気難しい時代
こんにちは、小野です。今日は7月の最終日。今年もあと5カ月かと思うと、早すぎる…。クラクラ…。
さて、昨日、某大手有名店から宅急便のセキュリティパッケージで書類が届きました。心当たりがなかったので、何かと思って開封してみたら、中から出て来たのは、その店舗で使える商品券。それで「あれか…」と思い出しました。今月買い物をした際に、抽選で何かが当たると言われて、住所と名前を書いたのです。
あまり期待もせぬまま、店員の方の言われるのに従っただけなのに、急に「当選!」と商品券が届いて、正直、うれしくなりました。
でも、そこから先、あれこれ想像を巡らして、少々複雑な気持ちになったのもまた事実。住所と名前を書いた紙には、顧客番号が書かれていたのを思い出したからです。
さて、ここで質問。
もし、あなたが店舗の販促担当者で、このような企画の責任者であったなら、公平に抽選し、送り先を決定しますか?
それとも、顧客番号から購入履歴を参照し、また来店してくれそうな人や購入してくれそうな人を作為的に当選させますか?
なぜ、ここでこのような質問をしているかというと、販促効果を重視した場合の判断と、企業イメージを重視した場合の判断とでは、答えが変わってくると思うからです。企業の販促活動は売れてなんぼ。そうである以上、後者で行く方が、成果が出る確率は高いはずです。しかし、販促効果が高いからといって、企業イメージも上がるとは限りません。
私のように想像して(ほんと、これは想像にすぎませんよ)、「これって、もしかして作為的?」と思う顧客もいます。彼らは、当選したからうれしいという気持ちを抱く反面、「抽選というのはカモフラージュだったのかしら?」という疑問も抱く、平たく言えば気難しい客と言えるかもしれません。でも、そういったことに敏感な顧客は、近年増えているような気がします。
私は、販促担当者が経費に対して最大限の効果を得るために、当選数の全部もしくは一部を作為的に選ぶことについて、一概に悪いと言いたいのではありません。
プロモーションでは成果が上がっても、企業イメージは下がる可能性もあるというリスクについて承知しておかなければならないということを言いたいのです。
と、言いつつ、敢て個人的意見を言えば、仮に全部を作為的に選ぶなら、抽選と謳うのは、いかがなものかと思います。内部倫理的に「ウソでもOK」と映るからです。
気難しい時代になってきましたね。でも、その感覚を忘れちゃうのはコワいことですよね。皆さんはどう思いますか。
写真がComing Soonになるかもしれません
こんにちは。小野です。
2年間続けていた「AllAbout Profile」の契約が7月末をもって切れるのですが、今年は更新をしないことにしました。
理由はいろいろありますが、第一は、もっとタイムリーにユーザからの質問に応えたかったのですが、マイペースのワタシには他の専門家のような瞬発力がなく、あまりお役に立てていないな、と随分前から思っていたから、です。
加えて、サイトの性格もあるのだと思いますが、読者層がどうも当社の顧客像とは違うような気がするということもありました。それでもまだお役に立てている感じがあったら、違う判断で続けたかもしれませんが、上に書いたように、お役に立てていないと感じたので、潔く撤退します。
それでも、よくまあ、2年間も!
「継続」というワタシのモチベーションの下支えをしてくれたことは事実なので、それだけでもヨシと考えています。 代替えとして、「Cnet」かどこかに書こうかしらん?と考えつつ、やりたいことは他にもあるので迷うところです。
「AllAbout Profile」の方に、「去ります」と書くべきかどうか、迷いましたが、静かに去る方がいいと考えて、書かないことにしました。ですから、もし「Profile」で継続的に読んでくださった方がいたなら、ご挨拶をしなかったことをお詫びします。
そんなわけで、「AllAbout Profile」で撮ってくれた写真が今後使えなくなる関係で、至急撮り直さないといけません。きゃー、あと1日。間に合わなければ、「Coming Soon」ですね。その場合は、お許しを! ではまた
プロとアマの境界線
こんにちは、小野です。
先日、このサイトで告知した、タキタリエさんの写真展は無事終わった模様ですが、またしても写真展のお知らせを。
友人、知識拓史さんの写真展が8月2日まで恵比寿の「bar vinsanto」で開催されています。
ご興味のある方は、ぜひお訪ねください。朝の4時までやっていますので。
ワタシは、今週木曜日(明日)にでも行ってみようかと。。。
7/20月-8/2日 写真展 heart beat
18:00-4:00(日曜は0:00まで。8/2は22:00まで)
写真展のできるまで
前回紹介したタキタさんも、今回紹介する知識さんも、
プロのカメラマンというわけではありません。
でも、プロカメラマンに負けず劣らず、脳みそに刺激を与えてくれます。
もう少し正確に言うと、最早今の時代、「プロ」と「アマ」の境がとても曖昧になりつつありますね。プロだからスゴいわけでも、アマだからダメなわけでもありません。プロがみんな情報発信しているわけではありませんしね。
誰しもがブログで意見を発信でき、
Flickrで写真も発信でき、
YouTubeで映像も発信できる時代では、
発信していないとどんどん埋もれて行きます。
それはデザイン、ライティング、編集、
マーケティングや企画といった領域も同様で、ただ単に「できる」では仕事にならない時代に既に突入しています。
最早「技術的経験が豊富」は大して意味のない価値になりつつあるのだと思います。
そんな時代にあって、どうやって生き残るのか、
どうやって他者と差別化していくのかは、とても重要な視点です。
ワタシたちグラスルーツも、目下、その課題をどうクリアするか、
ターニングポイントに立たされていると感じます。
これは会社のブランディングであるのは間違いないのですが、
もしかしたら、それ以前に個人個人のブランディングの問題である可能性さえあります。
気づいている層は生き残れるけど、気づいていないなら、かなりヤバい!
