[2011.05.30]
コミュニケーション論における「言葉」の地位はなぜこうも低いのか?
こんにちは。オノです。
今日は、コミュニケーションに関する風評(風評被害とは言いませんが)について、最近、感じることを書きたいと思います。
皆さんは、こんな話を耳にしたことはありませんか? コミュニケーションには、バーバルコミュニケーション(言語による意思疎通)と、ノンバーバルコミュニケーション(非言語による意思疎通)があるが、言葉が果たしている役割は7%に過ぎない…。こんな話です。
これは、元々アルバート・メラビアンというアメリカの心理学者が調査結果として1971年の著書「Silent messages(邦題:非言語コミュニケーション)」において発表したもので、「メラビアンの法則」などとも呼ばれています。
Face to Faceのコミュニケーションでは、言語、声のトーン(聴覚)、身体言語という3つの要素が絡み合って、メッセージの伝達が行われているが、それぞれが作用する割合は、言語7%、声38%、身体言語55%であるという結果だった…そんな内容です。
私は、この内容自体に異論があるわけではありませんが、それを語る文脈がどうも歪んでいるのではないかと思うことが多々あります。
その場合、大抵は「言葉の影響はわずか7%でしかない。言葉よりも、視線やうなづきなどの態度によって共感は生まれ、相手に信頼を生む。だから、そういうことに配慮しなければ、コミュニケーションは達成できない」というふうに聞こえるような文脈になっています。
でも、本当にそうでしょうか? 対面して「感情」を伝える場合は、確かに非言語的要素の方が多くの役割を担っているかもしれませんが、「思い」や「考え」を伝えたい場合、語る言語に中身なくして、それは成し得ないのではないでしょうか。
たとえば、政治家の街頭演説。どんなに語る眼差しが真剣でも、どんなにこぶしを高く挙げていても、中身のない演説に人の心は動きません。
マーケティングやコミュニケーションのセミナー講師やコーチングを広めようとしているコーチの方たちの中に、「メラビアンの法則」を拡大解釈して語る方がいるのを見かけると、「ウソこけ」と思ってしまいます。
メラビアンの法則が示すのは、3要素に不一致が生じたときに、3要素の中でも割合の高い要素に相手は重きを置いて真意を受け止めるということであって、言葉の影響力が低いということではないと思います。
たとえば、言葉では「そうだよね」と言いながら、口先だけに思える場合に、言葉よりも態度を信じるというようなことです。
実際、「メラビアンの法則」は、好意や反感といった感情の伝達に関して得られた結果であり、すべてのコミュニケーションに当てはまるわけではないとして、Wikipediaでも次のように書かれています。
メラビアン自身も自分のウェブページで、「好意の合計 = 言語による好意7% + 声による好意38% + 表情による好意55%」という等式は好意・反感などの態度や感情のコミュニケーションを扱う実験から生み出されたものであり、話者が好意や反感について 語っていないときは、これらの等式はあてはまらないと言明している。(http://www.kaaj.com/psych/smorder.html)
言葉のコミュニケーションがすべてだとは思いませんし、言葉だけでは限界があるのも事実です。でも、言葉を軽んじて本当にコミュニケーションを語れるのか? 言葉に携わる者として、ちょっとムカつき気味に書いてみました。
[2011.05.22]
【支援物資】Tシャツを集めています
こんにちは。小野です。
先週、当社の卒業生メーリングリストに「【支援物資】Tシャツを集めています」という件名で、Kディレクターが協力要請のメールを流しました。
知人の建築家の方々が被災地の様子(特に建築被害についてだと思います)を調査ヒアリングする目的で、現地をたびたび訪れているそうで、そんな中、せっかく現地に行くならと、支援物資を運んだり炊き出しも行っているのだとか。
Kさんは、「何度か行く中で、次はこれを持ってきてほしいなど、要望リストをもらってきているという話を聞き、リストの中から私にできる範囲でお手伝いができたら…」と書きました。今回は「夏服を」という要望に応えるために、Tシャツを集めたい、というのが趣旨です。
聞くところによれば、体育館や公民館などのオフィシャルな避難所ではなく、比較的大きな個人宅などで避難生活をしている方たちには、なかなか避難物資が回ってこないそうです。
ワタシも、協力したいと思い、手持ちの服を何着かピックアップしたほか、ユニクロでTシャツをまとめ買いしてきました。すみません、選んだのは、一番安かったモノです。
さて、ワタシの知り合いの皆さんの中で、もしこの記事をお読みになって、協力したいと思ってくださる方がいらっしゃったら、今週26日(木)までにメール便などで送ってください! できれば、事前に一報いただけるとありがたいです。
求められているのは、たとえば…、
あまり袖を通していないTシャツ(何度かしか着ておらず、洗濯してあればOKです)で、
● 友だちにもらったお土産Tシャツ
● サイズがあわなくて着ないTシャツ
● ライブやキャンペーンなどのために購入した(もらった)Tシャツ
