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『最近の出来事から』カテゴリの記事

 

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今日のメルマガは、私にとっては社長の立場でお送りする最後の号になります。
と言っても、取締役としてもう1年間は常勤で在籍していますので、
メルマガ自体が最終回という訳ではありません。
とはいえ、ケジメはケジメです。
今日まで当社をお引き立ていただき、代表者として心から御礼申し上げます。
本当にありがとうございました!

さて、昨晩、私は、「今、自分はアーク(Arc)を閉じようとしているのだな」と実感しました。
アークって?と思われると思いますので、
まずは、少しだけ私が学んだアークの話を紹介させてください。
アーク(Arc)というのは、「孤」のことですが、物語の区切りというような意味でもあります。


12年ほど前にリーダーシップを学ぶため、あるワークグループに参加していました。
1年がかりの体験学習で、延べ22日間にわたり御殿場の合宿所で過ごしました。
そのときに学んだことの一つに、
「リーダーはアーク(Arc)を閉じなくてはならない」というものがありました。


物事や対話、あるいは体験などについて、未完了のまま放置したりせず、
意識的に完了させることが大切だという考え方だったと記憶しています。

誤解がないように補足すると、「アークを閉じる」というのは、
ただ単にタスクを終えるということではありません。
コミュニケーションや関係性、あるいはプロセスそのものについて、
リーダーがちゃんとピリオドを打つことの大切さを説くものです。


私たちは日々、身近な他愛もない会話や、少し大きめのプロジェクトを開始します。
でも、ともすると、それらを明確に終えないまま次の対象へ向かってしまう経験、
誰にでもあるのではないでしょうか。
この中途半端な「未完了」の状態は人や組織、人間関係のエネルギーを奪い、停滞をもたらすので、
だからこそリーダーはそうならないように、閉じるべきときがきたら、アークを閉じよ、
それがこの「アークを閉じる」のコアなコンセプトだと思います。
かくいう私も、三、四十代の頃、自分の興味から始めたプロジェクトなのに、
そのうちに熱が冷め、社員から「アレはどうなったのか?」と問われ、
しばしばお詫びしたものです。

また、プロジェクトのような大きなことではなくても、
たとえば会議。
さっきの話題はどこで立ち消えたのかな?というようなことは、
多くの人が体験しているはずです。

開いたアークを、意図的に完了させることで、消化不良や不完全燃焼が解消でき、
周りのみんなが次のステップに向かって、気持ちを切り替えることができます。
そして、この「アークを閉じる」は単なるしゃんしゃん的な儀式ではなく、
ちゃんと完了させるための対話をするなど、締めらしい締めがあるからこそ、
関わった人たちのアークも閉じていくのだと思います。
そんな学びを思い出しながら、「今、私はアークを閉じようとしているのだな」と実感した次第です。
だとしたら、社員に対しても、けじめのメッセージを送るべきですよね。
やっておこーっと。


さて、自分が始めたアークを自分で閉じようとする中で、いろいろな自問が湧いてきました。

私は、社長であろうとなかろうと、自分の素直な好奇心に従って、生きてきただろうか? とか、
反対に、自己中心的な基準ではなく、責任者として責任逃れをせずに行動してきただろうか、とか、
自分が信じることに対し、偽りなく行動してきただろうか、とか、
ずっとチャレンジできていただろうか、とか、
自己欺瞞や二枚舌に陥ることはなかっただろうか、とか、
臭いものに蓋をして、やり過ごしてきたことはなかっただろうか、とかとか。。。


そう問いかけてみると、ほぼほぼイエスと胸を張れます(笑)
逆に言うと、胸を張れそうなことに限って自問しているのかもしれませんが(大笑)
私は自分に100点はあげない主義(それだと自分の伸び代がなくなる気がするから)ですが、
でも、まあ70点ぐらいは与えても良いかな。


人生のアークも、日々のアークも、閉じたり、開いたりするものです。
社長のアークを閉じたからといって、好奇心まで閉じる必要はありませんし。
そんな心持ちで、来年の3月末まで自分にできることを精一杯考えながら過ごして参ります。
明日から、経営のバトンを岡崎に引き継ぎます。
新体制のグラスルーツも引き続きよろしくお願いいたします。

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昨日、社内で、コンテンツの企画をテーマとした
広報部門向け研修会のデモ兼テストを行ったのですが、
読み手の心理を探求するセクションで、こんなワークをしてもらいました。

Q あなたが仕事をしていて気持ちが上がるのは、どんなときか?
  反対に下がるのは、どんなときか?
人の欲求とモチベーションについて紐解くための一コマです。

テストに付き合ってくれた若手社員のKさんは、
自分が一生懸命考えたことに対してダメ出しされた理由に納得がいかないときに
気持ちが下がると話してくれました。

実は、この問いかけはさまざまなセミナーの場でしているのですが、
Kさんのように答える方は少なくありません。
私はその回答に興味があったので、本来なら突っ込んで聞きたかったのですが、
場の目的からズレてしまうので、そのままスルーしました。
彼に尋ねたかったのは、納得できないときに、どうするか、です。


