ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

ブログ

社長の脳みそ整理mono-log モノログ

ランチを食べながら、隣の席にいた見知らぬ二人が、こんな会話をしていました。
「仕事を頼んでも、彼女はまったく自分で考えようとしない」
「細いことまで指示しないと、やってくれない」
男性と女性の二人の会話、聞き耳を立てていたわけではないのですが、
すみません、耳に入ってきてしまいました。


主体的に考えない人が組織内にいて、
それに対して悩みや不満を言う先輩/上司。
どんな組織にもありがちなことですよね。
そして大抵の場合、不満を述べている先輩/上司は、
自分たちは主体的に考えていると自認しているだけに、
考えないなんてありえない、理解できないと思っています。


さて、あるあるのこのシーン、
私たちは何をどう考えるべきなのでしょうか。
私はこの会話を聞きながら、何か違和感がありました。
なんとなく上から目線な批判に思えたからです。
気になったことをシェアさせてくださいね。


1つ目は、主体的に自分の考えを述べない人がいたからといって、
必ずしも考えを持っていないとは言えないと言うことです。
ただ単に、考えを言いにくい雰囲気だと感じているから、
考えを発しないだけかもしれません。


聞かれてもいないのに、自分の考えを発言できる人と言うのは、
むしろ少数ではないでしょうか。
多くの人は、水を向けられてもなお、
こんなことを言っておかしくないだろうか...と気にしてしまいます。
あるいは、考えをまとめてからでないと、発言すべきではないと
行動をセーブしてしまったりします。


大抵の場合、過去に嫌な体験があるからです。
笑われたとか、
否定されたとか、
無視されたとか。。。


勇気を出して発言したのに、傷つくような体験があると、
おそらく二度と同じ思いをしたくないと思うのが、
普通の感覚なのではないでしょうか。


どんな意見でも歓迎されると言う前提があるのと、ないのとでは、
当然言いやすさも違いますよね。
言いやすい雰囲気や安心安全の場を作ることは、
リーダーやファシリテーターの重要な役割だと思います。
これが、簡単ではないのですが。


もう1つ気になったことというのは、、、、
筋道立てて考えたり、物事の本質を理解しながら考えるというのは、
実はとても高度で難しいことです。
ですから、これをスラスラできる人というのも、実はとても少数だと思います。
できている風に振る舞う人は大勢いますが、
そういう人に限って、物事の奥深さを甘く見ていたり、
謙虚に考えることをしていないように見えます。
私も、考えることが仕事ですが、
この「考える」行為は、何年やっていても侮れないと感じます。


ということは、逆にいうと、
ただ単に「考えろ」という上司では部下は困ると思うのです。
ただ考えろというだけなら、これほど簡単なことはありませんからね。


で、実際、上司にとって、考えることを部下に教えるのはとても難しい。
教えるスキルを学ぶ機会もあまりありません。
さらにいうと、自分自身が常日頃どのようなプロセスで考えて、
どのように物事を進めているかさえ、上司は整理できていないと思います。
暗黙知だからです。
だから「彼女はまったく自分で考えようとしない」と
批判するだけの上司にはなりたくないなと思いました。


ロジカルシンキングなどのようなコンサル系アプローチとは違う方法で、
考えるコツや考えることを教える方法があるといいですよね。
私のライフワークにしようかな〜笑 ←ちょっと本気。

先日、会社のビルの1階にあるコンビニでコーヒーを買って、
フタをしようとしていたら、フタがなかなか閉まらず、
ちょっとあたふたとしていたんです。
そうしたら、同じくコーヒーを待っていた40前後の女性が、
親切にも「閉まりません? ちょっとやってみましょうか?」と言って、
私のカップのフタを閉めてくれました。
閉まらなかった理由は、おそらくキャップが不良品で、
サイズが微妙に小さかったから。
彼女は「あれ、おかしいな」と言って、そのフタを諦め、
別のフタに取り替えて、そうしたらうまくフタが閉まりました。
その間のやりとり、約1分半でしょうか。


私は、最初はあらら、こんなことで手を煩わせてしまって
申し訳ないなと思いましたが、
フタが閉まった瞬間、とっても幸せな気持ちになりました。
と同時に、なぜ彼女は手を差し伸べてくれたのだろうと不思議に思いました。


実は、そのちょっと前に、社内のある人との間でこんな話が出ました。
おせっかいはしない方がいいと思いがちだけれど、
それはもしかしたら間違いかもしれない、
おせっかいかもしれないと思っても、オノさんは、
手助けをしたくなる雰囲気を持っていますよね、というような話だったか、
あるいは、おせっかいという気持ちを抱かせない、というようなことだったかな?
詳細は忘れてしまいました。。。何しろ褒められたみたい〜♪


もし、このコーヒーの例のように、
見ず知らずの人が私を助けたく思ってくれるなら、
これは私のスゴい才能なのかもしれません(笑)
見ず知らずの人は別として、いろいろな人に助けられているという自覚はあります。
でも、なぜ助けてくれるのかはわかりません。
助けてもらうコツは?と聞かれても答えられません。


