ディレクターの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーです

ブログ:2014年8月

スタッフの阿部が日々の気づきをつぶやくコーナーアベログ

先日、テレビをつけたら、2007年に公開された映画
『グッド・ウィル・ハンティング』が放送されていました。
この年のアカデミー賞脚本賞を受賞し、
今月初めに亡くなったロビン・ウィリアムズが助演男優賞をとった作品です。


この映画、公開された時も観たのですが、
その後、テレビで放送される度になんとなく観ていて、
今回も結局最後まで観てしまいました。
故ロビン・ウィリアムズ、
そして主演したマット・デイモンの演技がいいこともあるのですが、
やはり、ストーリーがよく出来ているので、
ついつい最後まで観てしまうのだと思います。


この映画の脚本は、当時大学生だったマット・デイモンと
幼なじみであったベン・アフレックが共同で執筆しています。
あるインタビューで、当時の執筆作業について
マット・デイモンはこう語っていました。


「僕たちはハリウッドを夢見て脚本を書いていました。
共同で書くのは大変なように思えるけど、
むしろ、おもしろいくらいどんどん書けた。
2人でどんどんアイデアを出して。すごく楽しい作業でした」


今や大スターとなったマット・デイモンですが、
脚本は今も書き続けていると言います。
その理由がおもしろいのです。


「今の僕の人気は奇跡だと思っている。
そんなに長く俳優としての人気が続く訳がないと思っています。
だから、いつ売れなくなってもいいように、脚本を書き続けているのです。
もちろん親友のベン・アフレックとも連絡を取り合いながら」


謙遜だとは思いますが、しっかりしているなあと思いました。
マット・デイモンのことを書いているインタビューを読むと、
必ず目につくのが「謙虚」、「飾り気がない」という言葉。
大スターとは思えないほど、周囲への気遣いがすばらしく、
礼儀正しいのだそうです。


産経新聞の文化部で映画の取材に携わっている戸津井康之さんが
こう書いていました。


「国内外問わず、映画監督や俳優を取材してきましたが、
第一線で長く活躍する俳優の特徴は、
やはり、礼儀正しく、誰からも好かれ、尊敬されていることです。
映画製作はチームプレーです。いくら売れっ子でも、
次もまた是非一緒に仕事をしたい、と思われる人でなければ、
長く活躍することはできません」


やはり、人と人のつながりですね。
いくら才能があっても、いくら仕事ができても、
「あー、あの人とはもうやりたくない」と思われるようでは、
活躍し続けることはできませんね。
だからと言って、媚を売るような礼儀正しさはすぐにバレてしまいます。
その人の魅力として自然に備わっているものでないと。
「あ、あの人今日は何だかご機嫌とってるね」などと思われてしまいます。
結局は普段の行いでしょうか。ああ、怖いですねえ。


今週から、マット・デイモンが脚本と製作に関わり、主演をしている
『プロミスト・ランド』が公開されているようです。
子どもたちの夏休みが終了したら、観に行こうと思います。

子どもの頃、吹き替え音声の外国映画を見る度に、
外国の人ってなんて横柄なんだろうと思っていました。
初対面だと思われるインタビュアーに話しているのに全然敬語を使わない。
「僕は◯◯だよ。だって、そうだろ。△△なんだから」というような、
日本人はあまり使わないような表現で、とてもフランクに話しています。
インタビュー中、足を組んで座っていたりするので、
なおさら、なんだか失礼だなあ、という印象でした。


大人になるにつれ、英語には敬語や丁寧語などの細かい言い換えがないこと、
そして、あの吹き替えの日本語台詞を作っているのは、
翻訳家だということがわかってきました。


翻訳家は、たぶんその人の喋り方や雰囲気で、
どういう口調の日本語を喋らせるのか決めているのだと思います。
でも、どうして大半があの口調?
まじめな内容のインタビューをのぞくと、
だいたい「私、◯◯なのよ。最高でしょ?」という感じの日本語。
外国人は日本人よりフランクだから、というような考えがあるからでしょうか。


ハリウッドスターが来日すると、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが
トークイベントなどの通訳をよくされています。


戸田さんは通訳する日本語が丁寧語、敬語です。
その場で通訳する人が「◯◯だろ、△△だからさ」なんて訳さないだろと思っても、
戸田さんが訳す日本語はかなり丁寧。
ブラッド・ピットもトム・クルーズもジョージ・クルーニーも、
「わたくしは◯◯しましたけれども、△△」という感じで訳されます。
なので、戸田さんの訳を聞くと、みんなジェントルマンに見えます。
通訳された日本語でその人の印象が決まるのですから、
かなり重要な仕事ですよね。


