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    <title>mono-log（モノログ）</title>
    <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog</link>
    <description>社長ブログを書いている人は大変だなぁと人ごとのように思っていたのに、いつの間にか書く側になっていました。WEBブランディングなど仕事がらみの話題から、些末な話題まで、取り上げます。ツイッターでもささやかにつぶやき中。http://twitter.com/mymono　よろしくお願いいたします。</description>
    <language>ja</language>
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    <category>Weblog</category>
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      <title>mono-log（モノログ）</title>
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    <item>
 <title>コミュニケーション論における「言葉」の地位はなぜこうも低いのか？</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=752</link>
<description><![CDATA[こんにちは。オノです。<br />
<br />
今日は、コミュニケーションに関する風評（風評被害とは言いませんが）について、最近、感じることを書きたいと思います。<br />
<br />
皆さんは、こんな話を耳にしたことはありませんか？　コミュニケーションには、バーバルコミュニケーション（言語による意思疎通）と、ノンバーバルコミュニケーション（非言語による意思疎通）があるが、言葉が果たしている役割は7%に過ぎない…。こんな話です。<br />
<br />
これは、元々アルバート・メラビアンというアメリカの心理学者が調査結果として1971年の著書「Silent messages（邦題：非言語コミュニケーション）」において発表したもので、「メラビアンの法則」などとも呼ばれています。<br />
<br />
Face to Faceのコミュニケーションでは、言語、声のトーン（聴覚）、身体言語という3つの要素が絡み合って、メッセージの伝達が行われているが、それぞれが作用する割合は、言語7%、声38%、身体言語55%であるという結果だった…そんな内容です。<br />
<br />
私は、この内容自体に異論があるわけではありませんが、それを語る文脈がどうも歪んでいるのではないかと思うことが多々あります。<br />
その場合、大抵は「言葉の影響はわずか7％でしかない。言葉よりも、視線やうなづきなどの態度によって共感は生まれ、相手に信頼を生む。だから、そういうことに配慮しなければ、コミュニケーションは達成できない」というふうに聞こえるような文脈になっています。<br />
<br />
でも、本当にそうでしょうか？　対面して「感情」を伝える場合は、確かに非言語的要素の方が多くの役割を担っているかもしれませんが、「思い」や「考え」を伝えたい場合、語る言語に中身なくして、それは成し得ないのではないでしょうか。<br />
たとえば、政治家の街頭演説。どんなに語る眼差しが真剣でも、どんなにこぶしを高く挙げていても、中身のない演説に人の心は動きません。<br />
<br />
マーケティングやコミュニケーションのセミナー講師やコーチングを広めようとしているコーチの方たちの中に、「メラビアンの法則」を拡大解釈して語る方がいるのを見かけると、「ウソこけ」と思ってしまいます。<br />
<br />
メラビアンの法則が示すのは、３要素に不一致が生じたときに、３要素の中でも割合の高い要素に相手は重きを置いて真意を受け止めるということであって、言葉の影響力が低いということではないと思います。<br />
たとえば、言葉では「そうだよね」と言いながら、口先だけに思える場合に、言葉よりも態度を信じるというようなことです。<br />
<br />
実際、「メラビアンの法則」は、好意や反感といった感情の伝達に関して得られた結果であり、すべてのコミュニケーションに当てはまるわけではないとして、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%B3">Wikipedia</a>でも次のように書かれています。<br />
<br />
<blockquote>メラビアン自身も自分のウェブページで、「好意の合計 = 言語による好意7% + 声による好意38% + 表情による好意55%」という等式は好意・反感などの態度や感情のコミュニケーションを扱う実験から生み出されたものであり、話者が好意や反感について 語っていないときは、これらの等式はあてはまらないと言明している。<a href="http://www.kaaj.com/psych/smorder.html">（http://www.kaaj.com/psych/smorder.html）</a></blockquote><br />
<br />
言葉のコミュニケーションがすべてだとは思いませんし、言葉だけでは限界があるのも事実です。でも、言葉を軽んじて本当にコミュニケーションを語れるのか？　言葉に携わる者として、ちょっとムカつき気味に書いてみました。<br />
]]></description>
 <category>ブランド＆コミュニケーション</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=752</comments>
 <pubDate>Mon, 30 May 2011 00:01:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>【支援物資】Tシャツを集めています</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=750</link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.grassroots.co.jp/blog/media/image/20110522-Tshirt.jpg" width="350" height="300" align="left" border="0" alt="Tシャツで支援" style="margin-right: 15px; margin-bottom: 20px;">こんにちは。小野です。<br />
