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『組織・経営・リーダー論』カテゴリの記事

 

昭和から平成へ、平成から新元号へと時代が変わって行く中で、
昭和にはなかった言葉(概念)が多数生まれてきました。
ネット用語はもちろんですが、
「ダイバーシティ」「ハラスメント」といった言葉も昭和にはなかったですし、
「アンコンシャス・バイアス」も「ポリティカル・コレクトネス」
といった言葉もありませんでした。
こうしてみると、やっぱりカタカナが多そうですね。
その分、各自各様の解釈があったり、
言葉の辞書的な意味は知っていても、行動と結びついていなかったり...
ということが起きているような気がします。


たとえば、「ダイバーシティ」。
「グローバル化が進んでいるし、女性が働きやすくするためには、
価値観や働き方が多様でなければいけない、ということでしょ?」
という程度の理解で本当に十分でしょうか?
ダイバーシティを上のようにとらえていると、あまり自分ごとにはなりませんが、
本来はどういう意識で日常生活を過ごすかが大切なのだと思います。


子育てしている人が、
「男の子なんだから...」と男のお子さんに言ったり、
「好きな男の子はいるの?」と女のお子さんに聞くシーン、
SNSなどでも時々見かけます。
でも、子どもを性別で決めつけをしている時点で、
ダイバーシティの考え方に反しています。
そして、これを聞いてもなお、
うちの子どもに限ってと思う方もいると思いますが、
それ自体がNGな時代になってきています。


頭で理解しながらも、なかなか行動との間でバランスを取れないのには、
やっぱり理由があります。
私たち人間は、生きている間に良くも悪くも、いろいろな学習をします。
褒められた体験、叱られた体験も学習材料になるし、
何がメジャーで、何がマイナーなことなのかも学び、
それを元に判断基準を作り上げたりします。
このような過去の経験や周りの環境などから、
自分自身では気付かないうちに身についた先入観のことを
「アンコンシャス・バイヤス」と言います。
日本語だと「無意識の偏見」と訳されるようですが、
要は「思い込み」ですね。
思い込みが怖いのは、正しいと思い込んでいるあまり、
自分の考えを疑ってみるきっかけがないこと。


・いまどきの若者は〜
・歳を取ると〜
・女性というのは〜
・外国人は〜


の「〜」の部分に入れてしっくりくると感じるものがあるとすれば、
大抵の場合、思い込みです。


どんな弊害があるかのか、例を挙げるなら、
「子育て中の女性に重要な仕事は任せられない」と上司が思い込んでいると、
その部下は機会が奪われてしまいます。


とはいえ、人間から思い込みをなくすことは不可能です。
でも、少しでもなくそうという発想で取り組めることもあり、
その一つが「ポリティカル・コレクトネス」(PC)といって、
表現に関する考え方を見直す運動です。


トランプ大統領が、「I know it's not PC, but...」
(政治的に公正な表現じゃないことは分かっているんだけど...)との
前置き発言が多いことから、2016年頃に日本でも広まった感じがあります。


Wikipedeaによると、「ポリティカル・コレクトネス」は、
「政治的・社会的に公正・公平・中立的で、
なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、
容姿・身分・職業・性別・文化・人種・民族・信仰・思想・性癖・
健康(障害)・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。」


割と知られている具体例、言葉が見直された例を挙げます。


ビジネスマン → ビジネスパーソン
Miss(ミス)/Mrs(ミセス) → Ms(ミズ)
看護婦 → 看護師
痴呆症 → 認知症


ああ、そういう見直しのことかと、ピーンと来られたのではないでしょうか。
他にもいろいろあります。
アメリカでは、消防士はファイヤーマンではなく、ファイヤーファイター。
警察官はポリースマンではなく、ポリースオフィサー。
そのうち、スーパーマンもウルトラマンもスーパーパーソン、ウルトラパーソンになるのでしょうか?笑
今現在はキャラクターはキャラクターだとして、その言い換えはなさそうです。
その他にも、、、色の名前としての肌色はNG。
女優、女流棋士、女医などもNG。
ハウスワイフはホームメーカー等、いろいろあります。


単語自体ではなく、言葉の書き方についても同様の視点から議論があります。

子供 → 子ども
(「供」という字が「お供え物」「お供する」などを差別的な連想を与えることを
理由に、新聞などでも「子ども」が多用されているが、賛否両論ある)
障害者 → 障がい者
障害を持つ人が「害」である連想を与えるという配慮から、多くのマスコミは
「障がい者」を使用。NHKは、社会にある障害と向き合う人たちと捉えて「障害者」を使用するなど、
やはり賛否両論ある)


ちなみに、私の個人的理解では、「ポリティカル・コレクトネス」は
もはや政治世界、マスコミ世界のものではなくなっていて、
日常生活とも密接に関わっていると捉えています。
しかも、言葉の表現のみならず、
パンフレットや映像を制作する業務に携わっている人は、
登場する人物の描き方などでも
表現に「アンコンシャス・バイヤス」が含まれていないか、
チェックする姿勢が必要だと解釈しています。


北河内人権啓発推進協議会がまとめたパンフレットが、
とてもわかりやすくて良いと思いました。シェアします。
北河内人権啓発推進協議会パンフレット


その人の意識は言葉に現れます。
また言葉を変えると意識が変わります。
無意識の偏見を持たないように、お互いに気をつけたいものですね。


どうぞ素敵な1週間を!

