ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

ブログ

社長の脳みそ整理mono-log モノログ

『最近の出来事から』カテゴリの記事

 

AdobeStock_321998350のコピー.jpeg

偶然に「【無理しない生き方】を強要するな」というタイトルの
Youtubeを見ました。
高学歴お笑いコンビとして知られる「ロザン」のお二人の動画です。
https://youtu.be/TMS19z1rJxo
とてもおもしろく、ちょっと触発されたので、
今日は「無理」とのつき合い方について考えたいと思います。


無理をしない生き方、流行っているんですかね?
流行っているかどうかはともかく、
無理をしながら生きている人が一定割合いるのか、
アマゾンで検索したら
「そんなに無理しなくてもいいんじゃないの?」というメッセージの本が
複数ヒットしました。


無理しないことと、自然体でいることは、
本質的には別のことだと思います。
無理しない生き方という文脈で「無理」という言葉が使われる時、
自分の気持ちに逆らうことを無理することと捉えているようですね。


ちなみに、「無理」という言葉には、最近は別の意味もあって、
「ありえない、ムリ!」「マジでムリ!」など、
「No、受け入れられない」の意味でもしばしば「ムリ」という言葉が使われます。
この場合、本来の「無理」という意味とは、ちょっと違うニュアンスです。
「受け入れるのは難しいです、ごめんなさい」
そんな意味でしょうか。
この「ムリ」は、拒絶の意思を伝えたい時に便利な言葉となっているようですね。

で、元々の「無理」は、「道理・理屈・理由」などが「無い」から来ています。
辞書的な表現を咀嚼して言うと、元々は3つの意味があるようです。
(1)道理に合わないこと(無理なことを言われた)
(2)実現するのがむずかしいこと(合格は無理かもしれない)
(3)限界を超えてしようとすること(無理するな)


私自身は(2)(3)の意味での「無理」と言う言葉に対し、
ちょっとした思いがあります。


(2)無理しないと、成長しない
(3)無理すると、 長続きしない


こう聞くと、「え? 無理した方がいいの? しない方がいいの?」と
思いますよね?
まさに、「無理」を巡っては、トレードオフの関係にもなりかねないので、
つき合い方が難しいなあと感じます。
だからこそ、今回、このテーマをとりあげようと思った次第です。


私の個人的意見としては、
長続きが大切なことで、無理はしない方がいいと思います。
でも、ステージを上げるには自分のエッジを超える必要がありますよね。
成長と「無理」にはどんな関係があるのでしょうか。


ロザンさんの動画では、こんな話が展開されていました。
資本主義は社会の成長を前提としている。
社会が2%成長しているなら、個人の2%成長は現状維持にしかならない。
個人が「2%以上」成長して初めて、社会の成長に貢献できることになる。
無理しない生き方はいいけれど、みんながそれをやり出したらどうなるのか。
だから、自分は無理したくない、自分は成長しなくていいと言うなら、
他の人にお礼を言わなくてはあかん。


私は、社会のために自分が成長すべきというより、
成長する方が楽しいから成長した方がいいと思います。
私自身もそうだし、うちの社員に対しても思うことです。


さて、人の成長を考えるとき、負荷や障害は必要とはよく言われることです。
それは本当なのでしょうか? 
昭和的すぎるでしょうか?
どう思いますか?


私は自分の体験からも、成長に負荷は必要だと感じていますが、
根拠を聞かれると、筋トレと同じだと思っている...ぐらいしか、理由が言えません。


筋力トレーニングで言われる原理の一つに「過負荷の原理」というものがあります。
日常生活以上の負荷を身体に与えなければ、筋力は上がりませんが、
一定レベルの負荷のトレーニングを継続するうちに、
身体がその負荷に慣れてしまうと、今度は効果が出なくなります。
効果を高めるには、負荷を増やしていく必要があるわけですよね。


けれど、筋トレでどの程度の負荷をかけるべきかは、目的にもよるようです。
目的が、筋力向上なのか、筋肥大なのか、筋持久力向上なのかによって
与えるべき負荷の大きさや回数の設定は変えるのが一般的です。


しかし、筋トレとキャリア形成や人間的成長が決定的に違うのは、
何キログラムの負荷というような形で設定できないことと、
その負荷に耐えられるかどうかが即座にわからないこと、です。
その負荷をどう感じるかは、本人の意識によっても変わります。
目的が明確なら、その負荷を受け止められるかもしれませんが、
目的意識がなければ、なぜ自分はこんな無理をしなくてはならないのか、
疑問に思ってしまうかもしれませんし、
その結果、心が病んでしまうかもしれません。
また、最初からこれは自分には無理だと決めてかかってしまっては、
自分を伸ばすことはできないでしょう。
「無理」をネガティブなものと決めつけず、
客観視しながらつき合って行きたいものです。


あなた自身は「無理」とどうつき合っていますか?
今週も素敵な1週間でありますように!

