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『コミュニケーション』カテゴリの記事

 

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右脳左脳に始まって、多くの人は「脳」の神秘に対し関心を寄せています。
かくいう私も「脳」ネタは大好き!
今日の話題は、直接的に「脳」の話題ではありませんが、
ビジネス現場での思考のジャンプには、右脳的アプローチが必要で、
それにはどうしたらいいのだろう?という話題です。


問題解決や企画立案をする際に、一般的に重んじられているのは、
分析思考や論理的思考です。
でも、アウトプットするには、想像力やクリエイティビティが不可欠ですよね。
ところが、ビジネスの世界には左脳偏重の空気が流れているのではないでしょうか。
何といっても、左脳的な発言はアタマが良さそうに見えますから(笑
というわけで、右脳的思考の地位が、イマイチ低いのではないか、
もう少しその地位を上げよう、というのが今回の最初の問題提起です。


さて、ビジネスで求められる良いアウトプットとは何でしょうか。
私はこう考えます。
手に入れたインプットを、新しい視点から眺め、創造的にジャンプした具体策にすること。
インプットの一般的な捉え方は、例えば現状、事象、問題、データなど。
アウトプットというのは、何らかの「策」です。


で、一般論として、仕事で起きる問題は、
アウトプットはしていても、いまひとつジャンプ度が足りないということです。
原因は一概には言えませんが、私が注目するのは、次の2点です。


【1】情緒的・感情的なインプットが足りない/ない(必要ないと思われている?)
【2】抽象的なレベルでの思考の拡散が足りない


【1】が起きるのは、問題を事象レベルでしか見ないことが
当然化してしまっているからだと思います。
その対策として、私たちグラスルーツは「感情マッピング」という方法を
セミナーを通じてお伝えしています。


今日考えたいのは、【2】点目についてです。
これは、どういうことかというと、、、
良いアウトプットが、「手に入れたインプットを、新しい視点から眺め、
創造的にジャンプした具体策にすること」であるとすると、
新しい視点とは新しい意味を見出すことでもあります。
ところが、「意味」というのは大抵の場合、とても抽象的で、
同じものを見ても、感じる意味は人それぞれです。


私たち人同士は抽象的なものを取り扱うことを得意としません。
なぜなら見えないものだからです。
希望、夢、絆、共感、満足、高品質、価値、、、、
いずれも目に見えないもの、形のないものです。
だから、会話することがとても難しいわけですね。
それぞれの抽象概念に名付けられた名前(単語)を、
会話する相手がどういう意味で捉えているかさえ、実は分かっているようで分かっていません。
例えば、「希望」という言葉に対して、人が抱くイメージは、
人それぞれですし、その言葉との距離感も人それぞれです。


抽象概念を取り扱うのが苦手な私たちですが、
最近、それを克服するのに良さそうなツールに出会いました。
イスラエルの「Points of you®」のファウンダー、
ヤーロン(Yaron Golan)と エフラット(Efrat Shani)が開発した
写真と言葉を使ったカード型のツールです。
創造力や発想力に刺激を与え、
新しい視点を見出すことを促進させることのできるツールだと言えます。
カードの使い方は自由で、教育シーンなどでも使われていますし
ビジネスでは、Google、IKEA、Intelなどでも導入されているのだとか。


写真や絵を使ってイマジネーションを開発するという方法自体は
教育現場などでも取り入れられていて、それ自体は珍しいわけではありませんが、
このツール、豊富な写真は見ているだけでも楽しいですし、
思考の拡散と収束がしやすく、本音を言う場を設計しやすいのが特長です。


では、なぜこのツールが、抽象的なレベルでの思考の拡散に有効なのでしょうか。


普段私たちは、自分が感じていることを話す場合は、考えをまとめながら、言葉ありきで話します。
そうすると漠然としたことや直感的なことではなく、
どうしても意見らしいことやもっともらしい考えを話す必要があるような気分に陥ります。
つまり、この時点で拡散とは逆方向に向かっています。


ところが、自分が感じていることを言葉にする前に、
例えば写真カードを選ぶことから始めたとします。
そして、なぜこのカードを選んだのかを後から説明する。
すると、情緒的・感情的なことがとても言いやすくなります。
また、写っているものを観察することで、
何かのサインを感じ取ったり、インスパイアされたりもします。


こうしたことが起きるのは、
きっとこのツールが抽象概念を「モノ化」しているからだと思います。


形あるもの、目に見えるものがあると、
・お互いが感じていることを伝えやすくなる
・イメージを共有しやすくなる
・画面の外やこの瞬間の前後にまで、想像をしやすくなる
という作用が生まれます。
きっと、目に見えるものが拠り所となるのでしょうね。


ビジネスシーンでどう活用できるのか、
研究してみたいと思います。


暑い日が続いていますが、どうぞ素敵な1週間を!

