アークを閉じる

今日のメルマガは、
と言っても、
メルマガ自体が最終回という訳ではありません。
とはいえ、ケジメはケジメです。
今日まで当社をお引き立ていただき、
本当にありがとうございました!
さて、昨晩、私は、「今、自分はアーク(Arc)
アークって?と思われると思いますので、
まずは、少しだけ私が学んだアークの話を紹介させてください。
アーク(Arc)というのは、「孤」のことですが、
12年ほど前にリーダーシップを学ぶため、
1年がかりの体験学習で、
そのときに学んだことの一つに、
「リーダーはアーク(Arc)を閉じなくてはならない」
物事や対話、あるいは体験などについて、
意識的に完了させることが大切だという考え方だったと記憶してい
誤解がないように補足すると、「アークを閉じる」というのは、
ただ単にタスクを終えるということではありません。
コミュニケーションや関係性、
リーダーがちゃんとピリオドを打つことの大切さを説くものです。
私たちは日々、身近な他愛もない会話や、
でも、ともすると、
誰にでもあるのではないでしょうか。
この中途半端な「未完了」の状態は人や組織、
だからこそリーダーはそうならないように、
それがこの「アークを閉じる」のコアなコンセプトだと思います。
かくいう私も、三、四十代の頃、
そのうちに熱が冷め、社員から「アレはどうなったのか?」
しばしばお詫びしたものです。
また、プロジェクトのような大きなことではなくても、
たとえば会議。
さっきの話題はどこで立ち消えたのかな?というようなことは、
多くの人が体験しているはずです。
開いたアークを、意図的に完了させることで、
周りのみんなが次のステップに向かって、
そして、この「アークを閉じる」
ちゃんと完了させるための対話をするなど、
関わった人たちのアークも閉じていくのだと思います。
そんな学びを思い出しながら、「今、
だとしたら、社員に対しても、
やっておこーっと。
さて、自分が始めたアークを自分で閉じようとする中で、
私は、社長であろうとなかろうと、自分の素直な好奇心に従って、
反対に、自己中心的な基準ではなく、
自分が信じることに対し、偽りなく行動してきただろうか、とか、
ずっとチャレンジできていただろうか、とか、
自己欺瞞や二枚舌に陥ることはなかっただろうか、とか、
臭いものに蓋をして、やり過ごしてきたことはなかっただろうか、
そう問いかけてみると、ほぼほぼイエスと胸を張れます(笑)
逆に言うと、
私は自分に100点はあげない主義(
でも、まあ70点ぐらいは与えても良いかな。
人生のアークも、日々のアークも、閉じたり、
社長のアークを閉じたからといって、
そんな心持ちで、
明日から、経営のバトンを岡崎に引き継ぎます。
新体制のグラスルーツも引き続きよろしくお願いいたします。
納得が行かないとき

昨日、社内で、コンテンツの企画をテーマとした
広報部門向け研修会のデモ兼テストを行ったのですが、
読み手の心理を探求するセクションで、
Q あなたが仕事をしていて気持ちが上がるのは、どんなときか?
反対に下がるのは、どんなときか?
人の欲求とモチベーションについて紐解くための一コマです。
テストに付き合ってくれた若手社員のKさんは、
自分が一生懸命考えたことに対してダメ出しされた理由に納得がい
気持ちが下がると話してくれました。
実は、
Kさんのように答える方は少なくありません。
私はその回答に興味があったので、
場の目的からズレてしまうので、そのままスルーしました。
彼に尋ねたかったのは、納得できないときに、どうするか、です。
実は、昨年からの採用面接で、
これはおかしいと思ったときなどに、
発言するかを尋ねるのですが、
場が気まずくなりそうだったり、
と答える人が圧倒的に多い印象です。
人間関係やコミュニケーションでの振る舞いの基準が「波風」
優秀そうに見えた20代の男性に、
「では、仮に侮辱されたとしたら、どうします? 飲み込みますか?」
と聞いたら、やはり飲み込むという回答でした。
当社では、
むしろ意見を言う人を採りたいし、
今までは発言してこなかったけれど、
意見を述べることや議論することを、なぜ多くの人が「波風」
面倒な人、空気を読まない人と思われたくない。
そんな心理が人を貝にしてしまうのかもしれませんね。
でも、せっかくの意見を場に出さないなんて、もったいないなぁ。
納得ができない場合も、多くの人はそれを飲み込むのでしょう。
この場合、単に波風だけが飲み込む理由ではなく、
それを言えない/言わないのは、
感情的になりそうなときに、
それ自体は、むしろ大人な対応と言っても良いと思いますが、
本当は納得できない対象は相手ではなく、却下された理由のはず。
その理由をきちんと聞く。どういう説明がほしいのかを言う。
普通のコミュニケーションとして、
だから、どうした?という話であるのを承知で、
思っていることがあるのに、飲み込む方が、腹に一物あるようで、
健康的ではない気がしますし、
あ、これは生理的なものだから「考え」ではありませんね笑
そして、その気持ちの悪さは価値観からくるものだと思うので、
何が正しいというのもない。
ただ、私がそういう人間だというだけのことです。
私にとっては、価値観であり、美意識であり、
あれ、そう考えると、これはやっぱり「考え」
いえ、もちろん私だって、
思っていることは常に言うというわけではありません。
でも、前提として、波風だとは思っていないわけです。
日本人が大切にしてきた「和」というのが、
波風を立てないことは、
というのは、調和というのは、意見の違いがあっても、
お互いを尊重しながら、
違和感があるときに、違和感があると述べる。
納得ができないときに、納得できないと述べる。
その先に調和があるような気がします。
なーんて書きながら、
という気持ちになってきました。
期末のせいか慌ただしい今日この頃であることを言い訳に、
乱筆乱文で失礼いたします。