AdobeStock_83866376のコピー.jpeg

「諦める」という言葉、深いですよね。
「諦める」にも「諦めない」にも美学が感じられます。
人によっては、「諦める」という言葉には否定的な印象を抱くかもしれませんが、
受け入れて、執着せずに手放すと考えたら、「諦める」には潔い美しさがあります。


だけど、今日、考えたいテーマは「諦めない」の方です。
きっかけは池江璃花子さんの今回の日本選手権での活躍でした。
白血病という病と闘い、打ちひしがれる自分の心と闘い、
そして、どちらにも勝って、池江さんは東京オリンピックの代表の座を勝ち取りました。


病気になる前の池江さんは「才能」の人に見えましたが、
今は「努力」の人に見えます。
土曜日に放映されたNHKスペシャルによると、
実際、池江さんは、かつては結果がすべてだと思っていたそうです。
でも、復帰後は人生観が変わり、努力するプロセスが大切だと思うようになったそう。
池江さんは、「諦めない力」を身につけて帰ってきました。


そして、最初の勝利でこう言いました。
「努力は必ず報われるんだと思った」
これを聞いて、「必ず」なんて「そんなわけないだろ」と思うのはやめましょう。
彼女のすごさは、自分は「必ず」この困難を乗り越えられると信じたことにあるからです。


実際のところ、努力が「必ず」報われるということはありません。
自分の力ではどうにもならない社会情勢や、家庭環境や、
能力的適性や、運...のようなことがあって、
努力してもどうにもならないことが人生では多々あります。
でも、「どうにもならなかった」という言葉を使っていいのは、
努力した人だけですよね。


さて、本題。「諦めない力」について。。。。


「諦めない力」については、米国ペンシルベニア大学ポジティブ心理学センターの
アンジェラ・ ダックワース教授の研究が有名です。
彼女の書籍「GRIT~やり抜く力」(ダイヤモンド社)はすでに30万部を突破しています。
ダックワース教授は、粘り強く努力して物事を最後までやり抜く力の本質を
次の4要素だとし、その頭文字を取って「GRIT(グリット)」と名付けました。


Guts(ガッツ):【勇気】困難なことに立ち向かう力
Resilience(レジリエンス):【回復力】失敗しても立ち直る力
Initiative(イニシアチブ ):【主体性】自ら目標を見つける力
Tenacity(テナシティ):【粘り強さ】粘り強くやり遂げる力


やり抜く力「GRIT」は、生まれ持った才能や知能とは、まったく関係ないそうです。
たとえば、米国陸軍士官学校やグリーンベレーでは、
当初は有望とされていた多くの人が途中で脱落していきます。
最終的に過酷な選抜試験をやり遂げて優秀な成績を残すのは、
上の4要素を持つ人たちであることを、ダックワース教授は明らかにしています。
才能や知能があっても、努力が足りなければ、十分な結果は得られない、
しかも、GRITはトレーニングで開発可能。
それがダックワース教授の結論であり、この理論の魅力です。


やり抜く力は、次の1から4の要素を1から4の順番で伸ばすことで、
身についていくそうです。


1. 興味:興味があることに打ち込む(情熱を持って没頭するには興味が必須)
2. 練習:弱点を認識し克服するために、目標を設定して練習に励む
3. 目的:自分の仕事は社会にとって重要だと確信する
4. 希望:困難が生じても悲観に打ちひしがれず、希望を持ち続ける


なるほど。どれも重要であること、同意です。
インナーブランディング的な視点で見たなら、
3番が最も重要ですが、いきなりそこには行かれないということを
ダックワース教授の理論は物語っています。


さて、、、、
それはそれとして、「諦めない力」を巡って、私はこうも考えます。
まず、自分の人生の大部分は自分でコントロールできると考えるのか、
ほとんどのことはコントロールできないと考えるのか、です。
どう思います?


人生には、自分にとって、ウェルカムなことと、
その反対にイヤだと思うことが常に起きますが、
誰しもイヤなことがコントロールできないとなったら最悪です。
でも、もし自分でコントロール可能なことは多々あると思えていて、
だからこそ、そこに意識を向けようと思うことができたなら、
幸せな人生を送れますよね。
私はコントロール可能なことはたくさんあると思っていますが、
人生はコントロールできないと思っている人、実は少なくないような気がします。


そして、もう一つ、「諦めない力」に関連して、こうも思います。
幸せの基準をどこに置くか、です。


目標を達成することが幸福なのか、
目標を達成しようと前向きに生きることが幸福なのか。
あなたは、どう思いますか?
私は後者です。
なぜかと言えば、前者は「結果」の中に幸福を求めているので、
結果が出るまで幸福にはなりません。
後者は「希望」の中に生きていて、
その「希望」に触れているだけで、幸福感を味わえます。
池江選手の「泳げただけで、ここにいられるだけで幸せ」という発言にはそれが表れていました。
でも、現実社会では、結果で幸福を判別しようとしている人が多いような気がします。


こういうことは価値観だから、正しい/間違っているはありません。
ただ、その価値観を意思を持って選択しているかどうかが重要ですよね。
池江選手の生きる姿は、こんなふうに私たちにいい刺激を与えてくれました。
ぜひ、ぜひ、ぜひ、池江選手を応援しようじゃありませんか!!

今週も素敵な1週間でありますように!

210105.jpg

あけましておめでとうございます。


箱根駅伝、ご覧になりましたか?
駒澤大学のアンカー石川拓真選手の力走と、奇跡の逆転劇、すごかったですね。
私は残念ながら、ニュースで知ったのですが、
それでも感動したぐらいなので、ライブで見ていたら鳥肌が立ったことでしょう。


「自分を信じて、諦めなければ、何かが起きる」
そう思って走ったそうですが、
たすきをもらったとき、1位の創価大学とは3分19秒もの大差。
それを逆転したのですから、、、、
大いなる力が味方したとしか思えないような快挙です。


さて、年始なので、今日は「大いなる力(のようなもの)」のご利益に預かるには
どうしたらいいのかということについて、真顔で考えてみましょう(笑
もちろん冗談。いえ本気。いや、冗談。でも、結構本気で(笑笑


