ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

ブログ:2008年2月

社長の脳みそ整理mono-log モノログ

最近、感じたことがあります。結論から書きますね。それは、ブランディングの本質というのは、もしかしたら『宗教チック』なことなのかもしれない、ということです。ふと、そんなことを考えました。と、同時に、ほんとうに宗教チックなものなの?という疑問が湧いてきました。まずは、宗教チックなものなのかもしれないという方向性で思ったことから書きます。

確かに、マーケティングという枠組みの中で、理性的かつ論理的に考えて、自社の強みや他社との違いをコミュニケーション課題に落としていく。これも、ブランディング活動であることは間違いありません。

でも、それ以前に、理念を行動で示していく。これも、また立派なブランディング活動です。電話での対応、挨拶の仕方、メールの書き方、等々、社会との接点において、どう行動するかは、ブランディング活動においてとても重要です。

ところが、理念に基づいてすべからく行動するというのは、とってもシビアなことです。はっきり言って、苦しいです。人間は、神や仏のように完璧な存在ではないのですから。理想を追求する気持ちはあっても、時として行動が伴わないことだってある。これが、現実だと思います。

こんなことを、いつ、なぜ感じたかというと、採用活動を行っていて、感じました。採用活動は、採用活動であって、一般的には、ブランディングを目的とした活動ではありません。
しかし、コールセンターの対応が悪ければ、ブランドイメージが下がるのと同様、採用活動において応募者への対応が悪ければ、その企業への信頼感が下がるのは当然です。

理念的には「誠実に対応する」という思いがあっても、タイミングによって、思いとは裏腹な表現になってしまうことが起きてもまったくおかしくないのです。ましてや従業員の数が多ければ多いほど、そのコントロール、すなわち社員一人ひとりの立ち振る舞いのコントロールは利きにくくなるはずです。

ワタシ自身、今回の採用活動において、「誠実に対応する」ことを理念に掲げていましたが、それが本当に100%できていたかどうか? なぜなら、やっぱりワタシも人間だからです。神様とちがって、理想よりもその時々の現実を優先して、知らず知らずのうちに、自分が予期せぬ行動を取っていたということも、ないとは言えません。それでも、理性が働いている限り、「誠実に対応したい」と思っているわけです。が、ある日ある時、理想を追い求める心が何かの影響を受けて揺らぐと、ワタシは悪魔のささやきに負けて、ぞんざいな対応をしてしまうかもしれない。

そういったことを考えてブランディングというものに目を向けると、その心の葛藤や自分と対話する過程はとても宗教チックなものなのではないかと思えてきました。なぜならとてもストイックな要素を含んでいるからです。

企業のブランディングでは、社員一人ひとりの思いや行動がその企業の理念と同一になっていなければなりません。極論を言うと、会社の理念が「右の頬をなぐられたら、左の頬を出せ」であるなら、その価値観が共有されていなければ、ブランディングは達成できないということになります。少なくても理屈上はそうです。
と、考えると、まるで宗教みたい。。。。

しかし、ここで新たな疑問が湧いてきます。そもそも宗教とは何であり、それに照らしたときにも、ブランディングは「宗教チック」だと言えるのか、と。(「そもそも」と考えるところが、さっすが、グラスルーツのしゃちょー!と自我自讃。。。)

個人的な先入観や直感で言うと、ブランディングは宗教チックなものではないはずだと思います。その理由? はてさて、何でしょうね。70秒ぐらい考えて、ワタシの脳みそが思いついた答えは、マーケティングの本質は乱暴に言えば損得勘定であるのに対し、宗教の本質は損得勘定ではない、というものでした。突き詰めて出した答えではありません。

このテーマは奥深いので、もっと考えてみたいと思います。

昨日、1カ月少々にわたった採用活動を終えました。「終えた」というのは、具体的には、内定者を決め、内定しなかった方たちに対して、その旨の通知を行ったことを意味します。そういう次第で、このメッセージは、採用に至らなかった方たち宛に書いています。

自分で信じないことには始まらない「自分の可能性」

今回の募集活動で改めて知ったことがあります。それは、どうやら世の中では、未経験者に対する風当たりは、相当厳しいらしいということです。多くの方たちが「未経験者歓迎」という当社の条件を見て、この会社しかないという思いで駆けつけてきた。そのような印象がありました。しかし、残念ながら、これは当社の力不足なのですが、採用枠はわずか1名。ですから、せっかくご応募いただいたのに、大半の方たちに対してご期待に添えない結果となってしまいました。

「採用できかねる」という通知。これは、どう考えても、元気が出るものではありません。もし、ワタシがそれをもらったとして、やはり一種不愉快な、自分を否定されたような気持ちになるであろう、と思います。しかし、誤解を恐れずに書きます。自分を否定されたような気持ちになる必要は決してない、と。

