ブランディング、コミュニケーション、チームワーク…。週1回の社長ブログです

ブログ

社長の脳みそ整理mono-log モノログ

『ちょっとだけマーケティング』カテゴリの記事

  1 ページ / 2 ページ

AdobeStock_427427384.jpeg

今日の話題は、めずらしく「お金」の話です。
タブー視する人が多いけれど、お金は生きていく上でとても重要で、
自分なりの考えを持つべき一領域ではないかと思います。

ところが、自分の給与と会社の売上の関係を考えたこともない、
という給与所得者は、案外多いのではないでしょうか。
どれだけの売上があるおかげで、自分のお給料が賄われているのか、
自分のお給料は売上のどこを支えるために支払われているのかを知ることは
モチベーションにも影響しますよね。


さて、話が横道に逸れるようですが、先月、ユニクロのコットンシャツが、
米国税関から輸入差し止めを受けていたという話題がありました。
ウイグル族への「人権侵害」に関与している団体が製造に関わった疑いがある、
というのが、米国側の理由でしたが、その事実はないとする同社の主張とは平行線。
ユニクロの主張が通らなかったのは、食品の原材料などと違って、
アパレル業界ではトレーサビリティが確立されていないことも一因にあるようです。

ユニクロは、低価格・高品質という価値を提供してきた企業です。
思うことはいろいろありますが、人権問題の話をすることが目的ではありません。

あの話題から、あれこれと考えを巡らせた結果、改めて思ったことは、、、
第1に、すべての価格には理由がある、ということ、
第2に、価格以外の価値を見極める目がないと、
価格でしか、価値を判断できない人生になる、という2点です。

私もユニクロを着ることはありますし、
低価格・高品質は紛れもない価値だと思います。
でも、人生において、必ずしも「安い」だけが価値ではありません。
これは、ビジネスでも同じではないでしょうか。
私たちは、取引先から物品や役務をなるべく安く提供してもらいたいと、
潜在的に思っています。
けれども、その時に、安いには安いなりに理由があることを忘れてしまいがちです。


もう少し掘り下げて考えてみました。
実際のところ、商品やサービスには、様々な値段がついていて、
その価格がそうなった理由もいろいろです。
でも、間違いなく言えることは、それを提供している企業の
事業構造や経営思想と関係しているということ。

たとえば、同じスペックの健康器具を製造しているメーカーが2社あったとします。
材料の調達コストや生産設備の維持費、製造に関わる人件費が同じで、
販売するための経費も得たい利益も同じで、販売規模も同じ。
つまり、いろいろな条件がほぼ同じであるなら、
値段も必然的に同じになるはずです。

しかし、A社は社員への教育費を惜しまず、
待遇も業界の中では上の方にしようという経営をしていて、
デザインや研究開発費にもお金をかけていたとする。
一方、B社は、コストは下げれば下げるほど価格も下がり、
それがお客様の価値になると信じて、
人にもデザインにもお金はかけない、という経営をしていたとしたとします。
当然、2社の販売価格は変わってきますよね。

どちらが、良い悪いではなく、経営思想が事業構造を変え、
それが価格に結びついているわけです。

ところが、ここにやっかいな問題があります。
取引先の経営思想や事業構造がわかった上で
ビジネスをするということは、あまり多くありません。
もっというと、そこに目を向けて、
価格と関係していると考えることなど、ほとんどないのではないでしょうか。


さらに困ったことに、私たちの業界は製造業などと違って、
より一層わかりにくさがあるように思います。

たとえば、当社が提供している制作サービスもコンサルティングサービスも、
いただいている費用の本質は「サービス料金」です。
つまり、大半は役務の提供のための費用、
言い換えればノウハウ、サービスプロセス、時間への対価です。
印刷物などを収める案件では、
納品物(製造物)の「製造料金」だという見方をされるケースもありますが、
印刷物というのは、ファッションでいえば、既製服ではなく、
オートクチュールのようなもので、大量生産品とはまったく考え方が違います。

相見積もりを取ったら、100万円と200万円、料金が倍違う2社があったとします。
「これこれで困っている、どうしたらいいだろう」と尋ねた時に、
100万円の会社は、当たり障りのない回答をし「決まったら連絡ください」と言う。
200万円の会社は、困っている理由を聞き出して、「方法は2通りあるので、
サンプルを作ってみるから、検討してください」と言う。
わかりやすく言うと、そんな違いが価格になっているわけです。


