ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

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社長の脳みそ整理mono-log モノログ

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あなたは職場でどんなふうに呼ばれていますか?
苗字で◯◯さん、◯◯くん、◯◯ちゃん
名前で◯◯さん、◯◯くん、◯◯ちゃん
そのほか、いろいろな呼び方があると思います。


当然、もっとも多いのは、苗字で「◯◯さん」だと想像します。
あ、いや、役職者の方の場合は、
「◯◯部長」「◯◯課長」などと役職名をセットにして呼ぶことが
慣例となっている企業もまだまだ多いかもしれませんね。


普通の職場では、
「あなた、何と呼ばれたい?」と聞かれることは、
ほぼないのではないでしょうか。


けれど、私、最近お互いを何と呼ぶかは関係性に大きな影響を与えると感じ、
「何と呼ばれたい?」と聞き合う習慣を広めること、
これ、結構重要だと思い始めています。


先日、昨年あるパーティで会った方(女性です)と再会し、
ランチをご一緒したのですが、どちらからともなく、
「何と呼んだらいいでしょうかね?」という会話があって、
親しみを込めた呼び方で呼びたいということになり、
結局私は「まゆさん」と呼んでもらうことになりました(笑)


さて、今日の視点は
「何と呼んだらいいでしょうかね?」
を日常化したらどうなるだろう?ということです。


私は今でこそ「何と呼んだらいいでしょう?」という問いに驚きませんが、
2014年にCTIのリーダーシップ研修に参加した際に、
最初にびっくりしたのは、自分のネームカードに
「何と呼ばれたいか」を書いて、それを首から下げることでした。
その時は、リーダーの一人がアメリカ人だったので、
私はなるべく短くて覚えやすい方がいいだろうと思い、
カードに「mayu」と書いたんですね。


でも、私の人生でそれまで「まゆ(mayu)」と呼ばれたことはありませんでした。
呼ばれたことがあるのは、
  まみ
  まい
  まゆりん
  まゆみちゃん
  おのちゃん
  おのさん
さらにマイナー系はほかにもありますが、
主流はこんな感じでした。
その中で仕事社会で呼ばれたことがあるのは、
おのちゃんと、おのさんです。


さて、、、
一般にビジネス社会では「苗字+さん」で呼びあうのが普通ですよね。

ですが、、、
もし「何と呼ばれたい?」「◯◯と呼んでもいい?」から話を始めていったとします。
そして、その名前で呼び合ったとします。
どうですか?
あっという間に心の距離が縮まってしまうということが起きそうな気がしませんか?


呼び名の重要性は、政治家たちも知っています。
ファーストネーム(それも愛称)で呼び合うことがこれほど重要なのだと
私が最初に思った出来事は、
1983年の中曽根総理と米国レーガン大統領との「ロン・ヤス会談」です。
中曽根総理大臣はレーガン大統領を「ロン」と呼び、
レーガン大統領は中曽根総理大臣を「ヤス」と呼び合う関係になった。
私にとって、それは良い意味でショッキングな、出来事でした。


職場の中で、最初に
「何と呼んでほしい」「◯◯と呼んでもいい?」と聞く習慣。広まるといいですね〜
ですが、うちの会社でも実はまだコレ、やっていないんですよ。
書いた以上、やります!


みんな「何と呼ばれたい?」

同じ出来事に遭遇しても、人の感じ方は様々です。
お客様からの一言をどう受け止めるのか、とか、
進行中のプロジェクトは果たしてうまく進んでいるのか、とか、
今日の会議の参加者は同じ認識に立てているだろうか、など、
自分が感じていることと、人が感じていることが一致しているとは限りません。
むしろ一致していないケースの方が多いのではないでしょうか。


この不一致の状況に対して、一致させた方がいいこともありますが、
まず一致していないということを共有するだけでいい場合もあります。



ところが、私も含めて上に立つ人は、
ときどき力で強引に一致させようとしてしまうことがありますね。
自分の見方が正しくて、相手の見方は正しくない(浅い、不十分である等)と
主張してしまうのが、その典型です。
この時に上に立つ人の心の中には、
 自分が気づいたことを相手は気づいていないのだから、
 ならば教えておこう...
というような気持ちがあるのではないでしょうか。