私が仕事柄とっているメルマガのひとつに株式会社コーチ・エィ のものがあります。

つい最近、「組織のパフォーマンスを上げる『顔つき』」をしていますか?」という
ブログ記事への誘導があったので、ついつい読んでしまいました。
ある企業のある幹部Aさんが、自分のコミュニケーションに対し、
部下にアンケートをとったそうです。
すると、想定以上に「顔つき」に関するフィードバックがあったのだとか。
「目が合わない」「難しい顔をしているので、意見を出しづらい」などなど。


自分の「顔つき」が業績に影響を与えるとは、多くのリーダーは思っていません。
そして、自分の「顔つき」が周囲に
なにかしらのインパクト(影響)を与えているという自覚も、
実はそれほど持たれていないのではないでしょうか。


なぜ、そう思うかと言うと、私自身がそうだったからです。
幸いと言おうか、何と言おうか、
私はこれまで社員からたくさんの手厳しいフィードバックをもらってきました(泣)
「大切なことはみんな社員から教わった」という1冊の本が書けそうなくらいです。

その一つに、なんとある時「顔つき」に関するものがありました! ガーン。。。
細かい言い回しは忘れてしまいましたが、新入社の社員から
「表情がわかりにくく、もしかしたら怒っているのかも...と思うことがある」
とそんなフィードバックがありました。


以来、私は、自分の「顔つき」に意識を向けるようになり、
と、同時に、リーダーの「顔つき」というテーマに関心を抱くようになりました。
で、これは私見ですが、顔つき問題には大体2つのパターンがあると思います。


その1:無表情オーラ
その2:負の感情オーラ


私が、新入社の社員から言われたのは、その1でした。
自分の表情については、確かに薄々気づいていました。
でも、それが周りにどんな影響を与えているかまでは、わかっていませんでした。
弁解するようですが、どちらかというと私は感情的にはおだやかな方です。
(3年とか5年とかに1度、めっちゃ怒ることがありますが笑)
そうすると、感情もフラット、表情もフラット(無表情)で、
相手は感情がわからなくて不安に感じるようです。


その2の方は、ネガティブな感情が出てしまい、周囲が「近寄っては行けない」
「思ったことを言ってはいけない」と感じてしまうオーラです。
不機嫌、ピリピリ、攻撃的など、いろいろありますよね。
これについても、我が人生の学びとなるフィードバックをもらいまいした。


さて、その2の「負の感情オーラ」の中で周囲から見てわかりにくいのが、
「不機嫌」というものではないでしょうか。
「不機嫌」というのは、感情のようであって、実は感情ではありません。
単にその人が愉快か不快かの気分を表に出すものであって、
人が「○○さんは不機嫌そうだ」と感じる時、
それがどのような感情から来るものなのか、周りはわかっていません。


では、なぜ人は不機嫌な態度を取るのか。
これは私見ですが、ある意味、それ自体も周囲へのメッセージなのだと思います。
具体的には
・自分の今のネガティブ気分を知ってほしい
・問題がここでくすぶっていることを知ってほしい
・(もしかしたら)助けてほしい
こんな気持ちから不機嫌な態度を取ってしまう。


ところが、不機嫌なとき、当の本人は
不機嫌な態度を取っている自分に無自覚だったりします。

でも、それに対し周りは、「あ、○○さんは、機嫌が悪いんだな」と気づきます。
言い方を変えると、○○さんは機嫌が悪いと知ってほしいんだなーと受け止めます。


リーダーが不機嫌なオーラを出し、
しかも、そのネガティブオーラに気づいていない。
そんな状況。実はとてもよくある話です。
当社の歴史を振り返っても、私もその一端にあったこともあります。
それに気づいた今でも、もしかしたら私自身、
同じことを時々しているかもしれません。


話を元に戻しましょう。
先のコーチエィの例。どうなったかというと...
最初は自分の出している負のオーラに気づかなかった幹部Aさんは、
自分の会議での振る舞いをビデオ映像で見て、
これはひどいと、自己認識を新たにしたそうです。
自分のオーラとその原因を見直す気持ちになれたわけですね。


さて、、、
このエピソードから私たちは何を学ぶべきでしょうか。
私は、リーダーはビデオを撮らないまでも、
鳥の目で自分を見る必要があるのだと思いました。
もし、今、ビデオで自分を撮ったら、
自分はどんな顔つきなんだろう、とそんな目が必要ですよね。


あなたは、自分の普段の顔つきをどう分析しますか?


今週は8月最後の1週間。
素敵な週でありますように!

暑い日が続いていますね。
暑い上に、学校が夏休みになって大変という方もいるかと思います。
暑さも夏休みも避けては通れませんから、
どうせなら「はーあ」ではない気持ちで、乗り越えたいものですね。
心をどう保つか...。はーあ。 ←おいおい


今日は10代の頃に感じた夏という季節のイメージを思い出しながら、
思う存分!青くさい話をしたい気分です。


かなり余談ですが、、、私が広報業界に入るきっかけとなったのは、
「夏」という作文を書いたことにありました。懐かしいですね〜
20代前半にコピーライター養成講座というものに通い、
一人の先生から出された宿題が「夏」をテーマにした作文でした。
逃げた蛙に思いを馳せている小学生の男の子を主人公とした
800字のショートストーリー。
それがきっかけでその会社に引っ張っていただき、独立し、今があります。


さて、あなたは「夏」という言葉から何を連想しますか。
いろんなイメージがありますが、私の中では夏といえばやっぱり「青春」です。
(春と書くのに、夏の方が青春っぽいと感じるのは、私だけでしょうか?)
自分を知り、自分に傷つく時代。
自分らしく生きたいとか、
カッコよく生きたいとか、
本当は自分の素直な欲求に従って生きたいのに、
それが簡単ではないから葛藤が生まれる、
それが青春。
今どきの人はどうなのかしら?とは思うけど、
人間の人間らしさって、時代が変わったぐらいで変わらないような気がします。
「自分らしく生きているだろうか?」という問い、
そんな青くさい問いを、私は死に絶えるその日まで持てたらいいなと思います。


