ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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『NVC』カテゴリの記事

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こんにちは。
今日は「人の成長をどう応援するか」という話です。
我が身を振り返り、ちょっと反省したりしながら、
最近考えたことをシェアさせてください。


私自身の成長に関する願望は、
何歳になっても成長していたい、ということ。
私にとって、成長とは「良い方向に変化していく」とほぼ同義です。
で、私も含めて、誰しも変われるし、生涯成長できると信じています。


けれど、人にとって成長と変化は意味が違います。
成長 = 良いこと、望むこと
変化 = 面倒で不安であり、必ずしも望まないこと


部下や後輩の成長支援の役割を担う上司や先輩は
相手を思うあまりに、こんなことを考える。


「どうやったら、もっと伸ばせるだろう?」
「どうやったら、次のステージに行かせることができるだろう?」
「そのためには、こんなことが必要だ。今、足りないのは何々だ」
「そう変われるように、手助けしよう!」


そして、変化を促すようにアプローチします。


しかし、これでうまく行くことは、まずありません。
いや、間違いなくうまく行くことはないでしょう。
人は自ら変わることはできるけれど、
人が人を変えることはできないという前提に立てていないからです。


もちろん、私の発言やあなたの発言を
相手が主体的に受け入れて、影響を受けることはありますよね。
でも、その発言の意図が、相手を変えさせようというものだったら、
それは相手にとって強要になるので、返ってくる反応は、、、
服従か反発です。


私自身、これはもう失敗の連続で...。
あなたは変われるし、成長できると信じることは良いことだったとしても、
こう変わる「べき」だと言ったり、
私がそうなれるように手助けしたいと思い始めると、
おかしな方向に向かっていきます。


これは、上司と部下の関係に限らず、
親子関係でもパートナー関係でもきっと同じです。
相手を変えさせるという発想は、
不遜で傲慢ってことですよね。
それがわかるまでに私は時間がかかりましたが、今はわかります。
自分がされたら、イヤですからね。
でも、その時は善意のつもりだから気付けない。
善意という名の暴力を意図せず振るっているから怖いですね。


成長を「願う」と「強要する」の間にある違いは、何でしょうか?
それは、成長を促し、手助けをしようとした自分の行動を
相手が受け入れてくれない時に、どう感じて、どう行動したかで判断できます。
批判したり責めたくなっていたら、それはもはや強要ですよね。


「なんでアイツは反発するんだ!?」と感じたら、
それは多分思いやりという名の強要になっている可能性があります。


厄介なのは、相手が一見受け入れているように見えて、
実は服従している時。
特に上司部下などヒエラルキーのある関係では、起きがちですよね。
服従は負のエネルギーを内側に蓄えてしまい、
最後には巨大地震を引き起こすので、早めに気づき向き合いたいものです。


人を応援するのは良いこと。
「変えさせよう」とはしないこと。
それを知っているからといって、即実践できるわけではありませんが、
知っていれば、できなかった時に反省できます!
それを肝に銘じて、今週を良い1週間にしたいと思います。
ビデオも観てくださいね〜!

Have a nice week!

共感されたい欲求は
男女同じ

今日配信のメルマガの内容をシェアさせていただきます。共感を生む「聞き方」についてです。

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男性脳と女性脳は違うという話、時々、耳にしますよね。
そのために、妻はただ話を聞いてほしいだけで解決を求めていないのに、
夫は解決策を助言しようするから、話が噛み合ない...とはよく言われることです。

今回は、「話を聞く」という側面からNVCを考えてみましょう。
本連載「言葉の壁」のバックナンバーはこちらをご覧ください。
https://www.grassroots.co.jp/blog/monolog/cat11/nvc-1/


男性と女性に限らず、同性同士、親子、上司と部下、友だち同士など、
さまざまな関係の間で、話をする人と話を聞く人のシーンが生まれます。

例えば部下の立場から上司に話をした時に、
実はただ聞いてほしかっただけなのに、
過剰な助言や励ましをもらってしまい、
違和感を感じたという経験はないでしょうか?

あるいは上司の立場で部下に話をした時に、
ただ本音の話をしただけのつもりだったのに、
部下が自分の立場や気持ちを話を始めて、
意外な反応が返って来たと慌てた経験はありませんか?

NVCでは、共感を持って聞くことの重要性が説かれていますが、
共感するとは、いったいどのようなことなのでしょう?
「共感」という言葉、よく使う割には、説明できなかったりしますよね。


ここでは、このように定義しておきます。
共感する:自分以外の人の気持ちやそれが生じる源になった経験に対し、
敬意を持って理解すること。

これを、さらにNVCに即した原理原則に言い換えると...
相手が何を観て、
何を感じ、
その背景にある願いは何で、
何を要求したいのか、を引き出す聞き方をすることで、
相手が自分の気持ちを表現しやすいようにし、
自分は、その表現された心情に寄り添っていくこと、
と、こんなふうに表現することができそうです。


ところが、私たちが話の聞き手になっている時、
実際にはこんな反応をしていないでしょうか?

