オノ・ヨーコ講演会
こんにちは。
グラスルーツのオノです。
世の中全体が元気がなくなると、誰だってその影響を受けますよね。
ワタシも経営者だからでしょうか。世の中の空気を知らず知らずに吸い取って、不必要にブルーな気分になることがあります。なにせ、ランチタイムの間にも隣のテーブルからネガティブな話題が聞こえて来るのですから。
でも、ポジティブな人ほど、そこから抜け出したいと思うじゃないですか? ワタシもその一人です。
そんな心持ちの中で、昨日、オノ・ヨーコの講演会に行ってきました。ワタシ、ファンなんですよ! 「世の中の景気」というような話と「オノ・ヨーコ」が関係あるのかどうか、我ながら微妙ですが、深層心理的には関係があったような気がします。そして、期待した以上にポジティブなオーラを感じ取って帰ってきました。それを皆さんにお裾分けしたいと思います。
http://bell-of-peace.boo.jp/index2.html
オノ・ヨーコ。。。
これほどまでに全世界が敵になるというような経験をした人はいないのではないでしょうか。若い世代のみなさんは知らないかもしれませんが、世界が自分をバッシングする、そんな状況が、オノ・ヨーコを取り巻く環境ではありました。しかも、その理由がジョン・レノンの妻であったというだけで、です。
もしオノ・ヨーコがジョン・レノンの妻でなかったなら。。。そんな仮定でオノ・ヨーコとそのアートを過小評価する人がいます。しかし、ワタシはそうは思いません。オノ・ヨーコのアートは、仮にジョン・レノンの妻の作品でなくても、人々の心に何かを刻んだはずである、と。
オノ・ヨーコはインストラクションアートの先駆者でした。
インストラクションアート。
コンセプショナルアート。
インタラクティブアート。
これらはオノ・ヨーコのアートを知る上で重要なキーワードです。
ワタシの中では、「オノ・ヨーコ=強さ」なのですが、いかに強靭なオノ・ヨーコでも葛藤はあったはずです。
講演は予め主宰者から出された質問に答える形で進んで行きましたが、その回答の中にはオノ・ヨーコといえども葛藤があったことが伺われ、しかもそこには見栄や体面などのない自然体なスタイルがあって、それが一層魅力をかもしだしていたと言えます。自分に向けられた憎悪をすべてプラス思考で「愛」というエネルギーに代えようとしたオノ・ヨーコの生き方。他人基準でなく、自分基準であるモノの見方。そこに改めて共鳴しました。
一人の人の心持ちが世界に影響を与える。一人ひとりが人として満足できる生き方を一生懸命追求することが平和につながる(不満足なら平和はありえない)。たとえ否定されても、肯定的に翻訳するメカニズムを自分の中に持つ。
以上がワタシの翻訳です。その考えからすると、今の経済情勢を見る目線が変わります。もしブルーな気分で見るなら、世界全体が超ブルーに見えます。他責な発想で言えば、すべて金融危機のせいにすることもできます。でも、もし発想を変えて、プラス思考で見たらどうなるでしょう? 今自分にできること、自分にしかできないことが見えてきて、そこに使命感を感じると思うのです。
日本人離れした日本人/オノ・ヨーコ。憎悪の後に賞讃を得たオノ・ヨーコ。何かそこに学ぶものがあるように思うのですが、みなさんはどう思われますか?