でも、よくよく考えてみると、
これはおかしな話です。
自分の感じたことと相手の感じたことが違うということは、
自分が気づいたことを相手は気づいていないと同時に、
相手が気づいたことを自分は気づいていないということだからです。



たとえば、私たちはいろいろなお客様の会議に参加して、
ファシリテーションを提供しています。
大抵の場合、2名で行います。
そして、それが終わって二人で振り返りをする時、
やはり別々のことを感じていることがあります。
ファシリテーションの質やその場に起きたことについて、
私の方がポジティブでもう一人はネガティブの場合もあれば、
その反対のときもあります。


そんな時、状況認識を一致させようというような意識が働くと、
この振り返りは意味を成しません。
状況をいろいろな視点から見るために二人で参加しているからです。


つまり二人以上の人間が状況を捉えようとするときのマインドセットとして、
お互いに「そういう見方もあるのか...」というスタンスを持つことが
とても重要ですよね。



ですが、つい忘れてしまうことがあります。
部下を教育し、育てなければという思いがあればあるほど、
そうなりがちです。
悪気はありません。悪気がないからこそ、曲者だと思います。


部下に教わることはたくさんある。
「そういう見方もあるのか...」。
それは、おおらかで柔軟な自分を育てるために役立つ
思考のフレームワークだと思います。



あなたは、ほかの人の見方をどの程度受け入れようとしていますか?
今週も素敵な1週間でありますように!

週末、映画「海賊とよばれた男」を観てきました。
岡田准一演じる国岡商店の経営者・国岡鐵造のモデルは、
出光興産の創業者・出光佐三だと言われています。


27歳で石油に目をつけた鐵造のビジネスは、
業界の商習慣にとらわらず、いつもゲリラ的。
奇想天外な発想で常に難局を乗り越えていきます。
その不思議な魅力に、優秀な社員が集まってくるのですが、
では、いったいその魅力の本質は何だったのでしょうか。


私は、それは彼の理念や信念にあったのではないかと思います。
石炭の時代に、石油は国の発展に欠かせないエネルギーになると信じ、
日本の国益のために独立系の日本企業が石油を供給しなければならない。
そのために国岡商店は存在しているのだ、というのが彼の信念でした。
その信念に社員たちは共感し、それぞれが信じた。
具体的なエピソードはネタバレになってもいけないので書きませんが、
信念で結びついている組織ほど強いものはありません。



そもそも理念とは何でしょうか?
我が身を振り返ってみると、40歳ぐらいまで、
この経営理念というものが何なのか、しっくりくる答えが見つかりませんでした。
しかし、やがて、何のために存在しているのかという哲学的問いに
答えを持つことだと思うに至りました。
「理念=存在理由」であるという考え方です。



サイモン・シネックはプレゼン番組「TED」の中で、
存在理由を語る大切さについて、こう語っています。
「優れた組織、秀でたリーダーの伝え方には共通パターンがある。
それは、WHY、HOW、WHATの順に伝えている。
ところが、多くの組織やリーダーはその逆に伝える。
しかも、WHYを語らないリーダーも多い。
しかし、WHYこそが人の心を動かすのだ」と。


この3要素について簡単に整理すると、こんなことでしょうか。
WHY(何のためか、何を信じるのか、何のために存在するのか)
HOW(どういう手段で行うか)
WHAT(結果としてそれは何か)


「海賊とよばれた男」をWHYから語るとこうなります。

WHY:国岡商店は、日本の国益のためという信念で事業を行っています。
HOW:実現手段は、あらゆる方法であらゆる国から調達した石油です。
WHAT:私たちは、外国資本から独立した石油供給会社です。