大いなる力のようなものが存在する/しないは、当然人それぞれです。
存在するという物の見方は、ちょっと宗教的に聞こえるかもしれませんが、
ポジティブな思考にはポジティブな結果がついてくるというような、
一種の人生観のようなものなのだと思います。


で、実は割と多くの人がこのような考えを思っているのではないでしょうか。
「病は気から」なんていうのも、同じようなことです。
自分の気持ちのありようが、目に見えない力を動かし、良い結果につながる。
真剣に信じているわけではないけれど、心のどこかでそんなイメージを抱いている。
日本では「おてんとさま(お天道様)」などと呼ぶこともありますね。
狭義では太陽のことですが、広義では太陽を含む大自然のことです。
良い行いも悪い行いも、人が見ていなくても、「おてんとさまが見ている」と。
では、そのおてんとさま、いったい私たちの何を見ているのでしょう?
あ、真剣に受け止め過ぎないでくださいね。ただの想像の話ですから。。。


話は飛びますが、大晦日に夜更かしをして、
ディズニーの実写版「アラジン」を観ました。
主人公アラジンは生きるための盗みはするものの、
純粋な心の持ち主として描かれています。
洞窟に隠された魔法のランプを手に入れるよう命じられますが、
その洞窟には善良な心と優れた素質を持つ人しか入ることができません。
アラジンは見事洞窟に入り、すったもんだありながら、
ランプの魔法を借りて、人生を切り拓いて行きます。
魔法だなって、奇跡に近い、大いなる力の象徴です。
なぜ彼はランプを手にすることができたのか?
おてんとさま(ここでは洞窟)は彼の中に何を見たのか?
まあ、お話だから起きたと言ってしまえば、それまでですが。。。笑


石川選手の力走とその結果を見た時は、
おてんとさまが見ているのは、諦めない不屈の精神力?...とも思いました。
でも、それではおてんとさまの了見としては狭すぎる感じがします。

そうこう考えるうちに、
ふと、先月、Youtubeで見た田坂広志さんの講演を思い出しました。
それは、32歳のときに癌で余命宣告されたものの、
奇跡的に生き延びた、そんな体験に関するものでした。
現在、70歳でいらっしゃるので、本当にすごい話です。


余命宣告された田坂さんは、絶望的な気持ちのまま、
救いを求めてある禅寺に行ったそうです。
その寺に行くと治癒する人が多いと、両親に勧められたのがきっかけでした。
そこで禅師に言われたのは、励ましでも癒しでもなく、期待とは違った言葉でした。
「そうか、もう命は長くないか...。だがな、一つだけ言っておく。
人間、死ぬまで、命はあるんだよ!」


そう言われた田坂さんは、死ぬまで命があるにもかかわらず、
自分はすでに死んでいた、と気づいたそうです。
どうしてこんな病にかかってしまったのかと「過去」を悔い、
これからどうなるのだろうと「未来」を憂う。
そんなことばかりに時間を使い、「現在(いま)」を生きていない自分に愕然とし、
その日から生きる覚悟を決めたそうです。
人生にあるのは、永遠に続く現在(いま)だけなのだから、
いまを生き切れ。
そんなメッセージの動画でした。
こんな話を聞くと、田坂さんの著作はより一層深いものに思えてきます。


この動画を思い出した時、
3つの点が重なって、1つになりました。
石川選手にも、アラジンにも、田坂さんにも共通するもの、
それは「いまを生き切っている」ということです。
大いなる力が私たちに味方をしてくれることがあるとすれば、
それはきっと私たちが「過去」でも「未来」でもなく、
「いまを生きている時」なのではないでしょうか。
未来を妄想しやすい私ですが、いまを生きなければと思った年初でした。


さて、今日はこの辺で。今年もよろしくお願いします。
首都圏では緊急事態宣言が発出されるようですが、
他力本願にも他責にもならず、自分のいまを生きましょう!
素敵な1週間をお過ごしください。

200727_NakedKing2.png

コロナで自宅就業の最中、当社では5月にXさんという若手社員を迎え入れ、
ずっと歓迎会ができていなかったのですが、
先週、ようやく歓迎会ランチを開くことができました。
オープンエアのテラスのあるレストランで、です。


幹事のYさんは、同じく若手ですが、段取りも進行も軽やかに〜♪
会の中盤でXさんに話題を振りました。
「グラスルーツに入って、おもしろいとか、へぇーと思ったことは?」と。
Xさんは、あれこれと話しましたが、その中に、こんな話しもありました。
私が書くと、ちょっと自慢みたいに聞こえるかもしれませんが、
(あ、ちょっとは自慢なんですが笑)
書く目的は自慢ではありません。


その発言、正確には覚えていませんが、
「グラスルーツは社長のオノさんと距離が近くて、
話を聞いてもらえるのが新鮮です」みたいなこと。
で、私が言ったのは「小さな会社だから、当然だよ」みたいなこと。
そしたら、それを聞いていたZさんが、
「小さい会社でも、そうでない会社はたくさんありますよ」と。


まあ、そんなことがあって、確かに当たり前ではないのかもしれないなーと思って、
自分がどこから、なぜそうなったのかをちょっと振り返ってみました。
その原点、子どもの頃の少し恥ずかしい話を自分語りする...という形で、
恥ずかしい三昧ですが、メルマガのネタがない時の苦し紛れにやってみます(笑
お時間許せば読んでください。


私が人の話を聞くようになったその原点は、
多分「小学校3年生の学芸会」にあります。
びっくりですよね。
三つ子の魂百までもとはいいますが、小三魂百までもなのですから。


