『気持ちの持ち方・考え方』カテゴリの記事
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ハンドルを握るということ

自分がハンドルを握って車を運転しているときは、
道をしっかり覚えるのに
助手席に乗っていると覚えていないということ、
ないでしょうか。
私はあります。よく、あります。
「こんな道、通ったことある?」
「え? いつも通ってるよ」
自分が運転しないとなると、
途端にお客さま気分になり、全然見ていない(笑)。
なので、助手席に乗っていることが多いルートだと、
道がまったく頭に入っていない。
その後、運転しろと言われても、
どこをどう通ってきた? となります。
これと同じことが起こるのが駐車場。
自分が運転したときは、
「2階のAの23。写真も撮っておこう」
くらい覚える気があるのですが、
家族が運転しているときはちっとも見ていない。
意識してそうしているわけではないんですよ。
ですが、さっさと車から降りて、
買い物に行ってしまう(笑)。
こういうときに家族が駐車位置を忘れると悲惨です。
という話を先日友人にしたら、
「いや、私は心配なので助手席に乗っていても
しっかり見る」
と言っていたので、私の「突然お客さま感覚」は
極端なのかもしれませんが、たぶんこれは、
役割分担意識なのだろうと思います。
リーダーはだれなんだ、っていう。
こう書いていると、
全然協力体制ない人じゃん、私
と思えてきますが(笑)、
ここまで極端ではないとしても、
こういうことは仕事でもあると思うんです。
自分事として主体性を持って取り組んだときは、
視野が広がってさまざまなことを学べたのに、
やらされていると感じるときは学びが少なくて
成長実感がなかった、という経験。
皆さんにもあるのではないでしょうか。
ハーバード・ビジネスレビューの記事に
こんなことが書かれていました。
ビジネスでは、個人、組織の成長のために
「オーナーシップ(当事者意識・自分ごと化)」が
重要だと言われているが、その第一歩は
社員の心理的オーナーシップを高めることだ、と。
心理的オーナーシップというのは、
"アイデアやチームメンバーや製品が
「自分のもの・こと」だという感覚を抱くこと"
だと言います。
それを感じるためには、例えばアイデアを出したり、
何かの名前を決めたり、
オフィスのあるコーナーを
自分の考えで整えたりすることが必要だと。
わかりやすく言うと、
「自分がやった」「自分で決めた」
という感覚を抱くことなのだと思います。
記事には、心理的オーナーシップを強く感じると、
他者に対して協力的になるということが
いくつかの研究でわかった、ともありました。
なるほど、確かにそうですね。
これは自分とは関係がないと思っていると、
自分から動かず、指示を待つ。
でも、少しでも自分と関わりがあることだと感じれば、
主体的に関わるので、協力体制を築こうとする、
ということかもしれません。
ここからわかるのは、
いくら相手に「主体性」や「自律」を求めても、
その相手にとっては、
自分で何も決めていない状態、
つまり心理的オーナーシップがない状態では、
心理的には動きづらいということ。
なるほどなあ、といろいろなことを
振り返ってしまいました。
車の運転も含めて・・・
皆さんはどうでしょうか。
思い当たること、ありますか?
さて、5月が終わります。
早い・・・
気温の変化が激しいですが、
体調を崩さずにまいりましょう。
どこを使っているか、意識していますか?

自分は今、どこの筋肉を使って動いているのか。
そんなことに興味があります。
こんな話をすると「ほほー、筋肉好きですか?」
と言われたりするんですが、
仕組み好きっていうんでしょうか、
これとこれがつながって、
ここに力が加わってるのね、
ということが気になるのです。
今は放送していないみたいですが、
昨年までNHKで放送していた
『筋肉アワー』という番組が好きでした。
筋肉といえばこの人、谷本先生がアスリートや
アーティストなどをゲストに迎え、
「この動きにはこの筋肉が関係しています」
「さすがこの筋肉が発達していますねえ」
などと語り合う番組です。
ショパンコンクールで2位に輝いた
ピアニストの反田恭平さんが
ゲストで出演した回では、
ピアニスト独特の筋肉として、
親指の付け根の筋肉が紹介されていました。
「短母指外転筋」というそうで、
反田さんの親指の付け根は
見たことのないほど盛り上がっていました。
それだけ、親指を細かくコントロールして
動かしているということですね。
短母指外転筋の発達は、
ピアニストならそうなんだろうなと
思えますが、あ、そこもですか?