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「でしゃばり」という言葉があります。
そのイメージは一般的に悪いですよね。
今日は、「でしゃばり」という言葉を糸口に、
時には「でしゃばり」も必要ではないかということを考えてみようと思います。


「でしゃばる」をWeblio辞書で引くと、
【関係のないことや、求められてもいないことに、
口を出したり、手を出したりする】と出てきます。


でも、これって本当に悪いことなのでしょうか?
別にこれ自体は悪いことではないのではないか...と私は思います。
というのは、この反対の考え方は、「私は私、あなたはあなた」だと思いますが、
こうした世界はとても閉鎖的ですよね。
オープンマインドとは反対の世界です。


「でしゃばる」という言葉の意味が、
【関係のないことや、求められてもいないことに、
口を出したり、手を出したりする】であるとすると、
「でしゃばる」ことは必ずしも悪いことではないのに、
では、なぜこの言葉には良いイメージがないのでしょうか。


その理由を考えてみたところ、推測ですが、その答えがわかりました。


「でしゃばり」の同義語を調べてみました。
どうやらこんな言葉ともイメージ的に繋がっているようです。


・目立ちたがり屋の
・オレがオレがの
・出たがり屋の
・自己顕示欲の強い
・自分大好きの
・エゴイスティックな
・自意識過剰の
・押し付けがましい...


だとしたら、「でしゃばる」「でしゃばり」のイメージは悪くて当然です。


でも、私は、【関係のないことや、求められてもいないことに、
口を出したり、手を出したりする】ことは、
悪いどころか、必要なことではないかと思っています。
なぜなら、人と人の意見が交わるからこそ、
そこから新しい見方が生まれたり、
新たな糸口を生み出せたりすると思うからです。


当社でも、提案する際には、
求められてもいないことを加えますし、
求められたことに答えつつも、
むしろ本質はこっちではないかと提示したり、
そういう「でしゃばり」をやっています。


私自身も頼まれてもいないのに、
友だちにや家族に意見を述べます。
その結果、ありがとうと言われることもあれば、
スルーされることもあります。
残念なことに人間関係が悪くなってしまった相手もいます。


頼まれてもいなくても、意見を言う理由は
大きく分けて3つあります。
1つ目は、心で思ったことや、
こっちの方がベターだと思っていることを隠すことは、
不誠実だと思うからです。
2つ目は、そもそも相手に選択権があるのだから、
選択肢を増えることが嫌な人はいないと信じるからです。
3つ目は、物事を新しい方向に変えるためには、
誰もが思ったことを言えることがとても重要だからです。


どれも同じように重要ですが、3番目は、
オープンマインドでいるということが創造的な社会につながる
...と言う視点です。
オープンマインドの本質は心が自由でとらわれていないこと。
創造性を活性化するための環境を担保するということです。
そこに立つということは、イノベーションの玄関口に立つようなものですよね。


さて、、、


それでもやっぱり「でしゃばり」には悪いイメージがあります。
「でしゃばり」の反対の概念は、「謙虚」「控え目」でしょうか。
謙虚であることは美徳ですし、だから私たちは、
「アイツ、出過ぎている」と周りから言われないように、
自己制限的に行動してしまったりします。


本当は、謙虚に、自己顕示せず、
押し付けがましくなく意見を言うことはできるはずなのに。


さて、あなたはこの「でしゃばり論」、どう思いますか?
今週も素敵な1週間でありますように!

昨日5日(月)に配信するはずだったメルマガ、
悲しいことに、記事を書いて保存しようとするとクラッシュしてしまい、
それを2日間繰り返したので、配信を諦めました。


日の目を見なかった原稿には、テレビに出ていた高梨沙羅選手を見ていて、
気づいたことや学んだことを書いたのですが、
今、もう一度それを書く気になれないので、今回は別の話題でお届けします!


さて、、、、
「マイクロアグレッション」という言葉をご存知ですか?
最近は「ダイバーシティ(多様性)」を重んじよう...という流れに乗って、
時々目にしたり、耳にしたりしたことがある方も多いのではないでしょうか。
その意味は、端的に言えば「自覚も悪意もないのに、
差別的と感じさせてしまう言動や行動」のことです。
覚えやすくするために、私は「自覚なき差別」と覚えています。


今回、なぜ、これを取り上げようと思ったかというと、
昨晩、NHKがニュースで取り上げていた豊洲市場の話題の中で、
アナウンサーが読み上げた原稿の中に「業者」という言葉が入っていたからです。
自覚なき差別の一種だと私には思えました。


私の感覚では、
「業者」「下請け」「出入り業者」という言葉は、
何かしらの見下しが感じられる表現だと思っていたので、
NHKが躊躇なく使っていることに、不愉快とは言わないまでも違和感がありました。
「業者」とは言わず、「協力会社」「パートナー」「取引先」と言う。
この感覚は、良識ある企業の間では既にかなり一般的になっていると思います。
私たちも自社の取引先に対しては、そのような感覚で言葉を選ぶようにしています。
あなたが「え、そうなの?」と思われたなら、
「業者という言葉の是非」「業者 言い換え」「業者 差別用語」などの
ワードで検索してみてください。
いろいろな体験や意見が出てきて、興味深いですよ。