あ、もうおわかりだと思いますが、当社は価格志向ではなく、付加価値志向です。
少なくても価格で競争しようとは思っていません。
制作案件なら1時間7500円、コンサル案件なら1万円から2万円で、
プロセスと工数を想定して見積もるのが通例です。
そこにも理由がありますが、長くなるのでやめておきます。

今どきはコンプライアンスという名のもとに、
相見積もりを取らないわけにはいかないと思いますが、
サービスの見積もりなら相場を調べるために見積もりだけ先に取り
予算を決めてから、サービススペックの提案をもらうのが賢いやり方だと思います。


おや? いかん、いかん。なんだかビジネス慣習への不満を言い始めた(笑

結論! 何が正しいというのはありません。
要は、ニーズとのマッチングだからです。
相談しても素っ気ない対応だったとしても、価格が安い方がいい場合だってあるし、
安いと思って選んだものの、不満足になる場合もある。
私は、ご相談があっても、役務での付加価値が求められていないと感じた場合、
パートナーを紹介した方が良いと判断することもあります。
当社が不要に入ることで、求めていないサービスがついてきて、
価格が高くなってしまうからです。

すべての価格には理由があります。
すべての人が、売る側にも、買う側にもいます。
自分のニーズを明確にして、公私ともに賢い買い物をしたいものですね。

140901_marketing.jpg

あなたは、「マーケティング」という言葉に対し、どのようなイメージを持っていますか? イメージとしてよく言われることをキーワードで表すと、「数字」「カタカナ用語」「調査や分析」「ロジカルシンキング」「フレームワーク」等々を思い浮かべる人が多いようです。


アメリカから入って来た概念なだけに、確かにカタカナ用語は多いですよね。しかも、3Cとか4Pなど、アルファベットを使った専門用語も多いです。だから、慣れないと、話を聞くたびに頭の中で辞書変換しないとついていけない...ということになり、だからこそマーケティングはコムズカシイという印象になっています。


なぜ、今、このようなことを書くかというと、10月13日(月/体育の日)に、ある人と、マーケティング系のワークショップを開催します。今日は、そのお知らせではなく、その打ち合わせをする中で感じたことなどを書きます。

そのワークショップは、コーチやカウンセラーなど、自分が商品になっている個人事業主向けのもの。ワタシにとっては、ビジネス的な意味合いで取り組んでいるというよりも、ワークショップを「恊働」してつくる「プロセス研究」であり、現在、参加しているリーダーシッププログラムの一環として取り組んでいます。つまり、当社のビジネスとは直接的には関係のないテーマ/ターゲットなのですが、「協働的リーダーシップ」というものを学ぶために行っています。


ワークショップの大筋の方向性は;
起業したばかりの人に対し、自分を語る言葉(=キャッチフレーズ)を持つことは自分のビジネスを支える土台を作ることであると伝え、実際にそれを作ってみる...というようなものになりそうです。
と、簡単に語ってみましたが、自分を語る言葉(=キャッチフレーズ)を作ろうとすると、「ターゲティング」とか、「ポジショニング」など、マーケティングの概念を理解しないと作れないし、それを省いて作っても意味がありません。

しかも、この「ターゲティング」「ポジショニング」だけでも奥が深いのに、キャッチフレーズを作ろうとしたら、「ベネフィット」は何かなど、そういう概念も出てくる。このカタカナのオンパレードの世界に、普通の人は辟易するのではないでしょうか。実は、このプロジェクトのチャレンジの一つはそこにあります。いかに、コムズカシイことをやさしく伝えるか、です。


というのは、多くのマーケティング系のセミナーは、「その専門用語を理解しなさい」というのが基本スタンスになっています。
でも、大学の専門教育ならいざしらず、マーケティングを一般の人に教えたり伝えたりする立場の人のスタンスとして、その考え方は不親切です。極論を言えば、専門用語を使わずに大切なことを伝えられたら、それがベストではないでしょうか。
もしかしたら、「その専門用語を理解しなさい」というスタンスがまかり通ってしまうのは、その方が伝達者が権威者でいられるからなのかな、とも思ってしまいます。
ま、実際はそんなことはなく、知っていることをただ知っているままに伝えると、専門用語のままになる...というだけなのでしょうけれど。