実は、昨年からの採用面接で、自分が周りの人と違う意見であるときや、
これはおかしいと思ったときなどに、
発言するかを尋ねるのですが、
場が気まずくなりそうだったり、話が面倒なことになりそうなら言わない
と答える人が圧倒的に多い印象です。
人間関係やコミュニケーションでの振る舞いの基準が「波風」であるようです。
優秀そうに見えた20代の男性に、
「では、仮に侮辱されたとしたら、どうします? 飲み込みますか?」
と聞いたら、やはり飲み込むという回答でした。


当社では、意見を述べることを波風が立つことだとは考えていないので、
むしろ意見を言う人を採りたいし、
今までは発言してこなかったけれど、しても良いならしたい人を採りたいです。


意見を述べることや議論することを、なぜ多くの人が「波風」だと思うのでしょうか。
面倒な人、空気を読まない人と思われたくない。
そんな心理が人を貝にしてしまうのかもしれませんね。
でも、せっかくの意見を場に出さないなんて、もったいないなぁ。


納得ができない場合も、多くの人はそれを飲み込むのでしょう。
この場合、単に波風だけが飲み込む理由ではなく、
それを言えない/言わないのは、相手にアタマに来ているからでもあるのでしょう。
感情的になりそうなときに、人はそれを出さないようにコントロールしますよね。
それ自体は、むしろ大人な対応と言っても良いと思いますが、
本当は納得できない対象は相手ではなく、却下された理由のはず。
その理由をきちんと聞く。どういう説明がほしいのかを言う。
普通のコミュニケーションとして、相手を責めずに話すことは可能なはずだと信じたいです。


だから、どうした?という話であるのを承知で、私の考えを書きますと...
思っていることがあるのに、飲み込む方が、腹に一物あるようで、
健康的ではない気がしますし、その状態に陥ったら生理的に気持ちが悪いです。
あ、これは生理的なものだから「考え」ではありませんね笑
そして、その気持ちの悪さは価値観からくるものだと思うので、
何が正しいというのもない。
ただ、私がそういう人間だというだけのことです。
私にとっては、価値観であり、美意識であり、オーバーに言えば生き方なのですが。
あれ、そう考えると、これはやっぱり「考え」だと言ってもいいのかしら?
いえ、もちろん私だって、意見を言うタイミングを察ることもありますし、
思っていることは常に言うというわけではありません。
でも、前提として、波風だとは思っていないわけです。


日本人が大切にしてきた「和」というのが、調和の和なのだとしたら、
波風を立てないことは、必ずしも調和をもたらしているとは言えません。
というのは、調和というのは、意見の違いがあっても、
お互いを尊重しながら、より良い方向を一緒に探すことだと思うからです。
違和感があるときに、違和感があると述べる。
納得ができないときに、納得できないと述べる。
その先に調和があるような気がします。

なーんて書きながら、なんだかもっともらしそうに書いているだけじゃん、
という気持ちになってきました。
期末のせいか慌ただしい今日この頃であることを言い訳に、
乱筆乱文で失礼いたします。

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最近、我ながら科学や技術に興味があるな、と思います。

また、スピリチュアルや超常現象など反科学的な事柄にも惹かれたりします。
SF映画が好きなのも、そういうことと関係しているのかもしれません。
なぜ科学や技術の話が好きなのかというと、
1つには誰もが思うように夢があるからですが、
もう1つは歴史の一コマを垣間見ているような感覚を持つからだと思います。
なので、輪廻というものがあるのなら、
次に生まれてくるときは、エンジニアになりたいかも笑

高市政権に変わり、技術分野への積極投資が進むことで、経済も活発化しそうです。
探査船「ちきゅう」が海底からレアアース泥の回収に成功した、とか
トヨタがモナコで水素エンジン車のデモドライブをした、とか
三菱重工が二酸化炭素と水と電気から液体燃料の合成に成功した...などという話題は、
聞けば聞くほどわくわくします。


ひと昔前は夢物語だった人型ロボットも日に日に進化をしていますね。
先日から中華圏では春節を迎えていますが、もうご覧になりましたか?
中国の人気テレビ番組で人型ロボットの演舞が披露されていたのですが、
剣や棒、ヌンチャクを自在に操り、バク転ができるほどの運動能力です。
テスラの人型ロボット「Optimus」も来年には販売が開始されると言われているので、
ますますこの分野での米中の競争が激化しそうです。
いったい未来はどうなっていくのでしょうか?