どう生きるかについて、親を見ていても思うものがあります。
例えば父は昨日90歳になりました。
90歳でも、「欲求」があれば、そこには自分らしく生きるエネルギーが生まれます。
これが欲しい、これが食べたい、これを着たいと。
「欲求」が高い時の父はいいなと思います。


私自身は、父が30歳の時に生まれた子どもなので、
ランランラ〜ン♪ 今年はなんとKRです!(笑
そうすると、残る人生をどう生きたいのか、自問はますます湧いてくる。


自己分析をしてみると、その答えには2パターンありました。
一つは、やりたいこと(Doing)を思い描くパターン。
もう一つは、心のあり方(Being)を思い描くパターン、です。
しかも、ここ最近の私は、どうやら前者の意識度合いの方が高い。
言い方を変えると、「あれもやりたい、これもやりたい」
「やり残したくない」と思っていると気づきます。


どちらも大切ですし、どっちをより大切にすべきだということはありませんが、
ただ、どちらかに偏っているなと気づくと、バランスを取り直したくなりますよね。


最近の私は、Doingに心を奪われがちだと気づき、
そう気づいたおかげで、コトを「する」ことも大切だけど、
トキを「味わう」ことを忘れちゃいけないな、と思ったりします。
もちろん、一生は一度だからこそ、
やらない後悔はないに越したことはありません。
でも、今、ここに流れていることを「味わう」ことを意識したら、
時間が何十倍も素晴らしいものに変わるような気がします。
私の中で、DoingからBeingへの揺れ戻しが起きました。


さて、Beingを考えるのに良さそうなオススメ本は、これ!
「あなたの物語〜人生でするべきたった一つのこと」(著:水野 敬也、刊:文響社)
http://amzn.asia/5SAPRry
話題になったあの「夢を叶えるゾウ」の作者が書いた本で、
多分10分から15分で読み終わります。
読むとエネルギーが湧いてきます。暑さも吹っ飛ばせるかも(笑


今週も素敵な1週間でありますように!

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とある媒体から、働き方改革と社内コミュニケーションをテーマに
寄稿の依頼をいただきました。
働き方改革と聞いて、「何かおかしい」「もう、うんざりだ」と
思う方も少なくないのではないでしょうか。


私は、働き方改革の専門家ではありません。
でも、人の幸福と生産性というものを、働き方から考えることは、
当社の経営課題でもあります。
そこで今日は、フレッシュな目線で、一緒に働き方を考えていきましょう。


私が「もう、うんざり...」だと思う人が多いような気がしたのは、
世の中を見渡すと、労働時間をいかに減らすかという話ばかりだからです。
言い換えれば、生産性を上げることで、
残業せずに同じ仕事量をこなせるようにしよう...というような文脈でばかり、
この話が語られているということです。
それでは企業目線の話であって、働く人にとっては夢も希望もありません。


そして、こうなっている直接的原因は経営者層にあると思います。
誰のために、何のために、働き方を変えるのか、
どういうコンセプトの改革が必要なのか、思想が見えないからです。
その上、マスコミが時間短縮という切り口でばかり特集を組むので、
「働き方改革=時間短縮による生産性の向上」という図式ができてしまいました。


でも、本当はまず最初に幸福の追求があってしかるべきですよね。
なぜなら、幸福になれない生産性の向上や残業ゼロには、誰も共感しませんから。
たとえば、二度手間が年中発生している環境で、それでも残業はゼロだったとして、
幸せかと言えば、幸せとは言えませんよね。
その人のモチベーションは下がり、能力も発揮できません。
つまり本質は残業をゼロにすることではない。


では、経営者の発想に今、何が必要なのでしょう?
それについて、私はエンジニアリグ的なアプローチではないかと考えています。
話が小難しくなりそうなので、エンジニアリング云々は脇に置いておき、
まずは先日感動した体験を紹介します。


先週の日曜日に自宅のMacが突然壊れてしまいました。
具体的な症状としては、キーボードの左一列(1、Q、A、Z)が
反応しなくなってしまったのです。


月曜日にアップルストアに行き、
火曜日にはヤマトのパソコン宅急便が取りに来て、
修理が完了し、手元に戻ってきたのは木曜日です。
しかも、本当は戻って来るのは翌月曜日と聞いていたので、
4日も早くなった計算です。
これは「誰かが根性出してがんばっているから」ではありませんよね。
アップルとヤマトのプロセス管理の賜物。
プロセスが時間単位できちんと設計されているからこそ、できたことです。
これが私が言いたかったエンジニアリング的なアプローチです。
私の経験から言っても、途中で関わるすべての人が迷わずに仕事を進められ、
なおかつ二度手間がなければ、仕事は大抵予定より早く終わります。
ヤマトは今なお、働き方改革を進めている感があり、
多少不便になったとしても、彼らの取り組みを私は応援したいな。


この例ように、まずは経営者やリーダーが
「がんばる」という昭和的アプローチとは違う方向に
変えていこうと意思を示すことが大切だと思うのです。


さて、、、
二度手間をなくし、サクサクと事を運ぶための三種の神器は何でしょう?
それは、要求仕様と、プロセス設計と、言葉の定義ではないかな...と
私は仮説を立てています。
今日はそれについて詳しいことは書きませんが、
これらは目新しい話ではなく、製造やシステム開発ではすでにあるコンセプトです。


当社の社内でも、まずはプロセス設計を今まで以上に重んじて
業務に当たろうという方針を出し、少しづつ仕事の進め方を変えようとしています。
具体的には、まず工程表の標準化から着手。
しかし、スタッフの目線に立つと、たかが工程表、されど工程表で、
仕事の仕方を変えるというのは、
誰でも少なからず「なぜ変えるのだろう?」「面倒だなぁ」と思って当然ですよね。
私が、社長ではなくスタッフだったとしても、そう思うと思います。
しかし、この一見すると面倒なことは、「大勢の楽を生み出す!」という信念で、
急がば回れの経営を大切にしたいということを理解してもらっています。
もちろん、スタッフの声も聞きながら、一歩一歩!