そんな時代にあるように思えます。
話が、それてしまいました。
知識さんの写真展、機会があればぜひ!
いただきもの情報のお裾分けです
こんにちは、小野です。
さて、ここ最近、当社のお客様から自社製品をいただくという機会に恵まれました。すでに多くの方がご存知の商品もあれば、アーリーアダプターの間で人気を呼んでいる商品もありますが、いずれもストーリー性のある「なるほど」の商品なので、この機会にぜひ紹介させてください。
あ、ここまで読んで、「なんだ、クライアント商品の宣伝かよ」と思ったあなたへ。確かに、その通り、クライアント商品の宣伝です(笑)。でも、本当に共感できなければ、その会社の仕事はしませんよ。(けっこう生真面目なので、稀に共感できなくてお断りした仕事もあります)。ですから、今回の3商品に限りませんが、自分のブログで取り上げている以上、紹介するからには紹介するだけの理由があるとご理解いただければ幸いです。
126年目の人気!「アサヒ飲料/三ツ矢サイダー オールゼロ」(PET500ml)
さて、早速1つ目。5月に発売された「三ツ矢サイダー オールゼロ」。皆さんは、三ツ矢サイダーがどのくらい長い歴史を持つか、ご存知ですか? 126年目です。126年ってスゴすぎませんか!? それだけロングライフであるのは、なぜなんでしょう。正解はわかりませんが、ウチの社員が言っていた台詞にヒントがあるのかもしれません。「『わ?、今日はもう、サイダー飲みたい』という日がある」と。味とシーンが、消費者にインプットされているのかもしれません。
皆さん、ご存知かもしれませんが、「三ツ矢サイダー」はアサヒ飲料さんの商品。「三ツ矢サイダー オールゼロ」のゼロの意味は、「カロリーゼロ」「糖質ゼロ」「保存料ゼロ」です。カロリーゼロでありながら、砂糖のような自然な甘さを味わえるのが、売りですね。同社のサイトでは「やってくれたね!」というようなお客様のコメントを読めますが、それらを読むにつけ、メタボに悩む方やダイエット志向の方たちのニーズに応えた商品だと感じます。実際、広報室の方の話によると、売上も好調で、反響が大きいようです。
ところで、数年前に、ユニクロが企業コラボシリーズのTシャツを出していたかと思いますが、なぜか、ワタシ、三ツ矢サイダーとのコラボTを持ってます。アサヒ飲料さんが当社のお客様になる以前だと思うのですが。不思議な和テイストで、なかなか良かったです。
美しさのヒミツは?「サンテファブリオ/ぷる 艶 ぜりぃ 京梅嘉」
2つ目は、当社がサイト制作に携わったサンテファブリオさんの「ぷる 艶 ぜりぃ 京梅嘉」。いわゆるナショナルブランドのような、超メジャー製品とはいえませんが、dinosを中心に、今、とても人気を博している美容食品です。
コラーゲンやヒアルロン酸といった人気美容成分はもとより、「ツバメの巣」などの高級食材を使っています。ではなぜ美容食品に「ツバメの巣」が使われたのか? 実は、本製品の開発には、京都上七軒芸妓の中でもその美しさで際立った存在として知られる梅嘉さんが関わっているのですが、「ツバメの巣」は梅嘉さんご自身の体験に由来します。梅嘉さんの美しさを知ると、その良さが腹に落ちてきます。「ツバメの巣」にはローヤルゼリーの200倍ものシアル酸が含有されている、と聞くと、さらに納得ですよね。詳しくは、こちらのサイトの「選ばれている理由」をご覧下さい。
そんな高級食材が使われているので、実は、お値段も必ずしも安くはありません。たとえば、28包で12,800円(税込)します。パッと聞いたら、特に男性は高いと思うかもしれません。
実は、ワタシも最初はそう思った記憶があります。でも、思えば、コラーゲンドリンクを毎日飲んだら月1万円ぐらい。月1回エステに行っても、1万何千円かするのは普通です。そうやって比較してみれば、決して割高ではないですね。かくいうワタシも、年齢が上がれば上がるほど、いったい月にいくらかけていることか。。。イヤ、これは必要経費、必要経費。。。ぶつぶつ。。。こんなグッドな製品を贈っていただき、グラスルーツの女性社員一同感謝感謝です。
独立したら両親に贈りたい「アマノフーズ」のお味噌汁
3つ目は、天野実業さんが「アマノフーズ」ブランドで展開しているフリーズドライの味噌汁シリーズ。今回はいろいろな味のものをいただいて、みんなで分けっこしました(写真は一番売れているという「茄子汁」)。「アマノフーズ」は、高級スーパーでの小売りとネットを含めた通販を中心に販売が展開されているので、どこでも買えるというわけではありませんが、個食需要の高まりやグルメ志向に比例する形で急速に伸びているブランドです。
一般に、個食対応の味噌汁製品には、フリーズドライのほかに、粉末タイプや生味噌タイプなどが各社から出されていますが、それらの中でも、フリーズドライは意外にその良さや他との違いが知られていない印象があります。言葉として「フリーズドライ」を聞きかじっているのと、その良さを理解しているのとでは違いますが、今はまだ「粉末」との違いを知る人も少ないなど、言葉として聞き覚えがある程度の人が多いのではないでしょうか。