コムズカシイことをやさしく伝えるためには、ワタシはハートとスキルの両方の問題があると感じます。
ハートの問題というのは、言い換えれば、自分が権威者でいることよりも、「なるほど、やってみよう」と多くの人が思うことの方を大切にするという考え方に立つことです。
スキルの問題というのは、やはりやさしく噛み砕いて伝えるには、事の本質がわかっていないとできないし、とてもハイレベルな力量が必要だということです。


私たちのこのプロジェクトでは、ハートの問題は最初からクリアされていますが、「コムズカシイことを、やさしく噛み砕いて伝える」というスキルの問題は教材開発的な意味合いもあり、かなりのチャレンジになります。


なぜ、このチャレンジをするかといえば、コムズカシイことをコムズカシイままに伝えたとしても、価値はないと思うからです。当社のセミナーでも同様の姿勢を貫いていますが、今回もその姿勢でチャレンジしたいと思います。


詳細が決まったらお知らせします。10月13日(月/祝日)午後、千代田プラットフォームスクェアで開催します。乞うご期待!

140519_design.JPG

週末、銀座アップルストアで「AppleTV」を、有楽町のビックカメラでSONYの「ブルーレイレコーダー」を買いました。AppleTVはただ単に以前から気になっていたからですが、レコーダーの方は手を打たないと不便だと感じており、その意味で優先順位が上でした。というのは…、ワタシは最近住居を引っ越ししたのですが、以前はケーブルテレビから借りていたセットボックスのレコーダー機能を使って、番組を録画していました。でも引っ越し先はケーブルTVが使えない。つまり解約し機器を返却したためにレコーダーを調達する必要性が生じたのです。

ワタシの録画利用は極めてシンプル。一番は毎日のニュース番組、二番は週1回のNHK大河ドラマ、後は都度都度。ですから、決してヘビーユーザではありません。
結論から言うと、SONYのローエンド商品を購入しました。
ネットワーク機能が充実していて、外出先でもスマホやタブレットからテレビが見られるのだ、というビックカメラの店員の方の説明に、魅力を感じ、決断しました。恐らくSONYとしては、ワールドカップを意識した商品開発なのでしょうね。

家に帰ってきて、早速それぞれをセットアップし、使える状態にしてみました。その過程で、感じたことがありました。それは…

「デザインのSONY」というDNAはどうなっちゃったのか? です。

購入したレコーダーのデザインに不満があったわけではありません。でも、同じ時期に「AppleTV」を購入してみると、両者のモノづくりに対する思想が全く異なると感じました。製品自体は異なるので、ここではパッケージとリモコンを比較してみましょう(写真)。左がSONY、右がAppleです。

まず【パッケージ】の考え方についてです。
SONYのパッケージから感じたのは、単なる輸送のための「器」ということでした。一方、Appleのそれを見て感じたのは、家に持ち帰った人が、箱を開けたときの気持ちを思ってパッケージをつくっているように思える、ということでした。実際に、たとえばコード類の詰め方でさえ、Appleは楽しませてくれます。今回はきれいな円形にまとめられていました。
別に箱の材質が重要なのではありません。SONYのように段ボール素材であっても、十分に魅力的なパッケージ事例は既に世の中にあります。大切なのは、何を伝えたいのかという、根底に流れる思想です。

【リモコン】のデザインはどうでしょうか。
デザインと書きましたが、デザインとはすなわち考え方と同義です。シルバーのボディがいい等、そういうことではありません。
しかし、こうやってリモコン自体を比較してみると、ユーザとメーカーは、かなり乖離しているなと思えてきます。何ができるか、どんな機能があるか、それはユーザにとってはあまり重要でない。むしろ重要なのは、その製品の根幹にある考え方です。それが明快であればあるほど小気味良くおもしろいです。でも「こんなことも、あんなことも、そんなこともできますよ」というアプローチをやめて、「これしかできません。でも、それでこそいいでしょ?」とアプローチすることは、とても勇気が要ります。AppleTVを開発する際も、先にコンセプトを絞り込んだ、と聞いたことがあります。つまり「何を伝えるか」を絞り込んだのです。で、実際今回使ってみて、とても魅力的だと感じました。とてもシンプルな機能で、1万円弱。バリューを感じます。