「...したらどう?」「...した方がいいと思う」(アドバイスする)
「あなたの例など大したことはない。私なんて...」(上手に出る)
「ここから...を学ぶなら、これは意味のある経験になるだろう」(教え諭す)
「あなたのせいではないよ。あなたは出来る限りのことをした」(慰める)
「それを聞いて思い出したことがある。私はかつて...」(自分語り)
「くよくよしても始まらない。話を変えよう」(話を切る)
「なんて可哀想なんでしょう...」(同情する)
「それはいつから始まったんだ?」(尋問する)
「電話しようと思っていたんだけど...」(説明する)
「それは事実とは違うよ」(まちがいを正す)

私の経験でも、相手を慰めようとしてしまったり、
励まそうとしてしまったり、助言をしてしまったりすることがあります。
でも、これは、実はNGなんですね〜 ちょっとびっくりしませんか?


たとえば、次の会話の中で、共感を持って接していると言えるのは、
どれでしょう?

- - -(1)- - - - - - - - - - - - - -
A なぜあんな失敗をしてしまったのか、悔やまれる。
B あなたはベストを尽くしたんだよ。そんなに気にするな。
- - -(2)- - - - - - - - - - - - - -
A あなたは常に自分が正しいと主張する。何様のつもりだ?
B 他の解釈の仕方があることに、私に気づいてほしいのね。
- - -(3)- - - - - - - - - - - - - -
A あなたは、私がそれをするのが当然だと思っているんでしょ?
B それは、違う。私は当然だなんて思っていない。
- - -(4)- - - - - - - - - - - - - -
A こんなに体重が増えて、イヤになっちゃう。
B ジョギングでもすれば?


(1)は励まし、(2)は共感、(3)は否定と弁明、(4)はアドバイスです。
つまりNVC的な共感を持って聞く聞き方は、この例では(2)だけです。

いずれのBの受け答えも、悪気はありませんし、
相手の気持ちに寄り添いたいという意識は感じられます。

けれど、結局、最初の夫と妻の会話の例に戻るとわかるのですが、
相手は、励まされたいわけでもなければ、否定も弁明もされたくなく、
アドバイスだって求めていないことがある、ということなのです。
相手の感じ方をコントロールすることは、誰にもできないってことですね。


さて、相手に共感してほしい欲求。
女性だけにあるわけではないと、私は思いますが、皆さんはどう感じましたか?

伝えることも難しいですが、聞くのも難しいですね〜
でも、原理原則がわかれば、トレーニングして慣れるだけだとも言えます。
今週も、素敵なコミュニケーションでいっぱいに! 良い1週間でありますように!

ヴィラデルソルにて

先週は、7日(日)8日(月)で母と一緒に熱海に1泊旅行に行ってきました。おかげで、ブログは久々の無断欠勤となりました(笑) 父を含めて旅行に行くことは多いものの、母娘2人での旅行は初めてでしたので、とても思い出深いものとなりました。高齢の母は、すでに見事なボケっぷりですが、私のiPhoneのシャッターをちゃんと「1回だけ」押すことができました(写真)。というのは、前回頼んだときに、指がボタンから離れず、押しっぱなしの連写になってしまったからです。


泊まった宿は「ヴィラデルソル」。本館は、紀伊徳川家の第15代当主である徳川頼倫が、邸内(東京)に創設した私設の図書館「南葵文庫」を移築したものだそうです。
80代の母は布団で寝起きするのが難しいので、宿泊先選びでは、どうしてもベッドのある宿泊施設になります。同じ敷地には旅館もあり、石の階段を何十段も登ると温泉施設もあるのですが、ベッドを優先したために、温泉には入れませんでした。高齢になると、そういった不自由があるものだと痛感した次第です。


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前回に引き続き、NVCの第4の要素である「人への要求」をテーマにお届けします。
前回は、わかりやすい「要求」の仕方について考えましたが、
今回は、「要求」が「強要」や「命令」にならないために大切なことを考えます。
本連載のバックナンバーはこちらをご覧ください。


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◆要求したつもりが、、、
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前回、何が期待されているか具体的にわかるように要求する例として
「昨日の話し合いについて、思っていることがあれば、言ってほしい」と
伝えるよりも、たとえば
「昨日の話し合いでの私の進め方について、
 変えてほしいと思う点があったら、聞かせてほしい」と伝える方が、
わかりやすいとお伝えしました。


ところが、このように伝えたとしても、
「強要」や「命令」と受け止められてしまう場合があります。
たとえば、部下に上のように要求をしたところ、下のような展開になったとします。


..................
あなた: 昨日の話し合いでの私の進め方について、
     変えてほしいと思う点があったら、聞かせてくれないかな?
相手:  特別に変えてほしい点はありません。
あなた: そんなことはないはずだよ。
     ないとしたら、君が興味を持っていないからだ。
..................


