これからの日本の政治
おはようございます。グラスルーツ小野です。
衆議院議員の選挙結果は、事前に各種世論調査で言われていた通り、民主党の圧勝という結果となりました。
大きな歴史のうねりの中にいて、普通ならちょっとした興奮を味わっていてもいいはずなのに、そんな気持ちにならないのはなぜなのでしょう。アメリカの大統領選挙でオバマ大統領が最終的に選ばれたときは、よその国のことながら、日本の国民の多くはむしろもう少し大きな感慨を味わっていたような気がします。
それなのに、ワタシたちは、自国の政権交替が行われるという歴史的転換期にいながらも、なんだか冷めている。政権交替が実現できたからといって、決して希望を持てるわけではない、というのが大きな理由かもしれません。
今回、民主党に投票した人の心理は、大きく分けると3つに分類されるような気がします。
1)政権交替が行われる政治システムの必要性を感じて、民主党に投票。(システム確立への意思表示)
2)景気状勢や雇用情勢、その他、少子化や高齢社会に対する解決への期待値を基準に、比較論で民主党に入れた。(政策・成果への期待の意思表示)
3)民主党にも期待はできない。でも、自民党に入れたくないし、お灸を据えてやりたい。(現状否定の意思表示)
もちろん、そんなに単純に3つに分けられるのではなく、1、2、3が入り交じった人も大勢いると思います。ただ、1票に込めた思いの中心をどこに置くかによって、今後の民主党政治に対する評価の捉え方が変わってくると思うのです。
1番を軸にした人は、多少中長期的な視点で政権能力を評価することでしょう。
2番を軸にした人は、どちらかといえば、短期的に成果が出なければ、民主党はダメだと評価し、またしても失望することになります。
成果を早く感じたいのは誰でも同じです。でも、問題は評価を下すタイミングです。
来年は参議院議員選挙が控えています。もし民主党政権の成果に対する評価が1年間でNGとされたなら、また、衆参両議院の間にねじれ現象が起きてしまう可能性もあります。
確かに民主党は「官僚依存の利権政治との決別」を謳っていながらも、官公労が支持基盤のひとつになっていることなどもあって、本当に官僚機構にメスを入れることができるのか、という心配はあり、そういう意味では、さらにもうひとうねりが日本の政治には必要なのかもしれません。
でも、その前に思います。なんだかんだ、投票をしたワタシたちにも責任がある、と。早々にダメ出しするのは簡単ですが、総理大臣が毎年変わるような国は世界から信頼されるわけがありません。
どんな目線で民主党政治を観て行くのか、投票したワタシたちのスタンスが問われるのはこれからです。
「女社長2人、蒲田を行く」の巻
昨日はBet Beansの社長、出村さんと飲みました。行ったのは、京急蒲田の「やねや」(書き方はわかりません)です。出村さんが20代の頃からオーナーご夫婦に可愛がってもらっていた店で、もう40年も続いているのだそうです。
40年も継続させるというのは、とてもスゴい! その秘訣がどこにあるのか、本当のところはわかりませんでしたが、オーナーのお二人が、お客さんの話をよく聞き、何でも率直に話すからのように思えました。親子2代にわたって来ているお客様も少なくないとのことでした。今の世の中、ストーレートかつ素直なコミュニケーションをとる人が少なくなっていますが、一方ではそんな関係を求めている人が多いのかもしれません。
料理もお酒もおいしかったけれど、「人間力で40年」には学ぶものがありました。
さて、出村さんも私も女性経営者という意味で、世の中ではかなりマイノリティです。それでも、たまに同じような立場の女性に会う機会はありますが、女社長がみな同じ考えをしているわけでは、もちろんありません。そんな中で、出村さんの存在は私にとっては結構貴重です。二人とも、日頃、感じる疑問や壁、理想や考え方に似ているところがあるのか、意思の疎通がしやすいのです。
単純に言えば、まず二人とも理想主義者(っぽい)です。また、自然や宗教、宇宙というようなことも、どこかで自分とつなげて考えたりする、少し青くさいところも似ているのかな。社長業のむずかしさについて語るときも、あまり愚痴っぽくならずに、俯瞰した感覚で話をしているような気がしています。
久しぶりにお会いしましたが、良い夜でした。
ご近所の見知らぬ社長がいいこと、書いてました
こんにちは。グラスルーツ小野です。
今日は、朝から健康診断でした。胃のレントゲンでバリウムを飲んだせいか、どうも体調が万全ではありません。ですが、夜はビジネスパートナーであるBet Beansの出村さんと飲みに行く予定。早く、おなかよ、よくなれ?!