さて、ここでワタシが書きたいのは、Appleは優れているが、SONYはダメだということではありません。かつて数ある日本メーカーの中でもとりわけデザインで一目置かれていたSONY。「デザインといえばSONY」、そんなずっしりとした存在感がかつてはありました。そのDNAはいったいどこに行ってしまったのか…?ということです。
元来のSONYは、デザイン表現の前にまずデザイン思想を考えるから、ウォークマンなどの優れた商品を生み出してきたのだと思います。デザインを意匠ととらえている人は少なくありませんが、本来は第一に思想です。「〜のためにこれをこうすべきだ」という、そんな価値観や思想の上に成り立ってほしい事柄です。「〜は譲れない」というこだわりと言ってもいいかと思います。

Appleは、スチティーブ・ジョブズが亡くなってから、まだ多くの年月が過ぎたわけではありません。組織は人間がつくっているのですから、Appleといえども、いつかは必ず迷走すると思います。迷走しても原点に戻れる組織。「〜は譲れない」の「〜」の部分のひとつが「デザイン」だという共通理解があり、そこに戻れる組織、結局はそういう組織が強いのでしょうね。

Appleは好きですが、SONYにはもう一度「SONYの時代」を築いてほしいと思います。

こんにちは。オノです。

私事で恐縮ですが、先週は引っ越し。段ボールと格闘していたら、指紋が薄くなったのか、スマホの指紋認証ができなくなりました(笑) 今週は、木曜日から来週の火曜日まで5泊6日のリーダーシップ研修、通称「リトリート」に行って参ります。というわけで、来週のブログはお休みします。

合宿から帰ると、翌々日の24日には品川区の武蔵小山創業支援センター主催のセミナー(下記)に登壇します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ブランディング視点でチラシ作成の本質が学べる!
チラシはビジネスのラブレター 〜愛されたい相手に愛されるためのチラシとは?〜
2014年4月24日(木) 19:00 〜21:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


創業支援の一環でビジネスの案内ツールであるチラシをどうつくるか、というのがワタシに与えられた大きなお題です。でも、いきなりコピーライティングやレイアウトの話をするつもりはありません。もっと大切なことがあるからです。

それは、ブランディング。

自社の特長や他社との違いを一言で語れるようにする、という作業です。先週のブログ「『ブランディングとは?』を一刀両断に語ってみました」でも書きましたが、「〜と言えば、○○○」と思い出してもらえるようにするために、「〜と言えば」の部分を徹底的に考える必要があります。
それを整理するためにも避けて通れないのが、ターゲットをどう絞り込むか、です。
そんな話をただ座学でだけ学ぶのではなく、「マインドセット」という穴埋め式の書式を使ってワークショップも取り入れながら進めるつもりです。この「マインドセット」、実はとても汎用的に活用できる便利な手法です。チラシに限らず、WEBサイトの企画やパーティの企画など様々な企画で使えるので、とてもおすすめです。
が、ここであまり書いてしまうと、ネタばれ(?)になるので、このくらいにしておきますね(笑) (近々、メール講座を開設し、その中で紹介する予定です)


今週始まる合宿研修は、会場が御殿場。フィールドワークもあるらしく、トレッキングシューズを買いました。引っ越しでヘトヘトになったのに、いったいどんなことをするのか、、、、。「あらゆる自己制限的な考えから自由になり、本来の自分を取り戻すことがコーアクティブ・リーダーシップの出発点」と謳われているのを目にしながら、期待半分、不安半分の心境です。

では、良い1週間を。再来週の月曜日、またお会いしましょう!

今日は「企画」の話…です。

 

「企画」という行為を原理原則で体系化したい…と思う今日この頃

元々ワタシはマニュアル嫌いなのですが、歳を取ると、なぜか物事を体系的に整理してまとめておきたいという欲求が強くなってきます。
マニュアルは嫌い。でも、原理原則は大好き。そういう志向で、「企画する」という行為を体系化して、企画で悩んでいる人の役に立つようなコンテンツができないだろうか、と考えています。

当社は、「企画に強い」ということを自認しているのですが、とは言え、新たな人が入ってくる都度、OJTで教育してきました。体系化して教えることができたら手っ取り早いことはわかっているのに、それをやっている時間がない…と言い訳をして、後回しにしてきたとも言えます。