と思ったのが「広背筋」。背中の筋肉です。
激しい曲を弾くときに必要というのは
わかるのですが、
必ずしも大きな音を出すときでなくても
使うようで、背中から力を伝えると
深い音になるんだとか。
実際、反田さんが深い音を出したいときは、
手が鍵盤を通り越して深いところまで
届くようなイメージで弾くと語っていました。
なるほど! と思って、ピアノを弾くときに
(ねこふんじゃったレベルですが)、
背中を意識して、鍵盤を深く押してみましたが、
あら不思議、深い音になっている(気がする)。
意識すると結果って変わるんだよなあ
と思いました。
そう、これ。
私がここでお話ししたかったのは、
筋肉についてではなくて、
何をやっているかを意識すると変わる、
という話でした。
筋肉話で終わるところだった・・・
意識しないとスルーしちゃうこと、
無意識に行ってしまうことって、
仕事でも結構ありますよね。
ルーティン業務だととくに。
でも、目的を意識したり、
ここを習得しようを意識して動いていると、
今までスルーしていたことが、
インプットされるようになって、
改善策を思いついたり、
いきなりコツを掴んだりするんだと
思うんです。
同じことでも、意識するのと、しないのでは
結果が変わるのだと思います。
意識すれば、習得も早くなるし、
それに伴って成長も早くなりますよね。
WBCの日本優勝で盛り上がる野球界。
野球でも、日々のキャッチボールで
何かを意識して習得しようとしているか、
ただのウォーミングアップで
終わらせているかで、
成長が大きく変わると聞いたことがあります。
元オリックスの選手で、
現在は少年野球チームの監督をしている
筧裕次郎氏は、
「まずは投げるときも受けるときも
一球、一球を意識すること。
そのうち、相手がリリースするときの
僅かな動きの変化がわかるようになり、
投げてくる場所を予測できるようになる」
と話しています。
ほおおー、それはすごい。
キャッチボールでも意識して行っていれば、
そんなこともわかるようになるのかあ、
と思いました。
こんなことを書きながら、
私も、日々スルーしていることあるだろうなと
振り返っている次第。
そこに気づくかどうかで、
成長が変わるんだろうなあ。
伸びしろいっぱいだなあ(ポジティブ)。
桜もだんだんと咲いてきましたね。
今週も残り、がんばってまいりましょう。
ハッタリはセルフ・プロデュース

30年ほど前のこと。
勤めていた会社を辞めてNYに移り住んだ私は、
当時、その会社は受付スタッフも募集していて
毎日のように数人が面接に来ていました。
アメリカだからなのか、その会社の特徴だったのか、
だれかが、と言ったのは、
受付ブースに座る人がころころ変わっていたからです。
「あれ? 昨日は女の子じゃなかった?
今日は男性が座ってるね」
「あれ? 先週いた子は?」
という感じで、どんどん人が入れ替わる。
ある日、その理由を採用担当のマネージャーに聞いてみると、
例えば「パソコンの知識はエクセレントだ」と言ってくるが、
でもそんなことは日常茶飯事なようで、彼女は「困るわよねー」
びっくりしました。
だって、すぐにバレることじゃないですか。
実際できないんだから。
しかも、バレたときに「ウソつきましたね」となって、
しかし、それをアメリカ人の友達に言ったところ、
「私だって、エクセレント・オーガナイズ・スキルと書く」と。
彼女は、片付けがまったくできなかったので、
「ウソでしょ!」って思いましたが、
なるほど、そういうものなのかと思いました。
自分のスキルを正直に伝えるどころか、
「それほどでもないです」と
低めに言ってしまうことの多い日本人と、
少しでもできれば(ほとんどできなくても)
エクセレントだと表現し、自分を最大限に売り込むアメリカ人。
考えてみると、私たち日本人は、セルフ・
でも、これは「ハッタリ」ってことだろうなと思いました。
私の古くからの友人に、学生の頃、
彼女は、
「水泳コーチのバイトをする、背中が美しい女子大生」
になると決めていたらしいのです。
泳げないのになぜ採用されたかというと、
コーチたちが、
「私たちがあなたに泳ぎを教えます」となったのだとか(彼女談)
そんなバカな、と聞いた時は思いましたが、
実際に泳ぎを覚え、美しい背中になった彼女を見て、
彼女はその後も、ほとんどできないのに
何かに応募しては、面接で
「実はこれは今はあまりできないのですが、
こういうことならできます!」
などと自分を売り込み、いろいろなことを実現させてきました。
彼女のアクションはいつも
「なりたい自分をイメージ」、
次に「ハッタリ」、そして「実現」でした。
今思うと、実現に向かうために、
ハッタリで自分にプレッシャーをかけていたのだろうなと思います
そういえば、以前、
「
ハッタリをかまし続けると実績も後からついてきます」
カリスさんは韓国出身で、
「思い込みが大事なんです。自分は特別と思っていない人は、
とカリスさん。
なるほどなあ、と思うと同時に、今の日本、
「いやいや、そんな私なんてそれほどでもないです」
みたいな人ばかりだと勢いがなくなるばかり。
「ハッタリ」をかける人も必要だし、それを受ける側も「
「見える」つながり

社外のパートナーさんと、
あるプロジェクトの打ち合わせを
オンラインで行っていたときのこと。
本題が終わり、雑談しながら、
オンライン会議ツールの
バーチャル背景をいじっていたら、
宇宙船の操縦席に自分が座っているような
背景になりました。
窓の外は宇宙。惑星も見えます。
「いいですね、これ!」と言いながら、
3人の参加者全員が同じ背景をセットしたところ、
一気に、連帯感がアップ!