その年の学芸会で、私はアンデルセンの有名な童話「裸の王様」の劇に出ました。
出たといっても、その役は侍女8番、、、だったかどうかはわかりませんが、
要は大勢の侍女の一人でした。
台詞もなければ、ちょっとしたダンスを大勢でして、すぐに終わる、そんな役です。
ぶっちゃけ、子ども心に「ふん、なんで私がこんな役? おもしろくない!」
と思いました。


その当時の私は、男子以上に野球やスポーツができて、
それなりに勉強もできる活発な女子。
そのせいか、学級委員の投票では大勢が入れてくれるなど、
ちょっとした人気者だったのです。
その私が「侍女」の役です。
プライドがへし折られたような気持ちでした。


ところが、その役を巡って、先生が私にこう言いました。
「小野さんは活発だし目立つが、クラスには目立たない人もいる。
そういう人たちの気持ちをわかる人になってほしいと思って、
この役を与えた」


その時の私の気持ち、わかりますか?
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。
自分はまさに劇の通り「裸の王様」への道をまっしぐらに歩いている
と気づいたからです。
他の人のことなんてまったく考えない裸の王様。
その時、「超かっこ悪い、私」と初めて自覚しました。
なので、「裸の王様」は私にとって「かっこ悪い」の象徴であり、
ほかの人の話を聞くようになった原点です。


さて、「かっこ悪い」という感覚は、自己否定感に繋がったりして、
一般的にはあまり良い感覚ではないと思います。
でも、私は、この感覚は意識すべき大切な感覚だと思います。
「かっこいい」ことをしたいと思うよりも、
「かっこ悪い」ことをしたくないと思う方が、健全な気がします。



数年前に「"かっこわるい"が"美しい!"に変わるティーパーティー」という名の
ワークショップに出たことがあります。
人は、誰しも自分の取った態度に対して「なんで、こんな行動をしちゃったのか、
かっこ悪いな、自分」と自己嫌悪に陥ることがありますが、
そこで自己否定する必要はない、なぜなら、
かっこ悪いと感じている裏には、「こうありたい」という願いがあるからで、
その願いは実はとても美しいものだ、自分の美意識に気づこう...
そんな内容のとても素敵なワークショップでした。


つまり、「かっこ悪い」に自覚的になること、
それは自分の美意識を知ることなんですよね。

あなたは、どんなことを「かっこ悪い」と思いますか?


8月の足音が聞こえてくる7月最終週。
素敵な1週間を!

私の友人に畑中景子さんという人がいます。
昨年まで政府系金融機関で世界を股に掛けて仕事をしていた人で、
今はコーチであり、コーチを育てるコーチでもある。
名門INSEADでMBAも取っちゃうほど、グローバル感覚に溢れた人物です。
私より一回り以上若いですが、話すと楽しいのが魅力。
「スターウォーズ」や「ボヘミアンラプソディ」を一緒に見に行って盛り上がる間柄です。
そんな彼女が、「TOEICではなく、TOEFLを強くススメる理由」と題して、
自分のブログに記事を書いていました。

https://note.cocomichi.club/entry/2020/05/29


彼女の調べによれば「TOEICの受験者数は、世界150ヵ国で年間約700万人、
うち日本が年間266万人(2018年度)。4割弱が日本」だそうです。
ところが、畑中さんのTOEICに対する評価は厳しいものです。以下3行引用。

けれども、関係者の方々には大変失礼ながら、
私の勝手な超個人的経験で言えば、TOEIC対策をしていても、
本当の意味でグローバルに通用する英語は身につかないだろうと思っています。


そして、記事を読みながら、私が特に共感した1行は、
「本当のビジネスは、業務を遂行することではない」です。


つまり、TOEICは、業務時間中に業務を遂行するためのコミュニケーションには
役立つかもしれないが、
それだけではビジネスのパートナーとして一目置かれたり、
ビジネスを創り出すことはできない...というのが彼女の見方です。


彼女の主張の詳細はブログを読んでいただく方がいいと思いますが、
ビジネスでは説明能力も大切だけれど、
それ以上に「あなたはどんな人なのか」が感じられる「雑談」が大事、
なぜなら、誰だって面白い人と仕事をしたいからだ...
という意見に、私は大きく共感しました。


畑中さんの記事の本旨は、それにはTOEFLの方が有効というものですが、
私の本旨はそこにはないので、語学学習に興味のある方は、そちらをご覧ください。


雑談が大事とありましたが、畑中さんの言わんとすることは、
「楽しい会話」とそれに基づく「仲良し関係」が大切...
ということではありません。
一人の人間として、自分の考えを持ち、お互いに伝え合える関係こそが
本当の創造的な仕事を生み出す、ということだと思います。
考えてみれば、これは日本人同士でも同じですね。


私が、人材育成や採用の際に大切だと考えていることと、
畑中さんのグローバルコミュニケーションに関する意見には、共通点がありました。
それは、真に創造的な仕事をするには、
人としてのあり方や関係のあり方が大切だということ。


ところが、若い時にはこんなことを考えがちかもしれません。
早く一人前になりたい。そのためには、スキルを身につけなくては、と。
いえ、もちろんそれが間違っているわけではありません。
でも、本当に強い人、伸びる人は、自分で伸びていく力のある人です。
畑中さんの言葉を借りるなら、ビジネスを創造できる人です。