社歴がもっとも古いNさんが、かれこれ10年ぐらい前にワタシに聞きました。
「オノさん、『企画』っていったい何ですか?」と。 

要は、見よう見まねで『企画書』を書いているけれど、果たして自分はその本質がわかっていると言えるのか?ということだったと思います。

当時なんと応えたかは忘れてしまいましたが、これは、とても素直な良い「問い」でした。
普通の人は、見よう見まねで作って、提出したものが通ってしまうと、そこで疑問を抱かなくなります。でも、本質がわかっていないと、毎回不安に陥り、精神衛生上良くありません。あるいはその反対にこんな感じでやればいいのだと自己肯定した場合は、「こんな感じ」以上にならないままそのやり方で突き進んで行きます。

さて、アマゾンで「企画力」で検索すると、2,395件、「企画書」での検索では560件の書籍があることがわかります(もちろん、全部が的を射た書籍とは言えませんが)。ワタシも若い頃に立案者の立場でそういった本を手に取りましたし、また最近では社員にどう教えるかという立場で何度か手に取ったことがあります。でも、「刺さる本」にはなかなか出会えません。20代のワタシが当時知りたかったことをまとめたら、少しは役に立つのでは?という気持ちから原理原則をまとめたくなったような気がします。

 

なぜ「企画」はわかりにくいのか?

「企画ってナニ?」
多くの人は、そんなモヤモヤを抱きながらも、声に出さずにいるような気がします。

たとえば、これまでにウチの会社にいた社員との関わりの中で、人が「企画」と対峙したとき、どこで迷い悩むのかを振り返ってみると、こんなふうに整理できます。

1.プレッシャーがあるなど、企画者の「ココロ」の問題
2.企画立案プロセスにおける企画者の「スキル」の問題
3.企画以前の「ビジネスコミュニケーション」の問題
4.企画プロセスにおける「チームコミュニケーション」の問題

さらに、たとえば1番の「プレッシャーがあるなど、企画者の「ココロ」の問題」を紐解いただけでも…。以下のように、いろいろな意識が邪魔をしているのです。

(1)企画は「斬新」でなければいけないという気持ちが働いて、
 頭に浮かんだことをすぐに否定してしまう。
(2)締め切りに遅れたくない想いから、企画書の構成を先に考えて、
 それを埋めて行こうとしたが、うまくいかなかった。
(3)具体策は先に思いつくのだが、ロジックで考えたわけではない。
 根拠が後付けなのはいけないのではないかという後ろめたさがある。
(4)立てた企画がいい企画なのかどうか、常に漠然とした不安がある。
(5)マーケティングデータにもとづかない企画は説得力がなく、
 自分もいい企画だと思えないし、相手からも思われない気がする。
(6)任せられた責任や体面から一人でやり遂げたいのだが、
 一人で抱え込んで訳がわからなくなった。
(7)マーケティング的に考えなくてはと思うと、苦手意識が働いて、頭が硬直する。

 

はい、モトイ。
「企画ってナニ?」

「それは、壮大であって、シンプルなもの」

ワタシは、あらゆる企画は(たとえば誰かの誕生日パーティの企画であっても、商品開発の企画であっても、社内報の企画であっても)本質的には同じだと考えています。それについては、また今度。

来月、7月24日に社内報の企画のセミナー&ワークショップを開催します。
お楽しみに!

 

 

 

こんにちは、小野です。
年が明けて、早くも第2週です。
 
年初には「今年の◯◯を占う」といった記事があちこちで出回りますが、そこでワタシもちょっとだけ予測を。
ワタシがビジネスにおいて注目する事柄。それをキーワードとして挙げるとするなら、次の2つになります。1つは「電子ブック」、もう1つは「マーケティングとコミュニケーションの融合」です。
 
1.電子ブックの今後
 
電子ブックの動向については、継続して注目していきたいと思っていますが、今回は当社の元スタッフ真壁さんや佐藤さんの電子ブックの話題を紹介しながら、電子ブックの動向を感じ取っていただきたいと思います。真壁さんは「グローバル発信」、佐藤さんは「ローカルなモデルを全国へ」と、そんな視点を感じる活動を行っています。真壁さんが当社のメーリングリストに送ってくれた一文の中にこんなフレーズが。
 
個人単位での活動が出版ビジネスとして可能になった点もメリットですが、
基本、国境がない(全世界で同時に入手可)という点も、
主に発信元にとって、とても魅力的なメディアだとは思います。
 
