの悪い話をし、
でも、プレゼンス、つまり存在感は簡単に上げられます、という話をしました。


プレゼンスに一番関係があるのは、「情報発信」の「量と頻度」です。
原因のすべてが情報発信にあると断定するつもりはありませんが、
関係すると言われて、違和感を感じる方は少ないのではないでしょうか。


情報発信は、別の視点から見ると「接触」です。
人は、触れる回数が多いほど好感を抱きやすくなる傾向があると言われ、
その作用は「ザイオンス効果」(あるいは「単純接触効果」)と呼ばれています。
営業やマーケティングではもちろん、恋愛などでも当てはまるようです笑
メルマガなどは送ったからといって「接触」にはならず、
読んでいただいて初めて「接触」が成立します。


また、情報発信には「自己開示」という側面もあります。
一般に「開示度」が高い人は信頼されやすいく、
低い人は何を考えているかわからない人と受け止められる、
これも社会でよく言われることですよね。


「自己開示」と聞くと、
とかくオープンマインドであるべきという話に聞こえるかと思いますが、
そこまで大袈裟な話でなくても、簡単にできることは多々あります。
要は、まず単純に相手から「コンタクトしやすくしておく」ことです。


メールの文章に署名(社名、部署名、住所、電話)があるだけで、
相手は電話をかけたり、郵便を送るのが簡単です。
「コンタクトはお気軽に!」とあるだけで、ハードルが下がります。
企業に所属している場合は社内ルールもあるかと思いますが、
個人でビジネスをしている方を見ていると、署名欄をつかって信条を書いたり、
短い自己紹介を書いたり、工夫をしている例を多数見かけます。
「好きなことば:○○○○○、好きな映画:○○○○○」とか、
「最近おもしろかった1冊:○○○○○」とあるだけで、
話しかけたくなりますよね。

SNSが発達し、個人が誰でも簡単に発信できるようになった今の時代だからこそ、
仕事でもプライベートでも、誰がどんなことに興味を持っているか、
どんなふうに人とつながろうとしているか/していないかが、
お互いに簡単に察せられるようになりました。


当社も、このメルマガやブログ、facebookやセミナーなどを通じて、
情報を発信しています。
こうした活動は2007年頃から少しづつ積み上げてきたものですが、
それを行う以前と今とでは、情報の流れやコンタクトの流れが変わりました。
不思議なことに、情報を発信していると、情報が入ってきます。


いっしょにメルマガを書いている阿部貢己(あべつぐみ)は、
6年間書き続けてきた結果、今や私に次いで対外的に有名で、
新しくお会いする方から、「あなたが阿部さんですか。初対面の気がしません」
と言われることもしばしば。
あなどれませんね、情報発信。

あ、そうそう、先日、私は自分個人のfacebookに
「ゴルフ始めました」と新品のクラブの写真をアップしました。
実際には、初めてではなく、挫折を続けての3度目です。
まだクラブを買っただけで、練習も何も始めていないのですが、
目にした方たちから、「いっしょにやろう」というお誘いを多数いただきました。
練習が苦手なので、それだけでモチベーションが上がりました。
facebookは時々派の私ですが、「始めます宣言」という情報発信で、
自分のやる気がこんなに上がるとは!

信頼関係や存在感、人との繋がりやモチベーション等、いろいろな観点で、
改めて情報を発することの意義を感じる6月第1週。


今週も素敵な1週間をお過ごしください。

私事ですが、なぜか今月は「還暦イベント月間」です。
11日は還暦を祝う高校の同期会、
17日から小学校時代の友人たちとの九州旅行、
本日21日から新卒で入った会社の同期の仲間たちと伊勢参り...。


さて、そんなこともあって、いつもより1日遅れで、
火曜日配信となったこのメルマガですが、
テーマは話すスピードについてです。


あなたは、話すのが速い方ですか、遅い方ですか?