フリーズドライの最大の強みは、出来立ての状態のまま、真空で冷凍乾燥されるので、色、味、香り、ビタミン類などの変化が極めて少なく、お湯や水を加えるだけで瞬時に元の食品に戻る点です。宇宙食になっているのも、そういった理由からでしょう。アマノフーズは「10秒で元に戻ること」を技術ポリシーに掲げており、実際試食してみると、本当にあっというまに、今調理されたばかりのようなみそ汁ができあがりました。しかも、「具」へのこだわりを持っているのも特長ですね(素材の良さや産地等)。
当社では、以前、試食したことがあるある社員が「これはおいしい」と実家の両親に贈ったところ、両親も気に入って、今でも継続して通販で利用しているというエピソードがあります。実際、ギフトとして受け取ったお客様がその後も継続される率はとても高いそうです。体験してその良さが納得できる商品なのかもしれません。
上記3点は、いずれも以下のネットショップでも買うことができます。もし、ご興味がおありでしたら、お試しください。
アサヒ飲料ネットショップ
「京梅嘉」ディノスサイト
アマノフーズネットショップ「美食宣言」
売上の位置づけ
こんにちは、小野です。
一昨日、ある一部上場企業の副社長とお会いしました。共感する話を伺ったので、簡単にご紹介します。
その方いわく、「ここ最近の景気の影響で、多少の業績の落ち込みはあるが、当社はガツガツと社員に売上を上げろというようなことを求めないし、当社はそうした文化ではない。むしろ、お客様に対して、きちんとより良い接客をして、来店して良かったと思ってもらうことだけを考えろと言っている。ちゃんと良い商品を作れば、必ず売上はついて来る」。
伺ったお話を要約すると、そんな感じのお話でした。
売上という要素をどうとらえるかは、経営者によって大きく2つに分かれます。行動は求めるが、売上は行動の結果ついてくるものという考え方と、売上のために行動を考えろという考え方です。
売上なんてどうでもいいと考える経営者などいません。でも、どうやって売上をつくるのかによって、会社経営は大きく変わってきます。
ワタシは、前者、目標値は立てますが、「売上=行動の結果」派です。ここでご紹介した事例も前者だと思います。ポリシーを売上より重視。これが前者の特徴です。
今は亡き人になってしまいましたが、ワタシはこういった考え方をシュガーレディの佐藤啓次郎社長(当時)に教わりました。
「自分は、社員や販売に携わるシュガーレディさんたちに、どれだけ売上を上げるかよりも、その売上をどうやって作ったのかを問いたいし、どうやって売り上げたかを重視するのがシュガーレディだ」。
その言い切り方に潔さを感じたのを今でもよく覚えています。そして、言葉だけではなく、実際、同社が売上ノルマのようなものをシュガーレディさんに課すことはありませんでした。
違う言い方をすると、それは長期的な目線と、短期的な目線の違いであるような気もします。間違いなく、「売上のために行動を考えろ」という経営の方が成果は早く出るでしょうから。
どちらの経営が良いのかを判断するのは経営者ではなく、お客様であったり、社員なのでしょう。
「ポリシー>売上」の経営思想がお客様からも支持されるのは限りない理想ですが、そんなに現実は甘くありません。でも、そうとわかっていながら、意思を貫くからこそ、それは「ポリシー」と呼べるのだと思います。
同じような考え方の経営者と触れ合える機会があるのは、ありがたいことです。ヨシ!このままこの方向性でがんばるぞ!と思えるので。
そういう意味で、ワタシにとっては貴重なひとときでした。
問い合わせフォームからのコンタクトについて
一昨日のことです。1カ月少々前に、このサイトの「お問い合わせ」フォームメールからコンタクトをいただいていた方に、返信が遅れてしまったことへのお詫びのメールを送りました。
言い訳するようで恐縮ですが、実は、これには理由がありました。受信担当者は複数名おりますが、マシンの入れ替えをしたときなどに、「サーバにメールを残す」という設定にしないと、一人だけ受信して、他の人が受信できないという状況に陥ります。そういったことが起きて、今回のメールは当社への入社希望者からワタシ宛に送られてきたものでしたが、ワタシが受信できていないことに誰も気づかず、たまたま最近の会話から未受信/未返信がわかった次第です。
■お問い合わせの全体的な傾向
「お問い合わせ」フォームからのメールには、大きく分けると以下のようなものがあります。
1)発注先候補者と考えている旨のご相談
2)パートナー希望(当方の受託業務の協力先としてのエントリーを希望。デザイナー、FLASHer、カメラマン、イラストレーターなど)
3)パートナー募集(先方の製品やサービスを使った協業提案と売り込み)
4)その他の売り込み(営業代行、人材紹介、etc)
5)採用関係の問い合わせ
■対応ポリシー
現在「お問い合わせ」のページにはきちんと書けていないのですが(なるべく早く手を加えたいと思っています)、この機会に当社のコンタクト対応ポリシー(というほどのモノではありませんが)をお伝えしておきたいと思います。
まず、基本的に、営業も含めて、ご連絡いただくことは歓迎します。