これは私の記憶ですが、もう20〜30年も前のこと、
あるクライアントの会議に、複数の協力会社が集まっていました。
そこである印刷会社の方が抗議をしたそうです。
「印刷業者ではなく、印刷会社の方と言ってほしい」と。
私自身はそれを目の当たりに見ていないのですが、
それを聞いてから、より一層言葉の重みに対しての認識を改めました。


さて、、、、
私は、今、ここで「業者」という呼称はけしからん...ということを
書きたいわけではありません。


私たちの中にある、無自覚・無意識の差別...ということに対して、
私たちはどう向き合ったらいいのか、が今日のテーマです。


そもそもなぜ無自覚・無意識になるのか?
私はこう考えました。
人の言動や行動というのは、少なからず知識と結びついています。
例えば、
「業者」という言葉は見下されていると感じる人が多い言葉であると知ったら、
「使わない方がいいな」と意識する人が増えると思います。
でも、知らないと、何の意図もなく使ってしまいますよね。
つまり、知識がないと行動を変えられません。


例えば、次のような言葉もマイクロアグレッションになりかねませんが、
あなたに、そのような認識はありますか?


・(外国の方に対し)日本語がお上手ですね
・(外国の方に対し)お箸の使い方がお上手ですね
・(容姿と国籍の違いから)ご出身はどちらですか?
・アジアの方の割に、すごく背が高いですね
・女手一つで、よくここまでやって来ましたね
・女性なのに、男性並みの決断力ですね
・男性とは思えない、繊細さを感じます
・あなたには、いつか結婚して幸せになってほしいです
・彼/彼女はいるの?
(ストレートであっても不愉快。まして同性愛の人はダブルで不愉快)
・私には、そっちの気(け)はないから。
(ストレートでない人は、自分の存在が否定されたようで不愉快)
・そんなに真面目にやってないで、もっと人生楽しもうよ!
(楽しんでいないと決めつけられたら不愉快)
・お子さんは何人?
(不妊症の人にとってはいるのが当たり前とされたくない)


えーっと、私の場合なら、「女手一つで、よくここまでやって来ましたね」とか
「女性なのに、男性並みの決断力ですね」と言われた経験はあります。
別に目くじら立ててどうこう思いはしませんでした。
理由は、素直に褒めようとしてくれたか、
あるいは多少のお世辞か、好意的な表現だと受け止めたからです。
でも、それを語った人の女性への目線としては、
「弱き者」という目線なんだなーと感じたような気がします。
はるか昔の記憶ですが。


また、30代の頃かな、ある友だちが私にシェアしてくれたこと。
「あなたには、いつか結婚して幸せになってほしい」と人に言われて、
ムカついた、と。別に自分は今、幸せなのに、と。
そう言われて不愉快に思うシングルは、今どきはもっと多いでしょうね。


当然ながら、上の例は、あくまで例でしかありません。
大切なのは、多様性が重んじられる社会で、
画一的な価値観を前提としたコミュニケーションを図ろうとしては、
うまくいかないということです。


では、発言する際の原理原則はあるのでしょうか?


...考えてみましたが、ありそうでない。
というのは、結局相手がどう思うか、どう感じるかだから、です。
これは、ハラスメントとほぼ同じですね。
嫌がらせのつもりがあったかどうかは問題ではありません。


としたら、常に意識を広く敏感に持つしかありません。
まずは、自分とは別の立場や価値観の人たちに対する知識をいかに仕入れるか。
そして、その人たちは、どう思うだろうか?、と。
グローバルも、ダイバーシティも、マイクロアグレッションも、
どのキーワードについても私たちに必要なのは、きっと他人に対する想像力ですね。


「他人への想像力」。
まずはそっちに意識を向けてみますか。。。


珍しく火曜日発信のメルマガです。
どうぞ今週の残る日が良い日々でありますように!

年賀状シーズンがやってきました。
メールやメッセンジャーが発達しても、
今のところ年賀状を止めるという話は、
私の周りでは聞きません。
世代的なものもあるかもしれませんが...。

社員や元社員に年賀状を出すとき、
毎回、ふと自問することがあります。
それは、社内結婚した人たちに出すときです。
一般的には二人に1通出すのが普通だと思いますが、
私は一人ひとり別々に出しています。
自問の内容は、うざいと思われちゃうかな...?
銘々に返信しなくてはいけないような
負担な気持ちにさせちゃうかな...?
です。


といっても、それほど深く考えているわけではありません。
ただ、子どもの頃に両親二人の名前で届いた年賀はがきが、
父宛の年賀はがきに分類されているのを見て、
ちょっとした違和感があったこと。
ウチの母は自分一人の名前で(夫婦連名ではなく)
自分の年賀状を出していたことなどの
影響を受けているような気がします。

つまり、深くは考えていないなりに、
私は「個人」というものを尊重したくて、
夫婦であっても別々に年賀状を出してきたのだと思います。

そんなことを考えていたら、
いったい「個人」を尊重するとは、どういうことなのか、
ぐるぐると考え出してしまいました。


英単語の【individual】(個人)は、
もはやそれ以上【divide】(分割する)ことができない
ことに由来するそうです。
平野啓一郎さんの著作「私とは何か」では、
「個人」は分けられるという概念として
「分人」という言葉も出てきていますが、
物理的に分割できないという意味で、
個人はやっぱり最小単位だと思います。

そんな個人は、個人として存在しながら、
いろいろな役割を背負っていますよね。
たとえば、赤ちゃんは「オギャー」と生まれた瞬間は、
純粋な個人として存在できます。
なんの責任も抑圧もなく、
なんと自由な状態であることでしょう。
しかし、やがて親から「お兄ちゃん/お姉ちゃんなんだから...」と言われて、
役割を持たされます。

社長、部長、課長...
父親、母親...
長男、長女...
地域の委員、マンションの理事...
宴会の幹事、介護する役割...
話の聞き役、ムードメーカー...


