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『社内広報&インターナルコミュニケーション』カテゴリの記事

 

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当社では、企業の社内広報担当者向けに各種セミナーを提供しています。
特徴の1つは、社内広報を人のマインドの解決課題だと捉えて、
認知心理学的な要素を取り入れている点です。

たとえば、人はなぜコンテンツを見たくなるのでしょうか。
興味を惹きつける要素にはさまざまなタイプのものがありますが、
今日ご紹介したいのは、「感情報酬」という概念です。

新しい情報を見つけた瞬間、脳の中では小さな化学反応が起きています。
その中心にいるのが、ドーパミン。
これは「快感」や「期待感」を司る神経伝達物質です。

たとえば、SNSのタイムラインをスクロールしているとき。
「お、これは知らない」「なんだろう?」と思うことがありますよね?
好奇心が働いた瞬間に脳が喜び、ドーパミンが分泌されて、
脳は「報酬」を受け取ったように感じます。

あなたがもし、広報部門でコンテンツ制作に携わっているのであれば、
脳と神経伝達物質の働きを知ることで、
読者のどんな「期待のスイッチ」を押すのか、ヒントになるかもしれません。


ところで、SNSで自分の好奇心に従って、あちこちクリックするうちに、
タイムラインに似たようなネタばかり流れてくるようになった...
というご経験もあるのではないでしょうか?

私の例でいえば、最近は選挙が近いこともあって、
さまざまな候補者からの発信を見るうちに、
私のタイムラインはあっというまに政治のつぶやきが多くなってしまいました。

与党・野党、候補者・有権者に関わらず、さまざまな声が流れてきます。
すると自分の信条に合っている声を目にした時は、
そうだ、そうだと思い、心地いい。
一応、私の場合はどんな対立構造になっているか興味があるので、
自分の信条と違う声も読んでいるため、比較的内容に幅がありますが、
もし「心地良い」を基準に読む読まないを判断していたなら、
一気に「エコーチェンバー」の中に置かれることになります。

「エコーチェンバー」というのは、
自分と似た意見の人ばかりが集まって、違う考えが見えにくくなる現象のことです。

これもまた、脳にとっては心地よい状態なのです。
同じ考えに触れると、セロトニンやオキシトシンといった安定をもたらす物質が働き、
安心感や一体感を感じるそうです。
つまり、意見の一致は脳に安心をもたらします。

でも、その「安心」が続くと、
私たちはいつの間にか「違う意見」に触れるのが少し怖くなってしまう。
心地よさと引き換えに、視野が狭まっていく...。
そんなことが起きそうです。

しかも、脳は基本的に「自分が信じたい情報」を好む傾向があるといいます。
ドーパミンがくれる「ワクワク」やセロトニンがくれる「安心」を欲するあまり、
私たちはつい「自分の考えを裏付ける情報」ばかり選んでしまうようです。


コンテンツの作り手としても、個人としても、
この「心地よさ」とどう付き合うかはとても大切なテーマかもしれません。
ときには、あえて意外性のある視点を選ぶ。
ほんの少しだけ脳のクセを意識して、自分の脳の期待を裏切ってみる。
そうすることで、情報との付き合い方が広くなる気がします。
「心地よい刺激」と「少しの違和感」の双方にアンテナを立てていたいものですね。

今週末は、選挙です。
有権者の1票が私たちの未来につながっていると信じ、私は選挙に行きます!

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衆議院が解散され、選挙戦が活発になっています。
選挙で重要とされているのは、マニフェストです。
日本の大きな方向転換が示された上での今回の選挙ですから、
有権者としてマニフェストをよく理解して選挙に臨みたいものです
そうだ! 選挙に行こう! ← JR東海風の美しいビジュアルで笑


さて、マニフェストは平たく言えば「約束」です。
ビジネスでも約束が大事なのは言うまでもありません。
社内での約束、社外との約束がいろいろある中で、
皆さんはどんな約束がもっとも基本的かつ重要度が高いと思いますか?

やると言ったらやる...というような有言実行を求める意見はもちろんあると思います。
しかし、大昔からそれ以上に大切にされてきたのは、
・決まった期日に、決まった金額を支払う
・約束した日までに、約束通りのものを納める
の2点ではないでしょうか。
この約束を守らない相手とは、2度と取引しない、
それが当然のこととして、日本の社会では暗黙の了解になっています。


「信用とは、約束を守る習慣である。」と言ったのは、ドラッカーですが、
「信用」の捉え方は国や地域によって異なります。

日本では、どちらかというと、最初は性善説で信用し、
一度壊れた信用は簡単に修復できないという暗黙の了解があります
しかも、相手を信用するのは必ずしも「契約書があるから」が前提ではありません。
そこが、良くも悪くも日本社会の特徴です。
「あの人は裏切らない(誠実)」と「あの人ならやってくれる(能力)」
の掛け合わせで信用をとらえていて、
信用できる人が大勢いる会社が、
信用できる企業になっているとも考えられます。
私たちは、あまり自覚していませんが、世界でも類のない高信頼社会に暮らしているわけです。