スキルというのは、経験や知識を通じて獲得した技能です。
が、いくらスキルがあっても、それでカバーできるのは、業務の遂行や対処まで。
それで何がいけないのか?と思われるかもしれませんが、
業務を遂行するのは給料をもらっていれば当たり前であって、
残念ながら大きな価値を生み出しているとは言えません。


スキルがDoingであるとしたら、
仕事の創造/創造的な仕事のために、それ以上に重要なのはBeingです。
というのは、「創造」に向かって自分で伸びていける人は、
自分自身との付き合い方や、他者との関係の築き方がどこか違います。
つまり、人としての「あり方」、「あろうとする考え方」がどこか違う。


波風立てない無難な関係であろうという志向や
防衛的な志向でないためか、会話も表面的で終わりません。
また、自分の未熟さをオープンに受け入れたり、自分の考えをオープンに出すので、
結果的に、入ってくる情報や知識、フィードバックの量が増えますよね。
そうすると、自分を成長させるいい循環が生まれてきます。


しかも、Beingは青天井ですから、どこまでも伸ばせます。
私だってまだまだ発展途上ですからね!! いえ、ホント!


グローバル社会だからこそ、Doing(スキル)よりBeing。
そんなことを考えた週末でした。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください。

200127_golf.png

7、13、6、7、11、12、9、7、8 (73)
7、9、7、7、7、10、6、6、10 (69)


さて、この数字は何だと思いますか?


これは、週末土曜日の私のゴルフスコア(前半、後半)です。


9月から練習を始め、11月にコースデビュー。
12月に2回目、この週末土曜日は3回目のラウンドでした。


各ホール2桁以上叩き、ズルし放題で、何回叩いたのか、
カウントさえできなかった1回目から比べると、
我ながら大躍進です!
2回目はときどき1桁の打数で回れるなど、そこでも変化がありましたが、
それから比べても進歩しました。


今日は、その間の変化や気づき、意外にも仕事で役立ちそうなので、
シェアさせていただきます。


3回のラウンドで起きている小さな変化は何か?
それは大きく分けると4つあります。


第1に、1回目より2回目、2回目より3回目、「心の余裕」が全然違います。
1回目は、第1ショットで立てたティーを持ち帰るのを毎回忘れました。
打つ前に素振りをする余裕もなく、何打打ったのかもすぐにわからなくなりました。
心の余裕がまったくなく、一番疲れたのは体ではなく、脳みそでした。
頭がパツンパツン。。。


第2に、心の余裕ができたせいでしょうか。「恐れずに試す」ができました。
たとえば、前回までのラウンドでは2打目以降で使ったクラブは、アイアンのみ。
ウッドを使おうという気持ちはこれっぽっちも起きませんでした。
理由はまともに打てる自信がないからです。
でも、今回は最初から使っていこうと思っていました。試すためです。
バンカーや池に向かう気持ちにも変化があり、今回は入ったら入ったまで。
恐れずに「やりたいようにやってみよう」と思えました。


第3は、そうした心の余裕が生み出したプレーへの意識の変化です。
「基本に集中」できるようになりました。
私にとっての、基本はアドレス、グリップが7割、スイング3割。
あ、これはコーチからの受け売りです笑
それぞれのポイントは省きますが、言われたことをやる。
「これは違うよ」と言われたことはやらない。
とにもかくにも、自分の体を思ったように動かしたい。


第4は、これも心の余裕が生み出したものですが、
「疑問を抱き、考えながらプレーする」ようになりました。
たとえば、第1打ドライバーを打つ時、
ティーの高さはどのくらいがいいのだろうか?とか、
クラブは短めに持てというけれど、どのくらいがいいのだろうか?とか、
上手な人は何を計算し、何を考えて、プレーしているのだろうか、など。。。
疑問が生まれてくると、自分の課題やそのホールで試したいことが生じ、
小さなPDCAが回せるようになりました。


こう考えてみると、第2、第3、第4の変化は、心の余裕がもたらしたものです。
で、この気持ちに余裕を生み出したものは、何かと考えてみると、
結局「反復練習」「場数」「居直り」ではないでしょうか。
私のように「場数」と言えるものがなくても、「練習」は自負を与えます。
さらに「居直り」が一番重要かもしれません。
居直りの本質は「恐れ」の反対?
スターウォーズ的に言うと、May the Force be with you.


さて、、、、
このメルマガを書くために、「スポーツ」「上達のコツ」で検索してみました。
すると、こんな答えが。


①目標を持つこと
②課題意識を持つこと
③良いフィードバックを得ること
④内発的動機を大切にすること


なんだ、仕事と一緒じゃん...。でも、まあ、そりゃそうだろうと思います。
で、この4つをさらに上手に回すコツもあるような気がします。


まず「目標」。
今回、私の目標はすべてのホールを1桁で回ることでした。
達成できたのは、18ホールのうち13ホールです。
この目標、具体性があるほど、効果的ですね。
後半、友人がホールごとに目標をブレークしてくれました。
たとえば「パー4」のホールで、
「このホールは、4オン2パッドで行こう」とか。
そうすると、イメージが具体的になって、モチベーションの粒度が細かくなります。


「課題意識」もホールごとに細かくするほど、手応えも具体的になりますね。


「フィードバック」との付き合い方も大切ですよね。
「斜面ではボールの位置を右足寄りにした方が安定するよ」
「クラブを気持ち短く持つ方がいいよ」
「左足は、こういう感じで使うといいよ」
今回も様々な助言やフィードバックをもらいました。
それらとどう付き合うか。
私が思うのには、知識としてのインプットは「素直に」。
取り入れ方は「ゆっくりと」。
つまり遮断せずに聞き、試しながら、取り入れない選択も含めて、
自分に合う取り入れ方をするということでしょうか。
仕事もそうかもしれません。