中国のロボット軍団の演舞を見ながら、思い出したのは
映画「スターウォーズ」のロボット軍団「バトルドロイド」です。
と、同時にロボットではないのですが、
なぜか人工的に作られた兵士たち「クローン・トルーパー」のことも
思い出してしまいました。


「スターウォーズ」にはいくつかのテーマがありますが、
そのひとつは闇と光です。
光から闇に堕ちた代表がダースベーダーでした。
「バトルドロイド」も「クローン・トルーパー」も
科学技術の進展により生まれてきた兵士たちです。


ウクライナ戦争では新たな兵器にドローンが加わり、
戦争のイメージも様相が変わってきました。
(それでも多くの兵士が亡くなっていることもまた事実ですが)

人と人が殺し合うよりも、
ロボット同士を戦わせる方がマシという考え方もあるのかもしれませんが、
邪悪な心で使えば、他国の主権や人権を侵害することに繋がっていきます。


AIも同様ですね。
自己チューな企業や国がAIを活用すれば、人間社会に対する最大の脅威になり得ます。
そういうこともあってか、現在、安全性や規制について、
世の中では二つの考え方がぶつかり合っているようです。

一つは、AIは全人類ためのものとして非営利であるべきだし、
開発もオープンであるべきだ、
しかも脅威になりうるのだから、政府の規制が必要だという考え方。
もう一つは、莫大な開発コストがかかるのだから、
営利を追求するのも、ソースを公開しないのも当然だという考え方です。

前者の代表はイーロン・マスク。
後者の代表はOpenAI社のCEOサム・アルトマンです。
イーロン・マスクはもともとOpenAI社の創業に携わっていましたが、
上記のようなポリシーの違いから同社の経営を離れ、
独自にGrokを開発したと言われています。
ここでは、どちらを支持すると語るつもりはありませんが、
私たちが今、便利に使っているAIが双刃の剣であることは忘れない方が良さそうです。


私たちの心には、光もあれば闇もあります。
夢を与えてくれるはずの科学に、支配欲などの人間の心の闇が結びつくと、
未来は悲惨なものになってしまいます。
特に科学や技術、政治に携わる人には闇落ちしてほしくありませんが、
一方で、社会は集団の意識がつくっているとも言われています。
私たちは日常の中でダースベーダーにならないように心がけたいものですね。


インフルエンザが流行っています。
花粉の気配もありますね。
体調に気をつけてお過ごしください。

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当社では、企業の社内広報担当者向けに各種セミナーを提供しています。
特徴の1つは、社内広報を人のマインドの解決課題だと捉えて、
認知心理学的な要素を取り入れている点です。

たとえば、人はなぜコンテンツを見たくなるのでしょうか。
興味を惹きつける要素にはさまざまなタイプのものがありますが、
今日ご紹介したいのは、「感情報酬」という概念です。

新しい情報を見つけた瞬間、脳の中では小さな化学反応が起きています。
その中心にいるのが、ドーパミン。
これは「快感」や「期待感」を司る神経伝達物質です。

たとえば、SNSのタイムラインをスクロールしているとき。
「お、これは知らない」「なんだろう?」と思うことがありますよね?
好奇心が働いた瞬間に脳が喜び、ドーパミンが分泌されて、
脳は「報酬」を受け取ったように感じます。

あなたがもし、広報部門でコンテンツ制作に携わっているのであれば、
脳と神経伝達物質の働きを知ることで、
読者のどんな「期待のスイッチ」を押すのか、ヒントになるかもしれません。


ところで、SNSで自分の好奇心に従って、あちこちクリックするうちに、
タイムラインに似たようなネタばかり流れてくるようになった...
というご経験もあるのではないでしょうか?

私の例でいえば、最近は選挙が近いこともあって、
さまざまな候補者からの発信を見るうちに、
私のタイムラインはあっというまに政治のつぶやきが多くなってしまいました。

与党・野党、候補者・有権者に関わらず、さまざまな声が流れてきます。
すると自分の信条に合っている声を目にした時は、
そうだ、そうだと思い、心地いい。
一応、私の場合はどんな対立構造になっているか興味があるので、
自分の信条と違う声も読んでいるため、比較的内容に幅がありますが、
もし「心地良い」を基準に読む読まないを判断していたなら、
一気に「エコーチェンバー」の中に置かれることになります。

「エコーチェンバー」というのは、
自分と似た意見の人ばかりが集まって、違う考えが見えにくくなる現象のことです。

これもまた、脳にとっては心地よい状態なのです。
同じ考えに触れると、セロトニンやオキシトシンといった安定をもたらす物質が働き、
安心感や一体感を感じるそうです。
つまり、意見の一致は脳に安心をもたらします。

でも、その「安心」が続くと、
私たちはいつの間にか「違う意見」に触れるのが少し怖くなってしまう。
心地よさと引き換えに、視野が狭まっていく...。
そんなことが起きそうです。

しかも、脳は基本的に「自分が信じたい情報」を好む傾向があるといいます。
ドーパミンがくれる「ワクワク」やセロトニンがくれる「安心」を欲するあまり、
私たちはつい「自分の考えを裏付ける情報」ばかり選んでしまうようです。


コンテンツの作り手としても、個人としても、
この「心地よさ」とどう付き合うかはとても大切なテーマかもしれません。
ときには、あえて意外性のある視点を選ぶ。
ほんの少しだけ脳のクセを意識して、自分の脳の期待を裏切ってみる。
そうすることで、情報との付き合い方が広くなる気がします。
「心地よい刺激」と「少しの違和感」の双方にアンテナを立てていたいものですね。

今週末は、選挙です。
有権者の1票が私たちの未来につながっていると信じ、私は選挙に行きます!