このように相手の反応に対し、非難するような応酬をしてしまった場合、
あなたの本音はどこにあったのでしょうか。
NVC的な要求をしたつもりで、実は強要したいのが本音なのではないでしょうか。
ほかにも、相手を罰したり、罪悪感を抱かせたりする反応や、
拒絶されたと解釈するのも、強要に繋がります。
心の深いところで起きる強要の心理。なのに、相手はそれを見逃してくれません。


恐ろしいことに、私たちは自分の本音に意外に無頓着だったりします。
つまり、強要したいのが本音だったのに、それに気づかずにスルーしやすい。
では、どうするか。
その本音は、要求が通らなかった場合の自分の反応に現れますから、
それをウォッチすると、自分の本音に気づけますよね。
上の会話はまさにその典型です。


ーーーーーーーーーーーー
◆強要的要求がもたらす影響は?
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では、あなたの「要求」が「強要」や「命令」と受け止められた場合、
いったいどのような影響が出るのでしょうか?


必要だから命令する場合は別として、「強要」や「命令」と伝わってしまうと、
相手は、「服従」か「反発」のいずれかしか選択できないように感じてしまい、
あなたが欲している「共感」からの行動は生まれなくなります。
まして、入口が「お願い」だったのに、出口が「強要」だと、
よけいイヤな気持ちになりますよね。


しかも、相手の本音は小さな言動にしか現れないので、
一歩間違えると、それを見落としてしまうかもしれません。
「私は反発を感じます」と言ってくる人は極めて少数ですから。


あるいは、しぶしぶ行動に移した相手の表情に気づき、
あなたは、不機嫌になってしまうかもしれません。
こうなると関係は悪くなるばかりです。


さらに、相手にとって過去に強要的に要求された体験があると、
「今回も強要したいにちがいない」と思い込んで、
最初からガードするような反応を引き起こす心配もあります。


こんなふうに「要求」の仕方が関係に大きな影響を与えるからこそ、
要求上手になりたいものですよね。


書籍「NVC」では、「要求」という言葉が使われていますが、
「要求」の意味を三省堂大辞林で調べると、
「必要だとして,また当然の権利として強く求めること」とあり、
日本人の感覚からすると強制力を感じさせる言葉です。
ですから「要求」という語感で理解するよりも、
「依頼」や「要請」というニュアンスで理解した方が、うまく機能しそうですね。


6月ももう後半戦です。
良い1週間をお過ごしください!


※読んでいただきありがとうございました。
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今回は、「新世紀エヴァンゲリオン」の登場人物、加持リョウジの言葉です。

先日、土曜日に青山学院主催の講座「企業研修におけるワークショップの活用方法を探る」に行ってきました。これは、同大学が社会人向けに提供している「ワークショップデザイナー育成プログラム」の参加者募集活動の一環として、開催されたものだと思われます。講師は、演劇家でもある内山巌さん。演劇的発想を取り入れたワークショップのデザインや参加者に心的負荷をかけないワークの方法などが紹介され、とても面白かったです。そして、改めてワークショップというのは奥が深いなあと痛感しました。


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NVC(Nonviolent Communication)について考える「言葉の壁」シリーズ。
前回は、自分の感情を自分の願いと紐づけて伝えることの大切さを考えました。
今回のテーマは、NVCの第4の要素である「人への要求」です。

NVCの基本の流れは、自分に葛藤を与える他人の言動について、
評価や判断を交えずに「観察」に基づいてシンプルに語り、
自分の「感情」を相手のせいにせず自分のものとして述べ、
その感情を抱くのは自分にこんな願いがあるからだと語り、
最後に具体的な「要求」をする、というもの。


ところが、その「要求」。次のような状況が生まれたりして、簡単ではありません。


【1】そもそも要求が必要だという自覚がないから、要求しない。
【2】自分の要求が、自分自身でよくわからないために、
   曖昧な表現になってしまう。
【3】上手な「要求」ができず、「強要」や「命令」になってしまう。


そこで、今日は【2】の曖昧な表現について、例を挙げながら考えましょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
曖昧表現(1)「〜しないでほしい」という伝え方
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「〜してほしい」と「〜しないでほしい」は、どちらも要求に見えますが、
ここで重要なことは、相手に行動を促す要求でなければ、
意味がないという点です。


休日も仕事をしている夫に、「仕事ばかりしないでほしい」と妻が言ったら、
夫はゴルフに行ってしまった、本当は一緒に過ごしてほしかったのに...
というシャレにもならない話は、身近なところにたくさん転がっていますよね。