最後に「内発的動機」について。
先日、私はアチーブメント社のセミナーに参加したのですが、
そこでも「外発的動機」より「内発的動機」の重要性が語られていました。
要するに「褒められたい」「認められたい」というような外発的動機よりも、
「ワクワクする気持ち」「喜び」などの内発的動機を大切にするという考え方です。
そこが起点になっていると、多少悪い結果が起きても、気持ちが萎えません。
ということは、自分は「何がうれしくて、ゴルフをするのか?」
という答えを持った上で、どう練習し、どうプレーするかですね。


何がうれしくて、何を得たくて、仕事をするのか?
とても大切な問いですね。
1月最終週。気持ちよく次に向かえますように!
素敵な1週間をお過ごしください。

191202_35_2.png

先週金曜日、11月29日は当社の誕生日、創立記念日でした。
グラスルーツはこれで満35歳になりました。
「これもひとえに皆さまのお陰です」という決まり文句がありますが、
この決まり文句、「ただひたすらに、他に考える余地もなく、皆さんのおかげ」という意味です。
理屈で考えたら、自らの努力もしないで、他力で会社が存続するなんていうことはないわけですが、
それでも、本当に神妙な気持ちになり、心底そう思います。
「皆さま」が誰かというと、私以外のすべての人たちです。
お客様はもちろん、今の社員、元の社員、グループ会社の皆さま、役員、パートナーの皆さま、
友達、恩師、家族など、言葉にしきれませんが、「皆さま」に入ります。
いろいろな意味で私を支えてくださった皆さんに、心からお礼を申し上げたいです。
ありがとうございました!


さて。。。創立記念日の夜、私は一人で、自然溢れるある場所に行き、
その翌日は本当に何もしないで1日を過ごしました。
正確にいうと、2泊3日、そのまんなかの日のこと。
何もしない...、普段なかなかできないことです。
行く前に思っていたのは、考える旅でした。
こんなこと、あんなことを考えて、答えを得たいと思っていたのですが、
上っ面でいくら考えてもうまく答えは出ないんですよねー
邪念、邪念、邪念...になるので。
で、結局自分を空っぽにしようって割り切って、過ごしました。
まあ、まどろみの時間も多々あったけど、
それはそれで、空っぽにすることにつながったかもしれない。
具体的に「これ!」と何かを得たわけではありませんが、
こんなに何もしなかったのは何十年ぶりで、
何かしらチャージできたと思います。
それがコレ!とうまく言語化はできないんだけど。


冬の寒空でしたが、とてつもなく星が綺麗でした。
オリオン座、
カシオペア、
北斗七星、、、
教科書でならった星座がそのままに見える!
それどころか、細かな星の島まで見えてしまう。
奥ゆきをもって、宇宙が見えました。
星空に触れるって、本当にいいですね。


過ぎてしまえばあっという間でしたが、
2泊3日、いい時間でした。
ほんと、なにもしなかったな。。。。

190916_natui.pngTV番組「プレバト!!」の影響か、夏井いつき先生人気の賜物か、
俳句はブームを超えて、かなり定着してきているようですね。
私も、既にこのメルマガで触れていますが、
今年の7月頃から俳句を始めました。
そこで、今日は俳句を入り口にして、
仕事に役立ちそうな私の気づきをシェアします。


さて、私の場合、俳句を始めたといっても、先生について習っているわけではなく、
高校時代の友人たちとメンバーを募ってネット句会を始めたというだけです。
参考書は、世界文化社から出されている「夏井いつきの超カンタン!俳句塾」だけ。
毎月1回、ネットを通じて、投句と選句を行うというもので、
初心者ばかりの会ですし、最初は人が集まるかと心配されましたが、口コミで人が増えていき、現在は15名が参加しています。


わずか2カ月半の間にも、
俳句が教えてくれたことは、実にたくさんありました。
ここでは4点ほど紹介します。


第一に、当然ですが、わずか17字なので、
伝えたいことを「潔く絞り込む」必要があります。
ついつい欲張って2つのことを盛り込みたくなってしまうのですが、
17字であるために、否が応でも絞らざるを得ません。
これをプレゼンテーションや文章作成などに応用し、
17字とは言わないまでも20字で自分が伝えたいことを先にまとめる。
伝えるのではなく、伝わることにこだわるなら、
そんなやり方も有効だと思いました。


第二に、日常の中で目にしたちょっとした物から
何かを感じ取らないと作句できないためか、
観察したり感じ取るセンサーの感度が上がった気がします。
そして、以前からずっとそこにあったありふれたものに着目しただけなのに、
思わぬ記憶や連想が湧き起こってきて、その体験に小さな興奮を覚えます。


実際、脳科学者の茂木健一郎さんによると、
脳にとって発見や気づきは最大の喜びだそうで、
新たに何かに気づくと、前頭葉にドーパミンが放出されて、
その気づきの回路が強化されるのだそう。


思えば、カラーバス効果というのも、そういったカラクリなのかもしれません。
カラーバス効果というのは、ある一つのことを意識することで、
それに関する情報が無意識に集まってくる現象のことです。
たとえば、今日は黄色に注目して通勤しようと決めると、
いつも以上に黄色が目に入ってきます。
子供たちの帽子、カレーショップのサイン、銀杏の葉、クレーン車...。
その結果、黄色を入り口に様々な情報を得ることができるというわけです。
元々は「color(色)」を「bath(浴びる)」が語源ですが、
一つのことに意識を集中させると同じ効果が得られるため、
集中させる対象は色とは限りません。
俳句もカラーバスも「観察」が入り口にありますね。
それだけアウトプットには「観察」が重要、ということなのかもしれません。