先週、当社の卒業生メーリングリストに「【支援物資】Tシャツを集めています」という件名で、Kディレクターが協力要請のメールを流しました。<br />
知人の建築家の方々が被災地の様子（特に建築被害についてだと思います）を調査ヒアリングする目的で、現地をたびたび訪れているそうで、そんな中、せっかく現地に行くならと、支援物資を運んだり炊き出しも行っているのだとか。<br />
<br />
Kさんは、「何度か行く中で、次はこれを持ってきてほしいなど、要望リストをもらってきているという話を聞き、リストの中から私にできる範囲でお手伝いができたら…」と書きました。今回は「夏服を」という要望に応えるために、Tシャツを集めたい、というのが趣旨です。<br />
<br />
聞くところによれば、体育館や公民館などのオフィシャルな避難所ではなく、比較的大きな個人宅などで避難生活をしている方たちには、なかなか避難物資が回ってこないそうです。<br />
<br />
ワタシも、協力したいと思い、手持ちの服を何着かピックアップしたほか、ユニクロでTシャツをまとめ買いしてきました。すみません、選んだのは、一番安かったモノです。<br />
<br />
さて、<b>ワタシの知り合いの皆さん</b>の中で、もしこの記事をお読みになって、協力したいと思ってくださる方がいらっしゃったら、<b>今週26日（木）までに</b>メール便などで送ってください！　できれば、事前に一報いただけるとありがたいです。<br />
<br />
求められているのは、たとえば…、<br />
あまり袖を通していないTシャツ（何度かしか着ておらず、洗濯してあればOKです）で、<br />
● 友だちにもらったお土産Tシャツ<br />
● サイズがあわなくて着ないTシャツ<br />
● ライブやキャンペーンなどのために購入した（もらった）Tシャツ<br />
● 撮影等のためにつかった撮影小物Tシャツ　など。<br />
<br />
Tシャツ以外でも、夏に着るもので、もう手放してもいいよーというものがあれば、OKだそうなので、タンスやクローゼットの中に眠っているものがあったら、ぜひお譲りください。男性の大きなサイズが特に足りていないそうです。<br />
<br />
では、よろしくお願いいたします。<br />
<br />
<br />
]]></description>
 <category>最近の出来事から</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=750</comments>
 <pubDate>Sun, 22 May 2011 18:19:15 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=749</link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.grassroots.co.jp/blog/media/image/20110516-tasaka.jpg" width="200" height="290" align="left" border="0" alt="「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」（著：田坂広志氏、刊：東洋経済新報社）" style="margin-right: 15px; margin-bottom: 20px; border-style: solid; border-width: 1px; border-color: #cccccc;">日曜日の晩。仕事で忙しい週末を送ったので、本当は日曜日の夜ぐらいは、だらだらとテレビでも見て過ごしたかったのですが、一方ではここ最近インプットの量に対する不足感があって、結局、夜10時近くなってから、本を１冊読みました。田坂広志氏の「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」（東洋経済新報社）です。<br />
<br />
元はといえば、この本は当社のあるディレクターが「半年以内に読みたい本リスト」に入れていた本でした。彼女の机の上にあったその本を、週末出勤した際に無断で借りてきたという次第です。自戒的に言えば、2時間45分で300ページの本が１冊読めるなら、週に２冊ぐらい読めよ、という感じです。<br />
<br />
たくさんの感想があるので、一言でまとめるのは難しいです。なにしろ、最近感じていたことや最近起きたいろんな事象と、本に書かれていて「なるほど」と思ったことの組み合わせの数だけ考えるべきこと、感じたことがありますから。<br />
とても、良い本でした。哲学書といってもいいぐらい、考えさせられました。<br />
<br />
<b>Before：心にあった背景</b><br />
<br />
元々、ワタシの心の中にあった背景の中から２つをピックアップして、それをベースに感想を書くと。。。<br />
<br />
最近考えていた疑問の第一は、「言葉」の本質とは何か、「言葉」でできることは何か、です。ワタシは、言葉のチカラで組織や人にチカラを与えることができるはずだという信念で仕事をしているのですが、その一方で、言葉ですべてが解決できるわけではないという事実も理解しています。自己矛盾とはいいませんが、もっと整理をしたいと感じていたのですね。<br />
<br />
第二のワタシの個人的関心の背景は、ダイレクトマーケティング（特にエモーショナルマーケティング）で説かれている感情に訴えかける方法論について、なるほどと思うところがある反面、なんとなく人の感情を操るような「姑息」な感じがするという違和感があって、その整理をしたいという欲求もありました。<br />
<br />
この本では、マネジメントというものの本質を、企業や人の心といった「複雑系」における「暗黙知」という切り口から解き明かしています。言い方を変えると、「ビジネスでは、すべてが論理で成り立っているわけではない」という前提のもとに、非論理性、たとえば直感や信念、感情や相性といったことがむしろビジネスでは重要となることが少なくないと説いています。<br />
<br />
<br />
<b>After：整理できたこと</b><br />
<br />
さて、ここからが感想です。<br />
<br />
この本を読んで、暗黙知と言語知の関係は、感受性と論理性の関係に限りなく近いものだと改めて納得したものの、では言語が使われながらも、暗黙知的なコミュニケーションはないのかと考えてみると、「ある」とワタシは考えました。<br />
<br />