でも、WHYを語らず、WHATとHOWだけで語ったなら、、、、

WHAT:私たちは、外国資本から独立した石油供給会社です。
HOW:あらゆる方法であらゆる国から石油を調達し、供給します。


ずいぶん印象が違いますよね。
確かに、WHYが人の心を動かす要素であることが感じ取れます。


映画のモデルである出光興産は、今、昭和シェルとの合併問題で揺れています。
あくまで推測ですが、創業家と経営陣との間に、
WHYの考え方に違いがあるような気がしてなりません。



さて、当社の理念は、「『言葉』で未来をつくる」です。
これはスローガンをつくることではありません。
言葉によって、思考を整理したり、共感を生み出すことができるという信念のもと、
共感創造職の人々が成し遂げたい未来づくりを支援するために存在している...、
そんな意味です。
当社の年始のキックオフでは各自がこの理念をどう解釈し、
どう感じているかを話し合いました。


さて、あなたの会社の存在理由はなんですか?
今週も素敵な1週間でありますように!

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2年前の今頃、私は10カ月に及ぶCTIのリーダーシッププログラムを終了しました。
その中心にあるのが4回(合計22日間)の合宿です。
富士山が見える御殿場の合宿所で修了証をいただいたのが、
2015年の1月25日。

早いものでそこから2年が経ち、
自分の中でいったい何が変わったのか、振り返ってみました。
コンセプトやスキルを学んだからといって、
何かが激変したわけではありませんが、
それでもやっぱり行って良かったと感じることがたくさんあります。
今回は、その中でもその場に与えている自分のインパクトと
それを知ることの大切さについて、シェアさせてください。


インパクトというのは、その場に与える「影響」やその人の「印象」です。
最初の合宿研修の2日目に学んだのが、このインパクトという概念でした。
よく「あの人は〜なオーラを出している。。。。」などと表現したりしますが、
それに近いものと思って良いと思います。
人はただ佇んでいるだけで、いろいろなインパクトを出しているんですよねー!


たとえば、私の場合、、、
(これが結構複雑でちょっと恥ずかしいですが、開示します!)
実直なインテリっぽい印象もありーの、
予測不能な行動をしそうな変わり者っぽい印象もありーの、
とっつきにくく、怖い人っぽい印象もありーの、、、、
というハイブリッドな印象を与えているようです。
少なくても、そこに参加していた23名の参加者とリーダーチーム5名からの
フィードバックをまとめるとそういうものでした。
つまり、よく言えば、場に安定感をもたらしつつ、
時には変化をもたらし、
時には言いにくいことをズバっと言ったりする、
そんな存在感ならしいです。


人によっては、
場を明るくするとか、
場を凛とさせるとか、
場に熱を伝えるとか、いろいろなインパクトの人がいました。
それはいわば自分の力強さの源と言ってもいいのだと思います。


リーダーは場のムード自体を意図的に作り出すことが実はとても大切だ、
ということが、この話の根っこにあります。
自分が持っていて、知らず知らずに出しているインパクトが
場のムードに影響を与えるので、まずそれを自覚して、
それを全開にして活用したり、
自分一人では作れそうにないムードについては、
別のインパクトを持つ人に助けてもらおう、
そんな文脈での話でした。


で、これを知ったことで何が良かったか?
まだ意図的な場づくりがどれだけできているかは心もとない限りですが、
少なくても「自分は今、どんなインパクトを出しているだろうか?」とか、
自分は今、力強くあるだろうかとか、
周りにはどんな印象を与えているだろうかなど、
セルフチェックを頻繁にするようになりました。
それは、自分の態度や素振りがどうかということもありますし、
自分のインパクトを受けている周囲の人の表情や反応がどうか、
ということに今まで以上に目を向けるようになったというのもあります。


さらに言うと、元々初対面の人の反応が「第一印象はとっつきにくかったけど、
話したら話しやすいとわかった」と変化していくことが多かったのですが、
「話しやすい」という関係に
以前よりも短時間で行けるようになった気がしています。
つい先日も、「話しやすくて、聞いてもらうと落ち着く」と言われたり。
これも自分のインパクトを自覚したからなのかな、と。


あなたは、自分にはどんなインパクトがあると思いますか?
どんなインパクトでも悪いということはありません。
いずれもある意味エネルギーの一種であり、
人によってその質感が異なるということだと思います。
予測不能な変わり者という印象と聞くとイメージが悪いですが、
だからこそ場に変化を与える力があったり、、、
とっつきにくく、怖い人という印象の人は、
その場にいるみんなが思っているのに言えないことを
ズバっと言える力を持っていたりします。
ポジの面もネガな面も知っておくと、いいのでしょうね。


他の人に聞くなどして、自分のインパクトに目を向けてみる。
ちょっとオススメです!
今週は早くも2月に突入です。素敵な1週間でありますように!