職場でも、たとえばこんな伝え方をしているシーンはないでしょうか。
「目標を一方的に与えるのは、やめてほしい」
「報告をしないまま帰らないでほしい」
「状況を把握せずに仕事を振るのはやめてください」


あなたが、もし上のように伝えられたら、どう思いますか?
「やめてほしいことはわかった。
では、具体的にどうしてほしいの?」と思いますよね。


「目標を一方的に与えるのは、やめてほしい」という意味は、
「自分で決めさせてほしい」かもしれないし、
「一緒に相談して決めさせてほしい」かもしれません。


ですから、具体的な行動がわかるように、
肯定的な言葉で要求することが望ましいのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
曖昧表現(2)「抽象的で大雑把」な伝え方
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肯定的な言葉を使っていても、わかりにくい場合があります。
たとえば、次の3つの表現を読んでください。
どんなことをしてほしいのか、わかりにくいですよね。


「昨日の話し合いについて、思っていることがあれば、言ってほしい」
  (思っていることと言われても、どんなこと?)
「課長、もっと私を信頼して、仕事を任せていただけませんか?」
  (信頼していないとでも?)
「この商談について、もっと頻繁に相談してほしい」
  (相談の必要があれば、しますけど...)


これを、求める行動内容がわかるように具体的表現で言い換えると...


「昨日の話し合いでの私の進め方について、
 変えてほしいと思う点があったら、聞かせてほしい」
「この商談は、課長の助言なしで自立的にまとめさせてくれませんか?
 報告は怠りませんので、どうしてもマズい状況との判断でない限り、
 私が自分の判断で交渉を進めるのを、どっしり構えて見守ってほしいのです」
「この商談は、当社にとってとても重要な案件なので、
 先方と接触があった都度、内容を報告してほしい。
 どう進めるか、あなたの意見を聞かせてもらい、判断させてほしい」


これで相手が期待している行動が、前よりわかるようになりました。


いかがでしたか? 
結局、わかりやすさがいかに大切で、
以心伝心に頼ったり、独りよがりではダメってことですよね。
自分の望みを明確にすればするほど、望みは叶いやすくなるそうです。
自分が、何を望んでいるのか、クリアにする習慣をつけたいものですね。


さ、今週も元気に行きましょう!


※読んでいただきありがとうございました。
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今回は、「キンコーズ」を創業し、世界的なチェーンへと育て上げた
ポール・オーファラのこの言葉です。

先日、阿部貢己発のメルマガ「『なぜ?』を『どうする?』にして未来へつなげる」に対してお寄せいただいたご感想で、「NVC」のワークショップをやる予定はないのか、という質問的ご意見をいただきました。心意気としては、"Yes, we will !"なのですが、仕事として実施するには、やっぱりちゃんとした準備が必要なんですよね。
しかも、今、セミナー全体を再構築したいという思いもあり、もう少し温めてから、NVCとしてなのか、そのエッセンスなのかはともかく、何らかの形でいつかやりたいなと考えています。

さて、先日のブログの最後にも書きましたが、平田オリザさんの「わかりあえないことから」を読み終えて、とてもおもしろかったので、そちらのレビューを書こうと思っているのですが、まだ手つかずです。


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NVC(Nonviolent Communication)について考える「言葉の壁」シリーズ。
これまでの4回を振り返ってみましょう。
まず、気持ちのいいコミュニケーションを分解すると、
「観察」「感情」「必要としていること」「要求」の
4つの要素で構成されています。
自分に葛藤を与える他人の言動について、
評価や判断を交えずに「観察」に基づいてシンプルに語り、
自分がどう感じているか「感情」を述べ、
感情の原因は「自分が何を必要としているからだ」と自分の願いにあることを語り、
最後に具体的な「要求」をする、、、、
NVCが示す理想のコミュニケーションがそのような流れのものであることは、
第3回で書きました。


例としては、こんな感じです。
【1】NVCではない例(イライラの原因は相手にあるとして、攻撃している例)
「田中君、例の書類、明日が提出日なのに、未だに状況説明がないけど、
君は、自分の責任をどう考えているんだ?
当日、その場で初めて見るなんてことになって、恥をかかせないでくれよ。
いったい、いつ見せてもらえるの?」


【2】NVC的な例(イライラの原因は自分の願いにあるととらえ、要求している例)
「田中君、例の書類、明日が提出日なのに未だに状況説明がないと、
どうなっているか心配で、イライラするんだ。
というのも、ブラッシュアップしてベストなものを出したいからなんだよ。
ブラッシュアップする時間も必要だから、今現在の状況を説明してくれない?」

はっきり言って、上司からこう言われたら、どっちの場合でも焦ると思います。
でも、【1】のように言われた場合はムッとする反応が多くなり、
【2】のように言われた場合は申し訳ないという反応が多くなるのではないか、、、
と、そんな気がするのは、私だけでしょうか。