ただ、返信ベースで言いますと、こちらの興味のレベルと余力のバランスによって返信ができないケースもあります。どんなに余力がなくても、返信ぐらいしろよ!と思いますが、コンタクトの内容、時期やタイミングによって、できないこともあるのが事実です。申し訳ありませんが、その点はご理解ください。
また、フォームからのメールにつきましては、ワタシも直接受信しておりますし、他に3名のディレクターが受信しています。それぞれの判断から、返信について協議することもあれば、個人判断で返信する場合もあります。そのタイミングでアンテナにひっかからないと、申し訳ありませんが、スルーしてしまいます。
■お返事するよう心がけているのは、1)と5)+2)
それでも、お返事するよう心がけているのは1)と5)です。たとえ、その時点での状況がどうであれ、必ずお返事すべきと考えており、万が一数日経っても返信がなかったなら、おそらく今回の例のような「読めていない状況」が生じている可能性があります。原則48時間(営業日ベース)を目標に、お返事したいと思っていますので、1)または5)でコンタクトいただいたのに、48時間を越えて返信がないようでしたら、大変申し訳ありませんが、もう一度ご連絡いただけますでしょうか。
また、2)につきましても、なるべくお返事したいと思っています。特に、デザイナーの方につきましては、すぐにお仕事を依頼できるできないは別として、コンタクトは歓迎します。なるべく、作品事例がわかるものをネット経由で見せていただけますと、お会いしておいた方がいいかどうかの判断もしやすいので、ありがたいです。目下、さらにルートを開拓しておきたい分野はweb系のデザイナーです。
ワタシ自身が、他社にコンタクトしたときに何の反応もないとガックリするので、本来はコンタクトいただきました方全員にきちんと対応したいというのが本音です。しかし、実際、すでにできないことも多々生じていて、それが心苦しくて、ここにお知らせする次第です。
情報はウェルカムです。が、今回の例のように、ご連絡いただいたのに、お返事が漏れるケースもありますし、読まれたものの、状況からいってスルーされるケースもあります。上記をガイドラインにしていただき、問い合わせフォームをご活用いただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
麻生内閣解散とリーダーの意思伝達
おはようございます。小野です。
昨日、麻生内閣が解散しましたね。言うまでもなく、総理大臣といえば、国家の最高責任者であり、リーダーです。
話は飛ぶようですが、たまたま今日、社内のミーティングで来月提出するプレゼンテーションの打ち合わせを行っていました。そのメインテーマは大きく言えば、縦のコミュニケーション、もう少し説明を加えるなら、トップダウンによる意思伝達のあり方と、社員の意識についてでした。言い換えれば、人(社員)にとって「聞いた/読んだ」と「腹に落ちる」は、どう違うのかについてです。トップの意思が、耳や目からただ単に情報として入って来るのと、納得できるレベルにまで達するのとでは、大きな違いがあります。後者の次元に至るには、何が重要なのか、何がネックになりやすいのかと、そんな話をしていました。
こういうとき、グラスルーツの議論では、何かの事例を挙げながら、テーマを深堀していくのが常です。今回も、当社社内のコミュニケーションの事例に始まり、テレビで紹介されていた英才教育の事例、熱血青春映画の事例、共通の知人が語った言葉とその背景に見る事例などを挙げながら、人の心理やコミュニケーションといったものに対して、その本質に迫ろうと「あれは、なぜだろう?」「これは、なぜだろう?」と議論を交わしていきました。
結局、7つぐらいのハードルがあり(いや、8つだったかも。今はメモがないので正確なところは思い出せません)、そのどれかが欠けても、納得はされない。そんな結論に至ったのです。
今回の議論は、元々はクライアントマターでしたが、経営者の私にとって、大変参考になりました。私もトップとして、何か方針を発表したり、経過を伝達したり、当社のリーダーとして日々そういったことに直面しているからです。そして、ある時は「みんなの反応が悪いな」とか、また、ある時は「賛同を得られたような気がする」など、その都度反応を推し量りながら、コミュニケーションを進めたり、軌道修正したりしています。
そして、改めて思ったことは、「言った」「伝えた」と「腹に落ちる」は別のことであるということです。これまでも承知しているつもりではいましたが、「腹に落ちる」ようにすることがどれだけ大変なことをしみじみと実感しました。
麻生さんのやろうとしたことが正しかったかどうかをここで云々するつもりはありませんが、自民党員も、自民党国会議員も、そしてもちろん有権者も、日本のトップの目指すところを理解できなかったように思います。しかも、理解されなかった原因が「目指している内容自体」にあったのか、それを達成するための「方法論」にあったのか、「説明の仕方」にあったのかさえ謎です。そして、その越えられなかった見えないハードルの分析をせずに選挙に突入していく。それでは、国民との間に良い関係が築けるはずはありません。
そんな麻生さんですが、最後に、反省とお詫びを示しました。そこに、まだ救いがあるように思えました。
みなさん、選挙に行きましょう!