それでも、もしかしたら関係あるかもしれないと思うことが1つだけあります。
それは、言いにくいことも言いやすい人でいたい、
オープンな心でいたい、そうずっと願ってきたことです。
これは多分、10代か20代か、そのくらい昔から願っていました。


本能的に、直感的に、人が躊躇しないで発言できることが、
自分にとっても、他の人にとって大切だと感じていたのだと思います。
ありのまま、思ったままを発言できること、
自分自身がそうでいられない状況は窮屈だと感じるので、
だからこそ、まず自分は「言いやすい人」でいたいと思ったのでしょうね。
で、私自身が今、どこまでそれを体現できているかどうかとか、
言いやすいことと人が助けてくれることに因果関係があるかどうかはともかく、
言いやすい人/言いやすい関係が増えることは社会にとって良いこと、
これはまんざら間違っていないと思います。


では、いったい「言いやすい人」とはどんな人でしょうか?
「言いやすい人」は「波風立てない、いい人」でしょうか?
「言われたことにそのまま応える人」でしょうか?
そうではないことは、なんとなくわかりますよね。


で、「言いやすい人とは?」のその答えは、
相手の発言自体(言われたこと)をどう位置づけるかで、変わってきますよね。


言われたことを、指摘である、文句である、リクエストである、
期待に応えるべきことである、相談である、受け流せば良いことである、
コミュニケーションの入り口の情報である...。
このように言われたことをどう位置づけるかで、
受け止める時の自分の感情自体が随分変わりますよね。
相手の言葉を文句と位置づけたら、単純に反発したくなりますし(笑


私自身は、言われたことを
・コミュニケーションを深めるための入り口にある情報
・相手が寄り添ってほしいと思っている感情
こんなふうに受け止めるようになり、それによって、
ニュートラルに受け止めることができるようになりました。
(もちろん人間ですから未だに不完全ですが、、、苦笑)


防衛的でなく聞く。
攻撃的でなく言う。
これだけで、社会はもっと快適になると思うんですよね。


そのような考えから、当社では先週から勉強の場として
「育自プロジェクト」を展開中です。
これは、まさに「防衛的でなく聞く」「攻撃的でなく言う」の実践。
社会がそうなってほしいので、まずは自分たちからそうありたいと思います。


そして、私たちは仙人ではないので、実はそんなに簡単にはできません。
それでも、やってみて、軌道修正し...それを組織として繰り返していくことが
とても大切だと思います。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
素敵な1週間をお過ごしください!

171009_good.jpg

最近、私の周りでよく話題に上るのが、苦手なこととどう付き合うか、です。


苦手なことを克服しようとがんばるよりも、
得意なことを伸ばす方がいい、とか
好きなことだけすることに罪悪感を抱く必要はないとか、
がまんして嫌いなことをするよりも、
嫌いなことはやらないと決める方が幸せになれるなど、
自分の活かし方や才能の伸ばし方に関する
ひとつの示唆に富んだ考え方だと思います。


でも、「苦手なことより好きなこと」というのを
「好きなことをすることが幸せ」と短絡的に捉えてしまって、
好きなことがみつからない、
自分のやりたいことがなくて焦る...と悩む人も見かけます。


確かに好きなことだけして食べていけるなら、
いいなあと思いますよね。
もちろん何もかもうまく行くなんてことはありえませんから、
好きなことを始めたものの、経済的には苦しく、
そうこうするうちに、結局立ち行かなくなった...などということも
起きたりします。
それでも、やっぱり一度だけの人生なんだから、
やりたいことや好きなことがあるなら、
やってみる方がいいですよね。


でも、こうも思います。
幸せってそういうことだけではないんじゃないかな、と。
何をしていても、幸せを感じられる人は感じていますから。


さて、、、、
苦手なことを巡っては、こんな考え方もありますね。
苦手意識は単なる思い込みであって、
それを取っ払ってしまうことで、自分の可能性が大きく広がる。
これはこれで、共感できます。


親や先生からこんなことを言われた体験はありませんか?
「歌は上手だけど楽器が下手だね」
「応用問題が苦手だね」
「積極性が足りない」
「絵を描く時に神経質になりすぎる」
こんな経験があると、それをそのまま受け取って大人になってしまい、
未だにそんな自分像を抱いているという話はよくあります。
だからこそ、刷り込まれた決めつけに振り回されず、
自分を白紙で眺めると、新しい可能性が広がるということなのでしょうね。


でも、白紙にするという発想がないままに、
ただ苦手なことを克服しようとすると、
苦しいだけになります。


では、最初の「苦手なことをがんばるよりも、得意なことをする」という考え方と、
「苦手だという思い込みを手放すと可能性が広がる」という考え方、
これらは相反することなのでしょうか。

私はいずれも「自分を大切にする」ということであって、
どちらか一方が正しいというものではないと思っています。


苦手なことは克服しなければならない...
好きなことだけして生きるなど許されない...
自分は〜が苦手だし、できるわけがない...