あなたは働き方がどうなるといいと思いますか?
最後に、アルアルと共感しつつ、
考えを整理するのに役立ちそうな本を1冊ご紹介します。
「職場の問題地図」(著:沢渡あまに、刊:技術評論社)
100%とは言いませんが、私の考えとかなり近い本でした。
ご参考になれば幸いです。


では、今週も素敵な1週間でありますように!

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あなたがもし、インターナルブランディングなどを担う部門にいて、
理念やビジョンの浸透を図る立場にあるとすると、
社員の「自分ゴト化」という課題に直面するのではないでしょうか。
ここを訪れた読者には、そういう立場にある方が少なくないと想像します。


そこで今日は「自分ゴト化」という課題に対するヒントを探していきましょう。


組織の中で「自分ゴト化が必要だ!」と課題意識を持つことはいいことですが、
そもそも自分ゴト化できている状態とはどのような状態なのでしょう?
それを明確に定義しないまま、どうすれば自分ゴト化できるのか、
対策の検討に入ってしまうのは早計かもしれません。


まず、ここでは仮に「自分ゴト化」というものを
ある事柄に対して、社員が主体的に考えている状態、と捉えてみます。


すると今度は、主体的に考えているのがどんな状態か、という疑問が湧いてきます。
主体性とは何かについて調べてみると、、、、
何をやるかが決まっていない状況で、
自分は何をしたいのかを自分で決めて、自ら考え行動すること。あるいは、
自分はこう思うという意思と、こうしたいと行動する態度を持っていること。
ざっくりいうと、そんなふうに定義づけられているようです。


主体性と自主性の違いについても、
何をやるかが決まっている中で人に言われる前に行動を起こすことが自主性、
決まっていない状況で考え行動するのが主体性、とそんな解説が散見されました。


つまり、社員の「自分ゴト化」が必要と叫ばれるのは、
「自分ゴト化」すると行動につながると考えられているからだと思いますが、
「自分ゴト化」の本質、言い換えると、主体性の本質は「やりたい」であって、
義務感にもとづく「やらねばならない」ではないことがわかります。


こう考えてくると、気づくことがあります。


理念やビジョンの浸透の先に期待されるのは、社員の「行動」なわけですが、
社員にとってみると、理念やビジョンは自分で決めたことではないので、
与えられた大枠の中で、自分は「こうありたい」「こうしたい」という意思を持つ
...というのがお約束になります。


このルールは、組織に属する以上、ある意味、当然のものだとも言えますが、
注目したいのは、
このルールに合わせなければならないという意識が強ければ強いほど、
自分に求められる意識や行動を自ら限定的に捉えてしまうかもしれない、ということ。
言い換えると、受け身行動になってしまうのかもしれない、という点です。


どのようなことかというと、、、、
人に力が湧いてくるのは、心のうずきやワクワク感から出発している時です。
ですから、本当に理想なのは、
与えられた大枠の中で、社員が自分のワクワクを見つけ出して、
「こうありたい」「こうしたい」という気持ちが自然と湧いてくる状態になること。


しかし、組織にいるのだから、自分の心のうずきから行動することよりも、
自分の行動を組織のガイドラインに合わせていくことが求められているのだという
意識が強くなると、その人のエネルギーレベルは低くなりますよね。


自分の行動を組織に合わせようとすること自体は間違っているとも、
おかしいとも言えませんが、ちょっとした思い込みが、
自分で自分を元気が出ない方向へと向かわせているとも言えます。
おかしいとも言えないからこそ、難しい問題だとも思います。


責任感や「やらねばならない」という意識が強いと、
その人の毎日の心持ちは、自分より組織というのが常態化されます。
言い換えると、自分の心にあるワクワクに鈍くなります。
与えられた大枠と自分のワクワクを掛け算することができなくなるとも言えます。


社員がこういう心理に陥ってしまうと
計画は形骸化し、誰も自分ごとで捉えない状況に陥ります。
組織としてのエネルギーレベルは相当に低くなりますよね。
それ以上に、気になるのは、社員一人ひとりが、楽しく仕事に取り組めず、
何の成長もやりがいも感じられず、幸福感が低くなってしまうことです。


では、「やらねばならない」発想から転換するには、どうしたらいいのでしょうか。
これだ!という決め手はありませんが、
まずは、一人一人が自分のワクワクに関心を持つことが第一歩かもしれません。
というのは、その人が自分のワクワクに鈍感な状態であったなら、
「こうありたい」「こうしたい」と思えるはずがないからです。
仕事ですから、わかりやすくワクワクするとは限りませんが、
心の中を観察して毎日の中に小さなワクワクを見つけ出し、
ワクワクする時の共通する点を探すと、
組織の中で自分が何をしたいのか、どうすると幸せなのか、
足がかりぐらいはつかめるのではないでしょうか。