「約束」や「信用」に対し、なぜ、このような文化的価値観が生まれてきたのでしょうか。
一説には、時間に対する価値観は、稲作文化に由来するという見方があるようです。
田植えや水の管理は、村全体でタイミングを合わせる必要があった、という見方です。
周囲に歩調を合わせなければ、当然、後ろ指を刺されますよね。
空気を読むことにも通じる恥の文化と関係があるのかもしれません
でも、同じ稲作文化である中国も日本と同じような価値観であるかというと、
そこは異なっているのではないでしょうか。


私は、日本人の「信用」に対する価値観は
「お天道様が見ている」という文化的価値観と繋がっているように思います。
このワードは、年初のメルマガ「おみくじ、引きましたか?」でも書きましたが、
日本人のアイデンティティの根っこにあるものの一つではないかと考えています。
これは、誰に見られていなくても、自分の良心に従って正しく振る舞うという
「自律的な道徳観」です。
なんと素晴らしいじゃありませんか!


「お天道様が見ている」の起源がどこにあるかというと、
『古事記』や『日本書紀』に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)にある、
というのが有力な説です。
日本では、古くから太陽を神と捉え、太陽=天照大神だと言われています。
「すべてを照らす存在」イコール「人の行いを見通す神」とされてきました。

2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の中で、
疫病が起きると祈祷で解決しようとするシーンがありましたが、
平安時代の祈祷での中心神格は天照大神だったそうです。
だとすると、当時の人々にとって、日食はさぞや怖かったに違いありません。


しかし、私たちの日常生活に目を向けると...?
現代では、日常の中で天照大神を意識したり、崇めたりすることもなければ、
「お天道様」という言葉を口にする機会は滅多にありません。
若い人たちの間では、この言葉は最早死語かもしれない。
それでも、その精神は社会的な良心として、形を変えて生き残っています。
ゴミのポイ捨ては少なく、財布やケータイを無くしても戻る確率が高いのは、
日本社会の特徴です。


あ、今、思い出しました。
「Don't Be Evil(邪悪になるな)」はGoogleの有名な価値観です。
この思想は、まさに「デジタル時代のお天道様」かもしれませんね。
AIの時代になり、多様性との共生が叫ばれる中で、
個人にとっても、企業にとっても、
「信用」はますます重要になっていくような気がするのですが、
皆さんはどう思いますか?

1月最終週です。寒さに負けずに元気に参りましょう!

強運_s.jpg

今年、会社としては2通目、私の回としては初のメルマガになります。
改めまして今年もよろしくお願いします。

さて、新年といえば、初詣。
おみくじを引かれた方も多いのではないでしょうか。
私は、30代のある年に3回連続「凶」を引き当てて以来、
おみくじは引かないことにしています。
おみくじには一定の割合で凶が入っているのですから、
新年早々お金を払って嫌な気分になることもないなと思ったからです。
(でも、凶×3というのはすごい確率だろうから、これはこれで吉だと思ったものです笑)

みなさんは、運や運気を信じますか?
私は、おみくじは信じませんが、運については、ある程度信じます。
でも、私が思う運とは、変えられない運命のようなこととは違います。


そういえば、高市首相が松下政経塾に入るにあたり、
1000名前後の受験者の中から最後の10名に残り、
晴れて合格したエピソードにも運が絡んでいたらしいですね。

最終選考に残ったことを知った高市さんのお父様は、
松下幸之助さんの大ファンで、
とにかく運の良さそうな顔をしとれと高市さんに声をかけたのだとか。
ですが、自分は緊張はしないだろうと思って臨んだ松下幸之助さんとの最終面接で、
高市さんが体験したのは、これまで味わったことのない極度の緊張だったと言います。
あまりの緊張に言葉が出なかったのだとか。
そして、これはもう落ちたと思いながら、部屋を出た時に待っていたのは
ポラロイドカメラでの写真撮影でした。
高市さんは子どもの頃から、お母様に「早苗ちゃん、写真を撮るときは笑顔でね」
と言われて育ったこともあり、反射的にニコっと笑ったのだそうです。
後日、「あの写真で、運が良さそうな顔だし、愛嬌もありそうだ、
との判断になり合格にした」と松下さんから聞いたと言います。
ご両親からの運と笑顔に関する教えが、
高市さんを前に進めたと言えるのかもしれません。


松下幸之助さんが運と愛嬌を重んじたのには、こんな理由がありました。
まず、「自分は運が良い」と信じている人は、
困難に直面しても他人のせいにせず、前向きに好機を待つことができること。
また、リーダーが完璧すぎると周囲は助けてくれないが、
愛嬌があれば「この人を支えてあげよう」と周囲の協力が集まる。

つまり、その人の発言内容も重要ですが、
醸し出しているオーラというのが、結構大事ということなのかもしれません。


運とはそもそも何なのでしょう。

一般的には、人知を超えて幸不幸を左右する力、
というような受け止めが多いのではないでしょうか。
ですが、幸不幸を左右する力は本当にコントロールできないのでしょうか?