これらはいずれも自分で自分を制限してしまっていて、
自分で自分を認めていない考え方だと思います。
自己制限をせず、自分を大切にする。
結局、そういうことが自分を生かすことにつながるのかもしれませんね。
私は、自分自身がそう自分を取り扱いたいですし、
当社のスタッフに対してもそういう目線で接したいなと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございました。
どうぞ素敵な1週間を!

171002_miraiha.jpg

ちょうど今、私は「未来は言葉でつくられる」(著:細田高広、ダイヤモンド社)という本を読んでいるのですが、
あなたは言葉の力を信じますか?

こう聞かれたら、多くの人は「イエス」と答えることでしょう。おそらく過去に感銘を受ける言葉と出会った経験があるからです。
それは、人から言われた言葉かもしれませんし、何かで読んだ言葉かもしれません。

つまり、誰しも言葉には人の気持ちを動かす「力」があることをなんとなく知っています。


でも、結局のところ、言葉の地位は、それ以上でもそれ以下でもない。
少なくてもビジネスにおいて言葉を大切にする経営を行なっている企業は、あまり多くないと感じます。

多くの場合、言葉がどう捉えられているかというと、説明して理解してもらうためのもの、なのではないでしょうか。それはそれで大切ですが、本当にそれだけかといえば疑問です。


私自身は、言葉こそが、自分の人生を変えたり、自分の仕事を変えたり、世の中をより良い方向に変えたりするのだと思っています。何かの始まりには常に向かう先を描く言葉があるのだ、と。


そんな私にとって、言葉は未来をつくるためのものだと語るこの本は、
まさに我が意を得たり!です。


この本では、ソニーやアップル、ディズニーやシャネルなどを例に挙げ、
革新的なことを成し遂げる出発点には
常に「ビジョナリーワード」と呼ぶべき1行の戦略ワードがあったことを紹介。
さらに、どのようにしたらその言葉が作れるのか、
アプローチ方法を紹介しています。


この本には共感することがいろいろと書かれていますが、
中でも一番強く「その通り!」だと思ったのは、
つくりたい未来の入り口を探すには、現状を疑うことが不可欠だという指摘です。


つまり、未来をつくる言葉をいきなり生み出そうとしてもできるものではなく、
現状を疑うことが先である、ということですね。
著者は、そのために有効なのは「本当にそう?」という自問だとしています。


以下の引用は、各社の出発点にあったであろう自問です。
ーーーー
ビジネスは、自然環境の敵である。本当にそう?(パタゴニア)
コンピューターは便利ならそれでいい。本当にそう?(アップル)
クルマは家計と環境の負担になる。本当にそう?(ジップカー)
ーーーー


そうなんですよね。


「疑ってみよ」というのは、身近なことでも言われますよね。
日々の仕事で当たり前のようにやっていることを疑ってみよ、とか。

ところが、疑ってみること自体、結構難しい。
人間は思い込みをする動物だからです。
これはこういうものである、という思い込みで
私たちはがんじがらめになっています。
これでは、未来を変えるどころではありませんね。


しかも、社会常識に対して思い込みを持つだけでなく、
自分自身に対しても思い込みを持っています。
・私は〜が苦手。
・私に〜する時間はない。
・私は〜をしなくてはならない。
思い込みは、言葉の負の力だということもできますね。

だから、仮に目の前のことについて「本当にそう?」と自問して、
「違うかもしれない」と思えても、
今度は「自分の手で現状を変えるなんてムリ。できるわけがない」
という思い込みが働き...などということになりかねません。


でも、、、、
そもそも人間が思い込む習性のある動物であるなら、
常に「本当にそう?」と自問するクセをつけるしかありませんね。
自分の思い込みワードを打ち消し、
自分の未来、社会の未来をより良くするための魔法の言葉、
それが「本当にそう?」なのかもしれません。


さて、10月がスタートし、2017年も最終コーナーです。
どうぞ素敵な1週間を!

170919_yourwork.gif

先月のことになりますが、
私たちグラスルーツは伝える仕事の面白さを届けたいという思いから
2つの小学校のサマースクールにエントリーし、
「お友だちをプロデュースしよう!」
「いろいろな題をつけて遊ぼう!」という子ども向け特別授業を開講しました。
当社のスタッフの子どもさんたちが通う小学校での開催です。
先生役は当社のスタッフ、子どもさんたちから見ればお父さん・お母さんです。
詳細は、こちらをご覧ください


参加した小学生たちの反応は上々で、友だちに質問するのが楽しかった、とか、
ほかの人は自分とは全然違うことを感じていることがわかって面白かった、など、
何かしら楽しい発見をしてくれたようです。


さて、先生役を担った二人との会話で、
普段、家で自分の仕事をどう子どもに説明しているか
ということが話題に登りました。
一人はわかりやすさ優先で「本を作っている」と語っているそうで、
もう一人は「働く人が元気になるための仕事をしている」と言っているそうです。
子どもにとって、前者は働く姿が目に浮かび、後者は大切な仕事なんだなと感じる、
そんな違いがある気がします。
いずれにしても、良くはわからないなりに、
子どもたちはちょっと誇らしいかもしれませんね(笑