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衆議院が解散され、選挙戦が活発になっています。
選挙で重要とされているのは、マニフェストです。
日本の大きな方向転換が示された上での今回の選挙ですから、
有権者としてマニフェストをよく理解して選挙に臨みたいものです
そうだ! 選挙に行こう! ← JR東海風の美しいビジュアルで笑


さて、マニフェストは平たく言えば「約束」です。
ビジネスでも約束が大事なのは言うまでもありません。
社内での約束、社外との約束がいろいろある中で、
皆さんはどんな約束がもっとも基本的かつ重要度が高いと思いますか?

やると言ったらやる...というような有言実行を求める意見はもちろんあると思います。
しかし、大昔からそれ以上に大切にされてきたのは、
・決まった期日に、決まった金額を支払う
・約束した日までに、約束通りのものを納める
の2点ではないでしょうか。
この約束を守らない相手とは、2度と取引しない、
それが当然のこととして、日本の社会では暗黙の了解になっています。


「信用とは、約束を守る習慣である。」と言ったのは、ドラッカーですが、
「信用」の捉え方は国や地域によって異なります。

日本では、どちらかというと、最初は性善説で信用し、
一度壊れた信用は簡単に修復できないという暗黙の了解があります
しかも、相手を信用するのは必ずしも「契約書があるから」が前提ではありません。
そこが、良くも悪くも日本社会の特徴です。
「あの人は裏切らない(誠実)」と「あの人ならやってくれる(能力)」
の掛け合わせで信用をとらえていて、
信用できる人が大勢いる会社が、
信用できる企業になっているとも考えられます。
私たちは、あまり自覚していませんが、世界でも類のない高信頼社会に暮らしているわけです。


「約束」や「信用」に対し、なぜ、このような文化的価値観が生まれてきたのでしょうか。
一説には、時間に対する価値観は、稲作文化に由来するという見方があるようです。
田植えや水の管理は、村全体でタイミングを合わせる必要があった、という見方です。
周囲に歩調を合わせなければ、当然、後ろ指を刺されますよね。
空気を読むことにも通じる恥の文化と関係があるのかもしれません
でも、同じ稲作文化である中国も日本と同じような価値観であるかというと、
そこは異なっているのではないでしょうか。


私は、日本人の「信用」に対する価値観は
「お天道様が見ている」という文化的価値観と繋がっているように思います。
このワードは、年初のメルマガ「おみくじ、引きましたか?」でも書きましたが、
日本人のアイデンティティの根っこにあるものの一つではないかと考えています。
これは、誰に見られていなくても、自分の良心に従って正しく振る舞うという
「自律的な道徳観」です。
なんと素晴らしいじゃありませんか!


「お天道様が見ている」の起源がどこにあるかというと、
『古事記』や『日本書紀』に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)にある、
というのが有力な説です。
日本では、古くから太陽を神と捉え、太陽=天照大神だと言われています。
「すべてを照らす存在」イコール「人の行いを見通す神」とされてきました。

2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の中で、
疫病が起きると祈祷で解決しようとするシーンがありましたが、
平安時代の祈祷での中心神格は天照大神だったそうです。
だとすると、当時の人々にとって、日食はさぞや怖かったに違いありません。


しかし、私たちの日常生活に目を向けると...?
現代では、日常の中で天照大神を意識したり、崇めたりすることもなければ、
「お天道様」という言葉を口にする機会は滅多にありません。
若い人たちの間では、この言葉は最早死語かもしれない。
それでも、その精神は社会的な良心として、形を変えて生き残っています。
ゴミのポイ捨ては少なく、財布やケータイを無くしても戻る確率が高いのは、
日本社会の特徴です。


あ、今、思い出しました。
「Don't Be Evil(邪悪になるな)」はGoogleの有名な価値観です。
この思想は、まさに「デジタル時代のお天道様」かもしれませんね。
AIの時代になり、多様性との共生が叫ばれる中で、
個人にとっても、企業にとっても、
「信用」はますます重要になっていくような気がするのですが、
皆さんはどう思いますか?

1月最終週です。寒さに負けずに元気に参りましょう!