これを取り上げるきっかけは、、、
高校の還暦を祝う同期会で、MC(司会役)を頼まれたことでした。


頼まれた時点で、私が企画運営メンバーに言ったことは、
私は話すスピードが遅いし、スラスラ話すのは苦手だし、
瞬発力が必要な掛け合いのようなことを求められてもできません、
それでもよければ、精一杯やります、、、ということでした。
謙遜ではなく、私の特徴を知っている人は、
その意味がきっとわかると思います。


で、170名の前で話してみてうれしかったことは、
私のMCも結構受け入れてもらえたな、ということです。
ま、お世辞であったとしても、それを真に受けるのが私の良いところです。
結果、いろいろな人から良かったと言われました。具体的には、
「淀みなくスラスラと話さないとことろが良かった」
「アナウンサーみたいじゃなくて良かった」
「自分の気持ちを素直に話したところが良かった」と。


私の場合は、誰から教えられたわけではなく、
性質として「ゆっくり」話すことしかできません(泣笑。
セリフを暗記して演じることも大の苦手です!
でも、話し方専門家の西任暁子さんが「流暢に話してはいけない」と言うように、
「ゆっくり」話すことには、何かしらいい面があるようです。


「速く」話すことができない私が経営者になって、
プレゼンテーション役や講師役、指導役を務める立場になり、
「速く」話す人と「ゆっくり」話す人の傾向についてずっと観察してきました。


「速く」話す人は、おもしろい言葉を瞬間的に発することが得意で、
持っている情報も多く、情報をテンポ良く伝えるのが魅力です。
一方で「ゆっくり」話す人は、周りをお待たせ気味になりますが、
考えを整理しながら話す傾向があり、その考え自体がおもしろい場合が多いです。


「速く」話す人は、考えたことよりも、情報や出来事を話そうとし、
考えたことを話す場合は、考えを整理する前に言葉を発しようとする傾向がある。
「ゆっくり」話す人は、情報よりも、考えたことを話そうとし、
考えや意味を突き詰めていこうとする傾向がある。
...というような気がするのですが、どう思いますか?


そんな二人が対話すると、
「ゆっくり」話す人は、「速く」話す人の話を聞いて、
「それで、いったいどう思ったの?」と感じ、
「速く」話す人は、「ゆっくり」話す人の話を聞いて、
「それで、おもしろかったのはどこ?」と感じたりするのかもしれません。


私の場合、ゆっくり話してしまうその理由は、
多分、意味が曖昧な状態に身を置くことが生理的に嫌いだからです。
意味を掴み、疑問のないクリアな状態でいたいという願望があり、
整理しようとして話すので、時間がかかるのだと思います。


「速く」話す人が、なぜ速く話すのか、私にはわかりませんが、
強みで「速く」話す人と、強みではないのに「速く」話す人がいて、
だいぶ印象が違います。
強みではないのに、「速く」話そうとしている人を見ていると、
会話が途切れることへの恐れを抱いているのかな?とか、
自信がないのかな、と感じることがあります。
そうだとしたら、その恐れの根っこには何があるのでしょうか?


話が少し逸れますが、当社の社内で私が説明を受ける際に、
説明の言葉数は多いのだけど、聞けば聞くほど、
考えが整理できていないと感じることがあります。
言葉数が多くなるのは、上司にはちゃんと説明できないといけない...
という使命感や責任感からだと思いますが、
でも、言葉数が多いというのは、考えを整理できていない証拠でもあるので、
説明の場では、むしろ逆効果だと思います。
そして、なぜか、そういうシーンでは早口で説明されることが多いです(笑


あ、これ、外部の営業の方と初対面でお会いするときにも
感じることがあります。
営業の方が早口で話すのは、元気よく見られたいからだと思いますが、
むしろ自信がなさそうに感じるのは私だけでしょうか。


あなたが、もし強みとしてではなく、
何かの思い込みから「速く話そう」としがちなら、
「ゆっくり話す」ことを試すのも悪くないかもしれません。
もしご興味があったら、「ゆっくり話す」「効用」で検索してみてください。
私自身の課題は、緩急の急を使えるようになることかな。がんばります!