テニスの錦織圭選手。
全豪オープンの4回戦で、残念ながら元世界王者ロジャー・フェデラー選手に
敗退してしまいました。残念でしたね。

テニスでは、相手の手が届かないところにどれだけストロークを打ち返せるか、
それが勝敗を分けます。
打ちにくいところに返すのは、勝負だから当然です。
でも、会話のラリーの場合はちょっと違いますよね。
というわけで、今日は会話の「ストローク」の話です。


で、この「ストローク」という言葉。心理学用語でもあります。
言葉、表情など相手への反応として取る言動のすべてをストロークと言います。
たとえば会話。
テニスのラリーのように言葉を返し合って成り立ちますが、
同じ返しでもポジティブな返し方とネガティブな返し方がありますよね。
肯定的な反応はポジティブストローク、
否定的反応はネガティブストロークと呼ばれます。

「今年こそは英会話をがんばりたい」
「今年こそはダイエットしたい」
相手が発したそんな言葉に対し、
「どうせ三日坊主なんじゃないの?」と返すのはネガティブストローク。
ネガティブストロークに対して、ネガティブストロークで応戦すると、
お互いの気分はどんどん悪化します。たとえば、こんな感じ。


「今年こそは早起きして、毎朝歩こうかな」
「どうせ三日坊主なんじゃないの?」
「人のこと言える? 自分だってダイエットするって言って続いたことがないよね」

テニスの試合と違って、会話は勝負ではないのですから、
打ち返しにくいところに攻め込むようなストロークを打つと、
相手は攻撃されていると感じて、感情が悪化する...というのはよくある話。

私がここで強調して書くまでもなく、
相手と良い関係を育むためには
「ポジティブストロークを心掛けるべし...」とは
一般的によく言われることです。
スマッシュを決めるのではなく、
相手が素直に返せるところにボールを打つ、
気持ちのいいラリーを続けるというイメージでしょうか。


さて、、、、
今日のメインテーマはむしろ素直に受け止められないボールを受けた場合、
つまりネガティブストロークを受けてしまった時、
私たちはどう対処したらいいだろう、という話です。
あなたならどうしますか?
上の例で言えば「どうせ三日坊主なんじゃないの?」と言われた時に、
どう受け止めて、どう反応しますか?

...え、私のこと、そんなふうに思っているんだ。。。
 自分のことを棚に上げて、何をエラそうに!
 そんなふうにネガティブに決めつけなくてもいいじゃない!...

まあ、生身の人間ですから、こんな心理に陥ったりしますよね。
でも、相手の反応をポジ/ネガで分けて受け止めることを続けていくと、
常に他人の反応で自分の感情が浮き沈みすることになります。
私は、それはバカらしいなと思います。
自分の人生が他人に縛られるからです。


「三日坊主になっちゃうかもね。
『ほら、やっぱり』と言われちゃうかもね。
でも、自分は早起きして歩くと決めたから」
と思ったら、腹も立たない気がします。
相手に同調してみる。
相手が打ち込んできたそのボールは追いかけない。
...というのも、ひとつの知恵なのでしょうね。


「ストローク」について、私自身の経験を振り返ってみると、、、
ネガ/ポジの目盛りも人によって様々だということ。
私にとっては大したことではないつもりだったのに、
部下は否定されたと感じてしまう...ということも起きます。
人は、想像以上に否定に対してデリケートで、
特に、相手が提案、発案、意見、助言などをする状況で、
「でもさ...」とやってしまうと、アウトですね。
私も時々地雷を踏んでいますが、、、、(泣笑
上司と部下、立場が違うと感じることは違うという至極当然なことを
私も含め上司である人間はちゃんと認識すべきなのでしょう。


さて、会話での「ストローク」、
その場に起きているポジ/ネガに意識を向けたらどうなるでしょうか?
少なくても、会話では錦織選手のようなストロークを
目指してはいけないってことですね(笑

どうぞ良い1週間を!