強運_s.jpg

今年、会社としては2通目、私の回としては初のメルマガになります。
改めまして今年もよろしくお願いします。

さて、新年といえば、初詣。
おみくじを引かれた方も多いのではないでしょうか。
私は、30代のある年に3回連続「凶」を引き当てて以来、
おみくじは引かないことにしています。
おみくじには一定の割合で凶が入っているのですから、
新年早々お金を払って嫌な気分になることもないなと思ったからです。
(でも、凶×3というのはすごい確率だろうから、これはこれで吉だと思ったものです笑)

みなさんは、運や運気を信じますか?
私は、おみくじは信じませんが、運については、ある程度信じます。
でも、私が思う運とは、変えられない運命のようなこととは違います。


そういえば、高市首相が松下政経塾に入るにあたり、
1000名前後の受験者の中から最後の10名に残り、
晴れて合格したエピソードにも運が絡んでいたらしいですね。

最終選考に残ったことを知った高市さんのお父様は、
松下幸之助さんの大ファンで、
とにかく運の良さそうな顔をしとれと高市さんに声をかけたのだとか。
ですが、自分は緊張はしないだろうと思って臨んだ松下幸之助さんとの最終面接で、
高市さんが体験したのは、これまで味わったことのない極度の緊張だったと言います。
あまりの緊張に言葉が出なかったのだとか。
そして、これはもう落ちたと思いながら、部屋を出た時に待っていたのは
ポラロイドカメラでの写真撮影でした。
高市さんは子どもの頃から、お母様に「早苗ちゃん、写真を撮るときは笑顔でね」
と言われて育ったこともあり、反射的にニコっと笑ったのだそうです。
後日、「あの写真で、運が良さそうな顔だし、愛嬌もありそうだ、
との判断になり合格にした」と松下さんから聞いたと言います。
ご両親からの運と笑顔に関する教えが、
高市さんを前に進めたと言えるのかもしれません。


松下幸之助さんが運と愛嬌を重んじたのには、こんな理由がありました。
まず、「自分は運が良い」と信じている人は、
困難に直面しても他人のせいにせず、前向きに好機を待つことができること。
また、リーダーが完璧すぎると周囲は助けてくれないが、
愛嬌があれば「この人を支えてあげよう」と周囲の協力が集まる。

つまり、その人の発言内容も重要ですが、
醸し出しているオーラというのが、結構大事ということなのかもしれません。


運とはそもそも何なのでしょう。

一般的には、人知を超えて幸不幸を左右する力、
というような受け止めが多いのではないでしょうか。
ですが、幸不幸を左右する力は本当にコントロールできないのでしょうか?

運を偶然の出来事と捉えるとコントロールできないと思ってしまいますが、
良い出来事は、良いマインドセットや良い行いが引き起こすものであり、
引き起こされた結果を運と捉えるなら、運を引き寄せることはできるような気がします。

「気がする」と「科学」は違いますが、
まずは「気がする」の話をさせてください。

私は、なんとなくですが、後ろめたいことや心が闇に落ちている人に、
幸運は訪れないような気がします。
日本には「お天道様が見ている」という言葉があります。
誰も見ていなくても、正しく生きようとしている人を天は必ず見守ってくれている、
そんな古めかしい考え方を無意識のうちにしているのかもしれません。


運は「科学」的に研究されています。
リチャード・ワイズマン博士は、著書『運のいい人の法則(The Luck Factor)』の中で
運を「超常現象」ではなく「心理学的なスキル」として定義しています。

読んだ訳ではないのですが、
博士提唱の運の良い人が共通して行なっている行動の4つの法則を簡単に紹介します。

【第1の法則】チャンスを最大限に広げる
リラックスして広い視野でものを見たり、新しい経験を好み、多くの人とオープンに関わる

【第2の法則】直感を信じる
判断するときに自分の直感を信じているし、直感を高めることを無意識に行なっている

【第3の法則】幸運を期待する
「自分は運が良いからきっと良いことが起きる」と信じて、挑戦を恐れないため、
試行の多さで成功を引き寄せている

【第4の法則】不運を幸運に変える
悪いことが起きたときに、「なんてついてない」と思わず、
「こうならないだけ良かった」と良い方に解釈し、執着しない


ふむふむ、これ、当てはまるぞ、なんて思って読んでいただけたら幸いです。
良いことをイメージすれば、良いことが起き、
悪いことをイメージしたら、悪いことが起きる。
そう思って暮らしてきましたが、
ワイズマン博士の説を読むと、まんざら間違いでもなさそうですね。

2026年、良いことをイメージして暮らしていきましょう!

keizoku.png

今年最後のメルマガをお送りします。
みなさんは、この1年、どんな年でしたか?
どんな人にとっても、良いこともあれば、良いとは言えないこともあったことでしょう。

私も同じです。やりたかったことがいろいろできて良い年だった反面、
ことメルマガに関しては、決めた頻度で配信できず、
ちょっと情けない年になってしまいました。
毎週1回(年50回弱)のはずが、全部で15回しか配信できませんでした。
このメルマガは2013年7月4日から始めて、満12年超。
2022年頃から定期配信がぐらついてきました。