運を偶然の出来事と捉えるとコントロールできないと思ってしまいますが、
良い出来事は、良いマインドセットや良い行いが引き起こすものであり、
引き起こされた結果を運と捉えるなら、運を引き寄せることはできるような気がします。

「気がする」と「科学」は違いますが、
まずは「気がする」の話をさせてください。

私は、なんとなくですが、後ろめたいことや心が闇に落ちている人に、
幸運は訪れないような気がします。
日本には「お天道様が見ている」という言葉があります。
誰も見ていなくても、正しく生きようとしている人を天は必ず見守ってくれている、
そんな古めかしい考え方を無意識のうちにしているのかもしれません。


運は「科学」的に研究されています。
リチャード・ワイズマン博士は、著書『運のいい人の法則(The Luck Factor)』の中で
運を「超常現象」ではなく「心理学的なスキル」として定義しています。

読んだ訳ではないのですが、
博士提唱の運の良い人が共通して行なっている行動の4つの法則を簡単に紹介します。

【第1の法則】チャンスを最大限に広げる
リラックスして広い視野でものを見たり、新しい経験を好み、多くの人とオープンに関わる

【第2の法則】直感を信じる
判断するときに自分の直感を信じているし、直感を高めることを無意識に行なっている

【第3の法則】幸運を期待する
「自分は運が良いからきっと良いことが起きる」と信じて、挑戦を恐れないため、
試行の多さで成功を引き寄せている

【第4の法則】不運を幸運に変える
悪いことが起きたときに、「なんてついてない」と思わず、
「こうならないだけ良かった」と良い方に解釈し、執着しない


ふむふむ、これ、当てはまるぞ、なんて思って読んでいただけたら幸いです。
良いことをイメージすれば、良いことが起き、
悪いことをイメージしたら、悪いことが起きる。
そう思って暮らしてきましたが、
ワイズマン博士の説を読むと、まんざら間違いでもなさそうですね。

2026年、良いことをイメージして暮らしていきましょう!

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今年最後のメルマガをお送りします。
みなさんは、この1年、どんな年でしたか?
どんな人にとっても、良いこともあれば、良いとは言えないこともあったことでしょう。

私も同じです。やりたかったことがいろいろできて良い年だった反面、
ことメルマガに関しては、決めた頻度で配信できず、
ちょっと情けない年になってしまいました。
毎週1回(年50回弱)のはずが、全部で15回しか配信できませんでした。
このメルマガは2013年7月4日から始めて、満12年超。
2022年頃から定期配信がぐらついてきました。


いったいなぜそうなったのか、正直に書いてみようと思います。
事情や心情には主に次のようなことがありました。
(1)どうにもならないほど忙しく、メルマガどころではない時期があった
(2)(1)番ほどの状況ではないけれど、少し忙しい時に、
  「ま、いいか」と優先順位を下げてしまい、それが段々と常態化した

(1)番はそんなに頻繁にあるわけではないので、問題は(2)番です。
いっしょにメルマガを書いている阿部も、同じようなことを言っています。
優先順位を下げてしまう局面があったり、ネタ切れ感があったり、と。
こんな話は読んでもつまらないだろうという気持ちになり、
ブレーキがかかったこともあったようです。

実際、原稿作成というのは、書くことが決まってしまえば、
そこからは意外にスムーズに進みます。
メルマガで一番悩むのは何を書くかを決めるまで、です。
ですが、それがなかなか決まらないことがあります。
共通するのは、忙しくて、観察・思考アンテナの感度が弱くなっているときです。
そうすると、なかなか書きたいことが決まりません。


ずっと「継続は力なり」と思ってやってきたのですが、
継続が崩れてきた今、「再起も力なり」なのだろうと思います。


私は、人が物事を継続するためには、
優先順位を下げないだけの「目的意識」が不可欠なのではないかと思います。
これは、あらゆる人の行動に影響するファクターではないでしょうか。
で、大抵の場合、もちろん最初はそこを明確にして始めます。
なのですが、時間とともに目的意識は遠のきます。
当社のメルマガの配信頻度が下がった理由も、多々ある業務の一部でやっているために、
そのようなことが起きたのだと思います。

というわけで、来年はリセットして臨みます。
「ご期待ください」と宣言するのも憚られますが、
有言実行に追い込む方が対策としては有効な気がしますので、言います!
来年はご期待ください! あ~あ 言っちゃった~


反省文のようなメルマガで終わっては立つ瀬がありません。
年末年始は、多くの人が目標を立てる時期でもあるので、今回は決めたことを継続するためのコツを紹介します。
といっても、この内容は当社の社内勉強会の内容からのシェアです。
当社では、毎週1回、社員が持ち回りで好きなテーマで講師役としてプレゼンしています
シェアといえば聞こえがいいのですが、これは I さんが発表した内容のパクリです(笑)