● 撮影等のためにつかった撮影小物Tシャツ など。
Tシャツ以外でも、夏に着るもので、もう手放してもいいよーというものがあれば、OKだそうなので、タンスやクローゼットの中に眠っているものがあったら、ぜひお譲りください。男性の大きなサイズが特に足りていないそうです。
では、よろしくお願いいたします。
[2011.05.16]
「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」
日曜日の晩。仕事で忙しい週末を送ったので、本当は日曜日の夜ぐらいは、だらだらとテレビでも見て過ごしたかったのですが、一方ではここ最近インプットの量に対する不足感があって、結局、夜10時近くなってから、本を1冊読みました。田坂広志氏の「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」(東洋経済新報社)です。
元はといえば、この本は当社のあるディレクターが「半年以内に読みたい本リスト」に入れていた本でした。彼女の机の上にあったその本を、週末出勤した際に無断で借りてきたという次第です。自戒的に言えば、2時間45分で300ページの本が1冊読めるなら、週に2冊ぐらい読めよ、という感じです。
たくさんの感想があるので、一言でまとめるのは難しいです。なにしろ、最近感じていたことや最近起きたいろんな事象と、本に書かれていて「なるほど」と思ったことの組み合わせの数だけ考えるべきこと、感じたことがありますから。
とても、良い本でした。哲学書といってもいいぐらい、考えさせられました。
Before:心にあった背景
元々、ワタシの心の中にあった背景の中から2つをピックアップして、それをベースに感想を書くと。。。
最近考えていた疑問の第一は、「言葉」の本質とは何か、「言葉」でできることは何か、です。ワタシは、言葉のチカラで組織や人にチカラを与えることができるはずだという信念で仕事をしているのですが、その一方で、言葉ですべてが解決できるわけではないという事実も理解しています。自己矛盾とはいいませんが、もっと整理をしたいと感じていたのですね。
第二のワタシの個人的関心の背景は、ダイレクトマーケティング(特にエモーショナルマーケティング)で説かれている感情に訴えかける方法論について、なるほどと思うところがある反面、なんとなく人の感情を操るような「姑息」な感じがするという違和感があって、その整理をしたいという欲求もありました。
この本では、マネジメントというものの本質を、企業や人の心といった「複雑系」における「暗黙知」という切り口から解き明かしています。言い方を変えると、「ビジネスでは、すべてが論理で成り立っているわけではない」という前提のもとに、非論理性、たとえば直感や信念、感情や相性といったことがむしろビジネスでは重要となることが少なくないと説いています。
After:整理できたこと
さて、ここからが感想です。
この本を読んで、暗黙知と言語知の関係は、感受性と論理性の関係に限りなく近いものだと改めて納得したものの、では言語が使われながらも、暗黙知的なコミュニケーションはないのかと考えてみると、「ある」とワタシは考えました。
たとえば、たった1行のセンテンスから得られる、人生を変えるほどのインスピレーションというもの。あるいは、一言も「愛している」とも「好きだ」とも書いていないのに感じ取れる、溢れんばかりの愛情。これらは、この本で語られている暗黙知に極めて近い役割のものだと思います。言葉というのは、論理的な語り方にも、感覚的な語り方にも使える道具です。けれど、人の心を動かす言葉は、ここにも、そこにもあるというわけではありません。そんなに生やさしいものではない。だからこそ、そこに生涯をかけてもいいと思える奥深さがあるのだと感じました。
ワタシの2つめの問いに対して、この本は的確な答えを与えてくれました。以下、引用です。
従って、ここで私が述べようとしているのは、「いかなる操作主義や計算も持ってはならない」という潔癖主義的なマネジメント論ではありません。(中略)私が述べているのは、「己のエゴが見えているか」ということなのです。
特定の人や不特定多数の人とうまくコミュニケーションをしたいと思ったら、誰しもどうしたらうまくわかりあえるのか、自分をわかってもらえるのかと考えます。それ自体は悪いことではない。けれど、エモーショナルマーケティングで陥りやすい人の感情を支配しようというような価値観に陥らないこと。そのセルフチェックがかけられるかどうかが重要なのだと学びました。
しかも、これは外部に対するマーケティングの心構えとしてだけではなく、社内スタッフとのコミュニケーションにおいても、必要な姿勢ですね。ワタシは、どちらかといえば自分のエゴを押し付けないようにとセーブしているつもりですが、それでも振り返ってみると、「あれはエゴだったかな」と思うようなこともあります。
読む前にあった背景的要素はこの2点以外にもありますが、書くと長くなるので、今日はやめておきます。
繰り返しになりますが、生き方を考える参考になるほどの、とても良い本だと思いました。お時間があれば、ぜひ読むことをお勧めしたい1冊です。
ではまた
[2011.05.09]
震災で学ぶ企業コミュニケーションの「お手本」はどこ?