いったいなぜそうなったのか、正直に書いてみようと思います。
事情や心情には主に次のようなことがありました。
(1)どうにもならないほど忙しく、メルマガどころではない時期があった
(2)(1)番ほどの状況ではないけれど、少し忙しい時に、
  「ま、いいか」と優先順位を下げてしまい、それが段々と常態化した

(1)番はそんなに頻繁にあるわけではないので、問題は(2)番です。
いっしょにメルマガを書いている阿部も、同じようなことを言っています。
優先順位を下げてしまう局面があったり、ネタ切れ感があったり、と。
こんな話は読んでもつまらないだろうという気持ちになり、
ブレーキがかかったこともあったようです。

実際、原稿作成というのは、書くことが決まってしまえば、
そこからは意外にスムーズに進みます。
メルマガで一番悩むのは何を書くかを決めるまで、です。
ですが、それがなかなか決まらないことがあります。
共通するのは、忙しくて、観察・思考アンテナの感度が弱くなっているときです。
そうすると、なかなか書きたいことが決まりません。


ずっと「継続は力なり」と思ってやってきたのですが、
継続が崩れてきた今、「再起も力なり」なのだろうと思います。


私は、人が物事を継続するためには、
優先順位を下げないだけの「目的意識」が不可欠なのではないかと思います。
これは、あらゆる人の行動に影響するファクターではないでしょうか。
で、大抵の場合、もちろん最初はそこを明確にして始めます。
なのですが、時間とともに目的意識は遠のきます。
当社のメルマガの配信頻度が下がった理由も、多々ある業務の一部でやっているために、
そのようなことが起きたのだと思います。

というわけで、来年はリセットして臨みます。
「ご期待ください」と宣言するのも憚られますが、
有言実行に追い込む方が対策としては有効な気がしますので、言います!
来年はご期待ください! あ~あ 言っちゃった~


反省文のようなメルマガで終わっては立つ瀬がありません。
年末年始は、多くの人が目標を立てる時期でもあるので、今回は決めたことを継続するためのコツを紹介します。
といっても、この内容は当社の社内勉強会の内容からのシェアです。
当社では、毎週1回、社員が持ち回りで好きなテーマで講師役としてプレゼンしています
シェアといえば聞こえがいいのですが、これは I さんが発表した内容のパクリです(笑)

ーーーー【継続のコツ】ーーーー
【その1】毎日やる
頻度は毎日がベスト。やってもいい/やらなくてもいい日をつくると、行動を迷うので、それがストレスになるそう。

【その2】1分でもいいからやる
「やった」という成功体験は1分で可能。本なら5行くらい読めるし、スクワットなら10回できます。

【その3】いつやるかを決める
暇な時間は一生できないから、時間ができたらやるはNG。「○○の行動の前(後)にやる」と決めるのがおすすめ。

【その4】小さな行動を2つセットでやる
普段やってることと新しくはじめることをセットにする(例:歯磨き +ふくらはぎストレッチ)

【その5】どうしてもやりたくないときは、やるふりをする
たとえば、ジムに行くために着替えて玄関までは、行ってみる。でも意外とそのままやれたりもするそうです。

【さらにオマケ】思うようにいかないときも自己否定はしない
自己否定しさなすぎて、私のようにサボリだすこともあるから微妙ですが、自己否定のし過ぎは良くないのは確か!
ーーーーーーーーーーーーーーー

なんでもかんでも継続すれば良いわけではありませんが、
たとえ小さなことであっても、決めたことを継続すると、
自分の自信になりますし、
周囲がそれを認知して、一目置いてくれるようになります。
つまり、その結果、自分のブランディングに役立ちます。
自分のことは棚に上げて言います。ぜひ試してみてください!笑

私個人は、メルマガ以外でも継続を糧にしたいことがプライベートでもたくさんあるので、
生かしていきたいと思います。

さて、2025年、今年も大変お世話になりました。
来年も、どうぞよろしくお願いします。
2026年が幸福に溢れた1年になりますように! 良いお年を!

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今日は、最近起きた3つの出来事を通じて思ったこと、
つまり表題にあるように、意が伝わるために大切なのは幹なのだな、
ということについて私の脳内ぐるぐるをシェアさせてください。
自分のぐるぐるをそのまま吐き出すなーとも思いますが、お許しを。


1つめの出来事です。
先週、私どものあるお客様企業の新社長になる方に
インタビューをさせていただく機会がありました。
その中で外部に自社の価値を伝えることがいかに大切かという話題が出ました。
しかも、ただ説明すればいいわけではなく、
相手にとって「面白いか」「分かりやすいか」が重要で、
それが満たせると物事は自然と広まっていく。
インタビューの主題ではありませんでしたが、とても興味深く拝聴しました。