さて、ネットをさまよっていたら、ダーウィンスミスC&Cというモチベーションコンサルティング会社の社長ブログにいいことが書いてありました。私と同じようなことを考えているのだなぁと近しみを感じました。あ、会社の場所もお近くのようです。リンクをはっておきます。ではまた。
ビジョンを伝える言葉の威力
コミュニケーションの精度と言葉の概念
おはようございます。グラスルーツ小野です。
最近、胸にひっかかっていることがあります。
今、取り組んでいるマイプロジェクトが影響しているのか、あるいは8/18のブログに書いたように元々そういう体質だからなのか、最近知った「意味ネットワーク」(8/19ブログ)という概念が影響しているのかはわかりませんが、どうもビジネスで交わされている言葉の概念とコミュニケーションに、私は敏感になっています。
私たちは、知ったような顔をしていながら、実はお互いがまったく違う概念で会話し合っているんじゃないの?と。
たとえば、「企画」という言葉を使うとき、皆さんはどのような意味で使っていますか。定義は何かと聞かれたら、何と答えますか? これ、本当に知りたいです。
ついでに言えば…
「デザイン」って何でしょう?
「編集」って何でしょう?
「ディレクション」って何でしょう?
「ブランディング」って何でしょう?
「戦略」って何でしょう?
「戦術」って何でしょう?
「イメージ」って何でしょう?
実は、仕事上の日常会話で、これらは意外に深堀りして、会話されていませんよね。確かに、これらのワードは、目に見えないものであると同時に、お互いのバックグラウンドがまったく違うので、理解を擦り合せるにも限界があるのは事実ですが、本来、だからこそは極めて大切です。
一般的な言葉の理解ではなく、お互いの仕事観という文脈でこれらをどうとらえるかについて、もう少しだけ話す時間を取ると、ビジネスが実りのあるものになるのかもしれません。
そんな目線で、ミーティングに臨む必要を感じる今日この頃です。
刹那主義者も、ときにはコツコツ指向になるのさ
こんにちは。
グラスルーツ小野です。
週末は、少しストイックな感じで缶詰状態になり、原稿書きをしていました。
原稿書きに週末を潰すなんて、望んでやっていることではありませんが、有言実行という見地からすると(先週のミーティングで言ってしまった手前)、やらないのはちょっとどうなのよ、と思いまして。。。
我ながら、結構がんばりました。
社内の某ディレクターの分析によると、私は「刹那主義」なのだそうですが、最近はコツコツとなにかを続けることに喜びを感じるのも、また事実。
おかげで、2kgダイエットという目標も瞬間風速では達成し、低めに推移しているので、このままキープしたいところ。
ブログも「オノさん、狂ったように更新している」という巷のうわさをもろともせず、はい、狂ったように更新しております。コツコツ、コツコツ、です。
先週木曜日にギフトの平岡さん、西条さんと、ご飯を食べました。そのときの話で、平岡さんが「デザイン思考」という概念を紹介してくれたのですが、正直、まだ未消化です。
早速、アマゾンから「デザイン思考の仕事術」(著:棚橋弘季)を購入しましたが、まだ読んではいません。読み終わったら、また感想などを書きたいと思います。
今週は暑さも少し凌ぎやすくなるようですね。インフルエンザが猛威をふるっているようなので、お互い気をつけながら、今週も元気に行きましょう!