ーーーー【継続のコツ】ーーーー
【その1】毎日やる
頻度は毎日がベスト。やってもいい/やらなくてもいい日をつくると、行動を迷うので、それがストレスになるそう。

【その2】1分でもいいからやる
「やった」という成功体験は1分で可能。本なら5行くらい読めるし、スクワットなら10回できます。

【その3】いつやるかを決める
暇な時間は一生できないから、時間ができたらやるはNG。「○○の行動の前(後)にやる」と決めるのがおすすめ。

【その4】小さな行動を2つセットでやる
普段やってることと新しくはじめることをセットにする(例:歯磨き +ふくらはぎストレッチ)

【その5】どうしてもやりたくないときは、やるふりをする
たとえば、ジムに行くために着替えて玄関までは、行ってみる。でも意外とそのままやれたりもするそうです。

【さらにオマケ】思うようにいかないときも自己否定はしない
自己否定しさなすぎて、私のようにサボリだすこともあるから微妙ですが、自己否定のし過ぎは良くないのは確か!
ーーーーーーーーーーーーーーー

なんでもかんでも継続すれば良いわけではありませんが、
たとえ小さなことであっても、決めたことを継続すると、
自分の自信になりますし、
周囲がそれを認知して、一目置いてくれるようになります。
つまり、その結果、自分のブランディングに役立ちます。
自分のことは棚に上げて言います。ぜひ試してみてください!笑

私個人は、メルマガ以外でも継続を糧にしたいことがプライベートでもたくさんあるので、
生かしていきたいと思います。

さて、2025年、今年も大変お世話になりました。
来年も、どうぞよろしくお願いします。
2026年が幸福に溢れた1年になりますように! 良いお年を!

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先日、ブルージェイズとのワールドシリーズ(7回戦制)第3戦を前に、
1勝1敗で本拠地に戻った大谷選手が、こんな言葉を発しているのを聞きました。
「終わったことは切り替えて、3戦先取のホーム開幕だと思って臨めばいい」と。
これを聞いた時、「さすが!大谷はマインドチェンジを自分に課しているんだな」と思いました。
この言葉に触発されて、今日は心のモードチェンジについて考えてみたいと思います。

さて、、、
ネガティブな出来事が生じた時に、簡単にできるかどうかは別として、
その出来事に気持ちを引きずられないことが大切だと多くの人は知っていますよね。
だから、大谷選手のように、「気持ちを切り替えよう」と考えるわけです。
ほかにも気持ちの切り替えの例えとしてよく聞く言葉としては、
「やる気スイッチを入れる」というのもありますね。

この気持ちの切り替えやマインドのコントロール、
これは特にスポーツをやっているときに、いかに大切かを如実に感じます。
私にとって、ゴルフなどは最たる物です。
それが、なかなかできないのですが。

で、ネガティブマインドに引っ張られないように自分の気持ちをコントロールする、
これはこれで大事だと思うのですが、
今回はもう少し広い意味で、自分の意識のコントロールについて、
考えてみようと思います。
私はそれを意識の「モードチェンジ」と呼んでいます。


皆さんは、今はこういうアンテナを立てた方がいいな、と思うことはありませんか。
ここで私が言うアンテナとは、自分の意識のアンテナです。
何かを感じ取るアンテナと言ってもいいかもしれません。

人には野生的・本能的なアンテナがあるのに、
自分を含め、現代人はそのアンテナが立っていないのかもしれないと最初に思ったのは、
今から10年ぐらい前のことです。
いわゆる「リトリート」的な体験学習のプログラムに参加したことがきっかけでした。
たとえば誰にでもワクワクすることがありますよね。
でも、アンテナが錆びついていると、そのワクワクに気づけない。
本当は、ワクワクに向かって生きていく方がハッピーなはずなのに、です。
そこに鈍感でいるのは嫌だなと思ったことを覚えています。


そうこうするうちに、アンテナにはいろいろな種類があるのかもしれない、
だとしたら、それらは自分でコントロールできる方がいいな、と思うようになりました。
いえ、前からある意味で無意識にやっていた面はあったと思うのですが、
意識するとイメージが明確になります。

たとえば、、、
ゆっくり、サクサクというスピードに関するアンテナ、
ズームイン、ズームアウトという視界の広さに関するアンテナ、
ココロの状態、カラダの状態に敏感になるアンテナ、
しっとり、ノリノリなど、今、どう過ごしたいのかという気分に関するアンテナ、
そして、もちろん昨日は昨日、今日は今日という気分切り替えのアンテナです。
ほかにもたくさんあることでしょう。


私のイメージとしては、アンテナはアンテナ単体で存在しているのではなく、
コントロールパネルもあって、オン・オフできる、そんな感覚のものです。
まさに、「やる気スイッチ」をオンするのとイメージ的には同じかもしれません。
つまり、自分は意識のアンテナとそのコントロールパネルを持っている、
そんなイメージです。

そうすると、どう思うようになるかというと、
今は、焦る気持ちを抑えて、敢えてゆっくりモードでやろう、とか、
この状況は、広角レンズで俯瞰して見た方がいいな、とか、
今日は弾けモードでいっちゃえ、というように選択的になります。
しかも、意識と無意識の中間で、そのモードを選んでいるような気がするのです。