ブランディングの重要性に関する認識のレベル
昨日、ウチのスタッフと、弁護士さんのブランディングについて話をしていたときに、こんな議論になりました。
「ワタシたちは、どんな組織にとっても、外に向かってその強みをいかにわかりやすく伝えるかが非常に重要だと考えているけれど、もしかしたら多くの人たちは強みを打ち出すということに対してそこまで重きを置いてないのではないか」。
「いや、自分で看板を背負っている弁護士さんなら、恐らく誰でも自分の強い分野をアピールしたいのではないか」。
強い分野をアピールしたいという意識のレベルは、顕在的なものから潜在的なものまで千差万別です。ブランディングという概念を知っており、重視している弁護士さんもあれば、まったく意識していない弁護士さんもあるのではないかというのがワタシの見方です。
とかく、ワタシたちの実務感覚からすると、強みを明確化することは極めて重要であり、強みを打ち出したくない人などいないはずだ、と思いがちです。(いや、実際、強みを打ち出したくない人などいないのは事実なのだと思うのですが)、自分または自社の強みを掘り下げて考えたり、自分の事務所のホームページがその強みをきちんと伝え切れているか厳しくチェックして「強みの打ち出し」にこだわっている人/企業/事務所は多くないような気がします。
仮にもし、多くの人たちがその点を意識しているのなら、もっともっとサイトにおける表現のレベルは高くなるはずです。ところが、現状を分析するとそこまでこだわっている組織が多いとは思えません。
仮に強みの打ち出しの重要性に対する認識レベルが低いのだとしたら、ワタシたちのコミュニケーションのあり方も変えていかなくてはなりません。「強みを打ち出せていますか」から語るののではなく、強みを打ち出すのは当たり前だというコンセンサスはないことを前提に「強みを打ち出すことがいかに重要か」から語るべきだということになります。
まだまだブランディングによる差別化の重要性について、認識が定着しているとは言いがたい状況ですが、それでも5年前、10年前と比較すると、随分社会全体に広まって来たという感じはあります。経済環境も大きく変化している今、ここから先、5年ぐらいの間に、また世の中も変わっていくのかもしれません。
負けるな、ニッポン経済!
こんにちは、グラスルーツのオノです。
■こういう時こそ弱気になったら負け
9月のリーマンショックから早2カ月。新聞・テレビでは金融危機だ、100年に1度の大不況だと伝えています。確かに今の経済環境の悪化がグローバルな規模で進んでいるだけに、どの企業も出口の見えないネガティブスパイラルに入り込んでしまったと言えるかもしれません。ワタシ自身、リーマンの報道を聞いた直後に、今回の波は大波(というか津波?)だと皮膚感覚で感じ、社内で幹部社員を集めて緊急ミーティングを開いたぐらいです。そういった危機意識を社内で共有することは重要ですし、これからワタシが書こうとすることも何も「この状況は危機ではない」というような甘い考えに基づくものではありません。
それでも、やっぱりこういう時こそ弱気になったら負けなのではないかと思います。なぜなら、経済活動が続く限り、全滅することはない。けれども、特に中小零細企業になればなるほど(ウチの会社もそうですが)、経営者自身が一歩先は闇のような気持ちになりがちです。そして、コスト削減をまず考える。
■お金のかけどき
でも、ワタシはもし使えるお金があるのなら、使うのは今だと思います。商品・サービスを売る側/売られる側という観点から、理由は2つ。