設定が宇宙なだけに、壮大なミッションを
遂行しているような気持ちになり、
「地球のために、一緒に戦いましょう!」などと
お互いを励まし合いながら、会議を終えました。
背景を一緒にしただけであれほど
モチベーションが上がるとは!
新しい発見でした。
企業がオンライン会議のバーチャル背景を
自社のロゴカラーで統一したり、
自社商品の画像を組み込むなどの
取り組みをよく目にします。
私は今まで、それは主に社外への宣伝が
目的なのだと思っていました。
もちろんそれもあるのでしょうが、
今回の体験で、
メンバー間の連帯感を強める
役割もあるのだと気づきました。
改めて考えてみると、
ユニフォームの役割ってそれですよね。
「私たちはOne Teamである」ということを
見える形にしている。
つながりを見せているんだなと感じました。
中学校や高校の部活時代を思い返してみると、
同じ色・形のユニフォームや
ウィンドブレーカーに袖を通すことで、
確かに「私たち、同じ仲間だよね」を
感じていたような気がします。
ドレス効果という心理学用語があるそうです。
身にまとった服装に人格を合わせることだそうで、
たとえば警官のユニフォームを着ると、
とたんに正義感のある言動や行動が
増えるなどの現象を指すようです。
会社のロゴ入りのユニフォームを着ると、
会社の一員としての意識が高まるというのは、
こういう心理的な効果の結果なのですね。
そしてそこから、連帯感や一体感が
生まれてくるのかもしれませんね。
あれ? ということは、「おそろい」の
ファッションって、一体感がほしい!とか、
一体感を演出したい! という
深層心理の表れなのでしょうか。
いまだかつて「おそろい」の服を着たいと
思ったことがないですが、
それは私が一体感を欲していなかった
ということなのかな...(苦笑)。
まじめに分析したことはありませんが、
実に興味深いと思いました。
ちなみに、おそろいのファッションは、
今はリンクコーデと呼ぶそうで、
20代の男子が読む雑誌の調査では、
リンクコーデをしたことがある人は
男女とも約5割。
リンクコーデに興味がある人は
男女とも約9割に達しています。
(FINE BOYS調査)
9割!
時代は連帯感や一体感を求めているのかな。
これもまた実に興味深い!
早いもので2月もあと少し。
まだまだ寒いですが、
体調に気をつけてまいりましょう。
心理的安全性を高める「あの人たち」

先日、家事をしながらテレビのトーク番組を見ていたら、
企業のまじめな会議にギャルを送り込む
「ギャル式ブレスト」というサービスを
提供しているという女性が登場しました。
なに、なに、それは!
強く興味を引かれ、完全に手を止めて
じっくり見てしまいました。
自身もギャルだったと語るその女性は大学生。
中学生までは優等生で、
高校は、ほとんどの生徒が東大を目指すような
地元の進学校に入学したらしいのですが、
突如、何のために勉強するのかわからなくなり、中退。
ふらふらしていたときに、
たまたま遭遇したギャル同士の闘争(笑)を見て、
エネルギーの強さと素直さに圧倒され、
憧れてギャルになったのだとか。
その後、少し落ち着き、ギャルから離れて
大学に進学するも、やはりギャルのパワーが忘れられず、
ギャルが持つ、まっすぐで熱いエネルギーが
今の日本に求められていると考え、
ギャル式ブレストというアイデアに
たどり着いたのだそうです。
番組では、老舗文具メーカーで実際に行われた
オンラインでのギャル式ブレストの様子も
取り上げられていました。
会議に参加する先方社員のニックネームを
ギャルが決めるところからスタート。
忖度一切なし。もちろんタメ口。
最初は戸惑っていた男性社員たち(実は社長も出席)も
リラックスして発言し、
最後は全員笑顔で終了していました。
会社員とギャルのブレスト、機能するの?