こんにちは。
ゴールデンウィークはゆっくり過ごされましたでしょうか?
ワタシは蓼科に2泊してきました。気候も寒からず、暑からずで、心地よかったです。
震災から2カ月が過ぎて、人々の関心や報道も多少変わってきた感があります。残念ながら、建設的に前に進んでいる感じがしないのは、政権の統治能力のせいでしょうか。
■違和感のある企業のお見舞いメッセージ
さて、震災に伴う企業のコミュニケーションで1つだけどうも違和感のあることがあります。それは、テレビコマーシャルやサイトなどで使われている決まり言葉「被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます」です。
テレビCMでこの言葉を耳にしたとき、心の中でちょっとしたザラつきを覚えました。原因は何なのか。それは多分2点あります。
1点目は、このフレーズの持つ「他人事」なニュアンスが、社会の空気に合っていないように感じたのです。復興すべきはもちろん第一義的には被災地ですが、日本全体がゼロから再出発しないといけないような事態だと多くの人が感じているときに、他国や海外企業がそう言うならともかく、自国の企業がそういう語り方をすることに違和感があったのです。
今後のエネルギー政策も不透明な中、世界各国はリスク回避のために地震国日本との取引に消極的になり、まだ見えていない経済的な打撃がボディブローのように効いてくるでしょう。被災地の復興だけでなく、日本の困難な状況をどう思い、どう立ち向うのか、勇気が出るようなメッセージを人々は求めているような気がします。
2点目は、各社が発信しているメッセージが似たり寄ったりであるために、どうしても横並び意識から生まれた形式的なものに思えて、真心がこもっているように映らないのですね。このように各社のメッセージが同じになってしまうのは、日本的慣習としてわからないではありません。慣習をベースに物事を判断するので、経営者や企業のコミュニケーション部門に属する人々の間に、主体性のあるメッセージを伝えることこそ重要だという意識が持たれにくいのだと思います。
しかし、メッセージというのは、本来、伝えたいという意志を持って伝えるべきものです。ですから、メッセージの内容が「被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます」で終わらずに、たとえば「がんばろう日本」だったとしても、またまた各社共通であったなら、あまり意味がありません。自社の思いというものに、もう少しこだわって発信してほしいと思います。
■トヨタは好事例の代表格

トップページのメッセージから「全文はこちら」をクリックすると豊田章男社長のメッセージが出てきます。
(以下引用。前文省略)
今回の天災は、従来のものと異なり、被災地域が広範囲に及んでいることから、経済的影響は、日本全体、全ての産業に及んでおります。弊社でも、震災発生直後から、従業員が現地に入り、工場、販売店、仕入先の方々と一体になって、復旧に向けた活動を実施してまいりました。私も何度か被災地を訪問し、彼らの活動を直接見てまいりましたが、この「現場のすさまじい努力」が、一日も早い生産回復を可能にするものと確信しております。自動車産業は、裾野が広く、与える影響が大きいため、少しでも早く、正常化を進めなくてはならないと考え、全社を挙げて取り組んでおりますので、どうぞご理解、ご支援をいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。
厳しい現実認識に基づく責任感溢れる決意表明です。好感を抱いただけでなく、とても勇気づけられるメッセージだと思いました。それほど長い文章ではありませんので、できれば全文を読んでみてください。
■行動を見せて伝えるソフトバンクのやり方

トヨタとは異なり、孫社長からのメッセージ文は掲載されていません。言葉でメッセージを出しているというよりも、行動を見える形にしてメッセージを発信しています。同社サイトの中に「『やりましょう』進捗状況」というコーナーがあります。
孫社長がTwitterで「やりましょう」とつぶやいたことが、その後どうなっているのかを発信しています。トヨタとはスタイルは異なれども、経営者としての責任感やコミュニケーションを重んじている姿勢が十分に伝わってきます。このコーナーは、元々は震災支援のためのコーナーではありませんが、最近は、特に震災がらみの「やりましょう」が増えていましたので、事例とさせていただきました。
企業のコミュニケーション意識が薄いと書きましたが、実は、どの企業もとても素晴らしい使命感や真心を持っています。ただ、残念なことに「伝え下手」です。
企業のことを「法人」と言いますが、「人格」が感じられるメッセージを発信しないのは、真心が伝わらずもったいないと思いました。みなさんは、どう思われますか?