サッカー日本代表のザッケローニ前監督の通訳を務めた矢野大輔さんが、
通訳をする上で最も大事にしたことは「温度」も伝えることだと言っていました。


「単純に言葉を運ぶだけではなく、気持ちや話している人との距離感など、
監督と同じ『温度』でやるように努力した」と言います。


そんな矢野さんが、4年間で一番うまくいった通訳として選んだのが、
ブラジルワールドカップで1次リーグ敗退が決まった日に、
監督が選手達に退任を告げた時のミーティングだそうです。


4年間で初めて監督が涙しているのを見て、
矢野さんも言葉につまった場面があったようですが、
監督の思いをしっかり日本語で伝えられたと思っていると語っていました。


単に言葉を運ぶだけでなく、その人と同じ温度で、思いを運ぶ。
これは、通訳や翻訳家に限らず、言葉を使って何かを伝えている私たちも
大切にしなくちゃいけない考えだなと思いました。
例えば、取材記事。
取材した相手が発した言葉を単純に並べるのではなく、
その人が何を伝えたかったのか、どんな思いで話したのかを汲み取って書く。
それができている原稿は仕上がりが全然違ってきます。


ところで、新しいサッカー日本代表監督ハビエル・アギーレさんの通訳者が
4名に絞られたそうです。
勝手な印象ですが、厳しそうな監督です。通訳、大変だろうなあ。
どなたに決まっても、アギーレさんの思いをしっかり選手に届けて、
新日本代表に頑張ってもらいたいです!

我が家の小学生たちは、夏休み中です。
午前中に勉強や外遊びを終えてしまうと、
午後は必ず「ゲームやっていい?」と聞いてきます。
「ダメ」と言うと、部屋の中でボールを蹴り始めるし、
「じゃあ、ちょっとならいいよ」と曖昧な返事をすると、
ずっとゲームを離さない毎日。
静かに本でも読んでくれるといいのですが、そうしてくれる気配がありません。


そこで、無理矢理外出する予定を入れてしまおうと考え、
先日メルマガでお話しした跳び箱&鉄棒教室以外にも、チャレンジサッカー教室、
科学実験教室など、いろいろな短期教室に参加してみました。


短い期間にいろいろな先生たちを見てきた中で感じたのは、
先生たちの印象が、大きく分けると2種類に分けられるということ。
「ちゃんと教えてくれる人」と「ちょっと適当な感じのする人」です
(あー、勝手なことを言ってすみません、先生方)。


あるサッカースクールでは、
若くて、元気一杯のコーチが2人担当してくださいましたが、
スクール終了時に私が抱いた感想は
「コーチたち早く帰りたかったんだろうな」です。
つまり「ちょっと適当な感じのする人」に分類されてしまいました。


別のサッカースクールでは、
とっても早口で指示が聞き取りにくい方がコーチでしたが、
こちらの印象は「ちゃんと教えてくれる人」でした。


それにしても、なぜ印象が分かれてしまうのか。
それぞれ、そう思わせてしまう行動があるのかも。
よく思い返してみて、気づきました。
「声かけ」の仕方が違うのです。


若い2人のコーチのほうは、大きな声で元気に話すのですが、
子どもたちに声をかけたのは、どんなトレーニングをするか、
どんなふうにゲームをするかの説明だけ。
トレーニング中やゲーム中は、全体的に声をかけた程度で、
子ども一人ひとりのプレーに対して何かを言うことはあまりなく、
黙っている間は時計を何度も見ていました。


一方、早口のコーチは、トレーニング中もゲーム中も
「今のナイス」、「あー、今のはちょっと強すぎた」、
「おしい」、「いいねえ」など、短い声かけを頻繁にしていました。


「短い声かけを頻繁に」。
これだな、と思いました。
声かけが頻繁にあると生徒たちはイキイキします。
声かけが少ないと、生徒たちは自分のプレーがいいのか悪いのかわからないため、
戸惑いながら続けることになってしまう。
その結果、見ている保護者は、「あ、ちゃんと教えてくれているな」と思ったり、
「なんだかなあ」と思ったりしてしまいます。