花火師への憧憬
こんにちは。小野です。
18日の土曜日も含めて、3連休だった方も少なくないかもしれません。多くの学校ももう夏休みに突入ですよね。ワタシの周りには教員の友だちが大勢いるのですが、「夏休みがあっていいね?」なんて言おうものなら、怒られます。最近の教員は夏休みでも学校に出ないといけないことが多いのだとか。これは、あまり知られてないような気がするのですが、ワタシが世間知らずなだけでしょうか。学校の先生たちの状況は、もっと外に向けて発信されるべきだし、ワタシたちも関心を持つべきではないかな、と思います。(教育問題は、日本の将来の礎なので。)
仮に先生たちの夏休みが本来の意味での休みであるなら、実は正直ちょっと悔しいし、うらやましくもあるのですが、でもいざ「イマドキは先生だって夏休みなんてないんだよ」と聞くと、複雑な心境になります。かつて、ワタシが中学生だったころ、英語の先生が海外旅行をして、その体験をワタシタたち生徒に話してくれたときに、ワタシはとても感動したのを覚えているからです。あのような感動のお裾分け、まるまる1カ月の休暇ではなくても、実現できているといいのだけど、実際どうなのかと気になります。
話が横道に逸れて染ましました。
今日、書こうと思ったのは、「花火」と「花火師」についてです。
週末、実家の近くで花火大会があり、年老いた両親から来ないか?と言われて、行ってきました。ワタシは、今は都内で暮らしていますが、川崎市の北部、多摩区の出身です。花火大会は、毎年、多摩川の川べりで開かれます。主催は対岸の調布市ですが、川崎市側の住民にとっても、大きなイベントであることは間違いありません。毎年約12,000発の花火が打ち上げられ、25万人の人出があるようです。
昨年は母が大けがをして入院していたこともあって、再び親子でこの花火大会に行けたこと自体、感動ものでした。写真は両親です。
でも、花火にはそういった次元とは異なるもっと普遍的な感動というものがあります。ワタシは、花火を見るごとに、変に多感な十代のような心境になって、毎年涙が出てしまいます。それは花火師の方たちの想いを妙に組み取ってしまうためだと思います。
ワタシがついつい想像してしまうのは、花火師の方たちが年に1度の花火大会のために、自分の「想い」「技」「アート的感性」をぶつけているのだろうな、ということ。この日のために、1年を費やし、勝負しているのだろうな、ということ。そんなことを想像して、花火を見ていると、放たれた花火の一つひとつのドラマや、それを作った人の想いを想像して、感動のあまり涙が出ます。もちろん、あくまで想像の世界なので、実際のことはわかりませんが、もし、そうだとしたら、なんとまぁ、カッコいい商売じゃありませんか。桜の花のような潔さだと感じてしまうワタシの感覚は、ちょっとまぁ、日本人的すぎますけどね。
でも、ワタシが思うに、観客もただの物見遊山で来ているわけではないのです。定番的な花火はただ「ほぉー」と眺めているだけですが、チャレンジングな花火や見たこともない花火を見ると、相手の存在が見えなくても拍手喝采となります。ワタシの前に陣取っていた家族は、その日打ち上げられた花火の中のある作品を目にして「ばんざ?い!」と声を上げていました。この家族の反応には、評論家のようなことは何もなかった。ただただ感動して出た言葉が「ばんざ?い!」だったのです。ワタシは、人を感動させたそのシーンを見て、感動が増幅されて、グッときてしまいました。
花火大会の終了直後、打ち上げに関わった人が対岸から赤いランプでメッセージを送ってきました。彼らは、無事に終わったことへの満足感からただランプをぐるぐる回しているだけなのかもしれませんが、こちらの岸にいた多くの人が携帯電話の明かりかざして、同じように腕をぐるぐる回していました。もちろん、ワタシもやりました!
年齢や性別を問わず、あらゆる人が楽しめるのが花火の良いところです。そんな娯楽は、あまり多くはありません。この伝統は途切れることなく続いてほしいと思います。
花火師の仕事に触発されて、あんなふうに人に感動を伝えられるように、ワタシもがんばって仕事をしたいと思いました。反対に、「あの人は打ち上げ花火だけは立派だけど、その後がねぇ?」と言われるような仕事はしたくないな、とも。
花火師のみなさん、ありがとう。来年も、楽しみにしてますので、よろしくお願いします!
ノミュニケーションで行こう!
昨晩は、当社の一番若手の女性スタッフとサシで飲みにいきました。 このページで紹介した「自分の仕事をつくる」という本を紹介してくれたスタッフです。
一昨晩も、社内で飲みに行ったのに、こう書いてしまうとなんだか飲みにばかり行っているかのようですよね。
(普通ならここでなんらかの言い訳をするところなのでしょうが)、ハイ、飲むのは好きです! でも、飲むのが好きだというのも、間違いではありませんが、ワタシはむしろノミミュニケーションが好きなのだと思います。
コミュニケーションの距離感を決めるは、オフィシャルな場なのか、セミオフィシャルな場なのか、プライベートな場なのか、なのではないでしょうか。社長のワタシが、いくらフランクにモノを言ってくれたらうれしい思ったとしても、世代の違う若い社員から見たら、距離があるのは当然で、社長との会話はオフィシャルな場だと思って構えてしまうのは、まったくもって理解できることです。
それでも、ノミミュニケーションの良いところは、回を重ねるごとに、少しづつ距離感が縮まっていく点です。(と、思っているのは、ワタシだけ?じゃないよ、きっと!)