たとえば、たった１行のセンテンスから得られる、人生を変えるほどのインスピレーションというもの。あるいは、一言も「愛している」とも「好きだ」とも書いていないのに感じ取れる、溢れんばかりの愛情。これらは、この本で語られている暗黙知に極めて近い役割のものだと思います。言葉というのは、論理的な語り方にも、感覚的な語り方にも使える道具です。けれど、人の心を動かす言葉は、ここにも、そこにもあるというわけではありません。そんなに生やさしいものではない。だからこそ、そこに生涯をかけてもいいと思える奥深さがあるのだと感じました。<br />
<br />
ワタシの２つめの問いに対して、この本は的確な答えを与えてくれました。以下、引用です。<br />
<br />
<blockquote>従って、ここで私が述べようとしているのは、「いかなる操作主義や計算も持ってはならない」という潔癖主義的なマネジメント論ではありません。<br />
（中略）<br />
私が述べているのは、「己のエゴが見えているか」ということなのです。</blockquote><br />
<br />
特定の人や不特定多数の人とうまくコミュニケーションをしたいと思ったら、誰しもどうしたらうまくわかりあえるのか、自分をわかってもらえるのかと考えます。それ自体は悪いことではない。けれど、エモーショナルマーケティングで陥りやすい人の感情を支配しようというような価値観に陥らないこと。そのセルフチェックがかけられるかどうかが重要なのだと学びました。<br />
<br />
しかも、これは外部に対するマーケティングの心構えとしてだけではなく、社内スタッフとのコミュニケーションにおいても、必要な姿勢ですね。ワタシは、どちらかといえば自分のエゴを押し付けないようにとセーブしているつもりですが、それでも振り返ってみると、「あれはエゴだったかな」と思うようなこともあります。<br />
<br />
<br />
読む前にあった背景的要素はこの２点以外にもありますが、書くと長くなるので、今日はやめておきます。<br />
<br />
繰り返しになりますが、生き方を考える参考になるほどの、とても良い本だと思いました。お時間があれば、ぜひ読むことをお勧めしたい１冊です。<br />
<br />
ではまた]]></description>
 <category>リコメンド</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=749</comments>
 <pubDate>Mon, 16 May 2011 02:07:18 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>震災で学ぶ企業コミュニケーションの「お手本」はどこ？</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=745</link>
<description><![CDATA[こんにちは。<br />
<br />
ゴールデンウィークはゆっくり過ごされましたでしょうか？<br />
ワタシは蓼科に２泊してきました。気候も寒からず、暑からずで、心地よかったです。<br />
<br />
震災から２カ月が過ぎて、人々の関心や報道も多少変わってきた感があります。残念ながら、建設的に前に進んでいる感じがしないのは、政権の統治能力のせいでしょうか。<br />
<br />
<br />
<b>■違和感のある企業のお見舞いメッセージ</b><br />
<br />
さて、震災に伴う企業のコミュニケーションで１つだけどうも違和感のあることがあります。それは、テレビコマーシャルやサイトなどで使われている決まり言葉「被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます」です。<br />
<br />
テレビCMでこの言葉を耳にしたとき、心の中でちょっとしたザラつきを覚えました。原因は何なのか。それは多分２点あります。<br />
<br />
１点目は、このフレーズの持つ「他人事」なニュアンスが、社会の空気に合っていないように感じたのです。復興すべきはもちろん第一義的には被災地ですが、日本全体がゼロから再出発しないといけないような事態だと多くの人が感じているときに、他国や海外企業がそう言うならともかく、自国の企業がそういう語り方をすることに違和感があったのです。<br />
今後のエネルギー政策も不透明な中、世界各国はリスク回避のために地震国日本との取引に消極的になり、まだ見えていない経済的な打撃がボディブローのように効いてくるでしょう。被災地の復興だけでなく、日本の困難な状況をどう思い、どう立ち向うのか、勇気が出るようなメッセージを人々は求めているような気がします。<br />
<br />
２点目は、各社が発信しているメッセージが似たり寄ったりであるために、どうしても横並び意識から生まれた形式的なものに思えて、真心がこもっているように映らないのですね。このように各社のメッセージが同じになってしまうのは、日本的慣習としてわからないではありません。慣習をベースに物事を判断するので、経営者や企業のコミュニケーション部門に属する人々の間に、主体性のあるメッセージを伝えることこそ重要だという意識が持たれにくいのだと思います。<br />
しかし、メッセージというのは、本来、伝えたいという意志を持って伝えるべきものです。ですから、メッセージの内容が「被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます」で終わらずに、たとえば「がんばろう日本」だったとしても、またまた各社共通であったなら、あまり意味がありません。自社の思いというものに、もう少しこだわって発信してほしいと思います。<br />
<br />
<br />
<b>■トヨタは好事例の代表格</b><br />
<br />
<img src="http://www.grassroots.co.jp/blog/media/image/20110508-toyota.jpg" width="350" height="273" align="right" border="0" alt="トヨタ／豊田章男社長の震災メッセージ" style="margin-left: 15px; margin-bottom: 20px; border-style: solid; border-width: 1px; border-color: #cccccc;">しかし、お手本となる事例もありました。ひとつは、<a href="http://toyota.jp/">トヨタ</a>です。<br />
トップページのメッセージから「全文はこちら」をクリックすると豊田章男社長のメッセージが出てきます。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<blockquote>　<a href="http://www2.toyota.co.jp/announcement/shinsai_info/message.html">http://www2.toyota.co.jp/announcement/shinsai_info/message.html</a>　より<br />
