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パラパラは必須なのか

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インスタで料理動画をよく見ます。

自分から進んで見つけにいっているというよりは、どんどん出てきちゃうので見ているというほうが近いです。

「あ、いいな」と思って保存したりすると、そればかり出てくる。

チーターの赤ちゃん動画にいいねしたら、数日間チーターの赤ちゃんテロくらいの勢いになってしまう、あれです。

そうそう、料理動画の話でした。

見ていて思うのは、皆さんクオリティが高い。
もちろんプロの方もいらっしゃるでしょうが、そうでない方々も料理自体も動画もクオリティがどんどん上がっていく。
これは、ちょっと作ってみましたくらいのレベルのものを気軽に投稿できない雰囲気ですね。

実際、ちょっと作ってみましたの投稿に、盛り付けがよくないだの、

切り方がいまいちのようなコメントがあるのを見ると、閲覧する側の期待も高くなっている様子。

クリエイティブのクオリティってこうして上がっていくんだなあ、すごいなあと思いながらも、

世の中の料理のクオリティが高すぎて、料理から遠のいてしまう人ももしかしたらいるのではという気もしてきました。

そんなある日、noteでこんな発言を見つけました。

「家のチャーハンで、パラパラかどうかなんて悩む必要は全くないわよ。

パラパラは、チャーハンがベロにのっかった一瞬のことでしょう。

多少作り方が違ってたって口の中で合体して、ごっくんしたらみんな一緒よ」

どなたが発したのかとてもわかりやすい。
はい、平野レミさんです。
平野レミさんが、昔、初めて出演したテレビの料理番組でトマトを素手で握りつぶしたら

「下品だ」という抗議の電話が殺到したという話はよく知られています。

レミさんによると、トマトを素手でつぶすのは包丁で切るよりも

断面がギザギザになって味が染み込みやすくなり、なにより簡単だからだそう。

仕事で疲れきっている人が料理の完成度を上げるために

手間をかけすぎて不機嫌になるのはハッピーじゃないとレミさん。

「私が大事にしているのはキッチンから幸せを届けることだから」と語っていました。

確かに。結局、何を大事にするかだなあと思いました。

自分が大切にしたいことを忘れて、

ただ、すべてのプロセスで完成度を上げるような取り組み方になってしまうと、

時間は限られているのだから、疲弊してしまいます。

そういえば「ええ加減でええんです」と土井善晴さんも言っていますね。

一汁三菜にしばられすぎて、つらい思いをしている人もいる。

お味噌汁にどんどん具を入れて、一汁一菜で十分と土井さんは言っています。

細かなことは気にしなくていいと。

「焼き魚をして魚の皮がむけたことを失敗と言う。どこが失敗やねん、と思います。

おにぎりをちゃんと三角に握るとか、ギョウザをきれいに包むとか、別にいらんでしょ。

焼きムラがあってもええんです。その方がおいしい。日本人は、体裁とか均一性を要求しすぎです」

と、インタビュー記事で話していました。

土井善晴さんが大切にしているのは、一生懸命料理するという、そのプロセス。儀式みたいなものかもしれません。

ええ加減というと、適当や手抜きのようなニュアンスですが、そうではなくて、

作り手側の加減でいい。しょうゆ大さじ1なのか1.5なのかは作り手が決めればよい。心がこもっていればいいと。

そうだよなあと思います。

忙しく毎日を過ごしていると、

外から聞こえてくる「こうすべき」「こうあらねばならない」「普通はこうする」に引っ張られてしまうのかもしれません。

それぞれの事情、やり方があっていいはずなのに、

自分にとって大切なものをつい忘れてしまい、外の声に流されてしまう。

料理に限らず、「私は何を大切にしたいのか、そのために何をして、何をしないのか」、

そういうことを考えないといけないなと思いました。

そうこうしている間に、2月が終わっていきます。
私が大切にしたいことは何なのか(笑)。
春がそこまできていますね。体調に気をつけてまいりましょう。

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