人にもよるとは思いますが、コミュニケーションのさまたげになる遠慮は、立場の下の人にだけあるのではなく、上の人にもあります。社長でさえ、多かれ少なかれあるのではないでしょうか。
「言いすぎないように」とか、「言わない方がいい」とか、「言うなら今だぞ」などという心理は、何も下の人特有のものではなく、上の立場の人たちも恐らく図っていること。
そして、そんなふうに斟酌していたにもかかわらず、性格が禍して、「言い過ぎてしまった」「言えなかった」というようなことが起きます。オフィシャルな場はもちろん、飲みの場でさえも…。
しかも、最近の傾向としては、「誘いたいけど、誘うのは悪いかな」とそんな遠慮が上司/部下ともにある。上司の場合は、立場が上であるがゆえに、相手が断れないと悪い(押し付けがましい印象は避けたい)と、そんな心理が働くからなのでしょうね。お互いに遠慮してしまうと、会話をする場がなくなっていきます。人は人から刺激を受けて成長するのに、場が減っていくのはもったいないというものです。
ワタシは、立場の下の人から上の人を誘いにくいのであれば、「誘われることはウェルカムだ」というそこはかとないオーラを発信をした方がいいと思いますし、立場が上の人は遠慮せずに誘った方が、何かといいと思います。実際には、ワタシも遠慮したりしていますけど(笑)。
本当に誘われてイヤな人ももちろんいるとは思います。でも、誘われるということは、少なくても嫌われてはいない証ですから、そこに愛があることさえわかれば、それをイヤだと感じる人は少ないはずです。ワタシは、断然うれしいですね、部下から誘われるのは。
「誘われてイヤな人はいないはず」と、そんなふうに自信をもってコミュニケーションすれば、上司部下の断絶も、世代間の断絶も起きずにすむのかもしれません。「誘われるのがキライな人もいる」という脅迫観念、一度断ち切ると、コミュニケーションはもっと豊かになるような気がします。
今日は、金曜日。誰かに「飲みに行かない?」と誘ってみてはいかがでしょうか。
「紺屋の白袴」にならないために、ミッションの共有
おはようございます。小野です。
昨日、社内ミーティングで当社のミッションの話をしました。
お客様が本来持っている力や商品、サービスを光らせ、お客様とステークホルダーの間の共感や信頼、絆を育てる、そうしたことでお役に立つ会社でありたいというのが、ワタシたちの願いなのですが、とかく専門領域になればなるほど、紺屋の白袴になりがちなもの。ブランドコミュニケーション周りで仕事をしているワタシたち自身も、放っておくとそうなります。
会社というのは、有機物のようなもので、社歴の長い人もいれば、浅い人もいて、理念やミッションは、一度語れば根付くとうものではないから、根気よく語っていくことが大切なのですよね。
ある大企業の社長も、繰り返し同じことを言うことがどれだけ大切かを説いていましたが、そういった根気がないと社長業は務まらないのかもしれません。かくいうワタシ自身、頭ではわかっているのですが、実行は簡単とは言えません。
さて、今日もがんばっていきましょう!
脳が引き起こす固定観念。「赤くないとトマトではない」か?
こんにちは。グラスルーツ小野です。
前々回の記事で、ダイバーシティと固定観念の話を書きました。今日も、固定観念つながりで、小さな話題をひとつだけ。「脳」の働きと固定観念についてです。
先日、ラジオ「J-wave」を聴いていたら、青江覚峰さんという僧侶がインタビューされていいました。青江さんは、浅草で400年続く緑泉寺でお坊さんを務める一方、宗派を越えた活動を行うインターネット寺「彼岸寺」のメンバーの一員として、いろいろなイベントなども実施されている方だそうです。
おもしろいなと思ったのは、「暗闇ごはん」というイベント。ちょうどその時期に、ワタシがレストランで食べたメニューが同じようなものだったので、話がスッと腹に落ちました。
光のある場で、トマトを素材にして、コシたスープ状のものを出すと、人はそれが「トマト」であるとわからず、「きゅうり?」と聞く人が多いそうです。なぜなら、コシたトマトは赤い色がなくなって、透明になるからです。ところが、同じものを「暗闇ごはん」で出すと、ほぼ100%に近い人が「トマトでしょ?」とわかるのだそう。明るいところだと、人は「トマト=赤=赤くないものはトマトのはずはない」、こんなふうに感じるのでしょうね。
「脳」は、目から入る情報とクチから入る情報の両方を組み取って、そのバランスをとろうとするのでしょうが、なまじ情報源が増えると、既存情報/既存体験で補正する分、分析も間違えがちになるのかもしれません。
今年のゴールデンウィーク頃、東大のオープンキャンパスで視覚系の研究室のデモを見てきましたが、そのときも善くも悪くも人間の目や脳の補正機能には仰天しました。
けれど、そういった物事の認知が生理的に行われるからといって、誤認識を「脳みそ」だけのせいにするのは、悔しいものがあります。色が赤くないからと言って、トマトの場合もある。それを学習することで、先入観という壁を取っ払えたらいいですね。
人と人の化学反応サンプル:タキタリエさんの写真展のご案内
当社の非常勤取締役のタキタリエさんが、写真展「Friday Arvo」を開くことになりました。仕事でシドニーに滞在していた数カ月の間の、シドニーに対する「Love & Hate」を写真に込めています。左には動物の写真2点が並んでいますが、これはワタシの趣味です。動物切りではない写真も、もちろん展示されます。場所は、青山の隠れ家的なギャラリーです。もし、お時間が許すなら、ぜひ足を運んでください。
時 :2009年7月24日(金)、25日(土)、26日(日)
場所:ギャラリー SPACEKIDS(スペースキッズ)
住所:東京都港区南青山 2-7-9
交通:東京メトロ銀座線、半蔵門線、都営地下鉄大江戸線の
青山一丁目駅 5番出口ホンダとポーラから徒歩5分
写真を展示するタキタリエさんとは、インターネットの黎明期、ワタシが主催するある音楽サイトを通じて知り合い、それから早十数年が経ちました。こんな腐れ縁になるとは! 万歳、インターネット!
また、今回の写真展企画はワタシが昨年通った大人の学校「スクーリングパッド」の同期、きこさんの発案によるもの。人と人が動いて出会えば、必ず化学反応が起きる。このプロジェクトはその典型的サンプルのようなものだと思います。そんなわけで、告知をしつつ、もっとワタシも動かにゃアカンなと思った次第。がんばります!