問題空間 - 人と人がわかり合うために
今日は初心貫徹。昨日の記事の続きで「問題空間」について書きます。
一昨日、食事をご一緒したイニシアコンサルティングの丹生さん(専門は経営計画などのコンサルティング)との会話で、そもそもどのような脈絡で「問題空間」が話題になったのかは、覚えていません。丹生さん曰く、「問題というのは、問題をどう定義するかによって、理解し合えたり、理解し合えなかったりする。理解し合うには、問題の定義を一致させる必要があるのだが、それにはまず、問題空間を一致させなければならない」。
ワタシも含めて、普通の人は、これだけ聞いてもチンプンカンプンになるだけですが、ここでも丹生さんは素人にもわかるように説明してくれました。
「たとえば、レストラン。お客が食べ残したお皿から、何をどう推論するか。お腹がいっぱいだったと捉える場合と、量が多過ぎたと捉える場合と、味が悪かったのではないかと捉える場合とでは、対策はまったく変わってくる。これが、問題の定義の段階。ところが、問題を定義する段階で、関係者が複数いると、それぞれが背負っているミッションも違えば、目的や目標、目標を達成するまでの時間感覚、コスト感覚がまったく違う。それが一致していないと、そもそも問題の定義がズレていく。各担当者はそれぞれのポジションからその問題を見る。だから、まず、問題を見る場合には、その空間を規定することが必要で、それを『問題空間』と言う」。
つまりは、何が問題か、それをどう解決するか以前に、どのような枠組みの中でその問題を捉えるべきか、先にそれについて議論し、コンセンサスをつくるべきだという考え方だとワタシ自身は受け止めました。一般的に起きがちなのは、議論は平行線のままで結論が出ないという状況です。これは、この話からすると、問題空間が違うから起きるのだろうと思います。
今日、問題を解決したい立場の人と、長期的に解決できればいいという立場の人とでは、問題の捉え方が違うのは当然ですし、売上にコミットしている人の文脈で問題を捉えるのと、顧客満足度にコミットしている人の文脈で問題を捉えるのとでは、物事の見え方がまったく違うのは当然です。
だからこそ、優先事項を擦り合せて「問題空間」(モノサシ)を先に一致させ、その中で議論するというアプローチが必要なのかもしれません。
と、同時に、これは人と人がわかり合うために、お互いの文脈を一致させるプロセスでもあるので、わかり合うべき相手の「意味ネットワーク」(昨日の記事をご参照ください)を理解したり、想像したりすることも、必要なのかもしれません。これは、「言うは易く行うは難し」ですが。
昨日書いた「意味ネットワーク」について、丹生さんからメールが届きました。
「意味ネットワークも単にリンクするだけでなく、『a dog is an animal.』とコンテクスト化?にすることで、『an animal is a dog.』ではない!という区別ができますので、リンク+文脈あるいは文意が大切だということになりますね。(中略)。やはり、isとか、haveとか、という動詞で結びつけることは大切だということが再認識できました」
つまり、文脈、あるいは連想上/意味上の矢印関係が人間の理解においていかに大切か、を示唆されているのでしょう。
さて、ワタシはどの程度、スタッフとわかり合えているのでしょうか。問題空間という視点で、もう一度日常を振り返ってみたいと思います。
丹生さんのブログ「問題空間でほとんどが決まる」へ
人工知能とブランディングの不思議なつながり:意味ネットワークとは?