さて、今日のテーマは:自分の感情(どちらかといえば負の感情)を
自分の願いと紐づける、です。


でも、たとえば報連相ができない部下に対して、
「組織人として、こういうことは常識だと思ってほしい」とか、
「組織である以上、一人で動かれても困る。そんなこともわからないのか!」
...と相手を否定する心理になること、ありますよね〜 よくわかります。


でも、NVCでは、誰かの言動が自分の感情を刺激することはあっても、
その感情を生じさせる原因そのものではないと考えます。
原因は、相手の言動ではなく、自分の願い、すなわち
自分が必要としていることにあると考える。


さて、これを聞いて、腑に落ちますか?
「組織人として、こういうことは常識だと思ってほしい」と思っている時に、
「『私の願いが、〜だからだ』と伝えるべきだ」と言われても、
あっさり、そうなのか...とは思えないのではないでしょうか?


私が腑に落ちるまで過程でも、心の中でいくつもの問いかけが
生じました。
1)相手を攻撃することが目的なのか?(NO)
2)相手に望むこと、応えてほしいことがあるのか(YES)
3)攻撃して、それは叶うのか(NO)
4)反対に、もし自分がリーダーではなく、
応えてほしいと望まれる部下の側なら、リーダーからどう言われたいか?


4番目の問いが一番むずかしい問いでした。
最初に浮かんだ私の答は、「もっともらしいこと、お決まりのことはいらないから、
その人らしい言葉で、答えを聞きたい」というものでした。
つまり、「本音」で接してほしい、私が部下ならそう思うな、、、と思ったのです。
そして、その言葉は、私への愛から発せられた言葉であってほしいし、
その人自身に対しても、周りに対しても真摯に誠実に生きようとしているからこそ、
発せられた言葉であってほしいと思いました。


では、話を元に戻して。。。
自分の感情を、自分の願いとつなげて話してくれると何が伝わるのでしょう?
相手は、何を感じ取るのでしょう?


私は、もし自分がそう伝えられたなら、
その人の価値観やポリシーを共有されたと感じると思います。
そして、もうひとつ重要な点は、自分のネガティブ感情の原因を責任転嫁せず、
自分で引き取っている他責でない姿勢に信頼感を抱くと思います。
たとえ「それ、ちょっと違うよ」と否定されるようなことであっても、
「なぜなら、自分はこんな仕事をしたいんだ」と言われたら。。。
その人の精神の根っこの部分をシェアしてもらえたと感じ、うれしく感じます。
結局「本音」で接してほしいというのは、そういうことではないでしょうか。


要望や要求も「その人の願い」「叶えたい思い」という形で伝えられると、
人はそれに応えたくなるものなのかもしれませんね。


さ、5月も後半に突入しました。今週も元気に過ごしましょう!


※読んでいただきありがとうございました。
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今回は、自分の感情の源にある願いを語るというのは、「弱さを見せるようでイヤだ」と
思う方もいるのでは? 「弱さ」について島崎藤村の残した言葉です。

こんにちは。


早いもので、4月も今週でおしまい。ゴールデンウィークまで秒読みになってきました。皆さんはどこかにお出かけでしょうか? 私は、友だち3名が我が家に来て、女子会?する以外は、特別な予定がなく、強いていえば、断捨離モードで過ごそうかなと思っています。


さて、今日も、メルマガで連載している「言葉の壁」シリーズをお届けします。今日は第4回。「感情」を感じることの難しさについて、です。「自分の感情を感じることが、なんで難しいんだ! 難しくなんてない、感情は感じている」ともし思われていたとしても、もう一度振り返ってみてください。今、感じていると思っていることが、本当に素直な感情なのか、と。


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今日は、気持ちのいいコミュニケーション「NVC」について考える
「言葉の壁」シリーズの第4回です。(過去の内容はこちら)


まずは、おさらい。感情とその背景にある願いを素直に伝えることによって、
相手はむしろ攻撃されたと感じない、
反対に感情を飲み込んで、婉曲的に言おうと細工をする方が、
返って批判的気持ちが伝わってしまう。
そんな考え方に立つのが、NVCです。


だからこそ、感情を素直に伝えるということが
気持ちの良いコミュニケーションにおいて大切なのですね。


でも、私もあなたも、隣の席のその人も、
多くの人が、自分の感情に気づきにくくなっている、
そんな時代なのではないでしょうか。
対人関係で感情を出すのは悪いことだと子どもの頃から習っていますから、
感情に気づけなくなっているような気がします。


私にもそのような体験があるので、その一例を紹介します。
ある時、社内のイベントを取りやめると主張したことがあります。
「当社の理念に反する」という理由を持ち出して、です。
でも、社員に言われたことは、こうでした。
「そんな理由を持ち出して、取りやめるのは納得できない」。
そして「小野さんは、悲しいんですよね。そう言われれば、わかります」
私は、自分の判断の正当性を理屈で説明しようとしていましたが、
でも、心の奥にまずあったのは、理屈ではなかったのです。
悲しみ、怒り、失望などの感情でした。