フィードバックのコツって何なのでしょうか?
最近つくづくフィードバックって難しいなと思います。
フィードバックの達人になりたいと思うのですが、なかなかその域には達しません。
それは、公私ともにです。


先日は、友人のマーケティング&コミュニケーションについて
良かれと思ってフィードバックをしたところ、
意に反して、心を傷つける結果となってしまいました。とほほ。。。
そんなことがあったので、今日はフィードバックについて、
自分の考えを整理するためにも、書きたいと思います。


さて、、
あなたは人にフィードバックをする方ですか?
私はスタッフに対してはもちろんですが、

友人に対しても、よけいなお世話的なフィードバックをしますし、
クライアントに対しても必要だと思えばしてしまう、、、
そんなタイプの人間です。


スタッフへのフィードバックも、日常的にありますが、
うまくいくこともあれば、いかないこともあります。
30年間、成長しているんでしょうか(笑


最近思う仮説的なことは、あらゆるケースに共通するのは、
本人がフィードバックがほしいと望んでいない限り、
フィードバックは無効なのではないか、、、
ということです。
多くの人は、ポジティブフィードバックはいつでもウェルカムですが、
ネガティブフィードバックは心の準備ができていいないと、
防衛反応が出ます。
それは当然のことであって、それ自体を責めることはできません。


しかし、大抵のフィードバックは、
良いこと、見直した方がいいこと、ワンセットです。
つまりポジ/ネガ両方を同時に伝えようとする。
(もちろんネガだけの場合もありますが。)
でも、ワンセットで話したとしても、
「聴こう」という気持ちを整える準備がない場合は
ポジしか記憶されなかったり、
反対にネガへの防衛的/反発的な反応で終始し、
実りのない結果になりがちです。


「たとえネガティブフィードバックであっても聞きたい」と
相手が思っている時にだけ、とても吸収される。
フィードバックは言うことが目的ではなく、
相手が何かしら考える材料にしたり、役立ててもらうことが目的ですから、
吸収されないことには目的を達成しないことになります。
だからこそ、そういうマインドセットで
聴いてもらえる状況をつくることが先であって、
それがない状況でするフィードバックは
言いたい人が言いたいことをいうだけの、
自己満足フィードバックなんですよねー


頭ではわかっていることなのに、
気づいていないなら教えてあげるのが親切だ、、、みたいな
おせっかいババア心が働くと、失敗するんだな。


あなたは、フィードバックする時にどんなことを心がけていますか?
どんなフィードバックはウェルカムで、
どんなフィードバックはイヤですか。
この場を使って、時々フィードバック談義、しましょうね。


では、今週も素敵な1週間でありますように!

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


新しい年を迎え、初詣に行ったり、
新しいダイアリーやノートを買ったりする機会のあるこの季節、
今年をどんな年にしたいか、やっぱり考えますよね。
その願いは、すごく具体的で計画レベルの人もいるでしょうし、
健康で幸せに暮らしたいなど抽象的な人もいると思います。


私はどちらかというと怠け者なので、
年末年始に目標や計画を立てるのは苦手な方です。
でも、珍しく今年は「ウィッシュリスト100」を考えてみました。
ウィッシュレベルだけでなく、ドリームもです。