役割は、モチベーションを生むこともあれば、
抑圧を生むこともあります。
個人の上に乗っけられた役割なのに、
個人が役割に負けてしまうと、
人生の主人公が誰なのか、わからなくなりますよね。
だから、
まず自分自身が個人としての自分を尊重することが大切だと思います。


では、自分自身が個人であることを尊重するとは、
いったいどういうことなのでしょう?

それは、「オギャー」と生まれた瞬間の状態、
つまりそこに存在している自分自身をただそれだけで尊いものと思うこと、
自分の心を自分自身で束縛せず、
命を与えられたことに感謝することなのではないか...。
私は、そんなふうに受け止めています。


なので、最初の問題に立ち返って、
私が元社員の夫婦宛に個々に年賀状を書くのも、
そこに存在してくれていること自体への感謝を示したい、
役割に飲み込まれずに、個人の幸せを追求してほしい、
きっとそのような願いからなんだろうな...。

個人の人生の上に、役割の人生があるのだから、
役割の人生がすべてになってしまってはいけないんだろうな...。
年賀状からそんなことに考えが及びました。

今年もあとわずかです。
素敵な1週間をお過ごしください。

171113_tamcoc.jpg11月の3日から6日間ほど一人でベトナム/ハノイを旅行してきました。
一人旅の面白さを語れるほど、私は一人旅に慣れているわけではありません。
ですが、急にスケジュールが見通せて、行けそうだと思う時、
パッと行くことを決めるので、結局一人で行くしかないことがあります。

で、一人旅だからこそ得られるインプットというのがやっぱりある。
今日は、今回の旅行で得たたくさんのインプットの中から、
一つを拾い上げて紹介しますね。

それは、「フレンドリー」であることについてです。


ハノイは面白い街でしたが、信号もない中、
車とバイクが激しく行き交う道を体を張って横断するのに疲れてしまい、
現地滞在の正味4日のうち、2日は自然を求めて日帰りで遠出をしました。
具体的には、ガイドさん付きの現地ツアーに参加するという形でです。
1日はハロン湾へ、もう1日はホアルー&タムコックへ。
いずれも世界遺産です。


タムコックのツアーは現地ホテルで申し込んだためなのか、日本人の参加は私だけ。
20数名の参加者のほとんどは欧米から来ている人たちでした。
フランス人、カナダ人、オーストラリア人、スウェーデン人、etc.
男女2人組もいれば、男性3人組もいるし、
女性3人組もいれば、夫婦とその友達の3人組もいました。
もちろん一人旅の人たちも。

バスで移動し、古都ホアルー観光や、
ツアーにありがちなお土産屋さんでの休憩、
最後のタムコック観光を通じて、20数名が少しづつ打ち解けあっていくのですが、
その時にフレンドリーな人とそうでない人がいることに気づきます

しかし、一見フレンドリーでないように見える人
(言い換えると自分からは話そうとしない人)も、
話しかけられれば、話すんですよね。
人間観察的にいうと、まずこの感じが面白い。

私自身は一人だったので、心理的な孤立感を恐れていたからでしょうか、
どちらかというと自分から話しかけた方だと思います。
恥ずかしいほどのブロークンな英語で(笑泣)


そんな中、私に最も大きな刺激を与えてくれた人物は、
インドネシア/バリ島から一人で来ていた28歳の女性です。
彼女はいろいろな人にどんどん話しかけていき、
二人だけの世界にドップリ浸かっているように見えたカップルさえ
彼女が話しかけると、楽しそうに会話に参加していました。

敢えて表現を選ばずにいうなら、
日本ではきっとこれを「オバチャン力」というのかもしれません。
相手がどう思うかなんて、彼女は気にせず、
自分が思うままにどんどん話す。。。
でも、美しくチャーミングなバリニーズがこれをやっていると、
「オバチャン」どころか、
「素晴らしくフレンドリーな人」と表現したくなります。
私は、彼女のフレンドリーさに感化され、見習いたいと思いました。


さて、ツアーから戻ってハノイで一人で夕飯を食べていたら、
隣のテーブルの人たちから突然話しかけられました。
マレーシアからの旅行者で、きれいな英語を話す4人家族でした。
一言、二言話した後、言われた一言がショックでした。
「日本人は話したがらないからね...」と。
言葉の裏側で「あなたは違うね」と言われたと感じたので、
「いや、私だって英語で話すのは得意じゃないですよ」と言ったら、
「それは問題じゃないよ」と言い返され、これまた別の意味でガ~ン。

どうやら私は「フレンドリー」な方に分類されている!?
私なんて、あのバリニーズに比べたら、遠く及ばないのに。
とても低い次元で、なのに褒められている。。。
複雑な心境になりました。


彼らと別れてから湧いてきた疑問、
それは、なぜ「日本人は話したがらない」と彼らは思ったのか、です。
ある時、日本人に話しかけたのに、そっけない対応をされたという経験があるのか?
そもそも「話しかけないでくれ」というオーラを日本人が発していると感じるのか?