と思っちゃいますが、
参加した社員からは
「とにかく自己肯定感が上がった」
「商品の機能ばかりにフォーカスしていたが、
文房具はエモいという発言が多く、
ユーザーの感情や思いも大切だと思った」
という感想が。
いやあ、とてもおもしろいと思いました。
世の中、自分の意見が言えない会議、
少なくないと思います。
言ったらばかにされるんじゃないか、
おまえが言うなと思われるんじゃないか、
いやな思いをするなら黙っていよう。
そんなメンバーが集まって会議をしても
いいアイデアが出るわけがありません。
会議で発言できないということは、
たぶん日頃もそんなに自由に発言できる
雰囲気ではないのだと思います。
そういう社風だと、会議のメンバーが
数名変わったくらいでは、雰囲気は変わらない。
ギャルがとんでもない角度から、
本音をズドーンとぶつけるくらいの
インパクトがないと、
チェンジできないのかもしれません。
番組を見終わって、ちょっと感動してしまった私は
このサービスについてさらに調べました。
ギャル式ブレストのバリューは次の2点だそうです。
(サイトから引用)
1― ギャルがぶっちゃけた意見をくれます。
彼女たちの先入観のなさから新しい発想が生まれます。
また忖度なく彼女たちの感性で感じたことを
そのままフィードバックしてくれます。
2― ぶっちゃけられる環境を作ります。
ギャルの空気感に飲み込まれることで、
ギャルだけでなく、
周囲もぶっちゃけられるようになり、
アイデアを出せる環境を作ります。
社内のメンバーじゃない、
コンサルタントなど企業の人でもない、
ギャルという完全に別世界の
立ち位置にいるからこそ、
その場をフラットにできる。
企業側の参加者も、スーツを着た人に言われると
カチンとくるようなことでも、
ギャルに言われると「仕方ないな」と
感じるでしょうから、
一見、ふざけたサービスのようですが、
このサービス、機能するだろうなと思います。
ところで、ここ数年で「心理的安全性」というワードを
よく耳にするようになりました。
1999年にこの概念を提唱したハーバード大学の
エイミー・C・エドモンドソン教授によると、
チームの心理的安全性とは、
「チームの中で対人関係におけるリスクをとっても
大丈夫だという、チームメンバーに共有される信念のこと」。
つまり、
「このチームは、恐怖や不安を感じることなく
発言し合える、とメンバーが思える状態のこと」です。
心理的安全性が高いチームは、
メンバー同士がコミュニケーションをとって助け合い、
高いパフォーマンスを発揮すると言われます。
エン・ジャパンが実施した
職場でのコミュニケーションに関する調査によると、
職場でのコミュニケーションが取れているか
という問いに、
「どちらかといえば取れていない」と回答した人が27%
「取れていない」とした人が9%いました。
そして「どちらかといえば取れていない」と
回答した人の8割、「取れていない」とした人の9割が
「職場に心理的安全性がない」と答えています。
企業が元気になり、日本が元気になるためには、
場の心理的安全性が高いことが必須。
未来の明るい日本のために、
ギャル式ブレストのギャルたちには
ますますがんばってもらいたいと思いました。
今週もあと少し。
元気にまいりましょう。
それ、本当に苦手ですか?