あるいは、こんな体験はありませんか?
相手から質問を受けて、その言葉や表情の様子から、
何か気分を害しているんだろうなと思って、率直に尋ねてみたら、
「いえ、よくわからないと感じたから、質問しただけで、
気分を害したりはしていません」と返ってきた。
これを言葉通り受け止めるべきかどうかは、考えどころですよね。


さて、ここでクセ者なのが、「〜と感じる」という言い回しです。


たとえば、、、
「あなたはもっと自信を持つべきだと私は感じる」
「仲間から無視されているように感じる」
「それをやることは無駄に感じる」
これらの表現は、「感じる」という言葉を使っていますが、
感情を伝えているのではありません。
でも、私たちはこれが感情だと勘違いします。


本当の感情は、「感じる」という言葉を使わなくても、
伝えられる類いのものです。


感情には、いろいろありますが、
私は大項目としては、ポール・エクマンが最初に発表した6つの感情が
とてもわかりやすいと思っています。
・怒り
・嫌悪
・恐れ
・幸福感
・悲しみ
・驚き


失望は、悲しみの一種、軽蔑は、嫌悪の一種、、、というふうに考えると、
大多数の感情はこの6つに入るからです。


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では、ここでエクササイズです。ある人がこんなことを言いました。
「自分にはクリエイティブな仕事をする才能がないと感じる」。
これを「感情」を伝える表現にするには? その例を挙げてください。
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正解はありませんが、上の6つの感情につながるような表現なら、
感情を伝えたことになります。
「クリエイティブな仕事をうまくこなせない自分にがっかりしている」(悲しみ)
「クリエイティブなアイデアを出せない自分が腹立たしい」(怒り)
「この仕事を続けていっていいか、不安だ」(恐れ)



自分の感情に自覚的になって、人と対話するということが大切ですね。
ところが、それが実は難しいのですよね。
でも、それが大切だとわかっていると、「自問」することができます。
自分は、今、自分の感情にフタをしているか/していないか、
まずはそんな自問から始めるのが良さそうですね。


今週はゴールデンウィークに入ります。
どうぞ、よい連休を!

※読んでいただき、ありがとうございました。
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『ST 警視庁科学特捜班』で文書鑑定に携わる青山翔は、人の心理について...

こんにちは。


春だからですかね〜 ワークショップを開きたいという気持ちが沸き起こってきます。何のワークショップでしょう? やってみたいテーマもいろいろありますが、とにかく楽しいのがいいですね。。。妄想を脱出して、構想しなければ(笑)


さて、今日も、メルマガで連載している「言葉の壁」シリーズをお届けします。NVC(ノンバイオレントコミュニケーション)を題材に、今日は「感情」を伝えることの大切さについて、です。


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マーシャル・B・ローゼンバーグが提唱している「NVC」
(ノンバイオレント・コミュニケーション)について考える、
この「言葉の壁」シリーズ。今日はその3回目です。
前回までの内容をご覧になりたい方は、下記でもご覧いただけます。


第1回:「評価」ではなく「観察」に基づく表現が大切
第2回:言葉を変えると「責任」への自覚が変わる



さて、今日は、NVCを構成する4つの要素を紹介しながら、
2つめの要素である「感情」というものを考えて行きましょう。



4つの要素とは、「観察」「感情」「必要としていること」「要求」です。
共感されるコミュニケーション(ここでは伝え方)とは、
まず自分の人生に影響しているように感じる他人の言動について、
評価や判断を交えずに観察に基づいてシンプルに語り、
自分がどう感じているか感情を述べ、
その感情が生み出されているのは自分が何を必要としているからだ、と語り、
最後に具体的な要求をする、、、、
NVCが示す理想のコミュニケーションは、そのような流れのものです。



お母さんと息子の会話の例を引用して紹介しましょう。
「フェリックス、まるめた靴下がコーヒーテーブルの下にふたつ、
テレビの脇に3つもあると、お母さんはいらいらしてしまうの。
みんなで使う部屋はもっと片付いた状態にしておきたいわ。
脱いだ靴下は、あなたの部屋か洗濯機に入れておいてくれないかしら?」


これを参考にビジネスシーンでの例を考えてみましょう。


まず、上はNVCに則った伝え方。下は則らない、批判的な伝え方です。


「田中君、例の書類、明日が提出日なのに未だに状況説明がないと、
どうなっているか心配で、イライラするんだ。
というのも、ブラッシュアップしてベストなものを出したいからだ。
ブラッシュアップする時間も必要だから、今現在の状況を説明してくれないか?」



「田中君、例の書類、明日が提出日なのに、未だに状況説明がないけど、
君は、自分の責任をどう考えているんだ?
当日、その場で初めて見るなんてことになって、恥をかかせないでくれよ。
いったい、いつ見せてもらえるの?」