私が小学生の頃、働く父親の姿を絵に描くという授業がありました。
ところが、どんな仕事をしているのか、父に聞けども聞けどもわからず。。。
当時、父は、国の地質系研究所のようなところに勤めていましたが、
何のための仕事なのかも、何をする仕事なのかも私にはわからず、
それでは絵が描けないので、
結局「周りにはこんなキカイがたくさんある」という絵を父に描いてもらって、
それを書き写したような記憶があります。
見たこともないので、私にはただの箱にしか見えませんでしたが(笑


自分の子どもに自分の仕事をどう説明するのかは、とても重要だと思いますが、
それは子どもに対してだけではありませんよね。
特に、自分自身のアイデンティティにとって最も重要である気がします。


その有名な例えが、レンガ職人の話ですよね。
「ここで何をしているのか」と問われて、
「レンガを積んでいる」と答えるのか、
「人々のために教会を作っている」と答えるのか。


では、実際の私たちは、自分の仕事をどんなふうに人に伝えているのでしょうか?
話す相手と状況によって、いやむしろ多くの場合、
「〜のために」の部分は語らなかったりしますよね。
たとえば学生時代の友だちから、「どんな仕事をしてるのか?」と聞かれたら、
「○○○の営業をやっている」とか、
「○○○会社の人事部にいる」と答えることの方が多いのではないでしょうか。
なぜならこの手の質問で相手が期待する答えはWhatであって、
Whyではないと思っているからです。
あるいは、下手にWhyを語ると、面倒くさいヤツだと思われる...と思っていたり(笑


でも、、、、ふとこんなことを思いました。
それは、自分の仕事へのこだわりをシンプルに語る言葉の準備が
不十分だということかもしれない、と。
たくさんの言葉を尽くせばWhatもWhyも話せますが、
シンプルに、子どもにもわかるような平易な言葉で、
ズバリ語ることは結構難しいものです。
そもそも自分の考えをそぎ落とすのが難しい上に、それができたとしても、
次は相手側の言葉で表現する必要があり、これまた難しいからです。


自分の仕事を人に(子どもにも!)わかりやすく、説明できるようになること。
それは、きっと自分の思考整理にもつながるのでしょうね。
あなたは、自分の仕事を子ども向けに説明するなら、どう説明しますか?


涼しくなってきましたね。どうぞ素敵な1週間を!

170911_bawakataru.jpg

私事で恐縮ですが、ここ最近、病院に入院していた母が退院後に入居する
介護付き老人ホームを探していました。
おかげさまで短期間で良いホームを見つけることができ、
既に本人は無事入居しています。
同時期に複数の施設を見学したり、いくつかの役所を訪ねたり、
病院の方たちと相談するという体験を通じて感じたことがあります。
それは、「場」というのは、無言でいろいろなことを物語るものだ、
ということです。


人と接する中で、何かを感じることはもちろんありますよね。
でも、面談などの形で人と接するよりも前に、
その場に醸し出されている空気を感じることはありませんか?
「カラー」と言ってもいいかもしれません。


なんとなくザワザワしていて落ち着かない感じの場。
静かできれいで、落ち着いているけれど、魂が感じられない場。
訪問している間に、自分の気持ちが滅入ってくるような場。
働く人たちが良いオーラを出している場。
反対に働く人たちの気が良くないと感じられる場。


どんなことからそう感じるのかを一言で言うことはできませんが、
多くの場合、そこに足を踏み入れてから、数分のうちに、
何かを感じ取っていたような気がします。


この行動、家のポストに入っていたDMやチラシを見て、
瞬時に読むか読まないかを判断するのと似ているかもしれません。
人間の感覚は本当に鋭いと思います。


私たちは、いったい何をどう判断しているんでしょう?
その場のインテリアや照明の影響もありますが、それだけではない。
私は、人の心の状態や人が刻んだ軌跡と関係があるような気がします。
最初は直感的に感じるだけですが、
その直感に基づいて、質問などを投げかけていくと、
やっぱり!と思うことも多々ありました。


たとえば、昨年完成したというある施設は、とても新しく、
建物もとてもきれいで、ハードウェア的には快適に過ごせそうな印象がありました。
でも、人影がまばら。よく言えば落ち着いている印象なのですが、
いまひとつ人の温もりや気配が感じられません。


もしかして、人で不足...?


「まあ、この業界はどこも人で不足ですから、その辺はご容赦ください」と
営業担当者。


では、どこもこんな感じなの...?