[2011.05.02]
物を捨てるコツと便利なソフトをご紹介!
こんにちは。小野です。
今日はGWの谷間の日とあって、お休みの方も多いのではないでしょうか。一方で、今年は、メーカーを中心に節電対策でGWを返上し、休みをシフトしている企業も少なくないようです。日本全体が大変な状況になっています。
ワタシは、本日は両親のお供で、長野県の父の故郷「小野」村の「御柱祭り」に行くたために休暇をいただいております。何も今日ブログを書かなくても、誰からも咎められませんが、書かないと自分のリズムが崩れるので、軽い話題をアップさせていただきます。
ワタシのゴールデンウィーク。この、金、土、日の3日間は、大掃除に明け暮れました。かれこれ10年分、いや、20年分の大掃除です。目玉は、本とCD、写真、衣料品などの処分。。。予定では、2日で終わるはずだったのですが、3日かかりました。
本やCD、衣料品は近所のスーパーでもらってきた段ボールに詰めて、現在、家の中は引っ越し前のような状況です。
捨てる決意。これはとてもエネルギーを要しますね。はっきり言って、気疲れします。
と、そんなことをTwitterでつぶやいたら、知り合いのある方から「片っぱしから写真に撮ると捨てられる。撮った写真は大掃除フォルダに入れるといい」というアドバイスが…。
いや、確かにその通り。写真を撮るという手間がかかるには違いありませんが、捨てる/捨てないのところでの精神的消耗を減らすことができます。
というのも、モノを捨てるときの躊躇の源は、思い出や記憶まで消し去る行為のような気がするからです。それと、もう一つの躊躇は環境問題ですね。でも、今回のワタシの処分の場合、ブックオフやリサイクル業者さんに持っていってもらうつもりなので、大半の気疲れは思い出のモノとの「さよなら」にありました。でも、写真に撮ることで、大幅に抵抗感が緩和され、決心しやすくなったのは事実です。
そんな次第で、同じお悩みをお持ちの方に、この方法をおすすめします!
ありがとうございました。丹生さん! (←アドバイスをくださった方です)
ついで、iPhoneの利用者の方におすすめなのが、こちらのソフト、「CamScanner」です(Android版もあるようです)。
フリー版と有料版(600円)があります。ワタシは、現在、広告が表示されるフリー版を使用中ですが、600円払ってもぜんぜん惜しくない感じのソフトです。
たとえば、記録好きのワタシは旅行に行ったときの「地図」だとか、ちょっとしたもの(フライヤーとか、レシートとか、入場券など)をとっておくことが多いのですが、このソフトで写真に撮るとpdfにしてくれるだけでなく、グルーピングもできて、タグもつけられ、パスワード設定、メモ書きなどもOKです。
もともとはホワイトボードを撮って整理するのに便利だと思って利用し始めたのですが、こんな使い方があるとは! 「2011年GW大掃除」というフォルダをつくって、諸々の写真を納めました。
ほかにも名刺整理のソフトなどもあるようですね。別に同社の回し者ではありませんが、便利なので、紹介します。
では、みなさま、良い休日を!