比べてみると、下の例が田中君という人物を批判し、攻撃しているのに対し、
上の例は人物を批判せず、イライラの原因を田中君のせいにしていません。



なぜ、上のように伝えることが良いとされるのでしょうか。
NVCでは、誰かの言動は、自分の感情を刺激することはあっても、
その感情が生じた原因は、相手のその言動にあるのではなく、
自分の願い(何を必要としているか)にある、と考えます。
感情の責任を自分で負い、根本原因はその願いにあると語るので、
相手は批判されている気持ちにならず、
その願いに添いたいと思えるのだと思います。



一方で、下の例。田中君は批判されて当然だと思いますか?
上司の立場だと、そうも言いたくなりますよね〜(笑)
でも、その後の2人の間に信頼関係は生まれるのか、
果たして田中君はモチベーションを持ち、成長するだろうか...と考えると、
田中君を個人攻撃しても、何も解決しないことがわかります。



さて、これを読んで、「『感情』を伝えるなんて、していいの?」と
思った方は多いのではないでしょうか。
私たちは、子どもの頃から、理にかなった「考え」を述べることが良いこと、
「感情」を出すことは悪いこと、と教わってきているからです。
でも、よくよく考えてみると、
感情を出すと、感情を伝えるは別のことなのですよね。
「伝える」のだったとしても、その必要があるのか、と思われるかもしれません。



けれど、こういうことは思い当たりませんか?
小さなイライラを飲み込んでしまった。
その小さなイライラは、実は日々生じるものなのに、
小さなイライラだと思って放置しておいた。
ある日、気づいたら、とてつもなく大きなイライラになっていた。
そして、相手に対し、恨みや嫌悪、不信を抱くようになっている。
でも、先ほどの話に戻ると、自分の負の感情の原因は、
本当は誰かのその言動にあるわけではなく、
自分の願いが満たされていないことにあるのですから、
相手のせいにするのはおかしな話なのです。



でも、そこを誰しもが混同して、心の中で相手を責めてしまいます。
さらに、そんな自分をまた責めたり。。。
そう考えると、感情を伝えないことは不幸の始まりとさえ思えてきませんか?



長くなりました。次回もまた「感情」問題続けます。
どうぞ良い1週間を!



※読んでいただき、ありがとうございました。
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人を批判し、自分は正しいと思うコミュニケーションの弊害について、
ベストセラー「嫌われる勇気」の哲人はこう語ります。

桜、きれいですね。
竹内まりやの「人生の扉」という曲に、こんな一節があります。

満開の桜や色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう


今日も、メルマガの内容を紹介します。



ーーーーーここからです!ーーーーー


NVCを考える本シリーズ「言葉の壁」の第1回だった前回は、
気持ちのいいコミュニケーションをするためには、
「評価」ではなく「観察」に基づく表現が大切だということをお伝えしました。
(※NVC=Nonviolent Communication by マーシャル・B・ローゼンバーグ)


今日は「責任逃れ」や「逃避」の意識がもたらす言葉表現が、
気持ちの悪いコミュニケーションを生み出す...というテーマで考えていきましょう。

「責任逃れ」とは、自分に責任が降り掛からないように、避けること。
「逃避」とは、しなくてはならない物事から意図的に注意や意識を逸らすこと。
本来なら、政治家の答弁のような言動を例に挙げるのが、
もっともわかりやすいのかもしれません。



けれど、、、
「それは私のせいじゃないから...」とか、
「何も私がやらなくてもいいんじゃない?」というような心の動きが
チラリと出てしまうシーン、実は身の回りにたくさんあるのではないでしょうか。
しかも、チラリだからこそ、そう伝えられると、すっきりしない気分になります。



たとえば、ここにAからHまで8つの台詞があります。
いずれも、自分の責任を回避したいニュアンスを感じますよね。
しかも、責任といったって、大きな責任問題ではない。
それぞれの台詞はいったい何のせい、誰のせいにしているのでしょう?


A「それをやるには、いろいろと無理が生じる」

B「誘われたので、行こうと思います」

C「上司に勧められて、参加しました」

D「これは就業規則違反だから、始末書を書きなさい」

E「管理職だから部下の査定をやらないわけにいかない」

F「衝動に負けて食べちゃった」

G「みんなが行くというので、断れなかった」

H「飲み会が嫌いなのは、シャイな性格だからです」


食事に行って、メニュー選びのときに、
「食べ物の好き嫌いはないから、合わせるよ」
なーんていうのも、ちょっとした責任回避かもしれませんね。



責任回避の言動にはいくつかのパターンがあるそうです。
上の例で考えると;


A:あいまいで、誰のものでもない力のせいにする。
B:他人の行動のせいにする。
C:権威からの命令や推薦のせいにする。
D:組織の方針や規則のせいにする。
E:役割のせいにする。(男として、母としてなども含む)
F:衝動のせいにして、抑制がきかないのはやむを得ないとする。
G:集団の圧力のせいにする。
H:自分の状態や診断、育った環境や病歴のせいにする。



ある、ある、と思いませんでしたか?
私たち人間は、自分の行動を誰かから咎められたくないという
防衛本能が無意識に働く動物のようです。


でも、本当はシンプルに自問すればいいはず。
やりたいの? やりたくないの?
行きたいの? 行きたくないの?
参加したいの? 参加したくないの?