そこで、仲介会社の人に尋ねてみたら、
案の定、入居者3人に対し介護・看護職員が1人の割合の施設であるとのこと。
この数字自体は法律的には問題ありませんが、
入居者2.5人に対し1人の割合の施設に比べると違いがあるそうです。
やっぱり...。


結局、私が母の入居先に決めたのは、
見学している時にスタッフの方が挨拶や声がけをしてくれた施設です。
廊下にはスタッフ全員の顔写真が飾ってありました。
私がこの施設に決めたのは単に「挨拶をしてくれたから」ではなく、
働いている人たちから感じられるオーラが良かったからです。


その印象通り、施設の営業担当者から「正社員比率が高い」
「資格取得を奨励していて、半数が資格取得者である」
「定着率がよく、5年以上勤めている人が多い」という説明を聞き、
私が最初に感じたことは、こうした話と無関係ではないと思いました。
しかも、介護・看護職員の割合は、入居者2人に対し1人の施設でした。
あくまで解釈ですが、人を大切にする経営思想が根底にあり、
それがスタッフのエンゲージメントにつながり、
場に良い空気を生み出しているのだろうなと、そんな想像までしてしまいました。


実はこの体験、今回母が入院していた病院でも感じたことです。
こちらは、「場」というよりも、「人」の方かもしれませんが、


全体的にとても人当たりが良く、ハートが感じられる病院でした。
たくさんの具体的なエピソードがありますが、長くなるので省きますね。
84歳の母は、ここ10年ぐらいの間にいくつかの病院に入院しているのですが、
病院にもカラーがあるものだと痛感します。
中にはあまりに事務的で、ケンカしそうになった病院もあります(笑
今回の入院先の病院は、きっとしっかりした経営理念や経営思想があり、
それが末端まで浸透していたに違いありません。


「場」にもれ出る何か。
それは何なのでしょうか?
しかも、そこにいる当事者たちは無自覚なのに、相手は感じ取っている。
反対の立場に立ってみると、、、、きゃ〜 コワイ!
うちの会社に漏れ出ているのは、どんなことだろう?
そんなふうに外からの目線に立って、自社を振り返ってみるのも、
時には必要かもしれませんね。


あっという間に9月中旬です。
まずは今日を大切に過ごすことからですね! どうぞ素敵な1週間を〜

先週、家のテレビが突然壊れてしまい、
週末、新しいテレビを買いに行きました。
15年以上使っていた気がするので、ありがとう!という気持ちです。
突然の出費は痛いけど、夏なので、壊れたのがテレビでよかった。
これがエアコンや冷蔵庫だったら...


さて、今日は「会議」の話。


会議に対する不満、世の中、多いのではないでしょうか。例えば、、、
・招集されたから出席したけれど、出席する意味を感じない。
・会議のゴールが見えないことに、ストレスを感じる。
・自分に何が期待されているかわからず、発言がしにくい。etc...

他にも時間通り終わらないなど、たくさんの不満がありますよね。
今回、なぜ私がこの話題を取り上げたいと思ったかというと、
最近、私は、暗黙知はどうすると形式知になっていくのか、について
興味を持っていて、
この機会にそういう視点で会議というものを振り返ってみたいと思ったからです。


例えば、私たちは、会議のファシリテーションを業務委託されます。
委託された会議の前には、時間をかけてしっかり準備をします。
会議の目的はもとより、参加者の心情心理や理解のレベルを踏まえ、
どういう流れで何を問いかけるかを考えます。


そういう仕事をしている私たちですが、
では自社内のミーティングが「常に」うまく機能しているかといえば、
ありゃ〜 残念ながら答えは「NO」です。
そして、会議が停滞したり、堂々巡りをしている時に
参加メンバーが感じていることは、人それぞれ違っているような気がします。

自社の会議と委託されたファシリテーション業務との最大の違いは、
準備の量です。社内会議の場合、極々最小限しか準備はされません。
準備はした方が良いに決まっていますが、
身内の会議でそれをルールにしてしまうと非効率な面もあります。
(という思い込みを疑ってかかる必要もあるかもしれませんけどね)
ですので、ここでは多くの準備はしない前提で、
会議をより良い場にするためにはどうしたらいいのか、
そんな視点で皆さんと一緒に考えていきたいと思います。


と、言ったものの、、、会議といってもいろんなタイプがありますね。
まずは合意形成しながら、方針や行動を決めていくような
会議を前提として考えてみましょうか。
それでもいろいろなシーンがありますね。
いろいろな会議のシーンを思い起こし、
何となく停滞している時の共通点、
変えるべき事柄について、探してみたのですが、
結局それは何でしょう?


私は、主に3つ原因があり、まずはそれを変えたら、いいのかなぁと思います。
1つ目は、「目的」の曖昧さを早めに深掘りして、「課題」として明確にすること。
2つ目は、「方法のタイプ/場のコンセプト」を招集前に明確にして共有すること。
3つ目は、「各参加者の役割」を招集前に明確にして共有すること。
式で表すと、「課題」×「場のコンセプト」×「役割」です。
順番に見ていきましょう。