私は、この「アンテナとコントロールパネル」のセット販売担当者になりたいぐらいですが笑、
押し売りはしないまでも、1つだけおすすめしたいモードがあります。
特に若い方に対して、です。
それは、ゆっくり、サクサクというスピードに関するアンテナです。
とかく仕事は速い方が良いし、自分自身としても早く終わらせたいと思うのが人の常。
でも、敢えてゆっくりモードでやってみる。
これは、ホントおすすめです。理由? 秘密です笑
強いていえば、同じ動画でも、スローモーション再生だと見えるものが違いますよね。
まあ、騙されたと思って、やってみてください。

まもなく11月です。
秋の終わりを満喫したいものですね。

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Xを見ていたら、タイムラインに中野信子さんの著書「エレガントな毒の吐き方」の
広告らしきものが流れて来て、版元の日経BPの記事をふむふむと読みました。
私は、別に「毒の吐き方」には興味はありませんでしたが、
「脳科学と京都人に学ぶ『言いにくいことを賢く伝える』技術」というサブタイトルを含め、
「エレガントに伝える」「京都人」に興味を持ち、ついつい読んでしまいました。

いえ、読んだのは本書ではなく、記事の方です。
発売は、2023年5月なので、新刊というわけではありませんが、10万部を突破しているらしいです。
読者はどこに惹かれて読むのだろう? 
もし「毒の吐き方」だとしたら、いやな世の中ですね。
でも、「言いにくいことを伝える」は、もしかしたら多くの人の関心事かもしれません。


私にも、月に何度かは言いにくいことを伝えるシーンがあります。
プライベートと仕事の両方を合わせてです。
そこで、今回は、人はなぜ「言いにくいことを伝える」ときに悩むのか、
どうしたら少しでも悩まなくて済むのか、
我が身を振り返りながら考えてみたいと思います。


人が「言いにくいことを伝える」には、いろいろな葛藤がありますが、
大別すると、次の2つではないでしょうか。
第一は、そもそも思っていることを伝えるべきなのかどうか。
第二は、伝えた方が良いと思っても、いったいどう伝えたら良いのか。

でも、自分が当事者で悩んでいるときは、こんなふうには整理されません。
ちなみに私自身は、伝えるべきかどうかについては、
大抵は野生的本能で「伝えるべき」「伝える必要はない」と判断することが多いです。
でも、伝えるべき理由については、結構考えます。


さて、まず葛藤の第一。
思っていることを伝えるべきかどうかで、なぜ人は悩むのでしょうか。
原因はいろいろ考えられます。
【結果が不安】それを言って、相手が分かってくれるかどうか、分からない。
 →理解されないと、相手の気分を害するだけで、人間関係が悪くなるかもしれない。
【目的が不安】こんなことを思う自分は、人間が小さいだけなのではないか。
 →伝える目的はエゴなのか、関係維持のためなのか、何なのか、自分でもよく分からない。
【感情と理性の線引き(目的の揺れ)】
 →自分の感情的なエゴから伝えたいわけではないと思ったとしても、
  感情が混じってしまい、考えが整理できない。

ほかにもあるかもしれません。
ここでは私の経験から自分の心理を分析して整理してみましたが、
実際に何かに直面したときに、即座に自分の気持ちを客観視できるかというと、
どうでしょう? 案外難しいような気がします。


第二に、伝えた方が良いと思ってもどう伝えたらいいかで、なぜ悩むのか。
これについて、私は、ほぼ上の第一の原因が影響していると思います。
が、それを含め、次の2つに注目したいと思います。

1つは、【目的の不明瞭さ】からくるものです。
そりゃそうですよね、何のために伝えるのかによって、
伝えるときのスタンスが変わり、伝える中身も伝え方も変わりますから。
そもそもなぜ自分は伝えたいのかで揺れているにも関わらず、
どう伝えようと考え出すから、分からなくなるのは当然です。

もう1つの原因は、仮に目的が明瞭だったとしても、
【伝えるスタンス】が定まらないと、中身や伝え方が決まらないからです。
仮にですよ、相手に自分の非を認めてもらいたいというのが目的だったとして、
コテンパンにやり込めたいというスタンスでいくのか、
分かってくれれば良いというスタンスでいくのかによって、
伝え方は大きく変わります。

一刀両断には言えませんが、多くの場合、目的が不明瞭だからこそ、スタンスも決まらず、
どう伝えたら良いか、悩むのだと思います。


さて、私自身は「言いにくいことを伝える」について次のように考えています。
伝えるというのは、とても面倒で、エネルギーのいる行為です。
ということは、関係を維持したり、向上させたり、
何らかの共通目的を達成したりするというような、ポジティブな目的でない限り、
そこにエネルギーを使うことは人生の無駄遣いに思えます。
どうでもいいことのために、自分の時間やエネルギーを使う必要はないな、と。
もっといえば、どうでもいいことであるなら、悩まずに喧嘩腰で臨んでも良いなと思ったりします(笑