もちろん、こういうことに目くじらを立てなくても、
日常生活は成り立つし、それほど他人との関係が悪くなるとは思えません。
でも、ローゼンバーグ氏はこう書いています。


「心の底からの訴えを遠ざけてしまうコミュニケーションを実践すると、
自分の思考や感情、行動の責任は、
ほかでもない自分自身になるのだという自覚があいまいになる。」


そうなんですよね。
言葉の使い方が思考のクセをつくりだすから放ってはおけないのです。


さ、今週は4月に突入! 桜も満開です。
どうぞ良い1週間を!



150316_NVC.jpg

今日のブログは、今日配信のメルマガの内容を紹介します。
でも、その前に、メルマガの内容にあるNVC(Nonviolent Communication)に関する書籍を紹介しますね。アマゾンでの星の数は、4.5と好評です。


私たちは、とかく自分のネガティブな感情を隠そうとしたり、飲み込んでしまったりします。また、相手への願いや要求を素直に言えないことも多いのではないでしょうか。
この本をお勧めしたいのは、ここに書かれていることが、単なる小手先のテクニックではなく、人と人が良い関係をつくるための原理原則だからです。




タイトル:「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」
著者:マーシャル・B・ローゼンバーグ
http://www.amazon.co.jp/dp/4532318106





メルマガにも書きましたが、1対1の対面コミュニケーション(話し言葉)においても、1対Nのコミュニケーション(書き言葉)においても、有効な考え方だと思いますので、ご興味がありましたら、ぜひ読んでみてください。



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「言葉の暴力」と聞くと、まずパワハラやセクハラなどを思い出しますよね。

でも、マーシャル・B・ローゼンバーグは、
人の心を傷つけるコミュニケーションを暴力的ととらえ、
人を思いやるコミュニケーションを指して、
非暴力的コミュニケーションと呼んでいます。



つまり、パワハラやセクハラはもちろんですが、
他者への尊敬や愛を持たずに、
利己的で、偏見や疑いを抱いて接する
「イヤな感じ」のコミュニケーションは、
すべて暴力的だということになります。



NVC(Nonviolent Communication)と呼ばれるこの考え方、
私は、書き言葉でも話し言葉でも有効だと思っています。


そこで、今日から何回かにわたって、NVCという視点から
「言葉」と「コミュニケーション」というものについて考えていきましょう。


さて、次の5つの例で、AとBの2つの言葉を比べてください。
それぞれ、言われたら、どう感じると思いますか?
A同士、B同士は、ある共通点があります。何でしょう?



例1
A「あなたは、プロとしての知識欲に乏しい」
B「あなたは、専門書を読んだことがないと言った」


例2
A「あなたは、彼のお気に入りだ」
B「彼が『あなたに期待している』と言うのを聞いた」


例3
A「あなたは、働き過ぎだ」
B「あなたは、今週9時より前に帰ったことがない」


例4
A「彼は、会議の間、私を無視した」
B「彼は、会議の場で、私に意見を求めなかった」


例5
A「あなたの会議での発言は、いつも敵対的だ」
B「今日、あなたの発言の多くは『しかし』で始まっていた」



Aがしている行為は、すべて「評価」であるのに対し、
Bがしている行為は、「観察」です。



人は、「評価」を含んだ言葉を向けられると、
身構えてしまったり、防衛反応を示したり、反撃したくなったり...。
誰しも、心当たりがあるように、
関係が悪い方へ進む反応を生み出してしまうのですね。


共感されるコミュニケーションの大原則のその1は
評価判断を交えずに、観察に基づいて伝えることにあります。


確かに、人が、何かを評価判断するときって、
攻撃、嫉妬、非難、嫌悪、不満などの
ねじ曲がった感情が織り交ぜられていることが多いですよね。
しかも、そのことに無自覚なケースも少なくありません。



...と、自分のことを棚に上げて書いていますが、
いや〜、言うは容易く、行うは難し。
解説するのと、実践するのは大違いですが、
自分の言葉を聞きながら、チェックしてみる、
そんなトレーニングをして鍛えたいものです。


では、良い1週間をお過ごしください!


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※読んでいただき、ありがとうございました。
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言葉は「窓」にもなれば、「壁」にもなるんですね。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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