どうぞ素敵な1週間を!

桜が花咲き、春が訪れました。
なぜか心がウキウキするのは、季節のせいでしょうか?
今年に入って多忙続きだったのですが、今月はようやく一段落。
新しいことをどんどんやって行こうと思います!
(1月と4月、私を前向きにさせてくれてありがと〜 笑)


さて、、、
そんな心のゆとりもあって、先週は二人の方と夜、会食しました。
一人は男性Aさん。もう一人は女性Bさんです。
どちらもお客さまでも取引先でもなく、
でも、仕事をきっかけに出会った方たちです。
男性Aさんとの食事は私がアポを申し込み、
女性Bさんとの食事は誘っていただいたのがきっかけです。


仕事をきっかけに出会ったからか、
お互いに自分の仕事の話をよくしました。
そもそも私も含めて、仕事とプライベートで線を引かない人種なのかも。
しばらく会わない間に起きたこと、今の状況、感じている課題、
これからチャレンジしたいことなど。
私も話しますし、相手の方も話してくれます。
なんというか、お互いに飾らずに話している実感がある。
これは、心地よい時間以外の何物でもありません。
さらに、カッコつけないでいることは、距離感をぐっと縮めます。


飾らない心地よさというものに加えて、
そこにあるのは「考える場」の楽しさでした。
 話を聞く。
 興味を持つ。
 直感的な感想を言う。
 質問する。
 考えを言う。
 別の視点の新たな考えが返ってくる。
 質問する。
 また考えを言う。


その結果、自分の人生を豊かにするような発見があり、
その人の新たな一面を知ると言う発見がある。
それも受け身で聞いていたのでは起きようがなく、
興味を持って話を聞き、
その話を元に自ら考えるから楽しいのだと思います。
「考える楽しさ」というのは、上辺だけの関係では生まれない、
飾らない関係だから生まれる楽しさですね。


もうひとつ気づいた点があります。
忘れた頃に再会する...という傾向、私の人間関係にはあるようです。
Bさんとはたまたま3カ月ぶりでしたが、
Aさんとは3年ぶりでした。
なのに、久しぶり感からくる「ぎこちなさ」はまったくありませんでした。
Aさんだけではありません。
ここ数カ月の間に何人かの方たちと数年ぶりに会いましたが、
どの相手とも、まったく久しぶり感を感じませんでした。
これ、ほんとうに不思議です。


久しぶりに会って、普通ならぎこちなくなりそうなものなのに、
お互いがそうならないのはなぜなのでしょう?
答えは誰にもわかりませんが、
自己防衛しないで接すると、相手もオープンに接してくれる。
フラットな接し方をすると、相手もそのように接してくれる。
どちらからともなく、そんなことが起きている気がします。
私自身は、それがもう自分らしさなので、
あえて意識しなくてもそうなってしまっている気がします。
お互いがそうであると、最初からオープンでフラットな場になり、
「何を話そう?」「沈黙が怖い」「よく思われたい」という心理に陥ることもなく、
あっというまに自分らしく振る舞い合える場が生まれます。
私のこの仮説が正しいとしたら、
自己防衛しない、オープンかつフラットでいる、
つまりは「飾らない」というのは、
心地よい人間関係を作るもっとも手っ取り早い方法かもしれませんね。


飾らない話、飾らない関係を大切にする人。
自分らしくあることを大切にする人。
そんな人たちが集まった会社。
その先にある社会。
そういう理想を掲げ続けたいな。

4月第2週目です。
素敵な1週間でありますように!