企業側の言葉で言う「採用活動」はマッチングを見極めるための活動です。自社の価値観や業務内容、それを遂行するために必要な能力と、応募者の方の志向や価値観(企業によっては経験が合致しているかどうか)等を見極める。それが、採用という活動だと思います。応募者が複数いたなら、当然、その「合致度」を比較するのであって、良い人、悪い人と判断しているのではないのです。企業的な視点から書いてしまいましたが、これは応募者視点でも同じだと思います。自分がやりたいことができそうな会社かどうか、自分が求める文化や価値観がありそうな会社かどうか、それを見極める場が面接だと思います。

ここでワタシが言いたいのは、結果を通知するという宿命が企業にはあり、だからこそ今回も通知を行いましたが、通知を受け取った皆さんの中には、「話を聞いてみて何か違うと自分も思っていた。(だから、通知なんてくれなくてよかった)」という方も含まれれば、「話を聞いて、グラスルーツに入りたいと思っていたのに、悔しい」と思ってくださった方もいることと思います。前者の方、ただ単純にごめんなさい。破り捨ててくださればいいと思います。後者の方、繰り返しになりますが、自分が否定されたと思う必要はないし、自信をなくさないでいただきたいと思います。なぜなら恋愛と一緒で、一目惚れした相手との相性が必ずしもいいとは限らないですし、その相手がベストパートナーかどうかは別問題です。
なので、ワタシがお送りした紙切れ1枚で自信をなくす必要なんて、ないのです。

まず、自分には可能性がある。そう自分が信じないで、誰が信じてくれるのでしょうか。誰でも最初は未経験です。だからこそ、未経験者は採用してもらえないからと諦めてしまっては、何も始まらないと思います。当社が今回採用を決めた人も、社会人経験1年、業務経験ゼロの未経験者でした。信じる力の強さ。それによって道が開けたり、開けなかったりすると思います。まずは、自分を信じてください。

仕事探しは、自己分析から

未経験者の採用で、ワタシが見るのは、何をやりたいのか、本当にやりたいのか、なぜやりたいのか、です。つまり、漫然とやりたいと思っている方ですと、マッチングしているのかどうかの判断がつかないのです。明確な方だと、判断できます。もしマッチングしていなければ、それならウチの会社よりもこういう会社を受けた方がいいなど、アドバイスもできるというものです。ところが、未経験の方は経験がないゆえに、何をやりたいかがまず自分の中で突き詰められていなかったり、自分がこの仕事をやりたいという思いの「源」も把握できていない場合が多いです(全員がそうだったということでは、ありません)。もちろん、こちらもそれは承知しているので(なにせ未経験の20代なのですから)、「なに」という具体性が多少弱くても、一生懸命ヒアリングして紐解こうとします。

そうやって紐解いてみると、実は「あなたがやりたいのはデザインなのでは?」とか、「もしかして、制作がやりたいのではなく、コンサルをやりたいのでは?」などということがわかってきます。

自分の「源」がなぜ大事なのでしょうか。「源」といっても、別に仕事と直結した興味でなくてもいいのです。まず、単純にその「源」がずっと以前に始まったことなのか、昨日ふと思いついたことなのかは、思いの深さはかるヒントになります。また、たとえ昨日思いついたことでも、昨日のその体験が自分を変えてしまうほどのインパクトがあったなら、それでも深い思いは伝わります。

みなさんから出てきた「源」とは、たとえば、ずっと書くことが好きだった、みんなでモノを作り上げた体験が忘れられない、デザインにかかわる仕事をしたい、表現したり考えることが好き、等々です。それで十分です。けれど、好きであることだけでなく、行動や体験がより重要です。そして、あるときの体験Aと、次の体験Bと、さらにその次の体験Cとが、脈絡のある形でつながっていて、だからワタシは企画制作がやりたいのだと説明できるのが一番自己分析できているパターンだと言えます。
ところが、そういった自己分析を十分せずに転職活動を行っている方もいます。

それは、もったいない転職です。ここで、もし自分の選択基準を曖昧にしたまま仕事や会社を選ぶと、また辞めたくなる可能性が高いと思います。仕事を頻繁に変わっている履歴書になってしまうと、損することはあってもトクすることはありません。
多くの方は、未来のことは考えているようです。でも、過去を振り返ることで、自分が見えてくることもあると思います。

エラそうなことを書きましたが、ワタシ自身、20代の自分を今振り返るとわかっていないことだらけでした。しかも、わかっていないということが、わかっていませんでした。それでもね、本気の本気でやりたいことに向かって行けば、道は開けるというものです。いや、待て。そんなに人生は簡単にはいかないかもしれない。でも、案外、「神様は平等」。これは、ワタシの最初のビジネスパートナーが言った言葉です。神様は、がんばっている人のことをちゃんと見てくれているものだと言われて、ワタシも同感したのを今でも覚えています。