私の頭をよぎったのは、オリンピックのプレゼンです。
あれだけ「お・も・て・な・し」をアピールしちゃっているのに、
なんかこれヤバクない?と思いました。
「話したがらない日本人」であることは
「おもてなしする日本人」であることと矛盾している。
国際的にはそう映ると思いました。
日本人としては、それとこれは別なんだよと弁明したいけど、
多分、それは通用しない。。。


結局「フレンドリー」の本質って何なのでしょうか?

当社の社員に、やたら外国人に話しかけられやすいY君がいます。
私は、「フレンドリー」についてある仮説を持って、彼に聞きました。
「Y君は、外国人に微笑まれたら、微笑みを返すんじゃない?」と。
彼の答えは「イエス」でした。

私の感覚でのフレンドリーの基本は、
・まず目を合わせることを厭わないこと、
・そして目が合ったなら、微笑みを送ること、
...ではないかなと思っています。
私はベトナムで無意識のうちにそれをやっていたので、
あのマレーシア人の家族にフレンドリーだと思われたのだと思います。


実は、目を合わせたり、微笑みを送るというのは、
社内でも大切なことですよね。
ですが、これ、私も含めて意外にやれていないのではないでしょうか。

で、これを社内から始めようとすると、むしろやりにくい面もあったり(笑
トレーニング的な意味での私のオススメは、
コンビニで買い物をする時に意識を持つことです。

店員さんとちゃんと目を合わせて、目が合ったなら微笑みを送ること。
そして、「ありがとう」とちゃんと言うこと。
店員さんも目を合わせる人が意外に少ないということに気づくかもしれません。
相手が目を合わせてくれないその時に感じる「フレンドリーでない感じ」を
しっかり感じると、「フレンドリー」の意味をより強く感じ取ることができる思います。
私は、これを意識的にやっています。
そして、本当は、名札を見て名前を覚え、「ありがとう、○○さん」と言いたい。
でも、やっぱり気恥ずかしくて、いまだにできていません。
よし、明日こそ、いや今日こそやってみます!

さて、、、
あなたのフレンドリー度は何点ぐらいですか?
私のフレンドリー度を10点満点で表すと、
多分6点ぐらいですね。
あのバリニーズが私の中での10点モデルです。
楽観的な私は、これ、自分の伸びしろだと思うことにします!

11月ももう後半。
どうぞ今週が素敵な1週間でありますように!

ランチを食べながら、隣の席にいた見知らぬ二人が、こんな会話をしていました。
「仕事を頼んでも、彼女はまったく自分で考えようとしない」
「細いことまで指示しないと、やってくれない」
男性と女性の二人の会話、聞き耳を立てていたわけではないのですが、
すみません、耳に入ってきてしまいました。


主体的に考えない人が組織内にいて、
それに対して悩みや不満を言う先輩/上司。
どんな組織にもありがちなことですよね。
そして大抵の場合、不満を述べている先輩/上司は、
自分たちは主体的に考えていると自認しているだけに、
考えないなんてありえない、理解できないと思っています。


さて、あるあるのこのシーン、
私たちは何をどう考えるべきなのでしょうか。
私はこの会話を聞きながら、何か違和感がありました。
なんとなく上から目線な批判に思えたからです。
気になったことをシェアさせてくださいね。


1つ目は、主体的に自分の考えを述べない人がいたからといって、
必ずしも考えを持っていないとは言えないと言うことです。
ただ単に、考えを言いにくい雰囲気だと感じているから、
考えを発しないだけかもしれません。


聞かれてもいないのに、自分の考えを発言できる人と言うのは、
むしろ少数ではないでしょうか。
多くの人は、水を向けられてもなお、
こんなことを言っておかしくないだろうか...と気にしてしまいます。
あるいは、考えをまとめてからでないと、発言すべきではないと
行動をセーブしてしまったりします。


大抵の場合、過去に嫌な体験があるからです。
笑われたとか、
否定されたとか、
無視されたとか。。。


勇気を出して発言したのに、傷つくような体験があると、
おそらく二度と同じ思いをしたくないと思うのが、
普通の感覚なのではないでしょうか。


どんな意見でも歓迎されると言う前提があるのと、ないのとでは、
当然言いやすさも違いますよね。
言いやすい雰囲気や安心安全の場を作ることは、
リーダーやファシリテーターの重要な役割だと思います。
これが、簡単ではないのですが。