夢を書き出すことの大切さについては、
誰がいつから言い出したのか、
調べてもわかりませんでしたが、
自己啓発の世界では、定番的な手法ですよね。


ベストセラーである「7つの習慣」はもとより、
私は読んだことがありませんが、ロバート・ハリスさんも
「人生の100のリスト」という本で、書き出すことの大切さを書いているようです。
元プロテニスプレーヤーの杉山愛さんも、あるラジオのトーク番組で、
34歳で引退したときに今後の人生をどう生きようかと戸惑い、
「ウィッシュリスト100」を作ったと語っていました。
そうしたら彼女の中で「結婚」「出産」が上位2位だと自覚したそうです。
その結果、あれよあれよという間に、願いが叶ったのだとか。
具体的には「ゴルフを70台でまわる」をウィッシュリストに入れた杉山さんは、
ある時、ゴルフのプロアマ大会に出ることに。
ゴルフのスキルを上げたくて習ったコーチが今のパートナーだそうです。


こんなふうに、ウィッシュリストはなんとなく有効な気がするものの、
実際なぜ有効なのか、私にも説明はできません。


多分「自覚」と「無自覚」の差なのでしょうね。
人は漠然とした願いでは、願い自体に対し無自覚だから行動しようとしないけれど、
具体的な願いとして自覚すると、脳は行動して達成したくなるのかもしれません。
で、行動するということは、第三者に話すということも含まれていて、
人に話すことによって、いろんな作用が化学反応のように起きて、
実現に近づいていくのではないでしょうか。


あなたは叶えたいことを100件書き出すということ、
やったことはありますか?
私は初めてやってみて、最初はちょっとつまづきました。
100件もスラスラ出てこないのです。
20件ぐらいで、いったん立ち止まります。
でも、あちこち心のボタンを押すと、たくさん出てきますね〜(笑
それも、いろいろなレベルで。


そして、人生で叶えたいことを100件出した後、
2017年にやりたいことを絞ったら、それでも30件!
これは欲張りすぎで、5つもできたら御の字です(笑
100件書いてみると、何が願いの上にあるのかもわかりました。
それが100件書き出すメリットですね。


さて、、、マインドフルネスの世界では「目標」に対し別の視座もあります。
"Zen(禅) Habits"の管理者Leo Babautaは、
 今自分が未達成のことを思い描いて、
 それが達成できたらハッピー、達成できなかったらアンハッピー...
 と思うことは、未来への願望が現在を束縛し、今の幸せに結びつかない。
 それを避けるために、まずは毎日を充実させることを大切にしよう、
という考え方を提唱しています。
目標を持つことを否定しているのではありません。
目標を未来の姿に置かず、
日常の中の日々の行いにする、そんなイメージなのでしょうね。
なるほど、と思います。


結論からいうと、私のウィッシュリストには、
未来のこと、日々のこと、両方が混在していたので、
それはそれでいいかなと思いました。
なにしろ100件書いてみるという体験自体が新鮮でしたから!


あなたはどんな一年を願いましたか?
2017年が素敵な1年でありますように!!

もうすぐクリスマスですね。
この時期にfacebookを見ていると、
サンタになっているお父さんたちの微笑ましい話をたくさん目にします。


さて、クリスマスだからというわけではありませんが、
「ヨハネによる福音書1:1」に書かれている有名な一節に
次のような言葉があります。


ーーーーーーー
はじめに言葉があった。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。
ーーーーーーー


福音書の原典はギリシア語で書かれており、
「言葉」と訳されている部分の原語は、「ロゴス(logos)」です。
ロゴスとは、概念、意味、論理、説明、理由、理論、思想などの意味だそうです。

私は「はじめに言葉があった」について、勝手にこう解釈しています。


世界や宇宙は、たくさんの概念や意味、事象にあふれていて、
もし言葉がなければ、ただの混沌とした状態でしょう。
その混沌から逃れ、美しい秩序と調和をもたらすためのもの、
それが言葉だ、ということではないかと。


たとえば、もし私たちが「平和」という言葉を知らなければ、
「平和」に向かう努力はできません。
「人権」という言葉が生まれてきたから、
すべての人には「人権」があると理解されるようになりました。