週末、伝説のロックバンドQueenとそのリードボーカル/フレディ・マーキュリーの
実話に基づく映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきました。
ここに書くことは、ネタバレ(というよりもある程度知られている実話バレ)を含みますので、
これから観る予定がある方でストーリーを知りたくない方は読まない方がいいかもしれません。


私がQueenの存在を知ったのは、確か中学生の頃でした。
まだCDさえなく、お年玉でレコードを買い、友達と貸し借りするのが楽しみだった時代です。
音楽情報は雑誌「rockin'on」などからしか入手できませんでしたが、
「ボヘミアン・ラプソディ」のプロモーションビデオ(上の動画)が
テレビで取り上げられていたことは覚えています。
曲は6分と異例の長さ。オペラ的なロックと当時話題になりました。
Queenとフレディに敬意を評し、映画のプロモではなく、原曲のプロモを掲載します。
当時、プロモーションビデオ自体が珍しかったんんじゃないかしら?


この映画のすごさは、本物を見ているようなど迫力です。
姿、動作、歌声、演奏...。
どの演奏にもすべてに魂が込められていて、
それがモノマネとは違う本物感を漂わせたのだと思います。
特にフレディ・マーキュリーがまるで目の前にいるかのように、
このクオリティで再現されたとは! ラミ・マレッタの演技力と歌唱力は圧巻です。
あまりの迫力に、Queenを知らない若い世代も感嘆しているに違いありません。


さて、ここからが本題です。
そういうシーンの一つ一つに感動しましたが、
もう一つ感動もし、考えさせられもしたシーンがありました。
それは、人気絶頂の頃、フレディはソロで活動することを宣言し、
バンドのメンバーと仲違いをしてしまいます。
お互いがお互いを家族のような存在だと思っていただけに、
メンバーにとってそれは一種裏切り行為でした。


でも、フレディにとっては、
自分の力だけで新しいチャレンジをしたくなっただけだったかもしれません。
でも、結論からいうと、それはうまく行きませんでした。
ソロとはいえ、音楽づくりにはミュージシャンと組む必要があります。
でも、言われたことを言われた通りにしかやらないミュージシャンたちを見て、
フレディはいかにQueenの他のメンバーの存在が大きかったか、悟ります。
そして、彼は「謝る」機会をもらい、復帰するのですが、


その時、彼は「自分は、傲慢で、自分勝手で、最低のクズだった」と自ら言います。
フレディは、人生で大切なもの、失いたくないものがわかったから、本気で謝った。
あれだけプライドの高い人が、こうやって本気で謝る姿を見て、私は感動しました。
本気ってすごいパワフルです。
そして、本気の人、真摯に心から謝っている人を、人は見捨てないんですね。


私たちは過ちや失敗を犯した時、ついつい自分を正当化します。
これは自分のせいではなく、○○が原因だ、
自分が最後までやりきれなかったのは、○○がこう言ったからだ、
○○が起きなければ、自分はこう行動しなかった。。。
そして、自分を正当化している間は、
いくら謝っても、大抵は形式的なものにしかなりません。


最近私はある友人との関係を自分から壊してしまったのですが、
最初の1週間は自分を正当化しました。
でも、今は本気で謝ろうと思っています。
そう思ったのは、この映画を観たからではありませんが、
映画の中で響いたところには、私らしい価値観が現れている気がします。
本気で謝るとき、どう受け止められるかを気にしていてはダメですね。
ただただ本気で謝るだけ。
それを今月中にするつもりです。←決意!


いよいよ12月に突入しました。
慌ただしい季節ですが、素敵な1週間をお過ごしください!

今週11月29日、グラスルーツは満34歳、35周年目に突入します。
月並みな表現で恐縮ですが、皆様に支えられて今日があります。
本当にありがとうございます。


だからというわけではありませんが、今日は、「信頼」の話です。
仕事での信頼というよりも、人間関係における信頼です。
あなたは、人との信頼関係を大切にしていますか?
こう聞かれて「していない」と答える人はいないと思います。
では、あなたにとって、信頼関係を大切にするために、
自分が大切にしていることは何ですか?と聞かれたら、
あれ、何だろう?と少し考えてしまいますよね。
では、これまでを振り返って、信頼が損なわれたと感じた経験、
誰でも多少なりともあると思うのですが、それはどんな時でしたか?