第三は、自分が渾身の出来栄えだと思ったものほど評価されない、というもの。
ネット句会とはいえ、お互いに選句を行うため、
どの句が誰に評価されたか(誰にも評価されなかったことも)、最後にわかります。
熱い気持ちで作句したのに、誰も選んでくれなかった体験をした人たちは、
気合が入りすぎると、近視眼的で客観性のないものになり、
結局は独りよがりの句になってしまうと結論づけていました。
こう気づけるのも、複数で選考する効力だと思います。
仕事でも大切ですよね、客観視。
俳句の選句システムになぞらえると、
誰かの評価に納得ができない時は、2ndオピニオンや3rdオピニオンを
もらうことも有効かもしれませんね。


第四は、誰もがフィードバックを気にしている、ということ。
誰もが、褒められたいし、反応されたい。いい点も取りたいのだと痛感。
もちろん私も気にはなりますが、気にしない自分でいたいです。
というのは、夏井いつきさんによると、小学生の間で句会をすると、
変な句やわかりやすい句に点が入るそうですから、
選ばれないからといって、一概に質が低いとは言えないはずです。
でも、そんな夏井さんも誰も自分の句を選んでくれないとしんどい、
と書いています。
でも、こういった心理の本質は、別に持ち上げられたいわけではなく、
振り向いてもらえないと寂しい...ということですよね。
仕事でも心得ておくべきだと思いました。


俳句を勧めますと書くつもりはありませんが、
未経験のことをやってみるとたくさんの発見がありますね。
日常に変化をもたらしたい方にはオススメです!


今週も素敵な1週間をお過ごしください。

190909_grip.jpg

最近ドラムを始めたことは、このブログでも紹介しましたが、
実はもう一つこの週末から始めたことがあります。
それは、2度の挫折を経て今回が3度目になるゴルフ。もちろんまずは練習から。
土曜日はゴルフレッスン、日曜日はドラムレッスンと、練習三昧の週末でした(笑


昔は、練習があまり好きではなかったような気がします。
でも、最近は楽しくて楽しくて。
これ、多分大人の特権ですね。
大人になると、自分のできない状態や、そこからできるようになるプロセスを
客観的に理解することができます。
子どもの頃や若い頃は、自分の状態を客観視しようと思っても、
「できた」「できなかった」の2種類しかないので、あまり楽しくない。
でも、大人になると、もう少し細かく自分を観察し、理解できるため、
その分、ちょっとだけ上手くできるようになっただけでも、
それに気づいて、「やった〜!」と浸れるわけです。
それはもう楽しい以外の何者でもありません。
自分を客観視できるようになるってことは、そんな楽しさに繋がるわけで、
いいなーと思います。
あ、大人になるとって書きましたが、
年齢が上がればできるようになるという単純な話ではなく、
ぶっちゃけ普段から自己観察してない人はムリかもです。
そのぐらい自己観察って重要だと思います。


さて、ゴルフレッスンとドラムレッスンを連続して受けてみて、
なぜか偶然にも同じような指導がありました。
それは、グリップの大切さについてでした。
ゴルフの先生が、「グリップとアドレスで7割が決まる」と言ったその翌日、
ドラムの先生が、「最初の数回はまずは楽しんでもらうことを優先したかったので、
言いませんでしたが、スティックの握り方と座り方が実はとても重要です」と。
で、クラブの握り方とスティックの握り方はとても似ていました。
自然に逆らわず、力を入れ過ぎず...とでもいうのでしょうか。


うーむ。
このメッセージを連続して聞いた私は、
何かここから物事の本質を学べと言われたような感覚に落ち入りました。
まず、単純に言えば「構え」が大事ってことですよね。
けれど、そりゃスポーツは何でもそうだろうさ。
これを仕事に置き換えて考えたくなっちゃうのが、私のクセです。


スポーツで「構え」が大事なのは、それをおろそかにすると、
最大のパフォーマンスが発揮できないからです。
では、仕事で「これをおろそかにするとパフォーマンスが発揮できない」となるものは何か?


ここまで考えて気づきました。
これは人それぞれであり、会社によっても違うなと。
そもそもパフォーマンスの定義が人によって、企業によって違うからです。
パフォーマンスを売り上げで考える企業、
見込み客を含めた顧客数で考える企業、
顧客満足度で考える企業、
各種KPIの達成率で考える企業など、まちまちです。


たとえば、当社。売り上げなどの数字よりも、信頼関係や満足度を重んじています。
信頼され、満足していただけたら、大抵数字はついてくると考えているからです。
その信頼関係のバロメータの一つは、相談の量と質です。
相談されることが少なく、ルーティーンで仕事をしてしまうと、
信頼や満足が生まれているとは考えにくいわけです。


では、信頼されたいとして、信頼される存在であるためには何を重んじるべきか。
ここからが、今回、話の入り口にあった「構え」と近い話になります。
この判断も各社各様でしょうね。
当社の「構え」は、次の2つです。
・お客様にとって、本当に必要なことは何かという観点から、
 お客様の思いとは違う意見でも言う。
・とはいえ、正論に終始するのではなく、お客様の状況に寄り添う姿勢を忘れない。
つまり意見を述べても、柔軟性を持って対応するということです。
もう一つ、ドラムとゴルフの握り方(自然に逆らわず、力を入れない)に通じる話でいえば、
自然体のコミュニケーションというのも信頼につながるかもしれません。
要は、カッコつけずに自分らしくいるということ。
それも、私は信頼と関係しているように思います。


ところが、もしかしたらある会社では、お客様の思いを叶えることこそ
信頼を得るには不可欠だと思っていたら、意見は言わないでしょうね。


あなたの仕事で「パフォーマンス」を上げるとは何を果たすことですか?
「グリップ」と同等に重要な基本の構えは何ですか?
人生の「グリップ」は何ですか?