（以下引用。前文省略）<br />
<br />
　今回の天災は、従来のものと異なり、被災地域が広範囲に及んでいることから、経済的影響は、日本全体、全ての産業に及んでおります。弊社でも、震災発生直後から、従業員が現地に入り、工場、販売店、仕入先の方々と一体になって、復旧に向けた活動を実施してまいりました。私も何度か被災地を訪問し、彼らの活動を直接見てまいりましたが、この「現場のすさまじい努力」が、一日も早い生産回復を可能にするものと確信しております。<br />
<br />
　自動車産業は、裾野が広く、与える影響が大きいため、少しでも早く、正常化を進めなくてはならないと考え、全社を挙げて取り組んでおりますので、どうぞご理解、ご支援をいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。</blockquote><br />
<br />
<br />
　厳しい現実認識に基づく責任感溢れる決意表明です。好感を抱いただけでなく、とても勇気づけられるメッセージだと思いました。それほど長い文章ではありませんので、できれば全文を読んでみてください。<br />
<br />
<br />
<b>■行動を見せて伝えるソフトバンクのやり方</b><br />
<br />
<img src="http://www.grassroots.co.jp/blog/media/image/20110508-softbank.jpg" width="350" height="401" align="right" border="0" alt="ソフトバンク／『やりましょう』進捗状況" style="margin-left: 15px; margin-bottom: 20px; border-style: solid; border-width: 1px; border-color: #cccccc;">もうひとつの事例は、<a href="http://www.softbank.co.jp/ja/">ソフトバンク</a>です。<br />
<br />
トヨタとは異なり、孫社長からのメッセージ文は掲載されていません。言葉でメッセージを出しているというよりも、行動を見える形にしてメッセージを発信しています。同社サイトの中に「『やりましょう』進捗状況」というコーナーがあります。<br />
<a href="http://do.softbank.jp/">http://do.softbank.jp/</a><br />
<br />
孫社長がTwitterで「やりましょう」とつぶやいたことが、その後どうなっているのかを発信しています。トヨタとはスタイルは異なれども、経営者としての責任感やコミュニケーションを重んじている姿勢が十分に伝わってきます。このコーナーは、元々は震災支援のためのコーナーではありませんが、最近は、特に震災がらみの「やりましょう」が増えていましたので、事例とさせていただきました。<br />
<br />
<br />
<br />
企業のコミュニケーション意識が薄いと書きましたが、実は、どの企業もとても素晴らしい使命感や真心を持っています。ただ、残念なことに「伝え下手」です。<br />
企業のことを「法人」と言いますが、「人格」が感じられるメッセージを発信しないのは、真心が伝わらずもったいないと思いました。みなさんは、どう思われますか？<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
 <category>ブランド＆コミュニケーション</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=745</comments>
 <pubDate>Mon, 9 May 2011 00:00:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>物を捨てるコツと便利なソフトをご紹介！</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=742</link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.grassroots.co.jp/blog/media/image/20110502-CamScanner_icon.jpg" width="206" height="206" align="left" hspace="10" vspace="5" border="0" alt="CamScanner">こんにちは。小野です。<br />
<br />
　今日はGWの谷間の日とあって、お休みの方も多いのではないでしょうか。一方で、今年は、メーカーを中心に節電対策でGWを返上し、休みをシフトしている企業も少なくないようです。日本全体が大変な状況になっています。<br />
　ワタシは、本日は両親のお供で、長野県の父の故郷「小野」村の「御柱祭り」に行くたために休暇をいただいております。何も今日ブログを書かなくても、誰からも咎められませんが、書かないと自分のリズムが崩れるので、軽い話題をアップさせていただきます。<br />
<br />
　ワタシのゴールデンウィーク。この、金、土、日の３日間は、大掃除に明け暮れました。かれこれ10年分、いや、20年分の大掃除です。目玉は、本とCD、写真、衣料品などの処分。。。予定では、２日で終わるはずだったのですが、３日かかりました。<br />
　本やCD、衣料品は近所のスーパーでもらってきた段ボールに詰めて、現在、家の中は引っ越し前のような状況です。<br />
<br />
　捨てる決意。これはとてもエネルギーを要しますね。はっきり言って、気疲れします。<br />
<br />
　と、そんなことをTwitterでつぶやいたら、知り合いのある方から「片っぱしから写真に撮ると捨てられる。撮った写真は大掃除フォルダに入れるといい」というアドバイスが…。　　<br />
　いや、確かにその通り。写真を撮るという手間がかかるには違いありませんが、捨てる／捨てないのところでの精神的消耗を減らすことができます。<br />
　というのも、モノを捨てるときの躊躇の源は、思い出や記憶まで消し去る行為のような気がするからです。それと、もう一つの躊躇は環境問題ですね。でも、今回のワタシの処分の場合、ブックオフやリサイクル業者さんに持っていってもらうつもりなので、大半の気疲れは思い出のモノとの「さよなら」にありました。でも、写真に撮ることで、大幅に抵抗感が緩和され、決心しやすくなったのは事実です。<br />
　そんな次第で、同じお悩みをお持ちの方に、この方法をおすすめします！<br />