また、2つめ、先週社内ではこのようなことがありました。
私が講師役となり「伝える技術」を学ぶ、若手社員向けの勉強会でのことです。
「テーマとは何か」を学ぶ課程では、
主題を端的に語ることの大切さを学んでもらうのですが、
「~について取り上げる」の「~」にどのような単語を入れるのかは、
簡単そうで簡単ではありません。

たとえば、「ABCプロジェクトについて」ではテーマとしては広すぎるので、
「ABCプロジェクトの~について」ぐらいに絞る必要があるときに、
何に焦点を当てるかを言葉で表すとどうなるか。
やってみると、誰もが言葉を絞れずに悩むわけです。

「メッセージ」を言語化する場合にも同様なことが起きるので、
伝える人は、ついつい多くのことを伝えたくなってしまうのだと思います。
この勉強会からの私の気づきは、
自分の考えの根幹を明確にしてから、相手に伝えるには、
自分の言葉を絞る必要があるわけですが、
それには理屈だけでは解決できず、
スポーツのようなトレーニングが必要なんだろうな、ということでした。


さて、3つめ、最後のエピソードになります。
「伝わる」について考えさせられる出来事があった今週、
今度はなぜか不意に心が動いて、
なんと何十年かぶりに英語の学習教材を買いました。
基本はたった81文だというコンセプトで書かれた
「Simple English Magic 81」(著:酒井一郎)という本です。
きっかけは、この本を読むよりも前から、
若い時よりも英語が聞こえるようになっている気がする、と思い始めたことでした。
なぜだろうと考えてみると、一言一句聞こうとしなくなったからだと思ったのです。
大体の大筋は何かと思って聞くと、想像力も手伝って、
こんなことを言っていると分かる。
昔は、聞き取れなかった単語が気になって、それより後がついていけなくなる。

私の自己分析を裏づけるかのように、この本にはこんなことが書かれていました。
"I play baseball in the park next to the hospital."という一文を聞いた人の多くは、
"next to"に意識が向いてしまい、それよりも重要な"I play baseball"が
二の次になってしまう。
文意としては、そのようなことが紹介されていたのです。
つまり、人間が何かを理解したり、誰かに何かを伝えたりするには、
幹が先であり、枝葉は後であるべきだということでしょう。
そしてまた、学習にも幹と枝葉があり、
滅多に使いもしないイディオムは枝葉、
幹は中学レベルで十分だということから、81文と謳われているようでした。


つまり、相手に「意が伝わる」ようにするために大切なのは幹、大筋なのです。
私が、テーマやメッセージを端的に絞れと教えているのも、
幹が先であり、枝葉は後だと思うからです。
3つの出来事を通じて、「伝える」「伝わる」の本質を改めて学んだ気がしました。


お付き合いいただき、ありがとうございました。
さて、当社、2週間後には通い慣れた表参道を離れ、大門/浜松町に移ります。
引越し準備、大変でーす!
皆さんも期末でお忙しい方も多いと思いますが、来週も元気に参りましょう!

成長.jpg

最近、ふとこんなことを考えました。
「年齢が上がると成長しにくい」は本当か?とか、
私自身の今の成長を数字で表したら、どうなるのだろう?と。
目標管理の世界では、目標はメジャラブル(測れるもの)にするべきだ、と
しばしば言われますが、目標と成長は別物です。

自分が対前年比で何パーセント成長したかなどと考えたり、
10年後には何倍に成長していたいなど、
数字で自分の成長を考える人は少ないのではないでしょうか。

また、いざイメージしてみようと思っても、
基準もないので、イメージできないという人が大半だと思います。
私自身は何歳になっても人は成長できると信じていますが、
キャリアが上がれば、新人の時のように
急成長を実感することはなくなるのが普通です。

というわけで、今日は「成長」を数字でイメージする、ということに
チャレンジしてみたいと思います。
実験です笑、お付き合いください。


そこで、まず資産形成や社会経済を例に考えてみました。
たとえば、資産運用だとどうでしょう?
100万円を年利5%で運用すると、5年後に1.3倍弱になります。
年利6%で運用した場合は、7年後に1.5倍、10年後に1.8倍になりますし、
年利7%で運用すれば5年で1.4倍、10年運用すると資産はほぼ倍になります。

「今どき7%?」と思う人も中にはいるかもしれませんが、
銀行金利ではありえなくても、投資信託などでは普通にあり得ます。
たとえば先週金曜日のダウ平均の終値は44,303.40ドルでしたが、
3年前の1月の終値は35,131.86ドルですから3年間で1.26倍になっています。
また、アメリカの名目GDPは、2021年の約23.68兆ドルから
2024年の約29.17兆ドルへと増加しました。これは約1.23倍です。
名目GDPで見ると7%、ダウ平均で見ると8%程度に伸びているわけです。
日本を例に出せなかったのは、お察しの通り、5%にも達していないからです。

経済が7%で成長するなら、人も同じぐらい成長したいものです。
でも、自分が対前年比で7%伸びる、5年後には1.4倍に成長している状態とは、
どのような状態なのでしょうか?
また、どうすると、そうなるのでしょうか?