おはようございます。グラスルーツ小野です。
さて、昨日は、イニシアコンサルティングの社長、丹生光さんと食事をご一緒しました。丹生さんとお会いするのは、実は今回でまだ3度目です。仕事でも、プライベートでも、ちょっと個性的で刺激のある人と出会うと、なんだから楽しくワクワクするじゃないですか。その山が、極々初期に訪れる相手もいれば、しばらく経ってからくる相手もいると思いますが、ワタシにとって丹生さんは前者でした。ワタシが言うのも失礼かもしれませんが、滅多に出会えないような天才気質の方だと思います。
丹生さんは、ワタシの知らない概念を次から次へと語りながらも、知識を自慢するわけではなく、専門的な話でも噛み砕いて話してくださるので、とても楽しく有意義なひとときでした。
昨日の話題の中で、とてもおもしろかった話を紹介したいのですが、それを絞るのは大変! でも、一番おもしろかったのは「意味ネットワーク」と「問題空間」の話でしょうか。なので、今日は「意味ネットワーク」について書き、明日その続きで、「問題空間」について書きます。
「意味ネットワーク」も「問題空間」も、人工知能の話と関係しています。エンジニアだった20代の一時期、人工知能に興味を持って勉強したのだとか。
「意味ネットワーク」が出てきたときの会話の流れは、当社の業務領域→コンテキスト・デザイン→「コンテキスト・ブランディング」という本→人の記憶のメカニズム→意味ネットワーク。こんな感じです。
さて、ここで言う「コンテキスト・ブランディング」という本の正式タイトルは、「ブランド戦略シナリオ―コンテクスト・ブランディング」(阿久津聡/石田 茂 著、ダイヤモンド社 刊)です。その本の中には、ニチレイ「アセロラドリンク」のブランディングの話が紹介されていたので、ワタシが話の流れでその概要を伝えました。
要約すると、アセロラと聞いてビタミンCを連想できる人は多いが、ビタミンCと聞いてアセロラを連想する人は少なく、多くの人はレモンを連想する。そんな課題をどう克服したかの事例が書かれていた、と。
それに対して、丹生さんがフィードバックしてくれた話が「意味ネットワーク」でした。
人工知能の世界では、30年以上前に、意味ネットワークという概念が確立されていたそうです。それが何かといえば…。人が言葉の意味を理解していく時の脳のメカニズムを解明し、人工知能に応用しようという考え方が根底にあり、コンピュータがデジタルに理解できる知識体系をつくるために、言葉と言葉の連想関係を相関図で表したもの…? ワタシはそのように理解しました。
詳しくは、丹生さんのブログとコトバンクも参照してください。
意味ネットワークについて説明してくださる中で、乳幼児が言葉を最初に覚えるときの例が挙がりました。
乳幼児が最初に犬に触れたとき、おかあさんは「あれは、『わんわん』」と教える。すると、子どもは『ワンワン』は、(1)四つ足、(2)毛むくじゃら---と覚える。ところが、四つ足イコール『わんわん』ではないし、毛むくじゃらイコール『わんわん』でもない。
そして、またその乳幼児が初めて猫に出会ったとします。最初は、(1)四つ足、(2)毛むくじゃらなので、子どもは最初は『わんわん』だと思ってしまいますが、再びお母さんが「あれは、『にゃーにゃー』」と教える。すると、子どもは、差分の知識(犬と違って、しっぽは振らない等)を蓄積して、『わんわん』と『にゃーにゃー』の違いを理解し、記憶する…。
ブランディングで、相手に何かを理解してもらうには、意味ネットワークを描くといいのかもしれない。そんなお話でした。
さて、もしそうであるならば、ワタシのクライアントが『わんわん』で、その競合が『にゃーにゃー』であるなら、「『わんわん』はしっぽを振る」のみならず、「しっぽを振るのは『わんわん』」を認知してもらうためにどうすればいいか、知恵を出しますよね。
あー、勉強になった! 明日は、続きで「問題空間」について書きます。以上、ワインを飲みながら思わずメモをとってしまった小野からのレポートでした。
言葉のチカラを信じる会社
おはようございます。グラスルーツ小野です。
最近、ワタシがよく感じるグラスルーツの特徴に「言葉のチカラを信じる会社」というのがあります。こう書いてしまうと、なんかカッコよすぎるのですが、実際はそのためにやっかいな面もあります。
「言葉のチカラを信じる」ということは、最適な表現、最適なコミュニケーションを常に考えるということですから、普通の会社なら流してしまうようなことでも、流すことができない体質であることを意味します。ちょっとしたことであっても、ちょっとしたことと思わずに時間を割くのです。