そんな提案をあなたから社内に向かって発信してはどうか、というのが
今日の私からあなたへの提案です。


どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

日大アメフト部で起きた事件が新聞、テレビを賑わせていますね。
私の周りでもいろいろな反応が起きています。
つい最近は、私の知り合いのF氏がfacebookで
「ITmediaビジネス」に掲載された関係者の発言について、問題提起していました。
その関係者の発言とは、、、
「一流企業の人事担当者たちも内田さんのところでアメフトをやっていたのならば、
主従関係の大切さも身をもって叩き込まれているから安心
という意識を持っている。(略)」というものです。
F氏の指摘は、このご時世に会社と社員が主従関係であると思っているような、
そんな価値観の人事担当者がいる会社で働きたい人はいるだろうか、
そんな企業が一流といえるだろうか、というもの。
私も、同感です。


さて、日大アメフト部の事件について、
多くの人が感じた反発をざっくり言うと、こんなことではないでしょうか?
・監督として、いったいどんな指導をしているんだ?
・勝つためなら何をしてもいいのか?
・日大および内田監督は真実を語り、誠意ある対応をすべきだ!


どれも、もっともですよね。
しかも、遅ればせての会見をした内田監督、
こんな重大な時に、関西学院大学の読み方を間違えるという
失態をしてしまいました。
会見の内容といい、真摯な謝罪と思った人は皆無ではないでしょうか。


また、そういった批判とは別に、アイデンティティ別の批判も起きています。
例えば、、、
・「日大OB」として、情けない
・「アメフトファン」として、悲しい
・「体育会出身者」として、信じられない
・「チームプレーヤー」として、許せない 等


私も、学生時代に運動部(ハンドボール部)に所属していた経験から
「随分と体育会へのイメージを悪くしてくれたものですね...」と
内田さんに言いたいです。


体育会へのイメージというのは、それでなくても歪んでいるのに、
今回の事件はその歪んだイメージを増幅させてしまい、
さらに、それに対して嫌悪感を抱く人を増やしたのではないか、
ということに私は憤りを感じます。
ですので、今日私がこのメルマガを書く動機は、
「体育会」というキーワードを糸口に、
まだまだある「組織」にはびこっているネガティブな常識について、
覆したいですね...という問題意識を共有したいからです。


が、それについて語る前に、
まず「体育会」の定義をはっきりさせておく必要がありますね。
ここでは、「オフィシャルな学生リーグで、勝つことを目的に、
スポーツ部に参加している学生と、
トレーニングという体験を通じて価値観を共有している人たち」としてみました。
つまり、「体育会」の定義を「組織」と考えず、
そこに属する「人」たちとしました。


さて、「体育会」という言葉や、体育会的な人々に対して、
世間にはこんなイメージがあるのではないでしょうか。


・上下関係の折り目が正しく、下は上に従うべきという観念が共有されている。
・フットワークが軽く、思考するよりも行動するタイプである。
・明るくて、声を掛け合い、元気のいいのが基本である。
私はこのような体育会像を「汗臭く、イエスマン型の体育会」と呼んでいます。


この体育会像、私から見るとかなり偏った見方だと感じています。
そのような世界も現にあるようですが、
では、どのくらいそのような組織があるのかといえば、
実際には、1割とか2割りとか、どんなに多くても3割程度なのではないでしょうか。
では、それ以外の体育会はどんな感じなのでしょうか?
実際には多種多様だと思います。
ヒエラルキーの強さだけで見ても、色々あるのが実態ではないでしょうか。


かつて私が属していたハンドボール部は、
とても自由で伸び伸びとした体育会でした。
具体的には、、、
・学年や年齢が違っても、関係はフラットである。
・体も動かすが、頭で勝ちに行く。
・声を出すのは元気の表現ではなく、情報共有のためである。
・個々のプレーについて是と非の評価を、はっきりさせる。
そんな感じです。


私は、これを「知的でクリエイティブな体育会」と呼んでいます。


2月19日のメルマガでも紹介した女子団体パシュートなどもその好例です。
全くもって「汗臭く、イエスマン型の体育会」ではなく、
知的で、クリエイティブな環境の中で試合をしているように見えました。


でも、やっぱり多くの人は、「体育会」と聞くと、
「知的でクリエイティブな体育会」を思い描かず、
「汗臭く、イエスマン型の体育会」を連想するようですね。
もちろん、組織のタイプは二者択一ではなく多種多様ですが。


しかし、ですよ、
監督の言うことに右へ倣えをしているだけで、
オリンピックで勝てると思いますか?
私は、絶対に勝てないと思います。
自分の信念の上に各自の行動がないと、やっぱり勝てませんよね。
これは、体育会だけでなく、企業組織も同じだと思います。
信念を、個々に持つと同時に、組織で持つ。
強い組織であるための絶対条件だと思います。


しかし、実は今、日本列島全体を覆っているのは、
「汗臭く、イエスマン型の体育会」的な組織風土なのかもしれません。
レスリング女子で五輪4連覇した伊調馨選手のパワハラ問題や、
企業の世界で言えば、電通の過労死問題や
神戸製鋼所や三菱自動車などのデータ改ざん問題も、
根っこは「汗臭く、イエスマン型の体育会」的な風土にあると思います。
「上意に対し従順に行動すること」を是とするのが特徴です。


しかも、その価値観、他人事ではなく、私たちの周りに溢れています。
つまり、日大アメフト部問題は、対岸の火事ではない。
そんな思考パターンでみんなが働くと、この先、日本はどうなるでしょうか?
きっと不幸に向かってまっしぐら〜


なんとかして、そんな事態にならないように、食い止めましょう!
そのためにも、お互いにまず、小さなことから変えていきたいですね。


今週も素敵な1週間でありますように!