「人間の行う仕事の約半分が機械に奪われる」
英オックスフォード大学のオズボーン准教授が
そんな内容の論文を発表して
世の中を騒がせたのが8年前。
AI時代を生き抜くために必要な力として
「創造力」が挙げられるようになりました。
アドビが2020年に日本の高校生1200人を対象に
行った調査によると、「自分には創造力がある」と
答えた生徒は55%。「創造力がない」(45%)を
少し上回っています。
創造力をどう捉えているかという問いでは、
「自分らしい個性を自由に表現する力」(63%)
「芸術性の高いものを生み出す力」(46%)
「何もないところから新しいものを生み出す力」(46%)
「育った環境や努力によって培われるもの」(45%)
という回答でした。
SNSで写真や動画を日常的にアップしている
彼らなので、自分には創造力があると
感じている人はもっと多いのかと思ったのですが、
それほどでもなく、
「自分には創造力がない」が45%かあ。
うーむ、「ある」と答えた人が半数を超えたとはいえ、
半数近くの高校生が「創造力がない」と
感じているとは、なんとも残念だなあと思います。
だって、まだ高校生ですよ。
さらに残念だと思ったのは、「ない」と答えた人が
創造力に対する自信を失ったきっかけが
小学校高学年の図画工作の時間や
中学校の美術の時間にあると答えていること。
とくに中学校の美術の時間に自信を失ったと
回答した人が多く、そう感じた理由として
「成績が悪かった」
「周りの人より下手だった」
「アイデアが浮かばなかった」
との声があがっています。
生徒の創造力を伸ばすべき美術の授業が
逆に創造力を失わせてしまっているのは、
悲しいなあと思います。
これは私の想像ですが、
小学校のとくに低学年くらいまでは、
どんな絵を描いても、先生が褒めてくれると思うのです。
「わあ、大胆でいいね」とか「個性的でいいね」とか。
でも、中学校になると内申点というものがあるので、
学校側がおおらかに成績をつけなくなります。
生徒も、おかしな絵を描いて成績を落としたくないから
自由に描かない。
お手本のように、すごくきれいに描ける人、
テストの点数が高い人が良い成績をとるので、
それができない人は自信を失うことに
なるのではないでしょうか。
さらに厄介なのは、
ここでいったん苦手意識が芽生えると、
それ以降もずっと苦手と思い込んでしまうこと。
芸術系のものはとくに苦手意識が
刷り込まれやすいように思います。
創造力は、単に絵をうまく描く力ではなく、
ビジネスのあらゆるところで
必要になってくる力。
創造力がないと思い込んでしまうのは
とてももったいないと思います。
なんて書きながら思ったことは、
小・中学校で感じた苦手は
実は苦手じゃないのかも?ということ。
成績や評価を気にして苦手と思い込んだり、
嫌いになったもの、案外あるのかもしれません。
伸び伸びと自由にやってみたら、
苦手と思っていたことでも案外楽しめたり、
むしろ好きと思える可能性もありますね。
2022年、スタートしたばかりです。
皆さんは今年、どんなことにトライしますか?
本当に「共感」してる?

先日、ミッツ・マングローブさんのコラムを読んで、
あることにすごく納得しました。
それは、安易に「共感」するのは怖いことだ
ということです。
ミッツさんは、
「共感って人を麻痺させることがあると思う。
たとえば、海や山に行って癒されるとみんなが言うが、
私にとって自然は怖い。本当に癒されているのか。
ただ言っているだけじゃないのかな。
とりあえず言っているのだとしたら、
それは怖いことだと思う」と言っていました。
実はこれ、私もたまに思っていることです。
共感ってなんだ? それ、同意じゃない? とか、
それはむしろ、同調かもと感じることがあるのです。
周囲がそう言っているので、
私も共感する(ことにしておく)、ということを
みんながやっていたら、それはよろしくないなあ、と。
「共感」を辞書で調べると、
「他人と同じような感情(考え)になること」
とあります。感情の動きが前提のワードだけに、
使うシーンによっては「共感する」が
胡散臭くうつるのだと思います。
ちなみに、「同意」を調べると、
「相手と同じ意見(だということを言動や態度に現すこと)」。
そして「同調」は、「(自分の意見を出さず)他の意見・
態度に賛成すること」とあります。
見渡してみると、今の世の中
「共感」というワードがいっぱい。
映画や本、ドラマの宣伝文句でも「共感の嵐」なんて、
よく使われています。
いや、いいんです、本当に共感しているなら。
でも、同意くらいなのに、もしかしたら
同調かもしれないのに、
共感の嵐には巻き込まれたくないなあと思うのです。
あ、これを書きながら気づきました。
なぜ、「共感」に人が強く反応するのか。
これ、私たちの「つながりたい欲」かもしれないですね。
コロナで人とのつながりが希薄になったことが
背景にあるかもしれません。
だれかとつながって、安心したいという思いがあり、
「共感」することで、より強くつながっていると
思える。そういうことのような気がしてきました。
そんなことをあれこれ考えていて感じたことは、
やはり、自分が発する言葉について、よく考え、
責任を持たなくてはいけないなということです。
会話の中で「わかる、わかる」と安易に言ったり
していないか、考えないといけないと思いました。
さらに、「共感」を強要しないという意識を持つこと。
意識的に強要している人は少ないかもしれませんが、
「~にほんと共感するよね」というと、
相手は「うん」しか言えなくなる。
そういう、相手に同調を求めるような言い方を
しないよう気をつけなくてはと思います。
同じ物を見ても、視点が違えば、感じることは違う。
たとえ共感していなくても、
安心してつながることのできる世の中がいいなあと感じます。
気付いたら、まもなく11月も終わります。
今年もあと1カ月ちょい。
体に気をつけてまいりましょう!