台風の影響が気になります。
皆様のご無事を祈りつつ、今週が良い1週間でありますように!

この週末は、2泊3日で山梨県北杜市白州町の友人宅に滞在し、
長野県の入笠山に登ってきました。
入笠山の標高は1,955メートルと結構高いのですが、
1,780メートルまでゴンドラで登れるので、
山登りといってもゴンドラを降りて山頂までは約1時間ほど。
初心者向けの山です。


山に登ることになったきっかけは、2カ月ほど前 。。。
今年5月に開催された高校の還暦同期会です。
私はその企画や運営に携わっていたのですが、
繋がり直すというコンセプトで、いろいろな人を巻き込んで、
各種サークルを立ち上げました。(いえ、私一人でではなく、みんなで)
今回の集いもその一環。
山梨県は白州の別荘地に住む友人がリーダーとなっている会で、
その名も「白州会」。白州を拠点に自然を楽しむサークルです。
同期会では、俳句を楽しむ「一句会」という会も同時に誕生していて、
今回は、両方に入っている人が多かったことから、
吟行しながら、山に登る楽しい会になりました。
ほにゃららの、ほにゃららほにゃら、せみしぐれ
...みたいなことを言い合いながら。
全然蝉の声は聞こえなかったのに(笑)


さて、確かに楽しかったに違いないのですが、
やってみてわかったことがあります。
私は、山登りはそれほど好きじゃなさそうだ、ということ。
いえ、実際、今回楽しかったけど、本当の山登りは4時間とか登るわけで、
私にはそうやって山頂を極めたいという願望がないことがわかりました。
野歩き、沢歩き、湿原歩きは多分好きだと思いますが、
山登り願望は低い...。
で、心が疼かないなら無理してやることはないなと思いました。


さて、前置きが長くなりましたが、今回の白州会でこんな話題が出ました。
歳を取ると柔軟性がなくなると言われているし、
実際自分たちの親を見ていると、悲しいかな、そうなっていくのは間違いない。
そこから逃げることはできないとしても、
どうしたら少しでも長く柔軟性を保てるのだろうか、と。


その時、ひとつの答えとして出てきたのは、
新しいことをやってみる気持ち、
新しいことでも楽しんでみようという気持ちを持ち続けることが
大切だよね、ということでした。


というのは、、、
周りにいる人で、この人は柔軟性がないなと思う人、
つまり、どちらかというと思考が硬直しているように感じる人の特徴として、
多いのは「まずやってみて、それから判断するということをしない」こと。
たとえば、やってみないとわからないことでも、
やってみる前にやらない方がいい理由を述べたり。


だから、やったことがないことでも、
まずやってみようと思うことが大切だよね、と。
そんな結論になりました。


この結論、それほどロジカルに出てきたものではありませんし、
今、ここでその正当性を論じようとも思いません。
でも、私はまんざら間違っていないのではないか、と思います。
あなたは、どう思いますか?


やってみる前に「やらない」を選択する理由はよくわかりませんが、
失敗はイヤ、恥ずかしい思いをしたくない、わからない状況でやるのがイヤ。。。
人間だから、多かれ少なかれ、そういう気持ちはあって当然です。
それでも、それと折り合いをつけてやってみようと思う人もいれば、
そうでない人もいます。


その判断自体を正しい、間違っていると決めつけることはできませんが、
体験しないとわかないことがある...これは言えることではないでしょうか。
たとえば、今回私が体験した山登り。
やってみたから、それほど好きではないとわかりました。
やらなかったなら、わからなかったでしょうね。


反対に、最近、私は誕生日祝いに社員から体験ギフトをもらったのですが、
「ドラムレッスン」を選んで、2週間ほど前に体験しました。
マッサージとか、エステとか、いろいろ選べたのですが、
一生に一度だけでいいからやってみたいことを選ぼうと思って、
私は楽器のドラム叩き70分レッスンを選びました。
本当は1度だけ経験すればいいつもりだったのに、
体験したら本当に心が躍ったのがわかりました。
それで、チケットを買って、今月21日にまた教えてもらうことにしました(笑
これは、やってみたからわかったことです。


よく若い人たちの間には「やりたいこと探し」の風潮があると言われますが、
やりたいことって、やってみた経験のその先にあるものですよね。
で、やってみると、実はやりたくないとわかったり、
反対に次から次にやりたいことが出てきたり。
そこで、どれもこれもやりたいと思った時、今度は、
「いや、待て、人生は短いぞ。いったい何に絞るんかい」と自問したり。


だから、まずは「やってみるが先」だなとつくづく思いました。
ま、生き方に正しい答えなんてないけれど(笑)
素敵な1週間をお過ごしください!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

社長メッセージを見る >>

これまでの記事

視点発見の旅
メルマガ【開-CAY】お申し込み

ご一緒に「視点発見の旅」へ!
メルマガは「開-CAY」で届きます

詳細を見る >>

「個人情報の取り扱いについて」

このページのトップへ