言葉は、人の認識に影響を与えるだけでなく、
行動にも影響を与えています。
ビジネス社会により具体的に影響するのは、
むしろ行動への影響かもしれません。


たとえば、昔は「会社のため」という言葉で人は動きました。
今、その言葉で人が動くことはないと思います。


またこんな例もあります。
この週末、ある人から聞いた話です。
最近よく耳にする「引き寄せの法則」。
最初は「牽引の法則」という言葉で紹介されていたそうですが、
「牽引」を「引き寄せ」に変えたら、ブレイクしたそうです。
(すみません、具体的にどの本の話なのかは未確認です。)
行動につながるかどうかの分かれ道、
それはピンと来る言葉であるかどうかです。


こういうと、広告のキャッチコピーの話なのでは?と
言う人がいますが、そうではありません。
概念の整理選択の問題だからです。
マーケティングやブランディングでは、
この概念とそれに基づく言葉の絞り込みが真剣に行われていますが、
中計の発表やトップメッセージにおいて、
どれだけ多くの企業が言葉の力を信じて、
そこにエネルギーを割いているかは、甚だ疑問です。


私たちグラスルーツの企業理念は
《「言葉」で未来をつくる》です。
言葉の力を信じて、言葉には力があることを
もっと社会に広めていきたいと思います。


年末まであとわずか。今週も素敵な1週間をお過ごしください!

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今日は、今、この時代にしかできないことについて、考えたいと思います。
ちょっと前置きが長くなりますが、まずは土曜日の出来事から。


その日、先日行われた高校の同窓会の
幹事が集まって、打ち上げが行われました。
神奈川県立多摩高校が私の母校です。
親子2代で同じ高校という人も少なくなく、
自ずと現在の母校の様子が話題に上ります。


なにやら生徒たちが「反対の署名運動」を行っているのだとか。
何に反対しているのかと聞けば、、、


神奈川県の教育委員会の方針が学校方針に影響し(?)、
学校行事の時間数を減らして授業時間を増やすということが進んでいて、
反対運動はそれに抗議するためのものだそうです。


その方針の背景には、入学時点では偏差値が高いのに、
現役での進学実績が低いという傾向があり、それが問題視されているようです。

偏差値に対して進学実績が低い。
それは、よくも悪くも伝統的に続いてきた傾向でしたが、
そうであってもお釣りが来ると思える校風がありました。
その代償とは何なのか。
それは、主体性や創造性を育むというその一語に尽きます。


たとえば、保護者の立場で各高校の学校説明会に行ったという友人いわく、
「大多数の高校は先生が説明会を仕切っている、
一部の高校は、先生が仕切っている説明会の所々に生徒たちが登場する、
でも多摩高は企画も運営も生徒が行い、内容もユニークだった」。


「社会に出てからではできないこと、
その時代にしかできないことがあるんだよな」。
誰かのそのつぶやきが妙に心にしみました。


さて、、、
高校時代には高校時代にしか、できないことがある、
のであれば、20代には20代にしか、できないことがあり、
30代でも50代でも80代でも、
その時代にしかできないことがあるのではないか、と、
そんなことを考えたわけです。

たとえば、30代の時に持っていなかったものを今は持っているとか、
今は持っているけれど、70代になったら失うかもしれないこととか。
そういうことによって「この時代にしかできないこと」があるのかも、と。
もちろん、それだけでなく社会の進歩なども関係してきますよね。
(あ、何歳になっても始めるのに遅すぎることはない、と反論しないでください。
はい、それも別の意味で、真実ですが)

そして、、、
結局それが何であるのかを決めるのは、
自分次第ですよね。


先ほどの例なら、高校時代は受験勉強よりも、
創造性やリーダーシップ、チームワークを学ぶ方が良いというのも
一つの考え方ですが、
受験勉強に徹し、勉強によって自分の可能性を追求する方が良いとする考え方も
やはり一つの考え方です。
時代背景によっても、いろいろな価値観が出てきて当然です。
何が良い悪いではありません。

ただし、1度しかない人生にどのような願いを持つのか、
その価値観に素直に従うことが大切だということだけは
間違いないのではないでしょうか。


どういう人生を送りたいか、
どういう人間でありたいか。
夢は何か。
今しかできないことは何か。
自分にしかできないことは何か。
とかく歳を重ねると、生活すること自体が目的化しがちですが、
時には、そんな問いとともに立ち止まって考えることも必要ですね。


あなたにとって、今、この時代にしかできないことは何ですか?
私も年末の慌ただしさ、忙しさの中で、
心を亡くさないように。
心の願いを大切にしたいなと思います。


今週も素敵な1週間でありますように!