反対に、目的を関係の維持・向上だと思ったら、
相手をやり込める必要はないと分かります。
思いを伝え合うときに私が大切にしたいのは、
まず自分の発言に責任を持つことです。
そのためには、自分の感じたことを感じたこととしていうこと。
感じたことは私の主観であって、客観的事実ではないのですから、
「あなたはこうだ」とあたかも事実であるような評価・断定をしない姿勢を大切にしたい。
自分の発言が主観であることを表現するには、自分主語で伝えることが大切だと思っています。

あなたのここが良くないではなく、自分はこう感じたよ、と。
そのスタンスを持つことで、相手を責めるスタンスではなくなります。
すると、自分の気持ちもラクになります。
そして、相手も人間ですから、自覚していることもあれば、無自覚なこともある。
たまたまその日の気分で起きてしまったこともある。
感じた私の心だって、日々揺れているはずです。
そして、お互いを尊重する気持ちが根底にあれば、
言いにくいことを言ったあとも、お互いに「そういうことだったんだね」
「そういうこともあるよね」と受け入れられる気がします。

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皆さんは、「コンサルタント」という仕事やコンサルを行っている人に対して、
どのようなイメージがありますか?
調べてみると、外資系コンサルティングファームのイメージも手伝ってなのか、
今どきは、結構人気のある職業だそうです。

また、ひと昔前はコンサルタントといえば、経営コンサルというジャンルしか、
イメージされませんでしたが、今の時代は違います。

キャリアコンサルタントもあればお掃除コンサルタントもあると、
多くの人が認識するようになりました。


さて、仕事のイメージは時代とともに変わるのが常ですが、
「コンサルタント」という仕事に対しては、
ネガティブなイメージを抱く人が多かった時期があったように思います。

具体的にはこんなイメージです。
・内部のことを知りもしないのに、外から勝手なあるべき論を言う存在
・しかし、責任は取らない存在
・上から目線でモノを言う存在、かつ先生として扱わなくてはならない存在

もし、こんなイメージを抱いたなら、そりゃ、ネガティブになりますよね。


当社は、今でこそコンサルティングというサービスを当然のように掲げていますが、
初めてメニューに入れたのは、2000年代の半ばぐらいだったと思います。
サービス自体は1995年頃から行なっていましたが、
社員に「コンサルをサイトで謳う」「もっと力を入れる」と伝えたのは、
その頃でした。

しかし...
当時社員の反応はどうだったかというと、
若手からキャリア層まで賛同する空気がない。

では、その時の反応の本質は何だったのでしょうか?
おそらくクリエイティブ業務とコンサルティング業務は
全く別のことに見えたのだと思います。


今でも、多くの人にとって、
少なからずそのような感覚はあることでしょう。
しかし、たとえば、佐藤可士和さん。

彼は、アートディレクターでありながら、コンサル業務を引き受けています。
クリエイティブ業務とコンサルティング業務は別の業務ではないのです。
ゴチャゴチャした状況をすっきりと整理し、
道筋をつけること。
これは、クリエイティブのディレクション業務そのものであり、
コンサル業務でもあるわけです。
だからこそ、彼は、「佐藤可士和の超整理術」を書き、
その本はベストセラーになっています。


片付けコンサルタントである近藤麻理恵さんもしかり。
価値観の整理から片付けに取り組むことを勧めるコンサルタントです。

何を整理するのかはそれぞれが得意とする領域になりますが、
一方的な「べき論」を押し付けたりしていないはずです。

何をどう整理したいのか、その答えは本来相手が持っています。
ただ、いろいろな考えが邪魔をして、それが表に出てこないだけなのです。

私たちは、主として組織内のコミュニケーションの問題を扱いますが、
それについても、基本は同じです。
その答えは相手が持っている。
答えを与えてしまうと、大抵の人はやらされ感になります。

あ、これはコンサル業務に限らず、上司と部下の間も同じかもしれませんね。
人は自分で考えたい生き物だってことなのかな?

さ、ゴールデンウィークが近づいてきました。
素敵な1週間をお過ごしください!

おせっかい

先週金曜日、11月29日に当社は創立40周年を迎えました。
メルマガを読んでくださっているみなさまには、
日頃のご愛顧に対し、心から感謝申し上げます。

営業職がいないのに、よく40年間も存続できたものだと思います。
唯一無二の理由があるわけではありませんが、
敢えて大きかった要因があるとするなら、
それは当社が少なからず「お節介体質」だったことかもしれません。

お節介という言葉自体、最近、あまり耳にしなくなっていますね。
Z世代に通じるかしら? 
頼まれてもいないのに、世話を焼くことです。

・でしゃばり
・余計なお世話
・口出し

こう聞くと、なんだか悪いイメージですよね。

・進言する
・参謀的な役割を果たす
・忠信である

こう聞くと、少しイメージが良くなったかもしれません。
でも、頼まれてもいないのにする、という意味は変わりません。
悪目立ちという言葉があるように、
頼まれていないことをするのは、でしゃばりであって、
あまり良くないと考える人は少なくない気がします。