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書き忘れました。タキタさんのflickrのアカウントは『superdry(スーパードライ)』です。
愛ブランド精神が源なので、アサヒビールさん、怒らないでください。
http://www.flickr.com/photos/superdry/
「ハーヴェイ・ミルク」と「アクセルホテル」で考えるダイバーシティのこれから
こんにちは。先日、クライアントからの電話を偶然ワタシが受け、そうしたら「ブログ読んでますよ。(ブログ100選)投票してますから、がんばってください」と言われ、気恥ずかしくも、妙にモチベーションが上がったオノです。みなさんのおかげで、「ビジネスブログ100選」の社長カテゴリーで登録時点より大きくランクアップし、ますますやる気が出ています。一喜一憂せずに、気長にやります。
さて、今日は、「ゲイ」ネタです。まじめに。。
先週末、DVDで「ハーヴェイ・ミルク(The Times of Harvey Milk)」を観ました。少し補足しますと、ショーン・ペン主演、ガス・ヴァン・サント監督の「ミルク(MILK)」ではなく、1984年に制作されたドキュメンタリー映画「ハーヴェイ・ミルク」の方です。ハーヴェイ・ミルクとは人の名前で、彼はアメリカで初めてゲイであることを公言しつつも公職(サンフランシスコ市制執行委員)に当選した人物です。しかし、結局は同じ立場にあったダン・ホワイトという人物にジョージ・マスコーニ市長と共に射殺され、生涯を閉じます。彼の功績は、ゲイのみならず、マイノリティ全般の人々の気持ちを吸い上げ、政治に反映させるために闘ったこと。そして、多くの人の信頼を獲得し、歴史を進めたことです。しかも70年代に! 彼の死の直後、ロウソクを灯して集まった群衆の様子がとても印象的でした。
このDVDは、アップリンクで公開されていた映画を観た一人の社員が「こりゃ、感動もの!」と思って購入したもの。ワタシにそのDVDを貸してくれたその人は、別にゲイではありませんが、何かを固定観念で決めつけたり、フェアでないことが嫌いな人。ワタシ自身もそうなので、彼女がこの映画に感動したのには納得します。そして、ハーヴェイ・ミルクという人物に今また脚光が集まっていること自体に、ある種のムーブメントの始まりを感じます。オバマ政権が誕生した時期と重なっていることとも無関係ではないような気がするのです。
DVDを観たのが先週末。その後、今度は別の社員から別の情報をもらいました。今、書店で売れている「小さな会社のブランド戦略」を出したスターブランド社の会報誌の話題です。ゲイフレンドリーホテル<a href="http://www.axelhotels.com/index.php?lang=en" target=_blank">「アクセルホテル」</a>が紹介されていて、そのホテルのコンセプトに関する話題でした。わかりやすくするために、ワタシはここで「ゲイフレンドリーホテル」と書いてしまいましたが、「アクセルホテル」のスタッフは逆に「ヘテロフレンドリー」と書かれたTシャツを着ているそうです。そこには、「ゲイフレンドリー」でありながらも「ゲイのための閉鎖的なホテルではありません」というメッセージを感じます。
さて。。。
ワタシは政治的な視点でゲイの権利について書きたいわけではありません。ここで書きたいのは、ワタシたちの中にある固定観念や社会通念についてです。社会通念は大人なら知っておくべきことだと思いますが、縛られすぎると幸せな社会は築けません。固定観念から解放されるためには、「自分なり」の尺度を持ったり、価値観や信念、疑問を持つことが不可欠だと思います。
ここで紹介した2つの事例から、幸い今、世の中は「開く」方向へ動き出しているような気がします。人種や宗教なども含めて(もちろん性別も!)、世界全体でダイバーシティが許容されるまでには、まだまだ時間がかかると思いますが、個人個人の意識が集まって社会が成り立っているのですから、自分の意識を開くために一人ひとりができることから変えていくことが大切ではないでしょうか。
みなさんは、どう思われますか?
コンペのあり方を考える(2)?発注先を人材採用試験のようにと考えると良いかもしれない
前回、企画コンペが増えているが、開催側にコンペ上手な企業が少なく、コンペ参加企業のモチベーションを下げている場合があることに目が向けられていないという趣旨のことを書きました。
この原因は、「コンペは参加企業にとって先行投資である」という認識が主催する企業の担当者サイドの間で弱いためではないかという気がします。200万円の仕事をするとして、20万円の利益のためにいくら投資すべきか、という問題が参加企業側にはあるのですが、それが意外に理解されていないのかもしれません。もし20万円投資して最大利益が20万円であるなら、本来その投資はバカげています。もちろん、どの企業も、その先の関係性で生まれる利益を加味して判断を行っているはずですが、まず単純な構図として、「20万円投資して最大利益が20万円」のコンペが行われていることに、日本全体の経済感覚がどこか狂っていると感じてしまいます。
しかし、現在の不況を考えると、みんなが「仕方ない」と受け止めています。ワタシ自身、エラそうなことを書いていますが、この点は悩みの種であって、「おかしい」「狂っている」では済まない、悩ましいテーマだと思っています。
(誤解を生んだかもしれないので、補足しますと、発注金額の桁が重要なのではありません。たとえ発注金額が30万円でも、利益が正当公正に出る仕事はありますから)
ワタシがこれから書くことはモラトリアムすぎるのかもしれませんが、敢てひとつの提案をします。
工業製品など製造分野の発注先選定と異なり、コミュニケーション分野の発注先選定では、もう少しパートナー選定という視点を加味した方がいいのではないでしょうか。案件ベースで、一案件ごとにより安くより良いものをという考え方をすることが間違っているとは思いませんが、コミュニケーション分野の施策、そしてその過程で必要となるツールの開発というのは、PDCAで育てていく性格のものだと考えます。
たとえていうなら、コミュニケーション分野の発注先を選定することは、社員を採用するのと極めて近いのです。
社員の採用というのは、企業にとっては発注先選定以上に重い選択なわけですが、その際に重視される共通事項は、恐らく潜在能力も含めた能力であったり、それを裏付けるための経験であったり、企業文化と個人の価値観のマッチングであったり、です。それらを、履歴書と採用試験と面接で読み解き、発注先選定などよりよほど重い決断であるのに、決断を下しているわけです。
価値観のマッチングは特に重要です。ワタシたちも仕事をしているときに、自分たちの強みも活かせて、お客様との相性が良いと感じることもあれば、期待されていることと、自分たちの本来の良さがかみ合っておらず、マッチングが悪いと感じることもあります。後者の場合は、双方にとってハッピーではありません。
能力をさぐるために企画コンペを開催することは採用試験でいう作文試験のようなものですから良いとして、でも作文試験の前に価値観が一致しているかを判断することがコミュニケーション分野の発注先選定では重要ではないかと感じます。それがズレているのならどんなに能力がどんなにあっても満足できる結果には至らないからです。
わかりやすく例えると、ブレイン志向(あるいは付加価値志向)の会社に低価格志向は合わないですし、低価格を売りにしている会社にブレインを求めたら合いません。両方が不幸になります。そういった交通整理がないまま行うコンペは、非効率ですし、誰も幸せになりません。
コンペの前に、マッチングフィルターに掛ける。これを提案したいのですが、みなさん、どう思われますか?