ガッツ!は時代遅れ?

先日、YouTubeで何気なく観た、
お笑いコンビ、ティモンディ 高岸さんの
ヤクルト始球式の動画で感動してしまいました。
昨年10月、神宮球場で行われた
ヤクルト-広島戦。
この日は、ヤクルトのキャンプ地である
松山市と交流を深める「松山DAY」で、
松山市の野球強豪校、済美高校の
野球部出身であるティモンディ高岸さんが
始球式のマウンドに立ちました。
キャッチャーはコンビの相方であり、
同じく済美高校野球部出身の前田さんです。
高岸さんは、芸能界最速と言われる
147kmの豪速球を投げることで知られています。
どれだけ速い、いい球を投げるのか。
観客の視線が高岸さんに注がれます。
しかし、高岸さんは一向に
投球モーションに入れません。
涙を流しているのです。
涙を拭いて、帽子をかぶりなおして、
モーションに入ろうとするのですが、
また涙が流れてくるから、まったく投球できない。
何度も、何度も涙を拭いて、
ようやく振りかぶって投げた球を
しっかりとキャッチした前田さん。
マスクを上げて、やっぱり涙を拭いて、
マウンドに駆け寄り、笑顔で高岸さんと
抱き合います。
球場全体から温かい拍手が巻き起こりました。
彼らは高校の野球部時代、
甲子園優勝を目指し、
その後はプロになることを夢見ていたと
雑誌の記事で知りました。
野球部のモットーは「心技体」ならぬ「体心技」。
まずは体を作ることから、というトレーニングは
相当キツかったと言います。
ところが、甲子園に出場できたのは
高1の一度きり。しかも応援席。
卒業後、高岸さんは大学で野球を続けましたが、
怪我でプロの道を断念。
前田さんもまた大学で野球をやることは
ありませんでした。
その後、高岸さんの誘いでお笑いの道に。
結成時、「始球式に出る」ということを
一つの目標にしていたそうなのです。
マウンドに立ったとたん、
野球に打ち込んだ高校時代の熱い思い、
そして怪我をしたときの絶望感、
お笑いの誘いを受けてくれた前田さんへの感謝、
いろいろが一気に押し寄せてきたのかも
しれません。
一生懸命打ち込んだ経験があるから、
感情が溢れ出してしまうのだと思いました。
そして、頑張っている人、頑張った人、
新たな夢を叶えた人の姿はやはり感動的だなあ、
ともらい泣きしながら感じました。
さて、ここ数年で「グリット GRIT」という
ワードを耳にするようになりました。
アメリカの心理学者、
アンジェラ・ダックワース氏の著書
「GRIT やり抜く力
人生のあらゆる成功を決める
『究極の能力』を身につける」
は、日本では2016年に発売され、
ベストセラーになりました。
GRITとは、
G Guts(闘志)
R Resilience(粘り強さ)
I Initiative(自発)
T Tenacity(執念)
の頭文字をとったもの。
GRIT、やり抜く力がある人は、
芯があり、それでいて変化への適応力が高いと
言われています。
グーグルではGRITがある人を
積極的に採用し始めており、
ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなど
多くのビジネスリーダーがこの力を
重視しているのだそうです。
書籍の中で、ダックワース氏は
成功した人の多くは「天才」だから、
また「才能」があったからと
言われることが多いが、そうではなく、
共通してあるのはGRITだと言っています。
「ガッツがない」とか「粘り強く」なんて
今の子どもたちに言うと、
「出た! 昭和!」とか言われがち。
うちの次男なんかは、必ずそう返してきますが、
でも、やはり、何かに打ち込んでいくためには、
こうした力が必要なんだなと改めて感じます。
ところで、GRIT、
大人になってからも伸ばせるそうなのです。
そのために必要なことは、
・興味があることに打ち込む
・失敗を恐れずにチャレンジし続ける
・小さな成功体験を積み重ねる
・GRITがある人たちの中に入る
もしくは近くにいく
どうでしょう。
最初の3つは、いやいやそれが難しいんですよと、
怠け癖がある私は思ってしまう感じですが(笑)、
4つ目はいいかもしれないと感じました。
GRITがある人たちの輪に入ると、
周りの価値観が自分のスタンダードに
なっていくからです。
ランニングのアプリで周りの人たちとつながり、
一緒に目標を達成していくというのは
まさにこれですよね。
秋も深まってまいりました。
運動するにも、芸術活動をするにもいい季節。
GRITを伸ばすためにはベストなシーズンかもしれません!