最近私が気になっている言葉(概念)に「ルーツ(ROOTS)」というのがあります。
なぜ注目するかというと、個人にとっても、
企業にとっても、最近その大切さを実感する機会が多いからです。


「ROOTS」というのは直訳的には「起源」とか「祖先」という意味です。
そう言えば、昔、『ルーツ』というアメリカのドラマがありました。
黒人奴隷になってしまったクンタ・キンテを始祖とする、
親子三代の大河ドラマでした。名作です。
2016年にはリメイクもされているようですね。


私が最近急に「ルーツ」という言葉を意識するようになったのは、
両親の自分史がきっかけでした。
経緯の詳細は敢えてここに書きませんが、
父は父で1冊、母は母で1冊の自分史を作ることになり、
両親の生い立ち、歴史、価値観などを改めて知ることになったんですね。
すると、私自身のアイデンティティが補強されたというか、
彼らの価値観とつながっていることを自覚しました。


例えば研究職だった父は、
人がやっていないことを自分で考えてやること、
それで人の役に立つことをするのが好きだったといい、
母は母で、青春とは心の持ちようなのだから、
生涯青春していたいと言いました。
そうすると私の中に流れているものの源流を感じるわけです。
さらに、もっと私をワクワクさせるのは、ひいお爺さんの話です。
この人は風来坊で、親からも勘当されたそうですが、
国内のみならずシベリアを旅するなど、ヒッピーな人でした。
この話を聞くと、なぜか私はワクワクするんですねー!


つまり、、、、
自分の親や、祖先の話を通じて、自分のルーツを探ることで、
自分のアイデンティティがくっきりはっきりしてきて、
自分の中に受け継がれているものを、改めて実感しました。


私の友人に、コーチングのプロであり、
家系図を書いて、自分や家族と向き合うワークショップをやっている
高橋紀子さんという人がいます。
なんと、戸籍を取り寄せて、家系図を作成するサポートもやっていて、
江戸時代末期のご先祖様と出会うケースもあるのだとか。
彼女によれば、家系分析をしていると、
自分ひとりで創造したと思っているものでも、実は先祖もやっていたり、
反対にネガティブなことも先祖の誰かが同じことで悩んでいたり...
いろいろなことが受け継がれていると感じるそうです。
だからこそ先祖を知ることは自分を知ることになり、
自己理解が深まる...というのが彼女の持論です。
アイデンティティをしっかりとさせる方法として、
こういうやり方はシンプルでいいですね。
https://www.facebook.com/kakeizu.coaching.noriko.takahashi/


さて、組織にとってもルーツを知ることは重要ですよね。


先日、NHK大河ドラマ「西郷どん」を観ていたら、
島津斉彬が西郷吉之助に「今からお前はわしになれ」と言うシーンがありました。
志が受け継がれた瞬間だったと思います。
斉彬の志が、吉之助のルーツになっていますし、
それが歴史を変えようとした薩摩藩士たちのルーツになっています。


今、私の周りでも周年事業で社史を作っているお客様がありますし、
周年事業とは無関係に歴史を紐解くことで
経営の価値観を言語化しようとされているお客様もあります。
志や理念、行動基準というものを共有するには、
会社の歴史、すなわち組織内部にある「物語」がとても重要だということですよね。
周年事業に社史を作るのも一案ですが、
歴史を元に映画や小説を作るのもチャレンジングですね。
いつかやってみたい♪


さ、ゴールデンウィークが終わった1週目です。
今週も素敵な1週間でありますように。

組織の中で協働しようとする時、
特に難しいのはコンセプトメイキングなどの創造的なプロセスでの協働です。
会議一つとってみても、どのようなミーティングだとうまく行き、
どのようなミーティングだとうまく行かないのか。
今日は、協働がなぜうまく行かないのかを考えながら、
どうしたらうまく行くのかのヒントを探してみたいと思います。


創造的なプロセスへのアプローチには、大きく分けて2つの方法があります。
1つは、ディレクション型、
もう1つは、コラボレーション型です。


ディレクション型の方は、
映画に例えるなら、監督とスタッフという関係です。
大枠の方向性や肝になるアイデアを決めるのは監督です。
スタッフはそれを理解し、根幹をブラさずにより良い形にする役割です。
もちろん、アイデアを出すこと自体はスタッフが出してもいいのですが、
みんなの総意で決めるわけではありません。
こちらのタイプのミーティングは結論への合意形成が目的というよりも、
・結論を生み出す材料になるアイデアを出し合ったり
・結論に対して、事後の合意を形成すること(理解を促すこと)が
目的になるでしょう。


一方のコラボレーション型を例えるなら、
ビートルズ時代のレノン&マッカートニーのようなアプローチ。
彼らは、曲や歌詞を作るに際して、二人の発想や意見をミックスして、
二人でベストの答えを出し、ひとつの作品を作りました。
だからこそ、常に二人の名前「レノン&マッカートニー」で
作品を発表しました。
コラボレーション型は、
・アイデアを出し合うのみならず、
 それらのアイデアのどれを採用するのか、
 どう具体案に落とし込むのか、
 その結論をも一緒に出すアプローチ方法だと言えます。


どちらが優れているということはなく、
どちらの方法で協働してもいいのですが、
協働がうまく行かない原因の多くが、
アプローチ方法の不明確さにあると私は思います。
言い換えれば、どちらのアプローチ方法で行くのかを決めずに進めている、
ということです。
つまり【ヒントその1】
最初にアプローチ方法を明確にする」ということです。


では、、、、
例えばコラボレーション型で行くということを
先に合意して進めたとしましょう。
それでも、しばしばうまく行かないという事態に陥ります。
そんな時、ミーティングで起きるのは、どんなことでしょうか?