まず1つ目。どんな会議でも、一応目的はありますよね。
でも、その「一応ある目的」ぐらいだと、何から話したらいいのか、
とてもとっつきにくいはずです。

例えば、次の2つは、先週実際に私が参加したミーティングの目的です。
・今後の当社のマーケティングの方法論を確立する。
・顧客ヒアリングに基づき、どんな方向でプレゼンテーションするか決める。
ですが、この目的表現のままだと、何を議論していいかわかりません。
目的に応える形で「課題抽出」できてこそ、具体的なディスカッションに入れます。
そう、この「課題抽出」は実はそれだけで1回以上のミーティングが必要なくらい、
重要なディスカッションテーマです。
つまり会議プロセスを形式知化しようとするなら、
「目的」から「課題抽出」という工程をしっかり立てることが必要ですね。
具体論はその後である、そんな形式知への共有が必要なのかと思います。


続いて2つ目。会議の場には「方法のタイプ」(場のコンセプト)があり、
まずはそれを明確にし、招集段階で告知できたらいいですね。
例えば、、、
・ブレーンストーミングなどの「アイデア発散タイプ」
・ボトムアップ提案などの「プレゼンタイプ」
・定例的、あるいはプロジェクトの要所での「報告タイプ」
・振り返って行うミーティングや反省会などの「分析タイプ」
・その場で集まってワークする「実務実行タイプ」
・インタビューや資料に基づくレクチャーなどの「取材タイプ」
・方向性に対する結論を出す「合意形成ディスカッションタイプ」
・意思決定を行う「意思決定ディスカッションタイプ」
・トップダウンの意思伝達を行う「意思伝達タイプ」etc.
場のコンセプトがわかると、参加者は自分の行動がイメージできます。
場のコンセプトを伝えるというのは、形式知にできる要素だと思います。


最後に3つ目。「各参加者の役割」について。
実は、今回振り返ってみて、私が一番頻繁に混乱しやすいのが
これだとわかりました(笑
この場が何の場で、部下は自分に何を期待しているのかがわからないままに、
上司だからという思い込みから、見えない役割を果たそうとしてしまう。
その結果、アドバイスなのか、指示なのか、わかりにくいことを発信してしまう。
そういうことが起きがちです。(反省)
私に限らず、上司というポジションの方には、
この感覚、多少わかっていただけるのではないでしょうか。


でも、この「各参加者の役割」。立場に関係なく重要ですよね。
自分の役割がわからないと、人はどう振る舞っていいのかわからない、
これはすべての人にとって共通する感覚だと思います。
アイデアや助言が欲しいのか、協力を引き出したいのか、
ただ単に「いいね」と言って欲しいのか、
誰しもその役割を知った上で、会議に参加したいはずです。


さて、、、、
今回は3つの仮説に則って、
会議に関する暗黙知をどうしたら形式知化できるか、見てきました。
これを考え抜くことに、一つの価値がありそうですね。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
まだ夏は続きます。思い出深い夏になりますように!

今日は、私のモヤモヤにお付き合いください。
最後まで読んでいただいても、なるほどと思っていただけるようなことは、
おそらく何もありません。
でも、このテーマ、もしかしたら今流行りの AIなどとも関係しているような気がします。
私の問いを大上段に書くとするなら、
個人が無意識に行っている思考のプロセスをどうやったら普遍的なもの、
体系的なものに変換し、他の人たちと共有できるか、です。


きっかけは、先週、私の友だちが、facebookに書いたこんな投稿でした。


「431円の買いもので、硬貨を13枚使いました。
1円玉、10円玉、50円玉、100円玉、それぞれ何個づつ使ったでしょう。」
だんだん教えるの難しくなってきた...。


問題の出所は、ベネッセのオプション教材「考える力・プラス講座1〜3年生」だそうです。
これを読んだ時、最初に思ったことは、「あ、ここにヒントがありそう!」でした。
何のヒントかといえば、暗黙知のプロセス伝承の本質です。


これを書いているきっかけはそんな出来事でしたが、
このテーマを考えている背景には私の仕事があります。
具体的には、私が部下に伝えたい(教えたい?)ことが100あるとして、
それらがルーティン的なものではない場合、
言い換えれば、一見するとケースbyケースで対応しているような事柄の場合、
私が「それはケースbyケースだから...」と言っている限り
人に教えることができない、という事実です。


メソッドとして浸透させるには、
考え方の原理原則を伝える必要があります。
ティップスを教わっても、人は応用できませんからね。
ということは、原理原則を導き出す必要があるってことです。


例えば、当社の無料メール講座で伝えていること、
これはコンテンツ企画のメソッドです。
そもそもどうして誕生したかというと、
コンテンツの企画というわかりにくい業務を社員に教える必要があるのに、
これがなかなか難しい。
殴り書きの企画書を提出用に作成してもらうという
超原始的かつ体育会系的な教え方から始まって、
拙い言語でわかったような、わからないような教え方を経て、
「体系を作る」を目標に掲げて、今のロビンフッド発信術は生まれています。


これはこれで、とても良いメソッドとして確立できていると思います。
でも、、、、
このアプローチだと、小さな業務単位で、すべてをこのレベルに落とし込まないといけない
という話になり、
とてもではありませんが、あらゆる業務の伝承をしようとしたら、
途方もない数のケースに対応する必要があることになります。