　ありがとうございました。丹生さん！　（←アドバイスをくださった方です）<br />
<br />
　ついで、iPhoneの利用者の方におすすめなのが、こちらのソフト、「CamScanner」です（Android版もあるようです）。<br />
　フリー版と有料版（600円）があります。ワタシは、現在、広告が表示されるフリー版を使用中ですが、600円払ってもぜんぜん惜しくない感じのソフトです。<br />
　たとえば、記録好きのワタシは旅行に行ったときの「地図」だとか、ちょっとしたもの（フライヤーとか、レシートとか、入場券など）をとっておくことが多いのですが、このソフトで写真に撮るとpdfにしてくれるだけでなく、グルーピングもできて、タグもつけられ、パスワード設定、メモ書きなどもOKです。<br />
<br />
　もともとはホワイトボードを撮って整理するのに便利だと思って利用し始めたのですが、こんな使い方があるとは！　「2011年GW大掃除」というフォルダをつくって、諸々の写真を納めました。<br />
<br />
　ほかにも名刺整理のソフトなどもあるようですね。別に同社の回し者ではありませんが、便利なので、紹介します。<br />
<a href="http://www.intsig.com/home/us">http://www.intsig.com/home/us</a><br />
<br />
　では、みなさま、良い休日を！<br />
]]></description>
 <category>リコメンド</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=742</comments>
 <pubDate>Mon, 2 May 2011 04:13:19 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>新社会人に向けて「勉強のススメ」</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=737</link>
<description><![CDATA[こんにちは、小野です。<br />
<br />
<b>■4月なのでワタシ流「勉強のススメ」</b><br />
　震災で落ち着かない日々を送りながら、期首を迎えた企業や、入社して新社会人になった方たちも多いことでしょう。3月決算の当社も、新たな期を迎え、今月はスタッフとの面談などを行いました。今期、ワタシが社内に向かって強調したのは、「再勉強」です。<br />
　ワタシの本音と今回強調した「再勉強」は、実は若干矛盾しています。というのは、仕事を通じて、私たちが成長することが多いのは確かですが、仕事から学ぶのは結果論であって、仕事で期待されるのは本来パフォーマンス（成果）です。ですから、社長であるワタシが言うべきことは、「パフォーマンス」についてであるべきでしょう。会社は学校ではない。厳しいですが、これがワタシの本音ですし、どの企業も多かれ少なかれ同じだ思います。<br />
　それでも、敢えて「再勉強」を訴えた理由。それについて、今年、新社会人になった方に向けて、書きたいと思います。「学問のススメ」ではなく、ワタシ流「勉強のススメ」です。<br />
<br />
　ワタシは、「この人はできるな」と思う人で勉強していない人を見たことがありません。かといって、勉強している人がすべて優秀なわけでもありません。中には知識をひけらかすだけで、実行力のない評論家的な社会人もいます。<br />
　でも、少なくても、成長したい、貢献したいと思う人ほど、自ら勉強していますし、勉強している人というのは話していて楽しいのです。ワタシより、一回りも二回りも若くてさえ、楽しいです。そういう人とは、進んで仕事をしたいと思えます。<br />
　それは、なぜでしょう。それは、自分が吸収したことに基づく自分なりの意見や考察、そこからさらに考えて出て来る迷いや疑問、そういったものに基づいて会話ができるからではないかと思います。迷いや疑問も含めて、それは「あなた」の「考え」です。人は考えを持っている人に一目置きます。それによって、存在感が高まります。年上だろうと、年下だろうと、「考え」は人を刺激し、だから相手に楽しいと感じさせる。そういうことなのではないでしょうか。<br />
<br />
<b>■何を勉強するか?竹中平蔵さん式マトリクス</b><br />
　竹中平蔵さんは、勉強というものを２つの軸（２×２）で考えようと言っています。１つは「目的」軸。もう１つは、「天井」軸（到達点があるか／ないか）です。<br />
　縦の「目的」軸を、竹中さんは「武器」と「人間力」の２つに分けています。<br />
　「武器」というのは、仕事に直結していて、仕事で自分の価値を高めるためということでしょう。金融マンがさらに金融の勉強をする、旅行会社の社員が中国語を勉強するというような類いのことです。竹中さんの言葉を引用すると「人生を戦いぬく武器としての勉強」だそうです。（人と競争する武器という意味だとすると、幸福論的に多少違和感はありますが、競争社会であるのも事実なので、ここは紹介するに止めます）。<br />
　一方、同じく縦軸（目的軸）の「人間力」。竹中さんはこれを「人と人を結びつける知」としています。仕事上の利益とは必ずしも直結しないけれど、好奇心を満たし、人生を豊かにしてくれる勉強です。<br />
　横の「天井」軸は、ゴールの有無。たとえば資格を取る、試験で何点以上取るというような勉強はゴールのある勉強ですが、ゴールのない勉強の方がむしろ多いですよね。<br />
　つまり、縦軸に目的（武器／人間力）、横軸に天井（有／無）として、２×２のマトリクスをつくります。このマトリクスの中で自分が何を勉強したいのか、何が優先なのか、考えることを勧めています。<br />
<br />
　通常、会社が社員に最初に求めるのは、「武器」となる勉強でしょうが、最近は、ワークライフバランスが謳われているように、「人間力」を高める勉強も必要だという認識が高まっています。<br />
<br />
　ワタシは、目的軸、すなわち竹中さんのいうところの「武器／人間力」は、仕事をするのはお金のためという価値観以外の人にとっては、実は２分しにくく、発揮されるチカラも相互に関連し合っているのではないかと思っています。仕事での武器力を高めることは人の人間力を高め、人間力が高まれば武器力も高まるというような関係性です。けれど、相互にきれいな正比例ではないのですね。たとえば、武器力が１から２になり倍になったからといって、人間力はせいぜい１から１.０５ぐらい。反対に、人間力が１から２になったからといって、武器力は１から１.０５ぐらい。そんな関係なのではないでしょうか。<br />
<br />
<b>■するも、しないも、自分次第の大人生活</b><br />
