ロボットにできないことは?
昨日の日曜日の晩、NHKスペシャルで「ロボット革命〜人間を超えられるか」が放映されました。残念ながら、最後の方しか観ることができなかったのですが、ヒューマノイドと呼ばれる人型ロボットがここまで全世界で誕生しているとは! ちょっとびっくりしました。
福島原発事故をきっかけに、人に指示されたり、操作されなくても、災害現場で自分の判断で行動し、道具を操るロボットが必要というのが、世界的な共通認識のようです。
また、災害用ではなく、産業用ロボットも進化しているのですね。Rethink Robotics社の「Baxter」というロボットは、人間がロボットの手を持って動作を教えてやると、その場で作業を覚えるうえ、覚えられなかったときは、表情で表すのですから驚きです。しかも、金額は日本円にして200万円ほど。うーん、人件費よりも安いぐらいですね。
日本でおなじみのホンダのアシモも、びっくりするような身体能力で、どこまで進化を遂げるのか、楽しみです。海外のどこかのメーカーの開発者は、2020年までにヒューマノイドは様々な分野で使われだすと断言していました。2020年といえば、7年後です。2010年にソフトバンクが30年ビジョンを発表したとき、コンピュータのチップが人間の脳を超えるのは2018年ぐらいで、そうなると知性と感情を持ったロボットが生まれてくるだろうと孫さんが語っているのを聞き、「本当?」と思っていましたが、どうやら本当のようです。
こうなってくると、人間でなくても済む仕事がヒューマノイド・ロボットに移行されていくのは時間の問題です。
と聞いて、専門職の仕事はそう簡単にはロボットに移行しないと思いませんでしたか。でも、本当にそうでしょうか? そう思って、ちょっと考えてみました。
たとえば、私たちの仕事で言えば、「企画」というものがあります。企画は、ヒューマノイドにできないでしょうか。ワタシは、7割ぐらいの企画はヒューマノイドでできる日が来ると思います。なぜなら、大半の企画は応用の上に成り立っているからです。そのため、過去の経験が多い人ほどそれらの知見を利用して、短時間でアウトプットできます。極論を言えば、3年程度の経験者と10年選手とでは、100倍ぐらいスピードが違います。つまり、個人の頭の中にあるデータベースから、このケースに活用できそうな知識を引っ張りだし、それを下敷きに組み立てるから早いのですね。
企画というのは、ある意味、何かを解決するために行うので、処方箋を蓄積しておけば、その組み合わせやマイナーチェンジでそれなりの解決策は出来上がると思います。
いやー、私たちもオチオチしていられませんね。
j-cast.comのある記事によれば、アメリカではすでに薬剤師の仕事はロボットに移行されているのだとか。医師や弁護士の仕事でさえ減っていくと書かれていました。
ロボットにできず、人間にしかできないことは何でしょう? 擬似的とはいえ、ヒューマノイドは感情も表現できますし…。でも、さすがにロボットは葛藤はしないのかも。いや、待て。映画「ターミネーター2」では、最後にシュワちゃんが"I know now why you cry. But it's something I can never do"(人が泣く気持ちがわかった。俺は泣けないが…)と言うから、葛藤もするようになるのでしょうか。
そんなふうにアレコレ考えた挙げ句、ワタシが出した答えは…。
・解決すべき課題を見つけ、仕事を作り出すこと
・願望や欲望を抱き、実現させようとすること
の2点でした。ということは、そういう力を身につけておかないといけないということですね。
クローン技術が生まれたときにも思いましたが、ロボット同士なら血が流れないからというような発想での戦争が起きないことを願います。鉄腕アトムのように、人とロボットが共存しながら、人が幸せになれる社会にしたいものですね。
最後におまけ。こちらは、人間。ロボットダンス! 3回も観てしまいました。アートもロボットにはできませんね(笑)
渡瀬謙さんの新刊「日本で一番効率の良い営業法」を読んで
週末、当社のコンサルをお願いしている渡瀬謙さんの新刊「日本で一番効率の良い営業法」を読みました。いつもながらシンプルに営業の本質を噛み砕いて解説しながら、どんな営業活動は無駄なのか、具体的にはどうすれば良いのかがわかりやすく紹介されています。昔ながらの元気に明るくがんばって売る営業ではなく、むしろそれらを否定しているのは新鮮です。お客さまの目線に立つことが重要であって、明るく元気であることはむしろマイナスでさえある、なぜなら従来の営業像にお客様は売り込み臭を感じるから、と渡瀬さんは説いています。
社長であるワタシにとって、営業活動は重要な仕事の1つであるはず。まして1人も営業マンがいない会社なので、その役割はとても大きいと自覚しています。でも、恥ずかしながら営業のやり方について「いろは」の「い」を教えてもらったこともなく、我流で凌いできました。