真壁さんが進めているプロジェクトは、1月27日にイベントを行うそうです。
ぜひご興味のある方はご参加ください!
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
電子デザイン季刊誌『de』創刊記念トークセッション
 
開催日時:2011年1月27日(木)19:00 - 20:30
会場:アップルストア銀座店
定員:120人
入場料:無料
出演:永原康史(epjp代表)
ゲスト:天野祐吉(エッセイスト)、木本圭子(アーティスト)、
港千尋(写真家)ほか
 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
佐藤さんのプロジェクトである電子ブック「ツナガリ」は創刊からわずか6週間で、12,000のダウンロードを獲得。猛進撃中です。それにしても、12,000とは。。。まもなく、ちょっとした専門雑誌並みになる勢いです。しかも、TokyoWolkerとか、渋谷大学のような地域横展開の可能性が十分あります。乞うご期待!
ツナガリVol.7
 
 
2.マーケティングとコミュニケーションの融合
 
ネットの進化に伴ってダイレクトマーケティングは進化してきています。2000年からの10年間にダイレクトマーケティング業界ではネットを使ったメソッドの蓄積が行われてきました。多くの若手マーケッターがその流れで活躍しています。けれどもその本質自体は、ネット以前とネット後とで大きく変わったわけではありません。「エモーショナルマーケティング」という言葉に代表されるように、人の心を動かすセールスレターの書き方のノウハウは、今やネットでのランディングページに応用されています。これらのマーケティング活動で培われたメソッドは、広報/コミュニケーションの分野でも応用できると思います。
ワタシは、ここで2011年の第二のキーワードに「マーケティングとコミュニケーションの融合」を挙げましたが、融合させようという考え方自体は大分以前からありました。「マーコム」という造語があることが、それを物語っています。しかし、実際にはなかなか具体性の伴うものがありませんでした。しかし、そろそろそういう視点での動きがあっても不思議ではありません。いや、むしろ各企業の経営的な目線でいえば、経費をかけて行う以上、効果は測定されるに越したことはないのです。ところがコミュニケーションの効果測定は、マーケティングでの効果測定に比べて、格段に甘い。もしくはなされていないに近いのが実態です。ダイレクトマーケティング分野のコミュニケーション手法をコーポレートコミュニケーションやインナー向けコミュニケーションにいかすことで、もっと精度を高めることができるのではないかと思っています。
 
 
さ、2011年。今年も、やりたいことは満載です! でも、派手な花火を打ち上げるのではなく、地道に一歩一歩進んで行きたいと思います。本年もよろしくお願いいたします。

 こんにちは。グラスルーツ小野です。既に年末シフトなのか(この業界は年末忙しいのが特徴です)、いろいろなことに追われていて、ちょっと更新が遅れてしまいました。不思議なもので、書かないと書かないのが当たり前になっていきます。毎日ストレッチするというような、日々のケアについても同じようなことを感じるので、いかに流される前に立て直すかがポイントですね。

 さて、へぇ?と思うニュースを知ったので、今日は「プライベートブランド」について、最近思うことなどを書きます。
 コンビニや大手流通の間で、プライベートブランドが大賑わいですね。ビジネス競争においては、チャネルを持っているところが、結局は勝つのだろうか…、極論を言うと最近の傾向を見ていると、そんな感じを抱いてしまいます。

 特に、「やっぱりそう来たか」と思ったのが、アマゾンに関する記事。
http://www.business-i.jp/news/flash-page/news/200911190100a.nwc
 なんとアマゾンもPB参入だそうです。まずはDVD-Rなどからのようですが、アマゾンがそちらを向いたというのは、影響が大きいですね。ブランド力を持ったところは、結局、より上流に行きたくなるということなのかもしれません。自分たちが企画して作ったものが売れるって、うれしいですものね。

 それに対して、メーカーはイマイチ元気がないように思います。メーカーの存在価値は、新しい価値を生み出すことなのに、コスト削減に奔走しているように見えてしまうからかもしれません。それは、それで企業の存続にとっては重要なこと。だけど、それだけだと価値が薄れてしまいますし、長期的に厳しいのは当然です。カラ元気でもいいから、メーカーは攻めの姿勢を見せてほしいですね。流通のブランドではなく、メーカーのブランドだからこそ買いたいと思う消費者もいるのですから。