たとえば。
クライアントから「この商品がオンラインショップで売れている。多くのお客様が購入してくださるのだから、その良さを他のお客様にも伝えたい」とか、「営業部門のあるチームが、この取り組みで成功した。全社的に共有したいので、社内報で取り上げたい」と言われたとします。
これに対して、私たちはたとえば10通りぐらい伝え方をシュミレーションします。そして、どれが一番クライアントの意図に近いのかを探ります。
もちろん、私たちは決して不器用なわけではないので、そんなことをしなくても、ただ単にコンテンツを作ることは可能です。
ところが、何をどんな風に伝えるかによって、読み手の読後感はまったく変わってきます。「情報は伝わったが、狙った通りの読後感にはならなかった」では意味がありません。だからこそ、読後感の目盛りをどの辺に合わせるのか、そこにエネルギーを注いでいるのです。
また、情報整理と情報伝達をどう行うかという点でも、時間を費やします。たとえば…。そうですね、裁判員制度が始まったので、裁判に例えてみることにしましょう。
仮に、みなさんがレポーター(記事の執筆者)であるとして、裁判の判決をレポートするとします。被告人にABCの3人がいて、結果的事実が、
A:懲役3年
B:懲役3年、執行猶予5年
C:無罪
だったと仮定します。この情報をレポートする場合、みなさんならいくつぐらいのパターンを思い描きますか。
経験値から言って、言葉のプロフェッショナルか、よほど言葉に対して繊細さを持つ人でない限り、多くの人は、「被告人Aは懲役3年、被告人Bは懲役3年+執行猶予5年、被告人Cは無罪でした」の1パターンしか思い描かないのではないかと想像します。「そんなことない」と思った方は、恐らく言葉に対してプロフェッショナルに近い繊細さを持つ方なのではないでしょうか。
さて、この情報の伝達の仕方。実際には、いろいろな方法があります。「AとBは懲役3年の有罪。Cは無罪。ただし、Bは執行猶予5年となった」とまとめることもできれば、「被告人Aは懲役3年の実刑判決。無罪であった被告人Cはもちろん、被告人Bも実刑判決を免れ、執行猶予5年となった」とまとめることもできます。
重要なのは、伝える狙いをどこに置くかです。さらには、それ以前に流れていた情報をどう捉えるか等によっても、他にもたくさんのまとめ方があることでしょう。Cの無罪確定が世論の予想に反していた場合などは、同じ事実でも発信の仕方はまったく変わってきます。
こんな非日常的事例を挙げても、あまりそぐわないのかもしれませんが、実際、幅広いシュミレーションをして、ストーリーを選択しているということ。そんなワタシたちの心意気をお伝えしたいと思いました。
しかも、ワタシたちの言葉に対するこだわりは、何も請け負った業務に限ったことではなく、社内のコミュニケーションでも同じです。対話の中で相手が使っている言葉の意味や定義を、一語一語確認しながら話を進めたり、反対にそのプロセスがなく話が進むと「耳では聞いたが、腹に落ちない」ということが起きます。
悪く言えば、そうですね、「面倒くさい会社」です。
でも、そんな面倒なことにこだわりを持っているから、グラスルーツはグラスルーツなのです。そして、それは恐らく社長であるワタシ自身がそういうタイプだからなのでしょうね。
グラスルーツは、言葉にこだわるがゆえの「面倒な会社」です。でも、そこに他社との違いが隠れているとワタシは思っています。それをお客様から価値と感じていただけるようにならないとダメですね。
コミュニケーションの基本はやっぱり言葉。言葉のチカラを信じる会社でありたい。この思いは変えようがありませんね。ではまた
1年前を振り返ってみました
こんにちは。グラスルーツ小野です。
8月もあと半月で終わりですね。去年9月のリーマンショックからまもなく1年が経つんだな?と、そんなことを思ったので、1年前にどんなことを考えていたのか、ブログで振り返ってみました。
以下は、昨年の7月と8月に書いた記事タイトルです。
<2008年8月>
2008.08.20 「小野真由美 かわいい」!? +SEOのススメ
2008.08.19 日本女子サッカー準決勝:「あきらめない」の価値
2008.08.18 ご存知ですか? せん妄症と認知症
2008.08.13 複雑性:おぼえやすさとわかりやすさの違いとは?