と言うのは、当社へのご相談は、案件ごとにかなり多岐にわたっています。
ですから、ノウハウの伝承という観点で言うと、大項目ベースでさえ、
・ヒアリングをする
・提案書を作る
・見積もりをする
・体制を作る
・会議を設計する
・実際に成果物を作る、etc.
などがあって、これを業務に応じて細分化するとなると、
普通の発想ではかなり複雑な結果になりそうです。
ま、そこを厭うようではダメという考えもありますが。。。

で、最初の「431円の買いもので、硬貨を13枚使う」という問題に戻って。。。。


この問いのような問いは現実世界では、ほぼ起きませんよね。
「431円の買いもので、硬貨を13枚使ったが、どのコインと使ったか?」なんて
考えることはまず必要ありません。
ですが、仕事ではこういう発想が必要なことは多々ありますよね。
例えば、あるものを作ろうとして/改善しようとして、
そのためには、この条件を満たさなければならない、
どうすればいいか、こんなケースです。


私は、人に伝えるためには何が必要なのかを考えるために、
まずはこの問題をやってみました。


最初にやったこと。
適当に置いてみることでした。
100*4=400
10*2=20
1*11=11
結果、コインは17枚になりました。


そこで、あと4枚減らすために、10円コインと1円コインの配分を変えてみました。
100*4=400
10*3=30
1*1=1
結果、8枚になって減りすぎです。


で、今度はあと5枚増やすには?という発想で、100円コインを50円にブレーク。
50*8=400
10*2=20
5*2=10
1*1=1
これで、13枚達成です!

※実際の問題では5円は使ってはいけないそうなので、実はこれは正解ではありません(涙


しかし、、、、
このままで原理と言えるものがありません。
強いて言えば、「分解しながらいろいろ試す」。
それ以上でも、以下でもない。


で、ベネッセの解説では、、、?
特に「なるほど!」っていう教え方はなくて、
一番少ない硬貨で払うとしたら?を考えて、
置き換えて、置き換えて13枚になるまで試すらしい。


この例題をうちのスタッフに話したら、
実際、最初の段階でするのは最も少ないコインで431円を作る
という意見が多かったです。
私は13枚に向かって適当に置いてみましたが、
最も少ないところから始めるというのは、
わかりやすいアプローチですね。


さて、、、
これはコインの組み合わせを考えるというお題ですが、
これを普遍的な問題への回答になるようにするにはどうしたらいいか、
今、私は答えを持ち合わせていません。


ただ一つ言えるのは、やっぱり「分解」が大事だなということ。
そして、今回「431円の買いもので、硬貨を13枚」を試したように
結局無意識的な行動を分解してみるしかないのかもしれませんね。
なぜそう判断したのかという理由とともに。
あー 途方に暮れる(笑
分解の話は、今月7月3日のブログも読んでみてくださいね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

eigyou_tel.jpg

営業の電話がかかってきて、応対するのが面倒だなと思うことはありますよね。
面倒だなと思っても、あまり横柄な対応はしたくないもの。
営業の電話だって、十分な情報源ですし。


ですが、私。。。先週は三連休も仕事をしていたくらい、すさまじい忙しさでした。
そんな中、ある会社から営業の電話がありました。
正確にいうと、電話に出たスタッフが単なるセールスなのかどうか、
判断がつかず、私に交代を求めたのです。


内心面倒だなと思いましたが、普通の電話と同様、ご要件を伺うと、
案件マッチングの会社からのものであることがわかりました。
実は、この手のビジネスモデルの企業から時々営業の電話がかかってきます。


いわく「成功報酬型ですから、リスクはありません...」
いわく「大手企業のエグゼクティブにコーポレートプレゼンできるチャンスです...」
いわく「いろいろな紹介案件が来ているので、サービスに登録しませんか...」
で、一度会って話を聞いてみたことがありますが、
話を聞く限り、どう考えてもペイしませんでした。
それで最近では早々に電話を切らせていただくことが多いです。


ところが、その時の電話はいつもとは違う雰囲気になりました。
あれ、いつもとなんだか雰囲気が違う。
それは話してまもなく、すぐに感じました。


端的に言って、「会話」になっていったのです。
私がここでいう「会話」というのは、相手に興味を持ちながら話を聞き、
こちらのことも知ってほしいという心持ちで話をしている状態のことです。


それに対し、普段受ける営業の電話には、それがありません。
会って話を聞いてほしいという前のめりな話っぷりや、
ハキハキと個性のないマニュアル的な話し方をされるからでしょうか。
興味も持てないし、こちらの話を聞いてほしいとも思いません。
では、その電話の主は何が違っていたのでしょうか?