　学生時代の勉強は「卒業すること」が目的化されがちです。しかし、大人になると勉強するもしないも自分次第。また、同じように勉強するにしても、目的の置き方も自分次第です。<br />
　目的を定めるときに、「人から評価されたいため」「昇進するため」というのも否定はしませんが、どうせなら自分なりの志をもって「志を全うするため」と思えたら、理想ですね。たとえそうでなくても、「人から評価されたい」というより「人に貢献したい」と思えたら、より大きな人間になれるように思います。<br />
<br />
　大人になってからの勉強では「主体性」が問われます。ですから、ワタシもスタッフに対して「○○を勉強しなさい」とも「こうやって勉強しなさい」とも決して言いません。主題のヒントは提供しても、自分で決めて自分で実行しなければ意味がありません。学校ではないから、です。強いていえば、１年経ったときに、多少なりとも達成感を味わえるような工夫をすることを勧めますが。<br />
<br />
　最後に、ワタシが社内に向けて敢えて「パフォーマンス」を言わず、「再勉強」を言ったその理由は…。「勉強なくして、パフォーマンスなし」だからです。最初にも書きましたが、勉強したからパフォーマンスが上がるわけではありませんが、勉強せずしてパフォーマンスは決して上がらない。それがわかっているから敢えて「パフォーマンス」と言わず、「再勉強」をメッセージにしました。<br />
　エラそうに書きましたが、ワタシが社会人１年目のとき、「パフォーマンス」も「勉強」も考えていませんでした。何をやりたいのか、何を成し遂げたいのかも、よくわかりませんでした。でも、人生は短いです。答えを見つけていない人は見つけるために、見つけている人は達成するために、勉強することを勧めます。<br />
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　4月は、いろいろな意味で、人をリセットさせる良い季節です。ワタシも心機一転、勉強し、チャレンジを続けたいと思います。<br />
ではまた<br />
]]></description>
 <category>リコメンド</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=737</comments>
 <pubDate>Mon, 25 Apr 2011 00:03:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>誰かと話すべき大切なこと?状況の下僕にならないために</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=736</link>
<description><![CDATA[　こんにちは。小野です。<br />
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　先週のブログで、日常生活において、重要なことと緊急なことがあった場合、往々にして緊急なことが優先され、その結果、重要なことになかなか手が回らないということについて触れました。ワタシは最近、この切り口で自分の人生、自分の時間をいかにコントロールするかについて、よく考えます。なぜなら、緊急のことというのは「受動」であり「対処」であって、「能動」でも「創造」でもないからです。１％でも２％でも創造的な時間を増やすにはどうしたらいいか、そんなことを考えています。<br />
<br />
　自分の時間については、自分ひとりの問題ですが、誰かと共有して事を進めるとなると、さらに複雑になります。これは、仕事だけでなく、プライベートも同じです。<br />
<br />
　どちらか片方が重要だと思うことがあるときに、もう片方が忙しそうで、今やるべきことが山積みな状況のときには、いくら重要とわかっていても、その話はしにくいものです。週末や夏休みをどう過ごすかというような話もそうでしょうし、上司と部下の間での、新たなプログラムや新規の計画を実行しようというような話も同様だと思います。話がしにくくなる理由は、「今じゃないとダメなのか？」と相手が思うことが明々白々だからでしょう。<br />
<br />
　そして、落ち着いたら話そうと言っているうちに、今度は忙しさが逆転したりして、また先延ばしになる。業務の効率化や時短を進めるための相談の時間が作れないというような話はシャレになりません。<br />
　また、片方にゆとりがなく、重要なことが重要だと思えない状況なのに、もう片方が無理矢理話をして、理解しあえないまま終わるケースや、両方ともが重要なことより緊急なことに振り回されて、マイナスのスパイラルに入っていくケースなどは別の意味で悪い例で、こうしたことも起きがちです。<br />
<br />
　つまり、何が重要なのかを共有し、それができるとハッピーであること、反対に目先の事柄にとらわれてばかりいて、重要な事柄を先延ばしにすると必ずツケが回って来るということを共通認識として持ててはじめて、会話自体が成立することになります。中高年離婚などは、その共有ができないまま放置したために起きるような気がします。<br />
<br />
　もちろん、重要事項の共有ができたからと言って即座に何かが解決できるわけではなありませんが、それがあれば「どうやってそれに取り組もうか」と一緒に考えることから始めることができます。<br />
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　15分というのは、１日の中の約１％。１パーセントのやりくりを上手にすれば、大切なことについて話をする時間を週１回１時間つくることは、そう難しくないはずです。ワタシ自身そうですが、重要でも緊急でもないことに案外時間を使っています。それをどうにかすれば時間はつくれるのではないかと思うのですが。。。楽観的すぎるでしょうか？<br />
　エラそうに書きましたが、ワタシも決してやりくり上手ではありません。自分の脳みそ整理のために書きました。<br />
]]></description>
 <category>大切にしたい姿勢</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=736</comments>
 <pubDate>Mon, 18 Apr 2011 00:01:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>緊急な問題と重要な問題。どちらを優先しますか？</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=733</link>