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ここ1カ月ほど、新しい出会いが多く、
また新しいプロジェクトがスタートするなど、外的な刺激の多い時期でした。
しかも、接する方たちに偶然にも共通していたのは、
「もっと○○したい」という強い願いを持っていたことです。


「社員がもっと会社を好きになるようなきっかけを作りたい」
「もっと自社の強みを伝えたい」
「社内をオープンな会話ができるムードにしたい」などなど。


「もっと○○したい」。
とても身近な言葉ですが、
これほど人をパワフルにする言葉はあるでしょうか?


この言葉の力強さに気づいていなかった方は
「え?」と思うかもしれません。
「そんなに力強さがある言葉なの?」と。
でも、この言葉は、未来を変えようとする言葉だと思いませんか?


そもそも人が抱く願いとか、欲求というものには、
高密度なエネルギーがあります。
願いがあると、心の温度が高くなりますよね。

私は、ご相談を受け、仕事を選ぶときに、
その方の「もっと○○したい」が強いかどうかを一つの判断材料にしています。
なぜなら願いが弱い人と仕事をしても、
何の問題解決にもならず、ただの作業になるからです。


書きながら、ふと、レンガを積む男の話を思い出しました。
有名な例えなので紹介するまでもありませんが、
レンガを積む仕事をしている人に「何をしているか」と聞くと、
「人が集まり祈るための教会を建てている」と言える人と、
「見ればわかるだろ、レンガを積んでいるんだ」と言う人がいる。。。
教会を建てていると答える人の心の中には、
社会や人の気持ちなど、何かをより良くしたいという願いが感じられます。

しかし、、、


このパワフルな気持ち「もっと○○したい」対して、
多くの場合、妨害者が現れます。
その妨害者は、上司や同僚、家族や友人の場合もあるでしょうけれど、
もっとも手強い相手は「ああ、もう無理!」と叫ぶ人物、
つまり、自分自身です。


「もう無理!」にもいろいろあります。


*上司を説得するのが無理!
 (なぜなら、説得に失敗して惨めな気持ちになりたくないから)


*いろんな意見がありすぎて、みんなを満足させるのは無理!
 (なぜなら、みんなから嫌われたくないから)


*そんな難しいことを実行するのは無理!
 (なぜなら、今の自分のスキルではできる自信がないから)


*普段より忙しくなりそうだから無理!
 (なぜなら、家族と険悪になるのはイヤだから)


さて、、、
多くの場合、人はその無理な原因を状況のせいにしたがります。
( )の理由は自分の中にあるものなのに、
そこに気づかないことも少なくありません。


では、無理と感じ始めたとき、どうしたらいいのでしょう?
お勧めしたいのは、3つのこと。
第1は、そもそもの目的、「なぜやりたかったのか」に立ち返ること。
第2は、熱量のあった最初の身体感覚を思い出すことです。
「え? そんな原始的なこと?」と思われるかもしれませんね(笑)
騙されたと思ってやってみてください。
「グランディング」と言いますが、
姿勢を正し、自分の足が大地を踏みしめて立っている感覚を
意図的に感じることに努めます。
ブレそうになった自分の気持ちが定まって、「無理」が「できる」に変わりますよ。
最後の第3。これは、その妨害者に名前をつけることです。
たとえば私の中にいる妨害者には「ジンジャー」「QT」などの
名前をつけています。他にもいます(笑
そうすると、思考の癖を客体化して見られるんですね。


複雑な社会で人間稼業をやっているわけですから、
そりゃ、誰でもグラグラしますよね〜
大切なことは、今自分がグラついているかどうか、感じ取る力と、
パワフルな自分に立ち戻る力ではないでしょうか。


では今週も良い1週間をお過ごしください!
※今週の動画ブログはお休みです。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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