渡瀬さんの本の内容に基づいて自分をチェックすると、自然体で接する、お客様を第一に考えて売り込まない、これらについては多分合格です。そのためかお客様から「いいんですか? 商売気がないけど大丈夫ですか?」と言われることもあります。特に理屈で考えてきたわけではありませんが、お互いにとって負担になることを続けると、長続きしないと思っているからだと思います。
一方で、商談の進め方は決して合格点とは言えません。どのような解決策が必要かを提案することは得意な方だと思いますが、解決策を提案することと、その解決策を買っていただくこととは別のことだからです。いえ、本来一緒のことなのかもしれませんが、ワタシの場合、そこが洗練されておらず、自分の未熟さを感じます(何年も会社をやってきているのに!?)。
...と、自己否定しても仕方ないので、売り込み臭が少ないことは良いことと前向きに受け止め、お互いに気持ちよく進んでいける商談のあり方をもっと研究してみたいと思いました。
「運」と「ストックデールの逆説」
日曜日、スターチャンネルのVODで映画を観ました。選んだのは、実話特集の中から「ワールド・トレード・センター」と「生きてこそ」。前者は言うまでもなく9.11で生還した警察官の物語。ニコラス・ケイジが主役を演じて言います。後者は、1972年、飛行機が冬のアンデス山脈に不時着し、72日も経って16人が生還した奇跡の物語です。
不慮の事故によって生死の境目にいるとき、運がいいとか、悪いとか、生命力があるとか、ないとかでは片付けられない様々な要素が人々の運命を弄んでいきます。まもなく、3.11から2年が経とうとしています。愛する人と死別した方々や今も新たな生活を築くために闘っている方々の存在を忘れずに、社会全体で風化させない努力の必要を感じます。
生還することにも意味がありますが、死にも意味があります。意味ある死にできるかどうかは、残された人たちの心持ちにかかっています。意味のある死になるように、何ができるのかを考えましょう。
さて、「運命」を「変えることのできない定め」と捉えるなら、ワタシは運命を信じません。一方で「運」というのはどこかで信じていて、幸運を呼び寄せられるかどうかは、その人次第…、そんなふうにいつ頃からか思っています。
ワタシ自身がどうなのかといえば、友だちに言わせると「運に恵まれている」のだとか。こんなに苦労しているのに(笑) 実際がどうかはともかく、友だちの言葉を噛み砕いて考えると、こういうことだと思っています。ワタシが運がいいのではなく、物事の同じ局面をポジティブにとらえる人からすると、ワタシの身辺で起こっていることを見て、「運」がいいと見えるのだろう…と。そして、類は友を呼ぶという諺の通り、ワタシもワタシ自身に降り掛かってきたこれまでの出来事をどちらかといえばポジティブに捉えるので(最低限ネガティブには捉えないので)、その目線で見ると、運がいいということになります。つまり、「運がいい」というのは、物事の捉え方に過ぎないのですね。
一見すると悪いことが起きたとき、「なんで自分にこんなことが…」と思うのと、「これにもきっと意味がある」と思って受け入れるのとでは、その後の行動が変わりますよね。自分で運が悪いと思っていては、運は逃げていく。そんな気がしてなりません。
さて、みなさんは、「運」を呼び寄せるために意識していることはありますか?
非科学的ではありますが、ワタシが意識しているのは、「ストックデールの逆説」です。実は、「ストックデールの逆説」という言葉は、後になって知りました。ストックデールというのは、ベトナム戦争の最盛期、8年間も捕虜収容所に捉われていたアメリカ軍の将軍で、ワタシはこの存在を「ビジョナリー・カンパニー2」を読んで知りました。彼が、どのようにして苦境に対処したのか、触れられていたのです。次のクリスマスにはここから出られると思っている人は、それが実現できなければ失望し、最後にはその苦境に耐えられなくなる。自分は、そうした楽観はせず、けれども絶対にここから出て、この経験をかけがえのないものにするという信念を持っていた、確かそのような内容でした。もしかしたら、南アフリカのマンデラ元大統領なども、そうやって耐えたのかもしれません。どんな困難にぶつかっても、最後は必ずうまく行くという希望を忘れない姿勢と、厳しい現実を直視し、最悪の事態を覚悟する姿勢。この2つをバランスのいい形で保てている状態にあれば、運は逃げていかないという思いがなぜかあって、これまでワタシは両方のバランスを保つことを意識してきた気がします。
そういえば、映画「生きてこそ」では、ナンドとカネッサの2人が山を下って、最後には救援隊が来るのですが、2人のキャラクターは2つの相反する姿勢を象徴するかのように描かれていました。
家で映画を観て、あれこれと思いを馳せる。たまにはそんな日曜日も悪くありませんね。