(しかし食べるにもいい季節なんですよね...)
今週もあと少し、がんばってまいりましょう!
選択肢が多いのは幸せ?

ほしい情報がすぐに手に入る時代。
何か一つ買うにしても、どこで買うのがお得か、
いつ買うのがお得か、
ネットで調べるとすぐにわかってしまいます。
でも、簡単に情報が入手できるからこそ、困ることも。
それは、調べても、調べても、
「もっと調べれば、もっとお得な情報に
巡り合うのではないか」と思ってしまうこと。
私は、面倒なので、ほとんど下調べせずに、
ささっと買ってしまうことが多いのですが、
私のその行動が、じっくり調べてから買い物をする
友人にはあり得ないらしく、
「もっとリサーチしたら、もっと安く買えたと思う」
とよく言われます。
では、その友人がいつも大満足の買い物をしているか
というとそうでもないのです。
というのは、買ってからも
「もっと探す時間があったら、ベターな選択があったかも」
と思ってしまうから。
もっと探せば、ベターな選択があるかも。
そりゃ、そうだと思う一方、
いや、もっと選択肢があったら、
決められないのでは?とも思います。
そのとき思い出したのは、以前雑誌で目にした
女性タレントのインタビュー。
クローゼットに入りきらないくらいの服や靴を
持っているにもかかわらず、買っても、買っても
「今日着る服がない」
「今日のコーディネートに合う靴がない」
と毎日思う、と書いてありました。
選択肢を増やせば増やすほど、
どの選択肢も選べなくなってしまい、
選択した後も、満足しないという現象を
行動経済学では「選択のパラドックス」と言うそうです。
通常、選択肢が多いのは、選択の自由度が高い
ということなので、幸福度が上がると考えられますが、
選択肢が多すぎるのは逆に不満足につながってしまう
ということなんですね。
それはなぜかというと、選択肢が多いと、
自分が選んだ選択肢以外の選択肢にベストなものが
あったのではないかと後悔してしまうから。
そして、それほどたくさんの中から選んだのだから、
自分が選択したものはすばらしいものに違いないと、
期待値を必要以上に高めてしまうからだそうです。
人気ブロガーのミニマリストしぶさんは、
服も靴もバッグも3種類に絞っているそうです。
色も3種類に決めているので、
古くなって、新たに購入するときも、
その3色から選ぶのだとか。
さらに、休日のアクティビティーも、たとえば
「片付ける」「読書をする」「岩盤浴」をするなどの
3種類に決めているそうです。
そうか。私、ミニマリストの方々は、
選択にかける時間を節約しているのだと
思っていたのですが、それだけではなくて、
選択肢が多いことから生まれる不幸から
逃れていたのか、と気づきました。
選択のパラドックスは、
相手に何かを提案するときや、
相手に選択してもらいたいときにも
意識すべきことですね。
「なんでも思いついたことを言ってください」
と言われた人はおそらく困るけれど、
「~について、なんでもすきなことを言ってください」
と選択肢を狭めると発言しやすいでしょうし、
「20種類の中から選んでください」
だと、相手は迷ってしまいますが、
「3種類の中から選んでください」
は満足度を高められるのではないでしょうか。
私のこのメルマガも、「何を書こうか」と
ネタジャーニーを始めてしまうと、
延々と情報収集を続けてしまいがち。
しかも、情報を入手すればするほどピンと来ず、
もっといいネタはないかとさらに探すことに。
そもそも最初にメッセージを思いついていないときは、
ネタを探してもピンとくるわけはないのですが、
それを忘れて延々とネットの記事を読んだりしてしまい、
エンドレスジャーニーになります。
選択のパラドックス、意識しようと思います。
早いものでもう10月。寒くなってきましたので、
体調に気をつけてまいりましょう。
捉え直しでGO

用事があって家を2日ほど空けたら、
ちょうどプラごみを捨てる曜日とかぶってしまい、
捨てられませんでした。
1週間分のプラごみ、すごい量です。
我が家は今、子どもたちが夏休み中。
消費する食材も多いし、スナックやアイスなども
いつもよりも多く買っています。
とにかく食べ物の包装容器の量が多いのです。
この原稿を書くために、ごみ袋の中を
ゴソゴソ調べてみましたが、