----以下、2/21付けの追記です----
オノです。書き漏らしたことがありましたので、補足させてください。採用の背景というか、当社サイドの事情についてです。

今回の採用は、若手のディレクター育成という大テーマの下に、社内の年齢構成の再構築という小テーマがありました。小テーマの位置づけは、もし「可能であれば」、現在の一番若いスタッフの下に後輩を作る、というものでした。一番若い社員の年齢は26歳です。しかし、採用というのは、やってみないとわからない面もあります。ですから、必須ではないけれど、「なるべく」という位置づけでした。

なぜこうしたことを考えるかというと、新しい人材を採用することによって社内に化学反応を起こさせたいからです。ですから、実際には、年齢だけではなく、性格や性別、その他諸々から、どなたに入っていただくことが最大のベターな化学反応につながるかということを考慮し、最終決定しています。実は、私は化学反応好きです。

さて、と。脈絡があるような、ないような話で恐縮ですが、この仕事では文章力は必須です。どうやったら、文章力が高まるのか、オノ式トレーニング方法について、近々ご紹介したいと思います。では
 

2月の7日からわずか5日間の日程で、両親を引き連れてタイに行ってきました。タイに行くのは初めてでした。なかなか奥深いものがあって、ぜひもう一度行ってみたいと思います。

タイにもう一度行きたいと思った理由は複数ありますが、ビジネスウーマンとして一番感銘を受けたことについて、絞って書かせていただきます。それは、タイの王制についてです。言うまでもなく、タイは日本と同じように立憲君主制です。それだけなら、日本と大きな違いはありません。けれど、タイでは、王が人心を掌握している。みんなが国王を敬愛し、王の存在に誇りを持っていると感じました。タイ人のガイドのクルマには、国王の写真が貼られていたのですが、戦時中の日本とは違うものがありました。

現在の国王はラーマ9世です。タイの国民が、ラーマ9世を敬愛している理由がイケてます。極めてシンプルです。国王が、国民を最優先して行動していると感じているから、です。ただ単に「国王だから」ではありません。タイ国民は、それなりにニュートラルな視点も持っていて、「現在の皇太子の人気はイマイチで、彼は国王にはならないと思う」と平気で発言します。

注目すべきは、「国王は国民を最優先している」となぜ国民が感じるか、です。これはワタシなりの翻訳になりますが、「国王は私腹を肥やそうとしていない」と同義で使われているのだと思いました。「多くの国の国王はロールスロイスに乗っている。でも、タイの国王が乗っているのは、TOYOTAの『カローラ』だ」という発言や、「国王は王に贈られた金品を国民に還元して、地方に学校を作ることに充てている」という発言に現れています。真偽のほどはわかりません。タイの王室の広報マンが優秀なだけである可能性も、もちろんあります。とは、いっても、この話にはリーダーという立場にある人たちへの教訓に溢れています。

これらの話がワタシに与えてくれた教訓は、自分を最優先するリーダーはリーダーたりえない、ということです。権力を持った途端に変わってしまうリーダーは論外です。国民を最優先するということは、目的を最優先するということでもあります。

ワタシは、会社のリーダーとして、同様のことを自問してみました。幸い、今は大丈夫だと思うことができましたが、いつ、なんどき、どんな悪魔のささやきが訪れるかわかりません。ヒトとして、きれいな人間でありたいと痛感したタイ旅行でした。ち

採用活動まっただなか(その3)です。

今日、びっくりしたことがありました。すでに何度か書いていますが、当社は現在、採用活動を行っています。求人広告媒体は、今回初めてエンジャパンを利用させていただきました。エンジャパンのよい点は、広告料金によって、情報量に差をつけない点です。「情報量が変わると、どうしても情報量の多い企業に目が行ってしまうから」だそうです。そんな理念に共感して、エンジャパンを使ってみました。

びっくりしたことがあったというのは、採用の面接人数についてです。エンジャパンの営業担当の方によれば、「多くの企業はそんなに大勢面接をしない。10名前後が平均である」のだそうです。

確かに当社が今回採用するのは、原則1名です。だから10名も面接すれば十分という考えはわからないではありません。でも、会いもしないで、何がわかるのでしょうか? 当社では、面接の前に作文課題を与えて提出していただいていますが、作文が良かったとしても、作文でコミュニケーション能力はわかりません。

確かに「ディレクター候補者」を募集している当社の場合、一般の企業よりも、「人は財なり」という感覚が強いのかもしれません。でも、メーカーだろうが、小売業であろうが、結局、企業力は「ヒト力」なのではないかなぁ、と思います。そう考えると、データで振るいにかけ、10名も面接すれば十分と考える企業に企業力はあるのだろうか、と疑問を覚えます。たかが面接と思わずに、本気で採用に取組むということが企業力を高める上では不可欠なのではないかと思います。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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