大切なことはハンドボールが教えてくれた
一昨日の土曜日、高校の部活(ハンドボール部)の4期合同OBOG会が開催されました。と、言っても言い出しっぺは私です。私は、神奈川県立多摩高校の出身。私たちが1年生だった時に2〜3年生だった先輩と、一つ下の学年の後輩たちに呼びかけたところ、35名が集まりました。全体の5割ぐらいの出席率です。よくまあ、縁が切れずに40年も繋がっていたものです。
多摩高の特徴は、同学年同士のつながりは強いのですが、縦のつながりは強いとは言えません。これをきっかけに期をまたいだOBOG会を創ろうという話になり、皆さん、とても楽しそうに帰って行ったので、開催して良かったなと思いました。
私が、今でもチームプレーっていいなと思う、その原点はこの高校時代の部活にあります。当時、私たちの代では神奈川県で2度優勝する程に強いチームでした。決して練習好きだったとは言えないのに、なぜ勝てたのでしょうか?
大きく分けると3つあり、それが私のチーム観の原点になっています。
1つ目は、絶対に勝つという気持ちが強かったこと。
2つ目は、厳しさと楽しさのメリハリがあったこと。
3つ目は、意志を示し合い、責任を果たし合うプレーをしたこと。
特に3つ目。あらゆる球技がそうだと思いますので、ある意味、当たり前すぎるのですが、つまりこういうことです。たとえばパス。
ボールをもらいたいときは、ボールを受けたい方向に向かって走ることで意志を示しますし、相手を走らせたかったら、走ってほしい方向にボールを投げて意志を伝えます。つまりパスとは、要求でもあるんですね。そして、両者の意志が一致しているとき、まさにあうんの呼吸のプレーになります。お互いに、意志を伝えた以上、その意志通りに責任を果たす。走ってほしいと要求するなら、当然相手の後ろにボールを投げてはいけないわけです。
ボールを貰った人は、またジャッジし、意志を示し、誰かと絡み合ってプレーをつくっていく。つまり、プレーの時間はコミュニケーションだらけなのです。そして、誰かと即興でいっしょにつくるプレーはとてもクリエイティブなものだとも言えます。
しかし、前半後半合わせて60分の試合時間の間、意志の示し合いと責任の果たし合いが、うまく機能し続けるというわけにはいきません。意思疎通が乱れ、要求通りに相手が動かないと、あるいは要求したのに、その意志とは裏腹のパスになってしまうと、パスミス、キャッチミスが生まれ、ボールは相手に移って行きます。
会社という組織でのチームプレーもまさに同じこと。意志を示したり、要求もしないうちから、「どうせ、わかってもらえないに決まっている...」と思い込んだり、「自分はこうします」「あなたにこうしてほしい」という意志を伴わないボールを投げてしまうのは、もはやチームプレーではありません。要求したのに、結果を見届けない態度も同様ですよね。あ〜大変。私はその何割ができているのだろうか?
意志を示し合い、責任を果たし合えるチーム。言うは容易く、行うは難しですが、そんなイケてるチームでありたいものですね。
9月も第2週に入りました。今週も良い1週間でありますように!