私の分析(推測?)ではこんなことが起きがちです。
・まず、それぞれのメンバーが「こうしたらいいんじゃないか?」と
 自分なりにイメージを持っている。
・と同時に「こういうのはイヤだな」というイメージも持っている。
・自分が望ましいと感じる方向に同意してくれる人が多ければうれしいし、
 スムーズに結論が出てラク...と思っている。
 →一般に、多くの人は結論を早く出したい。
・銘々が自分の案を口にする最初の段階では、
 各自、相手が自分の案に同意してくれないかな?と思っているが、
 個々のメンバーも自分とは違うイメージがあるようなので、
 主張もしきれないという状況が生まれる。


つまり、この段階で生まれているのは、
他の人の案に賛同もしかねており、
かといって自分の案を主張もできないという「行き詰まり状況」です。


さて、、、
この行き詰まり状況が生まれる原因はどこにあるのでしょうか?
私は、結局、ディレクション型とコラボレーション型の違いや
それぞれの場合の立ち振る舞いがわかっていないということにある、
と考えています。


コラボレーション型では、
「私のアイデアに賛同してほしい」と思うことはそもそも間違いです。
では、どう思うべきなのかというと、
「私のアイデアを誰かいじって、もっとより良く変えちゃってほしい」です。


一緒に作ろう、コラボレーション型でやろうと言いながら、
でも「私のアイデアに賛同してほしい」と思うなら、
それはむしろディレクション型でやった方がいいということ。


ところが、その整理をしないままにプロジェクトが始まってしまうので、
まやかしのコラボレーション型が生まれてしまうのではないでしょうか。
私自身も、何度も自分がまやかしのコラボレーションにいることに気づけず、
その罠に陥りました。


では、コラボレーション型を目指すなら、何を変えていくべきなのでしょうか?
ヒントは2つあります。


【ヒントその2】最初のイメージとの向き合い方を変える。
自分が抱いた最初のイメージ「こうしたらいいんじゃない?」を、
あくまで「にんじん、じゃがいも」と捉え、「カレー」だとは捉えない。
平たく言えば、完成形に固執しないということです。


【ヒントその3】自分のスタンスをチェックする。
自分のスタンスが「賛同してほしい」なのか、
「もっとより良く変えちゃって」なのか、セルフチェックをかける。
前者になっていたなら、心の持ちようを変えるということです。


ディレクション型もコラボレーション型も、
うまく機能する組織は、相当に成熟した組織ですよね。
新入社員の皆さんが社会に入ってくるこのシーズン。
私たちもリセットして、当たり前を疑って
組織内のコミュニケーションをもっとより良くしたいものですね。


どうぞ良い1週間をお過ごしください!

平昌オリンピックも残すところ1週間。
週末の、羽生結弦選手、宇野昌磨選手の金銀の活躍、素晴らしかったですね!
さて、目下私が一番興味があるのが、スピードスケート女子団体パシュートです。
本日19日が予選、21日に決勝が行われます。
最初はパシュートと聞いても、ピンときませんでしたが、
NHKスペシャルで日本代表が取り上げられているのを見て、
あまりの知的な戦略に魅了されてしまいました。


ソチ五輪で敗退した日本代表チームは、
その後の強化によって今やワールドレコードを更新中。
スケート王国オランダに数秒の差をつけて優勝を続け、
金メダルへの期待が高まっています。
代表メンバーは、高木美帆、菊池彩花、佐藤綾乃、高木菜那の4選手。
監督はオランダから招かれているヨハン・デビットさんです。


私が興味を持った最大の理由は、
オランダの代表メンバーが個人種目トップ10の選手ばかりなのに対して、
日本代表は高木美帆選手以外トップ10に入っていないという点。
それなのに、なぜ勝てるのか、興味津々でした。


この記事はパシュートを説明することが目的ではないのですが、
どんな競技か、少しでもイメージしていただけるように、
競技の特徴について簡単に紹介しますね。


1チームは3人1組。
2チームで、それぞれがリンクを6周し(女子の場合です)、
そのタイムを競うトーナメント式の競技です。
面白いのは三人が縦1列になり、先頭走者を順番に交代しながら、
レースを進める点です。
最低でもチーム全員が1周は先頭を滑らなくてはなりません。
逆に言えば、均等に分担しなくてもいいというところがミソです。
百聞は一見にしかずなので、「パシュート」で動画検索してみてください。


自転車競技などもそうですが、トップを走る選手が感じる風圧は
2番手以降とは比べものにならないくらい強烈らしく、
だからこそ先頭走者の後ろで滑る間に体力を温存し、
先頭走者になったら、それを使い切ってレースを引っぱります。


では、なぜ日本がそこまで強くなったのか。
その理由はもちろん1つや2つではないはずですが、
NHKスペシャルで大きな理由として挙げられていたのは、
「一糸乱れぬ隊列」と「高速の先頭交代」でした。

具体的には、徹底した風圧の研究に始まり、
時速50kmで走行中でも接触しない絶妙な距離を追求した結果、
選手間の間隔を1mより短く保ち、前の選手を盾にして滑るスタイルを確立したこと。
さらに、スピードを均一化しオランダの半分のスピードで
先頭交代することにもこだわりました。
いずれも、体力の消耗を最小限にすることを狙ったもので、
それが勝利への戦略の要と考えたようです


しかも、、、
日本代表は、ワールドレコードを最初に更新した後も、
さらに戦略的に戦い方に変更を加えています。
先頭役は、3人で均等に滑るのが一般的であるのに対し、
エースである高木美帆選手がなるべく長く先頭を滑る
という戦略に出たのです。
W杯第3戦で高木美帆選手は、
1回目の先頭役で1.75周、4回目の先頭役で1.75周と、
合計で3.5週を先頭で滑りました。