もう1つ気になったことというのは、、、、
筋道立てて考えたり、物事の本質を理解しながら考えるというのは、
実はとても高度で難しいことです。
ですから、これをスラスラできる人というのも、実はとても少数だと思います。
できている風に振る舞う人は大勢いますが、
そういう人に限って、物事の奥深さを甘く見ていたり、
謙虚に考えることをしていないように見えます。
私も、考えることが仕事ですが、
この「考える」行為は、何年やっていても侮れないと感じます。


ということは、逆にいうと、
ただ単に「考えろ」という上司では部下は困ると思うのです。
ただ考えろというだけなら、これほど簡単なことはありませんからね。


で、実際、上司にとって、考えることを部下に教えるのはとても難しい。
教えるスキルを学ぶ機会もあまりありません。
さらにいうと、自分自身が常日頃どのようなプロセスで考えて、
どのように物事を進めているかさえ、上司は整理できていないと思います。
暗黙知だからです。
だから「彼女はまったく自分で考えようとしない」と
批判するだけの上司にはなりたくないなと思いました。


ロジカルシンキングなどのようなコンサル系アプローチとは違う方法で、
考えるコツや考えることを教える方法があるといいですよね。
私のライフワークにしようかな〜笑 ←ちょっと本気。

eigyou_tel.jpg

営業の電話がかかってきて、応対するのが面倒だなと思うことはありますよね。
面倒だなと思っても、あまり横柄な対応はしたくないもの。
営業の電話だって、十分な情報源ですし。


ですが、私。。。先週は三連休も仕事をしていたくらい、すさまじい忙しさでした。
そんな中、ある会社から営業の電話がありました。
正確にいうと、電話に出たスタッフが単なるセールスなのかどうか、
判断がつかず、私に交代を求めたのです。


内心面倒だなと思いましたが、普通の電話と同様、ご要件を伺うと、
案件マッチングの会社からのものであることがわかりました。
実は、この手のビジネスモデルの企業から時々営業の電話がかかってきます。


いわく「成功報酬型ですから、リスクはありません...」
いわく「大手企業のエグゼクティブにコーポレートプレゼンできるチャンスです...」
いわく「いろいろな紹介案件が来ているので、サービスに登録しませんか...」
で、一度会って話を聞いてみたことがありますが、
話を聞く限り、どう考えてもペイしませんでした。
それで最近では早々に電話を切らせていただくことが多いです。


ところが、その時の電話はいつもとは違う雰囲気になりました。
あれ、いつもとなんだか雰囲気が違う。
それは話してまもなく、すぐに感じました。


端的に言って、「会話」になっていったのです。
私がここでいう「会話」というのは、相手に興味を持ちながら話を聞き、
こちらのことも知ってほしいという心持ちで話をしている状態のことです。


それに対し、普段受ける営業の電話には、それがありません。
会って話を聞いてほしいという前のめりな話っぷりや、
ハキハキと個性のないマニュアル的な話し方をされるからでしょうか。
興味も持てないし、こちらの話を聞いてほしいとも思いません。
では、その電話の主は何が違っていたのでしょうか?


自分は何者かを告げた後、
「商品ブランディングで悩まれているある企業が、
デザインなどを頼める会社を探しているのですが、
御社はそういった案件は対応していますか?」と。


すごく自然体な語り方を前に、単に売り込みたいのではなく、
クライアントのために本当にマッチングしている相手先を探している、
そんな気持ちにさせられました。


私は、当社は既存のお客様からそういった案件を引き受けることはあるが、
デザイン会社ではないこと、
同じブランディングでも、インターナルブランディングの方が
得意であることをお伝えしました。
さらに詳しく聞かれたので、こちらもさらに深くお伝えするということが続き、
相手は「ちょっと違う感じですかね?」と言って、
5分か10分お話して、ほどなく会話は終わりました。


普段の営業電話のように、手短に断ろうという気持ちはまったく働かず、
とても良い気持ちで電話を終えました。
その人は本当にマッチングする相手先を求めていると感じたので、
当社のパートナーさんをご紹介しようかと思ったくらいです(笑)


この出来事から私が得た気づきは、2つ。


(その1)誰かのために動いている人のことは、ちょっと応援したい気持ちになる。
(その2)どちらかが先に、普通のありのままの自分でいると、会話になっていく。


結局、自分らしさに覆いをかけて行動すると、
多分相手は「バリア」を感じたり、
「用心」しなければと感じて、
それが「防衛的な態度」を生んだりします。
これは社内の人間関係でも同じですよね。


ちなみに、営業職の方へ、お役立ち情報です。
私の知り合いでもあり、過去にコンサルしていただいたこともある渡瀬さん、
内向的でも口下手でも立っていけるサイレントセールスの権威です。
ご興味がある方はこちらへ


さ、暑い日が続いていますが、素敵な1週間を!