十何年か前、若手の社員からこんなことを言われました。
ーーウチの会社ではお客様にとっての参謀という存在を目指せ。
  そのためには意見を言えるようになれと言われるが、一方では、
  お客様に寄り添えとも言われる。
  同時に別のことを求められている気がする。


進言するのか、寄り添うのか、
もっと簡単にいうなら、進言するか、しないか、
この2択でご自分がどうありたいか、考えてみたことはありますか?
進言や意見を述べることは、お客様との関係だけではなく、
上司部下間でも同僚間でも「する人」「しない人」に
分かれるのではないでしょうか。


私は、頼まれてもいないのに意見を言うことを大切にしてきました。
「参謀のような価値」を提供できる会社にしたかったからです。
「参謀」という言葉と出会ったときには、「これだ!」と思ったものです。
ただ役に立つ存在ではなく、頼れる参謀という存在になるには、
イエスマンもNGだし、我を通すために主張するのもNGで、
相手の立場を自分ごととして考え、
信念に従って率直かつフェアでいること。
これが、参謀として信頼を得るための第一条件だと思ってきました。


40代の頃にこんな出来事がありました。
ある高級美容室チェーンを経営する会社の社長が、私に
「某雑誌からとても良い条件でタイアップのオファーがあった。
どう思う? いい話でしょ?」とおっしゃいました。
背中を押されたくて、出た話であることは十分に分かりましたが、
私は無料だったとしても止めた方がいいと反対意見を唱えました。
というのは、顧客の世代交代が経営課題に上がっていたのに対して、
その雑誌の読者層が高年齢層だったからです。
予想通りでしたが、当然その社長の気分を害すこととなりました。
論破するためにボコボコにされたと言っても過言ではありません。
(少々ワンマンな方だったこともあったかと思います)
しかし、それから数日後、社長直々にお電話をくださり、
「あの話は止めることにした」とおっしゃいました。

進言したことが正しかったのかは誰にもわかりません。
でも、信頼してくださったことは間違いありませんでした。


「お節介体質」だから40年間存続できたかどうかはわかりませんが、
お節介にも三分の理。
そういえば、このメルマガ自体も少々お節介の傾向がありますね笑
お節介体質を受け入れて、読んでくださり、本当にありがとうございます。


いよいよ師走です。
2024年をいい形でフィニッシュできますように!

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当社は、現在、採用活動を行っています。
私は、採用/求職活動の本質は「その人を/自分を生かせるか」について、
企業と求職者の双方が見極めることだと思っています。
では、仕事で「自分を生かせる」とはどのようなことを意味するのでしょうか。

まず、「自分を生かせるか?」という問いと同じくらい重要な問いに、
「自分に合っているか?」というものがあります。
合っていれば、生かせる確率は高いですよね?

では、いったい何が「合っている」必要があるのでしょうか?
やりたいことか? 適性か? 価値観か?
他にもいろいろあると思いますし、どれも重要なのですが、
上の3つで言えば、価値観、適性、やりたいことの順ではないかと思います。


なぜ、「価値観」が第一なのかといえば、
価値観というのは「自分らしくいられるか」の尺度だからです。
つまり、人の幸福と密接に繋がっています。

価値観には正しいも正しくないもありません。
自分はずーっとこれこれを大切だと思ってきた、
それと違うことをするのは抵抗がある、という類のことです。

たとえば、自分の意見は素直に言うのが自然だと思っている人にとっては、
「入社したての君が意見を言うのは十年早い」
という価値観の会社に入ってしまったら、これは不幸ですよね。
反対もまた然りで、
明快な意見などないし、主張するより協調的でいたいという人からすると、
「年齢社歴に関係なく、当社社員なら意見を持っていてください」
という価値観の会社にいたら、これも苦痛に違いありません。
価値観が合わない会社に勤めるということは、
自分らしくないことを求められるということです。

でも、いざ自分の価値観を言語化しようと思っても、
実際にやってみると結構難しいです。
自分の価値観を知る上で、手っ取り早い方法は、
不快なこと、嫌いなこと、カッコ悪いと思うことを洗い出すこと。
自分と、人や仕事とのマッチングを考えるときに有効ですよ。


「合っている」において、その次に重要なのが「適性」です。
価値観が合っていたとしても、適性がないと、
とてつもない努力をしないといけなくなる。
苦手なことをがんばるよりも、得意なことをがんばる方が人は努力できますし、
得意なことなら努力とも思わずにやり抜くことができます。


「自分に合っている」ためには「やりたいことかどうか」も、
もちろん重要ですが、これは案外「思い込み」の影響を受けていたりします。
どういうことかといえば、やったことがないことを「やりたい」と思う場合、
やってみたら、実はやりたいことではなかったと気づくことがあります。
反対に、やりたいと思っていなかったことでも、周囲が評価してくれると、
やりたいことに変化する場合もあります。
だから、やりたいことかどうかというのは、あまりアテになりません。


さて、自分に「合っている」の話をしてきましたが、本題は「生かせる」です。
端的に言うのは難しいですねぇ。
ここでは、「合っている」が満たせた上で、任される仕事の難易度が
自分の実力より少し上で、工夫の余地のある環境で働くこと、
と定義してみました。
どんなに周囲から喜ばれたとしても、自分にとって簡単な仕事をしているとき、
自分を生かしているとは感じにくい気がするからです。
「少し難しい」けれど、でも「できる」という仕事において、
自分なりの工夫の余地がある。
そんな環境で働くと、人は意味を感じるのではないでしょうか。
あなたは、どう思いますか?