第一は、売る側から。商品・サービスの露出や宣伝についてです。なぜなら、多くの経営者はお金を使わないことを考えるのですから、敢て使うことによって、目立つことができます。少なくとも、いつもよりお金をかけずに目立つことができる。これはとても大きいと思います。周りが使わないときに使うと目立てる。これは大企業にも中小企業にも当てはまります。大企業の例で言えば、競合各社がテレビCMのスポットを減らしたなら、むしろチャンスであるのと一緒で、よそがやらないことにお金を使えば必ず目立つのです。
単に目立つだけでなく、今はみんながお互いにつぶれる/つぶれないと疑心暗鬼の時代ですから、安心感を与えることにもつながります。ネット広告でもDMでもいいので、使うことで差別化することを考えるなら、今は絶好のチャンスです。
第二は、売られる側から。みなさんの会社が、もしBtoBで製品やサービスを提供しているのであれば、その製品やサービスにはきっと良いところがあって、それが見込客の競争力を高めるのに役立つはずです。それを導入することによって、競争力(というか、生き残り力)を得たいと思う企業経営者はいます。かくいうワタシもその一人です。昨日も飛び込みの営業で買い物をしてしまいました。これを売る側に置き換えて考えればいいのです。つまり、この場合、重要な切り口は「生き残り力(競争力)を得たい経営者といかにして出会うか」。そのためにお金を使うことが重要だと思います。
ところが。。。
今、お金を使わずに、様子を見てからなどと思っていると、来春頃にはさらに状況が悪化していたりして、そのときには使えるお金さえなくなっているのではないでしょうか。その先は言わずもがな、です。
さてさて、この理論。みんなが「お金をかけるなら今だ」と思って行動したら、成り立ちません。でも、みんなが今しかないと思ってお金を使うようになったら、日本経済は逆に安泰です。そうなったら競争は激しいでしょうけど、それはそれで御の字。日本経済にとっては良いことだと思います。
■お金よりも大切なこと
でも、一番書きたかったことは、「お金を使おう」ではなく、「弱気は負け」です。実は、これ、ワタシ自身に言い聞かせるためでもあるんですが。
新聞・テレビの報道で一喜一憂するのではなく、自分や自社を信じる気持ちが今は一番重要だと思います。まるでワタシ自身にまったく不安がないような、生意気なことを書いてしまいましたが、そうではありません。ただ、ワタシの周りの立派な仕事をしている会社が萎えていくのは、社会の損失です。そう思って書きました。
ネガティブなことを伝達している報道サイドも、悲観のダウンスパイラルには疑問を持ち始めているらしく「日経ビジネスオンライン」で、良い記事をみつけました。その記事をご紹介して終わります。とてもポジティブな、元気の出る内容です。ぜひご覧ください。
日経ビジネスオンライン「悪いニュースが嫌いな人たちへの良いニュース」
グラスルーツの問題点(茶飲み話に)
先日、ふと気がつきました。
当社の人員構成には、もしかしたら問題があるかも、と。
ワタシを含めた女性のうち、経理の女性1名を除き、全員O型なのです、血液型が。
しかも! 男性社員にはO型が1人もおらず、A型率が極めて高い。7分の5がA型です。
これって、問題ですよね?。
ま、これ冗談半分、本気半分なんですが。
少なくても、いろいろな人がいた方がいいという考え方からすると、
O型人口比率やA型人口比率より突出して多かったり、少なかったりというのは、
何か偏っていないだろうかという気持ちになります。
しかもね、もともとO型というのは、よく「大雑把」と言われるじゃないですか。
制作に携わる女性スタッフの100%がO型だとなると、なんだかね?。
あ、でも、O型の女性はいいですよ! やさしくて、寛容です。これ、ホント!
仕事でも、大雑把でもいい面は大雑把で、細かな神経が必要な面は細かいんです。
これ、ホント! (何度も言うな!)
それにしても、安堵するのは、
経理の人がA型だという点。おかげさまで緻密に事務処理をして、
緻密に報告してくれています。ありがとう!