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早いものでもう7月。夏休みの予定はもう決めましたか?
以前は、夏に休まなくても、9月に休めばいい...と思ったりしていましたが、
最近は2017年の夏は今年しかない、と思うようになりました。
今日という日も、今日しかありませんね。大切にしたいものだと思います。


さて、前回は「整理」について書きました。
今回は「分解」について書こうと思います。
なぜなら私は創造性の入り口にある大きな要素の一つとして、
「分解」に注目しているからです。
「整理」との関係で言うと、「整理」の前にあるのが、「分解」です。


よく新しいアイデアは、古いアイデアの組み合わせを変えて生まれると言われます。
例えば、
古いアイデア =アイデアA×アイデアB  であるなら、
新しいアイデア=アイデアA×アイデアC  で生まれてきたりするわけです。
ということは、分解されていいないと組み合わせを変えることがしにくいわけです。


創造性の話の例として「分解」の端的な例を挙げたいのですが、
わかりやすい例が思い浮かばず、
そこで効率化を図るというシーンで「分解」というものを考えてみたいと思います。


効率化と聞くと、多くの人はコストカットなどを思い浮かべ、
それが創造的であるとは感じないかもしれません。
でも、これまでの業務を効率化するということは、
創造性なくしてありえません。
過去の発想を捨てて、業務フローを再構築するという
とても創造的なアプローチが必要です。


で、この創造的なアプローチをしている人が無意識にしているであろうことが、
業務の「分解」であると私は思っています。
まずは、あれこれ考えず時系列になるべく小さく分解してみるわけです。
小さく分解すればするほど、どこに
・時間的負荷がかかっているか
・精神的負荷がかかっているか
・ミスの起きやすい箇所があるか
・品質のばらつきを生む箇所があるか
・無駄があるか
・ミスコミュニケーションが起きやすい箇所があるか
が、見えてきます。
大体の原因もわかります。


で、次に別の軸での分解も考えてみる。
例えば、
・自分だけで完結すること、第三者が絡むこと
・メールで行なっていること、電話で行なっていること、対面で行なっていること
・常時発生すること、月の一時期に発生すること 等
そうすると、本当にその必要があるのか、という疑問も生まれてきます。


これらの作業を「分析」と言ってもいいのでしょうが、
「分析」と言うと、いきなり考察するようなイメージがありますよね。
「分解」という言葉の方が、具体的な作業イメージが湧きます。


これを行うのにかかる時間は短くて15分、長くても30分です。
「分析」しろと言われれると、
どこから手をつけたらいいかわからないと感じるかもしれないことが、
「分解」なら軽くできそうな作業に変わります。
これをやってしまうと、あとはアイデアを出すだけですし、
どこから考えていいかわからないなんてことがないから、
アイデアはどんどん湧いてきます。


でもね、ビジネスパーソンの教育で、
「分解しよう」ということ、あまり教えられていない気がします。
創造性の入り口にある重要なプロセスなのにね。


ここでは「効率化」を例にしましたが、
例えば商品開発担当者が、
「当社の企業理念は『人々の豊かな食生活と健康に貢献す』なのだから、
それに合った商品を開発しよう...」といきなりそこから考えても、
糸口がなさすぎて思考停止になりますが、生活時間を分解し、
「朝起きてからの10分間」に注目して商品企画を考えようと思ったら、
もう少しアイデアが出やすくなりますよね。


あるいは、社内広報担当者が、
「イノベーション」をテーマとして企画を立てたいと思っていても、
そのままでは題材が大きすぎてふんわりしてしまいますが、
「イノベーション」を起こすために必要なことを挙げてみたとします。
例えば、こんな感じです...
・思い込みをなくす
・初めの一歩を恐れない
・仲間や協力者を作る
・あきらめない
こんな要素に分解したなら、ずっとアイデアが出やすくなりますよね。


当社では社内報を内製で制作している企業の皆さまへ、
現行予算を変えず、制作業務の品質向上と効率化の両立を目指す、
クロスーワークというサービスを提供しています。
このサービスのノウハウは、ある意味この「分解」のノウハウから生まれています。
ご興味がありましたら、ぜひお問い合わせください。


2017年も後半に入りました。
今週も素敵な1週間でありますように!

170619_takachiho.jpg先週の月曜日は九州(宮崎)に旅行していたため、メルマガはお休み。少しご無沙汰いたしました。
宮崎県は、出張を除くと初めての訪問でしたが、風光明媚な素敵なところがたくさんありますね。特に高千穂(写真)の自然が魅力的で、積極的にオススメしたいです。


さて、本題。
今年はすでに12回の外部セミナーのお話をいただき、うち7割以上が終了しました。今日は、参加者の皆さんの様子を見ていて気づくこと、シェアさせていただきますね。
セミナーといっても、ワークショップによる実践的なものが多いので、4〜5人単位でディスカッションしていただく時間がたくさんあります。


すると...