<description><![CDATA[　震災後の自粛ムードの中で行われた地方選挙。投票率はあがったようですが、何を選択する選挙なのか、見えにくかったな?。ワタシは都民なので、都知事選に行ってきました。実は、土曜日に朝起きたときから、今日は日曜日だ、今日は選挙だと思い込んでいて、昼過ぎに投票所へ向かったら、人っ子一人いない（笑）　それで、自分の勘違いに気づいた次第です。<br />
<br />
　ご存知の通り、都知事選は石原さんが大方の予想の通り再選されました。今の都民の心境は「また大きな地震が起こるかもしれない。しかも東京に」と思っているので、この時期にリーダーを変えるリスクを負ってまで、チェンジ志向で投票するわけにはいかなかったのだと思います。まして、国政の方でチェンジしてみたところが民主党の体たらくぶりで、心情としてチェンジを選択できなかったのは自然なことかもしれません。<br />
　ワタシ自身は、差別発言や暴言などはいただけないと思いつつ、実績についてはプラスマイナスして一応及第点と思っていました。けれど、いろんな意味で、リスクがあってもやっぱりチェンジした方がいいと思っていました。<br />
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<br />
　さて、話は飛ぶようですが、人が何かを選択するときに、あるいは選択というほどの自覚はなくても日常の行動に優先順位をつけるときに、たいていは緊急度と重要度のバランスで物事を考えています。両方の度合いが高いことはもちろん優先すべきですが、緊急度が高いけれど、重要度が高くないこと。重要度は高いけれど、緊急度は高くないこと。これらの板挟みになった場合は、大抵、緊急度を優先して行動します。なぜならば、文字通り「緊急だから」です。<br />
<br />
　たとえば、あなたの上司や顧客から「明日までにお願いしたい」と頼まれることがありますね？　仮にそれが作業的なタスクだった場合、重要性は低いわけですが、もっと重要な戦略的なプランをまとめることよりも、優先するのではないでしょうか。そして、ワタシたちの日常ではそういうことが繰り返されていきます。<br />
<br />
　しかし、本当にそれでいいのか？　ワタシが自分に自問すると、片方のワタシは、「だって仕方ないでしょ？　緊急なのだから」と言います。もう片方のワタシは、「その考え方を続けていったら、永久に重要なことに着手できないよ」と言います。<br />
<br />
　変な言い方ですが、ワタシは後者の自分を応援しています。では、どうしたら緊急なことに時間を奪われずに、重要なことに取り組めるのでしょうか。これは簡単ではないですね。でも、ワタシはこんなふうに思っています。<br />
<br />
１）重要なことを、重要なこととして仕分ける。緊急なことと別の枠に入れて、認識する。<br />
２）重要なことを実現させるために、時間をブロックして、日常の小さなことから少しづつでも取り組む。<br />
<br />
　ま、そんなに簡単ではありませんが。。。<br />
　東京都民が石原都知事を選択したのも、おそらく地震対策について緊急かつ重要な問題として暗黙に理解していたからだと思います。今や都民にとって、地震対策は重要であるばかりでなく緊急の問題になっていますから、石原さんが高齢ということのリスクよりも不安の度合いは高かったのでしょうね。<br />
<br />
　あなたの日常で起きている問題は緊急なことですか？　それとも重要なことですか？　緊急な問題の処理は必要ですが、本当に重要なことを考えて進められる人生を送りたいものですね。<br />
]]></description>
 <category>大切にしたい姿勢</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=733</comments>
 <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 03:05:08 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>「英国王のスピーチ」を観て?改めて考えた「できる」とは何か？</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=731</link>
<description><![CDATA[<a href="http://www.flickr.com/photos/lancashirecc/5343279028/" title="Filming Colin and Helena by Lancashire County Council, on Flickr"><img src="http://farm6.static.flickr.com/5241/5343279028_1e226fa757.jpg" width="500" height="333" alt="英国王のスピーチ/Filming Colin and Helena"></a><br />
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この週末<a href="http://kingsspeech.gaga.ne.jp/">「英国王のスピーチ」</a>を観てきました。ご存知の通り、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞を受賞した話題の映画作品です。<br />
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主人公は、現エリザベス女王の父君にあたるジョージ6世。ジョージ5世の長男のエドワード8世が王座を投げ出してしまったために、突然、王位を継承することとなった彼は、当時、吃音症のため、型破りのセラピストのもと、トレーニングを続けている最中でした。王位継承後まもなく、第２次世界大戦が勃発。ドイツとの戦争に突入します。英国民に向けて国王としてのメッセージを伝えなければならないシーンで映画はクライマックスを迎えます。<br />
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映画では、国王といえども、不安や恐怖を抱く普通の人間であることが描かれています。その弱さを持ちながらも、国王としての責任を果たそうとして、懸命にもがくジョージ6世。この映画が好評である理由は、不安や恐怖に立ち向かうその姿に、私たちは自分自身を重ね、勇気を与えられるからだと思います。<br />
<br />
単純にいえば、そういう話です。が、とても奥が深くて、簡単に感想は書けません。<br />
<br />
ワタシは、「できる」ということの意味を深く考えさせられました。健康に問題がある、体が不自由である場合を除き、一般生活で何かを「できる」「できない」は、黒か白かといったデジタルなものではなく、グラデーションです。ところが、ジョージ6世の場合は、歴然とできない自分に直面します。<br />