2008.08.04 バランス力とルーレットの効用
<2008年7月>
2008.07.24 感情移入の不思議
2008.07.14 リーダーに必要な3つの気質
2008.07.07 媒体露出とブランドコミュニケーション(その2)
2008.07.03 媒体露出とブランドコミュニケーション
そうか、去年の8月は北京オリンピックがあったのですね。すっかり記憶の彼方に遠ざかっていましたが、読んでみて、いろんな記憶が甦ってきました。しかも、去年は母が骨折した上に、せん妄が発症し、個人的試練の年でした。
mono-log(モノログ)というブログタイトルは、ワタシの脳みそ整理の記録(mono=m.ono)という意味で名付けたのですが、自分が1年前に考えていたことをこうやって読み直してみると、自分らしさや自分の変化の再確認などの意味で役立ちますね。振り返ったときに、1年前の脳みそで考えたちっぽけな一粒一粒が愛おしく思える。
1年が過ぎるのが、あまりに早く感じられるとき、自分が進んでいるのか、いないのかがわからなくなって、自分自身に苛立ちを感じたりすることがありますが、思考の記録を辿ると、まんざら足踏みしていたわけではないと気づきます。
今年の7月頃から、ホボニチ更新をしています。記事内容からではなく、更新頻度から読み取れるワタシの内面的変化ですね。また1年後に振り返ってみたいと思います。
父の兄弟会@蓼科
昨日、書きませんでしたが、今週の日曜日から月火と休暇をもらって、蓼科に行ってきました。ワタシの父は男ばかり、父も含めて4人兄弟です。その兄弟会のような催しが年1回あって、母と共に行ってきました。
4人兄弟の一番下の弟、ワタシから見ると叔父は、ワタシが尊敬する経営者の一人。ある企業でサラリーマン社長をしています。
この叔父がおもしろいのは、ギラギラとした野心的なキャラクターではないという点です。かといって、それはおとなしいという意味とも違い、これはおかしいと思えば、上司だろうが誰であろうが言っていくような性格です。そんな人物を社長に登用するのですから、その会社の懐が深いのかもしれません。
そんな叔父が話してくれたことで、経営者のはしくれのワタシが「なるほど」と頷いた話が2つありました。
1つは、「何よりも社員の声を聞くことに重きを置いている」と語っていた点。片や何千人、片やわずか7名の会社ですが、ワタシもそれは大切にしているので、ヒエラルキーがまったく違うとはいえ、その姿勢には共感しました。ある意味、「聞く耳遺伝」のようなものがあるのかしら?とも思ったぐらいです。
もう1つは、ダイバーシティ(多様性)について。2年ほど前に着任した自社の女性の管理職の数の少なさに疑問を感じていて、改革をしている、という発言。
ダイバーシティへのアプローチは企業によって多少異なります。少子化(人口減少)への対応策としてとらえる企業もあれば、CSR的な視点の方が上にある企業もあるようです。
でも、叔父が言ったのは、もう少しワタシの感覚に近いというか、女性的というか…。ただ単純に、世の中、男女半々なのに、企業だけが男性中心の役員構成、管理職構成であるのは不自然だし、どうなんだ?と思う、と。
ワタシは、ダイバーシティの推進は、戦略であるよりも、生理的感覚で行われてこそ成功するのではないかと思っているので、叔父の意見には100%賛成しました。
叔父が大学生で、ワタシが小学生だった頃は、同じ家で暮らしていました。当時も、親とはひと味違う存在として、子どもなりにいろいろなことを教えてもらった記憶がありますが、今は今で、勝手にいろいろ勉強させてもらっている感じです。
身内のことなのであまりストレートに賞賛するのもどうかと思いますが、叔父はワタシにとって、ベンチマーク的な存在。経営者としての叔父の「柔軟性」と「客観性」、そして「バランス感覚」に、ワタシは敬意を抱いています。
願わくば、ワタシも、そのDNAの一部を共有していたいものですし、仮にDNAがないとしても、それらはトライ&エラーで身につけたいと思います。
がんばろっと。
社長の写真
こんにちは。グラスルーツ小野です。
お気づきの方もいるかもしれませんが、ワタシの写真、変わりました。ウチの某ディレクターが汗びっしょりになりながら、撮ってくれた写真です。