こうやって考えてみると、言葉にするとわずか二文字の「信頼」ですが、
信頼を生んだり、失くしたりする原因となる要素は、
とても多岐にわたっていることに気づきます。


信頼に影響を与える要素にはいろいろなものがありますが、
今日は「言行一致」「言行不一致」と信頼関係について考えたいと思います。


人付き合いにおいて意思表示をするときのパターンは、
こんなふうに4つに分類できます。


1.「する」と言って、する
2.「する」と言っておきながら、しない
3.「する」と言わずに、する
4.「する」と言わないし、しない


「する」中身にもいろいろあります。
「〜を引き受けます」「行きます」「また連絡します」
「今度お誘いします」「今度差し上げます」などなど。


以前から人の言行パターンはいろいろあるなと思っていたのですが、
自分が展覧会を開くようになってから、
意思表示系の言行パターンは結局この4つしかないことに気づきました。


展覧会では「行く」と予告して実際に来てくださる方もいますし、
「行く」と言っていても毎回来ない人は来ないですし、
何も言わないけれど、予告なく現れる人も大勢います。


ですが、行くと言っておきながら来ない2番の行動を
一概に悪いと決めつけるつもりはありません。
つまりその裏には当日の事情もあるでしょうし、
そもそも社交辞令ってこともあるでしょうから、
それ自体について何ら咎めようとは思いません。
私自身、どうしても必要があるときは、
土壇場でリスケをお願いすることだってあります。
でも、同じパターンを繰り返す人に対しては、
やがて「それがこの人の行動パターンなのだ」と思い、
そのうちに「あの人はどうせ来ない」と思うようになります。


行く行かない以外にもいろいろありますよね。
クラス会幹事をやると引き受けたのに、やらない、
その人に何かを任せると、大抵話が進まない等。
まあ、そんなことで誰も目くじらは立てませんが、
その人への信頼感は暗黙の中で下がっていきます。


クラス会幹事というような役割が明白なことは別として、
もっと小さなことでも、人は相手の言行が一致しているかどうか、
無意識に感じ取っているのではないでしょうか。


たとえば、別れ際にいう言葉も意外と重要ですよね。
「また機会があったら会いたいですね」はいいとして、
「連絡します」を使う人もいますが、
連絡がないままで終わるということもしばしばあります。
だから私は「連絡します」を軽々しく言いませんし、
言った場合は必ず連絡することを心がけています。


似たような言葉で「近メシ」という言葉もありますね。
「近いうちにメシでも食おう」と言いながら、決して実現しないというアレ。
社交辞令としてしばしば使われる決まり文句です。
こんなことを考えるのは少数派だと思いますが、そんな社交辞令、私はいらないな〜
もし言うのなら本当に実現させたいと思って行動する時だけ言ってほしい(笑
だから、変にサービス精神を発揮するよりも、
するつもりのないことは言わない方が、信頼を損ないませんね。


では、3番の行動に対して、私たちは言行不一致だと思うでしょうか?
3番目は「言わずに、行動する」です。
ある意味、言行不一致なのですが、がっかりさせる要素がないため、
それを言行不一致と思ったり、信頼できないとは思いませんね。
むしろ、言葉がなくても、行動が伴っているので、信頼感は絶大です。


4番の「言わないし、行動しない」に対してはどうですか?
別にこの行動に対しても、何の期待も持たないからか、
信頼感が下がるとは感じませんよね。


だから、結局、信頼に影響があるのは、2番の行動、
「言っておきながら、しない」を繰り返すことです。
おそらく悪気はなく、根っこにあるのはサービス精神。
ですが、周りは期待させられるがゆえに、結局がっかりさせられる。
そうこうするうちに、信頼せず、期待しない関係へとシフトしていきます。
それはもったいないことです。


人のことはわかるのに、自分のことは気づきにくいものです。
私も、していないつもりで2番行動を取っているかも。
そんな戒めで始まる11月最終週です。


どうぞ素敵な1週間でありますように!

あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

先日、ある会社の方とフィードバックを切り口に部下指導が話題になりました。
その方曰く、「フィードバックしやすい人と、しにくい人がいる。
しにくい人というのは、最初からバリヤーを張っていて、
フィードバックを歓迎していないことがすぐにわかる。
でも、本人はそういうオーラを自分が出していることに気づいていない」
そんな話でした。
要するに、プライドが高い人へのフィードバックは難しい、という話です。

私も、過去30年以上、部下を見ていて、
フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いるので
(というか、多くの人はフィードバックに困惑気味...と思っているので)、
この話を聞いて、そうだろうなと思いました。

で、フィードバックの種類にもいろいろありますよね。
長期的な課題を伝えることもフィードバックですし、
今提出されたドキュメントに対しコメントすることもフィードバックです。
イメージをクリアにして話したいので、
ここでは提出されたドキュメントへのフィードバックを前提に書くことにします。

提出されたドキュメントへのフィードバックが歓迎されない場合、
相手の心の中でこんな反応が起きているような気がします。

「なんでこれでダメなの?」OK水準がわかっていないからくる反発
「それは小野さんの意見ですよね?」上司と違う意見は否定されるという思いからの反発
「そんなに出来が悪いでしょうか...?」自分の力量が否定されて不快
「え、もう時間がないんですけど...」時間が取られ、工程が乱されて不快


こうしたことが起きるのは、
多分、フィードバックは自分のためにあると思えていない上に、
自分一人では気づけないことがあると思えていないからです。
さらに、品質についても、自分ひとりのアウトプットに対して、
上の上のそのまた上があると思えていないからです。

だから、まず「小野さんは自分の成長のために言ってくれている」
思ってもらえる信頼関係を作ることが最初の仕事かもしれません。
そうしないと、フィードバックはまず機能しませんね。
それと高いレベルのアウトプットを要求するなら、
そういう合意を先に作る方が大切で、
私たちは三流ではなく、一流を目指すと合意できていれば、
「なんでこれでダメなの?」という疑問も消えていくような気がします。

そんな合意があってもなお、人は誰でもフィードバックされること、
否定されることがイヤなのだと思います。


で、ここで新たな問いが生まれてきました。
人は、どうしてフィードバックを否定と捉えてしまうのでしょうか?
そもそも、そこに問題があります。

というのは、先に「フィードバックを歓迎しない部下は一定割合いる」と
書きましたが、実はフィードバックを喜ぶ社員も一定割合います。
彼らに確認したわけではありませんが、
おそらくフィードバックを「否定」とは捉えていません。
あくまで「材料」と捉えています。
「否定」と捉える人は、フィードバックについて
「否」を「是」に変えるための「指摘」と捉えています。
でも、「材料」と捉えている人はそうは捉えず、
もっとより良いアウトプットをするための材料、
もっとより良い考え方を身につけるための材料、
もっと自分が成長するための材料、と捉えています。
そこから自分がどう咀嚼するかは自分次第と受け止めているように思います。


さて、かくいう私がフィードバックとどう付き合っているかというと、
私は社長なので、放っておくと、フィードバックされない運命にあります(笑
フィードバックされない社長がどうなるかというと、
みんなが知っているアンデルセンの童話「裸の王様」のようになります。
なので、私はそうならないために、
フィードバックを得られるように努めてきたと思います。
それでもきっと100のうち50ぐらいしか得られていないんだろうな~
そうやって得た貴重なフィードバックからまた思考を深め、行動して、、、と
そんなことをやってきたような気がします。
で、ここで気づいたのですが、裸の王様になる懸念、
社長でなくても誰しもありますね。


最後に、最初の質問と同じ質問です。
あなたはフィードバックされること、好きですか? 嫌いですか?

私は先週風邪で3日間お休みしました。
今週は元気に過ごしたいものです。
風邪、流行っているようなのでお気をつけください。
どうぞ素敵な1週間でありますように!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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