 守りに入っていると、それは知らず知らずに周囲に伝播するのかもしれません。そうするとデフレと一緒で、マイナスのスパイラルに入っていきます。どんな状況になっても、守りに入らずに、楽しむこと。楽しむモードになる秘訣は「俯瞰」と「没頭」にあるような気がするのは私だけでしょうか。
 

 こんにちは、小野です。今日は7月の最終日。今年もあと5カ月かと思うと、早すぎる…。クラクラ…。

 さて、昨日、某大手有名店から宅急便のセキュリティパッケージで書類が届きました。心当たりがなかったので、何かと思って開封してみたら、中から出て来たのは、その店舗で使える商品券。それで「あれか…」と思い出しました。今月買い物をした際に、抽選で何かが当たると言われて、住所と名前を書いたのです。
 あまり期待もせぬまま、店員の方の言われるのに従っただけなのに、急に「当選!」と商品券が届いて、正直、うれしくなりました。

 でも、そこから先、あれこれ想像を巡らして、少々複雑な気持ちになったのもまた事実。住所と名前を書いた紙には、顧客番号が書かれていたのを思い出したからです。

 さて、ここで質問。
 もし、あなたが店舗の販促担当者で、このような企画の責任者であったなら、公平に抽選し、送り先を決定しますか?
 それとも、顧客番号から購入履歴を参照し、また来店してくれそうな人や購入してくれそうな人を作為的に当選させますか?

 なぜ、ここでこのような質問をしているかというと、販促効果を重視した場合の判断と、企業イメージを重視した場合の判断とでは、答えが変わってくると思うからです。企業の販促活動は売れてなんぼ。そうである以上、後者で行く方が、成果が出る確率は高いはずです。しかし、販促効果が高いからといって、企業イメージも上がるとは限りません。

 私のように想像して(ほんと、これは想像にすぎませんよ)、「これって、もしかして作為的?」と思う顧客もいます。彼らは、当選したからうれしいという気持ちを抱く反面、「抽選というのはカモフラージュだったのかしら?」という疑問も抱く、平たく言えば気難しい客と言えるかもしれません。でも、そういったことに敏感な顧客は、近年増えているような気がします。

 私は、販促担当者が経費に対して最大限の効果を得るために、当選数の全部もしくは一部を作為的に選ぶことについて、一概に悪いと言いたいのではありません。
 プロモーションでは成果が上がっても、企業イメージは下がる可能性もあるというリスクについて承知しておかなければならないということを言いたいのです。
 と、言いつつ、敢て個人的意見を言えば、仮に全部を作為的に選ぶなら、抽選と謳うのは、いかがなものかと思います。内部倫理的に「ウソでもOK」と映るからです。

 気難しい時代になってきましたね。でも、その感覚を忘れちゃうのはコワいことですよね。皆さんはどう思いますか。
 

 先日(6/26金)の日経で通販の売上が8兆円強となり、百貨店・コンビニの売上規模を抜いたという記事を読みました。ネット通販の勢いによるものです。自分の行動を振り返っても、なんとなく合点がいきました。今月だけでも、靴、書籍、アクセサリーなどをネットで買っています。

 靴は、アマゾンが始めたJavari.jpを使ってみたくて買ったのですが、これは意外にウケそうだという気がしました。普通、靴を通販では買わないと思うじゃないですか? ワタシも最初はそう思いました。でも、「返品無料」「何足でも試せる」と聞くと、話は少し変わってきます。ショップに行って店員さんに色とサイズをお願いして、出してもらって、待たされて、結局は希望の色の希望サイズはなかったりして…というリアル店での買い物よりも、よほど効率がいいからです。Javari.jpのサイトは、Ajax志向で作ってあり、あまりページ遷移せずにサクサク動くので、ECショップの今後の動向として注目すべきです。

 話がのっけから横道に逸れてしまいました。今日書きたかったのは、Javariの話題ではありません。先ほど書いた「アクセサリー」のショッピングをしていて感じた時代の変化についてです。
 京都の「アトリエ・ラッシュ」というアクセサリー工房から、ピアスを数点まとめて購入しました。偶然見つけたサイトなのですが、デザイナーの感性が気に入って、ちょうどピアスがほしかったこともあって、ガッと購入してしまいました。
 でも、ここで感じた良さはJavariで感じたこととはちょっと違います。