自分は何者かを告げた後、
「商品ブランディングで悩まれているある企業が、
デザインなどを頼める会社を探しているのですが、
御社はそういった案件は対応していますか?」と。


すごく自然体な語り方を前に、単に売り込みたいのではなく、
クライアントのために本当にマッチングしている相手先を探している、
そんな気持ちにさせられました。


私は、当社は既存のお客様からそういった案件を引き受けることはあるが、
デザイン会社ではないこと、
同じブランディングでも、インターナルブランディングの方が
得意であることをお伝えしました。
さらに詳しく聞かれたので、こちらもさらに深くお伝えするということが続き、
相手は「ちょっと違う感じですかね?」と言って、
5分か10分お話して、ほどなく会話は終わりました。


普段の営業電話のように、手短に断ろうという気持ちはまったく働かず、
とても良い気持ちで電話を終えました。
その人は本当にマッチングする相手先を求めていると感じたので、
当社のパートナーさんをご紹介しようかと思ったくらいです(笑)


この出来事から私が得た気づきは、2つ。


(その1)誰かのために動いている人のことは、ちょっと応援したい気持ちになる。
(その2)どちらかが先に、普通のありのままの自分でいると、会話になっていく。


結局、自分らしさに覆いをかけて行動すると、
多分相手は「バリア」を感じたり、
「用心」しなければと感じて、
それが「防衛的な態度」を生んだりします。
これは社内の人間関係でも同じですよね。


ちなみに、営業職の方へ、お役立ち情報です。
私の知り合いでもあり、過去にコンサルしていただいたこともある渡瀬さん、
内向的でも口下手でも立っていけるサイレントセールスの権威です。
ご興味がある方はこちらへ


さ、暑い日が続いていますが、素敵な1週間を!



今売れているホリエモンこと堀江貴文氏の本「多動力」。 社内で回し読みしているその本を、私も借りて読みました。


ホリエモン。
この方は、私の想像というか、妄想に出てくる一人です。
どんな妄想かというと、
「もし、この人が総理大臣になったら、日本はどうなるだろう?」。
ホリエモンの他にも、例えば、孫正義氏、糸井重里氏なども、
この「もし、この人が総理大臣になったら?」の妄想に登場します(笑


さて、ホリエモンの「多動力」。
想定内のことが書かれていて、新鮮味はありませんでしたが、
内容的には同意できることばかりで、ある意味、共感もしました。


読んでいない方もいらっしゃるでしょうから、
どこまで感想を書くか、若干躊躇しながらも、
率直に書こうと思います。


共感、9割以上したんです。
でも1割ぐらい、何かこう共感できないザラっとした部分がありました。
9割共感したなら、普通はそっちを書きたくなるものですが、
なぜかできなかった1割について、今、書こうとしている。


この心理は何なんだろうな?
これを書きながら考えているところです。


まず、どうやって与えられた命を有効に使うか、
そのハウツー本としては「そうだよな〜」と思える。
とてもいいことをたくさん言ってくれています。
例えば、、、

学校というのは平均点の子どもを作る工場のようなものだから、
どこかに一方に偏り、バランスが取れていない人間が集団に交じっていると
不安を覚え、無理やり矯正しようとする。


とても共感します。


でも、、、
全体的には人として、ホリエモンの書く生き方をしたいかというと
私にはそうは思えませんでした。
こうやって生きても私は楽しくないなと。


それは、次のような理由からです。
ホリエモンは、自分が楽しく生き、自分が好きなことと、
自分が達成したいことを達成することを、
人生の最大の楽しみにしているように見えます。
創造性の面も効率最優先に見えます。
それはこの本のP218に「人生に目的なんていらない」
という章において、「今を楽しむことだけが、すべてなのだ」として
書かれています。
本の中ほどでは、電話してくる人さえ否定しています。


では、誰か他の人の悩みや苦悩を聞くこと、
誰か他の人の、その瞬間の人生の喜びを聞くこと、
それらは単なる邪魔であって、
聞くだけ損なのでしょうか。
そんな問いに対するホリエモンの答えは本の中にはなく、
明確にはわかりません。


ところで、、、
ホリエモンの価値観は、創造性の面も効率最優先に見えますが、
ムダ話を是として伸びている企業もあります。
ヤッホーブルーイングです。
https://www.advertimes.com/20170628/article253170/
個人的にはこっちの姿の方が興味も共感も湧きますね。


「多動力」におけるホリエモンの真意はわかりませんが、言葉の端々から、
自分の時間を乱すコトは歓迎しないという人生観なのだろうなと感じました。
一見器が大きそうで、残念ながら小さいな、と。
ですので、総理大臣の妄想は打ち砕け、
そのお友だちぐらいのところにいるといいかもですね(笑
「多動力よりも必要な○○力」。
この「○○力」の中にあなたは何を入れますか?


さて、今日は7月10日です。
九州で台風被害に遭われた皆様が少しでも安らかでいられますように。
読者の皆様が、この夏を謳歌されますように。
私自身が、この夏を楽しみますように!


ではまた来週。ブログでお会いしましょう!

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

社長メッセージを見る >>

これまでの記事

視点発見の旅
メルマガ【開-CAY】お申し込み

ご一緒に「視点発見の旅」へ!
メルマガは「開-CAY」で届きます

詳細を見る >>

「個人情報の取り扱いについて」

このページのトップへ