あーん、こんなふうに説明しても、
彼らの戦略のスゴさ、ちっとも伝わる気がしません。。。(息)


私がこの番組を見て学んだことは、
チーム力というものは必ずしも個人の力の総和ではない、という点です。
個人と個人をつなぐ「間」を見直すことで、
個人の力の総和という発想で戦っている競合相手に勝つことができる、
これがとても新鮮でした。

つまり、日本代表チームが行なったのは、
チームとしてどう戦ったら個人の力の総和以上の力が出るのか、
こう戦うべき、こう戦うしかないという思い込みを捨てて、
個人と個人をつなぐ「間」の工程を徹底的に見直し、
全体最適のために「戦い方」自体のPDCAを回した、ということだと思います。
「間」に目を向けるというこの発想、企業という組織にも有効ですね。


今日からいよいよ本番です。
女子団体パシュート日本代表の皆さんを
ぜひ一緒に応援しましょうね!

171120_working_cat.jpg部下が伸びて行けるようにするには、自分はどう関わったらいいのか、
これは私でなくても、上の立場にある人なら、きっと誰もが考えていることです。


もちろん、私も考えます。
そこで、今回は「自立」という単語を入り口に、
育成や成長のあり方について考えたいと思います。


人の欲求の一つに「自立して仕事をしたい」というものがあります。
特に経験が浅ければ浅いほど、その欲求はとても強いのではないでしょうか。


自立して仕事をしたい。
 ↓
上司からの支援がなくても一人で仕事ができる自分でありたい。
 ↓
報告はするので、仕事を任せてほしい。


まず部下の立場に立つと、
こう思うのは、とっても自然なことですよね。
このとき、部下は、「自立」というのは、一人でできるようになること、
と思っている場合が多いような気がします。


そして、上司も、早く独り立ちしてほしいと思っているので、
自立心を持っていること自体を悪く評価する人はいないのではないでしょうか。
ところが、私の体験から言って、「一人でできる」という場合の
「できる」の目盛り合わせを十分していないと、
上司部下の双方にとって、あまりいい結果になりません。


似たような意味合いの言葉に「自立」と「自律」があります。
この2つの単語はどう違うのだろうと考えていたら、
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表の村山 昇さんという方が、
「INSIGHT NOW」でとてもわかりやすい比喩を使っていました。
数式を投げかけて、答えを出させる3つの方法とその違いについてです。
https://www.insightnow.jp/article/20


村山さんはこんなふうに違いを説明しています。


・3+5=●は、自立レベル
・●+●=8は、半自律レベル
・●+●=○は、自律レベル


右辺は、ミッション・ゴール、たどり着く先。
左辺は、それを実現させるためのプロセスや実現方法です。


自立というのは、
英語で言えば、self-standing(自力で立つことのできる)。
「3+5」という与えられたやり方を一人で実行し、
一人で「8」以上のゴールにたどり着ける。(←私の解釈です)
他に依存しないで、自分でやっていける段階ということのようです。


自律レベルは、右辺(○)も、それを実現するための左辺(●+●)も
自分で考えて、実行できる段階です。
英語で言えば、self-directing(自分で方向付けできる)。
自力で立った後は、自分が決める方向に進んでいけるということだとしています。


さて、、、、
恐らく最初の段階で部下の気持ちにあるのは、
「自立(self-standing)」の方ではないかと思います。
要は、他者の力を借りずに、自分の力だけでやり遂げたいという気持ちです。
一人前だと自認でき、他者からも認められたい、そんな気持ちでもあります。


ところが、営業のようにゴールを定量的に定められる場合は、
「8」以上のゴールにたどり着けたのかどうか、
明瞭にわかりますが、サービス的なもの、ソフト的なものは、
一目瞭然にはわかりません。
そして、「8」の状態を体験したことがなければ、
自分が「8」の状態を生み出せているのか、
自ら見極めることができないし、できなくて当然です。


ですから、「8」の状態がどんなものであるのかを、
いかにして共有するかがとても重要だということになります。
上で述べた「一人でできる」という場合の
「できる」の目盛り合わせをしておくということです。
そして、あくまで「8」は合格ラインであり、
「8以上」を目指すのだと共有された状態をつくること、
それが大切なのではないでしょうか。


ところが、これが簡単ではない。
なぜなら、そもそも「8」の状態を体験したことがない部下は、
体験していない部分を想像で補うしかないわけですから。
しかも、往々にして部下はゴールのレベルを追求することよりも、
まずは「一人で進めたい」という欲求の方が強い場合が多いです。
スポーツに例えると、「勝ちたい」よりも「試合に出たい」という感じでしょうか。


これに対する最善の答えは私にもわかりません。
でも、こんな仮説を持っています。
仮に「自立的に仕事をしようとすること」よりも
「より良い仕事をしようとすること」の方に価値があるという
共通認識が持てていたなら、
与えられている仕事の現状認識を一致させることが
大切だと思えるのではないでしょうか。
あるいは、もっとより良くするためにはどうしたらいいかという観点で
「8」のあり方について、
自然に質の高いコミュニケーションを図るようになるのではないでしょうか。
それが、目下の私の仮説です。


村山さんの話に出てきた「自立」ではなく、「自律した状態」、
つまり、自分が決める方向に進んでいける状態というのも、
結局、より良い方向に向かって進んでいける状態ということだと思います。
自律的になると、「試合に出たい」を卒業し、「勝ちたい」となる。
私は、そんな気がしています。あなたは、どう思いますか?


どうぞ素敵な1週間をお過ごしください!

 

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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