私は、「経験知識資産」と「思考資産」という2つの資産が増えている状態を
成長と捉え、投資のイメージで捉えてみました。

「経験知識資産」というのは、
これまでの経験を通じて得た知識の総量です。
経験A1が、経験A2になった場合は、去年との差は小さいですが、
経験Aを経て、Bを経験した場合は、初めて知る知識量が多くなります。
これらを合わせて、去年より7%知識が増えているというようなイメージです。

ということは、新しいことに取り組む時間を増やすことが必要ですよね。
まったく違うことを経験すると仮定したら、
7%の時間を新しいことに使う必要があります。
具体的には、1カ月の就労時間で見てみると、
月160時間×7%=月11.2時間、年間ではその12倍の134時間ほどになります。
こんな取り組みをすると、7%知識が増えていきそうに思えますよね。


もう一方の「思考資産」はこんなイメージです。
たとえば、1つのタスクに対して、
取り組む前の想像や予測、取り組み後の考察を、「3つ」する人がいたとします。
この人が、このタスクに対して7%思考を増やしても、
「3」が「3.2」になるだけで、大きな変化は得られないように思えます。
しかし、人間の脳は1日に1.2万から6万回の思考をしていると言われているので、
こうするだけで、1日の総量はもとより、年間の思考の総量は爆上がりします。
「3」を「3.2」にすれば良いなら、できそうに思えてきます。


「経験知識」と「思考」以外にも成長材料はあるかもしれません。
最初、「人脈」という発想もありかな?と思ったのですが、
人との関係を投資に見立てるというのも、
なんだか見返りを期待しているようでも、セルフ却下しました。


さて、自分の成長を数字でイメージしてみるという人体実験、
成功しましたか?
私は、頭を動かしてみて、つくづくイメージは大切だなと思いました。

2月は早いです。
寒さに負けずにグングン行っちゃいましょう!

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

ゆっくりお過ごしになれましたか?
私は、忙しいとなかなかできないこと、たとえば、
旅行のプランを立てたり、ケータイの乗り換え先を調べたり、
鍋を磨いてみたり、、、てなことをしていたら、
あっというまに休みが終わりました。

さて、今年の新年、いつも以上にワクワクするので、
なぜなのだろうと考えてみたのですが、
それは多分社会が大きく動く重要な年になる...
そんな気がするからなのだと思います。
良いことも悪いことも起きるでしょうが、
重たい扉が音を立てて開いていくようなイメージがあります。

社会の変化に関わっている要素はいろいろあるでしょうが、
AIの進展も重要要素の1つですよね。

AIを使うと何ができるのか、
どんな価値が生み出せるのかを考えるのは、とても楽しい。
まずは自社の業務をどう改善できるかを試しながら、
お客様に役立てることを考えていきたいと思います。


AIを使いこなそうと思ったときに何が必要になるのか?
私は「分解力」は欠かせないと感じます。

というのは、自分たちが無意識に行なっていることをAIにやらせようとしたら
インプットしてからアウトプットするまでに、
自分がいったい何をしているのかを明らかにし、
AIに学習させる必要があります。

たとえばメールを書くときに、
いったい何を、どの順番で考えて作文しているのか。
業務は暗黙知に溢れていますから、
根気がないとなかなか分解もできませんね。


でも、たとえば受験勉強とか、何かのコツを習得するといった際も、
習得の早い人は分解が上手な人なのではないでしょうか。

そうそう、昨日、散歩の途中で図書館が開いていたので、
目的もなくふらりと立ち寄りました。
私が立ち止まったコーナーは、旅行とスポーツです。
(文学でないところが私らしいかも笑)
で「ロジカルゴルフ」(尾林 弘太郎著)という本を手にとってみると、
ミスショットの原因を分解して捉えて対策が書かれていて、
改めて、やっぱり学習では分解というアプローチが大切だよなーと
実感した次第です。


同じようなことを東大受験支援の専門家である西岡壱誠さんも
東洋経済オンラインで書いています。
ただ英語ができないではなく、
「意味が複数ある単語を覚えられない」とか
「リスニングのときに毎回聞き取るスピードが遅くて困る」など、
分解されている悩みは解決策もわかりやすい、と。
反対に、問題がぼんやりしている人は、
まだ勉強を本格的に始めていない場合が多いのだそう。


私は楽観的なのか、業務を体系的に整理すれば、
AIを使いこなすことは簡単にできるのではないか、と思っているのですが、
実際には根気がないとできないことかもしれません。
ということは、「分解力」に加えて、
「ねばり力」も必要ということかもしれませんね。
仕事するって大変だな~

年の初めの「これをやりたい」という意欲を維持して、
良い1年にしていきたいものですね!
新年1号目を読んでいただき、ありがとうございました。

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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