自分を生かせているか?
より良い人生を送るために、時々考えたい問いです。

今年もあと3カ月。2024年の第3コーナーですね。
最後まで元気に走り切りましょう!

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地震や台風などの天災、パンデミック、急にやってきた米不足...。
経済や国際情勢を含め、私たちは予測しにくい不確実な時代に生きています。
予測しようもないからこそ、今日は「予測」について考えたいと思います。

というのは、先週の木曜日、朝起きたら右手の手首が痺れて動かない、
左手を添えないと歯磨きさえできません。
そこから1週間、自分の行動を観察したり、他の人の行動と比べたりしながら、
結局ここには「予測」に対する人の価値観が現れるのだなと思ったからです。

ご心配をお掛けしても申し訳ないので結論からお伝えすると、
当初はどうなるかと思った手首の症状も日に日に良くなり、
あと二、三日もすれば、元通りになっていると「予測」します!(

この間に私が取った行動は、木金土日は様子を見て、
月曜日に地元の脳神経外科へ行きました。
脳には異常はないが頚椎の可能性があるからと言われ、
大きな病院への紹介状をもらって翌日火曜日に整形外科に行きました。
結局、寝ている間に神経が圧迫されて起きたもので、
心配はないだろうという診断を得たので、普通に生活しようと思います。
ゴルフも、筋トレも、ドラムもやるぞ~!


今回に限らず、発熱など緊急な場合を除き、
体調が悪くなったら、概ね1週間ぐらいで医療機関を訪ねます。

その理由は、宙ぶらりんだと予定が立たずに困ること、
最悪の状況ではないということの確証を得たいこと、でしょうか。
今回も楽観していましたが、楽観に基づいて行動すると
人に迷惑がかかる場合がある、というのもありました。
多分こういうことが、私の「予測に対する価値観」なんですね。

自分の体調に関しては1週間ですが、
仕事への対処はどんなに遅くても24時間の意識でいます。
何事も「最悪の状況」を想定して行動したくなるのは、
経営者特有のサガかもしれません。
あれは30代の半ば、大先輩の経営者の方からこんな言葉を教わりました。

「最悪の事態を想定しろ。
 希望的観測を捨て、しかし希望を忘れるな」

確かに...と思ったことを今でも覚えています。
最悪の事態を想定することの良さは、
「別に死ぬわけじゃないな」と気持ちを切り替えることができることです。


しかし、人の予測行動は十人十色。さまざまな性分の人がいます。
体調を例にすると、、、
健康管理に気をつけて、日々対策している人もいます。
そういう人の持ち物を聞くととても面白いです。
また、具合が悪くなっても、なかなか判断や行動をしない人もいます。
がんの手術などの大事に至っても、
セカンドオピニオンをもらう人もいれば、もらわない人もいます。
理由も、もちろんさまざま。
ある人は楽観的だからで、ある人は面倒だからであったり。
仕事でも同じように行動は分かれますよね。
人のことはともかく、私は「最悪の事態想定派」です。
悪い方から可能性を潰して、現実的な対応を考えたいタイプです。


ところで、OODA Loop(ウーダ・ループ)というフレームワークをご存知ですか?
私自身はこの原稿を書こうと思って、「予測」について調べている中で、
今回初めて知りました。これが何かというと...

OODAループとは、アメリカの軍事戦略家であるジョン・ボイド氏が提唱した、
先の読めない状況で成果を出すための意思決定方法です。
現在では、ビジネスでもしばしば使われているフレームワークだそうです。

ボイドは、空中戦での決定的な勝因は、操縦士の意思決定速度にあると結論し、
意思決定プロセスを分かりやすく理論化しました。次のようなものです。

Observe:観察する
 ↓
Orient: 状況を判断する
 ↓
Decide:意思決定する
 ↓
Act:行動する

PDCAが計画に対する業務改善モデルであるのに対し、
OODAは、迅速な意思決定を行うためのモデルで、
両者はしばしば比較されます。


なるほど。。。。
「なるほど」とは思いますが、私は2つのOの間で行う、
「Imagine」(想像する)が実は最も重要なのではないか、
予測の本質とはImagineなのではないか、と考えています。

想像する。
相手のことを。
相手の周りにいる人のことを。
自分の行動の後に生まれる状況のことを。
今、何もしなかった場合のことを。
3日後のことを。
1カ月後、1年後、10年後のことを。
その後に状況判断ですよね!
OIODA(オイオダ)です笑 戦闘では使えないけど。


今週、当社のニュースをお知らせをします。
楽しみにお待ちください! ではまた

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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