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自由であるということ

今週の水曜日まで表参道のギャラリー「Concept21」で、個展を開いています。
テーマは「自由であるということ」。言葉とデニムのコラージュ作品です。
そこで、今日は自由と個人、自由と組織について少し考えたいと思います。

あなたにとって自由とは何ですか?
自由と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?
好きなように、奔放に、振る舞うイメージですか?

デジタル大辞泉によると、こんなふうに出てきます。
1.自分の意のままに振る舞うことができること。または、そのさま。
2.勝手気儘なこと。わがまま。
3.哲学で、消極的には他から強制・拘束・妨害などを受けないことをいい、
 積極的には自主的、主体的に自己自身の本性に従うことをいう。

今回の個展での私の捉え方とは少し違いますが、
一般的にはそういうことなのでしょう。

英語の「freedom」「liberty」の訳はどちらも「自由」ですが、
実はどちらも、元々は高貴な階層が特権を有している状態をさしていたそうです。
福沢諭吉が「自由」という語を訳書に用いたあたりから、
言葉として定着したというのが通説です。


また「自由」は仏教用語でもあるようです。
「自らをよりどころとし、他のものをよりどころとせずにあれ」
という教えに基づくもので、
「自由」=「自らに由(よ)る」「自らを由(よし:根拠)とする」です。


私の考えた自由は、仏教からくる概念に近いかもしれません。
自分らしく、ありたいままにあること、
他人からどう思われるかを気にして自己制限をかけることがない心持ち
...と捉えました。
その反対は、心が抑圧されている状態です。
自由も不自由も自分の心が生み出すものであり、 自律していることなくして、自由は得られない。
そんな解釈に立っています。


実は、このように考えるようになったのには、きっかけがあります。
私は、30代中頃にうつ病的な気分に陥り、カウンセリングを受けたことがあります。
10回も受けないうちに、これを続けても治りそうにないと思い、
結果的には自分で自分を戻しました。
その時の原因にあったのが、こうあらねばならないという意識です。
特に社長らしくあらねばならない、という気持ちが強すぎたのでしょう。
それが周りの期待に応えることだと思い込んでいました。
結果、自分らしさを失い、息苦しくて不自由でした。
その経験を通じて、ふと気付きました。
自由も、不自由も、自分の心が生み出しているのだ、と。


さて、自由と不自由についてこう解釈すると、
実は自由を得るのは簡単ではなく、奥が深いことに気づきます。
人は、自分を拠り所にすることに慣れていません。
子どもは親や先生を拠り所にして育ちます。
就職すれば、上司や先輩を拠り所にして成長します。
私たちは、評価されるためにがんばる...という様式に慣れ切っているので、
自分よりも他人を拠り所にするパターンに陥りやすいのではないでしょうか。
要するに、その方がラク...ということかもしれません。

たとえば、「あなたを雇うから、何をするかは自由に考えて」と言われるよりも、
「あなたの仕事はこれこれで、こういうことを期待する」と
言われた方が、よっぽど気分的にラクではないでしょうか。

これを個人の視点から見るとどうでしょう?
他人の目を気にしない人はいませんが、
他人の目が自分の基準のすべてになってしまい、
自分らしさが失われていくと、心の病にかかります。

組織の視点から見た場合はどうでしょう?
他人の目や人の評価ばかりを気にする組織は、
決して自らに由る力が強いはずはありません。
自分らしくありたいようにあることが許され、
自律することが評価される組織の方が、
組織としては強いように思います。

あなたはどう思いますか?
私は、たった一度の人生だからこそ、
自由に在りたいという思いを強くする今日この頃です。
今週も素敵な1週間をお過ごしください。

ブログを書いている人

小野真由美

グラスルーツの代表。組織をただの集団ではなく、チームにするための組織内コミュニケーションはどうあるべきだろう?…なんていうことを、いつもツラツラ考えています。ブランディングやコミュニケーション、チームやリーダシップ系の話題が7〜8割、その他の話題が2〜3割。そんなブログを目指します。ぜひおつきあいください。

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