「短い」ということもポイントです。
声かけが「長い」と、プレーが一度止まります。
長いほうがしっかり説明してくれると思ってしまいますが、
これが何度も続くとどうでしょう。
だんだんお説教の色が濃くなってきて、
生徒たちは、やる気がなくなってくるのではないでしょうか。
「やっていることのリズムを乱さない、短い声かけ」。
これがいいのだと思います。


と、ここまで書いて、これは職場や家庭でも同じだなと思えてきました。
例えば職場。
上司から何にも声かけがないと期待されていないと感じ、
何度もじっくりフィードバックされると今度は信頼されていないと感じる。
短い声かけが頻繁にあると「ちゃんと見てくれている」と感じ、やる気が起きる。
どうでしょうか。


こうして原稿をまとめながら、この状況を家庭に置き換えて、
私、すでに反省モードに突入してきました。
じっくりフィードバックしちゃってるかもなあ。それも頻繁に。
夏休み後半は、「短い声かけ」心がけたいと思います。。。。

この人が先生なの?


そんな風貌の人が現れました。
次男が参加した『夏休み集中 跳び箱&鉄棒教室』の初日のことです。


この教室に参加しているのは、跳び箱や鉄棒が苦手な子どもたちです。
嫌々モードの子どもたちとは対照的に、
私たち保護者だけが鼻息荒くはりきっています。
この教室に参加すれば、うちの子はたった4日間で跳び箱が飛べるようになり、
逆上がりができるようになる、そう皆が信じているからです
(そんなわけはないのですが)。


「どんな先生が教えてくれるのかしら」
期待が高まる中、現れたのは色白で線の細い男性でした。
伏し目がちで、なんとなく自信がなさそう。
保護者の表情に不安の色が見てとれます。


挨拶を始めた先生の声は、ルックス通り、細くてソフト。ボリュームも小さめ。
ぼそぼそと喋るので、はっきりと聞き取れません。
トークの間に冗談を入れたりしているようなのですが、それもよく聞き取れず、
子どもたちがなかなか静かになりません。保護者の表情は険しくなります。


すると、先生は、静かに自分のバッグから割り箸と輪ゴムを取り出し、
なぜかマジックを始めました。これがすばらしい出来。
子どもたちは静まり返りました。
保護者はというと、もうパニックに近い表情をしています。


会場が静かになった頃、先生は小さな声で言いました。


「先生は、跳び箱と逆上がりを教えるのが日本で一番上手です。
だから、みんな、先生の話をよく聞いて、その通りにやってみてください。
必ずできるようになります」


会場中が先生を信頼した、と思えた瞬間でした。
嫌々モードで緊張していた子どもたちの表情が一気に緩み、
私たち保護者もホッとして、思わず微笑み合ったりしてしまいました。


それからは、すばらしい授業でした。
スタート時に、先生の一言によって「自分もできる」と思った子どもたちは、
テンポのよい授業を本当に楽しんでいました。
そして何より、先生が実に熱心。感心してしまいました。


帰り道、私の頭に浮かんだのは
「求心力」と「第一印象」という二つのワードです。


先生には、人の心を掴む力、「求心力」がある。
「第一印象」から、そうは見えないけれど、ある。
で、思いました。
求心力って、見た目の印象と関係がありそうですが、そうでもないのかも、と。
どんな印象の人でも、求心力を発揮する方法があるのではないか。
大切なことは、まず自分自信のことをよく知ることなのではないでしょうか。


人の印象は、その人の身なり、姿勢、表情、目線、声の質、声のボリュームなど、
複数の要素が組み合わさって決まるものです。
そして、その印象がどんな感じなのかによって、
人の心の掴み方も変わってくるのではないかと思うのです。


先生は「跳び箱と逆上がりを教えるのが日本で一番上手です」という言葉で、
私たちの心をグッと掴みました。
これは、先生のような印象の人から発せられたので、響く言葉になったのです。
もし、この台詞を、声が大きくて太く、がっしりした体格で、
自信に満ちあふれた表情の人が言ったとしたら、どうでしょう。
ちょっと嘘っぽく、冗談みたいに聞こえるのではないでしょうか。
「自信過剰」な印象を与えてしまうかもしれません。


ビジネス書コーナーに行くと、
人の心を掴むテクニックを紹介している本がたくさん並んでいます。
でも、テクニックの前に、まず自分が周囲の人にどんな印象を与えているかを
知ることがやはり大事だよなあと改めて思いました。

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