ニッポンの企画コンペ
このブログを書き始めて、2年が経ちました。継続はチカラなりと言いますが、実際、よく続けたよ、ワタシ! 誰も誉めてくれないので、自分で誉めてみました(笑)。そして、もっと自分のモチベーションを上げるために、こんなサイトに登録してみました。応援してくださる方は、記事下のリンクをクリックしてください。いいことすれば、いいことが起きますから!(ツボ売り商法じゃございませぬ!)
http://biz100.jp
さて。。。
今日書くことは、コンペのあり方についてです。多くの会社は、コンペ上手でない、ワタシはそのように感じます。いろんな会社に参加要請しながら、結果的には自社にとってトクにならないコンペをしているのでは?と感じることが少なくありません。
ワタシたちグラスルーツは、仕事の性質上なのか、コンペへの参加を要請されることは少なくありません。特に、ここ最近はコストダウンを図ることが企業の大命題となっているためか、あるいはコンプライアンスの問題からか、「コンペなのですが、出てもらえますか?」と言われるケースは増えているような印象があります。
一度も取引のない相手先から、コンペに招かれること自体は大変名誉なことだと思います。期待をしつつも、「どこの馬の骨かわからない」という気持ちが、クライアントサイドにはあって当然だと思うからです。
謙虚な気持ちで臨もうと思う一方で、疑問を感じることもあります。いったい何を競争させたいのかが不明瞭な場合が少なくないからです。
見積もりコンペなら、それはそれでわかります。その場合、要求事項が明白であってはじめて成り立ちますが、必ずしもそうでない場合も少なくありません。
また、企画コンペなら、予算の提示があってこそ成り立つのだと思いますが、これが意外に提示されないケースが多いのです。要するに、企画コンペと見積もりコンペが混在した形で、コンペを開く企業が少なくありません。もちろん、それにはそれなりの趣旨説明があって、「企画と費用のバランスで決めたい」、大抵このように説明されます。
しかし、たとえばコンペの主催者側が最大でも500万円の予算でやりたいと思っているときに、いくら良い企画でも1000万円の費用がかかる企画は通るはずもないのです。最大500万円、最大1000万円等、最大予算を示してこそ、企画コンペは成立するのではないでしょうか。
予算を提示しないことのデメリットは、現実感のない提案がまぎれてしまう可能性がある、という点です。もちろん、プレゼン費を出さない前提でコンペを開くのであれば、確かに発注サイドにリスクはないから良いのかもしれません。しかし、より多くの企業から現実感ある提案をもらってこそ、企画コンペを開いた意味があるというもの。予算オーバーの現実感のない提案をもらっては内容の濃いコンペにはならないと思います。それでも、予算を提示することに抵抗があるのであれば、プレゼンが終わった段階で、企画だけで良かった会社に順位を付けた上で、上から順に予算はこの範囲だが(この段階なら相対的な予算感がわかると思うので)、それで可能なのはどの範囲かとフィードバックをし、接点が見出せないなら、次の会社を当たる。これなら、まだ企画コンペとして筋が通っています。
予算を提示しないデメリットのその2は、コンペ参加企業のモチベーションの問題です。予算がわからないということは、要は腹の探り合いになります。本当は500万円の予算があるのに、「あれは、多分300万円しかない」と思われたら、おそらく最大でも10%、すなわち30万円の先行投資しか引き出せません。別の言い方をすれば、おざなりの企画を出す会社が増えてしまいます。コンペ主催者は、みんなが本気で企画を出してくれていると思っており、ところが実態は各社とも「おざなり参加」ということになりかねないのです。
何を要件とし、何をコンペしたいのか。オリエンテーションやコンペのやり方を間違えると、想像以上にその企業は評判を落としてしまいます(業界内で)。
ワタシたちグラスルーツは、コンペに出る側にもなりますが、最大の成果を引き出すコンペを開催するための支援業務も行っています。
たとえば、現在の課題を分析し、発注に際しての要件整理を行い、適切なオリエンテーションやコンペティションへつなげるアドバイザリー業務がそれに当たります。場合によっては、発注以降、すなわちクライアント側に立ったクオリティコントロール業務も請け負います。
いくら景気が悪くても、「発注してやるんだぞ!」という気配ムンムンなコンペには出たくありませんが、ちょっとしたオリエンミスのために本位ではなくそんな印象をあたえてしまう企業があるとするなら、そうならないためのコンペサポートをしたいと思います。しかし、それ以上に提案していきたいのは、コンペではなくマッチングという概念による発注先の選定方法です。これについては、また機会を改めて書こうと思います。