「場」に対して意識を向ける方と向けない方がいることがわかります。


「場」への意識とはどういうことかというと、その場に今何が起きていて、他の参加者はどう感じており、自分はどう発言しどう振る舞うか...に対する意識です。
そして、ごく一部の人を除いて、多くの人たちは場に対して意識を向けていないように見えます。


少し別の切り口で言うと、
どんな場でも能動的に発言する人と受動的な人がいますよね。
でも、私がここでお伝えしたいことは、
能動的が是で、受動的が非ということではなく、


(1)積極的に発言するあまりに、場を占領してしまう人がいる
( 2)消極的なあまりに、場での役割を発揮しない人がいる
というこの2点です。


言い換えると、もし4人でディスカッションしているなら、
自分の発言量が4分の1を大幅に超えて、半分以上であり続けていたら、
他の人への意識の向け方が足りないと気づきたいところです。
反対に、自分の発言量が4分の1に大幅に満たないのであれば、
役割が発揮できていないと気づきたいところです。
これが今日のタイトルにある分数で役割を考えるということです。


前者の、場を占領していることに気づかない人たちは、
多くの場合、悪気はありません。
それどころか、自分がこの場をリードしなければならないと思っていたり、
他の人を楽しませようとしている場合さえあるようです。
で、他のメンバーたちが楽しそうでいる時はまだいいのですが、
あまりノっているようには見えないのなら、よくありませんね。
しかし、残念ながら「自分がリードしなければ」という意識が強すぎると、
他の人の様子が見えなくなるもののようです。


後者の、発言が少なく、4分の1の役割を発揮していない人たちは、
まずは自分には最低4分の1の役割を果たす責任がある
という認識を持ってほしいですね。
ただ、仮にそういう認識を持ったとしても、
発言が少なくなる人にも当然理由があるようです。
観察ベースの話ですから、確証はありませんが、
次のようなパターンが多いと感じます。


一つは、話のスピードについていけておらず、
何かわからないけど、何をどう聞けばいいかを考えてしまっていて、
「よくわからない」と発することに気後れしてしまっているケース。
「え、どういうこと?」の一言でいいと思いますよ。発してみてください。


もう一つは、誰かの発言に異論があったり、
違和感を感じているのに、
相手に気遣いをして、言い方を考えているうちに、
結局は口をつぐんでしまうケースです。
あるいはタイミングが遅れてしまうケースもありますね。


しかし、実は、声が大きく場を占領している1人の発言内容に対し、
他の3人とも理解していなかったり、違和感を感じているという場合もあり、
誰かが勇気を出して発言したら、賛同する人が現れて、
方向性が変わっていく...なんていうことも起きます。
誰の意見も求められていることを信じてみてください。


場に意識を向けながら、結論を出していく。
協働作業にはそういうことが不可欠なんですね。
私たちの仕事でも、そういう姿勢が必要です。
もちろん私自身、ある瞬間、別のことに関心が向かって行き、
場への意識が弱くなることはあるのですが、
それでもそれが大切だと知っていると、修正をかけることができます。


協働作業では分数で場のバランスを見る。参考になれば幸いです。
どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

もうすぐクリスマスですね。
この時期にfacebookを見ていると、
サンタになっているお父さんたちの微笑ましい話をたくさん目にします。


さて、クリスマスだからというわけではありませんが、
「ヨハネによる福音書1:1」に書かれている有名な一節に
次のような言葉があります。


ーーーーーーー
はじめに言葉があった。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。
ーーーーーーー


福音書の原典はギリシア語で書かれており、
「言葉」と訳されている部分の原語は、「ロゴス(logos)」です。
ロゴスとは、概念、意味、論理、説明、理由、理論、思想などの意味だそうです。

私は「はじめに言葉があった」について、勝手にこう解釈しています。


世界や宇宙は、たくさんの概念や意味、事象にあふれていて、
もし言葉がなければ、ただの混沌とした状態でしょう。
その混沌から逃れ、美しい秩序と調和をもたらすためのもの、
それが言葉だ、ということではないかと。


たとえば、もし私たちが「平和」という言葉を知らなければ、
「平和」に向かう努力はできません。
「人権」という言葉が生まれてきたから、
すべての人には「人権」があると理解されるようになりました。

言葉は、人の認識に影響を与えるだけでなく、
行動にも影響を与えています。
ビジネス社会により具体的に影響するのは、
むしろ行動への影響かもしれません。


たとえば、昔は「会社のため」という言葉で人は動きました。
今、その言葉で人が動くことはないと思います。


またこんな例もあります。
この週末、ある人から聞いた話です。
最近よく耳にする「引き寄せの法則」。
最初は「牽引の法則」という言葉で紹介されていたそうですが、
「牽引」を「引き寄せ」に変えたら、ブレイクしたそうです。
(すみません、具体的にどの本の話なのかは未確認です。)
行動につながるかどうかの分かれ道、
それはピンと来る言葉であるかどうかです。


こういうと、広告のキャッチコピーの話なのでは?と
言う人がいますが、そうではありません。
概念の整理選択の問題だからです。
マーケティングやブランディングでは、
この概念とそれに基づく言葉の絞り込みが真剣に行われていますが、
中計の発表やトップメッセージにおいて、
どれだけ多くの企業が言葉の力を信じて、
そこにエネルギーを割いているかは、甚だ疑問です。


私たちグラスルーツの企業理念は
《「言葉」で未来をつくる》です。
言葉の力を信じて、言葉には力があることを
もっと社会に広めていきたいと思います。


年末まであとわずか。今週も素敵な1週間をお過ごしください!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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