そうか、京都の工房なのね。。。
どんな人たちが作っているのかしら。
ああ、女性たちが集まっているアトリエなんだ。。。
そこはかとなく、作り手のぬくもりとプライドが伝わって来るなぁ?。

 こんな感じです。
街で歩いていてする買い物の良さは、もちろん、あります。
でも、作り手が感じられる買い物は(最近でこそあるものの)多くはありません。

 では、なぜ、作り手が感じられるとうれしいのでしょうか?
正解はわかりませんが、作り手が感じられると、普段よりよけいにそのモノを大切にしたくなります。今の時代のベクトルは、モノを大切にする方向性にあるので、手作り作品というのは自分が粗末に扱わないという自分への確信を得る好材料になっているような気がします。自分がそれを大切に扱う保証になっているのです。それだけで、心が満足します。ワタシたちはみな、大量に作って消費して、捨てることに嫌気がさしているのです。
 そしてまた、作り手がわかるということは、会ったこともないその人に、どんな人なのだろうかとか、たとえば京都のアトリエであったなら、京都市内でもどの辺りなのだろうかなど、思いを巡らす楽しみもあります。
 同じようなことが、農業の生産者と生活者の間で、すでに始まっているのは、みなさんもご存知の通りです。

 でも、ここで注意したいのは、大企業が「この商品、いかがですか? これはこの人が作りました」と言うのと、「私が作りました。売っているのは私です」というのとでは、後者の方が明らかに強いということです。メッセージのチカラが歴然と違います。

 大が小に勝るとは限らないからおもしろいネットの世界。これからの動きが楽しみです。

 1つ前の記事で、最近よく本を読んでいると書きました。書籍の購入先で一番多いのはアマゾンです。アマゾンでの最近の自分の書籍購買行動を振り返ってみると、特徴的なことがひとつあります。必ずマーケットプレースをチェックしているのです。では、なぜマーケットプレースをチェックするのか。

 金銭的な節約なのかと言われると、多少はそういうこともあるかもしれませんが、でもマーケットプレースを利用して節約できる金額はたかが知れています。恐らくは「(資源的に)もったいない」「無駄はしたくない」「内容がわかれば古本だってかまわない(=合理的でよい)」等が、アマゾンのマーケットプレースで購入する理由になっているように思います。
 因みに、「MOTTAINAI(もったいない)運動」を広めたケニア出身の環境保護活動家ワンガリ・マータイさんによる「もったいない」の捉え方では、日本人特有の自然や物に対する敬意やリスペクトなどが重要要素と受け止められているようです。ワタシ自身の中にも、そういう思いがあるのかもしれません。

 では、果たしてワタシはそれだけでマーケットプレースを選択しているのでしょうか。答えはNOだと思います。ワタシがどんなに「無駄はしたくない」と思っていたとしても、購入したのになかなか届かない等の別の不満足を感じていたなら、恐らく比較もせずに新品をアマゾンで買うと思います。

 ところが、アマゾン・マーケットプレースで購入しても不都合や不満を感じたことは、あまりありません。(購入した書籍によっては、アンダーラインが引いてあったりする場合もあることはあるのですが、内容がわかれば良いという割り切りで購入しているので、それを不満に思ったことはありません。むしろ、良い味ぐらいに受け止めています)。
 アマゾンでは、書籍を販売するユーザに対して、「購入者にはクイックに書籍を送付する」を徹底するルールを設けているのでしょうね。利用者を教育していったところがアマゾンのスゴい点なのではないかと改めて思います。

 また、アマゾン・マーケットプレースのしくみが優れていると思う点は、
(1)ユーザの選択に委ねる姿勢を貫いている点
(2)お金を払ったのに届かない/発送したのに代金が支払われない等、売り手と買い手の不安を払拭している点
(3)売れない限りは、費用が発生しない点
特に(2)については、Yahoo!オークションなどとは異なる特徴であると思います。

 単なる金銭的な節約とは異なる「もったいない」というユーザの感情。ここにフォーカスすると、まだまだいろいろなビジネスが生まれてくるような気がします。

  1 ページ / 2 ページ

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

社長メッセージを見る >>

これまでの記事

視点発見の旅
メルマガ【開-CAY】お申し込み

ご一緒に「視点発見の旅」へ!
メルマガは「開-CAY」で届きます

詳細を見る >>

「個人情報の取り扱いについて」

このページのトップへ