うーん、こんなに大量のプラ包装・プラ容器がないと
暮らしていけない生活だったのか、と驚いてしまいました。
普段そんなに気にしていない自分が恐ろしい。
たとえば、
10個入りのクッキーだと、
外側の大袋が1枚、個包装されているからプラス10袋。
個包装されているので清潔だし、
袋を開けても一度に食べなくてもいいし、
品質も保たれるのでしょうね。
6個入りのロールパンも、
外側の大袋が1枚、なぜか中にプラスチックの
トレーが入っていたりして、それでプラス1枚。
このトレーは、形崩れを防ぐためなのか、
それとも輸送するときに、積みやすくしているのか、
いずれにしても丁寧に個包装されているものが
多いことに改めて気づきますね。
国連環境計画(UNEP)の報告書によると、
日本人1人当たりのプラスチックごみ廃棄量は年間32kg。
米国に次いで世界第2位です。
Reduce=ゴミを減らす、をやろうと思うと、
この暮らし方を変えなくてはならないわけで、
「こりゃ、大変だ」と今さらながら思いました。
そんな中、京都に本格的な量り売りの
スーパーができたという記事を目にしました。
この店は、容器包装ごみと食品ロスを無くすことを
目指していて、利用客は必要な食材を
必要な分だけ量り、持参した容器か、
店が貸してくれる返却式の容器に入れて購入。
ナッツやドライフルーツだけではなく、
生鮮品も扱っているらしく、
米、味噌、油、豆腐、卵など、
すべて必要な分だけ買えるといいます。
サザエさんがお鍋を持って
お豆腐を買いに行っていましたが、あれですよね
さらに、レストランを併設していて、
生鮮品は悪くなる前にレストランで調理するシステム。
この仕組みがうまくいったら、フランチャイズにして、
全国に量り売りを広め、日本の容器包装ゴミと
食品ロスをゼロに近づけていきたいと言います。
すばらしいなあ、と思いました。
記事の中にこんなことが書いてありました。
量り売りはどうしても面倒くさいという印象があって
敬遠されがち。
でも、その「面倒くさい」を「楽しい」に変えれば、
利用してもらいやすい。
量り売りという体験自体が楽しいと思ってもらえるよう、
たとえば買ったピーナッツをその場でセルフで
ピーナッツバターにできる機械も用意している。
そうですよね。
棚にある商品をサッと手に取って
レジでピッとやる暮らしに慣れていると、
家から容器を持ち出して自分で量って入れるなんて、
面倒くさいに違いない。
でも、今までの買い物の仕方と比較せずに、
楽しい体験をして、しかも地球に優しいことをしている
と思えば、わくわくしてくるから不思議です。
そしてこの店、写真で見ただけですが、
とってもおしゃれ。
量り売りは楽しいし、おしゃれだし、
地球にいいことしてるってかっこいいよね!
という捉え方が若い世代にどんどん広がれば、
浸透していくんだろうなと思いました。
そんなことを考えていたら、
リモートワークやオンライン会議なんかも
同じなのかもしれない、と思いました。
今までのように、オフィスで対面で仕事をする、
ということを前提にして、それと比較すると、
やはり不便さばかりが目につきますが、
新しいことと捉えれば、プラスに見えてくる。
暮らし方や何かのスタイルが大きく変わるときは、
捉え方が変わることとセットなのかもな、
と思いました。
それで思い出しました!
先日、見切り品コーナーと書かれたワゴンが
スーパーのフロアの端っこに置かれているのを発見。
置いてある場所自体、もう見切りました、のようで
雰囲気も良くない。明らかに人気がありません。
そりゃ、そうですよね。
見切り品なんて書かれたワゴンの前に
多くの人は、あまり立ちたくないのではないでしょうか。
そこで、「見切り品コーナー」と呼ぶのをやめて、
「SDGsコーナー」と呼ぶのはどうだろうと思ったんです。
「フードロスを防ぎませんか?」みたいにして、
デザインが良い、おしゃれなコーナーにする。
これを買うことが「かっこいい」「地球にいい」ことと
捉えられるようにすると売れると思います。
どなたかぜひ採用をー。
8月も終わりに近づいてきました。
まだまだ暑いですが、元気にまいりましょう。
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