<b>一方、私たちの場合はどうでしょう？　自分ができていると思っていることでも、「できる」の定義を変えれば、本当はできていない場合もあるのに、自分なりの「できる」という尺度によって、できていると思っているだけです。疑ってみれば、できていないことも多々あるのに、ワタシも含めて多くの人は疑わずに暮らしている。</b><br />
もちろん、誰にでも欠点はあるので、多かれ少なかれ、人はそれについて葛藤します。でも、努力しても、努力しても、何度努力してもできないという追いつめられた経験をしている人は一握りではないでしょうか。<br />
<br />
ワタシは、この映画を観て、ある種の勇気をもらったものの、コンプレックスを乗り越えようとする姿を単純に賞賛し、ジョージ6世の苦悩に自分なりの経験をなぞり合わせて共感することは、安直すぎるな、と思いました。<br />
ワタシの想像を超えた困難に立ち向かった人の話なのだと受け止めたからです。<br />
吃音障害によって、普通なら直面しなくてもすむ「明白にできない自分」と直面せざるを得ないうえに、彼はまぎれもなくキングでした。そのプレッシャーたるや想像を絶します。<br />
<br />
心と頭、体が一体になって、自分の思ったように機能してこそ、本当の意味で「できる」なのだとすると、実は私たちは自分が思う以上に、多くのことについてできないというのが本当のところだと思います。<br />
<br />
三位一体となるために、スポーツ選手はトレーングします。メンタルがコントロールできなくてもダメ、問題を論理的に理解できなくてもダメ、問題がわかっても体がついてこなければダメ。どれか一つですめば簡単ですが、３つがバランスよく機能するためには、一夜漬けの練習では成し得ません。心も頭も体も自分のものなのに、１つのものとしてコントロールするのはとても難しいですね。<br />
<br />
その難しさに直面したとき、それでも、もがいて、もがいて自分で自分をコントロールできるようになりたいかどうか。それが人生の質を変え、人の成長曲線を変えるような気がします。「ワタシが自分に感じる葛藤なんて、ジョージ6世に比べたら、あまちゃんだな」と思わせられる、そんな映画でした。<br />
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写真：<a href="http://www.flickr.com/photos/52695458@N03/5343279028">Filming Colin and Helena</a><br />
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]]></description>
 <category>リコメンド</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=731</comments>
 <pubDate>Mon, 4 Apr 2011 00:05:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>「よけいなお世話？」という考えは捨てよう！</title>
 <link>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=730</link>
<description><![CDATA[こんにちは。小野です。<br />
<br />
皆さんは、「こんなことを言うのはよけいなお世話かな？」と思って、言わなかったり、「いやいや、そんなことはない」と思って言ったり…　と、そんな経験ありませんか？<br />
<br />
ワタシは、東北関東大震災以降、人／社会の役に立つとは何だろうということについて、今まで以上に考えるようになりました。<br />
そこで今日は、震災から一歩離れて、人の役に立ちたいと思っているにもかかわらず、多くの人が感じる「よけいなお世話？」という気持ちがどこから起こるのだろうという疑問について、皆さんと一緒に考えたいと思います。というのは、この「よけいなお世話？」という気持ちは、「人の役に立つ」という気持ちの真反対とはいわないまでも、足を引っ張る消極的なものだと言えなくもないからです。<br />
<br />
人が「よけいなお世話かな？」と思うとき、「あなたが興味があるかわからないし、聞きたいかどうかわからないので」という心理が働いていいます。良く言えば、相手に配慮しようということですから、日本的な美徳なのかもしれません。けれど、それだけではありません。「言っても自分にとって、トクはない」という意を含んでいないでしょうか？　頼まれてもいないことを言うには、そんなリスクがつきまとうのは事実です。<br />
<br />
最近、ワタシの周辺で、こんなことがありました。ある前任者がその仕事を引継いだ担当者に意見を言ったのです。社長の発信すべきメッセージについて、今、これこれを発信するのは必須である、と。<br />
<br />
では、彼はなぜ「よけいなお世話かな？」と思わずに、電話をしてまで、後任者に意見を言ったのでしょうか。損得勘定だけで言えば、ここで意見を言っても、本人にとってまったく利があるとは思えません。それでも、わざわざ意見を言った。何故でしょうか？　それは、やはり使命感だとワタシは思います。あるいは自分の信念と言ってもいいかもしれません。<br />
<br />
さて、ワタシの意見です。<br />
被災しなかった人たちは、経済を活性化させることが使命です。<br />
自分の乗った船について、他人事のように見守るよりも、トクがなくても信念を持って自分の意見を言う。小さなことかもしれませんが、英知を集めることが必要な今の日本にとっては、そういう小さな積み重ねが重要なのではないでしょうか。<br />
<br />
募金も節電も重要。でも、今、日本に必要なのは「気概」だと思います。<br />
気概は、実は身近なところにあります。<br />
たとえ、それを言っても自分にとって何ら利がなくても、言いましょう！<br />
誰かが別の意見を持っているかもしれず、言うのは怖いかもしれません。<br />
でも、言いましょう。それこそ気概だとワタシは思います。<br />
皆さんはどう思われますか？]]></description>
 <category>大切にしたい姿勢</category>
<comments>http://111.89.142.251/www.grassroots.co.jp/blog/monolog?itemid=730</comments>
 <pubDate>Mon, 28 Mar 2011 00:54:39 +0900</pubDate>
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