撮影の前日は、また別のディレクター陣が服はこれ、アクセサリーはこれと選んでくれました。そんなわけで、この写真は、着せ替え人形のように服をとっかえひっかえし、彼らの意見に委ねた結果の集大成! ま、こんな舞台裏の話をブログに書いたら、彼らにおこられちゃうかもしれません。素材の善し悪しはともかく(良いに決まってるねん!?)、ワタシは気に入っています。
最近、思うのですが、社長の写真は重要ですね。というのは、当社では今、当社のコンサルをしてくださる方を探しており、先週、集中的に何人かの方とお会いしました。アポを申し込むにあたって、情報を得るのはやはりネットです。ネットで、まずはコーポレートサイトを見て、そのサイトから受ける会社の印象と代表者の顔写真から受ける印象で、候補にするかどうかを判断するのですが、写真なんかでわかるわけはないと思いつつも、ついつい「この方はこんな人柄なのでは?」と想像していることに気づきます。もちろん、厳密に言えば、顔写真だけではなく、ブログの記事の内容なども参考にしてはいますが。
「人間、外見ではない」という意見はもちろん正しいのですが、「なんだかんだ言っても、外見で判断されている」と言われるのももっともだと思いました。
日本の企業は、全般的に、すました写真を使う傾向がありますね。
トップと撮影責任部署との間で、その写真の意味をすり合わせずに、いきなり撮影してしまうからかもしれません。あるいは、撮影責任部署の担当者にとっては、社長に対して、モノ申すことが憚られるという意識もあるかもしれません。「ネクタイを複数持って来てください」とは言えても、「笑顔が大切だから、笑顔でお願いします」とは言えない、というような。
よほど撮影慣れした方でない限り、写真を撮られるのは誰でも緊張するもの。だからこそ、自分に期待される役割をしっかり伝えられた方が、「構え方」や「取組むスタンス」がわかってやりやすいと思うのですが、いかがでしょうか。
さて、そんなことを考える時期だったので、いざ、自分の写真を撮り、選ぶとなると、責任の重みをずっしり感じました。
ワタシは、どちらかというと若い頃から、第一印象でトクをしたことはあまりありません。ビジネスでも、プライベートでも、そんな感じです。
そして、親しくなった後に、「初めて会った時にどんな印象だったか」という話題になると、大抵は「最初はとっつきにくそうだと思った」など、マイナススタートだったことが判明します。
けっして喜ばしいこととは言えませんが、マイナススタートということは、後は上って行くだけだと考えると、それも悪くないなと思います。(なんて、ポジティブなワタシ!)
コーポレートサイトや会社案内パンフで使う社長の写真。その会社らしさや、その人らしさが少しでも伝わるものだといいですね。
矢沢永吉の素直さ
矢沢永吉が9月で60歳になるせいか、最近露出量が増えているような気がします。ミュージシャンとしての矢沢永吉との出会いは、資生堂のCMで使われた78年の「時間よ止まれ」が出発点で、キャロル時代の印象はあまりありません。
20代の頃、誰に借りたのか「成りあがり」という自伝的な本を読んだ記憶があります。読んでみて、この人は案外地に足がついた人、案外開けた人だと感じた記憶があります。
最近、ラジオに出演しているのを聴いて、同じような感想をまた持ちました。言葉の一つひとつはうる覚えなのですが、要約すると…。
「渋谷陽一に野外フェスへの出演を誘われて、最初、オレは自分のコンサートもやっているし、人と一緒のライブは俺の場所ではないと思ったが、『今の若い人はロックの王である矢沢永吉を知らないよ、わからせてやりたくないか?』と言われて、その気になった。そして、出てみたら、すごい反応で、自分もびっくりしたし、出てよかった。世界を自分で閉じていたオレは馬鹿だと思った」
こんな意味合いのことを語っていました。
素直ですよね?。60歳ですよ。プライドが先に立った人なら、こんなことは言いません。
年齢が上がれば上がるほど、人はプライドを身にまといがちですが、素直に生きている人には、何歳になっても成長できる強さがあります。
プライドと柔軟性の関係、どうすれば柔軟性が維持できるのか、心理学者や脳学者に聞いてみたいもの。ワタシも、矢沢永吉に習って、素直でありたいと思いました。 プライドより素直さを!