別に血液型で採用してきたわけではないのですし、
血液型占いなどはあまり信用しているわけじゃないのですが、
こんなに分布が偏ると、何かあるのだろうかと思ってしまいます。
次は「O型男性求む!」といった採用をした方がいいかもしれませんね。
個人的にはO型男性は好きなはずなのに。。。(笑)
採用時、ワタシのココロはミステリーです。
友だちの転職とストレスマネジメント
ワタシが、自分は「ハンドボール部」によって育てられた面が大きいと感じていることは、以前にも書いたような気がします。そんなハンドボール部の友だちと先月久々に再会し、今月はその余波で再々会しています。
再々会というのは、メンバーのうちの一人が、一昨年、長年携わってきた高校の教員を辞め、ストレスマネジメントの教育プログラムを提供している会社の講師になったので、その職場に冷やかし半分でみんなで訪問したからです。もちろん彼女の今を理解するという応援団的な意味もありつつ、一方ではストレスの測定方法やケアの方法論を伝授され、とっても有意義な時間でした。そんなサービスをいくら友だちとはいえ、タダで提供してくれるとはねぇ。
ですので、ここからは、タダ友(?)への恩義に報いたいあまりの「宣伝」です。なので、あまり内容を鵜呑みにしないでください。でも、いくら友だちといえども、ワタシが自分で納得できなかったなら、ここには書きません。でも、なんだか説得力があったので、紹介してみようという気持ちになりました。
ただね?、ワタシなりの理解と、説明してもらった理論は別のことだと思うんです。だから、ここに書くことには、ワタシの勝手な解釈が混じっていると思ってくださいね。内容に責任は持ちませんよ。
到着して最初にやってもらったのは、ストレス診断です。といっても問診ではなく、筋肉の反応をチェックするやり方。エステやスパによくあるような、顔の部分だけ穴があいているベッドにうつ伏せになって、「はい、手を挙げて」とか言われながら、筋肉の反応やカラダの左右の長さの違いを調べられます。賞味10分か15分でしょうか。で、ワタシがもらった答えは、ストレスレベルが「8/11」というものでした。当日来ていた他の友だちは、「6」と「7」。わずかな差ではあるというものの、ワタシが最低。最低ってどうよ?!
でも、こんなときはポジティブシンキングあるのみ! ストレスある方が「ちゃんと仕事やってんだぞ」みたいな。ほんとは、そんなのまったく関係ないけど。なので、しゃ?ない。8/11だろうが、「イェ?ィ、ヤリ?!」。なにせ、一番なんですからね! 喜ぶしかなじゃないですか。
で、教えてもらったことによると、ストレスというのは、脳幹の疲労なのだそうです。脳幹というのは、主に自律神経を司っている機関で、大脳が死んでも脳幹が生きていれば、植物人間になるのだとか。で、脳幹はどうやらトラウマを記憶したり、危険をキャッチすると即座に“危ないぞ”というアラームを発したりする役割を担っているということのようです。
いろいろ説明してもらったのですが、ここにそれを再現するのは、ワタシにとっては至難の業。ですので、ここからはワタシの勝手な解釈になります。
結局、人間は動物だってことなのではないでしょうか。つまり防衛のためのメカニズムとしてストレス反応があるから、人は困難なこと、困難な環境、困難な相手と対すると緊張する。シマウマがライオンと出くわしたのと一緒だと思います。そして、緊張するのは、心だけでなく、カラダもするわけです。そしてまた、心の記憶とカラダの記憶はイコールとは限りません。トラウマ的記憶に出くわすと、カラダの方が先に緊張するのでしょうね。
そういえば、例示的な体験がありますよ。青春への惜別にかられて、自動二輪の免許を取りに行ったときのことです。一本橋で1回落ちると、2度目も3度目も落ちる。多分前回の記憶によって、カラダが固まるからなんでしょうね。
ワタシの場合、診断を通じて、左右の足の長さが1cm違うと指摘されました(もちろん他の指摘もありますが)。ところが、最終的には彼女の指導(「ホメオストレッチ」というフィジカルな処方)によって、その場で改善されてしまいました。つまり左右の差がなくなりました。1cmの差は一緒に行った友だちも目視していましたし、図り方まで指導してもらったので、まさに事実だと受け止めました。
そんなこんなで、個人的に良かったと思いました。でもそれ以上に、賛同するのは、登校拒否の子どもや虐待にあっている子どものケアに有効だということ。現在、健康保険の適用を受けるために小児科医と共同し、実証を行っているそうです。
かつて、仕事のストレスが原因で転職した彼女。その時、この教育プログラムが自分の問題解決に役立ったという実感があり、この道に。ワタシ自身のストレス問題以上に、そうやって社会の役に立とうとしている彼女の姿を見て刺激を得ました。