「フェア」であること
エコカーの実験を国土交通省が行ったというニュースをテレビで観ました。エコカーは、従来の自動車に比べて、音がしないので、視覚障害や聴覚障害の方たちにとって、恐怖になっていることから、実際、どのくらい知覚しにくいのかを調べたり、どうすればより良いエコカーになるのかの検討材料を出すために実験は行われたようです。
「騒音公害」という言葉があるように、エコカーが騒音を出さないことは、大多数の人たちにとっては良いことであるはずですが、それをもって少数の人たちの気持ちを無視して良いということにはなりません。ましてや、これからは高齢社会です。ワタシの父もそうですが、大分耳が遠くなってきました。恐らくエコカーではないクルマが後ろから近づいてきても、気がつかないのでは?と心配しています。
ですから、少数派が安心して暮らせること(何らかの音を発するクルマにすること)を満たした上で、多数派にとっても騒音と感じない心地よい音をクルマに搭載してほしいと思います。信号機に使われている「カッコー」や「ピヨ」や「通りゃんせ」である必要はないはずです。
そうしたことに上手に配慮した上で、多くの人が納得できる(あるいは、反発を感じない)社会になるといいですね。
今日、うちのスタッフとの雑談の中で、ダイバーシティ(多様性)が話題に上りました。クライアントの社内的動きでもあったからです。ダイバーシティというと広過ぎますが、今日話したのは、特に企業における女性登用の取り組みにについてでした。
チカラのある女性の活用に関しても、エコカーと同じようなアプローチが必要だと感じます。企業サイドにおける80年代的な企業イメージ向上目的(単なるカッコつけ)のための女性の登用であったり、女性サイドにおける60年代的フェミニズムを叫ぶのではないやり方、すなわち多くの人がフェアと感じるやり方で、企業のダイバーシティが進むことを望みます。
キーワードは「フェアであること」。これは、これからの社会、これからの企業のあり方を考える上で、とても大切なキーなのではないでしょうか。
6年経ったか...。
おはようございます。小野です。
昨日は、社内のディレクターとサシ飲み。相手は、当社の中で一番社歴の長いスタッフで、ワタシの見えていないことをよく指摘してくれる存在でもあります。
ワタシと彼女は、多分パッと見の印象も、それぞれの性格も、社内の人から違うタイプだと思われていて、実際違うのですが、何かこうとても本質的な一点で通じ合うものがあると感じます。考える道筋はまったく違うのだけれど、出す答えは一緒であるというような。
それでも、考える道筋が違うと見えるものが違うのでしょうね。ワタシが見えていないことを指摘できるのは、通る道筋が違うからだろうと思います。
昨日も、6年前に彼女が指摘してくれたことが話題に上がりました。当時、彼女が意見してくれたことをワタシはわかろうとしたのですが、当時はどうもよくわかりませんでした。でも、今は、よくわかります。それどころか、現在ではワタシの一番の問題意識になっている。部下の方がよほどワタシより進んでいて、ようやくワタシがそれに追いついた、そう言って笑い合いました。よくもまあ、6年も辛抱強くワタシにつき合ってくれたものです(笑)。
社歴の長い短いはさておき、社員がワタシに気長につき合ってくれるだけでなく、意見を言ってくれるのはありがたいことです。
今回のサシ飲み相手の女性ディレクターはもちろんですが、ある意味、みんなワタシのご意見番でいてくれています。(こんなに聞く耳を持って、エラいよ、ワタシ!)
さて、6年前から現在にかけて、ワタシの頭の中で、ゆっくり熟成して今に至っている事柄もあれば、昨日、今日、明日という短いサイクルの中で、ぐるぐると思考が巡って、昨日は「点」であったものが、2日後には「球」になり、さらに1週間後には2つの球で「島宇宙」を作っていると例えたくなるような、1日単位での思考の変化(イヤ、成長です!)もあって、ついて来る社員も大変でしょうが、ワタシ自身も自分について行くのが結構大変です。
みんな、こんなワタシについて来てくれてありがとう!?ってキレイにまとめたいところですが、上手取り好きのワタシは…。
何を言っても怒られない会社なんて、そうざらにないぞ!ココロせよ!と言って終わります。

